2018年12月09日

サニーボーイ・ウィリアムスン キング・ビスケット・タイム

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サニーボーイ・ウィリアムスン/キング・ビスケット・タイム
(Arhoorie/Pヴァイン)


さて今日はみなさん大好きなサニーボーイ・ウィリアムスンですよ〜♪

はい、サニーボーイといえばブルースとブルースハープについて語る時に絶対にはずせない巨人ですね。

1950年代半ばから本格的にシカゴへやってきて、マディ・ウォーターズ、ハウリン・ウルフ、リトル・ウォルター、後にボ・ディドリーやチャック・ベリーといった、ブルース、R&B、R&Rの大スターを擁するシカゴの名門、チェス・レコードに在籍し、肉声のようなハープの妙技と、当時最高にスタイリッシュなシカゴ・バンド・ブルースの真髄をゴキゲンに聴かせてくれるサニーボーイ。

かく言うアタシも、チェスのレコード『リアル・フォーク・ブルース』でサニーボーイを知り、その泥臭い南部感覚が、何とも都会的でかっこいいバンド・サウンドと絶妙なバランスで溶け合ったブルースを聴いて

「うはぁカッコイイ!」

と、こめかみを強打されてすっかりハマッたクチであります。

60年代にはヨーロッパツアーなんかにも積極的に出かけ、彼を敬愛するヤードバーズやアニマルズなんかとアルバムを作ってみたり、その頃まだ全然無名だったザ・バンドの連中を気に入ってよく一緒に演奏してたり、何とジャズのローランド・カークのライヴに「ちょいと邪魔するぜ」と顔を出して共演してみたり、まー当時60過ぎてたはずなんですが、その歌やサウンドのキャラクター同様、演奏に対する飄々としたフットワークの軽さにも「おぉぉ、この人はすげぇ」と感動したもんです。

そう、サニーボーイ・ウィリアムスンって人は、実は戦後に活躍したブルースマンの中でも結構歳な方で、実はレコードデビューしたのが50代になってからという、大変に遅咲きの人であります。

そいでもって、これもう何回も書いてますが、実は”サニーボーイ・ウィリアムスン”って名前も、実はまったくのデタラメで、この名前は戦前にシカゴで活躍していたハープ吹きの”サニーボーイ・ウィリアムスン”って人が成功しているのを見て「うひひ、オレも名乗っちゃえ」と、ちゃっかり盗んだ名前だったりするんですね。



(↑詳しくはここを読んでちょー)

ではこのおっさん、”サニーボーイ・ウィリアムスン”として世に出る前、50歳ぐらいになる前はどこで何をやっておったんだ?やっぱり人の名前を盗むよーなヤツだから、鳴かず飛ばずでプラプラしておったんかといえばそうじゃなくて、戦前は南部ミシシッピとかメンフィスを中心に活躍していて、ロバート・ジョンソンとも一緒に共演してたり、何とあのハウリン・ウルフにハープを教えたり、結構凄い活躍をしてるんです。

つうかその”ウルフに教えた”ってのは、ウルフの本人の話によると

「当時サニーボーイはオレの姉(か妹)と付き合っててよぉ、ハーモニカむちゃくちゃ上手い人だってオレぁ知ってたからよぉ”教えてくれや”つって部屋に行ったら姉(か妹)とイチャイチャしてやがるんだな。だからめんどくさそーに”こうやって吹くんだ”つってチャチャっと吹いて”オレぁ教えてやったからな、じゃあ後はてめーで考えて吹くんだ。わかったか?わかったらとっととどっか行けよ”って感じだったよな」

と、あぁやっぱりな感じでありますが、それでもウルフは「いや、あの頃からあの人ぁ凄かったよ。だからちゃんと教えてくれねーならって思って後を付いてって聴いて覚えたんだ」と、サニーボーイの腕に関しては正直なリスペクトをきちんと表明しております。

はい、性格はアレだけど、話も嘘とホラばっかりだけど、確かに彼のミュージシャンとしての腕前と個性は、音源を聴いても周囲の証言を集めても、まごうことなき”ホンモノ”です。

そんぐらい腕と評判があったんなら、何で戦前に参加作でもレコーディングのチャンスに巡り合わなかったのか?わざわざ”サニーボーイ”名乗らんでも、ライス・ミラーだかアレックス・ミラーだか、本名か芸名かよーわからんが、その時使っていた名前で世に出なかったのか?つうかそもそもこの人の正しい生年月日っていつなのか?とにかく戦後に大活躍したブルースマンながら、戦前のブルースマンぐらい、謎の多い人であるところも、この人の魅力の根源のよーな気がします。





キング・ビスケット・タイム


【収録曲】
1.Do It If You Wanna
2.Cool,Cool Blues
3.Come On Back Home
4.Stop Crying
5.Eyesight To The Blind
6.West Memphis Blues
7.I Cross My Heart
8.Crazy About You Baby
9.Nine Below Zero
10.Mighty Long Time
11.She Brought Life Back To The Dead
12.Stop Now Baby
13.Mr.Downchild
14.Sonny Boy’s Christmas Blues
15.Pontiac Blues
16.Too Close Together
17.Radio Program (KFFA)
18.Dust My Broom


そんな謎だらけの”サニーボーイ・ウィリアムスンという男”の、戦前ではないが南部で活躍していた頃の唯一の音源をまとめたものが、この”キングビスケット・タイム”であります。

1951年から52年にかけて、ミシシッピにあるレーベル”トランペット”に録音した曲を収めたアルバムで、サニーボーイの実質的な”ファースト・アルバム”ですね。

実は「戦前は何をやっとったかよくわからんが、とにかく凄腕のハープ吹きとして、しれっと30年代から活躍しておったらしいサニーボーイ」は、1941年に南部でラジオ番組をしれっと持っておりました。

キング・ビスケットという製粉会社の協賛で、南部のイカしたブルースを紹介するというこの番組。実は”サニーボーイ”の名前も、番組を始めるに当たってサニーボーイは最初”ライス・ミラー”(米屋のミラー)という、製粉会社っぽい名前でやってたんだけど

「なんかよぉ、この名前だとあんまりインパクトねぇべ。そうだ、シカゴにサニーボーイっつう有名なブルースマンがいるなぁ。オレと同じハーモニカ吹きでよぉ。だったらサニーボーイって名前にすればいいべ。有名人だから聴くヤツも増えると思うし。うひひ」

と、おっぱじめやがったということであります。

スポンサー、怒れ。と言いたいところでありますが、スポンサー、怒るどころか

「ハッハー、いいねぇ。ラジオの人気も上がってウチの小麦粉売れるべや!」

と、どっちかというと積極的に”盗用”を公認してたフシがあるんです。

まぁ・・・この時代の南部の企業の親方なんてのは、ちょいと昔のブ(自主規制)とか今のトラ(自主規制)とかの、大統領のノリ見てても何となく察しが付きますように、まぁアレなんですね。ええ、アレなんです。


このラジオ番組、オープニングで思いっきり

「さぁさぁキングビスケット・タイムのはじまりだ、サニーボーイがあなたの街にやってきたよー」

という陽気なナレーションなんか入れちゃって、そっからサニーボーイのコミカルな語りと、紹介するブルースのカッコ良さが大人にも子供にもウケて、実に人気番組になりました。

で、サニーボーイがこの番組のために組んだバンドが、キングビスケットボーイズと言うんですが、何と結成当初たった二人のメンバーの片割れだったのが、あのロバート・ジョンソンの義理の息子(再婚した嫁さんの連れ子)だったロバートJr.ロックウッド。

ロックウッドって人は戦後チェス・レコードのスタジオ・ミュージシャンとしてシカゴ・ブルースの名盤に軒並み参加して、その並外れたバッキング能力とアレンジのセンスが買われてレジェンドの仲間入りを果たすまでになるんですが、この才能をいち早く見抜いて起用したのがサニーボーイだったんですね。恐るべし。

アルバムが録音されたのは、メンバーも大分増えてフルバンドスタイルになってからなんですが、シカゴに行ってからの洗練されたスタイルとはまた違った、直球勝負の荒々しいサウンドと、生ハープの素晴らしいダウンホーム感とヴォーカルの勢いが最初から最後まで突き抜けております。

何と言っても戦後すぐの南部ブルース独特のドタバタしたロッキンなノリってのは絶品で、ファンキーだったり、タメを効かせてじわじわ味わいを拡げてくれるチェス時代のサニーボーイももちろん素敵ですが、ブルース本来のタフな衝動という点ではやっぱりハズせないし、たまに集中的に聴いてゲホゲホしたくなってしまいます。









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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
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posted by サウンズパル at 22:55| Comment(0) | ブルース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする