2015年08月04日

ジョン・コルトレーン コルトレーン・タイム

1.1.jpg

ジョン・コルトレーン コルトレーン・タイム
(United Artist/EMIミュージック・ジャパン)

何と先日、サウンズパルの店舗を閉じてから初の「大コルトレーン祭対象商品」(つまりコルトレーンのアルバムね)の注文が入りました!

わーい、パチパチパチ♪

きっかけはとある場所でとあるお姉さまとジャズの話をしていた時にふと

「セシル・テイラーかっけぇぇえ!」

という話になりまして(うん、女性の方で「一番好きなジャズの人がセシル・テイラー」って最高にかっけぇよ・・・)、「あの〜、セシル・テイラーの参加しとるコルトレーンのアルバムで一枚面白いのがありますけど知ってます?」

「何それーどんなのー?」

「あ、いや、セシル・テイラー以外の人がみんな頑張ってフツーにカッコイイJAZZやろうちしてるのに、テイラー一人がぶっ飛んでるというか・・・、物凄いタイミングで物凄い飛びまくってるピアノを”ガーン”とか”ゴーン!・・・ピラピラピラ”とこう、ぶつけよるんですよ。」

「うそー素敵ー♪それ注文で!」

という流れだったのですが、いやいやいや、アタシも「大コルトレーン祭」はもう10年ぐらい続けておりますけれども、実はコルトレーンがセシル・テイラーと組んだ(というか組まされた)この「コルトレーン・タイム」売るのがものっすごく難しいアルバムだった覚えがあります。

先述したよーに、このアルバムは「自由極まりないセシル・テイラーのピアノ」と「真っ当なモダン・ジャズの職人&若手+モダンをいち早く卒業はしたけれど、まだフリーまでは射程に入っていないコルトレーン」との、完全に”対決”でありまして、しかもリズム隊が実に洒落たスウィング感でもって演奏の土台を造っているもんですから、余計にセシル・テイラーの異様さが浮き彫りになって混沌の度合いを深めてゆくという、こんなだったら不定形ビートで管もグジュグジュでやらかしちゃった方が逆にスカーっとすると思うのですが、単純にそう思わせてはくれない。

しかし、しかしですよ、極論を言えば「ジャズ」なんて音楽は、元々トチ狂った音楽なんですよ。

大体メジャー(長調)とマイナー(短調)しかない音楽にセブンスという、コードを加えたのがブルースで、さらにナインスとかドミナントとか、音楽理論で言えば完全に「不協和音」としか思われないような和音で次々に曲が作られ、更に「如何にして聴衆を沸かせるか」という一点のみに狙いを定めてビートもどんどん速く過激で実験的なものになっていったのが、そもそのジャズの誕生の頃からあるわけでして。「マトモなジャズ」って一体何だろうな?と、アタシはふと思うこともよくあるんです。

「その時代の音楽の常識」というものがどういう感覚だったんだろう?と思いながら、例えばデューク・エリントンとかルイ・アームストロングなんかを聴くと「こらもうクレイジーじゃないか!」とか何とか・・・。

さて、話が脇に行ってしまいそうなので「コルトレーン・タイム」です。

録音は1958年、元々は当時「最も斬新な感覚を持つセシル・テイラーというピアニスト」を売り込むために、既にモダン・ジャズのトランペッターとしては安定した人気でファンも多かったケニー・ドーハム(彼のプレイには間違いがないんだ)と、世間の注目を集めていた気鋭のテナーマン、コルトレーン。それに”このセッションがレコーディング初体験”である白人ベーシスト、チャック・イスラエル、堅実なプレイでは定評のある中堅ドラマールイス・ヘイズという手堅く注目を集められるメンバーを揃えて、セシル・テイラーのアルバムとして、一度リリースもされました。

(「セシル・テイラー/ハード・ドライヴィング・ジャズ」というタイトルだったのですが、やはり50年代の聴衆には早すぎたのか、さっぱり売れなくなってすぐに廃盤。やがて60年代にコルトレーン人気が凄いことになって「コルトレーンのアルバム」として、タイトルもジャケットも替えられてリリースされたといういわくがあります)


で、2000年代のCD屋としても「果たしてこれをどう売ろうか?」と悩むわけなんです。

まず第一に往年のモダン・ジャズ・ファンはフリー・ジャズ、特にセシル・テイラーにはどういう訳か物凄いアレルギーがあるのでアウト。

「大コルトレーン祭」でもってコルトレーンを知った若いファンの人たちは、もっと民族的&スピリチュアル要素が濃いものが好みだったので、コチラにPRしてみても反応はどうも鈍い。

アタシは純粋に「いやいや、テイラーさえいなければブルーノートの1500盤台でも通るぐらいのハード・バップなのに、テイラー1人で全部メチャクチャにしてるなんて面白すぎるでしょ!それに頑張ってついて行けてるコルトレーンのプレイも実際凄いのよ!」

と、最初から思っていましたが、うーん、ジャズをある程度聴いて「何がモダンで何がフリーか」とかいうのが理解できないとやっぱりハードル高いのかな?

とも思っていました。

しかし、先日はご注文してくださったお客さんとの会話の中で、

「あ、やっぱり単純に面白いよね!」

と、今頃になってようやく気付くことが出来ました。

「セシル・テイラーのピアノって凄いよね。”これ合ってる”て音がひとっつも出てこないの。しかもタイミングも全然アウト・オブ・リズムなんだけど、かえってそれがツボなのよ”あぁ、こうくるんだろうね”て予想してもことごとく外してくれるっていうかぁ、フェイント?それ出来る人って本当にジャズの人だなーって思えるし、本当に音楽のこと分かってないと出来ないと思うの。」


お客さん、素晴らしいことをおっしゃいました。



コルトレーン・タイム


【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts)
ケニー・ドーハム(tp)
セシル・テイラー(p)
チャック・イスラエル(b)
ルイス・ヘイズ(ds)

【収録曲】
1.シフティング・ダウン
2.ジャスト・フレンズ
3.ライク・サムワン・イン・ラヴ
4.ダブル・クラッチング

(録音:1958年10月13日)

そうなんです、セシル・テイラーのカッコ良さって、何か色々と難しいことや、いわゆる”意識高い系”のことやってるって思われがち(実際彼はクラシックの素養があって、現代音楽の作曲も学んでいます)ですが、実際はすごくシンプルに「そうはいかねぇぞ、オイ」という、ジャズにとって一番大切なフェイントの面白さと緊張感を、鍵盤への「ガコッ!」という不協和音の一撃で聴く人の感覚に、とってもダイレクトに切り込んでくるところだと思うんです。

「あ、そっかー、そうですよね。フツーに”ジャズとしてカッコイイ”でいいんだー」

と、これほんと今更ですが気付きました。

あくまでもコレは「テイラーを聴くためのアルバム」ではありますが、コルトレーン好きとしてはやっぱり「フリーなテイラーにもシャレオツな他のメンバーにも染まることなく、直線的なアドリブを”ズバッ、スバッ!”とキメているコルトレーンを聴く楽しみ」も十分に味わえますぜ。と付け加えさせて頂きます。




”ジョン・コルトレーン”関連記事


『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/

posted by サウンズパル at 19:15| Comment(0) | 大コルトレーン祭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: