2019年07月06日

ブラームス 間奏曲集4つのバラードより&2つのラプソディ(グールド)

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ブラームス 間奏曲集4つのバラードより&2つのラプソディ(グールド)
(SMJ)


この時期になりますと毎年言ってるような気がしますが、調子が悪いです。

あの〜、気温と湿度が上がりますと、頭がのぼせてボーッとなるでしょう。それが元々の自律神経の乱れみたいなのと合体して、体調はおろか気分まで落ち込んでくるからいけません。


さて、ここから健康番組みたいな展開になりますが、体が重い、気分も何だか盛り上がらない。そんな時はどんな音楽を聴いたらいいでしょう?

ある程度元気があれば、ガンガンに元気の出るような、ポジティブな音楽を聴くのもいいかも知れません。

でも、本当に調子悪くて、端的にいえば誰とも会いたくないような時は、どうなんでしょうね。心が出所不明の悲しみに覆われて、ふさぎこんでしまう、そんな時はアタシの経験上ですが、とことん静かに悲しみに沈ませてくれる音楽が良いです。

「沈み込む」ってのは悪いことじゃあないんです。とことん沈んで、沈んで沈んでいくうちに、自然と癒えることもありますし、沈み込んだその先で、悲しい部分に繋がった美しい何かを見付ける事もあります。

アタシは一体何を言ってるのでしょう。まぁ「あーコイツ暑いからいよいよ頭おかしくなった」と思われても結構です。話をつづけましょう。

音楽の素晴らしい所は、自分自身の悲しい気持ちだったり、イライラだったり、そういうどちらかといえば日常生活にとっては厄介なものになるようなネガティブ、つまり負の感情と結びついて、それらと共鳴して発散させたり浄化させてくれるものがあるという事です。

心身共にキツイとき、アタシは沈み込むためにピアノを聴きます。

ジャズにせよクラシックにせよ、ピアノという楽器はちょっと繊細な人を演奏家として惹き付ける楽器であるようで、色んな意味でシンパシーを感じる人や演奏がたくさんあります。

で、グールドです。

グレン・グールドといえば、クラシックの世界のみならず、あらゆる音楽好き、ピアノ好きにとって、これはもう象徴的な存在でありましょう。

自己の演奏を徹底的に研ぎ澄ます事にその繊細過ぎる神経の全てを注ぎ込み、それゆえに世間から見て「奇行」と思われるような行動も多く、かくいうアタシも彼の演奏よりも、そのエピソード(寒さを極端に恐れ、真夏でもマフラーとブ厚い手袋をしていたとか、コンサート活動からの引退を宣言して、以後はスタジオに引き籠っての創作活動のみをしていたなどなど)に興味をくすぐられて、それこそ興味本位で知った人ではあったのですが、試しに聴いてみた彼のバッハがんもぅ素晴らしく心に染みて、以来「落ち込んだ時の友」だと勝手に思っているんです。

グールドのバッハというのは、一言でいえば「感情」が鍵盤に活き活きと乗っている。聴いているといつの間にか、その美しく研ぎ澄まされた音に仕込まれた喜怒哀楽の揺さぶりに、こちらも気持ち良く巻き込まれてゆく快感があります。

で、バッハ以外のグールドがどうなんだと思って、バッハ以外を物色していたアタシの琴線に物凄い勢いで突き刺さったのがブラームス。

あのですね、グールドの弾くバッハというのは、さっきも言ったように、喜怒哀楽の全てで、芸術表現として完璧なものだと思うんですよ。これがブラームスになると、喜怒哀楽というよりも徹底して”悲哀”に特化した、いわば人類の悲しみのためにあるような音楽のように思います。

ブラームスという人はですね、いわゆるロマン派という、モーツァルトがそのきっかけとなって、ベートーヴェンが大成させた、人間の感情表現に特化したクラシック音楽の流れにおる人なんですが、ドラマチックで非常に繊細な起伏を持つ曲を作る一方で、バッハを敬愛し、古典的な技法の中にあるエモーショナルな部分というのも丁寧に抽出して、独自の美意識がたゆたう音楽を生み出した人でもあるんです。

その音楽に対する姿勢というのが、これがストイック。過大に評価されることを好まず、自分が作った曲も最初に起こした譜面は全て「これは完全ではない」と廃棄する程の完璧主義者だったようです。

また、楽曲が認められ、知名度もあって金銭的にも恵まれる状況になっても質素なアパートに住み、余分なお金はほとんど親戚や若い音楽家への援助に充てていたほどに、音楽一筋の人でありました。

ここら辺が、同じように「音楽が全て、というよりも他の無駄なものは一切必要ない」という姿勢を生涯貫き通していたグールドから見ても、大いにシンパシーを感じるものであったのではないでしょうか。




ブラームス:間奏曲集、4つのバラードより&2つのラプソディ(日本独自企画盤)


【収録曲】
1.間奏曲集 間奏曲変ホ長調 作品117-1
2.間奏曲集 間奏曲変ロ短調 作品117-2
3.間奏曲集 間奏曲嬰ハ短調 作品117-3
4.間奏曲集 間奏曲変ホ短調 作品118-6
5.間奏曲集 間奏曲ホ長調 作品116-4
6.間奏曲集 間奏曲イ短調 作品76-7
7.間奏曲集 間奏曲イ長調 作品76-6
8.間奏曲集 間奏曲ロ短調 作品119-1
9.間奏曲集 間奏曲イ短調 作品118-1
10.間奏曲集 間奏曲イ長調 作品118-2
11.4つのバラード 作品10より 第1曲 ニ短調
12.4つのバラード 作品10より 第4曲 ロ長調
13.2つのラプソディ 作品79 第1曲 ロ短調
14.2つのラプソディ 作品79 第2曲 ト短調


これ聴いてください。1曲目の『間奏曲変ホ長調 作品117-1』からもう凄いんですよ。

美しく澄み切った音、はもちろんですが、音が現れる前の空気すら、すんと澄み渡った”祈り”の空気にすら感じられます。たまに「最初の1音が出て来る前から”あ、これは凄いかも”と思わせる作品」というのがありますが、このアルバムは正にそれ。

この『作品117-1』は『子守唄』というタイトルが付いております。本当に無駄のない美しいメロディが、しんしんと心に降り積もってゆくような自然な音の連なり、ほんの少しでもリズムが崩れたら全てが儚く消えてしまいそうな繊細な構造。ブラームスの曲って「うわぁ・・・」と溜息が出るような美しさを持つ曲が本当に多いのですが、これはもうその究極。何ですかこれは、華美な装飾が全くなくて、無駄のない悲哀とそれに裏付けられた優しさだけが、これほどまでに人の心を激しく揺さぶるとは!


はぁぁ、冷静になってアルバムを紹介しますね。

このアルバムは前半の間奏曲が1960年、後半のバラードとラプソディが1982年の録音です。

つまり若い頃と、晩年の亡くなる直前の演奏を合わせたものですが、凄いのは若い頃と晩年の演奏の間に変化やブレが一切なく、ひたすら自分の感情を脇に置いて、ブラームスと真摯に対話をして、彼が表したかった感情のみを指先に集めて紡ぎ出している、その趣が最初から最後まで徹底しております。だから余計な装飾が一切なく、純粋な悲しみと哀しみだけしかここにはありません。

グールドは本当に凄いなぁ「感情表現」ってのは演奏家の持っているそれだけじゃなくて、作曲家の・・・というよりは音楽そのものが持っている微妙な揺らぎを感情として汲み取って、それを表現出来てるんですよねぇ。人間の感情というのはどんなものでも強くて粗いのですが、音楽そのものの精妙な揺らぎって、繊細でそこはかとない。でもこういうのは、心の一番奥にある部分に優しく届きますね。


















『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
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2019年07月03日

J.B.ルノアー 1951-1954 His JOB Recording

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J.B.Lenoir/1951-1954 His JOB Recordings
(JOB/Paula Records)


突然ですが皆さんに、とってもお得なというか、豊かになれる音楽の聴き方をお教えします。


まずですね、誰かお気に入りのアーティストがいるとします。

そしたら、その人のアルバムを次々とおっかけて行くのはもちろん最高なんですが、そこでちょいと寄り道して、その人が所属しているレーベルというのがあったら、ぜひそのレーベルの知らないアーティストの作品もツマミ食いしてみてください。


そしたらですね、何となくアナタが好きなアーティストのサウンドに近いものが見付って、何か得した気分になるということがあるんです。

しかし、この”レーベル聴き”の本当の醍醐味というものが実はありまして、それが実は

「自分が全然知らなかった、想像すらしてなかったようなキャラクターのアーティストに出会える」

ということなんです。


はい、ブルースのレーベルといえば、これは誰もが通る道でありますところのシカゴのチェス・レコード。

言うまでもなくアタシも、本格的に戦後のブルースも聴いてみようと思った時、マディ・ウォーターズとハウリン・ウルフぐらいしか知らなかったので、じゃあそのマディやウルフがいるチェスってレーベルの知らない人のを買っちゃえと思い、何となくジャケットの雰囲気が良さそうだったので買ったのが、J.B.ルノアーの『ナチュラル・マン』というアルバムでした。

聴いてみてびっくりしたのは、ドロッと粘り付くような濃厚なフィーリングがみなぎっているものの多いチェス・レーベルの中にあって、実にカラッとした味わいの、洗練された「都会」を感じさせるサウンドに、変声期の少年のようなハイ・ピッチなヴォーカル。

「へぇぇえ、こういうのもシカゴ・ブルースなんだ」

と、柔らかくも嬉しい衝撃を受けて、聴き入っていたものです。

大体ブルースを好きになってからは、衝撃がガツンとくるようなキョーレツなものに興奮して、そういうやつばかりを追いかけておりましたが、このJ.B.ルノアーという、名前も経歴も全然知らなかった謎のブルースマンの声には、それまでの「ブルースっていいな」が、90度ぐらい覆されたような気持ちになりました。

特にそのハイ・ピッチな声の魅力には、いつの間にやら完全に憑りつかれておったようで、特に何か心がどうしようもなく渇いてる感じがする時によく聴いています。ゴリ押しでなく、聴く人の心を自然と解放してくれるような声、うん、実に気持ち良く染みます。

J.B.ルノアーはいつの時代の人かというと、1923年生まれで、マディ・ウォーターズよりひと世代若い。つまりリトル・ウォルターやボ・ディドリー、チャック・ベリーとかと近い世代ですね。幼少時にブルースを覚え、青春時代にはR&Bの先例を受け、50年代から60年代にかけて新しいスタイルのブルースを切り開いて行った世代であります。

ルノアーはどうかと言いますと、これが割と早熟の天才であります。

アメリカ南部ミシシッピの、貧しい小作農一家に生まれ、貧しいながらも家族全員音楽好きでお父さんも他の兄弟達もギターを演奏してブルースに親しんでいた環境で育ち、十代になる頃にはやっぱりギター片手にアメリカ南部を歌い歩いております。

そうこうしているうちにニューオーリンズに辿り着き、そこでサニーボーイ・ウィリアムスンやエルモア・ジェイムスなどとギグをこなし、いよいよミュージシャンとして成功したいと強く願うようになり、ついには1949年、親戚のつてを頼って大都会シカゴへ出て行くのですが、ここで出会ったのが、当時シカゴの顔役として、自身も人気ミュージシャンでありながら、南部から出て来る若手ミュージシャン達に仕事を紹介したり生活の面倒を見ていたボスマン、ビッグ・ビル・ブルーンジィ



(マディとビッグ・ビルの泣けるお話はコチラに書いてあるぞ)


「お〜う、キミはいい声をしてるね。うん、ギターもなかなか俺好みの流麗なスタイルだ。どうだいコイツらとちょっと共演してみないかい?」

と、ビッグ・ビルに紹介された”こいつら”というのが、何とメンフィス・ミニーにビッグ・メイシオ、そして一足先にシカゴに出て来たマディ・ウォーターズという凄い面々。

彼らとのセッションは見事成功し、特にマディ・ウォーターズとは、歳は10歳ぐらい離れているけど、共に最近シカゴに来た者同士で気が合ってちょくちょくクラブで共演していたそうです。


「ミシシッピからやってきた、無名の個性派シンガー」

は、あっという間に話題になり、シカゴで一発当てたい小規模レコード会社がこぞって彼のレコーディングをしたがりました。

紆余曲折あって、最初に彼の音源を公式にレコーディングしてリリースしたのが、JOBというレーベル。後にチェス、VeeJayというシカゴ・ブルースを代表するレーベルに録音を残し、60年代はヨーロッパでも人気を博したルノアーですが、今日はシンプルな編成で、彼の味わい深い声の魅力がたっぷり味わえるJOB盤をご紹介いたしましょう。




1951-1954 His J.O.B. Recordings

【収録曲】
1.Let's Roll(Take2)
2.People Are Meddling (In Our Affairs)
3.I Have Married
4.I'll Die Tryin'
5.The Mountain
6.How Much More
7.Let's Roll (Take1)
8.The Mojo (Take1)
9.Slow Down Woman (Take1)
10.I Want My Baby (Take1)
11.How Can I Leave
12.Play A Little While
13.Louise
14.The Mojo (Take4)
15.Slow Down Woman (Take2)
16.I Want My Baby (Take2)
17.When I Was Young
18.Bassology
19.Worried About My Baby
20.Livin' In The White House
21.Please Don't



ゼブラ柄のタキシードでビシッとキメて、ウキウキするようなロッキンなブルースでクラブを沸かせていたJ.B.ルノアー。その飄々としたキャラクターとは裏腹に、歌詞は社会批判や時事ネタにまで突っ込んだ、なかなかに知性溢れるもので、それを少年のような甲高い声で歌うものですから、もうどれだけ個性的で、当時群を抜いた存在感を放っていたか、想像するだけでクラクラします。


さてさてJOBでの基本編成は、ルノアーの声とギター、そしてピアノにベースというトリオであり、後半のセッションではサックスなども加わって、程良く賑やか(この”程良く”ってのがいいんですよ)。

楽曲そのものは、流石に1940年代から50年代前半のスタイル、つまり、戦後50年代半ば以降の、間合いと粘りと爆発みたいなああいうノリではなくて、ピアノやギターのバッキングが綺麗に整った「4」を刻んでいるような、ある意味平坦なリズムが演奏の基軸であります。

が、リズムを切り裂くルノアーのハイトーン、そして前半で大暴れする、鍵盤をガラゴロ言わせながら強烈な音塊を叩き込んでくるサニーランド・スリムのピアノ、これがまぁ最高で、ユルい雰囲気の中で炸裂する狂気みたいなものをビシバシとスピーカーから飛ばしてくれます。

そして後半はJ.T.ブラウンというサックス奏者が加わり、グッとオシャレなニューオーリンズR&Bみたいなノリになっておりますね。ここでバッキングはスムースに粋に、そしてソロではガツンと決めるJ.T.ブラウンのサックス、コレが前半のサニーランド・スリムとはまた違った、攻守織り交ぜた個性で良いのです。うん、良い良い♪

ルノアーは68年に不幸にも交通事故で亡くなってしまいました。世代的にはR&Bでありながら上質な「ブルース」を歌う事に生涯を懸けたような硬派な人で、表現の幅は年代毎に豊かに拡がっており、弾き語りからバンドスタイルまで色んなブルースを聴かせてくれますが、やっぱりブルースのコアな衝動がギッシリ詰まった原点であるところのJOB盤と、チェスの『ナチュラル・マン』の味わいは薄れません。


















"J.B.ルノアー関連記事”


”ブルース入門編 〜初心者のための優しいブルース講座〜”


『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 21:14| Comment(0) | ブルース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする