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2017年02月06日

CAN タゴマゴ

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CAN/タゴマゴ

1969年、アルバム「モンスター・ムービー」で鮮烈なデビューを果たしたCAN(カン)。

その独創的かつ聴く者をサイケデリックの深淵に引きずり込む強力な磁場を持つ音楽性は、デビューするやいなや世界中で大ブレイク、その人気は海を越えてアメリカやイギリスのロック・ヒットを凌駕する勢いでチャートを急上昇し

・・・とはなりませんでしたが、アメリカやイギリスのロックフリーク達の間で

「何か・・・ドイツにヤバイのがいるらしいな。何かカンとかいうバンドらしい」

と、ヒソヒソ囁かれるぐらいの確実な知名度をモノにしました。

この頃彼らドイツのロックバンド達のサウンドは、その極めて硬質で「ミニマル」や「トランス」をキーワードとして語られ易い音楽性ゆえに、まず英米メディアから「クラウト・ロック」と呼ばれるようになります。

クラウトロック?何じゃそれ?

という方のために解説致しますと、クラウトというのはキャベツの酢漬けであります。

日本人にはそういわれても何のことかちょいとばかりピンときませんが、キャベツの酢漬けというのは、ドイツの家庭でおなじみの、付け合せでよく出てくるサラダの材料。ドイツの国民的な食べ物として「ザワークラウト」というのがあって、これが何にでも付いてくる。

というか、ドイツの料理といえば、ソーセージとザワークラウトというのがほとんどで、アメリカや他のヨーロッパの国に言わせれば「ドイツの不味い料理、バリエーションの全然ない味気ない料理」の代名詞で、よくバカにするために「クラウト」は引き合いに出されます。

そんな感じで、ドイツのロックは最初バカにされてました。

「アイツらワンパターンなリズムを延々叩いて何が面白いんだろうね」

と、最初にCANを聴いて、いわゆるアメリカやイギリスのロックにあるようなアツさや激しさを求めていた人達は結構こんな感じで「ドイツのロック?大したことない。あんなのはキャベツの酢漬けだ」という、まぁレッテルだったんですが、世界は徐々にジャーマンロック特有のひんやりとした鋭い狂気、反復ビートが生み出す抗えないトランス感に侵食され、口々にこう言うようになります。

「クラウト(キャベツの酢漬け)美味いじゃないか!コレはヤバイ!ハマる!!いやむしろオレ朝晩クラウト食べねぇと落ち着かない!!!!」

と。

後半は冗談ですが、ともかくCANがデビューして、あちこちでライヴするようになってからというもの、それまで彼らを知らなかった人達の中で、中毒のようにヤラレるロック好きの若者が確実に増えたであろうことは間違いありません。




【収録曲】
1.Paperhouse
2.Mushroom
3.Oh Yeah
4.Halleluhwah
5.Aumgn
6.eking O.
7.Bring Me Coffee or Tea

で、そんなCANは「モンスター・ムービー」の後、映画音楽のアルバムをリリースし、勢いを付けてバンドの正式なフル・アルバムとしては2枚目の作品「タゴ・マゴ」をリリースします。

実はこのアルバムをリリースする前、ヴォーカリストのマルコム・ムーニーが精神を病んでしまって、バンドを脱退してしまいます。

マルコムは元々ヴォーカリストではなく、前衛芸術家(彫刻とパフォーマンス)です。

その音楽的には危うい領域を大胆に飛び抜けながらジリジリと緊張感を高めてゆくヴォーカルには、確かにいわゆるロックシンガーとは決定的な何かが違う、独自の個性と味わいがありました。

バンドにとっては非常に痛手であり、当然「フツーの音楽はやりたくない」CANのメンバー達は大いに悩んだと思います。

CANは早速、この素晴らしい表現力の持ち主の抜けた大きな穴を埋めるべく、オーディションを行いますが「上手く歌えてしまう」ため、ヴォーカリストはなかなか決まりません。

そんなある日、ミュンヘンの街で、CANのメンバー達は「コイツだ!!」と思う人物と出会います。

路上で満足に弾けないギターを掻き鳴らしながら、何語か分からない支離滅裂な言葉で唄い、奇妙キテレツなパフォーマンスを繰り広げるその東洋人は、世界各国を特にこれといった目的もなく、そ土地土地の金持ちや物好き達に衣食住の世話になりながら旅をしているヒッピーであると、CANのメンバー達に語りました。

「君はどこかで音楽教育を受けたことがあるのか?」

「いや、ないよ。勉強とかめんどくさいし」

「ミュージシャンとしてやっていこうと思ったことは?それとも何か絵画とか演劇とか、そういう表現活動で生計を立てようと思ってるの?」

「うぅ〜ん、どっちでもいい。旅しながら自由にやりたいだけだよ」

「ところで名前は?」

「鈴木ダメ夫」

「??」

「あー”ダメオ”が発音できないんだね、じゃあ”ダモ”ね、オレの名前はダモ鈴木。オーケー?」

「オーケー!君、俺達のバンドで歌ってくれ!」

「いいよー」


これがCANと「この人あり」と言われることになる天性のクラウトロッカー、ダモ鈴木との運命の出会いとなりました。

さて、ダモ鈴木という、自由で柔軟な感性と無限ともいえる表現の引き出しを持つパフォーマーを得たCANの楽曲は、粗削りでパンキッシュなカッコ良さに溢れた「モンスター・ムービー」からグッと進化しております。

相変わらずリズムマシーンのように正確なビート(変拍子ぶっこんでもマシーンっぽさが崩れないってまったくどんなリズム感だよ!)を刻むドラムにねじれまくったギターとキーボード、ヴァイオリンの音は、ロックバンドらしい起承転結と、どこに着地するか分からない即興演奏ならではの混沌の両方に磨きをかけ、世界の常識何するものぞとばかりに走って飛んで、歪んでうねっております。

で、その素晴らしいカオスに新ヴォーカルのダモ鈴木はどう対処しているかというと・・・。


まるでその混沌が「当たり前の音楽」とばかりに、声も節回しも変幻自在に変えながら、ロック、ファンク、エスニック、フリー・インプロヴィゼーションがくんずほぐれつで絡み合う楽曲で楽しみながら、爽やかに発狂しておるのです。

1曲目の「Paperhouse」なんか、結構マトモなバラードっぽい曲なんですよ。これ聴いて「え?カンって案外マトモじゃん、ちゃんとしたロックバンドじゃん」と思うのですが、3曲目の「Oh Yeah」辺りから日本語の歌詞(深過ぎて意味がわからん)で唄い、次の18分越えの「Halleluhwah」から一気にサイケな扉が開きます。

もうなんつうか、CANの場合はアヴァンギャルドで不穏きわまりないんですけど、それが嘘臭くならないし、大袈裟にも思えない。楽曲の中には「叫び」「逸脱」もふんだんに散りばめられているのに、何かポップで、至福のトリップ感が全体を覆っているのです。

ね、訳がわからないでしょう。まだ聴いたことない人はぜひCANを聴いてごらんなさい。



もっと訳がわからなくなって意味不明な多幸感に脳の髄までやられてしまいますから。



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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
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posted by サウンズパル at 21:31| Comment(0) | TrackBack(0) | ロック/ポップス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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