2019年07月18日

ジョン・コルトレーン ザ・コンプリート1961 ヴィレッジ・ヴァンガード・レコーディングス

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John Coltrane/The Complete 1961 Village Vanguard Recordings (4CD)
(Impulse!)



かっこいいアーティストやバンドってのは、もちろんスタジオで丹精込めて作り上げたアルバムはもちろんですが、必ずと言っていいほどライヴ名盤というのがあります。

というよりも、考えてみたら音楽家が演奏をする現場というのは、年に多くても数回のレコーディングよりも、毎日のようにプレイしているライヴの現場ですもんね。で、そんなライヴを毎日のようにこなしているミュージシャンのライヴ盤だから、そりゃあもう悪かろうはずがございませんね。

そこでコルトレーンなんですが、えぇ、スタジオ・アルバムもオフィシャルなライヴ盤も、プライベート録音のライヴもたくさん出ております。

そりゃあお前、ジョン・コルトレーンなんて言ったらジャズの超有名な人の中でも更にめっちゃ有名人じゃないか。そんなもんたくさん出てるだろうと言われる向きもいようかと思いますし、アタシもそう思ってはいるんですけどね、コルトレーンって実は、ジャズの世界でソロ・アーティストとして活動したのって、ほんの10年ぐらいなんですよ。

1956年にマイルス・デイヴィスのバンドにスカウトされて、その翌年にPrestigeでソロ・デビュー・アルバムを、30歳にしてようやく出してもらい、あれよあれよという間に、いつの間にか「マイルスの所にいる何か面白いテナー奏者」から、ジャズを代表する革命的ミュージシャンにまでなり、そしてあっという間に悪かった肝臓をこじらせて天国へ行ってしまいました。

昔の(特に初期に在籍したPrestigeの)レコーディング事情が実にいい加減だったとはいえ、その10年の間にソロ名義のものだけで30枚以上のアルバムを出しているんです。で、更にそのボリュームに負けないぐらいのライヴ盤が出ていて、その上死後発見されたテープから、2000年代になってからもアルバムが作られてリリースされている・・・。

えぇと、何を言いたかったのか、ちょっと忘れてしまうほど気が遠くなってしまいましたので、強引に話をまとめると「コルトレーンのライヴ盤って凄いのよ」という事です。

テンションがヤバいとか、演奏全体が明らかに沸騰してるのが分かるぐらいの熱気がヤバイとか、お客さんが明らかに引き込まれて圧倒させられてる雰囲気が音だけでも見えてきそうでヤバいとか、色々とヤバイところだらけなのがコルトレーンのライヴ盤です。とにかくもう生演奏という制約のほとんどない空間で、好きなだけ尺を取ってアドリブを吹きまくってるコルトレーンを聴いてみてちょうだいよもー!と、体験者(はぁいアタシ)は語ります。

とまぁのっけからアツく語ってしまいましたが、アタシと同じように「コルトレーンのライヴってばすげーカッコイイしヤバいからみんなに聴いて欲しいなー」と思った人が、インパルス・レコードのプロデューサー、ボブ・シールだったという事は、ジャズファンやアタシみたいなコルトレーン者にとっては救済のような事柄です。

1960年、コルトレーンはメジャー・レーベルのアトランティックにおりましたが

「いやもうアンタの演奏は素晴らしい!でも今のメジャーなレコード会社の中ではアンタの才能は埋もれてしまうような気がする。だってアンタにはもっともっと誰も聴いたことのない音楽をやってやろうって気持ちがあるだろ?どうだいウチは全く新しい出来たばかりのレコード会社なんだが、まずモットーにしてるのが、売れるとか売れないとかいうよりも、みんながびっくりするような新しい音楽を作ろうってことだ。ウチに来ないかい?アンタがやりたい事はいくらでも好きにやっていいし、何ならレコーディングしたいって思った時はいつでも好きなだけスタジオに入っていい。もちろんギャラはちゃんと払う」

と、願い倒してインパルスにスカウトしたのがボブ・シールです。


「ほんとっすか?俺がやりたいことをやりたいようにやっていいんですか?スタジオも入り放題?うんうん、うんうん、それなら行く」

と、アトランティックに残っていた「あと、アルバム何枚分」という契約をとっとと終わらせるためにスタジオに入ってちゃっちゃとレコーディングして契約は無事終了。翌61年には早速インパルスでのレコーディングを開始します。

「なんかこう壮大なものを表現したい」

と言っていたコルトレーンの要望を叶える形でレコーディングしたのが、レギュラーバンドに大勢のブラス・セクションを付けてレコーディングした『アフリカ/ブラス』

このアルバムのレコーディングは、コルトレーンにとってもインパルス・レコードにとってもなかなかに好感触なもので、コルトレーンもプロデューサーのボブ・シールのテンションも大いに上がりました。

「いいね!」

「いいねぇ!」

と盛り上がった2人

「いやぁ、いい!でもさぁ、俺は君のライヴも凄く好きなんだ」

「いやぁ、俺もライヴをもっと色んな人に聴いて欲しいし、ライヴでも新しいことやりたいんだ」

「じゃあさ、レコーディングしてみる?」

「レコーディング?何をだい?」

「君のライヴだよ!」

「うわぁマジか!?やるやる!!」

と、インパルス2作目のレコードが、何と異例のライヴ・アルバムという事になったのであります。



「何か面白いことやってくれそうな新しいレコード会社と契約したコルトレーンが、ヴィレッジ・ヴァンガードで新しいグループを引き連れてライヴする!」と、耳の早いニューヨーク子達の間では早速話題となり、そして1961年11月1日から11月5日の4日間のぶっ通しで、ジョン・コルトレーン・グループ、ヴィレッジ・ヴァンガードでのライヴは行われたのです。


この時の演奏からベスト・テイクを選んでリリースされたオリジナル・ライヴ・アルバムが『ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』↓





まず最初に言っておきますが、これ凄くいいアルバムなんですよ。詳しくはリンク先のレビュー読んでくださればと思いますが、収録時間の都合で、入ってるのはたった3曲。でも、この3曲に凝縮された演奏の密度とか気迫とか、そういうのがもう最高。

ところが、やっぱりこの時の演奏の凄まじい演奏は、このアルバムだけに収まるものでは到底なく、トレーン存命中に『インプレッションズ』という、スタジオ音源とライヴ音源の抱き合わせ盤が出て、コレの”ライヴの部”がこん時のヴィレッジ・ヴァンガードでの演奏。しかも楽曲が未発表の『インディア』という曲で、アタシにとってはこの、タイトル通りのインド音楽のラーガみたいな、心地良いトランス感に溢れた曲が「ヴィレッジ・ヴァンガードやべぇぇぇぇ!!」の決定打でした。


ところがですね、ヴィレッジ・ヴァンガードでの録音は、がっつり4日分あるんです。それもライヴ会場に簡単な録音機材持ってってホイと録音したようなプライベート録音ではなく、インパルス・レコードが最新式の機材を運んだレコーディングのためのライヴ録音。当然そのマスターテープは大事に保管されていたんですな。

それらの音源はコルトレーンの死後に発表されました。

アタシもまず2枚組になって収録曲が倍の6曲になった『ヴィレッジ・ヴァンガードのコルトレーンとドルフィー』というLP盤を持っております。

やった!収録曲が倍になって、大好きな『インディア』も入ってる!これでコルトレーンの1961年のヴィレッジ・ヴァンガードでの演奏は全部


・・・な訳がなく、その全貌は1997年に

『CD4枚組、全曲22トラック完全収録のコンプリート盤』


という形で遂にこの世に現れたのであります。


The Complete 1961 Village Vanguard Recordings

【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts,ss)
エリック・ドルフィー(as,bcl,fl)
マッコイ・タイナー(p)
ジミー・ギャリソン(b)*disc-1A,disc-3@,disc-4B
レジー・ワークマン(b)*disc-1@B〜E,disc-2,disc-3A〜E
エルヴィン・ジョーンズ(ds)*disc-1,disc-2@B〜D,disc-3,disc-4
ロイ・ヘインズ(ds)*disc-2A
アーマッド・アブダル=マリク(oudo)*disc-1@,disc-2B,disc-4D
ガルヴィン・ブッシェル(oboe,contra-basoon)*disc-1@,disc-2BC,disc-4CD,


【収録曲】
(Disc-1)
1.India
2.Chasin' The Trane
3.Impressions
4.piritual
5.miles' Mode
6.Naima

(Disc-2)
1.Brasilia
2.Chasin' Another Trane
3.India
4.Spriritual
5.Softly As In A Morning Surise

(Disc-3)
1.Chasin' The Trane
2.Greensleeves
3.Impressions
4.Spiritual
5.Naima
6.Impressions

(Disc-4)
1.India
2.Greensleeves
3.Miles' Mode
4.India
5.Spiritual


(録音:1961年11月1〜3,5日)


はい、コチラがその怒涛の4枚組CDボックスです。

単純に録音した演奏の全てが入ってるというだけでなく、4枚それぞれが日付毎に分けられて、曲順も実際に演奏した順番にキチンと整理された親切仕様。ほぼ全ての曲が10分越えの壮絶な熱演なんですが、みなぎる緊張感よりも、その演奏の気迫に圧倒されて、ついつい聴き入ってしまうが故に、時間などあっという間に過ぎてしまいます。

ジャズの過激さ、ジャズのカッコ良さ、思考と想像力を刺激するアドリブの連続が、聴いている間中五感を刺激し、まるで新しい感覚すらも開いてくれそうな、そんな激しさの奥底にある荘厳さに、このライヴ演奏は満ち溢れているんです。

もっとも、コルトレーンはこの後もどんどん独自の進化を遂げ、その音楽性を更に孤高の極みまで押し上げるんですが、演奏のテンションそのものは、この時期既に絶頂に達しております。

インパルスに移籍するちょい前に、コルトレーンはようやく自分のバンドを持つ事が出来ました。コルトレーン(テナー、ソプラノサックス)、マッコイ・タイナー(ピアノ)、レジー・ワークマン(ベース)、エルヴィン・ジョーンズ(ドラムス)のレギュラー・カルテットがそれなんですが、このヴィレッジ・ヴァンガードでのライヴの時点では、正式メンバーとしてもう一人の管楽器奏者(アルト・サックス、バス・クラリネット)のエリック・ドルフィーと、後に正式メンバーとなって、コルトレーンを最後まで支えたベーシストのジミー・ギャリソンが「曲によって参加するセカンド・ベーシスト」として加入しております。

更にこのアルバム、というかインパルス時代のコルトレーンのひとつの大きなキーワード「スピリチュアル」ですよね。

彼は若い頃からインド哲学やアフリカの土着宗教、東洋思想を真剣に勉強しており、ソロになって楽曲にはそれら思想や宗教の影響が顕著に表れるようになってきます。

その「エスニックでスピリチュアルな表現」これこそが、冒頭ボブ・シールが言ってたような「コルトレーンが本当にやりたかったこと」だと、その後の作品を聴くにつけ思います。

そう、コルトレーンは常に「新しいジャズをやろう」という熱意に燃えるミュージシャンでもありましたが、それ以上に「ジャズを越えて”音楽”として、人々の心を深く打つような表現がしたい」と切実に願う表現者でもありました。


丁度時代は60年代、便利さのみを追求してきた文明社会への疑問が人々の中で生じ、人種差別などのアメリカが元々抱えて来た問題も、色んな形で表面に出て来て、民衆がそれらの社会の様々な問題に向けて思考を拡げていた時代の空気と、コルトレーンの表現衝動とは見事に合致し、コルトレーンの音楽はそれ故先鋭と深化の権化と化す訳です。コルトレーンもインパルス・レコードも、そういった”新しい音楽”を激しく求め、彼らの共同作業からは、正しくそんな音がするのです。

アタシがこのライヴ盤に収録されているインドのラーガみたいな『インディア』に特別惹かれる理由もそこにあります。

レギュラー・カルテットにもう一人のベース奏者、ジミー・ギャリソン、ウード(中近東の琵琶みたいな弦楽器)のアーマッド・アブダル=マリクと、日によってカルヴィン・ブッシェルのオーボエを加えた特別編成は、コルトレーンの「ジャズって枠に収まらない音楽をやるぞ!」という、並々ならぬ意気込みを感じますし、実際出て来る音がその通りです。フォーマットはあくまでジャズで、強いて言うなら「インド風」ではあるんですが、その激しく荘厳(もうね、そうしか表現できんのですよ、凄すぎて)な演奏の奥底のコアの部分には、コルトレーンの思考と音楽の血肉となったインドの哲学が、瞑想のムードとしてしっかりと活きております。


そして全曲で凄まじいのはやっぱりコルトレーンとドルフィーのアドリブでのガチンコのやりあいです。

フレーズというよりも「その音の放出にどれだけの情念を乗っけることが出来るか」に限界まで迫って吹きまくるコルトレーンだけで凄いんですけど、その後に全く違う異次元アプローチで吹きまくるドルフィー、更にドルフィーの異次元を受けてもっともっと情念をぶつけてくるコルトレーン、そのやりとりの過程で2人のソロのみならず、バンド全体の音までもどんどん研ぎ澄まされて凄い事になっている。全編そんなですよ、もう細かくなんて解説しておられないんです。


4枚組なんでちょいと値段は張りますが、ジャズという音楽に、何か深いものを感じる全ての方に、これだけは絶対にオススメです。









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2019年07月17日

大コルトレーン祭2019はじまります(まずは一番好きなアルバムのこと)

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はぁい皆さま、今年もコルトレーン者によるコルトレーン者と世界中の音楽を愛する人達のために、本日7月17日ジョン・コルトレーンの命日からのコルトレーン特集企画『大コルトレーン祭』がやってまいりました。

「コルトレーンを聴く」それだけのために朝から水風呂に浸かって気合いを入れて「今年の一発目はコレにしよう」というCDを棚から選んで仕事(正業)に出かけた訳なんですが、今年の一発目は『ラッシュ・ライフ』。


アタシがコルトレーンを好きになったのは、晩年のフリージャズ化した過激な演奏で、そもそも俺はフリージャズが好きなんだ、形式に囚われたチーチキなジャズなんてスカした音楽なんか聴かねぇぞ!と、イキがっていたんですが、はい、それはもちろん本当にイキりたいだけのポーズです。

本当は、モダン・ジャズっていいよな、色々と知りたいなとは思っておったんですが、変な意地が邪魔をして、いわゆる名盤というものに手が伸びず。でも、せっかくコルトレーンにハマッたのだから、コルトレーンは聴きたいな、聴いてみようかな、・・・聴こう!と思って手にしたアルバムがいくつかあって、その中の1枚が『ラッシュ・ライフ』だったんですね。


アルバムについての詳細は、下のリンクにレビューしておりますが、これは本当に良い。




特にバラードとブルースの良さがシンプルな編成で凝縮されております(曲にもよりますが、コルトレーンのテナーとベースとドラムスというピアノレスのトリオ編成もあって、それがまたカッコイイんですよ)。


1曲目の『Like Someone In Love』は、明るいメロディのバラード曲です。

この曲のオープニング、無伴奏のテナーがふわわっ!とメロディを吹くんですが、その美しい音色が立ち上がる瞬間は、もう何年も聴いてるんですが、毎回毎回グッときてしまいます。

コルトレーンは自分でも「私の演奏はバラードなんだよ、激しくやってる時も常にバラードを意識してる」と言ってました。この人の激しい演奏って、本当に何かが乗り移ってるみたいに激しいんで「んなことあるかよぉ!」と、笑いながら突っ込むなんて失礼なこともしてたんですが、良質な”うた”のエッセンスが凝縮されたような『ラッシュ・ライフ』を聴き込んで、ふと後期の神懸かりなテンションの演奏を聴くと、確かにフリークトーンまで炸裂しているようなサックスのフレーズから、何とも美しい”うた”が物凄い勢いで放出されているのを感じます。

さて『大コルトレーン祭』というのは、このブログでは特にコルトレーンのアルバムレビューを書いたり、コルトレーンについてダラダラ語るという、いち信徒としてのささやかな企画です。

アタシのヘタクソな文章では恐縮なんですが、ジョン・コルトレーンという人はその音楽性よりも何よりも、優しい演奏からも激しい演奏から
も、ちょいと小粋な演奏からも、常にそのフレーズとトーンの中に、ひたむきな祈りのようなフィーリングを感じさせてくれる、そしてジャズの素晴らしさ、音楽そのものの素晴らしさを聴く人に体現させてくれる素敵なミュージシャンだということを、このブログが続く限り、毎年彼の命日の7月17日から8月の末までの間に凝縮して皆さんにお伝えしたい。そう思っております。

コルトレーンを既に知っておられる方には、もしかしたらまた違った角度から聴いて何かしらの素晴らしい発見をして欲しい。そして、コルトレーンをまだ聴いた事がない多くの方に、彼を知るきっかけにしていただけたらいいなと願います。


下のディスコグラフィから、またはカテゴリ『大コルトレーン祭』から、ぜひアルバムレビューを読んでみてください。それではみなさんおやすみなさい。










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2019年07月14日

レイジー・レスター コンプリート・エクセロ・シングルス1956-1962アンド・モア


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レイジー・レスター コンプリート・エクセロ・シングルス1956-1962アンド・モア


戦後のバンドでやってるブルースといえば、やっぱり何と言ってもシカゴ・ブルースが一番聴かれてて、実際に名盤や名演、有名人も多い訳なんですが、ブルースが隆盛を極めた時期ってのは、どこかの地域で盛り上がったら、よっしゃオレんとこも!と、対抗するように腕のいいミュージシャン達が競っていい演奏をして、地域毎に特色を持った素晴らしいレーベルなんかも出て来て、それぞれシカゴ産のものに勝るとも劣らない良いブルースマンの良い曲や演奏を輩出しておったんですよ。

特に戦前から戦後50年代ぐらいまでの時期のブルースってのは、それこそ広大なアメリカにあるそれぞれの地域の雰囲気というのが、サウンドに如実に現れていて、聴いててすごく楽しい!という事は覚えておいてくださいね。んで、その話をするとものすごーく長い上に複雑で読みづらい文章があぁぁぁぁあああっと続く危険性がございますので、今日ははやる気持ちをグッと抑えて「この地域のブルースはとても個性的だよ」という意味でルイジアナブルースを紹介します。


はい、ルイジアナのブルースというのは、このブログでももう何度も言っておりますように、一言でいえば『ユルくてオシャレ』です。

ルイジアナは地理的にはアメリカの南部、テキサスとミシシッピに挟まれた場所にある、そんなに都会じゃない州で、土地のほとんどはバイユーと呼ばれる広大な湿地帯であります。

この湿地帯特有の高温多湿な気候と、アメリカ独立後もしばらくフランスの領土だったという特殊な環境が、まずはこの地のブルースの『ユルくさ』に影響を与えたんだと思います。

そして、ルイジアナにはニューオーリンズという街がありまして、この街は音楽ファンなら「あ、ジャズが生まれたとこだね」とピンとくると思うんですが、この街はカリブ海に開いてる港町で、カリブ諸島の島々や南アメリカからの様々な文化が入って来ているところ。なので、ニューオーリンズやルイジアナのブルースやR&Bは、ディープなフィーリングの中にどこか陽気でハイカラな要素も入っていて、それがすごくトッポくてカッコイイのであります。

ほんで、この地の”バイユー”と呼ばれる湿地帯のブルースを、ほとんど専門的にリリースしていたのが、エクセロというレーベルであります。

実はこのエクセロ、会社があったのはテネシー州ナッシュビルという、ルイジアナからは大分離れた場所だったんです。

ナッシュビルという土地はカントリー・ミュージックの盛んな場所で、オーナーのジェイ・ミラーは最初この地でカントリーのレコードを製作しておりましたが、実はこのジェイ・ミラーさん、生まれ育ちはルイジアナというバリバリのバイユーボーイでありました。

黒人には差別的な言動もあったとの事ではありますが、それでもブルースが大好きで、カントリーでぼちぼち稼ぎながらブルースをレコーディングしようと、地元ルイジアナからブルースマンを呼んだり、ルイジアナに赴いてはいい感じのブルースをたくさんレコーディングしておったんですな。

そんな訳で50年代後半にはロックンロールの全国的なムーヴメントが沸き起こります。え?ロックンロールのブーム来ちゃったらブルース売れなくなっちゃったんじゃないの?とお思いかも知れませんが、南部ローカルなシーンではまだまだブルースの需要は多く、かつ、ルイジアナのブルースがオシャレでスローなロックンロールみたいだったから、若い奴らにも「いいじゃん、踊れるじゃん!」と密かにウケておった訳です。

そんなエクセロからは四天王と呼ばれるブルースマン達が輩出されました。

スリム・ハーポ、ライトニン・スリム、ロンサム・サンダウン、そして今日ご紹介するレイジー・レスターです。

つうかエクセロにからデビューしたブルースマン達って大体芸名で、そのネーミングが「シュッとしたハーモニカ野郎」「シュッとした稲妻野郎」「淋しい夕暮れ(もう意味不明)」「怠け者レスター」って、何かもう凄いんですが、コレはどうも本人達が好んで付けた訳ではなくて、オーナーのジェイ・ミラーさんが「ユーの名前はこれね」って、割と好き勝手テキトーに名乗らせたものだったとか。

しかしまぁ彼らの実にテキトーで、ユルユルどころかガバガバのネーミングが、そのルーズで程良く力の抜けたブルース・スタイルに実にピッタリなんですよねぇ。

レイジー・レスターは、1933年ルイジアナ州バトンルージュの生まれであります。

本名はレスリー・ジョンソンといって、ギターも弾くしハープも吹く、いわゆるマルチ・プレイヤーっぽい人で、作曲もします。

例によって昼間は働きながら、夜になると地元のクラブでいつか大人気になってやるぞとギターやハーモニカの腕を磨いていた時に、たまたまレコーディングに向かうためにバスに乗っていたライトニン・スリムに

「あ、アンタはあの有名なライトニン・スリムさんじゃないですか!」

と声をかけたところ

「あぁそうさ、オレがかの有名なライトニン・スリムだぜぇ。バリバリだぜぇ、ハンパないぜぇ」

と、ノリのいい返事が返ってきたので

「どこ行くんすか?ライヴっすか?オレも一緒に行っていいっすか?」

と、何かしつこく訊いたら

「あぁ?ライヴじゃないぜぇ、レコーディングだぜぇ、来たけりゃ来ればいいぜぇ〜」

と、ユルユルに許可されたので

「おぉぉ、すげぇや、オレ今からライトニン・スリムさんのレコーディングに行くんだ。帰ってきたら友達に自慢しよう」

と、ワクワクドキドキで同行したんですね。

ほいで、エクセロが用意したスタジオに行ったけど

「関係者以外お断りです」

なんてことにならないガバガバのセキュリティの中、勝手に友達みたいな顔をしてレコーディングを見学しようとしていたところ。

「ハープのヤツはどこ行ったんだぜぇ?」

「アイツまだ来ないねー、どこ行きやがったのよもー!」

「おいおいミラーのダンナぁ、オレのバリバリのブルースはハープねぇとダメなんだぜぇ」

「んなこと言っても来ねぇもんはしょうがないよー。スリム、ユー先に何曲かやってよ。ハープなしでも出来るのあんでしょ!」

「いんやぁ、今のオレの気分はハープなんだぜぇ」

つまりレコーディングに呼んでいたハープ吹きが遅刻したのかすっぽかしたのかスタジオに現れない。そんなことでモメております。まーこの時代、特に南部ではよくあることです。

ここでレスターは「この状況って、もしかしてオレが出るべきなんじゃね?」と、物凄くポジティブに解釈し

「あの〜、ハープが要るんすよね?自分、まぁちょっとハープ吹けるんすよ。いや、まープロの人に比べたらアレっすけど、いや、アレじゃないっす、自分、吹けるっす。吹くっす!」

と、何と憧れの人のレコーディングの場という状況の中で自分の売り込みを始めちゃった。

「えぇと、ユーはさっきから何かいるよね?いるけど見たことないね。スリム、このユーは誰?」

「知らないぜぇ、その辺のガキだぜぇ」

「ユー、本気で言ってる?ハーモニカ吹ける?」

「吹くっす」

「ヘタクソだったら承知しないけどマジで言ってる?」

「吹くっす!」

「風呂入る時とメイクラヴの時脱ぎ捨てるのは?」

「服っす!!」

「オッケー吹いちゃいな。ユー名前は?」

「レスリー・ジョンソンっす」

「じゃあ芸名はレイジー・レスターね。何か仕事もしないでプラプラしてそうな感じだから」


「うぃっす(えぇぇレスリーもジョンソンもかぶってないし!それに見た目?見た目仕事してないヤツに見えるのぉ?オレ結構ちゃんと仕事してるし怠け者じゃないけどなぁ!・・・まぁいいか)!やるっす!」


という訳で、何といきなり何のコネも実績もないままに、ライトニン・スリムのサポート・メンバーとして、レスターはレコード・デビューを果たしました。

この時の演奏はスリムにもミラーにも気に入られ、後にソロ・デビューも果たしつつ、その後もライトニン・スリムのレコーディングにはサポートとして参加も継続しております。




アイム・ア・ラヴァー・ノット・ア・ファイター コンプリート・エクセロ・シングルス 1956-1962 アンド・モア

1.I'M GONNA LEAVE YOU BABY
2.LESTER'S STOMP
3.GO AHEAD
4.THEY CALL ME LAZY
5.I TOLD MY LITTLE WOMAN
6.TELL ME PRETTY BABY
7.I'M A LOVER, NOT A FIGHTER
8.SUGAR COATED LOVE
9.I HEAR YOU KNOCKIN'
10.THROUGH THE GOODNESS OF MY HEART
11.I LOVE YOU I NEED YOU
12.LATE IN THE EVENING
13.A REAL COMBINATION FOR LOVE
14.BYE BYE BABY, GONNA CALL IT GONE
15.YOU GOT ME WHERE YOU WANT ME
16.PATROL BLUES
17.(I'm So Glad) MY BABY'S BACK HOME
18.WHOA NOW
19.IF YOU THINK I'VE LOST YOU
20.I'M SO TIRED
21.MY HOME IS A PRISON / SLIM HARPO
22.ROLE ON OLE MULE / TABBY THOMAS
23.NOTHING BUT THE DEVIL / LIGHTNIN' SLIM
24.GONNA STICK TO YOU BABY / LONESOME SUNDOWN
25.HOODO PARTY / TABBY THOMAS
26.ROOSTER BLUES / LIGHTNIN' SLIM


レイジー・レスターのエクセロ時代は1956年から62年。このアルバムにはその頃に残した全てのシングルと、後半に同じくエクセロ仲間のスリム・ハーポ、ライトニン・スリム、ロンサム・サンダウン、タビー・トーマスの6曲が収録してあります。

エクセロに残されたルイジアナ・バイユー・ブルースには、どれも独特のユルさと同時に、ロックンロールの時代にも対応した軽快なシャッフル・ビートのノリ、更にエコーやトレモロを活かしたモダンでトッポい味のあるトーンがあり、いかにも50年代の気のいい不良な雰囲気が最高なんですが、その中でもレスターのブルースは特にロッキンな魅力の強いものであります。

他のエクセロ・ブルースマン達よりちょいと若いレスターが好きでよく聴いていたのが、ジミー・リードやリトル・ウォルターなどのシカゴのロッキンなバンド・ブルースの人達で、あぁなるほど、ユルさの中のザラッとしたワイルドな感触は、ルイジアナ・ブルースとシカゴ・ブルースのいいとこ取りのようなカッコ良さと、それを見事にミックスする、この人独自のセンスが最初からすんごい光ってるなぁと納得。初期のローリング・ストーンズなんかは、どれだけこのサウンドに影響を受けたことだろうとか想像しながら聴くとまたこれがすこぶるハマるし実に楽しい。

レイジー・レスターさん、実は2018年の8月に亡くなっております。それも85歳の大往生で、亡くなる直前までデビューした頃と一切テンション変わらない、ユルくて暖かくて、実に”気のいい不良””な、素敵な素敵なブルースをずーーーっと続けてたんですねぇ。













『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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