
リー・コニッツ&トリオ・ミンサラー/ディープ・リー
(ENJA/SOLID)
夏の間は大コルトレーン祭をやっておりましたので、もうそれこそ耳に入れるサックスの音といったら、煮えたぎるような情熱で出来た硬質な音。
「お前、何で夏のクソ暑い時にそんなコルトレーンみたいな爽やか要素がひとつもないもんばっか聴いてるんだ」
と、心ある方々から結構マジなツッコミを頂くこともありますが、や、これはウチの宗派(大コルトレーン教)の教義でありまして・・・、と笑いながら返すと向こうも「そうか、それならしょうがないな」と笑って答えるのであります。
こういうのが平和って言うんですよね。えぇ、平和です。平和がいちばんよろしい。
そうやって、夏の間に目一杯カッカさせたりクラクラさせたりしておりますので、秋になると今度はクールな音楽で、良い感じに心身共に冷却です。
という訳で、アタシはコルトレーンの季節の後に、必ずリー・コニッツを集中して聴くようにしております。
この人が吹くアルト・サックスの音やフレーズ、ややふやけた脳みそをキリッと引き締めてくれる効果もあるし、同時にこわばった気持ちの部分を程よく溶かしてくれる、優しい効果も持っております。えぇ、独特といえば独特、ジャズの世界にこの人と似たような個性を持った人はいない、本当に不思議なカッコ良さを持っている人なんです。
リー・コニッツという人は、1940年代の末にデビューして、恐るべきことに89歳になった今も現役で活動しておりますが、彼の凄いのは「デビュー当時沸きに沸いていたビ・バップと、唯一そのクオリティと革新性で対抗出来ていたクール・ジャズ(詳しくはレニー・トリスターノの頁参照)、その中でアルト・サックス奏者として、当時のチャーリー・パーカーとライバル関係にあった」ということや、まだぺーぺーだった頃のマイルス・デイヴィスが彼のアドリブに惹かれ「どうやってんだ、教えてくれよ」と言ってきて、彼が教えたことのほとんどが、初期マイルスのあのクールで都会的なムードを生み出すのに役に立ったとか、その初期の活躍もなんですが、長い現役生活を続けるうちに、スタイルをどんどん進化させ、21世紀の今も
「あ、このサックスはとても新しい響きがある」
と、聴く人に思わせるところにあると思います。
もっといえば
「流行には一切迎合せず、ただ淡々と己の内側に進化を求めた結果、キャリアの中で一瞬も時代遅れになる音楽をすることがなかった」
ということになるでしょうか。
どんなに優れたミュージシャンでも時代の流れには勝てず、往年の輝きを失って失速したり、或いはロックやファンクなどの最新のサウンドを取り入れて、ある意味で華麗な転身を遂げて成功したり、そうやって「時代」というものに翻弄されて苦悩するものでありますが、コニッツはどの時代の演奏を聴いていても、そういった苦悩や変節とは全く無縁に思えます。
もちろん最初期の、トリスターノの愛弟子だった頃の、カミソリのような鋭いアルト・サックスの音色は、50年代半ばから徐々に丸みを帯びたウォームなものになっていきますし、60年代以降は作品によってフリージャズみたいなこともやったし、ちょいと座興で電気サックス(サックスにピックアップ付けてアンプに繋げたもの)を手にしたこともあるし軽めのボサ・ノヴァを吹いてるアルバムだってあります。
でも、そういうあれやこれやをやってみても、軸足はしっかりとアコースティックなジャズに置いてぶれないし、演奏スタイルも「即興」というものにストイックなまでの強い想いと「感情の高ぶりに流されない知性」というものを、一瞬たりともコニッツは失っておりません。
だからアタシはコニッツさんのアルバム、それこそ色んな年代のものを無節操に集めて聴いていますが、どのアルバムからも無駄のない芯の強さに彩られた美と、思考をジワジワと刺激し、別世界へと自然と誘ってくれる引力を感じます。
【パーソネル】
リー・コニッツ(as)
フローリアン・ウェーバー(p)
ジェフ・デンソン(b)
ジヴ・ラヴィッツ(ds)
【収録曲】
1.スリー・パート・スィート~インヴェンション
2.スリー・パート・スィート~コーラル
3.スリー・パート・スィート~カノン
4.ディープ・リー
5.星影のステラ
6.カクタス
7.アズ・ザ・スモーク・クリアーズ
8.W86th
9.シー・ザ・ワールド・フォー・ザ・ファースト・タイム
10.カラー
11.スパイダース
で、アタシはここ数日引き込まれるままに聴いているのが、2007年に録音されたこのアルバム。
「リー・コニッツと、ドイツの若手ピアノ・トリオが共演する」
という、発売前の宣伝文を見て何故か
「これは絶対に買わなきゃいけないやつだ」
と思いました。
1927年生まれのコニッツは、この時80歳。一方のミンサラーの3人は1976年と77年の生まれだから、この時30歳と31歳。
普通に考えて「大ベテランと彼をリスペクトする若手との、和やかなくつろぎに満ちた作品」に仕上がりそうなもんですが、こういうシチュエーションで絶対に、絶対にそんなぬるいことをやってくれないのがコニッツです。
果たしてその予感は当たり以上の大当たりでした。
コニッツの、厳しさを内に秘めた優しさとしなやかさ、そしてそれらに美しくまぶされた憂いの成分が薫り漂う、美しい音色のアルト。そこに恐らくはクラシックの基礎と、それに収まらない狂おしい衝動を持ったトリオ・ミンサラーの、完全に対等な、持てる全ての実力とリリシズムを遠慮なくぶつけてくる演奏。
どの曲も「コニッツのアルトとサポートするピアノトリオの好演」どころではありません。
コニッツが徹底して無駄を省いて厳しく再構築したアドリブの、幽玄の闇を漂うメロディーに、時に絡みつき、時にリードを丁寧に奪い、えも言えぬ静謐なハーモニーを、同じ歩調で生み出してゆくフローリアン・ウェーバーのピアノと、的確なリズムを付けていくだけじゃなくて、アルトとピアノの見事な即興同士の真剣勝負に自然と入り込み、どんどん”うた”を拡散させてゆくベースとドラム。
演奏はどの曲も切ない余韻をきらめかせながら、内へ内へと沈み込んでゆくような”クール”でありますが、だからこそやっぱり、コニッツを聴いた時にかならず胸に迫ってくる引き込みのヤバさが渦巻いております。これ、本当に素晴らしいです。
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