2019年06月14日

ジョアン・ジルベルト AMOROSO(イマージュの部屋)

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ジョアン・ジルベルト/AMOROSO(イマージュの部屋)
(ワーナー)


恐らくは体調の問題だとは思うのですが、夏になると大体いつも頭がボーッとなって、耳に入ってきてしっかり届く音楽とそうでない音楽の境界というものが曖昧になってきます。

えぇ、いきなり「何を言ってるんだ?」「お前は大丈夫か?」とお思いの方すいません。要するに頭がボーッとするんです、そいでもっていつもは「あぁいいな」って思って聴いている音楽が、何だか遠くでボワボワ鳴っているように思えてしまう。

例えばロックの熱狂も、ジャズの享楽も、陽炎の彼方でゆらゆらと揺れて、その中に飛び込んで行こうとすれば遠ざかる。そんな感じ。うん、よくわかりませんね。

もっと簡単に言えば「感動するために音楽を聴いているのに、何かこう感動の手前で自分の感覚が淡くなってしまって感動出来ない」という状態とでも言いましょうか、人にこんな話をしたら「そりゃお前、軽い鬱だよ」と言われることうけあいですが、あぁそう言われてみればそうかも知れません。

とにかく由々しき事態ですので、急遽普段好きで聴いている音楽から「ボーッとしてても耳にガツンと入って来なくても、心がおのずと淡い感動で潤うような音楽」をチョイスして処方しております。

そんな都合のいい音楽なんてあるのかお前と言われそうですが、これがあるんです。

ボサ・ノヴァです。

あぁそうね、ボサ・ノヴァって心地良いし、軽くてオシャレだし、サラッと聴けるよね。

違います。

何というかボサ・ノヴァっていう音楽は、アタシにとっては凄い切実なもので、かつ「今聴いとかないとヤバイ気がする!」っていう危機感を、心地良く麻痺させて、その麻痺の隙間からジワジワと快楽を送り込む、ヒジョーにヤバい音楽なんです。

とりわけジョアン・ジルベルトです。

ジョアンについてはもう何をか言わんや、アントニオ・カルロス・ジョビンと並ぶ、ボサ・ノヴァの生みの親であり、戦後のブラジリアン・ミュージックを代表するシンガーソングライターであり、彼の周囲から一気に「オシャレで爽やかで心地良いボサ・ノヴァ」というのが、今なお生まれては増殖を繰り返しておるのでありますが、その輪の中心のコアの所に居るこの大御所が持つ、得体の知れない程のディープな存在感というのが、いまなお少しも薄れてゆく気配すらない、その歌や音楽の表面的な佇まいは、あくまで知的で穏やかのに、一度その魅力の深い所にはまり込んだ聴き手に対しては、何かこう絶対的な畏怖に近い感情で、グァ〜っと五感を圧迫してくる。

えぇ「ジョアン・ジルベルトの歌が気持ちいい」というのは、その圧迫によって完全に麻痺させられた五感と六感と阿頼耶識が覚える快楽でありまして・・・アタシは一体何を言ってるんでしょうねぇ。




AMOROSO(イマージュの部屋) <BRASIL SUPERSTAR 1200>


【収録曲】
1.ス・ワンダフル
2.夏のうた
3.チン・チン・ポル・チン・チン
4.ベサメ・ムーチョ
5.波
6.十字路
7.トリスチ
8.白と黒のポートレイト


ジョアンに対してはもう「偉大なる〇〇」とか「ボサ・ノヴァの立役者」とかいった陳腐な賛美の言葉など、何ら無力のような気も致します。4の5の言わずにその作品に収録された、独白のような柔らかな声の底無しの魅力に憑かれてしまいましょう。

今日はバックに配されたストリングス・アレンジの美しさも相俟って、ジョアンの歌声がどこかアタシ達の住んでいる世界とは根本的に違う次元でゆらいでいる、1977年リリースのアルバム『AMOROSO』であります。

1960年代にアメリカでブレイクした事がきっかけになったボサ・ノヴァ人気は70年代になっても衰えを知らず、むしろジャズ、フュージョン、AORなどのアメリカ音楽の最先端を取り込んで消化しながら、その表現領域をどんどん拡げていきます。

ボサ・ノヴァは元々ジャズ・テナーサックス奏者のスタン・ゲッツとジョアンの共演盤『ゲッツ/ジツベルト』で世界に知れ渡った訳ですが、それは土着のブラジル音楽であるサンバをもっと洗練させたいと願った当事者達の意識と、ヨーロッパ系アフリカ系、原住民系の血が複雑に入り混じるブラジルという土地柄の宿命が必然を呼び起こして生まれた音楽としての在り方を現すものだったのかも知れません。

さて、このアルバムでは、ジョアンの声を幽玄で彩るストリングス・アレンジを、クラウス・オガーマンという人が取り仕切っております。

クラウス・オガーマンという人はですね、50年代からジャズ/ポピュラーの歌手やバンドのバック・アレンジをこなしつつ、60年代にはビル・エヴァンスの『ウィズ・シンフォニー・オーケストラ』や、ウェス・モンゴメリーの『テキーラ』、更には80年代に空前の大ヒットとなったジョージ・ベンソンの『ブリージン』などでオーケストラやストリングスの指揮とアレンジをキメ、関わる多くの作品を「名盤」の仲間入りさせた凄い人です。

この人のアレンジの特徴は、バックそれのみで聴いてもうっとりするほど美しい情感に溢れた綿密かつ躍動的なところなんですね。

で、60年代にブラジルに行き、そこでボサ・ノヴァという新しい音楽を試行錯誤の末形にしていたアントニオ・カルロス・ジョビンと出会い、その音楽的な完成度の高さとリズムの繊細さ、楽曲の美しさに感動し「よし、アンタのアルバム作るんだったらオレもいっちょう貢献してやるぞ」と賛同してボサ・ノヴァを代表する1枚『波(Wave)』が後に生まれたりしたんです。

で、ジョビンとの仕事などでボサ・ノヴァの仕組みみたいなのをしっかりと熟知したオガーマンと、存在そのものがボサ・ノヴァみたいなジョアンとの共演でありますから、これが悪くない訳がない。

大体音楽は、他のジャンルと接触する過程でそっちに寄りつつ進化して行くのでありますが、ボサ・ノヴァ、特にジョアンのそれは美しく他ジャンルと溶け合いながらも本質を一切変えず、歌という形で悠久の響きをそこに生じさせておるのです。

そう、経験と楽理と全神経と全感情を総動員して、ジョアンの音楽をバックアップしようと、これまでになく研ぎ澄まされた幻想美で彩られたオガーマンアレンジのオーケストレーションに対し「余計な音などいらない、俺は俺でいい」とばかりに、淡々と一定の距離を置きながら内へ内へと沈み込んでゆくジョアンとの、緊張感に満ちた交感が、ただの””気持ち良さ”に終わらない、冷たくも美しい幽玄の世界を淡く描いております。

これが夏の暑い日に聴くと、もう大変なんです。温度すら存在しないかのような世界へ意識はふわっと飛ばされます。ジョアン・ジルベルト、本当に麻薬です。






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posted by サウンズパル at 22:43| Comment(0) | ラテン/ブラジル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする