
セロニアス・モンク・プレイズ・デューク・エリントン
(Riverside/ユニバーサル)
思えば2016年後半は「チャーリー・ラウズ強化月間」でした
ラウズのテナーマンとしてのカッコ良さと、セロニアス・モンクのバンドでの「堅実で忠実な若頭ぶり」の両方をじっくりと時間をかけて聴き比べ、レビューにしていくことで、多くの方々に「おぉ、チャーリー・ラウズってそんなカッコイイのか、じゃあ聴いてみようかな?」と思ってくれるところまで何とか行けたんじゃないでしょうか。
や、そこまでまだ多くの人に興味を持って頂けてなくても、ジャズの歴史をそんなに激しく揺さぶりはしなかったけれども、良質な”ジャズ気分”の味わえる演奏を生涯プレイしつづけたこの素晴らしいテナー吹きのことを、更に多くの人に知ってもらうための啓蒙活動は、無視されようが笑われようが今後も続けて行きたいと思いますので、皆さんどうかひとつよろしくお願いします。
で、ラウズの演奏聴きたさに、60年代以降のモンクの演奏を、ここんとこ暇を見ては聴いていました。
その、楽しさと軽やかさ、そして淡々とした表情の中に拡がる何やら超然とした深遠な世界の魅力には、聴く度にすっかり心ほだされてしまうんですが、そこでぼぅっとなっている時に、ふと1950年代、つまり初期のモンクを聴きたくなりました。
今日、しとしとと冷たい雨の中、車でず〜っと聴いていたのは、1955年作の「プレイズ・デューク・エリントン」。
モンクが世に認められるきっかけとなった、リバーサイド・レーベルからの第一作目なんですねぇ。
実はモンク、40年代の初めから活躍していた「結構腕のいいピアニスト」でした。
音源がないので何とも言えませんが、実際に演奏を観た人達の証言によると「アート・テイタムのように、右手左手を駆使してノリノリのスピードで弾きまくるテクニカルなピアノ」だったようです。
そんなモンクは40年代後半に、ジャズの全く新しいスタイル、そう"ビ・バップ"の誕生に深く関わり、スタイルを一変。
ビ・バップといえば、初期バド・パウエルみたいな、高度なフレーズを超高速で弾きまくるあのスタイルでありますが、バドはいわばモンクの弟子です。ところが師匠のモンクは、ビ・バップが生まれるやいなや、自分一人でとっとと"次"へ行きました。
リズムを更に独自のアクセントと"間"で、一端ブチ壊して新たに作り上げたような、更にわざとハズした音を効果的に混ぜ込んで、聴く人の耳にたくさんの不思議を刻み込む、あの独特のスタイルを、完全に作り上げ「よし、俺はもうコレで行くぞ」と決めちゃったんですね。
モンクは今でこそ「ワン&オンリーのスタイルを築き上げ、後のジャズに大きな影響を与えた」とか言われてますが、当時は流行のビ・バップのような、単純明快なノリを求めるリスナーの理解を得ることは出来ず、活動も低迷してました。
そんなモンクの演奏を「いや、分かりやすいし面白い!」と、最初に認めたのは、ブルーノート・レーベルのオーナー、アルフレッド・ライオンです。
ライオンは47年から52年までモンクのレコーディングを続け、2枚のアルバムを出しましたが、これがほとんど売れず、また、モンクもバド・パウエルを庇って麻薬不法所持の疑いで逮捕され、ニューヨークでの演奏許可証を没収されてしまいます。
失意のモンクはフランスでソロ・ピアノ・レコーディングを行ったり、Prestigeレコードで"小遣い稼ぎ"のレコーディングを行うも、普段は奥さんの稼ぎで生活しながら、ひたすら自宅でピアノの練習と作曲に精を出しておりました。
そんな不遇のモンクにある日転機が訪れます。生活苦のためにモンクは友人や音楽関係者からちょこちょこ借金をしていましたが、その中にリバーサイドという小さなレコード会社のオーナーで、オリン・キープニュースという人がおりました。
この人が「なぁモンク、カネはいいからウチでレコーディングしないかい?」と声を掛けたのが、モンクにとっては運命の一言でありました。
オリン・キープニュースは、モンクの才能を理解していた数少ない音楽関係者だったんですね。そしてPrestigeで飼い殺しみたいな扱いを受けていたモンクを何とかしてやりたかった気持ちもあったでしょう。
モンクはキープニュースの言葉に乗ってPrestigeとの契約を消化してRiversideに移籍します。
ここから初期モンクの名盤が沢山生まれ、それが今の正当な評価にも一気に繋がってくるんですが、キープニュースのモンクの売り出し方は、最初は意外にも慎重でした。
まず、モンクの余りにも強すぎる個性。これは認知されれば最大の強みにはなるでしょうが、いかんせん他の演奏家とアプローチが違い過ぎます。
それにジャズの世界では、やはりウケるのはスタンダードや、有名ミュージシャンが作曲してヒットさせた曲です。いきなり無名のアーティストがオリジナルばかり発表しても、ほとんど聴かれることなく、モンクにはまた「売れないレコード」を作らせてその繰り返しになるでしょう。
キープニュースは言いました。
「セロニアス、オリジナルを演りたい気持ちは分かるし、オレもアンタの曲は好きなんだが、まずはアンタのピアノを多くの人に聴いてもらう事からはじめないか?」
【パーソネル】
セロニアス・モンク(p)
オスカー・ペティフォード(b,@〜EG)
ケニー・クラーク(ds,@〜EG)
【収録曲】
1.スウィングしなけりゃ意味ないね
2.ソフィスティケイテッド・レディ
3.アイ・ガット・イット・バッド
4.黒と茶の幻想
5.ムード・インディゴ
6.アイ・レット・ア・ソング・ゴー・アウト・オブ・マイ・ハート
7.ソリチュード
8.キャラヴァン
「どういう事かね?俺はオリジナルをやっちゃいかんのか」
「まぁ聞いてくれ、アンタは最も偉大なピアニストで、最も素晴らしい曲を多く書いてるジャズマンは誰だと思う?」
「決まってる、それはデュークだ。デューク・エリントン」
「尊敬している?」
「もちろんだ」
「何曲か弾けるかい?」
「当然だ」
「おお、素晴らしい!実にオリジナリティに溢れる演奏だ」
「言いたい事が段々分かってきたよ」
「それは嬉しいね、まずはデュークの曲でアルバムを作ろうか!」
という訳で出来上がった「セロニアス・モンク・プレイズ・デューク・エリントン」です。
内容はモンク独特の"ハチャメチャ"は割と抑えて、エリントンの素晴らしい楽曲を、モンクが詩的イマジネーションに溢れた解釈で、実に丁寧かつエレガントに弾いています。
バックを務めるのは、オスカー・ペティフォードとケニー・クラーク。
実はこの2人は、モンク同様ビ・バップ誕生に深く関わっていて、モンクとはその頃からセッションでよく遊んでいた仲。
つまり、この時代では珍しい「モンクが突然はっちゃけても、冷静に対処できるリズム隊」なんです。
このアルバムでは、二人は堅実な伴奏に撤しています。特に素晴らしいのはオスカー・ペティフォードのベース・プレイ。終始穏やかにリズムを刻んでいるだけなのに、何と存在感のある豊かな音色で、何て安定感のある太いグルーヴなんだろうと、聴いてて惚れ惚れしてしまいます。
モンクのピアノに関しては、本作はよく「個性が薄められた」と評されることも多いですが、果たしてそうでしょうか?"ハチャメチャ"は抑え気味と書きましたが、要所要所でしっかりと"間"と"絶妙なずらし"はしっかり聴いていて、決してモンクの個性がプロデュースによって削がれた感じはしません。
それにモンクの個性はハチャメチャだけにあらず、最初から斬新なメロディ解釈の裏に、しっかりとした古き良きジャズ特有のエスプリ、つまりワン・フレーズ弾いただけでむわぁっと立ち上る色気みたいなものがいつだってあるんです。
(このさり気ない崩し方と”間”ですよね〜、そしてしっかりスウィングしてます。カッコイイ♪)
「ソフィスティケイテッド・レディ」「黒と茶の幻想」「ソリチュード」などは、エリントン曲の中でも特に美しく、芳醇な香気の漂うナンバーですが、モンクのピアノがメロディを奏でた後に残る余韻の素晴らしい物語性に、まずはじっくり耳を傾けてみてください。
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サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
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