2019年05月27日

フィッシュボーン Fishbone

img_1.jpg

フィッシュボーン/FISHBONE

(Columbia)

凄いんですよ、凄いんですよフィシュボーン!

・・・あ、すいません。興奮してつい髪の毛が逆立ってしまいましたが、フィッシュボーンです。

はい、落ち着きましょう。では続きを書きます。

アタシがCD屋稼業の修行をしていた東京で、兄貴と呼んで親しんでいた女性の同僚がおりました。

とてもサッパリした気持ちの良い人なので、島に帰ってきてからもやりとりは続き、何だかんだもう20年になります。

互いに一匹狼で、他人とベッタリしない性分なので、メールも何ヶ月かに一度「おーい、生きてるかー?」「あいよー」みたいなもんなんですが、まぁだからこその長い付き合いで、その間それぞれ音楽の稼業を離れ、今はお互い勤め人をやっております。

それが再び音楽の話題で盛り上がったのが去年の事。

あのね、フィッシュボーンなんですよ。

そう、フィッシュボーン。東京での修行時代に「フィッシュボーンいいよね〜」「いや〜あの人達は凄い」と盛り上がったバンドだったんです。

お互い音楽の出発点の所に、日本のレピッシュというバンドがいて、まぁそのレピッシュというバンドは、バンドブームでビートパンクとかヴィジュアル系とかハードロックとかが盛り上がってる中、スカやファンクとかその他もろもろの「非ロックな音楽」をはちゃめちゃに混ぜこぜにして、結果パンクよりパンクなハードなサウンドと一筋縄ではいかないディープな世界観というのを持ってるバンドで、そのレピッシュが一番影響を受けたバンドとしてフィッシュボーン聴いてヤラレたという経緯があります。

でも、この経緯持ってる人は、同年代でも実に少ない。

そもそも、フィッシュボーン自体も、まだ”ミクスチャー”なる言葉が生まれるずっと前からロックにスカやレゲエ、ファンクなどを派手にまぜこぜにした元祖ミクスチャーな音楽をやっていて、しかもそれが他のどのバンドとも似ていない、全く独自のものだったのに、長らく大ブレイクとは無縁の「知る人ぞ知るバンド」でした。

ぶっちゃけますと、アタシは「レピッシュが影響受けたバンドだから」とフィシュボーン買ったはいいけど、最初はそのスカとかファンクとかのノリがどうもよく分かりませんでした。

当時好きで聴いていた、パンクなどのドンダンドダダダンな分かりやすくスピーディーな8ビートじゃないリズムと、ディストーションで歪ませたギターが「ギュワーン!」と鳴っていないものは、先入観からどうもユルいと思ってたんですね。

ところが、しばらく置いといてある日何気に「う〜ん、もいっかい聴いてみようかな」と思って聴いたら、ジャンルがどうのとか、ビートがどうのじゃない、何か本質的にハチャメチャで、凄くパンクで暴力的なものを、いきなり感じて、で、ヤラレてしまいました。

音楽ってそういうのがあるんですよ。

だからアタシが後にジャズを聴いて「これはパンクだ!」と思えるようになったのも、ハタチ過ぎてソウルやファンクにも抵抗なくハマる事が出来たのも、実はフィッシュボーンとの、この原体験のような出会いがあったからかも知れません。

それから東京での「フィッシュボーン好き!」「マジで?アレは最高だよね!」との意気投合を経てつい去年のこと。


「兄貴!フジロックの中継でフィッシュボーンやるってよ!!」

「うぉぉマジか!」

「やべーやべー」

「やべーやべー」

という・・・。はい、落ち着きましょうね。

日本屈指の野外フェス『フジロックフェスティバル2018』に、何とフィッシュボーンが出演して、更にそれをYoutubeで中継するっていう一大事件があり(当日はボブ・ディランの出演も大きな話題となっており、とても刺激的なフジロックでした)、アタシらはもーハタチそこらの頃に戻ってキャッキャしておったんです。

その中継は、前々からの「フィッシュボーンはライヴがヤバイ」という評判を、想像を遥かに超える威力で裏付ける圧倒的なものでした。

79年に結成、83年にレコードデビューですから、メンバーは全員え?還暦過ぎてる!?

