2019年12月11日

トム・ウェイツ レイン・ドッグ

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トム・ウェイツ/レイン・ドッグ
(Island/ユニバーサル)

ロック・ミュージシャンで、その名を聞くと胸がジワ〜っとアツくなってくる人というのが2人います。

1人はニール・ヤング、そしてもう1人がトム・ウェイツです。

これはどういう事かというと、この人達の音楽を聴くとですね「凄い!」とか「カッコイイ!」とかもちろん思うんですが、それ以前に心の内側から郷愁とも切なさとも寂寥感とも言える、言葉にならないヒリヒリジワジワとした感情がジワ〜っと溢れてくるんですね。

声も演奏する楽器の音も、2人はまるで正反対と言えるようなキャラクターではあるんですが、共通してそういう遠い目で荒涼とした風景を音楽で果てしなく追っているような、そんな映像を持っている。

はい、今日ご紹介するのはトム・ウェイツです。

きっかけとなった最初は、多分テレビ番組のBGMで流れていた、そのガラガラの哀愁溢れる歌声でした。

その頃アタシは高校生で、歌声はどっちかというと高く伸びるハイトーン・ヴォイスが好きで、ガラガラのおっさんみたいな声は敬遠していたはずだったのですが、何だか妙に心に響く声だったなぁと思い、親父に

「あの〜、ガラガラの声で何か渋いブルースみたいな・・・」

と訊いただけで

「おぅ、それは多分トム・ウェイツだ」

と、どういう訳かズバリ当てて、そこから割と長時間

「トム・ウェイツはロックの人ではあるんだが、オレはブルースだと思う」

「いわゆる黒人ブルースのブルースではないんだけれども、つまりフィーリングよ。この人の声と曲とピアノにはブルース・フィーリングがあるのよ」

とかいう話を聞かされた、というよりこっちも質問攻めして親父から聞き出したと思います。

なるほどそうか、トム・ウェイツという人がいて「酔いどれ詩人」と呼ばれていて、凄くカッコイイんだ。

という事を覚えました。高校1年か2年の時です。


当然「この人のCDを買おう!」と思ってオススメを訊いて、そりゃお前このベスト・アルバムか、そこにある『土曜日の夜』か・・・と親父が説明してくれていたんですが、どうにも気になるアルバムがあって、ソイツをシャッと選んで買いました。


レイン・ドッグ(紙ジャケット仕様)
【収録曲】
1.シンガポール
2.クラップ・ハンズ
3.セメタリー・ポルカ
4.ジョッキー・フル・オブ・バーボン
5.タンゴ
6.ビッグ・ブラック・マリア
7.ダイヤモンズ&ゴールド
8.ハング・ダウン・ユア・ヘッド
9.タイム
10.レイン・ドッグ
11.ミッドタウン
12.ナインス&ヘネピン
13.ガン・ストリート・ガール
14.ユニオン・スクウェアー
15.ブラインド・ラヴ
16.ウォーキング・スパニッシュ
17.ダウンタウン・トレイン
18.ブライド・オブ・レイン・ドッグ
19.レイ・マイ・ヘッド


いわゆる「ジャケ買い」です。理由は「何かパンクっぽかったから」です。


さあ、渋いピアノを弾きながら、ガラガラ声で人生の悲哀を濃厚に歌い上げる酔いどれ詩人の音楽・・・。

え?あれ?

出てきた音は、何というか想像とも想定外とも全く違う音でした。

ピアノはもちろん曲によっては弾いてるのですが、それよりも印象的なのがアコーディオンで、もっと印象的なのが、泥酔しているように音を外したり、歌のメロディと全然関係ないようなフレーズを唐突に弾き始めてしまうようなギター、そしてアイリッシュだったりラテンだったり中近東だったりと、世界の民族音楽”っぽい”アレンジが、あくまで薄く、この歪んだ夢のような演奏の中で現れては消え、現れては消えている、本当に「これはジャンルでいえばこれ!」とどこまでもハッキリと言い切れない、不思議な不思議な音世界。

で、トム・ウェイツの声はもちろんあの個性的なガラガラではあるのですが、最初に聴いた時のような、強く主張する感じのそれではなく、ガラつきながらもどこかその視線は遠くて、物語を説いて聞かせるような、ある種紙芝居屋さんとか、見世物小屋の狂言回しのような、ふんだんに怪しくいかがわしい、背筋の裏側がザラザラしたもので撫でられるような感覚を、聴いてて覚えました。

あの、アレです。思ってた「ブルースうぅう!!」ではないけれど、この不思議でアングラで、キレてはないんだけど限りなくヤバめな世界、中学の頃から大好きだったレピッシュの、上田現が作る曲の(これがレピッシュのアルバムの中で一番好きだったんだ)あの不思議な幻想世界と似ております。

だからだったのかも知れません、最初に買ったこのアルバムのお陰で、アタシにとってトム・ウェイツは「結構なお気に入り」になり、他の「酔いどれ詩人」な素晴らしくブルージーなアルバムを聴いても、近年のグッと色んなサウンドを詰め込んだような作品を聴いても「ロックとかブルースとかそういうジャンル名じゃなくて、ひとつの”音楽”として独立しているトム・ウェイツというミュージシャンの音世界」そのものがブレずにカッコイイという気持ちでずっと聴いております。

やっぱり声や歌詞に独特の切なさがあるんですよね。崩れゆく世界を眺めながら、その独白を代読しているような、そんな感慨が彼の声には込められていて、そこに心象の色んなものが重なっては消えてゆく、その儚さが今度は自分の胸の内側で拡散して、そりゃあもう儚くて儚くて、切なくて切ない。


あ、このアルバムで泥酔しているように音を外したり、歌のメロディと全然関係ないようなフレーズを唐突に弾き始めてしまうようなギターを弾いているのは、ギター史上最高の奇才とアタシが思っているし、多分そう思ってる人は多いであろうマーク・リボーです。

マーク・リボーに関しては大人になってからフリージャズ好きになってまた唐突に思い出して聴くようになったんですが、もうね、この人のギターは正に自由自在です。よくよく聴くとただ調子外れをやって聴く人を煙に巻いてるんではなくて「こう外したらカッコイイ」というのを完璧に心得てやっております。実はキース・リチャーズもこのアルバムに参加して渋いギターを弾いてるんですが、マーク・リボーという人の魅力をこそここでは聴くべきで、聴いてしまった人は大いに感嘆と驚嘆のため息を漏らすべきでありましょう。











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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
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posted by サウンズパル at 22:37| Comment(0) | ロック/ポップス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする