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2017年08月05日

ローランド・カークのコルトレーンを聴け!

今年の『大コルトレーン祭』も、おかげさまで盛況です。

え?「ブログにダラダラ書いてるだけなのに盛況も何もないだろう」ですって?

いや、はい、まぁアタシ一人で盛り上がってもいるのですが、記事中に貼ってあるアマゾンの商品リンク、これでですね、コルトレーン買ってくれる人が去年よりいらっしゃるんですよ。

このリンクはいわゆるアフィリエイトといいまして、このリンクからアマゾンに飛んでお買いものをすれば、アタシの方に「これが売れたよー」と、通知が来る仕組みでありまして、そして誰かがこのブログ経由で買い物をしてくれたら(紹介しているものでなくても)、アタシにいくらかの小銭が入る仕組みになっております。

そのいくらかの小銭は、コツコツ貯めていつかお店を再開しようと目論んでおりますので、どうか皆さん、宜しくお願いします。

それはそうと、アタシが『大コルトレーン祭』をこうやってブログでやって、それをツイッターとかフェイスブックに「更新したよー」と投稿しますと、フォロワーさん達がリツイートしてくれたり、お気に入りしてくれたり、えぇ、それだけでも嬉しいんですが、与太文を読んでくださった上でコルトレーンについてのアツい想いを語ってくださる方々との会話、これが嬉しい。

で、コルトレーンが好きな方というのは、音楽や社会のことにとても真摯に目を向けて考察されている方が多いですよね。

コルトレーンの音楽も、彼自身の音楽やあらゆる出来事に対する真摯な姿勢から出来ております。そう考えるとやはりアタシは、この世の中にコルトレーンの音楽を紹介しつづけることで、真摯と誠実の種を蒔きたいな、いや、蒔かなきゃならないな、全然影響力のないただの田舎者ではありますが、それでもこのブログをきっかけにコルトレーンを知った人がいて、その人がコルトレーンの音楽と出会ったことがきっかけで、人生豊かにしてくれたり、周囲に良い影響を与えることが出来るとか、そういう風になったらきっと世の中平和ではないですか。

や、コルトレーンに限らず、良い音楽にはそういうユルく深い影響力が、政治とか宗教とかそういうものよりも全然あると思いますんで、えぇ、ブログ頑張ります!


というわけで今日の大コルトレーン祭なんですが、今日はちょいと趣向を変えまして

「コルトレーンの曲がこんなにカッコ良くカヴァーされてるよ♪」

というのをご紹介しましょう。

コルトレーンは、もちろんジャズの先輩達からも

「お、アイツやってるな」

と、一目置かれる存在でありましたが、それ以上に後輩達から「兄貴、兄貴」と(?)ものすごく慕われた人でありました。

性格的には一見寡黙でストイック、友達とワイワイやってると思ったら、サックス持って別室で黙々と練習して戻ってこないとか、そういう神秘的なカリスマを持っていると思いきや、プライベートで付き合う仲になると、案外子供みたいにカワイイところがあったり、実は抜けてる部分も結構あったり・・・(^^)

そんな人、慕われるでしょうね。

で、コルトレーンの周囲には、新しい音楽を作ってやろう!という熱情に燃えた、ちょっと変わった若者達が、60年代以降チラホラと出入りするようになります。

その中の一人がローランド・カーク↓


1.jpg

見た目バケモノですが、実際にバケモノです(汗)

カークはコルトレーンより10歳ぐらい年下ですが、コルトレーンがマイルス・バンドに加入したその頃に、19歳で才能を発揮してブイブイ言わせてましたから、どちらかというと同期みたいな気軽な間柄だったんですね。

カークは盲目というハンディキャップがありましたが、その分非常に勉強家でありました。

特にブルースやR&Bなど、ルーツ・ミュージックへの探究心が凄いカークとコルトレーンは若い頃から気が合って、よくツルんでたそうです。

1963年のある日、西海岸のクラブで演奏していたコルトレーン・カルテット。

その凄まじい演奏が盛り上がりに盛り上がり、客席も巻き込んで熱気ムンムンだったその時、客席にたまたまいたローランド・カークが何の前触れもなくステージに乱入。

コルトレーンもメンバーも

「お、カークやないけ♪」

と、喜んで熱演で迎えました。

コルトレーンが、この時の必殺技だった長い長い長いソロを繰り広げると、カークはニヤニヤして更に長い長い長い長いソロで応報。

しかも、カークのロング・ソロは、彼独特の循環呼吸という技を使っての、音がずーっと途切れない奏法です。

コルトレーンびっくりして、楽屋で

「おい、あんなすげぇノン・ブレスのソロ、お前どうやってんの?」

と訊いたところ

(きたよコルトレーンの”音楽質問攻め”)

と、ニヤリほくそ笑んだカーク

「あぁ、オレは目が見えねぇから生まれつきこういう特殊能力が備わってんのよ」

と答えて、二人とも大爆笑したと云います。

仲良しですね、2人とも実にカワイイ。

そんな仲良しの二人でしたが、レコードでの共演はついに行われませんでした。

60年代半ば以降、どんどん先鋭化してへヴィな方向へ突き進んだコルトレーンと、ソウルに接近し、よりポップで大衆音楽なものを指向したカークとでは、元から進むべき道は違っていたのかも知れません。

でもカークは己の内側の深いところを真摯に突き進むコルトレーンを尊敬しておりました。

そんなカークの、コルトレーンへのリスペクトが刻まれているレコードが『ヴォランティアード・スレイブリ』







コルトレーンが亡くなった翌年の1968年に出演したニューポート・ジャズ・フェスティヴバルでのライヴが後半に収録されているのですが、ここに「ア・トリビュート・トゥ・ジョン・コルトレーン」というトラックがありまして、これが

「ラッシュ・ライフ」
「アフロ・ブルー」
「ベッシーズ・ブルース」

という、コルトレーン初期から晩年までの愛奏曲のメドレーなんです。

これがもう名演!

バラードから始まって勇ましさの極みの「アフロ・ブルー」もう何ですかこれ、カークはソプラノ・サックスではなく、マンゼロ(サクセロ)という1920年代に少量生産された珍しい楽器で吹いております。

この音はソプラノと同じキーらしいですが、いわゆるソプラノ・サックスより何だか原始的な温かみのある音がしますね。強いて言うならモロッコの民俗音楽のジャジューカでベーベー吹かれるチャルメラみたいな、そういう土着っぽい響きあります。

こんなサウンドに、コルトレーンの民俗調マイナーワルツの名曲「アフロ・ブルー」がハマらない訳がありません。

コルトレーンが乗り移ったかのように、無心でバラバラバラー!と細切れフレーズを撃ちまくるカーク、ド肝を抜くほど凄いです。ピアニストのロン・バートンも、最初「誰?」と思いましたが、こちらにもマッコイが憑依しております。

コルトレーン者を自称しておきながらこんなこと言うのも何ですが、アタシはカークのこの演奏を聴いて

「あ、あ、アフロブルーって凄い曲じゃねぇか!ちくしょー、オレは今まで何聴いてたんだ!!」

と思って「ライヴ・アット・バードランド」を、大慌てで聴き直しました。ここだけの話ね(汗)

「アフロ・ブルー」が最高潮に盛り上がってエンディング、わーい。となってきたところに間髪を入れずにスウィングする「ベッシーズ・ブルース」の盛り上がりもまた凄いんですよ。カークといえばソウルやR&Bのカヴァーが大変に素晴らしく、そういう人だとばかり思っていたら、まさかのコルトレーン、しかも本人以上に本人っぽい魂の熱演にもう撃ち抜かれたままですが、コルトレーンもカークも、やっぱり根底に持っている”ブルース”で強烈に繋がってたんだなと思います。

彼らの”ブルース”は形式だけをなぞったものではなくて、もっともっと血の源流みたいなところまで行って吐き出してくるみたいな・・・上手くは言えませんが、もしかしたらこの60年代から70年代のジャズが、あぁ凄いカッコイイなと思えるその一番大事な要素、それが両者の持つ、お飾りじゃない奥底のブルース・負イーリングだと、アタシはしみじみ思います。

そうそう、このアルバムの”コルトレーン”は、後半のメドレーだけじゃなくて、実は前半スタジオ録音での「小さな願い(I Say A Little Prayer)」でも出てきます。

この曲は知る人ぞ知る有名なバカラック・ナンバーですね。でも、アドリブであの「至上の愛」が出てきます。何の前触れもなく、当たり前のようにバカラックの、ポップスの神様みたいな曲の中に、コルトレーンの、ポップスとは一番程遠いと思われてる曲を「え?ポップスだろ?」とぶっこんでくるカーク、やっぱりカッコええですもんね。







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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』


サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
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posted by サウンズパル at 10:06| Comment(0) | 大コルトレーン祭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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