2019年12月29日

ジュゼッピ・ローガン The Giuseppi logan Quartet

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THE GIUSEPPI LOGAN QUARTET
(Tompkins Square)

年末ですねー。ほんっと忙しかったり高熱出してうなされている間に年末ですわ。早いですねー、凄いですねー。

はい。

今日ご紹介するのは、ジュゼッピ・ローガンであります。

この人はですね、アタシからしてみればもう「ジャズの奇跡」とでも言いたいぐらい、他の誰とも似通っていない独自の音楽の世界観を創り上げた偉人の一人。それぐらい重要な人なんですけど、いかんせんメジャーなところでの知名度がほとんどなくて、名前を口にしてもほとんど反応してくれる人がいない、それぐらい知られていない人なんですよねぇ。

それもそのはずで、この人が1960年代の半ばにシーンに出てきて活動したのは僅か2年ぐらい。

しかも、リリースしたアルバムが、ESPという超アングラなマイナーレーベルから出ていたたったの2枚だけ(スタジオ盤1枚、ライヴ盤1枚)という事ですから、こりゃあ有名じゃないのも無理はない。

アタシも最初はそれこそ名前なんか全然知らないどころか、ジュゼッピ・ローガンの情報は雑誌やガイドブックの類にも全然なくて、ESPからのデビュー・アルバム『ジュゼッピ・ローガン・カルテット』を、ある日レコード屋さんで見かけて、その強烈に不気味でドロドロしているジャケットを見かけて

「じいゆせっぴ?ろがーん??知らないなぁ、でもこのジャケはヤッバいな〜。ESPレーベルだし絶対フリージャズっぽいから買っちゃえ〜♪」

と、衝動でジャケ買いをしたのが、そもそもこの人の事を知ったきっかけです。





ローガンのアルバムを出していたESPというアルバムは、それこそ60年代ニューヨークのフリー・ジャズやサイケデリックロック、実験音楽や音楽だか何だかよーわからん奇抜なパフォーマンスの人とか、とにかくもうあの時代のあの街の「ヤバい連中」ばかりをレコーディングして音源化していたような、そんなレーベルです。

んで、アタシは丁度その頃フリージャズを好きになって間もない頃で、アルバート・アイラーやサン・ラー、ファラオ・サンダースのレコードを出しているという事で、このレーベルに非常に好意を持っていて「こりゃあレーベル買いをしても結構面白いのが当たるかもな」と、完全に”信頼のレーベル買い”をしようとしていたその時。

ドロッドロのジャケットに完全に魅入られて購入したそのレコードは、実は思っていたような衝動の赴くままにぶっ壊れたような激しいフリーミュージックではなくて、あらゆるものが音楽になりそうな一歩手前で美しく崩壊し、その残骸がメロディを奏で、リズムの上で壊れたダンスを披露しているような。そんな、今まで聴いたことがない、どころかそれまで聴いたジャズの誰とも似ていない圧倒的なワン&オンリーの世界観に、その日のうちですっかり夢中になってしまいました。


その時買ったアルバムのライナーには『彼の創るものはどれも悲しく、そしてどれも美しい』と書いてあり、そこでまた鳥肌が立ちました。

ええ、本当に最初の音を聴いた瞬間にアタシはそんな風に思ったんです。

そして、ローガンは精神を病んでしまい、その名が広く知られる前に、音楽で完全な生計を立てられるようになる前に、突如シーンから・・・いや、完全なる行方不明になってしまいました。

上のレビューでも書きましたが、ホームレスをしてたとか、生活に困って麻薬の売人をして捕まってしまったとか、そういう”噂”は耳にしておりました。


そういう話というのは、ミュージシャンの悲しい末路としてよくあること。でも、本当に他の誰とも似ていないこの唯一無二の才能が余りにも悲しすぎる。もしどこかで生きているのなら、レコーディングは無理でもせめて楽器が演奏出来るぐらいの支援がなされて欲しい。

そう思っていたんですが、何と(!!)2008年に公園でホームレス同然の生活を送っているところを発見されました。

「オレはミュージシャンなんだがバスクラが壊れて修理するカネがない。誰か支援してくれないか」

と言っていたところ

「アンタは何ていうミュージシャンなんだい?」

と訊くと

「ジュゼッピ・ローガンだ。ジーアイユーエスイーピーピーアイ」

と言うので、発見者は大層驚いたと言います。




その後、彼が公園でアルトサックスやクラリネットを吹く姿がYoutubeで世界中に拡散され、過去のアルバムでその音楽を知るファンや、このいきさつに感激した新しいファンの間で話題になり、翌2009年には奇跡のカムバック作がレコーディングされるに至りました。





The Giuseppi Logan Quintet (Dig)

【パーソネル】
ジュゼッピ・ローガン(as-@BCD,ts‐AF,p-EG,vo-G)
マット・ラヴェール(tp-@DF,B-clB)
デイヴ・バレル(p-@〜DF)
フランソワ・グリヨ(b)
ウォーレン・スミス(ds)


【収録曲】
1.Steppin'
2.Around
3.Modes
4.Over The Rainbow
5.Bop Dues
6.Blue Moon
7.Freddie Freeloader
8.Love Me Tonight

(収録:2009年9月15日)



コチラがその復帰作!

正直アタシは、ヨレヨレのボロボロになっていようとも、かつてのようなオドロオドロしい引力が消え失せていようとも、ジュゼッピ・ローガンが演奏しているという事実だけが、録音という形で確認出来ればそれでいいと思っておりました。


ところが、このアルバムが予想の100倍ぐらい、音楽的に素晴らしく、聴いた後に「本当にいいものを聴いた」という暖かな感慨に溢れる美しいアルバムだったからもうアタシの涙腺は崩壊してしまいました。

もちろんローガン自身、長年のブランクと高齢による体力の衰えで、ズバズバ!と斬り込むような激しいプレイはしておりません。フラフラと、奇妙によじれたりすっ飛んでいったりしながら結局どこにも帰着しない、歪んだ抽象画のようなソロを、最初から最後まで延々と吹いております。

でも、考えてみたらローガンは60年代からそういうひたすら同じ場所を旋回しながらドロドロ溶けてゆくよーな、そういう得体の知れない生物のようなサックスやフルートやバス・クラリネットを吹いておったので、そこの所は全然気にならんです。音楽性は50年前とまっっったく変わっていない、やはりドロドロ系のフリージャズなんですが、特にアルトサックスの音色がとても柔らかで暖かなものに進化していて、その音色から、本当にジャズとか音楽が好きでたまらない、吹く事が出来てうれしい!っていう嬉々とした感情がね、ほわ〜んと伝わってくるんですよ。

特に美しいのが『オーバー・ザ・レインボウ』。アドリブはやっぱり奇妙に歪んでおります、でも、その歪んだ線が描く虹の何と淡く優しいことか。繊細な音が空の彼方に消え入りそうな余韻を残すひとつひとつのフレーズが、心に優しく響きます。

バックは60年代のものよりも、4ビートをどちらかというとキッチリ固めたオーソドックスなアレンジです。ピアノのデイヴ・バレルがぶっ壊れる時に激しくぶっ壊れて、美しくまとめる時は本当に端正なフレーズで演奏全体をキッチリとまとめ上げて実に好サポート。

あと、ラストでローガンは歌も歌うんですよね。これが酔ったおっちゃんが上機嫌でマイク持ったような感じなんですが、これが最後に入ってる事で、アルバムの特別感が引き立つんですよ。スタイルがどうとかそんなことはどーでもよくて、とにかくジャズとして、音楽として素晴らしく上質であります。














(公園でサックス吹きながらCDを売っております)








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2019年12月21日

エリック・クラプトン ハッピー・クリスマス

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エリック・クラプトン/ハッピー・クリスマス
(Polydor/ユニバーサル)

うっかりしている間に今年もあと少しで終わり。っていうかもう10日を切ったんですね、早いです。本当に早いです。

と、まぁ年末はもうあれやこれやであわわうわわとしている間に終わってしまうというのが常なので、分かりきっていることではあります。

で、いきなりですが、そんなバタバタしたアタシの日常及び脳味噌の中身に、エリック・クラプトンの優しい優しいクリスマス・アルバムがとても良かったというのが、本日の記事内容であります。

サウンズパルは今は店舗ナシの個人仕入れ個人売買でやっておる地下CD屋です。

お客さんから「〇〇のCDほしいー」という連絡を受けて発注、入ってきたらお客さんに連絡して指定の場所(奄美市名瀬市街地エリア)にお届けするというスタイルです。


で、クラプトンのクリスマス・アルバムなんですが、アタシがお客さんからの注文でうっかりミスって1枚余計に仕入れちゃったやつなんですよコレ。

「お、これはかってラッキーだったかも知れん。買お。」

と、アタシは迷わず購入しました。

前にもちょこっと書いたかも知れませんが、ブルース大好きなアタシにとっての『エリック・クラプトン』という人は、やっぱりスーパーギタリストであり、世にブルースという素晴らしい音楽を広めた大功労者です。

ところがアタシの場合は最初に聴いて感動したブルースが、モダンなやつじゃなくて、ミシシッピ・フレッド・マクダウェルとかレッドベリーとか、そういう「ブルース以前」のプリミティヴな衝動をバリバリに感じさせる、何というか「アメリカ黒人の民俗音楽」のようなものだったので、クラプトンを正面から聴き込む機会ってのはずっと逃していた訳なので、アルバムを何枚も持っていて熱心に追っかけているというほどでもなかったんです。

だもんでアタシがエリック・クラプトンという人の音楽を、それなりに「おぉ〜、こういう感じだったんか〜」と、それなりに聴き込んで分かるようになったのはここ10年ぐらいのつい最近です。

それこそスーパーギタリストだとか、ブルースロックの大物とか、そういう風に「あのエリック・クラプトン」と意識せずに聴けるようになったのが、つい最近ということなんですね。

というのも、この数年の作品の中で、クラプトンの音楽や歌、そしてギターのプレイスタイルが、とても自然で気負いのない心地良い空気感を感じさせるものになってきたような気がするんです。







ハッピー・クリスマス

【収録曲】
1.ホワイト・クリスマス
2.飼い葉の桶で(ダビデの村に)
3.フォー・ラヴ・オン・クリスマス・デイ
4.エヴリデイ・ウィル・ビー・ライク・ア・ホリデイ
5.クリスマス・ティアーズ
6.ホーム・フォー・ザ・ホリデイズ
7.ジングル・ベル (イン・メモリー・オブ・アヴィーチー)
8.クリスマス・イン・マイ・ホームタウン
9.イッツ・クリスマス
10.センチメンタル・モーメンツ
11.ロンサム・クリスマス
12. きよしこの夜
13. メリー・クリスマス・ベイビー
14. ハヴ・ユアセルフ・ア・メリー・リトル・クリスマス


はい、それでアタシはクリスマス・アルバム、これはきっとそこはかとなく良いアルバムに違いないと思って聴いてみたら、これが期待以上に「そこはか」の部分がとても大きく良いアルバムでした。

解説には、クラプトンが「よく知られているクリスマスソングをブルースアレンジでやってみようよ」と言った事が制作のきっかけみたいに書かれておりました。

で、全体的なアレンジは確かにクラプトン流の洗練を感じさせるブルージーな感じです。

しかしこの”ブルージー”というのが、いわゆる「ブルースのブルージー」とはまたちょっと違って、上質なポップソングのエッセンスとして、内側からふわぁっと滲んでくるような、そんなあくまで自然なブルース・フィーリングだったりするものですから、これはブルースだとかあのエリック・クラプトンのだとか考える必要がまるでなく、もう単純に「心地良い大人の音楽」といて聴ける内容です。

何よりクラプトン、歌もギターも変な気負いがなく「やりたいことをやりたいよーにやってるよー」という感じで、実にのびのびなんです。ギターも大事な時にかっこいいフレーズをサラッと出して、全体のサウンドをしっかりと聴かせておりますし、特に70過ぎてからの程よくナチュラルな”伸び”と”和み”がブレンドされたリラックスした歌声、これが最高です。




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2019年12月11日

トム・ウェイツ レイン・ドッグ

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トム・ウェイツ/レイン・ドッグ
(Island/ユニバーサル)

ロック・ミュージシャンで、その名を聞くと胸がジワ〜っとアツくなってくる人というのが2人います。

1人はニール・ヤング、そしてもう1人がトム・ウェイツです。

これはどういう事かというと、この人達の音楽を聴くとですね「凄い!」とか「カッコイイ!」とかもちろん思うんですが、それ以前に心の内側から郷愁とも切なさとも寂寥感とも言える、言葉にならないヒリヒリジワジワとした感情がジワ〜っと溢れてくるんですね。

声も演奏する楽器の音も、2人はまるで正反対と言えるようなキャラクターではあるんですが、共通してそういう遠い目で荒涼とした風景を音楽で果てしなく追っているような、そんな映像を持っている。

はい、今日ご紹介するのはトム・ウェイツです。

きっかけとなった最初は、多分テレビ番組のBGMで流れていた、そのガラガラの哀愁溢れる歌声でした。

その頃アタシは高校生で、歌声はどっちかというと高く伸びるハイトーン・ヴォイスが好きで、ガラガラのおっさんみたいな声は敬遠していたはずだったのですが、何だか妙に心に響く声だったなぁと思い、親父に

「あの〜、ガラガラの声で何か渋いブルースみたいな・・・」

と訊いただけで

「おぅ、それは多分トム・ウェイツだ」

と、どういう訳かズバリ当てて、そこから割と長時間

「トム・ウェイツはロックの人ではあるんだが、オレはブルースだと思う」

「いわゆる黒人ブルースのブルースではないんだけれども、つまりフィーリングよ。この人の声と曲とピアノにはブルース・フィーリングがあるのよ」

とかいう話を聞かされた、というよりこっちも質問攻めして親父から聞き出したと思います。

なるほどそうか、トム・ウェイツという人がいて「酔いどれ詩人」と呼ばれていて、凄くカッコイイんだ。

という事を覚えました。高校1年か2年の時です。


当然「この人のCDを買おう!」と思ってオススメを訊いて、そりゃお前このベスト・アルバムか、そこにある『土曜日の夜』か・・・と親父が説明してくれていたんですが、どうにも気になるアルバムがあって、ソイツをシャッと選んで買いました。


レイン・ドッグ(紙ジャケット仕様)
【収録曲】
1.シンガポール
2.クラップ・ハンズ
3.セメタリー・ポルカ
4.ジョッキー・フル・オブ・バーボン
5.タンゴ
6.ビッグ・ブラック・マリア
7.ダイヤモンズ&ゴールド
8.ハング・ダウン・ユア・ヘッド
9.タイム
10.レイン・ドッグ
11.ミッドタウン
12.ナインス&ヘネピン
13.ガン・ストリート・ガール
14.ユニオン・スクウェアー
15.ブラインド・ラヴ
16.ウォーキング・スパニッシュ
17.ダウンタウン・トレイン
18.ブライド・オブ・レイン・ドッグ
19.レイ・マイ・ヘッド


いわゆる「ジャケ買い」です。理由は「何かパンクっぽかったから」です。


さあ、渋いピアノを弾きながら、ガラガラ声で人生の悲哀を濃厚に歌い上げる酔いどれ詩人の音楽・・・。

え?あれ?

出てきた音は、何というか想像とも想定外とも全く違う音でした。

ピアノはもちろん曲によっては弾いてるのですが、それよりも印象的なのがアコーディオンで、もっと印象的なのが、泥酔しているように音を外したり、歌のメロディと全然関係ないようなフレーズを唐突に弾き始めてしまうようなギター、そしてアイリッシュだったりラテンだったり中近東だったりと、世界の民族音楽”っぽい”アレンジが、あくまで薄く、この歪んだ夢のような演奏の中で現れては消え、現れては消えている、本当に「これはジャンルでいえばこれ!」とどこまでもハッキリと言い切れない、不思議な不思議な音世界。

で、トム・ウェイツの声はもちろんあの個性的なガラガラではあるのですが、最初に聴いた時のような、強く主張する感じのそれではなく、ガラつきながらもどこかその視線は遠くて、物語を説いて聞かせるような、ある種紙芝居屋さんとか、見世物小屋の狂言回しのような、ふんだんに怪しくいかがわしい、背筋の裏側がザラザラしたもので撫でられるような感覚を、聴いてて覚えました。

あの、アレです。思ってた「ブルースうぅう!!」ではないけれど、この不思議でアングラで、キレてはないんだけど限りなくヤバめな世界、中学の頃から大好きだったレピッシュの、上田現が作る曲の(これがレピッシュのアルバムの中で一番好きだったんだ)あの不思議な幻想世界と似ております。

だからだったのかも知れません、最初に買ったこのアルバムのお陰で、アタシにとってトム・ウェイツは「結構なお気に入り」になり、他の「酔いどれ詩人」な素晴らしくブルージーなアルバムを聴いても、近年のグッと色んなサウンドを詰め込んだような作品を聴いても「ロックとかブルースとかそういうジャンル名じゃなくて、ひとつの”音楽”として独立しているトム・ウェイツというミュージシャンの音世界」そのものがブレずにカッコイイという気持ちでずっと聴いております。

やっぱり声や歌詞に独特の切なさがあるんですよね。崩れゆく世界を眺めながら、その独白を代読しているような、そんな感慨が彼の声には込められていて、そこに心象の色んなものが重なっては消えてゆく、その儚さが今度は自分の胸の内側で拡散して、そりゃあもう儚くて儚くて、切なくて切ない。


あ、このアルバムで泥酔しているように音を外したり、歌のメロディと全然関係ないようなフレーズを唐突に弾き始めてしまうようなギターを弾いているのは、ギター史上最高の奇才とアタシが思っているし、多分そう思ってる人は多いであろうマーク・リボーです。

マーク・リボーに関しては大人になってからフリージャズ好きになってまた唐突に思い出して聴くようになったんですが、もうね、この人のギターは正に自由自在です。よくよく聴くとただ調子外れをやって聴く人を煙に巻いてるんではなくて「こう外したらカッコイイ」というのを完璧に心得てやっております。実はキース・リチャーズもこのアルバムに参加して渋いギターを弾いてるんですが、マーク・リボーという人の魅力をこそここでは聴くべきで、聴いてしまった人は大いに感嘆と驚嘆のため息を漏らすべきでありましょう。











”トム・ウェイツ”関連記事


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