2019年06月08日

マ・レイニー ブラックボトル

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Ma Raney/Blackbottom
(Yazoo)


「ブルースは人を元気付ける音楽」

と、ブルースのアーティスト達や、ブルースに深く帰依する現代のミュージシャン達は言います。


ブルースは、アメリカの黒人の悲惨な歴史の流れの中で生まれ、その旋律はどこか憂鬱で、歌には悲痛な叫びが宿り、歌詞もまた生活の中での絶望や裏切り、儚い恋などが歌われております。

でも、いや、だからこそ、その心を揺さぶる歌や演奏を聴くと、自分の内側からこう、理屈では説明できない活力のようなものがグワー!っと湧いてくるのを感じます。


それはもう本質的な”業”としか思えないものを背負わされつつも、時にしんみりと噛み締めるように歌われながらも「そんな辛いことも笑い飛ばそうぜ」と、ゴキゲンにブギーしてジャンプする、ダンス・ミュージックとしても力強く進化してきたブルース。


良いですね、考えただけでこうジワ〜っときてワクワクしてきます。

アタシもそういえばブルースを聴く時ってのは、頭ん中がたくさんのモヤモヤでいっぱいの時。

ブルースという音楽がどんな風に素晴らしいのか、それはこのブログでひとつのテーマとしながらずーーーーーっと書き続けて行こうと思うのですが、まずはくだらないことで悩んだり、どうしようもなく行き詰った時、とりあえず何も考えずひたすらボケーッと聴いているだけで心と体のしんどい部分に染み込んで癒してくれるブルースという音楽を、まずは聴きましょう。

本日は、そんなブルースのお母さん的存在であります古のシンガー、マ・レイニーであります。


かつて、ブルースという音楽がレコードに吹き込まれて出回るようになったばかりの頃、主にレコードは都会に住む裕福な人達のための娯楽でした。

ブルースという音楽はもちろんそれ以前からありましたし、恐らくアメリカ南部で歌われたり演奏されたりしていたブルースは、ギターやバンジョーなどの手軽な楽器で演奏されるものも多かったと思います。

ところがやっぱりそんな南部でありのまま演奏されているような素朴だったり荒々しかったりするようなやつをレコードにして、購買層である裕福な人達は買うのかどうかという問題がありまして、「これがブルースですよ」という、ある種のわかりやすさと購買層を満足させるちょいとゴージャスな雰囲気というのが必要だったんですね。

そこでレコード会社やクラブの興行主達は、人気のジャズバンドをバックに、ドレスアップした女性シンガーが歌う「ブルース」の形を作ってそれを録音して売り出すことにしたんです。

悪く言えばこれは、ブルースに馴染みがない都会のリスナーのために演出や修正を施したものではあったんですが、一流のシンガーと一流のジャズバンドの組み合わせで歌われる洗練されたブルースが、音楽として悪かろうはずがなく、これがかえって都市に根付いた新しいブルースとして、独自の進化を遂げる過程で、ロバート・ジョンソンをはじめとする南部のブルースマン達にも影響を与えたりしておる訳です。

こういったクラシックなスタイルのブルースの中にあって、南部のフィーリングをタップリと漂わせ、気持ち良いエグさと共に不思議な哀愁を感じさせる声でもって、他のシンガー達とは明らかに一線を画していたのがマ・レイニーであります。

1886年、南部ジョージア州生まれのマ・レイニーは、メディスン・ショウ(旅の薬や日用雑貨売り)の芸人一座の子として、生まれた時から芸事にドップリでありました。

14歳の頃には既に舞台でショーの主役を張っており、その頃に同じ旅芸人一座のウィリアム”パ”レイニーと結婚し、それに合わせるように名前も”マ”・レイニーと改名。

彼女が「ブルースのお母ちゃん」と呼ばれる所以は、この芸名にちなんでの事ではあるんですが、ちょいと面白い話として「1902年に旅先で出会った少女が歌っていた歌を、自分のショウで取り上げて歌ったのが”ブルースがステージで演奏されたはじまり”と言われてる」なんていう話もあります。




Blackbottom

【収録曲】
1.Oh Papa Blues
2.Black Eye Blues (Take 1)
3."Ma" Rainey's Black Bottom
4.Booze and Blues
5.Blues Oh Blues
6.Sleep Talking Blues (Take 1)
7.Lucky Rock Blues
8.Georgia Cake Walk
9.Don't Fish In My Sea
10.Stack O' Lee Blues
11.Shave 'Em Dry Blues
12.Yonder Come the Blues (Take 1)
13.Screech Owl Blues
14.Farewell Daddy Blues


南部一帯では、その見た目通りの豪快で気風の良い歌いっぷりと、時に性的にかなりきわどいユーモアもたっぷり挟んだ歌詞や小芝居が大人気だったというマ・レイニー。

多くのシンガーが成功を求めて南部から北部の大都会へ移住し、大きなホールで歌う事を目標としていた時代でしたが、彼女はレコードが売れようが周囲に何をささやかれようが、活動の拠点を南部から移す事も、ゴージャスなナイトクラブやホールで歌う事にも特に何の思い入れも持たず、旅を続けながら南部の人達に向けて歌っておりました。

1923年から28年までの間、シカゴやニューヨークに出向いてレコーディングを行っておりますが、その録音もジャズバンドをバックにしつつ、バンジョーやギターなどを従えた南部で人気のストリングス・バンド形式のものも多く、そのサウンドは実にディープな味わいがあります。

今、世の中に出回っている彼女のアルバムは、どれもこの20年代に行われた音源からピックアップしたベスト盤のようなものですので、ジャケットや収録曲の多さとかで選んでも全然オッケーですね。

個人的にはその昔Pヴァインから出ていた解説付きの『ブルースの巨人』シリーズがとても良かったのですが、コチラは今廃盤ですので、ポップなジャケットと共に味のある選曲が素晴らしいYazoo盤のアルバムがオススメであります。

若き日のルイ・アームストロングやタンパ・レッドなど、戦前のジャズ/ブルースの凄い面々がしれっと参加しているにも関わらず、彼女の強烈な個性のバックで嬉々として”伴奏者としての仕事”しっかりとこなしているバンド・サウンド、それを完璧に従えて気さくな親しみやすさで、でもどこか深い哀愁が心を打つヴォーカル。

マ・レイニーは28年を最後にレコーディングからは遠ざかっておりますが、その後母親の面倒を見るために1934年に旅芸人としての活動を終えます。

その後は2件のクラブを経営し、1939年に55歳の生涯を静かに終えますが、その豪快で奔放な歌いっぷりは戦後のシンガー達に男女問わず影響を与え、人々の心に元気を与え続けております。











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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 00:10| Comment(0) | ブルース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする