2016年05月16日

リトル・ウィリー・ジョン Early King Sessions

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Little Willie John/Early King Sessions
(Ace)

「ソウル・ブラザー・ナンバーワン」といえば俺達のジェイムス・ブラウンでありますが、彼がその称号を得る前、黒人社会ではダントツの人気を誇った、R&Bのトップスターであり、早過ぎたオリジナル・ソウルのパイオニアがおります。

彼の名はリトル・ウィリー・ジョン。

1955年、若干18歳の時に「All Around the World」で、いきなりR&Bチャート、ポップ・チャートの上位に彗星の如く出現し、その後30枚近くのシングル曲のほとんどをトップ・チャートに送り込んだ天才シンガー。



やや鼻にかかりながらも、一度聴いたら忘れられない声、そのえもいえぬ力強さと深い味わいの魅力には、今もなお、人種や男女を問わず聴く人を夢中にさせる”何か”があります。若さとか才能とか、そういった陳腐な言葉ではとても片付けられない何かもっと特別なものが・・・。

さて、50年代はブルースのみならず、アメリカの音楽全体がこれまでになく大きくうねり”戦後”という時代を一気に拓いた時でもありました。

盛り場や遊技場、ストアの店頭、ガソリンスタンドなど、人が集まるところにはどこにでもジューク・ボックスというものが置かれるようになり、この中に入ってる7インチのドーナツ盤が、若者の心に火を点けました。

中でもこのジューク・ボックスで若者の人気を集めたのが、都市部のゴージャスで洗練され、特にノリの良さを強調したブルースでありました。

先述のように、ジュークボックスというのは、人種に関係なく、人が集まる所にはどこにでも置かれたシロモノだったので、白人のティーンエイジャー達も、このちょっと危険で刺激に富んだノリノリの音楽にコインを投げ入れるようになります。

当時これらのブルースを収めたドーナツ盤は”レース・レコード”と呼ばれておりました。

「レース」というのは人種という意味で、あれよあれよという間に一気に需要が膨らんだため、製作側があくまで商品区分のために「黒人種のレコード」と呼んでいたのが市場でもそのまま使われ、まぁ、まだ人種差別も色濃く残っていた時代なので「そんないかがわしいレコードを若者に聴かせるもんじゃない」と、多くの苦情があったのでしょう。

ミュージシャンやレコード会社は「それじゃあコイツはどうだ」と”リズム・アンド・ブルース”という名を、この新しいスタイルのブルースに名付けたのであります。

やがて10年もしないうちにこの言葉は「ソウル・ミュージック」へと変わってゆくわけなんですが、リズム・アンド・ブルース(以下R&B)は、本当に短い流行の中で、正に百花繚乱、個性様々なスターやアイドルを生み出しました。

リトル・ウィリー・ジョンはR&Bの最初の国民的アイドルであり、R&Bが生んだ最初の国民的ヒーローでした。

天性のリズム感、さっきも言った声の魅力(特に歌詞の最後のフレーズにビブラートをかける時のググッとくる感じ、香り立つ色香はこの人ならではのものであります)、そして端正なルックスと激しいステージ・パフォーマンスとのギャップがまた、あらゆる若者をとりこにしました。

50年代といえば、丁度今NHKで「トットチャンネル」という黒柳徹子さんのドラマをやっておりますが、あんな風にテレビの黎明期であり、ブラウン管を通じてもリトル・ウィリー・ジョンはもう音楽のスタイルとかも超えた人気を爆発させていたといいますから、今でいえばジャニーズと福山雅治とディーン・フジオカが束になって一人の人間になった。ぐらいなもんでしょう。

今、アタシの手元には「アーリー・キング・イヤーズ」というアルバムがあります。



【収録曲】
1.All Around the World
2.Don't Leave Me Dear
3.Home at Last
4.Need Your Love So Bad
5.I'm Sticking With You Baby
6.Are You Ever Coming Back
7.Fever
8.Letter from My Darling
9.My Nerves
10.Do Something for Me
11.I've Been Around
12.Suffering With the Blues
13.Little Bit of Loving
14.Will the Sun Shine Tomorrow
15.You Got to Get Up Early in the Morning
16.Love, Life and Money
17.Look What You've Done to Me
18.I've Got to Go Cry
19.Young Girl
20.If I Thought You Needed Me
21.Uh Uh Baby
22.Dinner Date
23.Person to Person
24.Until You Do


丁度ジャズを一通り聴いて、ビリー・ホリディ以外のジャズ・ヴォーカルも聴けるようになった時、ペギー・リーという白人女性シンガーを「カッコイイなぁ・・・」とちょいとハマッて聴いておりました。

「フィーヴァー」という曲があるんですね。

いかにも”夜”って感じの、どこかアンニュイでちょいとばかり不良の香りがする、夜中に部屋で聴くには最高の、実に渋い曲なんですが、ある日先輩が

「あぁ、Feverね。アレはペギー・リーの大ヒットで、ほとんどの人がペギー・リーがオリジナルって思ってるんだろうけど、オリジナルはリトル・ウィリー・ジョンなんだよ。すげぇカッコイイよ」

と、教えてくれたのをきっかけに、ついでに調べていたら彼の短く悲しすぎる人生に感情移入しちゃって、そこでこのアルバムを入手して聴きまくった・・・というのが、アタシとリトル・ウィリー・ジョンとの出会いでありました。

録音は1955年から57年、文字通り彼の初期のヒットが全て入ってるベスト・アルバムです。

バックにはミッキー・ベイカーをはじめとして、当時最強のスタジオ・ミュージシャン達がガッツリ固め、ノリのいいブルース、ジャジーな曲、バラードなど、全方位でシンガーとして考えられる最良の歌唱がたっくさん入っております。

デビューから10年、文字通り彼はR&Bの”トップ”であり、出す曲出す曲ことごとくヒットしておりました。

が、残念ながら彼は天から与えられたその才能を客観的に見て次のキャリアに繋げられるしたたかさを持ち合わせておりませんでした。

伝記によるとウィリーは、その端正で愛嬌に満ちたルックスとは裏腹に性格は極めて短気で傲慢であり、加えて繊細過ぎたのか、歌で手にしたカネのほとんどを酒と女と薬物に注ぎ込み、その場にいる人とは些細な事で言い合いになったり暴力沙汰の喧嘩もしょっちゅうだったとあります。

50年代といえばミュージシャンはとにかく一発いくらのヒットを出せばいい、印税やプライバシーなどの権利など、紙切れほどにも思われていなかった時代。

もちろん彼自身の性格から、自ら引き受けなくてもいいトラブルを呼び込んでもいたでしょう。才能と人気に慢心して天狗にもなっていたのかも知れません。素の自分を押し殺して、テレビでひたすら求められるままにアイドルを演じ続けるということも、その時代誰も経験したことのなかった予想外のストレスであったかも知れません。

ところが人気とは裏腹にどんどん不安定になってゆく生活から逃れるかのように、彼は荒んだ日々に明け暮れるようになります。

そうしているうちに、本気で彼の才能に惚れていた音楽仲間、親身になってアドバイスしたり時に𠮟ってくれる友人などが、次々と彼の周りからいなくなりました。

そうなると取り巻きとして、彼の稼いだギャラや名声だけを目当てに近づいてくる有象無象やドラッグの売人などしか残らなくなります。

「R&Bの国民的スター」であったリトル・ウィリー・ジョンの人気に陰りが見え、絵に描いたような転落人生に陥るのに、そんなに時間はかかりませんでした。

1964年、自分の婚約パーティーの席上で、彼は些細なことがきっかけでその場に来ていた招待客の一人を殺してしまいます。

歌手としてのテレビ出演がめっきりすくなくなった彼が再びテレビのブラウン管に映し出された時に付いていた肩書きは「第二級殺人犯」という不名誉なものでした。

刑務所に服役して2年目の1968年、リトル・ウィリー・ジョンは心臓麻痺で30歳という短い生涯を終えます。

死因は公式な発表ですが、アイドルとしてキャーキャー言われていた人間が刑務所にブチ込まれたら、それは当然陰惨な目に遭ってそういう結末になってしまったのであろうことは容易に想像できます。

R&Bのトップスターは、残念ながら彼が牽引したシーンの成熟の中に君臨することはなく、サム・クックやオーティス・レディングといった、彼からの影響から歌の世界で大きく羽ばたいた後輩達と競うこともなく、その短く自暴自棄な人生を駆け抜けていってしまいました。

罪を犯してしまったことで音楽の歴史から半ば抹消のような扱いを受け、フィルムが破棄されたことで動画すら観ることができないリトル・ウィリー・ジョンですが、残された音源からは、暗く壮絶な人生など微塵も感じさせない、本当に「唄うためだけに生まれてきた天性のシンガー」の、心にいつまでも響いて止まない”うた”が明るい生命力と共にとめどなく流れてきます。






『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 19:37| Comment(2) | ソウル、ファンク、R&B | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
この頃、リー・ペリーがプロデュースしたスーザン・カドガンを聴いていまして、その中のFeverから調べてオリジナルのリトル・ウィリー・ジョンに行き当たり、この人奄美のCD屋さんの記事にあった人だとわかって、買うことにしました。
Posted by Tyurico at 2019年03月11日 19:33
おお、それはありがとうございます!

スーザン・カドガンのヴァージョンは、あのうねるベースに乗ってささやくような歌い方が良いですね。そうそう、いろんなところでジャンルを超えてカヴァーされている名曲です、ぜひオリジナルもお楽しみください♪
Posted by soundspal at 2019年03月12日 22:07
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