2018年06月14日

ギロッポン あ

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ギロッポン/あ
(呑福盤印)


え、いや、マジで!?(泣)

という具合に、先日ご紹介したサウスブロウ10年ぶりの復活アルバム『STAIN』の記事への反響がとても大きくて暖かくて、アタシはこの数日涙もろくなっております。

今日もちょっと前半に思い出話をしますんで、すいませんが悪しからずお付き合いくださいね。

まずアタシは、今このパソコンをカタカタやってる場所の近くで、親父とサウンズパルというお店をやっておりました。

2006年頃からの急激な売り上げの落ち込みと、道路拡張による立ち退きが決定的となって一旦閉じてしまったんですが、幸いな事に島の本当に音楽が好きなお客さんに支えられて、お店が無くなってもCDやレコードの注文を頂きますし、ブログもこうやって書き続けることが出来ております。

若いお客さんには「いやぁ、色々教えてもらったよ」と言われたりするんですが、よくよく思い返してみれば、アタシはどっちかというと人にものを教えるのは苦手で「あ、この人とは音楽の話が出来そうだな」という人を見付けては声をかけ「これ、いいよ。一緒に聴こう♪」と、ただ遊んでいただけのような気がします。いや、多分きっとそうです。

そんなアタシと遊んでくれたみんなというのは、1999年から2011年までの中学生高校生、そして20代の若い人達だったんですけど、まぁ素晴らしかった。

何が素晴らしかったかというと、特にバンドとか音楽やってる人達は、アタシが「いいよ!」というのはもちろん聴いてくれて「いいね!」と言ってくれたりくれなかったり、それぞれグッとくる反応を貰ってたんですが、アタシが「いいよ!」という前に、この人達の中でしっかりと「自分はこれが好き!」というのが、確固としてある人達ばかりだったんです。

皆さんご存知のように奄美は田舎です。

でも、その田舎な街で、J-POPが好きな人もいれば海外のロックが好きな人もいる、レゲエ、ヒップホップ、テクノ、プログレ、ブルース、ジャズ・・・。音楽好きそれぞれが、全員「みんなが好きなもの」の方向を向く訳でなく、良い意味で好き勝手自分好みの音楽を探して、それととことん向き合っている、お店では毎日そんな素敵な光景を目にすることが出来ました。

そんな素敵な感性を持っている若い人達は、やっぱり人間としても非常に魅力的で、その言葉や所作、ファッションのちょっとした所に至るまで、確実に「自分なり」のポリシーが滲み出て、そういうところも「おぉ、カッコイイな」と思って見ておりました。

カッコイイ人は、やっぱり高校を卒業して都会に行ってもカッコ良くて、更にそのカッコ良さを磨いてるんです。

で”あの時”の高校生で最高にインパクトがあった人として、現ギロッポンのチンギス君がおります。

第一印象を一言で言えば

「もう本当に顔が怖かった」

と、言うことに尽きるでしょう。

や、イカツい若者は、それまでもいっぱいいたし、その頃もいっぱいいたんですよ。

でも、この人の顔は他の人とは何かが違う、奥行きのあるイカツさだった。

実際喋ってみると、好きな音楽も、言葉のひとつひとつもピシャッと筋が通っていて(高校生です)、年上にはとても礼儀正しく、後輩や女子供お年寄り、小動物には常に優しい笑みとソフトな対応を忘れずに、とっても優しかった。それが余計に”ホンモノ”っぽくて(高校生です)、この人がお店に現れるようになってから、アタシの日常には最高に心地良い緊張感が漂うようになりました。

音楽の話、もちろんたくさんしました。特に印象深いのは、当時若い人に人気だったいくつかのバンドのことについて語った時、「音」「歌詞」ということにしっかりとした軸を置いて、鋭く分析した的確な評をしていたことです。

アタシがちょいとピンとこないバンドでも、この人の言葉を思い出しながら聴くと結構納得してツボにハマれる事がよくあって、そこでアタシの音楽の幅も拡げてもらったこと、今でも感謝しかありません。

バンド活動もこの頃からやっていて、それは今ギロッポンでやっていることと、基本姿勢はほとんどというか全く変わっておりません。

ヘヴィな音を突き詰め、その突き詰めたサウンドをどう響かせるのか、突き詰めた先にどのような言葉を放てばいいのか、イカツい顔をますますイカツくしながらピュアに語る表情は、ミュージシャンというよりも修行僧、もっとわかりやすく言えば鎌倉時代とかの荒法師のそのストイックさをヒリヒリと感じさせる、実に哲学的な表情でありました(高校生です)。







【収録曲】
1.明けの鴎
2.或いは、赤く
3.歩けども-take2-
4.虚-take2-


チンギス君は、そんな鎌倉時代の荒法師フィロソフィーなオーラを纏いながら上京し、共に島から上ったドラマーのトム君と”ギロッポン”を結成。

えぇと、確かあれは2006年だったから、今年は結成12年目ですね。

メンバーチェンジを経て、現在は

チンギス(Vo,g)
マエカワラクニオ(b)
シゲちゃん!!!(ds)

の3ピースで、八王子を拠点に暴れております。

ちょくちょく「今、こんな感じでやってます!」と、デモ音源を送ってくれたり、帰省した時はその度に耳や顔に穴が増えてたり辮髪とかモヒカンになってたり、第一印象の「もう本当に顔が怖かった」を「もう本当に顔が怖い」の見事な現在進行形に進化した雄姿を見せてくれたんですが、アタシは分かりました。会う毎にサウンドをゴンゴンヘヴィなものにして、その歌詞をギリギリまで尖らせて優しく光らせてきたであろうことが。

去年音源を聴かせてもらって、そのヘヴィ極まりない音と、嘘みたいな調和で満たされた美しい言葉が凄まじい圧力で炸裂しているその曲に、もうアタシの胸はドキドキが止まらなかったんですが、その時「あぁ、ギロッポンは10年だよ。10年ずっとずっとひとつのアツいものと壊れそうなものを磨いて叩いて燃やして練って、ここまで音楽美しくしたんだな」と、これは何て言えばいいんでしょう、もちろん個人的にすごく知っている人の、これまでも昔の音源から最近のライヴ映像とかでずっと聴いてきて、その音楽のコアな部分はまったく変わってない、安直な「ハードコア」とか「ヘヴィネス」という言葉では決して語れない硬派なバンドということは十分に知っていたはずなんですが、ここへきていきなりギロッポンが「今まで知らなかったけど聴いたらヤバイぐらいに衝撃を受けた未知のバンド」みたいに感じられて、それはもう言葉では言えない高まりが、ヴォーカルの絶叫や耳をつんざくギターの轟音や、腹にクるベースの爆音や、重厚なドラムのリズムと共鳴して激しく踊り出して、で、今、彼らの初の全国流通となった4曲入りミニアルバム『あ』を聴きながら、そんな高まりを確信へと昇華させています。


今日もちょっと奄美のこととか、一人の友人としてのチンギス君のアツい話とか、クドクドしましたが、アタシが究極的に素晴らしいと思ったのは、音楽というのは徹底的に”個”に帰属するもので、アタシが知っているはずの”チンギス”という人と”ギロッポン”というバンドが、その音楽を10年かけて未知の領域まで来た事で、アタシは完全に個としてギロッポンの音楽に興奮したり感動したりすることが出来てそれが嬉しいです。


この『あ』の音源でPVが公開されている『歩けどもtake2』という曲があります(youtubeでも試聴できますのでぜひ聴いてください)。

行き場のない気持ちを抱えながら途方に暮れる訳ではなく”行き場がないことそのもののエネルギー”みたいなものが、思考しながら生きている人間には常にあって、そういった重たいといえばすごく重たいテーマを、小細工とか理屈とか一切こねくり回さずに、もがいたりのたうち回ったりしながら”音”として吐き出してるギロッポンはカッコイイんです。ギロッポンはカッコイイバンドなんです。


『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 23:02| Comment(0) | 日本のロック・ポップス・その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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