2020年07月23日

ウィルバー・ハーディン&ジョン・コルトレーン メインストリーム1958

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ウィルバー・ハーディン&ジョン・コルトレーン メインストリーム1958
(Savoy/日本コロムビア)


初期50年代のコルトレーンのアルバムでは、ドナルド・バードやアイドリース・シュリーマン、リー・モーガンやフレディ・ハバードといったトランぺッター達が代わる代わる参加しております。

で、アタシは今名前を挙げたトランぺッターの中では一番無名かも知れませんが、ドナルド・バードと同じぐらい参加が多いアイドリース・シュリーマンの演奏が大好きなんですよ。

えぇ、気鋭の若手としてガッツある演奏を聴かせてくれるバードやリー・モーガン、はたまたフレディ・ハバードなんかに比べると、アイドリース・シュリーマンのプレイは一見地味です。でも、硬質な音色でバリバリに吹きまくるコルトレーンのソロの後に、トランペットよりも柔らかくどこか儚い質感のフリューゲル・ホルンの音色が出てくると、他のサイドマンの演奏を聴いている時には感じられない妙な安心感が感じられて、何とも言えない至福な気分になります。




前回ご紹介した『スターダスト』は、特にバラード・プレイで美しいメロディを誠実に噛み締めるように吹いてゆくコルトレーンと、それを受けて丁寧な旋律を柔らかく柔らかく繋いでゆくハーディンとのやりとりから生じる香気のようなものがもう格別で、アタシにとっては長年の愛聴盤なんですが、今日ご紹介するアルバムは、今度はコルトレーンがサイドマンとして参加しているハーディンのアルバムであります。


その前にハーディンなんですが、彼は1924年生まれでコルトレーンの2歳年上のほぼ同世代。生まれはアメリカ南部アラバマ州でありますが、R&Bが盛んなミシガン州デトロイトで、R&Bバンドのトランぺッターとしてキャリアをスタートさせてから、1957年にユセフ・ラティーフのバンドのサイドマンとして参加し、本格的なジャズ・ミュージシャンとしてのキャリアをスタートさせております。

さて、デトロイトといえばモーターシティであり、後にモータウンサウンドが大ブレイクしてソウルの都と呼ばれるようにもなったのですが、ジャズの方はやはりニューヨークの方が盛んであり、仕事もいっぱいあったので、デトロイトで一緒に頑張っていたトミー・フラナガンやケニー・バレル、ダグ・ワトキンスといった仲間達は早々にニューヨークへと住まいを移し、そこで次々と頭角を現して行ったのです。

「いいなー、俺もニューヨーク行って活躍してぇなー」

と、ハーディンも思っていたに違いありません。そんな折

「ニューヨークにおいでよ。仕事、あるよ」

と、かつての仲間達と共に、何故かコルトレーンから呼びかけがありました。

何故デトロイトには住んでいなかったコルトレーンからハーディンに親しい呼びかけがあったのかは分かりませんが、コルトレーンは若い頃からデトロイト出身のポールチェンバースやトミー・フラナガン、ケニー・バレルなんかとは仲が良く、演奏以外でもよく一緒に飲みに行ったり色んな話で盛り上がる仲間で、言ってみればコルトレーンは「ニューヨークにいるデトロイト人脈」の中に入って楽しんでた。そんな感じだったようなんですね。

で、彼らからハーディンの事は聞いていた。或いはツルんでいるうちに何度か会ったり電話や手紙でやりとりなんかもしておったんでしょう。そしてハーディンという人は恐らく”ぶっちゃけいい奴”だったので、年も近いコルトレーンはすっかり彼に好意を抱いて「一緒に演奏したいなぁ」とか思っていたのかも知れません。

そして1958年、コルトレーンも(どういう訳か)含むデトロイト人脈の仲間達の呼びかけに応じる形でハーディンはニューヨークに到着。早速ライヴ活動も出来てサヴォイというレコード会社とも契約出来て、順風満帆に思えるニューヨークでのジャズマン生活をスタートさせます。

