2019年11月11日

ブルー・ミッチェル ブルース・ムーズ

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ブルー・ミッチェル/ブルース・ムーズ
(Riverside/ユニバーサル)

ケニー・ドーハムをずっと聴いておりましたらすっかり何年ぶりかのケニー・ドーハム・ムーヴメントが来てしまい、毎日が至福です。

で、今日もケニー・ドーハムといきたかったのですが、ちょいとごめんなすって今興奮気味ですので、少し頭を冷やすために「こんな素晴らしいジャズ・トランペットのアルバムもある」という意味で、知られざる味わいのトランぺッターを皆さんにご紹介したいと思います。

とはいっても、今日皆さんにご紹介するアルバムは、実はジャズファン、トランペット好きの間では有名なアルバムです。

これまた強烈なインパクトがあるとか、ジャズ名盤特集みたいなので必ず取り上げられるとかそんなんじゃなくて、存在自体は多分B級なんですが、ジャズが好きで色々と聴いている人が「トランペットだったらコレがいいんだよ〜」と何故か取り出す確率はかなり高く、そしてそれを見た他のジャズ好きが「アンタもか!?いや、実は私も好きなんだよ。これはいいよね〜」となる確率はもっと高い。

そう、これこそが「知名度とか歴史的重要性とかはどうでもよくて、とにかく内容が良いからみんなが”これいいよね”ってなれるアルバム」であり、ある意味そういうのこそが名盤と言えるんじゃないか?とアタシは思う、何というかジャズの良心の部分を凝縮してパッケージしたような、ジャズ好きのジャズ好きによる、ジャズを愛する心の一番深いところにす〜んと届いていつまでも鳴り響くエヴァーグリーンのよきムードに溢れた作品なんです。

はい、ブルー・ミッチェルの『ブルーズ・ムーズ』でありますねぇ。

ブルー・ミッチェルという人は、前回ご紹介したケニー・ドーハムと比べてもなかなかにジャズの世界では地味な存在の人ではあります。

1930年フロリダ生まれ。高校時代にトランペットを始め、卒業後はR&Bの楽団に入ってホーン・セクションのアンサンブル要因としてのキャリアをスタートさせ、ドサ回りに明け暮れますが、やがてキャノンボール・アダレイに認められ、1958年にアダレイのリーダー作『ポートレイト・オブ・キャノンボール』に参加して、その年のうちにはもうリーダー作『ビッグ6』をレコーディングします。

ミッチェルという人は、元々がR&B畑の出身で、バリバリの超絶テクニックはありませんが、その明るく素直な音色から滲むブルース・フィーリングや独自のファンキーなノリがなかなかに個性的だった人で、そのファンキーな持ち味を好むキャノンボールやホレス・シルヴァーといった大物達のバックアップを得て、50年代後半から60年代にかけて「これぞファンキー!これぞハードバップ!」という味のある作品を、RiversideやBLUENOTEといったファンキー好みなレーベルに、コンスタントに録音して行くんですね。

で『ブルーズ・ムーズ』なんですが、コレはそんなコンスタントな録音の中の、ミッチェルにとっては「通常営業な1枚」だったんです。

リリースされた60年から、恐らく彼が亡くなった77年以降しばらくも、このアルバムは特にバカ売れした訳でもなく

「ブルー・ミッチェル?あぁ地味だけどファンキーでなかなか味のある良いトランぺッターだよね」

ぐらいの評価の中に、長年埋もれていたアルバムであったと思います。


ところが根強い人気はじわじわと長い年月をかけて広がり、90年代後半ぐらいの時期には「これは隠れ名盤だぞ」という評価がぼちぼち出てきました。

そういう評価が出てから、往年のジャズファンの間で「そうだろ?オレもそう思ってたんだよ!」という声が挙がるようになりました。そして、もう名盤とかモダン・ジャズとかフュージョンとかそういうスタイルは関係ない若い世代の人達の間で

「いや、フツーにいいっすよコレ」

と見直され、今やネットを開いて検索すると、普通に名盤としての評価を不動のものにしている。

そんな感じがいたします。

あの〜、ブルー・ミッチェルはですね、実は70年代に多くのマイナー・レーベルに残したジャズ・ファンクなアルバムが結構良くてですね。この辺のアルバムが(しつこいようですが良いんですよ)90年代のレア・グルーヴ・ブームで正当に評価されて、アタシら世代(今の40代前半から30代後半)の中で”ブルー・ミッチェル”という名前の知名度がある程度浸透したことも、その前のハード・バップ時代のミッチェルの再評価に繋がってると思うんですが、そこんところはどうなんでしょ?まぁいいか。



ブルーズ・ムーズ


【パーソネル】
ブルー・ミッチェル(tp)
ウィントン・ケリー(p)
サム・ジョーンズ(b)
ロイ・ブルックス(ds)

【収録曲】
1.I'll Close My Eyes
2.Avars
3.Scrapple From The Apple
4.Kinda Vague
5.Sir John
6.When I Fall In Love
7.Sweet Pumpkin
8.I Wish I Knew

(録音:1960年8月24日、25日)

個人的にミッチェルは「遅れてきたハードバッパー」だと思います。

現に活動が軌道に乗り始めた1950年代末の頃といえば、同じトランペッターであるマイルス・デイヴィスが、アルバム『カインド・オブ・ブルー』をリリースし、このアルバムがより高度で複雑な理論を用いた”モード”という新しいスタイルのジャズを定義し、続く若手トランぺッター達も、この流れに乗り遅れるまいと、次々と斬新なコンセプトの演奏に取り組み、方やより新しい”ファンキー”を開拓すべく、8ビートや16ビート、つまりより踊れてよりコマーシャルなスタイルのジャズへと一気になだれ込みました。

それまでのR&Bで培ったスタイルでもってハードバップの世界へ乗り込んだミッチェルは、後にジャズファンク路線で本領を発揮しますが、この時点ではまだまだ純粋にハードバップスタイルで勝負せざるを得ない状況でありました。

丁度、その『カインド・オブ・ブルー』のセッションを最後に、マイルスのグループを「新しいスタイルには適さない」という理由でクビになったピアニストのウィントン・ケリーを伴って、1960年の8月に、ミッチェルはワン・ホーンの作品を録音すべく、リヴァーサイドのスタジオに入ります。


このアルバムこそが、実に素直なプレイとサウンドによって、ジャズの、50年代ハードバップの”粋”をありのまま刻んだ素晴らしいアルバムとなって、リリースから50年以上経った時代にも「これは良いね」と語り継がれる名盤となりました。

まずは冒頭の『アイル・クロール・マイ・アイズ』です。

タイトルからしてバラードかと思いきや、軽快なミディアム・テンポに乗ったミッチェルの曇りのない音色に微かな哀愁が滲むトランペットの音、続くケリーの何ともハッピーにスウィングするピアノとが見事なコントラストを描き、理想的な「素直なメロディを最高の演奏で楽しめるジャズの醍醐味」が味わえます。

あぁ、これは曲のメロディが素直で親しみやすいだけに、何度聴いても飽きませんねぇ。最初にテーマと軽いソロを吹いたミッチェルからケリーのピアノ・ソロが終わってから再びソロで登場するミッチェルのアドリブの、何と朗々として歌心に溢れていることか。弾力のあるトーンのサム・ジョーンズのベース、小粋で弾むリズムのロイ・ブルックスのドラムと共に、誰一人無理せず無駄ない演奏が平等に響き合って実に良い雰囲気です。

続く『エイヴァーズ』は、ややダークな曲調ですが、繊細な吹きっぷりの中に深いブルースを感じさせるトランペットがとても良い。アップテンポの『スクラップル・フロム・ザ・アップル』も、アドリブは凝ったテクニックに走らず、サラッと吹き切る姿に好感度はグッと上がりますし、バラードの『ホエン・アイ・フォール・イン・ラヴ』も、敢えてハリのあるトランペットらしい明快なトーンが爽やかな愛の告白という感じでありますが、目玉はやはりミッチェル、ケリー、サム・ジョーンズそれぞれの”ブルース心”の深さが滲み出る『キンダ・ヴァーグ』。これは単調なリフの繰り返しとシンプルなアドリブが時間をかけてジワジワきます。ケリーのプレイが噛めば噛むほど味の出るするめみたいなアーシーぶりでとてもよろしいです。


ミッチェルは派手なプレイヤーじゃなくて、ケニー・ドーハムみたいに「実はバリバリ上手いし個性の塊」みたいな底無しの味わいに凄味がある訳でもないです。どちらかといえばテクニックやフィーリングは一旦置いて、その素直な、やや線の細い音色にそこはかと滲む哀愁と、アドリブにおけるメロディーが素直に歌ってる快感をジワッと楽しませてくれる気さくなキャラクターのトランぺッターであります。こういう人の演奏って、最初はそれほどとは思えなくても、一度「お、いいかも」と思ったらそこからがずっと飽きることなく味わえるんですよね。












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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/

posted by サウンズパル at 22:35| Comment(0) | ジャズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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