2019年01月15日

ジョニー・キャッシュ アット・サン・クエンティン

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ジョニー・キャッシュ/アット・サン・クエンティン
(Columbia/ソニー・ミュージック)


1月13日は、われらがジョニー・キャッシュ兄貴がフォルサム刑務所で記念すべきライヴを収録した日でありました。


と、言われても「何だそれは、誰だそのジョニー・キャッシュってのは?」とお思いの方もきっと多くいらっしゃると思いますのでザックリと説明します。

アメリカ南部の失業者救済農場で家族と共に5歳の頃から働き、世界恐慌による貧困や水害での被災を経験するという過酷な幼少期を生きたジョニー・キャッシュ。彼の人生は最初から苦難の連続でしたが、追い打ちをかけるように、最愛の兄を12歳の頃に労働事故(農作業用機械に一緒に巻き込まれての事故死)によって失います。

この事故は、兄とジョニーが一緒に巻き込まれ、結果として兄だけが亡くなってしまうという不幸な出来事で、この事は彼の生涯に深く影響を与え、また、この事をきっかけに彼を音楽の道へと誘うこととなります。

ジョニーはカントリー・シンガーで、後にフォークやロカビリーのシンガー・ソングライターとして活躍しますが、最初に熱心に聴き込んだのは、救済をテーマとしたゴスペル・ソングでありました。

そう、彼は自身の過酷な体験と、ゴスペルや古いカントリーソングで歌われる、貧しい人々の悲哀を自分の事として敏感に感じ、早くからその不条理から何とか人々を救済しようと、音楽を始めた当初から考えておりました。

レジェンドとしてフォークやカントリーだけでなく、パンクの連中などからも兄貴と尊敬されるジョニー・キャッシュは、アウトローエピソードや破天荒エピソードもいっぱいあって面白い人ではあるんですが、それもこれも、人間としての繊細さと、強い正義感からくる世の中への義憤によって起こされていたものなんです。

差別や貧困を憎み、そんな気持ちから湧き起こる激しい感情を、見事な悲哀のストーリーを持つ歌に昇華させること、それが彼が生涯貫き通した「たった一人での戦い」でありました。

デビュー当時から、粋なリーゼントをカチッと決めて、黒い衣装を纏い不敵な笑みを浮かべながら社会を痛烈に皮肉った歌や、貧しさや、それによって引き起こされる不運にあえぐ人々の気持ちを時に切々と、時にユーモラスに歌うジョニーは、同じ時代に同じレコード会社(サン・レコーズ)からデビューしたエルヴィス・プレスリーとは盟友でありライバルの関係でありましたが、当時の若者のカッコ良さを有り余るカリスマ性とエネルギッシュなパフォーマンスで具現化したようなヒーローであったエルヴィスとは違う、もっともっと人々の心の奥底のヘヴィな部分にも声を届けるシンガーとして独自の人気を集めておりました。

また、本人は死ぬほど苦しんで悩まされておりました重度の薬物中毒も、刺激を求める若者からはアウトロー的なカッコ良さとして映ったようで、キャッシュのファン層は意図した所と意図せぬ所の二重のベクトルが作用して「社会の底辺で運命を不運に操られいるかのような人々」の心を強烈に掴んで離さなかったのであります。

ジョニー・キャッシュのデビューは1955年でしたが、デビューしてすぐに彼の元には多くのファンレターが届くようになりました。

人気シンガーのファンレターとくれば、大体は若い異性からのものと相場が決まっておりましたが、程なく彼へ来るファンレターに、ちょっと意外な所から来る同性からの手紙が混ざるようになってきました。

差出人は男性、そして彼らの住所は全国の刑務所。

そう、刑務所に服役中の囚人達が、彼の歌を聴いて共感し、熱心なファンとなっていたのです。

手紙にはキャッシュの歌への賞賛と共に「ぜひ貴方のコンサートを見たい、だが残念ながら私は償いの身の上です」というような文面も多くあり、キャッシュの心は激しく動きました。

「オレの歌を心待ちにしている人達がいる。そして彼らが罪を犯して刑務所で償いの日々を送っている囚人達だっていうのなら、それこそオレが言って歌うべきなんじゃないか」

と。

いくつかの要請があった刑務所と交渉した結果、カリフォルニア州で特に凶悪犯が多く収監されているサン・クエンティン刑務所で初めての慰問コンサートを開催することを決定しました。

この第1回目のコンサートが1958年のこと。

この後も刑務所への慰問は続き、遂にデビューから14年目の1968年に、記念すべき刑務所ライヴレコーディングを、初期のヒット曲のタイトルともなったフォルサム・プリズンで行い、これがレコードでも大ヒット。ポップチャートでは100週以上もランクインするという異例のロング瀬ラーとなりました。




【収録曲】
1.ビッグ・リヴァー
2.アイ・スティル・ミス・サムワン
3.97年型の大破
4.アイ・ウォーク・ザ・ライン
5.ダーリン・コンパニオン
6.どこに流れて行くかわからない
7.スタークヴィル市監獄
8.サン・クエンティン
9.サン・クエンティン
10.おたずね者
11.スーという名の少年
12.谷間の平和
13.フォルサム・プリズン・ブルース
14.リング・オブ・ファイアー
15.彼は水をワインに変えた
16.ダディ・サング・ベース
17.オールド・アカウント
18.クロージング・メドレー:フォルサム・プリズン・ブルース/アイ・ウォーク・ザ・ライン



その勢いに乗って、翌年の1969年、今度は彼が刑務所への慰問コンサートを始めるきっかけとなった宿縁の地、サン・クエンティンに機材を持ち込んでレコーディングしたライヴ・アルバムがコチラ『ライヴ・アット・サン。クエンティン』であります。

会場は囚人達の熱気に溢れ、オープニングから万雷の拍手が響き渡ります。

軽快なシャッフルビートに乗って歌われるブルース『ビッグ・リヴァー』からもう野郎どもの茶色い歓声が凄い凄い。ジョニー自身もハイテンションで間奏では思わず「イエェェ!」と野太い雄叫びを挙げるほど。

例えば日本の刑務所では、受刑者が衝動に駆られないように、犯罪を連想させる曲などは厳しく制限させられていると思うんですが、アメリカはどうなんでしょうと思うぐらいに、ジョニーは前作に続いて”これでもか!”というぐらい刑務所や犯罪をテーマにした曲をブチ込んできます。

タイトルもまんまの『フォルサム・プリズン・ブルース』は、銃で人を殺してフォルサム刑務所にブチ込まれる歌だし、『サン・クエンティン』も監獄の分厚い壁を呪うような主題が重々しい刑務所モノ。更に『スタークヴィル市監獄』に至っては無断で私有地に立ち入って逮捕された自身の経験が下敷きになっている歌であります。


ただ、彼のいわゆる刑務所モノの歌は、歌詞をよく読めば分かりますが、いたずらに犯罪を美化したり正当化するようなものではなく、どの曲も間違いを犯す過程と犯した結果に苦悩する人物の悲痛な心の叫びとしてストーリーが描かれており、ノリノリであったり不穏であったりするその曲調に響く彼の低く深い声が、恐らくは聴いている囚人、いや、囚人に限らず聴いている人々へ根源的な問いを突き付けるようなものであると思います。

会場の異常なテンションの高さも、制限の多い刑務所という環境というだけでなく、生身の”演奏する側”と”受ける側”との大きな共感がそこで炸裂して・・・。そんな瞬間の連続という感じがします。実際に最初は「刑務所ライヴか、凄いな・・・」と、その状況の特殊性に気持ちが行くのですが、途中から「最高のライヴだ!これは最高だ!」と、心の中でサン・クエンティン刑務所の分厚い壁がぶっ飛んでしまって夢中になれるんです。

最後にジョニー・キャッシュは確かにジャンルで括ればカントリーシンガーということになるんでしょうが、そのダークなバリトンヴォイスゆえに、どうしても他のカラッとしたカントリー歌手とは一線を画すたまんない魅力があります。特に90年代のオルタナティヴ・ロックのヴォーカル(ベックとかサウンドガーデンのクリス・コーネルとか)と共通する何かダークな磁場があって、実際に90年代以降はむしろ古くからのカントリーやフォークのファンよりも、”ロウファイなロック”を愛する若者からの人気を獲得しました。

音楽性と生きざまが凝縮されたその声の深みと内側のトンガッた力強さ、確かに他の何者にも代え難いものであります。









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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
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posted by サウンズパル at 22:29| Comment(0) | ロック/ポップス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする