2020年08月31日

ジョン・コルトレーン オファリング〜ライヴ・アット・ザ・テンプル大学

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John Coltrane/Offering: Live At Temple University
(Impulse!)


8月も早いもので最終日。ということは今年もジョン・コルトレーンの命日7月17日から始まった大コルトレーン祭が幕を閉じます。

このブログでも2014年か2015年ぐらいからせっせとコルトレーンのアルバムや参加作のレビューをアップしているのですが、いやぁまだまだコンプリートにはなりませんね。レビューが尽きたら大コルトレーン祭どうすんだ!ともちょっと思うのですが、そこはまぁ気にしない。何でも思い付いたら書けばいい♪

という訳で、2020年『大コルトレーン祭』最終日の本日は、気合いの入った2枚組のライヴ盤について、気合いを入れてレビュー致します。

邦題『オファリング(魂の奉納)〜ライヴ・アット・ザ・テンプル大学』という物凄いタイトルが付いたアルバムです。

録音は1966年11月。コルトレーンが亡くなるほんの8か月前の録音で、いわゆる”フリージャズ化した”と言われている最後のグループによる演奏ですね。

この時期のコルトレーンのグループ、レギュラー・メンバーはコルトレーン、ファラオ・サンダース、アリス・コルトレーン、ジミー・ギャリソン、ラシッド・アリの5人で、スタジオ・アルバムや外国での公演はこのメンバーで行っておりましたが、アメリカ国内で行われていたライヴは、パーカッションや他の管楽器奏者をゲスト的な感じで加入させ、より混沌とした祝祭感に溢れたステージをやっており、このテンプル大学での演奏も、そのようなライヴの貴重なひとコマを記録したものです。


このコンサートは大学の有志によって企画され、スタッフの手によって録音が成されておりました。

そして、CDではDisc-1とDisc-2の1曲目に当たる部分がラジオ放送でオン・エアされ、そのエア・チェック盤が、早いうちからブートレグで世に出回っておりましたが、2014年に全く未発表だった同日の3曲分の演奏が追加され、正規盤としての手続きを経て、めでたくリリースされたといういきさつがあります。

この”いきさつ”の部分が面白いのでちょっとお話しますと、我が国の世界的ジョン・コルトレーン研究科の藤岡靖洋氏さんという方がおりまして、この人が2010年にコルトレーンについての講演をしにテンプル大学へ行った時「ところでコルトレーンの未発表音源ってありますかね?ありましたらぜひ私に教えてください」と言ったら、何とその時のライヴ関係者が「あるよ」と手を挙げたらしい。

それから色々と紆余曲折を経て、藤岡氏必死の執念でニューオーリンズにてその未発表テープを発見。聴いてみたら「あぁ、これは演奏やレコーディングのクセからもう間違いなくコルトレーンのテンプル大学の演奏だ」となり、更に不明だったゲストメンバーの名前もデータにより判明。そこからはトントン拍子でコルトレーンが当時契約していたインパルスレコード(現ユニバーサル傘下)からCD化となりました。


コルトレーンの最晩年のグループといえば、本当に1年ちょっとしか活動出来なかった訳なので、こういった音源の発掘というのは嬉しいですよね。

で、この内容もまた気合いの入った演奏(コルトレーンのライヴに気合いの入ってないやっつけな演奏などないのだ)でありますので、単純に「未発表=マニア向け」という感じにはなっとらんのですよ。

さて内容に行きましょう。1966年11月11日のこの日、テンプル大学の特設ステージでコルトレーンが演奏したのは5曲。およそ1時間30分近くの熱いステージを、ほぼノンストップで演奏したことになっております。

メンバーは以下に記している6名のメンバー(バタ・ドラムのアルジー・ドゥイットはほぼレギュラーメンバーとして扱われておりました)と、よくジャム・セッションをしていて親交のあった2名のパーカッション奏者(一人はラシッド・アリの兄であるオマー・アリ)、そしてほとんど飛び入り的な参加となったテンプル大学の学生アルトによる計10名(アルトの2名はそれぞれ1曲づつのゲスト参加なので実質9名)という大所帯。

ライヴはコルトレーンの十八番ともいえる名バラード『ナイーマ』で厳かに幕を開けます。この時期のコルトレーンの特徴として「元々の愛奏曲を、原型が分からないぐらいに分解して吹きまくる」というのがありますが、この『ナイーマ』も最初からアドリブで、原曲の印象的なテーマは一切出てきません。

沸騰しながら沈み込むような、熱く思いソロを6分吹くコルトレーンの後に続くのは、アリスのこちらも重く荘厳なピアノ・ソロ。左手で叩き付けるコードはかなりヘヴィですが、右手のカラコロと転がる鍵盤はまるでハープの響きのようで、独特の不思議な陶酔感に満ち溢れておりますね。

アリスのピアノソロも大体6分ぐらい続いて、エンディングもコルトレーンがアドリブから最後の最後にようやく『ナイーマ』のテーマを吹いて終了。

続く『クレッセント』も、1964年のアルバム『クレッセント』で演奏された荘厳なバラード曲ですが、こっちの方はファラオも参加して、かなりぶっ飛んだ26分の長尺演奏。コルトレーンが静かに短いオープニングを奏でてすぐにファラオの「キュルキュルキュルキュル...ゴギャアアァアアァァ!!」な、フリーキーサックスへとソロがチェンジ。そしてファラオが内蔵も吐き出さんかのように7分吹きまくった後に沈鬱だけれどもしっとりとした気品のあるアリスのピアノ、盛り上がり出すパーカッション部隊、そのアリスのソロの途中から、フリーキーなんんだけどちょいと音にトゲがないサックスがソロを吹き出すのですが、これがアーノルド・ジョイナーでしょうかね?そしてコルトレーンが今度は落ち着いた貫禄に溢れるソロを吹いて祝祭の26分が終了。Disc-1はおしまいです。


で、Disc-2のなんですが、コチラも曲目の『レオ』は既発でしたが、未発表だった『オファリング』『マイ・フェイヴァリット・シングス』が、これまぁよくぞ発掘されましたと言いたくなる素晴らしい内容でありますよ。

1曲目はコルトレーン晩年のグループの看板曲ともいえる『レオ』これは曲自体もー激しいやつですね、飛び跳ねるテーマに続いてファラオ・サンダースのぶっ壊れテナーが火を噴きます。ファラオが盛り上がってる5分過ぎぐらいから、何か後ろでオーオー雄叫びを上げてるやつがいると思ったら、それが途中からリフを吹くテナーの音に代わりしれっとピッコロに代わります。

多分これ、コルトレーンですよね。

で、ファラオが10分大絶叫して(!)ドラムとパーカッションのソロ。コルトレーンのこの時期のライヴというのは一言で言い表せば「祝祭」なんですが、そのムードはドラムとパーカッションが速射砲のように放つリズムが醸してる部分が凄く多いですよねと一人納得。

で、このパーカッションアンサンブルの後半、また謎のヴォイスが

「レーオ!オレロレロエーア!!オエオレロリラエーーーーアーーー!!」

と、謎の部族の唄みたいなものをいきなりおっぱじめたかと思ったら、そこからファラオとは違う、誰が聴いてもコルトレーンなテナーが吹きまくり始めます。

てことはこの唄とさっきの謎ヴォイス、絶対コルトレーンだよね!?

はい、やっぱりコルトレーンでした。原田和典著『コルトレーンを聴け!』によると、当時の取材記事の説明で

「コルトレーンは自分の胸を叩きながら叫びだした」

とあるそうで、想像するだけで物凄いシーンが胸にドカンと炸裂しますね。

本作ハイライトといえる『レオ』の、祝祭と狂乱の21分29秒が終わり、つづく『オファリング』は、アリスのピアノをバックに、コルトレーンが静かで美しいメロディを祈るようにしめやかに吹く短い演奏。途中からそれまでずっと聞こえなかったソニー・ジョンソンなる謎のベーシストの音がやおら前に出てきてベースソロ、そして『マイ・フェイヴァリット・シングス』!!

『マイ・フェイヴァリット・シングス』も、実はこの最晩年のグループの手にかかると、ほぼ原型をとどめないゴリッゴリのフリー・ジャズになってしまうことがよくあります。が、この『マイ・フェイヴァリット・シングス』はちょいと違います。

3分ちょいのベースソロから「バーン!」と出てくるコルトレーンのオープニングのアドリブから”あの”テーマが、実にカッコ良くメロディアス(!)更に粋であります。いや〜、このアルバム、最初から最後まで激烈で重厚な展開が胸を圧迫するような快感にもだえるライヴかと思ったら、ここに来てこういう”とっつき”があるから凄くいい!

もちろんこの時期特有のフリーキーに突っ走る演奏、アタシは中毒者と言ってもいいぐらい大好きなんですが、2枚組でこの展開のラスト付近にこういった「曲のメロディ」に胸をひっつかまれると、つい予測してなかった快感にクラクラきちゃいますね。

もちろんコルトレーンのテーマを受けてハードに鍵盤を鳴らすアリス、その後に出てくるフリーなアルト(ちょいと素人っぽいから多分コレが学生そのAのスティーヴ・ノブロックでしょう)、を受けてのコルトレーンのリミッター外れた感満載のソプラノも怒涛ですし、演奏も23分とかなり長めなのですが、この『マイ・フェイヴァリット・シングス』は、60年代半ばまでのカルテットの演奏(ニューポートのやつとか)を彷彿させる”うた”に溢れております。最後のテーマもしっかりとコルトレーンは吹いて、万雷の拍手と共にライヴは終了。






Offering

【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts,ss,fl,vo)
ファラオ・サンダース(ts,piccolo)
アリス・コルトレーン(p)
ソニー・ジョンソン(b)
ラシッド・アリ(ds)
アルジー・ドゥイット(bata drum)
(追加メンバー)
アーノルド・ジョイナー(as,Disc-1A)
スティーヴ・ノブロック(as,Disc-2B)
オマー・アリ(perc)
チャールズ・ブラウン(perc)

【収録曲】
(Disc-1)
1.ナイーマ
2.クレッセント
(Disc-2)
1.レオ
2.オファリング
3.マイ・フェイヴァリット・シングス

(録音:1966年11月11日)



ライヴ・アルバムとしては本当に興奮と感動が入り混じる、素晴らしい演奏でありますが、やや難点を上げると録音スタッフがプロのエンジニアではなく、素人のコンサートスタッフだったために、音質は良好なのですが、バランスが上手く取れてなくて、バックの音がフロントに比べて弱く、特にソニー・ジョンソンのベースが演奏中全く埋もれております。

とはいえ、録音機材はかなり良いやつっぽく、プライベート録音にありがちなノイズや音の曇りはほとんどない音質ですので、たとえば『ライヴ・イン・ジャパン』や『オラトゥンジ・コンサート』が難なく聴ける人なら、まぁそんな気にせんでもいいかという演奏内容であります。

で、この演奏には2つ大きな謎があります。

ひとつはこのソニー・ジョンソンなる謎のベーシストなんですよね、この時期のコルトレーン・グループのベースといえば、ジミー・ギャリソンなんですが、一説によるとコルトレーンは新しいサウンドを求めるあまり、付き合いの長いギャリソンを実はクビにしたがっていて、事ある毎にキツく当たっていたとか。

そういう話はつい最近どこかのサイトで読んだし、そういえば来日公演の時も同行したコルトレーンの熱狂的ファンの新井さんという人も「ギャリソンは何だかしょっちゅうコルトレーンに怒られてた。演奏の時酒を飲むのが気に入らなかったらしく、今度やったらクビだとか言われてた」と証言しております。多分コルトレーンのそういうキツい態度に耐え切れなくてライヴに出れなくなった時があったて、その時の代役がこのソニー・ジョンソンだったんじゃないでしょうかと思うのですが、何をどう調べてもこのソニー・ジョンソンがどういったベーシストだったかという詳細なデータが出てきません。唯一ライヴ資料に「1966年末に行われた、オーネット・コールマンと共同プロデュースによって行われたニューヨークのヴィレッジ・シアターで行われたコンサートに、ジミー・ギャリソンと連名のもう一人のベーシストとして”ソニー・ジョンソン”の名前があります。

それと、やっぱりどう聴いてもドラムがですね、ラシッド・アリっぽくないんですよ。

アリのドラムといえば他のどのアルバムでも、不定形ビートで細かいスネアの連打を中心に「ザザザザー!」と打撃を拡散してゆく、かなりフリーフォームなスタイルでありますが、このライヴ”だけ”どうも定型に寄ったビートの叩き方をしているんですよね。不定形になりかける場面もありますが、基本的に軸がしっかりとした4ビート寄りなんです。

だから『オラトゥンジ・コンサート』のような”終始カオス”な感じにはならず、特に『マイ・フェイヴァリット・シングス』なんかが物凄く原型をとどめている演奏になっている。これが物凄く謎ですね。

ラシッド・アリによると「あぁ、あのライヴの時はオレじゃなくて弟のムハンマドが叩いてるよ」らしいのですが、クレジットにははっきりとラシッド・アリと書いてあり、謎が謎を呼びます。

まぁいつか最新のリマスター技術によって、音のバランスも調整されるでしょうし、演奏者の謎も解決されるという事を期待して、今はこの実に晩年のコルトレーンらしいディープで密度の濃い演奏に酔いしれましょう。

























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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』


サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/

posted by サウンズパル at 22:18| Comment(0) | 大コルトレーン祭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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