2019年08月11日

マッコイ・タイナー インセプション

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マッコイ・タイナー/インセプション
(Impulse!/ユニバーサル)


私はマッコイ・タイナーというピアニストが大好きです。

コルトレーンのバックでは、ひたすら力強く情念を噴き出すようなプレイに没頭するピアノ、コルトレーンのバック以外では、情念を吐きつつも、どこかクールな知性を感じさせるピアノ。そしてどちらにも共通するのが、この人のピアノ・スタイルは、とにかく「硬派で耽美」ということ。

本当に大好きなんですが、やっちまいました。

何と、このブログでまだマッコイの単独アルバムを1枚も取り上げてないんですよ〜!(泣)

「ほらお前のそういうところよ!」

はいィ...アタシのこういうところです。

という訳で、本日からしばらく「マッコイ強化月間」として、マッコイ・タイナーのソロ・アルバムの紹介をいたします。いや、ごめんなさい、させてください。

マッコイ・タイナーといえば、このブログをご覧の皆様にとっては、コルトレーンのレビューですっかりおなじみの、コルトレーン長年の相棒とも呼べる、彼のバンドのメロディとリズムの両方を支える、いなくてはならないピアニストでありました。

残念ながら晩年のコルトレーンの目指す音楽性と彼の音楽性とが接点を見出すことなくエルヴィン・ジョーンズと共に脱退してしまいましたが、彼もエルヴィンも、コルトレーンの事はずっと尊敬し、その音楽的な影響を元に、それからの表現に活かしていた人達でありました。

特にマッコイに関しては、彼の後任でコルトレーン・バンドに加入したアリス・コルトレーンは、ラシッド・アリがエルヴィンとは全然違うアプローチでリズムの根幹をガラリと変えてしまったのに対し、マッコイのプレイ・スタイルを受け継ぐような感じでコルトレーンのフリー・フォームなサウンドに重く寄り添っており、もしかしたらアリスに対してコルトレーンから「マッコイみたいに弾いてくれないか」という指示があったのかも知れません。


さて、マッコイ・タイナーは1938年生まれでモダン・ジャズ世代のジャズマンとしてはかなり若い世代となります(年齢でいえばコルトレーンよりも12歳年下です)。

地元フィラデルフィアで10代の頃からバンド活動をしており、その後ニューヨークへと拠点を移し、1959年にはベニー・ゴルソンのジャズテットのメンバーに抜擢、それから1年後にはコルトレーンの新バンドのメンバーとして加入。この時何と22歳ということでしたから、早い時期から才能があったというより、しっかりとした世界観を内側に持っていた人だったんだなという事が伺い知られます。


その才能というか世界観が、プロデビューしていきなりのコルトレーン・カルテットで磨きに磨かれて花開いたのがマッコイ。つくづくスタイルも経歴も、特異中の特異であると言えるでしょう。

マッコイとエルヴィンは、コルトレーン・カルテットの中にあって、そのサウンドカラーを決めた強烈な個性的スタイルの持ち主であります。

ところがですね、この2人、コルトレーン・カルテットに居た時期とか、加入前とかの、コルトレーン以外での音源を聴いてみると「全くの別人」ばりにクールでスマートなプレイを楽しませてくれるんです。







インセプション

【パーソネル】
マッコイ・タイナー(p)
アート・デイヴィス(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)

【収録曲】
1.インセプション
2.ゼア・イズ・ノー・グレイター・ラヴ
3.ブルース・フォー・グウェン
4.サンセット
5.エフェンディ
6.スピーク・ロウ

(録音:1962年1月10日,11日)


今日はマッコイ・タイナーのソロ・デビュー作『インセプション』をご紹介します。

このアルバムは1962年、マッコイがコルトレーン・カルテットのメンバーとして在籍して、毎晩のようにバリバリの情念が沸きまくって吹きこぼれていた丁度その頃にレコーディングされたアルバムです。

ここではコルトレーン・カルテットの同僚であるエルヴィン・ジョーンズ、コルトレーンとは仲良しで、色んなセッションにもちょくちょく呼ばれて参加しているアート・デイヴィスを従えてのトリオ演奏で、これはもうメンツからして「コルトレーン抜きのコルトレーン・バンド」な感じ、のそれはそれはヘヴィで熱い演奏が聴けるのかと、緊張気味に身構えておりましたが、聴いてみたらコレがびっくりするぐらいクールでオシャレですらある、いわゆるモード・ジャズ・ピアノのスタイリッシュな空気に満ちた作品でした。

ここで演奏されているのは、いわゆるスタンダード曲ですね。マッコイのピアノは、極力粘らない、跳ねない、でもグルーヴィーに細かい音符をアドリブで重ねる毎に、ゆわっとした独自のグルーヴを出してて、その知的で端正なグルーヴ感は、同じ時代のピアニストで言うならばビル・エヴァンスに近い。

もっとも、エヴァンスはグルーヴィーに流れる局面でも、てんめりと盛られた”情”の部分の内側に沈み込んで行くような儚さとあやうさがありますが、マッコイのピアノは情感にゆらぐことなく、あくまでキリッとフレーズをちりばめて行きます。先ほど「知的で端正」と書きましたが、その音の立ち方や無駄のないフレーズ展開はやはり「硬派」と呼ぶに相応しいものだと思います。

そしてエルヴィン。コルトレーンのバックではブ厚く重いリズムの塊を豪快に連発する、文字通り重厚でパワフルなドラマーという印象の強いエルヴィンが、マッコイのピアノをブラッシュワークでの繊細なサポートに徹していて、これもまた「えぇ!?あのエルヴィン・ジョーンズなの!!??」と、最初びっくりしましたが、タタン!タタン!としなやかに力強くリズムが折り重なってゆく独特の畳み掛け方は、この人ならではのもの。繊細さの奥底にしっかりと持つ硬派な気迫が、マッコイ同様好印象です。

とにかくこのアルバムでは、気品あるバラードはもちろんですが、収録されているアップテンポの曲のスピード感が非常に斬新で「モードジャズって何?」と聴かれて理論的な説明を省いて簡潔に言うなら「このスピード感!」と言いたいぐらいです。3曲目の『ブルース・フォー・グウェン』とか、ブルースと言いながらほとんど全く粘らない、高速でシャキシャキ流れてゆくこのフレーズ。今の時代はこういったスタイルは主流になっておりますが、この時代のリスナーにとっては、とても衝撃的なものだったに違いありません。

最初は「何かフツー」と思ってたマッコイの初期アルバムですが、これは聴き込む毎にとてつもなく斬新で、爽やかにアウトしてゆく知性が凝縮された素晴らしい作品だなぁとしみじみ思って、もうかれこれ20年聴いてます。が、いやはや全く飽きるどころかますますクセになります。












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2019年08月09日

マイルス・デイヴィス アット・ニューポート1958

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マイルス・デイヴィス/アット・ニューポート1958
(Columbia/ソニー・ミュージック)

巷で最もアツいもの、それはフェス!!

豪華アーティスト達が野外の特設ステージでステージを繰り広げ、聴衆はステージの前に行ってそれを楽しむもよし、近くの木陰で涼みながら聴くもよし、何なら会場内のフリースペースにテント張ってくつろぐもよし。よしよしづくしの良いことばかりのように思えるフェスであります。

実際は夏の野外という環境故に色々な問題もあろうかと思いますが、それはさておきフェスであります。

今、世界中で行われているフェスティバルというのは、主催者が企業のスポンサーを募ってその広告のお金で賄う部分が多く、それでもって色んな大物アーティストをブッキングする事が出来てますが、この方法で大きなフェスを運営するアイディアが生まれたのが、1954年から開催されるようになったニューポート・ジャズ・フェスティバルなんです。

ニューポートという場所は、アメリカの東海岸にある高級別荘地でした。

夏になるとあちこちのお金持ちが、この地でバカンスを過ごすためにやってくる。そこに目を付けた地元の資産家夫婦が「野外のコンサートをやりたいね」と思ったのがきっかけで、プロモーターのジョージ・ウェインという人に声をかけて結果大成功。ニューポート・ジャズ・フェスティバルは、今も続く世界で一番有名なジャズ・フェスティバルとして知られております。


このフェスティバルは最初から当時のジャズを代表する大物や、注目の若手をブッキングして、それは大いに盛り上がりました。そして、フェスの模様は全国放送の国営ラジオでも中継され、全国から更なるファンを惹き付けました。

そして宣伝の極め付けとなったのが、1958年のステージシーンを中心に編集されたドキュメンタリー映画『真夏の夜のジャズ』です。

この映画は本当に素晴らしかった。というのは、ルイ・アームストロング、アニタ・オデイ、セロニアス・モンク、チコ・ハミルトン、などなど、もう凄いメンツの演奏シーンがほとんどで、余計なナレーションや演出は一切ナシ。素晴らしいステージと美しいカラー映像に何度観ても魅せられてうっとり夢見心地になります。

実際、この年のニューポートでの演奏は、いくつかレコードとして作品化されていて、マヘリア・ジャクソン、レイ・チャールズ、デューク・エリントン(feat.ジェリー・マリガン)、ダイナ・ワシントンのアルバムが有名ですが、マイルスも映画にこそ出演しておりませんが、実はこの年のニューポート・フェスで演奏していて、その演奏はちゃんと作品として残っております。

その昔、CD2枚組でセロニアス・モンクとカップリングされていた『マイルス&モンク・アット・ニューポート』というアルバムがあって、そちらのマイルス・デイヴィスの部分が、1958年のニューポート・フェスでの演奏でした。

このアルバムは、マイルスもモンクも演奏のテンションがすこぶる高く上質だったので、長年アタシの愛聴盤でありましたが、どうしてまた共演盤でもないどころか、年代も違う(マイルスは58年、モンクは63年のステージ)演奏をカップリングして売り出したのかちと分かりません。

一説によると、セロニアス・モンクって人は今でこそワン・アンド・オンリーの個性を持つ偉大なアーティストとして評価されているけど、レコードがリリースされた頃は、まだ評価が定まっておらずなかなか売れなかった。なので人気のあるマイルスとカップリングして何とか売り出そうとしてたとか言われてて、あぁそりゃあ確かにそうかもなと思ったりしてました。

それぞれの未発表部分も追加された単独盤がリリースされたのは、つい最近になってから。




アット・ニューポート1958

【パーソネル】
マイルス・デイヴィス(tp)
キャノンボール・アダレイ(as)
ジョン・コルトレーン(ts)
ビル・エヴァンス(p)
ポール・チェンバース(b)
ジミー・コブ(ds)

【収録曲】
1.イントロダクション
2.アー・リュー・チャ
3.ストレイト・ノー・チェイサー
4.フラン・ダンス
5.トゥー・ベース・ヒット
6.バイ・バイ・ブラックバード
7.ザ・テーマ

(録音:1958年7月3日)



じゃじゃじゃん!これがその「1958年のマイルス・デイヴィス、ニューポートでのライヴ演奏アルバム」であります。

とりあえずジャケットのマイルスがどう見ても怖いんですが、ニューポートのフェスは、出演者も自分の出番以外の時は客席とかその辺をウロウロしながら自由に楽しんでいて、このマイルスの写真も、そんな感じで会場内で趣味のカメラを持ちながら「何かいい写真でも撮りたいな〜♪」と、リラックスして楽しんでいる写真です。リラックスして楽しんでいるんですからね。


実際にこの年、マイルスとしては最初に結成したメンバーの中から、ベースのポール・チェンバース以外のメンバーを一新した新バンドを結成したばかりで、非常に意欲に燃えていた年でありました。

コルトレーンも一度クビになりましたが、セロニアス・モンクのバンドでガンガン腕を上げて表現のスケールも大きくなった時期で、マイルスはそんな成長したコルトレーンに「戻ってきてー」と頼んで、コルトレーンもそれを受けて古巣に戻って来ておったんです。

マイルスのグループは、もちろん全国的に人気でありましたが、ここニューポートに集う超大物達に比べればまだまだ若手、持ち時間も少なかったようですが、そんなのカンケーねぇとばかりに素晴らしくハイテンションで、かつ美しい演奏を目一杯繰り広げております。

まずは司会者のアナウンスから、メンバー紹介がはじまります。

ジミー・コブ、ポール・チェンバースときてビル・エヴァンス、ジョン・コルトレーン、キャノンボール・アダレイ、そしてマイルス。

バンドに加入したばかりのジミー・コブとビル・エヴァンスの拍手が凄く少なくて、キャノンボールへの拍手歓声が多いのがちょいと気になりますね。キャノンボール、まだそんなに有名じゃないはずなのに、無言で面白い事でもやったのか・・・。

それはさておき、いきなり急速調ビートで『アー・リュー・チャ』が始まります。

マイルスも吹く、コルトレーンも吹く、キャノンボールも吹く!そしてジミー・コブが終始フルパワーでバスドラをバカスカ言わせながら走る走る!マイルスはスタジオ録音では非常に抑制の効いたアレンジで”聴かせる”演奏をやっている時期なんですが、やっぱりライヴではアップテンポでもしっかりと盛り上げます。

フロントの3人の個性はまるで違い、キリッとした音色でフレーズをメロディアスに紡いでゆくマイルス、バップ・フレーズで走りつつポップな掴みのセンスに溢れたキャノンボール、そしてあらん限りの力で強引に空間を速射砲のような音符で満たしてゆくコルトレーン、3者3様のアドリブの個性が激しく激突して、呆気に取られていくうちに、曲は次々と進んで行きます。

このバンドに入ったばかりのビル・エヴァンスは、最初こそ元気がないものの、徐々に繊細で知性に溢れた”らしさ”を発揮しております。特に『フラン・ダンス』『バイ・バイ・ブラックバード』等の穏やかなナンバーでは、マイルスのミュート・トランペットと溶け合って響き合う美しいピアノ。かと思えば『トゥー・ベース・ヒット』では、ヒートアップして吹きまくるコルトレーンのバックでピタッとピアノを弾くのを止めてしまいます。

これ、決して嫌がらせとかじゃなくて、この時期のコルトレーンとモンクのステージでよくモンクがやっていた手法なんです。白熱して吹きまくるコルトレーンのバックで弾くのを止めて、アドリブが異様に際立つ効果を持つこの「バッキングやめ」、後年はマッコイ・タイナーがコルトレーンのバックでよくやっていましたが、エヴァンスもしかしたらこの時期のモンクの演奏も熱心に聴きに行って「なるほどこうすればいいのか」と納得してのプレイだったのかも知れません。

もちろんマイルスの隅々まで行き届いたバンド・コントロールあればこそなんですが、この日のコルトレーンの吹きっぷりは「アングリー・ヤング・テナー」と評されて、コルトレーン人気を後押しする演奏になったようです。





















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2019年08月05日

ハウリン・ウルフ Howlin'Wolf

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ハウリン・ウルフ/Howlin'Wolf
(Chess/ユニバーサル)


信仰上の理由で「7月17日から31日まではコルトレーンを集中的に聴く」というのをやっておりましたが、8月からはコルトレーンを聴きながらも、他のカッコイイ、イカした音楽も聴いて楽しもうぜ!という月間に入ります。


つってもほれ、こんだけ暑いでしょう?多分奄美は本土よりまだマシだとは思うんですが、いやもう連日30度越えて容赦ない陽射しがギンギンに降り注げば、色んな事に対するやる気がなくなってきて、いつも楽しみにしてる「今日は何聴こっかな♪」にも力が入りません。

気力もなくCDの棚をボーッと眺めていると「オレを聴けこの野郎!」と、目に飛び込んでくる方々ばかりです。

その中で最も強烈な存在感で主張してくる人といえば、やはり我らがハウリン・ウルフ親分です。


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こ、怖い!!

まず見た目が怖い親分ですが、性格の激しさも全ブルースマン中屈指のもの。

いや、やっぱりそれより何より1950年代初頭から(もしかしたら40年代から)、バンドのギターやベースアンプのボリュームを最大にさせて、割れまくった音でバシバシ跳ねるヘヴィなロッキンビートに乗って、それよりもっと割れまくったドギツいダミ声で吠えまくっているその音楽性は、夏の暑さなんかより遥かに重く暑苦しいものであります。


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考えてみれば1950年代から60年代初頭、いわゆる「黄金のシカゴ・ブルース」と呼ばれる年代のバンド・ブルース・サウンドの中で、ウルフ親分のどこまでもラフで粗削り、そして実にノリやすく分かりやすい、まるでロックンロールを通り越してロックの元祖のようなサウンドや曲調は、良い意味で浮きまくっております。

例えばライバルのマディ・ウォーターズは、生まれ故郷ミシシッピの、重く引きずるようなビートに、更に”間”やタメや”伸ばし”を加え、改良に改良を重ねております。

曲作りやレコーディングの時も、常に真ん中でどっしりと構え、周囲の意見やアドバイスを聴きながら、若いメンバーの腕前や個性なんかも考えたアレンジをしながら、それら全てを呑み込んで自分のカラーに染め上げていたのがマディだとしたら、ウルフの場合は生まれ故郷ミシシッピのブルースの荒々しい部分を電気を得たサウンドで増幅させ、長らく拠点にしていたウエスト・メンフィスで暴力的に放っていた。

シカゴに出て来てからは「我が息子」と言って憚らなかったギタリストのヒューバート・サムリンを筆頭に、若いメンバーはもちろん大事にして可愛がっていたけど、どちらかというと「オレがこうと決めたサウンド」の先頭に立ってひたすら真っすぐに突き進み、若い連中はその背中を見て奮い立ち「オレも親分に付いて行くぞ!」と思って演奏してたんじゃないかと思わせる、非常に対照的な姿勢が、そのサウンドに現れております。

しかしハウリン・ウルフ親分のブルースって、実に分かりやすくズドンと強烈で、初心者にとってはこの上なく親切なんですよね。

正直アタシもブルースとかまだよくわかんない10代の頃「う〜ん、シカゴブルースとか言われても何か全部おんなじに聞こえてよくわかんないけど、このハウリン・ウルフって人だけは何か分かるぞ。てかこれパンクじゃん!」と、グイグイ前のめりになって聴いたもんです。




ハウリン・ウルフ

【収録曲】
1.シェイク・フォー・ミー
2.ザ・レッド・ルースター
3.ユール・ビー・マイン
4.フーズ・ビーン・トーキン
5.ワン・ダン・ドゥードゥル
6.リトル・ベイビー
7.スプーンフル
8.ゴーイン・ダウン・スロウ
9.ダウン・イン・ザ・ボトム
10.バック・ドア・マン
11.ハウリン・フォー・マイ・ベイビー
12.テル・ミー

本日棚からボーッとしながら引っ張り出したのは、そんなハウリン・ウルフ親分の、そのものズバリ『ハウリン・ウルフ』というアルバムです。

え〜と、あの〜・・・ジャケットがこれ、椅子に立てかけたギターって、カッコイイんだけど何となく本人不在のアレだったので、最初アタシは「ハウリン・ウルフのラスト・アルバム??」と思ったんですが、シカゴに出て来て、チェス・レコードと契約してリリースされた実質的なセカンド・アルバムなんですね。


よく見ると椅子ってのが座ってると気持ち良く揺れるロッキンチェアでありまして、つまりこのジャケットはウルフの音楽性「ロッキン」と掛けた洒落なんですよ。

ほんなもん大分後から気付きましたわ、アメリカンジョーク、高度すぎますわ・・・(汗)。

それはそうと内容は1957年から1961年にレコーディングされた曲をまとめたもので、リリースは1962年。つまり当時のブルースファンや音楽好きにとっては、ほぼリアルタイムのウルフ親分の演奏が聴けたものであり、当時のシカゴブルースの熱気をほぼそのまんまの鮮度と迫力でレコード化したものと言っても良いでしょう。

気になるサウンドは、コレがどのアルバムでも一切ブレない変わらない、バリバリのロッキンブルースとやさぐれたスローブルースが目一杯詰まった、ハウリン・ウルフ以外の何者でもないいつものハードコア・シカゴ・ブルース!最初はとにかくその汗すら飛んできそうな親分のヴォーカルの気迫と、そのバックでサポート・・・じゃなくて鋭い音色とフレーズにガンガン斬り込んでくるヒューバート・サムリンのリードギターがとにかくうひゃーカッコイイ!と聴き入ってましたが、よくよく聴き込んでみたら、実はこのアルバム、演奏こそハチャメチャで粗削りなんですが、楽曲そのものがびっくりするほどキャッチーでポップなんですね。

そうそう、このアルバムにはローリング・ストーンズがカヴァーしてヒットさせた『レッド・ルースター』や、クリームがカヴァーした『スプーンフル』といった、その後のブルース/ブルース・ロックの定番曲が結構入ってるんですよ。リリース年が62年だったということも考えると、ブリティッシュ・ロックの連中がデビュー前にワクワクしながら聴きまくっていたアルバムだったんじゃないかと、そんな事考えてアタシもついワクワクしちゃいます。








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ブルース入門編 〜初心者のための優しいブルース講座〜



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