2016年06月10日

ジョー・ストラマー&ザ・メスカレロス ストリートコア

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ジョー・ストラマー&ザ・メスカレロス/ストリートコア
(エピック・ソニー)

「6月9日はロックの日」

ということで、昨日は何かロックなやつをと思っておりましたが、もろもろのシャバダバで、記事のアップが1日遅れてしまいました。6月10日もロックの日です。

特にこれといったルールではないのですが、この時期はいつもアタシにとって

「原点とは何か?」

ということを、結構シビアに考える日にしています。

色んな音楽を雑に聴いてきて、それなりに知ったかぶってはおりますが、自分は元々イカしてる音楽を聴いて、単純に「うぉー!カッコイイ!わー!カッコイイ!」と、感動とか興奮とかをしたいだけの人間です。色々と自分にとっては新しい音楽を求めて聴いてきたのも、実際にものすごく単純なことで

「これ、好き」

というものをどんどん拡げていきたい、多くのものにできるだけ感動しつづけていきたい。

ただ、それだけなんです。

中坊の頃にパンクという言葉を知って、その思想(というか何というか)みたいなものにすっかり魅了されていた時「この音楽はいいぜ」「コレはパンクだぜ」と、色んな音楽の魅力を教えてくれたのはジョー・ストラマー。

いわゆる「パンクロック」を代表する存在でありながら、パンクよりも古いロックやブルース、スカやレゲエ、カントリーにブルースなどなど・・・雑誌なんかで彼が「この音楽いいんだよ」と薦めている音楽は、アタシにとってことごとく未知の素敵な体験であり、世の中のことなんて全然分からない田舎のアンポンタンな小僧にとっては、貴重な社会との接点でありました。

もちろん、知識も何にもないわけですから、ボブ・マーリィがどうのスカがどうのモッズがどうの言われてもわからんですよ。

でも、知らないなりに、聴いて理解できないなりにも一生懸命分かろうと思って聴く音楽というのは、何だかとても新鮮で刺激に満ちたものであったと思います。

ジョー・ストラマーという人に惹かれなかったら、その後ジャズやブルースのカッコ良さなんて多分気付くこともなかっただろうし、CD屋の倅として知識は増えていっても、ジャンルに拘った狭い聴き方しか出来なかったような気がするんです。

なのでジョー・ストラマーのことは「先輩」と敬称を付けて呼んでおりますし、アタシが「音楽の原点」というものを思い出したり、それについて考えることを続ける限り、そう呼ぶだろうと思います。

今日は、そんなことをぼんやりと考えながら、ずっとジョー・ストラマー先輩を聴いておりました。

「ストリートコア」は、2002年の12月に帰らぬ人となってしまったジョー・ストラマー先輩のラスト・アルバムです。



【収録曲】
1.コマ・ガール
2.ゲット・ダウン・モーゼス
3.ロング・シャドー
4.アームズ・アロフト
5.ラムシャックル・デイ・パレード
6.リデンプション・ソング
7.オール・イン・ア・デイ
8.バーニン・ストリート
9.ミッドナイト・ジャム
10.シルヴァー・アンド・ゴールド
11.ザ・ハーダー・ゼイ・カム (ライヴ)
12.ア・メッセージ・トゥ・ユー、ルーディー (ライヴ)
13.ヤラ・ヤラ (ライヴ)
14.電撃バップ (ライヴ)

アタシがこのアルバムをようやく手にしたのが、亡くなって10年経った2012年のある日のことです。

「そんなのファンとして失格じゃないか」

とお思いの方、本当にその通りです。

正直にクラッシュ解散後、色々と紆余曲折を経てメスカレロスを結成した時に

「じゃあひとつ原点に帰って、クラッシュ結成以前に楽しくがむしゃらに音楽やってた頃の仲間とかにも声をかけて、スタイルやジャンルに縛られない音楽をやろうじゃないか」

と、すごくポジティヴな動機でこのバンドを始めたと聞き

「うぅん・・・何か人のいいオッサンになった和やかなジョー・ストラマー先輩を見るのが怖いなぁ・・・」

と思ってずーっと2の足を踏んでいたことは、これはファンとしてはいかんことだったなと思います。

「メスカレロスはワールドミュージック」

とかいう、主にメディアが発信した間違った情報に踊らされてもおったと思います。

色々考えてうじうじしとった時に、ある日ふと

「お前はクラッシュ買って後悔したことあったか?」

という、まるで天の声のような質問が胸中に木霊しました。

「うん、ない」

と、意を決して買ったこのアルバム、1曲目「コマ・ガール」で、まるで「白い暴動」や「動乱〜獣を野に放て」の頃のような、力強い声とサウンド、そして何より全然枯れたり丸くなったりしていない、この人独特の闘志に満ちた空気を感じ、それまで10年間のくだらないウジウジが全部吹っ飛びました。

レゲエのA、ジョニー・キャッシュに捧げたカントリーのB、ロックの切なさが凝縮されたようなC、ダブのエレクトリカルな手法を使いつつロックな聖歌D、ボブ・マーリィーの名曲をアコースティックにカヴァーしたE、アルバムの中では最もノイジーでパンクスピリッツ炸裂のF、重厚に歌われるバラードのG、映画「ロンドンコーリング」のナレーション部分(ジョー本人の語りと曲紹介)を美しいトラックでミックスしたH、そして再びアコースティックな編成で哀愁と郷愁で胸がいっぱいになるI、更にジミー・クリフやラモーンズなど、彼が本当に好きでよく唄ってたであろう楽曲などをセレクトしたボーナス・トラックのライヴ7曲も本当に素晴らしく美しく、ラスト・アルバムであっても強烈に「原点」を感じさせて止まないものでした。

ジョー・ストラマー先輩は、クラッシュ時代から本当に色んな音楽を演奏や楽曲に取り入れてたけど、不思議と散漫な感じになったり、浮いた感じにもならなくて1本筋が通ってました。

やっぱりそれは彼が好きになった音楽はどれもわけ隔てなく彼の中で「最高にカッコイイ音楽」であり、原点として力強く延々と鳴り続けてきたからなんだろうなと思います。

「やりたいことを全部やるのがパンクなんだ」

という自分自身の言葉を、恐らく悩んだ末の「一番いい方法」で、大切に音にしてきたんだろうなと、一言で説明するのはとても難しいけど”最高にカッコイイ”アルバムであるところのストリートコアを聴きながら、あぁ俺もジョー・ストラマー先輩に教えられた”何よりも先に音楽が好きである気持ち”を忘れちゃいかんと思うのです。






『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 19:38| Comment(0) | ジョー・ストラマー先輩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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