それなのに音はやたらズ太くて強靭だわ、リズムはその辺の若者バンドより元気で恐ろしい程の生命力に溢れているわ、何より50過ぎのはずのフロントマン、アンジェロ・ムーアの、飛んだり跳ねたり走ったりの全身全霊で煽るパフォーマンスの凄さには、圧倒されて顎が外れそうになりました。






FISHBONE

【収録曲】
1.Ugly
2.Another Generation
3.?(Modern Industry)
4.Party at Ground Zero
5.V.T.T.L.O.T.F.D.G.F.
6.Lyin' Ass Bitch



アタシはパンクロックが好きで、パンクロックは「パンク」っていう思想に基づいた音楽だと思っております。

じゃあパンクってどんな思想?と言われると、一言では上手く答えられません。

でも、フィッシュボーン聴くといつも「これはパンクだな・・」と思います。

何故なら彼らは黒人である自分達のアイデンティティを、スカやファンクやレゲエといったルーツ・ミュージックで表現しつつ、同時にアホみたいな激しい演奏とパフォーマンスで、自らのアイデンティティを豪快にぶっ壊しているように思える、いや、全身で感じるからです。

アタシは一体何を言ってるんでしょうねぇ。

落ち着きましょう、アルバムはもう正直どれでもいいんですが、ブログで初めて紹介するのでファーストの『フィッシュボーン』です。

1980年代は、イギリスで発生したオシャレな2TONEというスカが人気でした。

そんな時代にスカをやるバンド!・・・え?スカだよね?スカ、なんつーかスカなんだけどやたら激しくないかい?あ、いや、ファンク?という困惑も、恐らくたくさんあったと思います。

一言でいえばハチャメチャ。更に良く言えばたった6曲のミニアルバムでよくまぁこんだけ色んなジャンル詰め込んで、しかも最初から最後までうねりまくるぶっといグルーヴと激しいホーンヒットが一瞬もテンションを下げないインパクトと破壊力十分な作品に仕上げたなぁと。

で、敢えて悪く言えば、とにかく突っ走り過ぎ。たった6曲のミニアルバムで、よくもまぁこんだけ節操なく下品にジャンル詰め込んで、しかも最初から最期までやかましく、ゴリゴリに凶悪な音で聴く人を一瞬も穏やかな気持ちにさせない、悪ふざけに満ちた暴力的な作品に仕上げやがったなぁと。

・・・あれ?良く言っても悪く言っても同じような意味の言葉しか出て来ないぞ。


まぁいいか、フィッシュボーンはパンク。パンクの型にはまらないパンク!





『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 23:54| Comment(0) | ロック/ポップス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月25日

マディ・ウォーターズ リアル・フォーク・ブルース

img_1.jpg
マディ・ウォーターズ/リアル・フォーク・ブルース
(Chess/ユニバーサル)

立夏を過ぎ、ここ奄美はすかさず梅雨に入って、本格的な暑さの季節となっております。

梅雨と言ってもアレなんですよね、本土みたいにその期間しとしとジトジト雨が降っている訳ではなく、何日かガーッ!と降って、何日かはギラーッ!と晴れるのが当地の梅雨。

そもそもが年間通じて春秋冬とほぼ曇りか雨ザーザーの日が多い上に台風も来ますので、梅雨というものがどういうものなのか、未だに実感がありません。まぁその、夏の一部なのでありましょうな。

てなわけで夏とくればブルース聴くのが楽しい季節です。

ムワッと香り立つ熱気や泥臭さに溢れたディープなブルースを聴きながら、ブルースが産声を上げたアメリカ南部もきっとこうだったんだろうなとか、こっちの容赦なく照り付ける日差しを見ながら想像すると、脳が気持ちよくトリップして、まだ見ぬディープサウスへの旅に出かけやすくもなろうってものです。いや、こんなジリジリの暑さの中に聴くブルースってのは、寒い日に聴くよりも随分と臨場感がある。

という訳で本日はブルースとくればのマディ・ウォーターズ親分です。

マディ親分が根城に活躍していたのは、アメリカ北部のシカゴ。シカゴって所はとにかく寒い所らしいんですが、そんな寒い土地に故郷南部のモンワリした空気感というのを全開にしてブルースしてたのがマディという人でして、その音楽からは例外なくディープサウスの重たい熱気が感じられます。

先日は、日中ギラギラ照り付ける太陽の下、マディ・ウォーターズの『リアル・フォーク・ブルース』をずっと聴いておりました。

このアルバムは、チェス時代の超初期から60年代半ばぐらいまでの音源を集めたコンピレーションのうちの一枚なんですが、元々マディらブルースマンの音源というのは、当初のリリースは「レース・レコード」と呼ばれた安価なシングル盤のみであったため、どの曲もアルバムとしてまとめられたのはコレが最初なので、堂々たるオリジナル・アルバムと言って良いでしょう。

さて、この『リアル・フォーク・ブルース』は、1960年代のフォーク・ブルース・リヴァイバルのさなかにブルースの新しい購買層、つまり白人の若者層をターゲットに、続編の『モア・リアル・フォーク・ブルース』と共にマディ、ハウリン・ウルフ、サニーボーイ・ウィリアムスンという、当時のチェス・レコードを代表するベテラン3人のピックアップした企画として発売されました。

ここでも『フォーク』というのは、言うまでもなくアコースティックでのどかなフォークソング調のブルースをやっている訳ではなく、ニュアンスとしては

「泥臭いホンモノのブルースだぜ!」

ぐらいのものと思ってください。

当然収録されているマディの演奏は、50年代からシーンを揺るがしたバンド・スタイルでエレキをかましたディープな戦後シカゴ・ブルースであります。

録音年代は、1947年のシカゴに出て来てからの初レコーディング音源の楽曲(!)から、64年の脂の乗りまくった時期のものまで、各年代から幅広く選曲されております。






リアル・フォーク・ブルース

【収録曲】
1.マニッシュ・ボーイ
2.スクリーミン・アンド・クライン
3.ジャスト・トゥ・ビー・ウィズ・ユー
4.ウォーキング・スルー・ザ・パーク
5.ウォーキン・ブルース
6.カナリー・バード
7.セイム・シング
8.ジプシー・ウーマン
9.ローリン・アンド・タンブリン
10.40デイズ・アンド・40ナイツ
11.リトル・ジェニーヴァ
12.ユー・キャント・ルーズ・ホワット・ユー・エイント・ネヴァー・ハド


いやはやのっけから「キャー!」という歓声(っぽいバックコーラス)の炸裂に「I'm a man(オレはワルだぜ)」なキメの歌詞もカッコイイ『Manish Boy』から、興奮が最高潮に達します。

この曲が録音されたのは、それこそマディがシカゴ・ブルースの王者として君臨し始めた時期で、前の年には代表曲の『フーチー・クーチー・マン』がヒットし、ラジオでは連日マディの曲がかかりまくっていた時期の演奏ですね。メンバーにはリトル・ウォルターにジミー・ロジャース、ベーシストでありチェスのドル箱作曲家として大活躍だったウィリー・ディクソンという、初期の最強メンバーが揃って刺激的なサウンドと、ドス黒いグルーヴを放ちまくっておった頃の凄まじい熱気に満ちた演奏ですね。

マディ親分のブルースは、決してツッタカツッタカで走るような、ノリノリの演奏ではないんです。

どっちかといえばスローやミドルのテンポで、ひとつひとつの音を重く粘らせながら、豪放磊落な語りのようなヴォーカルをビートやスライドギターにエロティックに絡めてゆくスタイル。でも、この粘るビートに、聴く人の心臓にジワジワと火を点けて最終的に踊らせるような、素晴らしい”ノリの良さ”があるです。

特に50年代半ばから60年代にかけてのノセ方や、メンバーのサウンドをグイグイ巻き込んでの”間”をたっぷり活かした遠心力の強さには、もう言葉もありません。

1964年録音の『セイム・シング』なんかどうでしょう、この当時ロックを愛好する若い白人のファン達を、最初の1音から熱狂させていたというマディの存在感の凄まじさが、まるでライヴ盤みたいにリアルにきます。

そしてこのアルバムで忘れちゃいけないのが、超初期の40年代後半から50年代初頭の楽曲たち。


そもそもマディがミュージシャンとしてやっていこうと思ったきっかけが、まだミシシッピに居た1942年に国会図書館の民俗学資料用のレコーディングを「ロバート・ジョンソンの代わりに」行った↓がきっかけなんです。



上記『コンプリート・プランテーション・レコーディングス』は、後年のバンドスタイルでエレキをガンガン弾いているマディからは想像も出来ない程の素朴なスタイルです。曲によっては「お、マディ」と分かるのもありますし、情念の塊のようなスライドギターはこの当時から非凡な才能がほとばしっておりますが、ほとんどの演奏では敬愛するサン・ハウスやチャーリー・パットンといったミシシッピ・デルタの先輩ブルースマン達の奏法を忠実に継承しているものです。

大体ミュージシャンなんてのは若い頃はギンギンで歳取ってくると渋く枯れた味わいが出て来るもんなんですが、マディの場合は逆で、ベテランになってからのムンムンな味わいが凄い。

この”ムンムン”がどういう過程で生まれたかが分かるのが、ここに収録された超初期の音源。

バックにはこの頃の相方であるビッグ・クロフォードのベースのみ、もしくはそこにピアノやハーモニカだけ入るシンプル編成で戦前〜戦後のちょうど中間のようなデルタ・スタイルを堪能出来るのが、トラックで言えばADEGHJ辺り。

Gの『ジプシー・ウーマン』が一番古い1947年の音源で、残りも48年から50年。目玉はデルタ古典とも言える『ウォーキング・ブルース』や『ローリン・アンド・タンブリン』でありましょう。

バックがまだまだ伴奏の域を出ない分、マディのスライドのエグさはこっちの音源で堪能できます。特に裏打ちの激しいアフタービートで、その粗くひしゃげたサウンドとグルーヴが後年のR.L.バーンサイドらのパンクなミシシッピ・ブルースと直結する『ローリン・アンド・タンブリン』は、ブルース好きなら鼻血モノ。

聞く所によると、マディファンのほとんどの人が、大定番の『ベスト・オブ・マディ・ウォーターズ』でマディを知り、そこに収録されている数々の代表曲のカッコ良さに惹かれ、2枚目にこの『リアル・フォーク・ブルース』で完全にノックアウトされてハマるというパターンが多いようで、アタシもそのうやってマディにハマッた人だったりするんですが、確かにこの『リアル・フォーク・ブルース』と次の『モア・リアル・フォーク・ブルース』は「更に突っ込んだ内容」の選曲の濃さを感じます。













”マディ・ウォーターズ”関連記事


”ブルース入門編 〜初心者のための優しいブルース講座〜”




『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 09:17| Comment(0) | ブルース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月21日

ケニー・バレル ブルージン・アラウンド

img_1.jpg

ケニー・バレル/ブルージン・アラウンド


何日か前の事ですが、とても悲しくショックなニュースを目にしました。

「ケニー・バレルが、経済的に非常に苦しい状態にあるから助けてほしい」

という、ケニー・バレル夫人の書き込みが、ツイッターに流れてたんです。

「えぇ!?」

と思いました。

だって、ケニー・バレルといえば50年代から常に第一線で活躍する、その頃からジャズを代表する素晴らしいギタリストで、大きなコンサートからライヴハウスまで、出演依頼が絶えた事なんか恐らくなくて、その功績によって音楽学校の教授としても安定した活動を続けてきた。

で、ジャズマンっていえばとかく酒飲みで女にだらしなくて、喧嘩とかギャンブルとか、そういう社会人としてはアレなエピソードに事欠かなかったりするんですが、ケニー・バレルという人は非常に常識人で真面目な人だったから、多くの仲間が若いうちから破滅して亡くなって行くのにしっかりと節制を守り、だから80代になっても元気に演奏することが出来て、周囲からの信頼も厚いという話も聞いておりました。


バレルは2019年現在87歳なんですが、実は数年前に事故に遭って、現在はその後遺症と懸命に戦っているそうです。

これによって演奏活動もままならない。そんな時詐欺に遭い、巨額の負債を抱えてしまっての、奥様の必死のSOSだったんですね。

幸いにして寄付は目標金額を達成し、とりあえずは夫婦が当面生活するだけのお金と治療のための資金の心配はなくなったということなんですが・・・。

いや、ここまで書いて何とも悲しくてやるせない。

ジャズという音楽に多大な功績を残した偉大なギタリストが、いや、そんなことよりも、アタシだって彼のギター・プレイにはたくさん癒されたし、興奮させられたし、何よりも彼のプレイは「カッコイイ男ってのはこうなんだ」っていう粋をたくさん教えてくれました。世間の多くの人にそんぐらいの大きな感動を与えるために、自らを常に律して、ステージでは特上のサービス精神を忘れず、真摯に生きてきた一人のミュージシャンが、何でこんな、仕打ちにも似た境遇に置かれなきゃならんのか。

とまぁアタシは色々考えたのですが、アタシには出来る事しかできません。そんなアタシに出来る事といえば、ケニー・バレルという本当にカッコいいジャズ・ギタリストの良さを語って、一人でも多くの人にこの人の音楽を聴いてもらうこと。たとえばCDが1枚売れて、どれぐらいのお金が彼の元へ行くのかは分かりませんが、誇り高い演奏家です。演奏活動が出来ない今、一番の支援(精神的な意味も含め)は、音源が売れる事だと思いますので、今日はケニー・バレルという人の音楽と作品を紹介します。


ケニー・バレルは1931年にミシガン州デトロイトで生まれました。

デトロイトという街は、アメリカの自動車都市と呼ばれる工業の街で、戦前から自動車工場の職を求めて多くの黒人労働者が全国、特にアメリカ南部から集まった場所であります。

後にモータウンというソウルの巨大レーベルが生まれ、華やかな時代を作る前から、デトロイトはブルースやR&B、そしてジャズといった黒人大衆音楽の独自の文化が花開き盛り上がっていた街。そんな街で生まれ育ったバレルは、若い頃から体にブルースを染み込ませ、かつそれをジャズとして非常に洗練されたスタイルで弾くことが出来、若干25歳でニューヨークに進出。そのままブルーノート・レコードで初リーダー作をレコーディングし、瞬く間にシーンのトップへと上り詰めます。

実際に50年代にレコーディングされたバレルのアルバムを聴くと、その当時形成された基本的なスタイルの「ジャズ」つまりはモダン・ジャズ/ハード・バップという、アタシ達が「ジャズ」と聞いて「あぁ、こんな感じ」とすぐに思い浮かべるあのサウンドにピッタリと寄り添っている、とても堅実で、決して派手に弾き倒して他の楽器の邪魔をしないプレイなんです。

こう書くとケニー・バレルは控え目で、いわゆる”薄い”ギタリストなのかなと思われそうですがさにあらず。どんなに洗練されたサウンドの中で弾こうが、共演者の演奏が派手目な感じだろうが、この人のギターから出て来る音はその穏やかな一音にすら力強い存在感が、ブルースの深いコクと共にみなぎって、全てを包み込む包容力でダンディかつセクシーな音を響かせます。

そうなんです、アタシも下手くそながらギター弾きのはしくれとして、気になるギターの演奏というのは、やっぱり弾き方とかインパクトとかそっちが先立って耳をすましてしまいがちなんですが、バレルのギターに関してはもうただこの人の音がトロンと鳴るだけで心が持って行かれてしまって、その卓越した”聴かせる技術”の細かい所は未だに僅かでも盗む事は出来ずに今に至ります。

実際にお店に立っていて、ジャズを聴く色んなお客さんと話をしていた時も「ケニー・バレルかっこいいよね!」と興奮気味に語る方は、実は圧倒的にギターを全く弾かない人が多かったんです。

これは本当に凄い事ですよね。







ブルージン・アラウンド

【パーソネル】
ケニー・バレル(g)
エディー・バート(tb,C)
レオ・ライト(as,E〜G)
イリノイ・ジャケー(ts,@〜BDH)
ジャック・マクダフ(org,E〜G)
ハンク・ジョーンズ(p,@〜BDH)
ジョージ・デュヴィヴィエ(b,C)
メイジャー・ホリー(b,@〜BDH)
オシー・ジョンソン(ds,@A)
ルイ・ヘイズ(ds,C)
ジミー・クロフォード(ds,BDH)
ジョー・デュークス(ds,E〜G)

【収録曲】
1.マンボ・ツイスト
2.ザ・スイッチ
3.ザ・スクイーズ
4.ブルージン・アラウンド
5.バイ・アンド・バイ
6.モーテン・スウィング
7.ピープル・ウィル・セイ・ウィア・イン・ラヴ
8.ワン・ミント・ジュレップ
9.ムード・インディゴ

