2017年08月27日

ジョン・コルトレーン トランジション

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ジョン・コルトレーン/トランジション
(Impulse!)

ジョン・コルトレーンという人は、もちろんジャズを代表する偉大なミュージシャンでありますが、同時に「激動の60年代を象徴するアーティスト」と言われます。

紆余曲折を経て、1961年に、コルトレーン、マッコイ・タイナー、ジミー・ギャリソン、エルヴィン・ジョーンズの4人による”コルトレーン・カルテット”を結成。このバンドは、コルトレーンにとっては初めて自分が追究したい音楽を、個性とセンスに秀出た若いメンバー達と存分に追究することが出来た初めてのバンドでありますが、このバンドでもってコルトレーンが追究した音楽というのが、ジャズをより人間の根源に迫る迫力のある音楽に深化させたものであり、同時に彼らの内からマグマのように湧き出る喜怒哀楽の激しい感情を剥き出しの形で演奏に叩き付けたように感じさせるものでありました。

そんな彼らの激しく、聴く側にとっては何か激しく怒っているような、もしかしたら政治的宗教的なメッセージを発しているように思えるような演奏は、黒人公民権運動やベトナム戦争といった激しく激動する社会情勢とリンクして、特に変化を求める若者達からある種カリスマ的な人気を集めるに至ったのです。

言っときますがコルトレーン自身は政治や宗教、哲学に対する造詣は深く、読書量も並ならぬものがありましたが、政治や宗教に対する発言は非常に控えめです。ひとつひとつの事件についてはメッセージを発したり、楽曲を作ったりはしても、「世の中に物申す!」という極端なスタンスとは、終生静かに距離を置く姿勢を貫いておりました。

だからコルトレーンが、というよりは、彼の60年代以降の演奏が、同時代の人々の意識に語らずして深い共感を呼び起こしていたのでしょう。それは彼の死後、50年経った2017年の現代でも変わりません。

本日ご紹介するアルバム『トランジション』は、そんなコルトレーン・カルテット末期の、こと”感情の激しい動き”という意味では、これはもう最高峰に位置する名盤です。

録音は1965年。前回ご紹介した『ジョン・コルトレーン・カルテット・プレイズ』と同じく、カルテットの芸術の到達点を記録した『至上の愛』と、編成とジャズの定型フォーマットからの解放を試みた実験的な作品である『アセンション』との狭間の時期にレコーディングされたアルバムでありますが、神秘的な静寂が終始漂う『カルテット・プレイズ』とは対照的な、演奏の限界に挑んでいるかのような、カルテット作品中最も激しい演奏が聴けます。



【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts)
マッコイ・タイナー(p)
ジミー・ギャリソン(b)
エルヴィン・ジョーンズ)(ds,@B)
ロイ・ヘインズ(ds,A)

【収録曲】
1.トランジション
2.ディア・ロード
3.組曲(プレイヤー・アンド・メディテイション:デイ/ピース・アンド・アフター/プレイヤー・アンド・メディテイション:イブニング/アフェアーメイション)

(録音:1965年5月26日、1965年6月10日)





まぁ一曲目の「トランジション」からもう激しい激しい。

コルトレーンのテナーは長い長いソロを吹きまくり、そのアドリブは小節を経る毎にどんどん、定型を打ち破れとばかりにアツく激しく燃え上がっております。

もちろんカルテットの初期から、その前のエリック・ドルフィーが一時在籍していた頃から、コルトレーンのソロは過激で、長時間のアドリブの中でカッコよくスケール・アウトしていくスリリングな展開はたくさんあたのですが、この時期になるともう最初から意識的に「暴走してやる!」という意識がコルトレーンを支配していて、特にエルヴィンが叩く定型4ビートに挑みかかるようにリズムを外したフレーズで、しかもどう展開するか先が全く見えない大胆なフレーズ運びで、完全なカオスを生み出してるんですね。

そう、このアルバムで一番重要なのは、この曲と3曲目の組曲での、コルトレーンとエルヴィンとのエゴ丸出しのエグいほどの仁義なきバトルなんです。

あらゆるビートを同時に鳴らしながら、それを複合させてまるで別々のリズムが共鳴し合っているかのような独自性の強いエルヴィンのドラミング(ポリ・リズムと言います)は、コルトレーンにとっては当初最高に「自由」と「可能性」を感じさせるものであり、事実1960年から65年までは、この2人の”調制ギリギリのせめぎ合い”がカルテットの売りでした。

しかしもうコルトレーンは”調制は要らない!”と、自ら着地点や言葉のコミュニケーションを放棄したかのように、一人でどこか遠い世界を突っ走っております。エルヴィンやマッコイにとっては「おいおい、ボスはどうしちまったんだ。せめて合図ぐらいよこせよ、これじゃあ演奏にならねぇ!」と、憤慨すること甚だしかったことでしょう。ギャリソン?うん、彼は「あー、まぁ演奏中は色々あるんじゃね?知らんけどビールうめぇ」っていう鋼のメンタルの持ち主ですから、2人が脱退した後もバンドに残ることが出来ました。

エルヴィンのドラムは明らかに怒ってます。アンタを尊敬し、彼の音楽を愛し、ここまで一緒にやってきたのに、何でアンタはオレらの音に耳を貸さずに一人で突っ走ってしまうんだ!?と、シンバルの乱打やスネアのロールで、必死にリーダーに訴えているようでもあります。そんな状況でもありながら、カルテットのテンションは高く、演奏がこれまでになく凄まじく高いクオリティに達しているから余計に両者の溝の深さを、聴いてるこっちも手に汗を握りながら感じない訳にはいきません。

とにかくこの「トランジション」、カルテット崩壊寸前の、最後の完全燃焼を記録したアルバムとして、剥き出しのスリルが(今となっては)楽しめます。こと”演奏”という意味ではコレを最高傑作に挙げる人も多いのですが、その意見にはアタシも賛成です。

一曲だけ、ロイ・ヘインズがエルヴィンの代役でドラムを叩いた「ディア・ロード」という曲が入ってますが、この曲がもうコルトレーンのバラード演奏としては、これも別次元のような美しさで胸に迫るんです。あんなに激しい「トランジション」と「組曲」の間にこんな美しい演奏を入れるんだ。もうこの人達の間で”音楽”って一体どんな領域に達してたんだ・・・と、これも感嘆のため息とともに吐き出さざるを得ません。

で、こんなに凄いアルバムなんですが、実はコルトレーンは演奏の仕上がりに納得せず(恐らくもっとフリー・ジャズなことをやりたかった)、生前はオクラ入りにしていたんです。ようやく発売されたのが、死後何年か経ってから、コルトレーンにとって”新しいメンバー”だった奥さんのアリス・コルトレーンが「本人が納得していなかったとしても、コレは私の大好きだったあの素晴らしいバンドの一番凄い演奏だと思うから世に出すべきだわ」と、リリースを決意したといいます。





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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』


サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
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posted by サウンズパル at 19:30| Comment(0) | 大コルトレーン祭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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