2019年05月08日

スリーピー・ジョン・エスティス I Ain't Gonna Be Worried No More 1929-1941

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Sleepy John Estes/I Ain't Gonna Be Worried No More 1929-1941
(Yazoo)

先日ご紹介しました『スリーピー・ジョン・エスティスの伝説』は、今聴いても本当に素晴らしいアルバムで、何と言いますかブルースという音楽の、本当に削って削ってその一番内側にあるもののそのまんまが鳴っているような、そんな根源的なものを感じさせるアルバムなんですね。

根本的なものって何?と問われれば、そこはもう音楽である以前に、生まれて生きて、その中で会った嬉しい事とか悲しい事とか、そういった生活のリアルの物語、それに尽きるんじゃないかと思います。

色んな音楽があって、その中で詳しい人がいて、そういった人は詳しくなるにつれて知識や理論を深めて行って凄いなと思うんですが、ブルースに関しては、不思議と詳しい人との会話の中でも、変に知識や音楽理論的な部分に寄った話になりません。

大体「あのブルースマンはかっこいいよね」とか「あの人はこんな破天荒エピソードがあって・・・頭オカシイよね」とか、そういう話ばっかなんですよね。

あー、これはアタシがいいオッサンになっても多分お頭の中身が相応に成長してないってのもあるんでしょうが、やっぱりブルースって音楽には、そういう知識や理論以前に、聴いてる人の生きてる実感のようなものに直接そして強烈に作用するものを持ってるからなんだと思っております。

で、今日は皆さんに、そういった気持ちを更に高めて頂きたくて、2回連続でスリーピー・ジョン・エスティスをご紹介したいと思います。

スリーピー・ジョン・エスティスは、戦後60年代に再発見され、その時代のアコースティック・ブルースのムーヴメントの一翼を担う存在となり、何と日本にもコンサートで訪れてるんです。

その頃のエスティスのライヴは「いい感じのおじいちゃんが歌う、渋く枯れたブルース」という感じで実に味わいがあるんですが、元々は戦前のメンフィスやシカゴを、実にイキのいいポップなブルースで沸かせてた人でありました。

ブルースそんなによくわからない方には、ちょいとややこしい話になるかもわかりませんが、それには時代性と地域性ってのが関係しております。

実は戦前のアメリカ南部では、弾き語りでしんみりと歌われる「ブルース」よりも、歌とギターにプラスして、ハーモニカやマンドリン、フィドル(ヴァイオリン)なんかが入ったストリングバンドっていう形式のバンドがウケてて、そのバンドでやる音楽も、賑やかなダンス向けのやつのほうが、実は人気が高かったのです。

そして、エスティスの故郷テネシー州は、南部とその他の都市とを結ぶ交通の要衝、メンフィスという街があった場所で、終始様々な人が行き交うこの雑多な魅力に溢れた街では、必然的に「賑やかな音楽」の需要が高まっており、ここで”ジャグバンド”という独自の文化が生まれます。

ソロのミュージシャンとして有名なエスティスですが、演奏をする時は必ずハミー・ニクソンのハーモニカや、ヤンク・レイチェルのマンドリンなどを従えたバンド形式でやっておりました。それは戦前の南部、特にメンフィス近辺ではもう「お客さんを呼び込むための必須のスタイル」だったんですね。

地元バンドや旅芸人一座が、それぞれ趣向を凝らしたスタイルで競うように演奏していたメンフィス、そこでエスティスと仲間達はやはり頭ひとつ飛び抜けた存在として人気だったのでしょう。1929年には南部でレコーディングのためのスカウトをしていたビクターの目に留まり、翌年にかけてレコーディングを行います。

この頃のレコーディングやレコードのリリースというのは、本当にその場限りの契約だったので、レコード会社に所属してヒットを連発するなんてことは、よほどのスターでないとありませんでした。

それにミュージシャン達にとっては、一回いくらのレコーディングより、ギャラとは別に客からチップをもらったり、酒をおごってもらえる生演奏の仕事の方がよっぽど割のいい商売でした。

エスティス達は、更にいい仕事を求めて1934年に北部の大都会シカゴに移住します。

そして、ここでも彼と相棒達の軽快でシャレた感じの演奏は人気となって、翌年には大手デッカ・レコードから声がかかり、更に37年38年にはニューヨークでのレコーディングも行ったりと、実に順風満帆な成功街道をひた走ることになるのです。

が、彼らの南部直送のオールド・スタイルのブルースは、最初こそ都会でもウケましたが、40年代になるともっと洗練されてもっとゴージャスなフルバンド・スタイルのブルースにことごとくお株を奪われるようになり、その後の顛末は前回お話した通りです。

60年代のフォーク・ブルース・リヴァイバルで”再発見”されるまで、仕事もなく視力も失ったエスティスは、極貧生活の中であえぐことになってしまいます。



I Ain't Gonna Be Worried No More 1929-1941

【収録曲】
1.Milk Cow Blues
2.The Girl I Love, She Got Long Curly Hair
3.Someday Baby Blues
4.Little Laura Blues
5.Black Mattie Blues
6.Special Agent (Railroad Police Blues)
7.Broken-Hearted, Ragged And Dirty Too
8.Drop Down Mama
9.Street Car Blues
10.Lawyer Clark Blues
11.Whatcha Doin'?
12.Who's Been Tellin' You Buddy Brown Blues
13.Everybody Oughta Make A Change
14.Poor John Blues
15.Fire Department Blues (Martha Hardin)
16.I Ain't Gonna Be Worried No More
17.Diving Duck Blues
18.Down South Blues
19.Clean Up At Home
20.Floating Bridge
21. Working Man Blues
22. Airplane Blues
23. Stop That Thing



さてさて、流行がいくら移り変わろうが、戦後再発見後のエスティスのブルースがいくら悲劇的な説得力に満ち溢れていようが、戦前のエスティスの、明るくもどこかほんのりと”泣き”の香が漂うワン・アンド・オンリーの魅力が損なわれる訳ではない。

本日のオススメ『 I Ain't Gonna Be Worried No More 1929-1941』は、そんなエスティスが戦前に行った結構な量のレコーディングから23曲セレクトしたベスト・アルバムです。

エスティスの、特に日本での人気は根強く、亡くなるまでにライヴ盤を含め何枚ものアルバムが出されましたが、そんな70年代ですら、実は戦前のエスティスの録音がまとめて聴けるアルバムはほとんどなかったという訳で、このベストが復刻物では定評のあるYazooレーベルから発売されたのは、何と1992年(!)。

多くのブルースファンには「すげえ!エスティスってこんなだったんだ」と目から鱗の、ハリのある声とウキウキな演奏が、当時の人気を裏付ける、極めて純度とクオリティの高いリアル・カントリー・ブルースです。

内訳は一番古い1929年の録音がADFP、1930年のが@HJM、1935年がBGKOQS㉒㉓、1938年がELNR、そして戦前のラスト・レコーディングの1941年録音がCI㉑となっております。

年代が古いものはハミー・ニクソンやヤンク・レイチェルらと、どことなくのどかな南部の空気漂うバラッド(民謡)風オリジナルが素晴らしく、40年代のものはガツガツしたアタックの名手サン・ボンズらが、硬派なプレイを聴かせてくれます。

年代毎に違った伴奏が入ったりするので、雰囲気はそれぞれ微妙に違いますが、繊細ながらも張りと伸びのある甲高いヴォーカルが全くブレないカッコ良さで、これが素晴く、全体にメリハリの効いたノリノリのグルーヴが効いておりますので、本物のブルースに何となくとっつきにくさを覚える方にも気負いなく聴けるんじゃないかと思います。


















ブルース入門編 〜初心者のための優しいブルース講座〜



『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 00:39| Comment(0) | ブルース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする