
Toots & The Maytals / Funky Kingston
(Island)
いやぁ夏ですねぇ
とか何とか言っておりますが、もうね、毎日暑くて「夏ですねぇ」ぐらいしか言うことがないのですよ。
気合いを入れて何かガッツリしたレビューを書かねばと、もう毎日毎日思っておりますが、いかんせん暑さで頭が回りません。こんな時はルーツ・レゲエと呼ばれる初期レゲエなんかをぼへ〜っと過ごすのが一番です。
レゲエといえば陽気で明るいジャマイカの音楽として、日本でも何度かブームが起こり、その都度多くのファン、特に刺激を求める若い人たちを虜にしてきました。
特に1990年代後半から2000年代といえば、握りこぶしみたいなガッコンガッコンなビートに激しく煽るヴォーカルがメインのダンスホール・レゲエが大流行しました。
そう、レゲエというのは楽しい時もそうでない時も、ジャマイカの人達の心を何となくウキウキさせて自然と腰を降らせ、体を揺さぶって踊らせる音楽でありました。
そういう意味でレゲエはアメリカのソウルやファンク、更にそこから進化して生まれたヒップホップと常にリンクしながら、ちょいと海を越えた所で”同じ先祖を持つ音楽”として共に刺激し合ってどんどん発展していったと言えるでしょう。
ジャマイカという国は、地図でいえばアメリカの右下にあるカリブ海に浮かぶ島国です。
色々と歴史があって、この国はアメリカが独立した後もイギリスの植民地。そして、住民のほとんどは、アフリカから奴隷として連れて来られた黒人の子孫でありました。
つまりアメリカの黒人とジャマイカの人達は、元々同じご先祖様を持ついわば同胞です。
カリブ海の島国には、こういった国がいくつもありますが、共に英語を公用語とする国同士、ジャマイカの人々はアメリカの文化には非常に感心を持っておりましたし、距離的に近いことから、アメリカで放送されていたラジオ番組が、何となくジャマイカで聴けちゃったりしたんですね。
40年代から50年代には、ジャズやジャンプ・ミュージックを聴いてた人達が「よし、じゃあ俺らも」と、サックスや管楽器を手にしてスカが生まれました。
同様にR&Bやソウルを聴いて、歌モノの音楽を作ろうぜと張り切っていた人達が、ロックステディというジャマイカの元祖ポップスを、その影響から生み出しました。
いずれも今のレゲエの大切なルーツになっている音楽です。
で、70年代には皆さんご存知のボブ・マーリィーが、ジャマイカの土着宗教(というか思想)であるラスタファリズムの色を強く押し出して(ドレッドヘアとかマリファナとか、あと政治的/宗教的な色合いの濃い歌詞とかですね)、その神がかりなパフォーマンスで世界中の、特にアメリカやイギリスのロック・ミュージシャン達に「うぉぉすげえ!ジャマイカのアレ何ていうの!?レゲエ??グレイトだぜ!」と大きな衝撃を与え、以後レゲエは単なるジャマイカの1ローカル音楽ではなくて、世界のポピュラー音楽になってゆくのでありますが、はい、皆さんここで思うでしょう
「じゃあボブ・マーリィーが出てくる前のレゲエはどんなだったの?」
と。
はい、そうなんですそうなんです、そうなんですよ。
レゲエという音楽は、確かにボブ・マーリィーという天才が世に広く知らしめましたが、ボブだって元々はウェイラーズというR&Bやソウルの影響モロなロックステディのヴォーカル・グループのシンガーとしてデビューしておりますし、ボブに影響を与えた偉大なレゲエ・ミュージシャンは世界が知らないだけでジャマイカにはたくさんおったわけです。
その中の一人が、トゥーツ・ヒバート率いる3人組”トゥーツ&ザ・メイタルズ”。1960年代のスカ/ロック・ステディの時代から活躍し、サム・クックやオーティス・レディング、そして俺達のジェイムス・ブラウンといったアメリカン・ソウルのエッセンスをロックステディに多く取り込みながら「独自の踊れるジャマイカンビート」にそのスピリッツを込めて”レゲエ”という音楽の基礎を作り上げた一人であります。
【収録曲】
1.Sit Right Down
2.Pomp and Pride
3.Louie, Louie
4.I Can't Believe
5.Redemption Song
6.Daddy's Home
7.Funky Kingston
8.It Was Written Down (
アタシもレゲエといえばボブ・マーリィーやその他ダブ系アーティスト、それからブジュ・バントンぐらいしか知らなかった時大先輩から
「これはいいよ、ジャマイカのジェイムス・ブラウンだよ」
とオススメされて知った人です。
ジャマイカ独自のダンスビートといえば、ん、ちゃ♪ ん、ちゃ♪ のゆったりした裏打ちビートです。
ギター、ドラム、ベース、そして天国のようなオルガンが大きくうねる心地良いグルーヴを回し、トゥーツの、まるでアメリカのソウル・シンガーのようなパワフルで不思議な慈愛に満ちた、まるでJBというよりオーティス・レディングのような、魂のシャウトがひたすら染みます。
1976年のアルバムですから、弟分のようなボブ・マーリィーも既にブレイクしてて、世間でも「あぁ、レゲエってこんな感じよね」というイメージが固まりつつあったこの時代に
「うん、そうだけどオレはこういうのが好きなんだよね♪」
と、初期レゲエの、あのソウルやR&Bを聴きまくってそのニュアンスをそのまんまレコードに刻んでいた人達独特の、もうレゲエとかジャマイカとかそういうもの通り越してひたすらに親しみ易い音楽愛に溢れているこのアルバムを聴くと、夏の暑いのとかそういうのどーでもよくなりますね。
タイトル曲の「ファンキー・キングストン」なんてもうモロJBのセックス・マシーンで、ソウル好きとしてもニヤニヤしちまいますよ♪
『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』
サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
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