2018年01月12日

レイ・ハラカミ Unrest

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rei harakami/unrest
(Rings)


当時はアタシもリリースされる新しい音楽や古い音楽を、ただ夢中で追っかけてすげーすげー言ってただけでしたが、今になって考えてみると1990年代というのは、新しい手法で作られる音楽も、伝統的な手法への回帰を高らかに謳う音楽も、皆「今のリアルな音」というのもを表現の芯の部分に持ちながら、それぞれのジャンルが試行錯誤と切磋琢磨の程良い緊張感に満ちていたと思います。

だから自分がハマって購入するジャンルというものはあっても、その周辺で、例えば仲の良い友達とかがハマッているジャンルの音も聴かせてもらっては刺激をもらうというのは、音楽を聴く上でごく当たり前のことだったんですね。

とりわけアタシの周囲は、テクノに強烈にハマッてる人が、どこに行っても一定数おりました。

テクノに関しては

「何かアレだろ?打ち込みの繰り返しリズムの上で、電子音がピコピコ言ってるようなやつだろ?」

ぐらいに思っておりましたが、友達から

「いや違うよ、コレ聴いてみろよ!」

と言って聴かされたものがいっぱいあって、その中で

「なるほど、これはちょっと並の感性じゃないかも知れない。つうかテクノとかどうとかじゃなくて普通にカッコイイ音楽として聴けるぞ」

と思ったアーティスト達の中から、エイフェックス・ツイン、スクエア・プッシャー、ケン・イシイの名前を覚えました。

これも今にして思えば、なのですが、80年代は音楽が中身の質の部分はとにかく、出来るだけ新しく、いろいろ出来る機材を導入して、最先端の音を作ろうという考えの元に、テクノロジーを使った音楽というものが、シーンの表舞台で華やかに鳴り響いていたような気がしますが、これが90年代に入ってくると、進化というものに留意しつつ、その中で「新しい音楽」を奏でるために敢えて最先端よりも個性を確立することを選ぶアーティストが、ぼちぼち表舞台にも出てきた時代だったのだと思います。

で、テクノ・シーンの話になるんですが、外から見たら単なる”無機質な打ち込み音楽”でしかなく、恐らく中で音楽を作ってる本人達も「あぁそれで結構だよ」という意識があったのかも知れません。

テクノやハウスといった音楽は、あくまでクラブ・カルチャーの中の現場でその音を浴びて踊る人達のための音楽という認識があり、世に出される作品というのは、アナログレコードにジャケットすらない白とか黒とかの愛想のないプロモ盤のようなものばかりであり、事実それらは「今度クラブでこういう音楽流すから」というアーティスト達の無言の意思表示でもありました。

ところが90年代以降、この流れに変化が起こります。

世界でも日本でも”実力派”と呼ばれる、ポップスでもクラブでもファンを持つシンガー達によって、テクノ出身のアーティスト達が作成したトラックが使われたり、また、シングルのカップリング曲でリミックスと呼ばれるDJの録音アレンジが施されたものが、ポップスファンにも普通に鑑賞されるようになり、徐々に「生音楽(って言うのか)と電子音楽」を隔てる壁が薄くなってくるという現象が常時あちこちで起こっていたんですね。

今日ご紹介するレイ・ハラカミという人なんですが、この人はそんな時代を代表する電子音楽家で、もしかしたらこの人が生み出した音楽こそが、そんな時代を先頭きって切り拓いていったのかも知れません。

電子音だけど非常に繊細で透明で、その抽象的な表現の中にしっとり切ない”歌”を持っている。

この人の音楽を一言で言い現わすとこんな感じになります。

テクノと呼ばれるジャンルの中でも、リズムに特化せず、メロディというよりも”音と音との響き合いの隙間”に浮かび上がるフレーズを軸に音楽を展開し、特種な浮遊感の中でそれを泳がせるような、いわゆるアンビエントな質感で出来た音楽のことを『エレクトロニカ』と呼びますが、この人はその分野の世界的なアーティストです。

1996年に、ケン・イシイの変名ユニット『Flare』に収録されているリミックスを手掛けたことによってデビューしましたが、この時既に独特の”間”のある心地良い電子音で個性を発揮して、テクノ界隈のみならず、日本のロックやポップスのミュージシャン達の間で「京都から凄い人が出てきた!」と話題になっていたようです。

レイ・ハラカミは、後に矢野顕子、くるり、UA、ナンバーガール、GREAT3などなど、J-POPの名だたるバンドやシンガー達から依頼を受け、プロデュースやバックトラックの作成、リミックスなどで多くの名曲名演奏を生み出すことになります。

そのバックトラックは、敢えて旧式のMIDI機材を中心としたシンプルなサウンドを、逆再生という非常に古典的な手法で使うというスタイルを軸にした、電子音なのにどこかぬくもりのある質感を大事にしたもので、加えて過度に音を詰め込まない、モコモコしたアナログな音質、主旋律のどんなメロディにも美しく絡むメロディアスなトラックなどが「これはもうテクノとかエレクトロニカとか言うよりも、21世紀のポピュラー音楽の主流になる音なんじゃないか?」と各方面で絶賛され、レイ・ハラカミという名は世界的にも稀代のトラックメイカーとして知られることになるんです。

残念ながら活動が絶頂にあった2011年に40歳の若さで急逝してしまうんですが、それでも彼が作り出した”最先端よりも遥かなもの”であるところの音楽は、時代によりかからない、孤高の優しさと深さに満ち溢れているんです。






【収録曲】
1.on
2.more elbow
3.dessert
4.wreck
5.rho
6.pass
7.vice versa
8.code
9.after bonus (bonus track of this reissue album)
10.objective contents
11.bioscope
12.unrest

個人的にはUAの『閃光』とか矢野顕子とのユニット"yanokami"とか、くるりの『ばらの花』のリミックスとか、J-POPのズバ抜けた名曲が多い人ですが、レイ・ハラカミのソロ名義でその原点のサウンドが聴けるのが、このファースト・アルバム『Unrest』です。

彼のアルバムの中では最も”テクノ”と言っていいかも知れないこのアルバムの音楽は、基本王道といっていいミニマルな打ち込みが主となっております。楽曲そのものはどれも抽象的で幻想的ですが、独自の、いや、ワン&オンリーといっていい、ヒュッと胸をかすめて消えてゆくようなペーソスがふんだんに盛り込まれた音の質感、これが繰り返し聴いているうちに、本当に意識の奥底にジワジワと染み込んで、そして時折思い出したように切なくさせてくれて、これがとてもいいんです。

よく日本人が作るこういったエレクトロニカな音楽は、禅とか俳句とかに喩えられたりしますし、確かにレイ・ハラカミの音楽が持つ独自の情緒とか、和の音階じゃないのに和な感じのするトラックは、そういう風に評価されてなるほどと思いますが、静謐でメロディアスだからといって、決して内側に小さく入り込んでいるだけじゃないんですね。どんなに哲学的でもその音が持つ可憐な明るさみたいなものは、確実に外に向かってると思います。

そういうところがポップスと上手く溶け合ったんですよね、というよりこの人は最初からポップスを作っていたのかも知れません、使った機材がたまたま電子機器だっただけで。










『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 18:53| Comment(0) | 日本のロック・ポップス・その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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