2015年10月06日

ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコ

1.1.jpg
ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコ
(Verve)


ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、1967年発表の記念すべきファースト・アルバムにして、アンダーグラウンドからロックの歴史を変えた記念碑的な名盤、或いはルー・リード&ジョン・ケイルという音楽の鬼才とアンディ・ウォーホールというアートの鬼才が、初めて「ロックとアートのコラボ」を実現させた「バナナのジャケット」でおなじみ。もっと言えば音楽とアートとファッション(モデルのニコが参加)がガッツリ手を組んで生み出された不穏な60年代を象徴する徒花のような作品。

・・・・。

ふむ、どんな言葉を尽くして書いても、何だか「今さらオマエがそんなこと言わんでもいいがな」という自己ツッコミが心の中で延々ループしてしまいます。

いや、一言でいえば「クールでカッコイイ」アルバムなんですよ。ロック名盤数ある中で、こんだけダークな陰影を持ちつつも、楽曲はポップでかつ全体からヒリヒリとした得体の知れない緊張感を孕んだ空気を放つ作品というのはそうないだろうと。

はい、これら全部”今にして”思うことです。

そう、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド。

アタシはミーハーのくせに硬派気取ってましたので、このオシャレぇなバナナのジャケットとか、スマートでシュッとした知的ないでたちのルー・リード、ジョン・ケイルなんかの写真とかは「けっ、インテリが」と、ちょっとした差別の対象でした。

最初の最初は、ホントにそうだったんです。

大体ヴェルヴェット・アンダーグラウンド自体をマトモに聴いたのすら遅くて、アレは確か18の時です。

短大に行くと、必ずオシャレで垢抜けた連中がいるんですが、ソイツらが崇めていたのがヴェルヴェット・アンダーグラウンドであり、ルー・リードであり、そしてアンディ・ウォーホールでありました。

さぁ大変です、ミーハーのくせに硬派気取っていた当時のアタシにとっては「意識高い俺達」のような連中は敵でしかありません。

「ヴェルヴェッツかっこいいよねー」

「あぁ!?どこがだよ(いや、すいません)」

「だってあの時代でさーヤバくない?ロックとアート融合させちゃってるしー」

「だから何だよ!?(あの、すいません)」

「俺、アナログ持ってるし、Tシャツも買ったんだよねー。下北で」

「それがどーしたよ!?(ほんとすいません)」

「アンディ・ウォーホールって絶対すげぇよ、あんなキレた連中をスカウトしてデビューさせちゃってるしねー」

「何が”ちゃってるしねー”だよ、オマエが”しねー”よ(いや、ほんっとすいません)」

と、まぁいちいち突っかかって、でも、実は内心ミーハーなので、コッソリ買ったんですよ、この「バナナのジャケット」の、輸入盤中古のCDが、駅前のレコード屋で大特価で出されてた時に・・・。

でも、友達とか遊びに来た時「何だよ、オマエも持ってんじゃん」とか言われるのは何となくカッコ悪いと思ってコッソリビデオデッキとテレビの間のちっちゃ〜い隙間にCD挟んで聴いていたのは、今思うとアホですねー・・・・。

んで、ヴェルヴェット聴いても、実のところ最初はどうも「ピン」と来なかったんです。

ポップで、アンニュイでダークで、ヒリヒリとした音世界、今でこそ好物以外の何物でもないんですが、この頃はまだ「ロックちゃ激しくてバカみたいに暴れるヤツがカッコイイんじゃい」とか思ってたんで、彼ら独特の”屈折したポップ感”が、アタシの求めていた快楽のツボに届くまでにはかなりの年月が必要でした。

「きっかけ」となったのは、ハタチ頃、国立に住んでいたとき、ふとしたことでこのアルバムの国内盤の中古レコードが買い取りに持ち込まれてきたんですね。

国内盤でも、何かバナナの皮がめくれるオリジナル仕様だと査定が違ってくるから何とか・・・と、先輩方は盛り上がってましたが、アタシは例の如く「けっ、大事のは中身じゃろうがいっ!」と、いじけておりました。

んで、さりげなく歌詞カード読んでみたんです。



「日曜の朝」

日曜の朝
夜が明ける
不安な気持ちがつきまとう
夜明けだ
日曜の朝
無駄にしてきた歳月が
押し寄せる

気をつけて
おまえの後ろにある世界に
いつだっておまえを呼ぶ
誰かが回りにいるんだ
結局何の意味もないのさ





ちょっと待て

・・・これはあれだ

・・・・・・何だっけ

・・・あぁ・・・この身も蓋もないこの感じ・・・

そうだ・・・!あぁ・・・!これ・・・・

ブルースじゃねぇか!?


と、その一曲目の歌詞に釘付けになり、更に「僕は待ち人」「宿命の女」「毛皮のヴィーナス
」「ラン・ラン・ラン」「オール・トゥモローズ・パーティー」・・・と、全ての歌詞を食い入るように読みました。

ヤバい・・・・!!

コイツは”詩”としてとんでもない!!!!

同時にその”バナナのジャケット”のレコードが、ターンテーブルに乗せられ、音が流れました

「・・・サァ〜ンデイモニ〜ン・・・」

ルー・リードの渇いた声が、ポップな曲とダークなサウンドの海溝にズブズブと沈んでゆく・・・。

あぁ、何でアイツらは先に”このこと”についてオレに教えてくれなかったんだろう・・・、何だこれ・・・最高に狂気じゃねぇか・・・。

と、感動でぼぅっとした私はすっかりシラフでなくなっておりました。

特にサウンドに関しては、ジョン・ケイルというヴィオラ(ヴァイオリンだと思ってた)弾きの、とても狂おしい衝動をぐるぐる巻いてキリキリ鳴らしているようなあの「ザー・・・」「キュイーン、キュイーン・・・」に、ヤラレました。

いや、実は今でこそ神格化されてるけれども、1967年代当時、このアルバムはアンディ・ウォーホールやニコの人気&知名度をもってしても、セールス的にはほとんど鳴かず飛ばずだったとか、

よくわかるよ、コレ、カッコイイもの、そしてディープだもの、そりゃ売れねぇよ・・・。


【収録曲】
1.日曜の朝
2.僕は待ち人
3.宿命の女
4.毛皮のヴィーナス
5.ラン・ラン・ラン
6.オール・トゥモローズ・パーティーズ
7.ヘロイン
8.もう一度彼女が行くところ
9.ユア・ミラー
10.黒い天使の死の歌
11.ヨーロピアン・サン


ルー・リードの”詩”が読みたい一心で、ボロボロの輸入盤CDを誰かにあげて国内盤を買い直したのは、それから4年後の2000年のことでした。

いや、今ではすっかり虜ですよ「オレが今更言わんでも凄い作品」ですよ。

でも、そうなる前にアタシは、ファーストの”詩体験”の次にキョーレツな音楽としての一撃をセカンドで浴びて「うわ、あはぁ!うぉおーーー!!!!」となったのですが、その話はまた今度。








『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/

BASEショップもありますよ(ここでしか買えない商品アリ)http://soundspal.thebase.in/
posted by サウンズパル at 18:48| Comment(0) | ロック/ポップス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: