2018年06月05日

ブラインド・ブレイク Bahamian Songs

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Blind blake/Bahamian Songs


戦前ブルースが好きで、数少ない音盤を熱心に集めたことがある人なら、一度は『ブラインド・ブレイク問題』にブチ当たった事があるのではないかと思います。

ブラインド・ブレイクといえば、戦前アメリカで大活躍したブルースマン。





この人が戦前アメリカでどれだけズバ抜けたギター・テクニックの持ち主で、どれほどのオリジナリティのバケモノだったかという話は、以前から当ブログには書いておりますので、知らない方は上のリンク、もしくは右のサイドバーでブラインド・ブレイクを検索して読んでみてください。

そんな訳でブラインド・ブレイクの音楽をたくさん聴きたくて、とりあえず目に付いたCDは買うという事をやってましたが、ある日「大体ジャケットが一枚しかない写真(上記参照)のバリエーション」なこの人のアルバムには珍しい、バンジョーを持った人物の、割とオシャレな絵のジャケがあったんですね。

「おや?」と思いましたが「BLIND BLAKE」と買いてあるので、まぁ間違いなかろうと思って購入して聴いてみたら、あれ?何か、確かに戦前ブルースっぽいけど、何かこの人にしては珍しくジャグバンドっぽい感じにトロピカルな何かが加わったような音楽性だし、必殺超絶技巧ラグタイムが出て来ない、歌も独特のくぐもった甘めのヴォイスじゃなくて、もっと張りのある、まろやかな表情が豊かな感じ。

ん?ん?俺はブラインド・ブレイクを買ったつもりで、メンフィスかどこかのブルースマンのCDを間違えて買ってしまったのかな?でもこれいいなぁ、陽気なコーラスとかラテン・パーカッションとか入ってて、いやぁブラインド・ブレイクって、今まで聴いてきた音源ひゃもちろんゴキゲンだったけど、これは全く違うベクトルの、ハッキリと”陽”なゴキゲンさじゃないの。こういうラテン風味って、40年代にルイ・ジョーダンとかが大々的に取り入れて流行らせたんだけど、ブラインド・ブレイク凄いなぁ、その10年以上前に既にこんな感じで流行を先取りしてたんだ。つうかこのバンジョー上手いなぁ、パパ・チャーリー・ジャクソンかなぁ・・・。

とか何とか、まぁ”あのブラインド・ブレイク”とは全く違う音楽性でありながら、これはこれで凄くカッコイイから「あのブラインド・ブレイクの超初期か後期の、とにかく”いつもと違うことをやってる音源集”だ」と思ってたんです。まぁジャケットも何かいつもと様子が違いますから。


ほどなくして


「あのブラインド・ブレイクは、戦前ブルースのブラインド・ブレイクではない」

と、気付いたのは、レコード・コレクターズか何かの記事に


「バハマの伝説のシンガーでバンジョー奏者のブラインド・ブレイク」

という記述を見付けたからです。


おおぅ、ニセモノ・・・。

と、一瞬グラッとしましたが、音楽的にはこっちもホンモノです。加えて戦前アメリカ南部の”ブルース以前”を濃厚に感じさせるポップな音楽性に色を添えるラテンのリズムや各種ラテン楽器、バンド・サウンドの重要な”華”になっている見事なコーラス・ワーク、そして何よりも、ブラインド・ブレイク自身の、ルイ・アームストロングからガラガラの成分を少し抜いて、重ねられた年齢の渋さに裏付けされた力強さをプラスしたような声からジワリと滲む人生の悲喜こもごもは、決してニセモノではありません。

一瞬で気を取り直し、アタシは

「バハマにもこんなホンモノのブルースマンがいたんだなぁ」

と深く感動しました。


バハマはアメリカの南端、フロリダ半島のすぐ下にある島国です。

古くからこの地はアメリカ南部や東海岸の人々が気軽に遊びに来たり商売をしたり、他のカリブ諸国よりもアメリカとの付き合いは深く、その過程でこの地の元々の古謡のようなカリプソと、アメリカのブルースやバラッド、宗教音楽であるスピリチュアルなんかが自然と混ざり合って、独自のミクスチャー文化が早くから緩やかに花開いていたと。

アメリカとの交流がグッと深まったのは、1920年代の禁酒法の時代であります。

本国で製造や取引を禁止された酒類の取引はこの島で行われ、アメリカのマフィア達が作った一大アルコール・マーケットが出来上がり、人々の交流はいよいよ盛んなものになります。

当然盛り場も発展し、娯楽が求められるようになると、ここで現地のミュージシャン達が、当然の流れとして関わるようになってくるんですね。

ブラインド・ブレイクもそんなミュージシャンの一人で、本名はアルフォンス・ヒッグス(1915年生まれ)。

れつき盲目だった彼は若い頃からバンジョーを手にバハマ各地を巡業するミンストレル・ショウの一員として日銭を稼ぐ日々を送っておりましたが、やがて首都ナッソーで、アメリカ人がたくさん来る酒場やホテルのロビーなどで歌い、元々歌っていた古謡のカリプソを、徐々に彼ら好みの聴きやすくノリが掴みやすいものへとアレンジしながら芸を鍛えた結果、戦後50年代にはバハマを代表するシンガーとなっていったそうであります。

で、バハマにはトリニダードやジャマイカ産のカリプソとアメリカのR&Bを融合させた「グーンベイ」という独自の音楽がありますが、どうもその音楽の創始者はこのブラインド・ブレイクなんじゃないかと言われてもおります。






【収録曲】
1.Love, Love Alone
2.John B. Sail
3.Jones (Oh Jones)
4.JP Morgan
5.Consumptive Sara Jane
6.Yes, Yes, Yes
7.Never Interfere With Man and Wife
8.Gin and Coconut Water
9.The Cigar Song
10.Come See Jerusalem
11.Bahama Lullaby
12.My Pigeon Got Wild
13.Delia Gone
14.Tanneray
15.Loose Goat
16.Lord Got Tomatoes
17.Bellamena
18.Hold 'Im Joe
19.Go Down Emmanuel Road
20.Watermelon Spoilin' On the Vine
21.Oh Look Misery
22.Foolish Frog
23.Peas and Rice
24.Eighteen Hundred and Ninety One
25.Monkey Song
26.On a Tropical Isle
27.Goombay Drum
28.Better Be Safe Than Sorry



彼のスタイルは先にも言ったように、アメリカのバラッドと呼ばれるブルース以前のスタイルを軸にしたポップスがあると思ったら、キューバっぽいマイナー・チューンのラテン・ナンバーがあったり、ツッタカツッタカとリズムの激しいトリニダードのカリプソとはまた違ったのんびりした味わいのカリプソもあったり、実に多種多彩。

しかし、どんな音楽性であろうとも、その張りとユーモアとちょっとした悲哀が入り混じったフィーリング豊かな声と、どんなリズムでも巧みに表現するバンジョーの腕前でもって不思議な一貫性のあるサウンドとして聴かせてしまうんですね。この辺りがストリートや酒場なんかでずっと鍛えまくった、日本風にいえばプロの流しみたいな芯の強さを感じさせ、ますますのめりこんでしまう魅力に溢れています。

そんな彼の人気は50年代、バハマ本国にとどまらず、遠く(いや、近いけど)アメリカのピート・シーガーやジョニー・キャッシュ兄貴、ジョッシュ・ホワイトらに絶賛され、何と人気絶頂だった世界的なアイドル・バンド、ビーチボーイズにも楽曲がカヴァーされるなど、ブルースマンのブラインド・ブレイクに劣らぬ人気を獲得するに至りました(その後はやはりライ・クーダーが高く評価して、今もラテンやアメリカン・ルーツ・ミュージック好きの間での人気は衰えません)。

本日オススメで挙げたアルバムは、絶頂期だった1950年代初頭に率いていたバンド付きの音源集。

この後どんどんジャズ系のサウンドにも接近して、亡くなる1980年代までひたすら音楽性を拡げながら真摯に芸を磨いてきたホンモノのシンガーによる、基本中の基本とも言うべきスタイルで、ゴキゲンなバハマ・サウンドが楽しめます。

ちなみに戦前ブルースのブラインド・ブレイクはバハマにほど近いフロリダの生まれです。

もしかして戦前に交流があったか、アメリカで人気だったブレイクの名前をしれっと拝借したのかは永遠の謎ですが、もしかして交流があったのかなぁなんて考えながら古い時代に思いを馳せてみるのものなかなかに楽しいものでございます。













『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 18:46| Comment(0) | ラテン/ブラジル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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