(録音:1961年11月21日,29日、1962年3月6日、1962年4月30日)


リーダー作もサイドマンとして参加しているアルバムもとても多く、また、どのアルバムも乱暴にジャズの正道を踏み外すことなく常に高いクオリティで聴かせるバレル。

有名なアルバムといえばやはり50年代のブルーノートでの傑作の数々や、ジョン・コルトレーンとの共演盤、或いはVerveやPrestigeといった有名ジャズ・レーベルでの諸作品になると思いますが、1960年代のColumbia音源を集めてからリリースされたアルバム『ブルージン・アラウンド』を今日はオススメとして紹介します。

このアルバムはレビューで派手に取り上げられるような事はあんまりないけど、昔からバレルの隠れ名盤としてファンからの評価が非常に高いアルバムなんですよ。

まずはメンバーが、超一流の実力派揃い。誰もが知る超有名プレイヤーで固めるんじゃなくて、イリノイ・ジャケーにジャック・マクダフといった”コテコテ”のブルース職人達と、ハンク・ジョーンズ、レオ・ライト、ジョージ・デュヴィヴィエ、メイジャー・ホリー、オシー・ジョンソン、ルイ・ヘイズといった、主役を引き立てながら演奏に品格とコクをもたらすことにかけてはもう何をか言わんやの名バイプレイヤー達がガッチリと固めた布陣は、野球で言えば山本浩二に衣笠が打ち、大下が走り、池谷が投げていた頃の赤ヘル軍団、広島東洋カープの如き燻し銀の味わいと(さっき広島ファンに訊いたから間違いない)、古武士集団のような風格と”仕事”の確実さを持った鉄壁のそれなのであります。

そしてバレルお得意のブルースをテーマにした楽曲の数々。全体的な雰囲気はバレルらしくダンディでとことん夜が香る実にムーディーな仕上がりなんですが、落ち着いた曲だけでなく、速いテンポの曲がところどころ良い感じに織り交ぜられているところにも、飽きさせず聴ける工夫が凝らせてあるのを感じます。

1曲目はラテン風味で、これがノリノリのナンバー。バレルのソロもジャケーの叔父貴のソロ共に弾きっぷり&吹きっぷりが、短いながらも爽快です。

以降、ミディアムでグイグイのせて、スローブルースやバラードで聴かせる実に気持ちいい展開が最後まで続きます。バレルが書き下ろしたオリジナルはどれも「ブルースわかっとる奴が作るジャズ」で、特に必殺のスローブルース『ザ・スクィーズ』なんかもう酒が弾むこと間違いない(さっき酒好きの奴に訊いたから間違いない)のですが、カヴァー曲も酒が弾みます。

デューク・エリントンの超有名スタンダード「ムード・インディゴ」では、バレルのしっとり軽やかに、撫でるように奏でられるコード・ストロークにとろけるソロ、イリノイ・ジャケーの叔父貴によるズ太い音で丁寧に吹かれるソロはもちろん「ズン」とひとつひとつの音を噛み締めるように弾くメイジャー・ホリーのベースがこれまた響く。

ベニー・モーテンの曲、というよりその跡を継いだカウント・ベイシーの演奏で有名になった『モーテン・スウィング』は、ミディアム・テンポの小気味良いリズムに、コードを「びゃーん!」とぶっこむジャック・マクダフのオルガンと、もっちりした音で吹きまくるレオ・ライトのアルト・サックスが実にワルくてカッコ良くて、その後に満を持して出て来るバレルのソロもまたオシャレな不良。

レイ・チャールズがクインシー・ジョーンズ楽団をバックにしてヒットさせた『ワン・ミント・ジュレップ』の、いい感じにバーボンが香るカバーも音数少なめでギターがよく歌っております(タイトルの語源は南部生まれのバーボン・ベースのカクテルから)ね~♪

腕利きを集めての豪華セッションならではのくつろいだ感じと程良い緊張感があるこのアルバム、いやほんとバレルのプレイには、楽しく聴かせるその音の隅々にまで美学が行き届いていて、音楽としての究極の男前を感じます。




”ケニー・バレル”関連記事









『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 23:47| Comment(0) | ジャズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする