2018年01月29日

ザ・アルマナック・シンガーズ WHICH SIDE ARE YOU ON? THE BEST OF

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The Almanac Singers/Whitch Side Are You On? The Best Of
(Revola)

ジャズをガンガン聴いていたら、アコースティックのゴキゲンな音楽を聴きたくなってきましたという訳で本日はフォークです。

このブログでは度々フォークについて解説しておりますが、フォークというのは元々「民謡」「民族音楽」という意味を持つ言葉であります。

アコースティックギターやその他の楽器を使って、伝統的な音楽を演奏する。それがアメリカにおける元々の”フォークソング”の始まりなんですね。では、アメリカにはどんな民謡があって、どんな民族音楽があったのでしょうと言えば、これは主にアメリカ南部から中西部におったアフリカ系黒人やアイルランド系白人の人達が歌っておった伝承歌です。

はい、お気付きの方も多いと思うんですが、この中で黒人達が歌っていた音楽は後にブルースと呼ばれ、白人達が歌っておった音楽が後にカントリーと呼ばれるものに進化して行きます。

実は奴隷としてアメリカ大陸に連れて来られた黒人達の子孫と、アイルランドの貧困から逃れるためにアメリカにやってきたアイルランド移民というのは、極めて近い生活圏におりました。

カントリーの生まれ故郷として知られる中西部ケンタッキーやテネシーは、アパラチア山脈に面する炭鉱地帯として栄えました。

ここに労働者として働いていたのが、黒人やアイルランド系、そして少数のヒスパニック系の人達。

それぞれが移民であり、人種的な対立は多少あったかも分かりませんが、そんなことよりもそれぞれの生活の方が切実であります。同じ鉱山で働くうちに、交流も生まれ、特に大事な娯楽である音楽ではそれぞれの楽器や民謡を持ち寄って、或いは辛い炭鉱でのうさを晴らすための歌詞を作ってはそれに曲を付けて楽しんでおりました。

ここでアフリカ由来のバンジョーと、アイルランドからやってきたフィドル(ヴァイオリン)、ヒスパニック系のギターが出会い、それぞれが「お前んとこのその楽器いいなぁ」と、交換していくうちに、カントリーの原型である”ヒルビリー”が生まれました。

労働者というのは基本的に旅から旅の旅がらすであったりします。

黒人が炭鉱で覚えたフィドルを農村に持ち帰って演奏すれば人気者となり、白人が街でバンジョーを弾けば「珍しい楽器だなぁおい」と注目を浴びるのは必然。という訳でフィドルは南部のブルースバンドの初期形態とも言える”ストリングス・バンド”のソロ楽器に、バンジョーはカントリーの基本となるブルーグラスという音楽には欠かせないものになって、それぞれのコミュニティでその奏法は独自の進化を遂げてゆくことになるのです。

ちょいと余談めいた話に思われるかも知れませんが、アメリカの”フォーク”を語る時、このブルースとカントリー、それぞれの誕生にまつわるエピソードは避けて通れないところでありますのでご容赦を。

何故ならばまだ”バラッド”とか”トラディショナル”と呼ばれていた頃の初期ブルースと、ヒルビリー時代のカントリーには、全く同じ歌が共通して伝承されていたりするんですね。今もスタンダードとして色んな歌が歌い継がれてもおります。



(その集大成みたいなアルバムがコレですね、ボブ・ディランによるトラディショナル・ソング弾き語り盤)


原初のフォーク・ソングというのは、それぞれの民族に伝わる伝承歌であると同時に、そういった貧しい境遇に置かれた人達による生活の歌でありました。

アメリカにおいて、これらの音楽が広く注目を集めたのが、太平洋戦争の終った1940年代から50年代にかけてであります。

何故流行ったかといえば、大恐慌と呼ばれる世界的な経済の行き詰まりが大きな戦争を引き起こし、アメリカはそれに勝利したんです。結果として経済発展を遂げ、多くの中産階級が生まれたんですが、その流れに乗ることの出来なかった人達の生活というのは相変わらず苦しい。で、相変わらず苦しい人達というのが、戦争の前から底辺であえぐ移民や貧しい労働者、田舎で小作農をやっている人達だったりする。

この人達の”フォークソング”が、都会に住む中産階級の人達の目を、彼らが置かれた貧しい境遇に向かわせることになります。

この流れがそのまま50年代〜60年代のフォーク・リヴァイバル運動、そして公民権運動ともリンクして行くんですね。で、戦後のアメリカン・フォークには2人の重要な人物がおります。

それが、ウディ・ガスリーとピート・シーガーであります。

両方ともフォークの神様として知られますが、季節労働者として各地を放浪しながら歌い歩いたウディと、ニューヨークで民俗音楽の研究家として知られるアラン・ロマックスの許で実地研修を重ねてフォークソングというものを体系的に理解し、身に付けていったピート・シーガーは、出自や活動的は違えど、それぞれの立ち位置から、社会問題というものを何とかしたい。そのために歌を使って多くの人々に貧しい人達の現状を知ってもらうことが大切だということを、切実に考えておりました。

シーガーはそんな訳で、1941年に歌手であり、社会活動家であったリー・ヘイズと共に”アルマナック・シンガーズ”を結成しました。このグループは、トラディショナルなアメリカの伝承歌を演奏し、かつ世相を見事に反映した歌詞で「歌う新聞の社会面」とも言われるほどの影響力を発揮し、フォークソングの新時代を切り拓きます。

これに、アラン・ロマックスの仲介で放浪のシンガー、ウディ・ガスリーが加わったり、ブルースギタリストのジョッシュ・ホワイトなど、多岐に渡る才能が集って、批評精神に溢れた歌詞とは裏腹に、実に楽しくゴキゲンな音楽を奏でる生楽器バンドとして、アルマナック・シンガーズの輪は広がっていくんですね。て、こんな表現でいいのか。





【収録曲】
1.Ground Hog
2.Ride an Old Paint
3.Hard, Ain't It Hard
4.House of the Rising Sun
5.Babe O' Mine
6.State of Arkansas
7.Side by Side
8.Away, Rio
9.Blow the Man Down
10.Blow Ye Winds, Heigh Ho
11.Coast of High Barbary
12.Golden Vanity
13.Haul Away, Joe
14.Sinking of the Rueben James
15.Union Maid
16.Talking Union
17.All I Want
18.Get Thee Behind Me Satan
19.Song for Bridges
20.Which Side Are You On?
21.Dodger Song
22.Plow Under
23.Liza Jane
24.Deliver the Goods
25.Billy Boy
26.Belt-Line Girl
27.Ballad of October
28.Washington Breakdown
29.Round and Round Hitler's Grave
30.C for Conscription
31.Strange Death of John Doe


はい、彼らのベスト・アルバムを聴いてみましょうね。

歌詞は貧富の格差や反戦、政治家や資本家に対する辛辣でコミカルな批判、或いは「労働組合に入ろうぜ」みたいなものも多く、えぇ?政治的??と思われるかも知れませんが、彼らの場合はどちらかというと「俺達の主張を聴け!」みたいな強制的なものじゃなくて、あくまでゴキゲンな楽曲でもって、この世の過酷な現実を笑い飛ばしたり「まぁ色々あるけど俺達楽しく乗り越えて行こうや」みたいな、あっけらかんとしたポジティブさを感じます。

チャカチャカと景気よく飛び交うギターやバンジョー、マンドリン、アコーディオンの音に、陽気なコーラス、その雰囲気はとことん”祭り”です。日本で言うならこれは明治時代に流行った”ええじゃないか”みたいなもんだと思います。誰でも寄っておいで見ておいで♪っていうアレですね。

とにもかくにも、その音楽の中には、戦前から確かに息付くアメリカン・ルーツ・ミュージック独特の、土や草の匂い、たくましく生きる人々の屈託のない生命力みたいなものを感じます。ブルースやカントリー
或いは日本のフォークでも、とにかくどれか少しでも好きで聴いている人にとっては、あぁ、これが戦後フォーク・ミュージックの原点だなぁと、楽しく聴きながらしみじみと思えることうけあいです。

そいでもって、パンクの持つメッセージ性みたいなのに強く惹かれる諸兄には、これはポーグスやジョー・ストラマー先輩のルーツとして、純粋に軽快な音楽に秘められたアツいものを感じてもらえればと思います。うん、楽しいよ。




『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 19:23| Comment(0) | ロック/ポップス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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