しかし、彼のニューヨークでのジャズマン生活は長くは続きませんでした。

1960年のカーティス・フラーとのレコーディングを最後に、彼は忽然と音楽の世界から姿を消してしまいます。詳しい事情は謎でありますが、彼は元々繊細で、ニューヨークに来た頃は既に精神の病を患っていたとも、契約したサヴォイ・レコードの待遇の余りの酷さに絶望してプロとしての音楽活動そのものに情熱を持てなくなったとも言われておりますが、プレイを聴く限り優しく繊細なハーディンのような人が生きるには、ニューヨークという大都会の生き馬の目を抜くような音楽シーンは余りにも過酷で、そのプレッシャーに耐えられなくなったのではなかろうかとは思います。





メイン・ストリーム1958


【パーソネル】
ウィルバー・ハーディン(flh)
ジョン・コルトレーン(ts)
トミー・フラナガン(p)
ダグ・ワトキンス(b)
ルイス・ヘイズ(ds)

【収録曲】
1.ウェルズ・ファーゴ
2.ウエスト・42ndストリート
3.E.F.F.P.H.
4.スナッフィ
5.ロードマグネチックス

(録音:1958年3月13日)


さて、本日ご紹介するアルバムは、ハーディンがニューヨークへやってきて最初に行ったレコーディング・セッションであります。

メンバーはハーディンと、彼に熱心なラブ・コールを送ったコルトレーン、そしてトミー・フラナガン、ダグ・ワトキンス、ルイス・ヘイズという勝手知ったるデトロイト人脈で固められた、安心と極上のくつろぎに満ちたアルバムに仕上がったおります。

まずはバックを固めるフラナガン、ワトキンス、ヘイズのトリオが素晴らしいですね。軽やかで華やかなリズムの内側から滲み出るフラナガンの奥深いフレージングの美しさに、ワトキンスのぶっといベースの存在感、ヘイズの職人的燻し銀の小技が実に冴えております。この3人のトリオだけでの演奏でも、恐らくは大満足なぐらいのハイセンスな作品になるかと思いますが、その上質なリズムの上で華麗に舞うのがハーディンのフリューゲル・ホルン。

楽曲はミディアム・テンポの小粋なナンバー『ウェルズ・ファーゴ』から、ややテンポ早めの『ウエスト・42ndストリート』カラフルなルンバのリズムが効いた『E.F.F.P.H.』一転シャープにスウィングする『スナッフィ』からそのままの勢いのアップテンポ『ロードマグネチックス』と、実はバラードがないんです。でも、、ハーディンのプレイはひとつひとつの音を丁寧に丁寧に意味を込めて語るように染み込みます。

そのソロを受けて”シーツ・オブ・サウンド”で吹きまくり、演奏全体をガラッとハード・ドライビングなノリにしてしまうコルトレーンのソロがまた好対照で、もうどこから聴いてもこの2人は名コンビという他ありません。

そして、ハーディンは作曲家としても非常に優れた人でありました。

何とこのアルバム、全ての曲がハーディン作曲のオリジナルなんですが、どの曲も聴いた瞬間に味わいとコクがじわ〜っと溢れ出る見事なハードバップ曲で、例えばこの人がブルーノート辺りと契約していたら、もしかして作曲家として多くのスタンダードを残していたのではないかと、つくづくその才能が早くにジャズ界から消えた事が惜しくてなりません。


シーンを去ってからのハーディンは、療養施設に入って1969年にはひっそりとこの世を去っております。本格的な活動は僅かに1年という悲しさでありますが、それでもその間に残した彼の演奏はどれもジャズのカッコ良さと特有の”どうしようもなさ”に溢れた美しいものばかりです。











『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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posted by サウンズパル at 23:28| Comment(0) | ジャズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月19日

ジョン・コルトレーン スターダスト

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ジョン・コルトレーン/スターダスト
(Prestige/ユニバーサル)


命日の7月17日から8月末までを勝手に「大コルトレーン祭期間」として過ごしておる訳なんですが、では一体どんな風にコルトレーン祭をしているのかと言いますと、昼間は車の中でコルトレーンを聴きながら仕事をし、夜は家に帰ってゆっくりとレコードでコルトレーンを聴く、という事がほぼ毎日です。

で、昼間は仕事のテンションと能率を上げるために、割かし激しいコルトレーン、例えば60年代以降の主にImpulse!レーベルでの作品を聴くのですが、帰宅してからは心身共にヘロヘロになっておりますので、やっぱりバラード曲が聴きたくなる。

もちろん昼間からバラード聴いたり初期Prestige期のコルトレーンを聴いて

「あ〜、えぇのぅ〜♪」

となることもありますし、夜に最晩年の、もうぐっちゃんぐっちゃんにフリーなアルバムを聴いて内なる深淵に沈み込むのが心地良い時もありますが、そういう日は稀であります。

それこそコルトレーンといえば後期のフリージャズな演奏の凄さにヤラレ、そのまんまコルトトレーンを通じてジャズという音楽の泥沼に引きずり込まれてしまったアタシ。

あの衝撃の体験から、はや四半世紀が経とうとしておりますが、年齢と共に激しくヘヴィでむせるような刺激に満ちたコルトレーンに変わらず狂喜しながらも、そのえも言えぬ香気を漂わせながら切ない余韻を残して消えてゆくフレーズが心に優しく刺さるバラード演奏の素晴らしさが、年々染みるようになってきたなぁなんて思っております。


「コルトレーンの美しいバラード演奏」といえば、やはり未だに売れ続けているImpulse!の人気アルバム『バラード』が目立ちますが






今日はですね「コルトレーンのバラード中心のアルバムでは他にもこんな良いものがありますよ」という隠れバラード名盤を皆様にご紹介したいと思います。

Prestige盤『スターダスト』は、ファンの間では「初期バラードの名演を集めたアルバム」「プレスティッジ盤”バラード”」とも呼ばれ親しまれており、中には

「う〜ん、オレはどっちかっつうと最初からバラードアルバムとして作られた『バラード』よりも、このアルバムの方が自然体な感じがして好きだなぁ〜」

という人もおる程に、根強いファンを持つ作品でもあるのです。


時期的には『バラード』の録音が1961年と、このアルバムの3年後でありますから、個人的にはアタシもこのアルバムをコルトレーンの元祖バラード・アルバムとして推したい気持ちはとても強いです。


コルトレーンはソロ・デビュー後にPrestige→Atlantic→Impulse!と、レーベルを移籍しておりまして、どの時期が良いというよりも、それぞれに違った味わいの良さみたいなものがありますね。

で、このPrestige時代のコルトレーンの味わいの良さってのは何かというと、1950年代に隆盛を極めた、アタシ達がよく知る”渋くてオシャレでかっこいい”モダン・ジャズの枠組みの中でハイ・センスな個性を存分に発揮しているところにあると思います。

特に1958年のコルトレーンといえば、ジャズ史に輝く超個性セロニアス・モンクのバンドで腕を磨き、大きく成長を果たした直後の時期なんですね。だから演奏のフォーマットはオーソドックスなジャズでありながら、演奏のそこかしこに枠組みから溢れそうなエモーションが漂っている。そんなワクワクがこの時期の演奏にはある。後年の”コルトレーン・サウンド”と呼ばれるあの独特過ぎる荘厳さこそ芽生えてないものの、演奏家としての個性は既に出来上がっている感じがとてもします。


さて、そんなコルトレーンのバラードプレイには、どんなカッコ良さがあるのかというと、まずはその音色ですね。

コルトレーンはマイルス・デイヴィスのバンドに抜擢された頃から、特有のソリッドな音でもってフレーズを吹いておりました。

テナーサックスというのは、それまではどちらかというとそのズンとくる低音域を男らしく響かせるワイルドな吹き方というのが主流で、それがテナーの醍醐味と言われておった。例外としてレスター・ヤングという人がソフトな音色でよく伸びる中〜高音域も駆使した流麗な吹き方で活躍したんですが、この演奏法に憧れてマスターし、更に劇的に進化させたのがチャーリー・パーカーという人なんですね。

で、チャーリー・パーカーの楽器というのは、テナーよりも音域の高いアルト・サックスだった。

しかしその革新的なアドリブ奏法が余りにもカッコ良かったので、アルト吹きもテナー吹きも、みーんなチャーリー・パーカーの超絶テクニックで疾走する演奏法をそれぞれに真似したところからジャズにおけるサックス演奏の大革命と言っていい程の事態が50年代初め頃から起こります。

10代から20代前半の頃のコルトレーンはアルト・サックスを吹いており、当然のようにチャーリー・パーカーに影響を受けました。このパーカーからの影響が、”シーツ・オブ・サウンド”と呼ばれるコルトレーン独自の「小節の中に物凄いスピードで細かい音符を敷き詰めて行く」という技法の成立に大きく関わった事は想像に難しくありません。

同時にコルトレーンにはもう一人アルト・サックス奏者でジョニー・ホッジスというアイドルがおり、彼のプレイにも夢中になっておりました。

ホッジスはパーカーよりも年上でデューク・エリントン・オーケストラの花形アルト奏者として、スウィング・ジャズの時代を代表するソロイストの一人として人気を博した人であります。特にそのふくよかで艶のある音色で奏でられるバラード演奏はことごとく名演と言って良いぐらいの格別な深みがあり、それは奏法や演奏スタイルの古い/新しいを超越した孤高の響きを有するものであります。

コルトレーンのバラード・プレイは、そんなホッジスの孤高の”響き”から影響を多く受けたものでありましょう。

音色が硬質で、吹き方そのものもビブラートを極力抑えた、聴き方によってはぶっきらぼうに思えるようなものでありながら、コルトレーンのバラード・プレイには、何とも言えない音の豊かさがあります。聴いているだけで細かい事はどうでもよくて、ただその音の”響き”だけに包まれてあぁ気持ちいい、切ない、となってしまえるような豊かさ。これはもうコルトレーンにしか出せない味です。


スターダスト

【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts)
ウィルバー・ハーディン(fln,@B)
フレディ・ハバード(tp,C)
レッド・ガーランド(p)
ポール・チェンバース(b)
ジミー・コブ(ds,@B)
アート・テイラー(ds,AC)
【収録曲】
1.スターダスト
2.タイム・アフター・タイム
3.ラヴ・ゼイ・ネイヴァー
4.ゼン・アイル・ビー・タイアード・オブ・ユー

(録音:@B1958年7月11日、AC1958年12月26日)


この『スターダスト』は、全4曲中3曲がバラードで、それこそコルトレーンの演奏の”豊かさ”に、夢見心地で浸らせてくれます。

コルトレーンの円熟すら感じさせるプレイはもちろん、どこまでも清楚でエレガント、宝石のようなピアノで引き立てるレッド・ガーランドがコルトレーンが吹くメロディ・ラインの美しさを引き立て、豊かな響きとリズムを刻んでいるだけなのに、まるでメロディーを歌っているようなポール・チェンバースのベースがコルトレーンの音色の”響き”の部分にピッタリと寄り添い、過不足なくサポートしていて、もうこの2人はこのPrestige時代、つまり1950年代のコルトレーンの良き相棒と言っていいぐらいに一心同体ですね。

そして、もう一方のホーン奏者としてコルトレーンを横から支えるのが、トランペットのフレディ・ハバードとフリューゲル・ホルンのウィルバー・ハーディン。

後にモダンジャズを代表するトランぺッターの一人として、リー・モーガンやドナルド・バードと人気を競った実力派フレディ・ハバードは、まだこの頃は無名に近い若手であり、参加している1曲『ゼン・アイル・ビー・タイアード・オブ・ユー』では、最後の方で丁寧に吹いていて、堅実な締め括りのソロで聴かせますが、個人的にはやはりコルトレーンとはプライベートでも仲が良かったというウィルバー・ハーディンのフリューゲル・ホルンのプレイが、コルトレーンと阿吽の呼吸で引き立て合っているように感じられます。

その”響き”の中に豊かな奥行きをどこまでも感じさせるコルトレーンのテナーソロの後に、トランペットよりも柔らかなフリューゲル・ホルンの音で、やや音数を抑えながらささやくような歌心で全体の空気感をさり気なく香る上質なものに仕立てる、その役割をハーディンのプレイが担っておりますね。単体で聴くと弱いぐらいの本当に優しいアドリブラインですが、例えばタイトル曲の『スターダスト』では、コルトレーンのアドリブの余韻を演奏全体にじわりと馴染ませるような不思議な効果をプラスしているように思えて、聴く度にじんわりとその隠し味的な良さに心打たれるのです。

モダン・ジャズの職人的な名手達と、そこから少しだけ個性が飛び出たコルトレーンとのバランスが程良くて、それゆえに噛めば噛むほど上質な味わいが拡がる作品ですねぇ、しみじみと大好きです。











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posted by サウンズパル at 21:07| Comment(0) | 大コルトレーン祭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月17日

大コルトレーン祭2020はじまります(今年は50年代のコルトレーンから)

今年も7月17日、ジョン・コルトレーンの命日がやってきました。

ツイッターのハッシュタグ #大コルトレーン祭 で呟いていると

「何のキャンペーン?」とか「どこで特集してるの?」とか言われますが、これは元々サウンズパルが店舗のある地上のCD屋だった頃に始めたコルトレーン普及のための企画で、店頭にコルトレーンのCDを可能な限り揃えて、お店にある試聴機にもコルトレーンのアルバムをドカッと入れて、もちろん店内でもコルトレーンのアルバムをガンガン鳴らして、この素晴らしいミュージシャンを少しでも知ってもらおうという企画でありました。

ほんでもって、店舗を閉じて地下に潜っても「コルトレーンってやっぱり素晴らしいんだよね」という気持ちには変わりはないので、こうやってブログにコルトレーンに関する記事やアルバムレビューを書いてアップして、ツイッターでタグ付けて呟いておるという訳なんです。





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今日は帰宅してすぐに一番好きな『ラッシュ・ライフ』を、そして一番面白いなと思っている『ダカール』を立て続けに聴きました。

いやぁ『ラッシュ・ライフ』は下のリンクにあるレビューにも書いてありますが、とにかく1曲目の最初のあのキュンとしたテナーの音でグググッと引き込まれる、というよりもアルバム全体はもちろん素晴らしいんですが、極端に言えばその最初のテナーの音だけでも延々と聴いてられます。

『ダカール』は、ブローイング・セッションを作るのが好きなPrestigeのアルバムらしく、2バリトンに1テナーという変わった編成で、コルトレーンの作品としてレコーディングされたものではありません。録音された1957年から何と6年も倉庫で放置され、コルトレーン人気が絶頂になった1963年に突如思い出したようにジャケットとタイトル付けられて、いかにも「コルトレーンの新作ですよ!」みたいな感じで売り出されたアルバムと、動機はほんとテキトーなんですが、コルトレーンとバリトンの2人(セシル・ペインとペッパー・アダムス)の個性溢れるプレイが本当に素晴らしく、決して駄作に仕上がっていない、何というかこの時代のジャズの凄さそのものも体現出来るアルバムなんです。















今年は初期50年代(というか2枚とも1957年だ!)のアルバムを聴く事から始まりましたコルトレーン強化月間。さて明日も深く楽しくコルトレーンを聴きましょうね。記事もどうぞお楽しみに♪














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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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posted by サウンズパル at 23:19| Comment(0) | 大コルトレーン祭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする