2019年01月30日

ティム・バックリィ グッバイ・アンド・ハロー

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ティム・バックリィ グッバイ・アンド・ハロー
(ワーナー・ミュージック)


私事で恐縮ですが、大分声フェチでございます。

で、どちらかといえば単純に綺麗な声というよりも、透明度も濁りも、高さも低さも、安定してそこにあるのではなく、いずれかの方向に特化した声や、或いは逆に声域の広さが表現の幅に直結して、澄み切っていると思ったら急に荒ぶって制御不能な感じになってしまう狂気の声も好きです。

声というものは、人間が使える唯一の打楽器以外の楽器だと思っています。

しかもそれは感情と引き剥がせないほど密着して結合していて、ある意味で歌い手のどうしようもない部分もさらけ出してしまう。

そこで聴く人は思う訳です

「この声をもっと聴きたい」

と。


特に最近は「歌」といえば「上手い/上手くない」ということばかりが話題になりますが、「上手い」と言われている無難で前向きで当たり障りのない表現を耳にすることもよくあります。

本来の人の声の持つ凄味からどんどん離れて行っている無難で当たり障りのない形容になってきているような気がしますが、それに文句を言ってもまぁ仕方のない事でありますので、せっせと古今東西関係なく、アタシは”声が凄い人”の歌が聴きたいなぁと思いながら音源を探しまくったり、ストックのCDやLPを聴き込もうと思います。

さて「声の凄さ」に惹かれてしまった場合、アタシは大体その歌手さんの中毒者になるんですが、今まで声だけで中毒にさせてくれた人といえばジャニス・ジョプリン、ブラインド・ウィリー・マクテル、ビリー・ホリデイ、遊佐未森、テキサス・アレクサンダー、カート・コバーン、アマリア・ロドリゲス、ジョニー・キャッシュ兄貴、フレッド・ニール、友川かずき、ニール・ヤング、浅川マキ、ロバート・ジョンソン、スキップ・ジェイムス、ハウリン・ウルフ、エディ・ヴェーダー、サム・クック、エタ・ジェイムス・・・ダメだ、やっぱり数えきれないのでこの話題避けて本題へ移ります(><)



はい、ティム・バックリィですねぇ。。。


この人はもう”声”の人です。

孤独の縁を漂うような低域、突如憑かれたように荒れ狂う高域、ハッキリ言って情緒のあらうい”ゆらぎ”そのものが人間の姿をして発しているような、どうしようもなさの化身のような声。

でも、その声には一種独特の儚い幽玄の美が宿り、ヒリヒリさせながらも聴く人の心を底なしの怖いぐらいの優しさで包み込んでしまう。


1960年代半ば、仲間達とフォーク・バンドを結成してプロデビューを目指しましたが、余にも彼の歌だけが際立っていたのでバンドではなくソロ・ミュージシャンとしてデビュー。

幻想的な歌声と呼応するような12弦ギターの繊細な響きは当時流行のフォーク・ミュージックの中でも個性を際立たせ、セールス的にも成功を収めましたが、彼はそもそもフォークの限られた表現に満足せず、サイケデリックやフリージャズ、ファンクなど徐々に様々な音楽的実験の深みにはまり、その革新的な成果とは裏腹にセールス的にはどんどん厳しくなり、デビューから9年後の1975年に薬物とアルコールの過剰摂取で29歳という若さで死去。

その後彼はアシッドフォークのヒーローとして、一部のファンから熱狂的に支持されておりましたが、80年代以降には彼の楽曲をカヴァーするロックバンドが出て来たり、90年代に息子のジェフ・バックリィが同じように歌手としてブレイクして、同じように若くして非業の死を遂げたこともあり、話題になりました。

それよりも何よりも、リアルタイムでは実験的過ぎてついていけないとか、難解だとか言われた彼の詩や音楽が、プログレッシブを通過して様々なジャンルの音楽の要素を取り入れたロックが当たり前になってきた90年代以降の時代に、ようやくありのまま「良いもの」として聴かれるようになってきたから、ちょいと昔の音楽も聴く若い洋楽好きにも「これはいいね」と聴かれるようになったんだと思います。

はい、その90年代に”若者”で、ティム・バックリィの音楽をフツーに「いいね!」と聴くようになったのはアタシだったりするんですが、最初に聴いた2枚のアルバムが、ひとつは初期のまだ純粋なフォークロックの感じが残ってるアルバムで、もうひとつは「狂気の名盤」と呼ばれた後期のフリージャズ/アヴァンギャルドな作風のアルバムでした。

正直な感想として「音楽的には随分違うことをやってるような気はするけど、それより何より歌がカッコよくて声に鷲掴みにされたからそんなの関係ない。つうかこの人の声ほんとやべぇ、入手できるもの全部集めたい!」と、そのまんま翌日には最寄りのレコード屋さんに走らせてしまうぐらいの強烈な説得力と、何か人を動かしてしまう力のようなものを感じて、はい、アタシはまんまとそれに憑かれてしまったんですね。ティム・バックリィのオリジナル・アルバムはその後数年のうちにほとんど入手してしまいました。





グッバイ・アンド・ハロー


【収録曲】
1.ノー・マン・キャン・ファインド・ザ・ウォー
2.カーニヴァル・ソング
3.プレザント・ストリート
4.幻覚
5.アイ・ネヴァー・アスクト・トゥ・ビー・ユア・マウンテン
6.ワンス・アイ・ワズ
7.ニ人の幻影
8.騎士
9.グッバイ・アンド・ハロー
10.モーニング・グローリー




その、最初に聴いたアルバムのうちの1枚が、本日紹介する『グッバイ・アンド・ハロー』です。


1967年リリースの、ティムのセカンド・アルバムで、編成は彼の声と12弦ギター、それにピアノ、ベース、ドラムスなどを中心にしたシンプルなアコースティック編成のフォークロックアルバム。


声の魅力は勿論圧倒的です。

そして本作でもうひとつ特筆すべきは、彼の作る楽曲にもあります。

この時代のフォークといえば、白人ヒルビリー(フォーク以前のバラッドと呼ばれる、ブルースとも楽曲を多く共有する音楽)の影響が濃厚な、乾いた土の香りがするものが多く、それが60年代のルーツ・ミュージックを愛好する若者に大いに受けていたのですが、彼の場合はそんなルーツ回帰とはまた別の、もっともっと深い、魂の根源のようなものを感じさせる、ヨーロッパの古い民謡のような趣のある楽曲が想像を刺激します。

『幻覚』『ワンス・アイ・ワズ』『モーニング・グローリー』など、後にライヴでも定番になる、優しさと幽玄が入り混じった、悲しく錯綜した世界観を持つ曲のヒリヒリした感触はやはり素晴らしい以上の言葉が出て来ません。












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posted by サウンズパル at 21:22| Comment(0) | ロック/ポップス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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