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2016年05月13日

ジョニー・ウィンター Johnny winter

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ジョニー・ウィンター/Johnny Winter
(CBS/ソニー・ミュージック)


アメリカ南部にテキサスという州があります。

この州は「アメリカの中のアメリカ」と言われるほどの州であり・・・と言っても「何が?」とほとんどの方は思われるでしょうが、今でもテンガロンハットにウェスタンブーツのオッサンらが馬に乗ってドライブスルーにやってきたり、銃弾が自販機で買えたり、南北戦争の頃のアメリカ南軍の旗を「コレがオレ達の旗だ!星条旗?知らん、犬にでも食わせろ!」みたいなノリの人らが結構ガチで当たり前に大勢いたりと、とにかくアタシ達日本人が、結構極端にイメージする「何となくのアメリカのイメージ」が、大体大真面目に揃っていると言ってもよろしい土地でございます。

悪く言えば保守的、よく言えば伝統を重んじて独自性に富んだ土地柄・・・と言えばいいでしょうか。

音楽的には、ここはミシシッピ・デルタと双璧を成す「ブルース発祥の地」であり、カントリー・ミュージック人気がアメリカで最も根強い地域のひとつであり、故に戦後になっても良い意味でニューヨークやシカゴ、LAやサンフランシスコといった都会の流行からは毅然と距離を置き、その中でブルースやカントリーなどのルーツ色の濃い音楽性を持ちながら、いわゆる”規格”には絶妙に収まらない、天然でブッ飛んだミュージシャンを多数輩出してきたのがテキサスなんです。

”規格外”の人たちだけでもジャニス・ジョプリン、オーネット・コールマン、パンテラ、バディ・ホリー・・・と、ズラズラ物凄い名前が出てきますが、今日ご紹介するのは、いかにもアメリカンなブルースロック野郎、狂気と侠気のギタリスト、”テキサス・サブマシンガン”ことジョニー・ウィンター兄貴であります。


ジョニー・ウィンターは、人類史に残る凄腕のギター・ピッカーであると同時に、アメリカン・スタイルを代表するブルース・ロックのミュージシャンであります。

ブルース・ロックとは何ぞや?

それは、黒人の演奏するブルースの魔力に打ちのめされた白人青少年達が60年代以降におっぱじめた”白いブルース”です。

この大元にいるのは言うまでもなくエルヴィス・プレスリーなのですが、プレスリーが切り開いた「白人でも黒人みたいにクレイジーな音楽をシャウトしてロックしてロールすればカッコイイ」というひとつの哲学は、アメリカでは空前の(そして初めて人種の壁を越えた)ロックンロール・ムーヴメントを引き起こします。

ロックンロールの根っこにあるのはブルースですが、アメリカの都市部の若者達は、一部を除いてそのことに気付かずロックンロール、ロカビリーなどのゴキゲンなリズムに合わせてツイストを踊っていた。

なのでロックンロールの余波を受けて、そのルーツであり、実は更に凶暴なブルースがウケることはなかったんです。

ところがこれが海を渡ると、イギリスの若者達が「ブルースやばい!R&Bフォォォォォオオオオ!!!!」と、皆が競って古いブルースやR&B、ジャンプやジャイヴのレコードを聴き漁るようになりました。

と、簡単に言いますと「ブルース」に関しては、ロックンロールが生まれてからロックに至るまでの十数年の間、アメリカとイギリスで奇妙な時計の針のズレみたいなのがあったんですな。

ヤードバーズ、ローリング・ストーンズなど、ブルースを一生懸命研究し、自分達のバンドサウンドとして色付けをした英国ロックは、逆輸入みたいにアメリカで流されると、やや抵抗はあったものの大ブレイクを成し遂げます。

こん時アメリカ若者文化の中心地は、東海岸のニューヨークと西海岸のサンフランシスコです。

南部の若者達は何をしとったかというと、ニューヨークで大学生達が政治や芸術について討論している時、またはサンフランシスコでヒッピー達が愛と平和について真剣に議論している時

「あぁ、オレのベイビーは危険な女さ、ディックの野郎を誘惑しちまった

あぁ、オレは彼女にイカレてた。だからてめぇら、オレに銃(ガン)をくれないか?

アイツはイカした女

オレはイカレた男

なぁオレに銃(ガン)をくれ

どいつもこいつもぶっ放してやっからよォ」

というような歌詞を、親父や兄貴、はたまたその友達がガキの頃から演奏してたブルースのリズムとバカみたいにギャインギャインに歪ませたエレキギターのサウンドに乗せてヒャッハーしておりました。


アメリカの都市部ではロックンロールの鮮やかさに隠れて見落とされていた音楽であり、イギリスでは「ソイツを一生懸命取り入れれば、ワルでカッコイイ男になれる」と思われていたブルース。

ところが南部の若者達に言わせればこんなものは「朝飯の前に食う肉」であり、洗っても洗っても落ちないどころか、体臭として腋下から発せられるもの以外の何物でもなかったんです。

そんな南部のオラついた白人青少年の中から、ジョニー・ウィンターは「バカみたいに上手いギター」をひっさげて地元テキサスのシーンに君臨しておりました。

大都会にオフィスのあるメジャー・レーベル(CBS)のオフィスでは

「どーせテキサスの田舎モンだろう」

とナメてかかっていたスタッフが、彼のギターを聴いた瞬間に卒倒して「けけけ、契約で!」となったといいます。



(ギター・レジェンド・シリーズ)


【収録曲】
1.アイム・ユアーズ・アンド・アイム・ハーズ
2.ビー・ケアフル・ウィズ・ア・フール
3.ダラス
4.ミーン・ミストリーター
5.レランド・ミシシッピー・ブルース
6.リトル・スクール・ガール
7.いい友だちがいるならば
8.アイル・ドラウン・イン・マイ・オウン・ティアーズ
9.バック・ドア・フレンド


1969年に、この「テキサスの不良ギタリスト」は、破格の金額(俗に”100万ドルのギタリスト”という触れ込みで彼の名は世界中に知れ渡ります。契約金が本当に100万ドルだったかは知らん)でCBSと契約。

それも、シカゴ・ブルースのモノホンのボスマンであるウィリー・ディクソンと、伝説のハーモニカ奏者ビッグ・ウォルター・ホートンをゲストに迎えてという、英国ブルースロック勢のお株を奪うような鮮烈なデビューをかましたアルバムが、この「ジョニー・ウィンター」であります。

さてさてこのアルバム、とにかく聴く側に考える隙を与えないぐらいの凄まじい熱気と、期待を裏切らないギターの圧倒的な”乱れ撃ち感”満載の弾き倒しぶりに、ひたすらアツいものを感じます。

「ゲストにシカゴ・ブルースの大物二人」を迎え入れたとはいえ、編成は基本ジョニーの歌とギター、そしてベースにドラムという実にシンプルなもので(強いてバックの音数が多いのは、ホーンセクションの入った「リトル・スクール・ガール」ぐらい)、終始初期衝動の赴くままにガンガン一直線に攻めまくるジョニー、弾きまくって歌いまくるジョニーのプレイには、ムンムンとブルースのフィーリングを感じるものの、”間”とか”伸ばし”とかを敢えて考えねー、豪快に力技だけで突っ走ってやろうというその演奏姿勢には、実に荒削りでダイナミックなロックンロールの”イキ”がみなぎっております。

そして、黒人ブルースシンガーみたいに野太くなくて、どちらかといえば細く鋭い声に目一杯ドスを効かせて声帯をいじめ抜かんばかりのがなりまくり、叫びまくりのその歌唱法には、同じく”イナセ”を感じます。

特にスロー・ブルースのAでのイントロの「バキバキバキバキー!!」という、速過ぎるパッセージで音符をガンガン叩き込んでいくギター、アコースティックでめちゃくちゃ渋いスライドでの弾き語りなんだけれど、枯れた味わいとかそういったものとは何故か聴けば聴くほど真逆のやんちゃぶりを覚えてならないB(歌詞も「ダラスはヤバいところだぜ」と、実にアタマ悪くてよろしい)、いや、とにかくエレキの曲もアコギの2曲もどれも捨て曲はない。というか「体重はそんなでもないのにバカみたにコレステロール値の高い音楽」なんです。これがアメリカだ。

他にもオールマンとかリトル・フィートとか、マイク・ブルームフィールドとか、まぁ色々とブルースロックの人たちはおりますが、ジョニー・ウィンターのブレイクによって、アメリカ南部のそれまでローカルで活躍していたブルースを主食としていたロックンロール・バンドやアーティストが一気に「ロックの当たり前」になり、アメリカとイギリスの奇妙な”時計の針のズレ”も、ピタッと合うことになりました

で、その後のアメリカン・ロックは80年代にスティーヴィー・レイ・ヴォーンが、90年代にはべックやGラヴ、ジョン・スペンサーとかが出てくるわけですから、何といいますか、ブルースの生命力というか殺しても死なんぞ的なエネルギーというのは凄いのですね。。。





『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/

BASEショップもありますよ(ここでしか買えない商品アリ)http://soundspal.thebase.in/
posted by サウンズパル at 19:43| Comment(0) | ロック/ポップス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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