2019年06月16日

ヒアズ・リトル・リチャード!

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リトル・リチャード/Here's Little Richard!
(Specialty)


さて、今日も元気にまいりましょう!

・・・はい、とは言いつつもアタシは絶賛夏バテ中のカラ元気なんですが、病は気からと昔から言うように、せめて気持ちぐらいは毎日ゴキゲンなグッドミュージックを聴いて盛り上げたいものでございますよ。

という訳で、昨日はまったりとダウナーなボサ・ノヴァの名盤などをご紹介しましたが、今日はアレですよ〜、皆さん大好きなロックンロールですよ〜♪リトル・リチャードですよぉ〜♪

リトル・リチャードといえば何と言ってもその単純明快なカッコ良さとド迫力に満ちたシャウトであります。

ロックンロールといえば、よく並び称されるのがチャック・ベリーでありますが、チャックの場合はヴォーカルはそんなシャウトせず、あくまで甘くスタイリッシュにキメてるのに対して、リチャードのそれは

「とりあえず元々持ってるセンスの良さとかオシャレさとか、音楽的な知識とか、そんなもん全部投げ捨てて叫ぶ」

みたいな。

「まー、みんなよく聴きなさい、ほれ、そこの音楽とかあんま知らん、興味とかない、別にどーでもいいというアンタ、そんなアンタでも・・・いぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええい!!」

で、どんな気分の人をも巻き込んでノリノリにさせちゃう、そういう有無を言わさぬ強烈なもんを持っておるのがリトル・リチャードなんです。


アタシが中学とか高校の頃も、よく50年代のロックンロールとかロカビリーとかのCDをみんなで聴いてた時、80年代とか90年代の、音数が多くてギターとかもガンガンエフェクターかけて歪ませたような音に慣れた耳には、正直チャック・ベリーなんかよくわからんみたいな声が圧倒的だったんですが、リトル・リチャードに関しては、音楽性とかサウンド云々以前に

「コイツの歌ヤバイ」

「いきなり裏声で”フォォォ!!”とか叫んで頭狂っとる」

とか、訳も分からず「何かヤバイぞコイツは!!」という反応が結構ありましたし、アタシもこの年代の音楽では珍しく、リトル・リチャードだけは「最初から良さがガツンときたアーティスト」でありました。

とかくブルースとか、50年代や60年代の古い音楽というものに、アタシ達は意味とか深い何かを求めがちです。

でも、その当時の人にしてみれば、その時代の音楽こそ、小難しい意味だとかうんちくだとかそんなものを忘れて、バカみたいに踊り狂うためにあるもの。そんなだよ、そんなだぜべいべーイイェェェェエエエエエエエイ!!と、リトル・リチャードはその前しか向いていない、もしくは手前の頭上にしかツバを吐かない豪快かつキョーレツなシャウトでもって、アタシの頭をガツンガツンとやってくれるのであります。


ロックはよく「若者のフラストレーションの発露」と評される事があり、アタシもその言葉の信奉者であります。

たとえばヴォーカルのシャウトやエレキギターのやかましいジャンジャカギュンギュンも、端的に言えばそれであります。そして、ロックの元祖、ロックンロールの生みの親であるリトル・リチャードのシャウトというのは、もしかしたら「社会的フラストレーションに対して一番最初に挙げられた”叫び”の純化されたもの」であったのだろうと、いや、細かく言えばブルースの時代からそれはあるのかと思いますが、そう思わせるだけの徹底ぶりが、この人の唱法には感じられてならないのです。

アメリカ南部の厳格なクリスチャンの家庭に生まれながら、いや、だからこそその反動で非行に走り、かつ同性愛者であったことから家におれなくなって10代で家を飛び出して、最初メディスン・ショウの旅芸人一座に潜り込み、やがて聖歌隊で鍛えられた歌とピアノの腕前を活かして安酒場で演奏する日々。

何と16歳でラジオ番組のオーディションに合格し、レコードデビューを果たすも、当時流行のジャンプ・ブルースの”ありきたり”を脱することが出来ず、再び夜の街へ。

これだけでもう相当に屈折したエネルギーの有り余る若者の、ドラマチックなストーリーですが、リトル・リチャードの凄いところは、レコード・デビューが一度挫折してからの立ち直りの早さなのですよ。


Here's Little Richard

【収録曲】
1.Tutti-Frutti
2.True, Fine Mama
3.Can't Believe You Wanna Leave
4.Ready Teddy
5.Baby
6.Slippin' And Slidin'
7.Long Tall Sally
8.Miss Ann
9.Oh Why?
10.Rip It Up
11.Jenny, Jenny
12.She's Got It



1955年、23歳になったリチャードは、昼間はレストランで皿洗いのアルバイト、夜は女装バーで接客の仕事をしながら虎視眈々と次のチャンスを狙っておりました。

そんな時に飛び込んできたのは、彼がデモテープを送ったいくつかのメジャー・レーベルのうちのひとつ”スペシャリティ”が「ニューオーリンズでレコーディングをやらないか?」と声をかけてきます。

「きゃー!やったわ!レコーディングしてアタシ今度こそスターになるのよーーーー!!」

と、喜び勇んでニューオーリンズへと向かったリチャードでしたが、レーベル側の「これまでにないような新しいR&B」というリクエストに行き詰まり、作業はなかなかはかどりません。

あんまりにもイラついたリチャードは、スタッフやメンバーに当たり散らしたり、悪態をついて馬鹿にした歌を歌ったりしておったんですが、この時に「ラッパパルバ〜ドゥ・ワッパッパー」という意味不明な歌を、プロデューサーが

「それいいじゃないか!!」

と気に入り、気に入られたリチャードも

「ホント?やだアタシったら天才!!」

と一気に上機嫌になり

「そうだ、ここはニューオーリンズだから、ニューオーリンズのこの独特の転がるようなリズムとジャンプ・ブルースの激しいノリを組み合わせたらオシャレなのが出来るんじゃないの?やだアタシったら天才!!」

と、次々曲を思い付き、これがオシャレで野性的なノリを持つ新しい音楽「ロックンロール」が、名付けられる前の原石のような素晴らしいものとして、レコード盤に刻み付けられたのです。

アップテンポのシャッフルビートに「エェェェェエエエエ!」「アォウッ!」というクレイジーなシャウトと、叩き付けるピアノの3連譜が重なれば、もう石をも踊り出すってなもんで、その理屈抜きに激しくアッパーなサウンドは、あっという間に全米を席捲。チャック・ベリーやボ・ディドリーなどの「新時代ブルース・サウンド」や、黒人音楽に強く影響を受けたエルヴィス・プレスリーやジェリー・リー・ルイスら南部の白人勢が合流、50年代半ばから人種の壁を始めて越えた若者共通の流行であるロックンロールが世界中を揺るがすこととなるのであります。

ひゃー、それにしてもリトル・リチャードのシャウトは凄いですねぇ。ブームから半世紀以上経っても未だに生々しいライヴ感があるんですけど何ですかコレ・・・。









『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 22:22| Comment(0) | ソウル、ファンク、R&B | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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