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2017年07月31日

ジョン・コルトレーン クル・セ・ママ

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ジョン・コルトレーン/クル・セ・ママ
(Impulse!)


前回はコルトレーン、記念すべきImpulse!第一作目の『アフリカ/ブラス』をご紹介しましたが、皆様本日はアタシが思う「コルトレーン流のアフリカ」が、更にディープな領域に立ち入って見事炸裂した、うん、コルトレーンの作品の中でも一番”アフリカ”を感じさせるアルバム『クル・セ・ママ』をご紹介いたします。

はい、曲毎に録音の日付が違ったり、メンバーが入れ替わったりしておりますが、このアルバムの収録曲がレコーディングされたのはいずれも1965年です。

1965年って何?って言いますと、あのですね、コルトレーンがマッコイ、ギャリソン、エルヴィンと一緒にバンドを組んでから5年経ったということなんですよ。

その5年間でコルトレーンは「次、また次!」と、どんどん音楽的な変化を求めて、レコーディング毎にそれを何らかの形にしてきた。もうそのコルトレーンの”変化を求める気持ち”というのは凄まじいものです。

で、そういやオレは5年前にインパルスと契約した時に「アフリカ」って曲を吹き込んだ。でもまだオレはあの時点ではまだまだ一般的なジャズのやり方でしかアフリカを表現出来てなかったよな。あれからオレはアフリカ音楽も本気で勉強したし、思想も歴史も学んだし、カルテットのメンバーもあの頃と比べて腕を上げている。そうだ、もっぺんオレが思う”アフリカ”を曲にしてレコードに残したい。うん、だったらすぐにスタジオに入るぞ。

と、コルトレーンはまるで水泳で息継ぎをするように思考を巡らせてスタジオ入りしたことでありましょう。

コルトレーンが思いを巡らせて、コンセプトを更に煮詰めた”アフリカ”これを通常のカルテットで演奏すると、まだまだフツーのジャズになってしまう(や、あくまでコルトレーン基準の”普通”です)から、今回も助っ人が必要だ。

と、呼ばれたのが、アフリカン・パーカッション奏者で、当時ジャズ周辺ではアフリカンアメリカンの民俗活動家、詩人、または思想家として一部ミュージシャン達から尊敬されていた人なんだそうです。

ジェンベと呼ばれるアフリカではポピュラーな打楽器を叩きながら、アフリカの言葉と英語を織り交ぜたスピリチュアルな詩に節を付けて唄うそのスタイルを、コルトレーンはそのまま演奏の中心にして、どちらかといえば自分達カルテットはそこに混ぜてもらおうと、ルイスに作曲も依頼します。

これがタイトル曲の「クル・セ・ママ」。

レコーディングに当たっては、ルイスのパーカッション、エルヴィンのドラム、そしてこのセッションのために連れてきたフランク・バトラーのドラムスとパーカッションと3つの打楽器がリズムを強調。更にコルトレーンが個人的に気に入っていた若手サックス奏者のファラオ・サンダース(後に正式にグループに参加)のテナーと、カルテット初期の頃にヴィレッジ・ヴァンガードのライヴなどに招いて、バスクラやベースを吹いたり弾いたりしてもらい、民族っぽい雰囲気を醸し出すのに大貢献したドナルド・ギャレットも加えた8人編成で、この大作は演奏されております。

演奏の主導権を握るのは、完全にジュノ・ルイス。

彼のパーカッションが合図となって打楽器群のリズムが打ち鳴らされ、ベースがどんより響き、マッコイのピアノがまるでアフリカの竪琴のようにリフとも効果音とも言える美しい音を断片的に鳴らす。そしてコルトレーン、ファラオ、ギャレットが荘厳なテーマ・メロディーを合奏している中で、ルイスのアフリカ語の詩「クル・セ・ママ(母の讃歌)」が、静かに、そして徐々に熱を帯びながら語られて唄われる。

ファラオの”キュルキュルキュル!”という、ゴツいマシーンのエンジンブレーキみたいな独特のテナーの吹き鳴らしも、ギャレットの不穏に炸裂するバス・クラリネットも、これはもう完全に”ノれるジャズのソロ”じゃあないんです。

西洋音楽の調制や規律からは最初からアウトした感じの、もう完全に民族音楽のような、喩えれば人や動物の声に近いフレーズで、これが歌と呼応していて、本当に「あぁ、豊かな音楽だなぁ」と、何度聴いてもしみじみ思わせるんですね。

続いての「ヴィジル」は、うって変ってジャズマンとして、一人のテナー吹きとして、エルヴィンのドラムだけをバックに・・・というか、アドリブとアドリブの対等で激烈な一騎打ちで興奮させてくれます。

コルトレーンにとってエルヴィンは、かけがえのない”触発の素”でありました。

「バックでエルヴィンが叩いてくれたら、それだけで次々とアドリブが出てくるんだ」

と、誰彼構わずそう語り、エルヴィンを絶賛していたコルトレーンの気持ち、これ聴くとすごく分かります。バックがドラム(リズム)だけというのは、つまり他に和音やルート音を奏でる楽器がない分、自由にハチャメチャにやれる訳です。ここでのコルトレーン、フリー・ジャズとまではまだ行きませんが、凄まじく暴れています。エルヴィンも定型こそ崩してませんが、こんな自由なドラムったらないです。

そして「コルトレーンのスピリチュアル・バラードの極み」と、今や若い人達に愛されていて、カヴァーやリミックスなんかも多い「ウェルカム」。

これはカルテットでの演奏ですが、いわゆるジャズのバラード特有の、甘さとか、ムーディーな夜の雰囲気とかとは、何かこう全く別の世界ですね。

コルトレーンのテナーの音はふくよかで優しく、マッコイ以下バックの演奏はしっとりとまとまっています。けれどもその”まとまってる感”を何かが飛び越えて、もう精神世界と言うしかないところから音が鳴ってる。そんな曲です。



【パーソネル】

(@)
ジョン・コルトレーン(ts)
ファラオ・サンダース(ts)
ドナルド・ギャレット(b-cl,b)
マッコイ・タイナー(p)
ジミー・ギャリソン(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)
フランク・バトラー(ds,perc)
ジュノ・ルイス(perc,vo)

(A)
ジョン・コルトレーン(ts)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)

(B)
ジョン・コルトレーン(ts)
マッコイ・タイナー(p)
ジミー・ギャリソン(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)

1.クル・セ・ママ
2.ヴィジル
3.ウェルカム

実はサウンズパル店頭で『大コルトレーン祭』をしていた時、このアルバムがぶっちぎりで売れたアルバムだったんです。

「これは面白い!」

「カッコイイ!」

と、試聴して買ってくれたのは、いずれも若い音楽好き。

特に

「ジャズはメインで聴く訳じゃないけど、ジャズも好きですねー、カッコ良ければ何でもOK」

という方々に、あぁコルトレーンの音楽ってこうやって聴き継がれていくんだなぁ・・・と、激しく感動したことを今もしっかりとアタシは覚えております。

コルトレーンの音楽は、もちろんジャズとしてカッコイイんだけど、ジャズファン以外の音楽好きを巻き込む”何か”を、常に発してるんですよね。その”何か”とは何か?

うん、アタシも実はいまだによくわかんないんで、コルトレーンを飽きずに「あぁいいなぁ」「かっこいいなぁ」と思いながら聴くことが出来てます。





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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』


サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
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posted by サウンズパル at 19:27| Comment(0) | 大コルトレーン祭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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