2020年04月19日

モダン・ジャズ・カルテット ジャンゴ

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モダン・ジャズ・カルテット/ジャンゴ
(Prestige/ユニバーサル)


「モダン・ジャズ」という言葉が生まれたのは、1950年代と言われております。

ジャズという音楽は元々はニューオーリンズでダンス・ミュージックとして誕生し、それがやがてシカゴやニューヨークといった大都会のクラブでゴージャスなビッグバンドスタイルで演奏されるようになって最初の全盛期を迎えた訳です。

ところが物事には必ず栄枯盛衰というものがあり、流行りがあれば廃れがあります。

1930年代から40年代にかけて人気を博したビッグバンドも、第二次世界大戦を主とする様々な時代の流れをモロに受け、たくさんあってしのぎを削ったビッグバンドも、徐々に食えないグループが多くなり、デューク・エリントンやカウント・ベイシー、ベニー・グッドマンなど一部の人気バンドを除いて解散や規模縮小などの憂き目を見ることになりました。

ところが、だからと言ってジャズという音楽の人気が廃れたわけじゃあない。特に若くてカネのないミュージシャン達は

「おぅ、だったらオレらは少人数で演奏出来て、ギャラもツアー代も安上がりなコンボ組むべ」

となった訳です。

これは前にも書きましたが、ビッグバンドと小人数のコンボでは、どうしても物理的な音の迫力というものが違います。

スウィング・ジャズのリズムや奏法で演奏しても、ただ人数が違うだけでほとんどの演奏が「なんかしょぼく」聞こえてしまうという致命的欠陥がありました。

そこで若手達は考えました。

「じゃあさ、ビッグバンドの迫力に負けないものを考えなきゃね!そうだ、リズムやコード進行をもっと複雑にして、その上でめちゃくちゃ速くて目立つソロ吹けばいいんじゃね?そしたら音の迫力ではビッグバンドに勝てないかも知れないけど、演奏の迫力ではもしかしたら勝てるかも知れないじゃん?で、人数少ないからソロ吹くやつが目立つじゃん?一石二鳥じゃん!」

と。

そんなこんなでコード進行をすっげぇ複雑にして、リズムも細分化して加速を加え、単純にソロを吹いたり弾いたりする時の難易度がグッと上がったビ・バップという音楽が生まれました。

ビ・バップは過激でクール(かっこいい)で新しいものを好む若者達に熱狂的に支持され、40年代末から50年代初頭のアメリカのジャズ・シーンの勢力図を一変に塗り替えるほど、その人気は盛り上がりました。

まずはビ・バップが「それまでにない新しいジャズ」という意味でもって「モダン・ジャズ」と言われるようになったんです。

ビ・バップはカッコイイ、ビ・バップは新しい、ビ・バップはクールだ、ビ・バップはヒップ。

そんな声が巷で行き交っている最中に、そのビ・バップのムーヴメントを盛り上げていたジャズマン達の中には

「でもよぉ、ただ速くして盛り上げておしまいって何かつまんなくね?俺達せっかくジャズをここまで変えたんだから、もっと変えてった方がヒップなんじゃね?」

と、思った連中がおりました。

代表的なのが、チャーリー・パーカーのサイドマンを務めていたマイルス・デイヴィス。

この人は「ガヤガヤうるさいクラブで、パーカーが凄いソロ吹くだけでわーわー言って盛り上がりやがるんだ。そりゃあパーカーは凄いよ。でもあの人が吹いてない時の客どもときたらおしゃべりに夢中で音楽なんて聴いちゃいねぇ。だからジャズはもっと”聴かれる音楽”であるべきだとオレは思うんだ。西海岸の連中がうらやましいよ。」

と、ビ・バップの熱狂的な盛り上がりを単なるバカ騒ぎみたいなもんだと苦々しく思いながら、バップとは真逆の厳しい表現のレニー・トリスターノ率いる”クール・ジャズ”の一派と関わりを持ったり、アンサンブルやハーモニーといった、理論に基づいた心地良さを演奏に巧みに取り入れている西海岸ジャズの人達とも共演したりしながら、新しい方向性を模索しておりました。

そして、50年代初頭に”ジャズ・メッセンジャーズ”を立ち上げることになるアート・ブレイキーとホレス・シルヴァー。この人達はリズムというものの表現の幅をもっともっと多彩なものにしようとラテンビートやアフリカン・ビートの研究に明け暮れ、更に黒人音楽のルーツの根っこにかかるゴスペルの表現手法をジャズに取り入れて、より自然とノることが出来るジャズを作り上げようとしておったのです。

そしてもうひとつ「マイルスの言う”聴かせるじジャズ”いいねぇ、ブレイキーとかシルヴァーがやっているゴスペルとかブルースとかのあぁいうノリをバップと掛け合わせるものいい。うんうん、オレはどっちもやりたいねぇ」と、深く頷いている男がおりました。

この人こそヴィブラフォン奏者のミルト・ジャクソン。

えぇと、ミルトは50年代以降有名になって、その後の長いキャリアの中で人気を集めた人であったのですが、実はこの人こそがニューヨーク52番街のクラブで、チャーリー・パーカーやディジー・ガレスピー、セロニアス・モンク、ケニー・クラークといった人達と、夜な夜な「新しいジャズを生み出すためのセッション」に常連として参加し、多くの常識を打ち破る試みの下ごしらえを作っていた、文字通りのバップ(モダン・ジャズ)の立役者の一人だったんです。

でもまぁヴィブラフォンという、サックスやトランペットのようにフロントには立てないし、ピアノやベースやドラム、またはギターのように伴奏の要でいつでも必要という楽器でもないヴィブラフォン(鉄琴)というやや特殊な楽器の使い手であったので、リーダーとしての活動はせず、40年代の終わり頃までは盟友であるディジー・ガレスピーのバックバンドにいたんです。

ある日の事、ミルトは同じくガレスピーバンドでリズム・セクションをやっていたピアノのジョン・ルイス、ベースのレイ・ブラウン、ドラムのケニー・クラークに「よぉ、俺達のバンドを組まないかい?」と声をかけました。

言い出しっぺはミルト・ジャクソンなので、最初このバンドは『ミルト・ジャクソン・クァルテット』のイニシャルを取って『M.J.Q』と名乗ったんですね。

結成した1951年に早速ガレスピーの所属するSavoy Recordsで録音。おっと、この直前にサイドマンとしての仕事があちこち忙しくなったレイ・ブラウンがグループを抜け、代わりにパーシー・ヒースが加入します。そしてリーダー名を入れない『The Quartet』というタイトルのアルバムをリリースしました。

これが「モダン・ジャズ・クァルテット」の始まりだったんですが、このアルバムはまだよく知られたスタンダードナンバーを、管楽器を入れないクールな4人編成で小粋にセンスよく演奏しているだけなんですが、当時は「管楽器が入ってないグループ」というのはとても珍しく、その珍しさもあって「いや、管楽器ナシでもこんだけ聴かせる演奏って逆に凄いよな」と話題になり、ジャズファンの中でもにわかに「MJ(ミルト・ジャクソン)こそが真のMJ(モダン・ジャズ)」という声も挙がって、この全く新しい編成と指向を持ったグループへの注目は一気に集まる事になるのです。




ジャンゴ


【パーソネル】
ジョン・ルイス(p)
ミルト・ジャクソン(vib)
パーシー・ヒース(b)
ケニー・クラーク(ds)

【収録曲】
1.ジャンゴ
2.ワン・ベース・ヒット
3.ラ・ロンド組曲
4.ザ・クイーンズ・ファンシー
5.デローネイのジレンマ
6.ニューヨークの秋
7.バット・ノット・フォー・ミー
8.ミラノ

(録音:1953年6月25日,1954年12月23日,1955年1月9日)


「管楽器が入ってないグループは珍しい」と書きましたが、これは当時のジャズの常識では、まずサックスやトランペットがいて、華麗なソロを吹いて盛り上がるというのが定型であり、ピアノやベースやドラムスはあくまでバックのリズムセクション。

ましてや知名度でいえばそのリズム・セクション楽器以下のヴィブラフォンなんていう何だかへんてこな楽器(もちろんミルト以前にもライオネル・ハンプトンという大スターがおりましたが、彼は同時に手練れを揃えたビッグバンドの優れたリーダーであり、例外中の例外だったんです)がフロントだなんて、本当にもうあり得ないことだったんです。

「サックスもトランペットもいない?おいおいじゃあソロはどうするんだい?」

と、多くの人が思ったはずですが、MJQはそんな不安を逆手に取り、キッチリと統制の取れた全員が主役を張れるアレンジの中で、目立てば目立つ程バンドとしての個性が光る絶妙なソロのクールさを際立たせ、正に他のどこにもない、他の誰にも出来ない斬新なサウンドを生み出すことに成功しました。

さて、この「ミルト・ジャクソンと彼のモダン・ジャズ・クァルテット」は、Savoyを離れ、1952年にPrestigeと契約。最初ピアノをホレス・シルヴァーにした”ミルト・ジャクソン・クァルテット”名義のアルバムをリリースし、2作目からは正式な”モダン・ジャズ・クァルテット”のアルバムがリリースされることとなります。

ここでミルト・ジャクソンは、ピアノのジョン・ルイスの作曲とアレンジを大々的にグループの要とします。

ジョン・ルイスはもちろんビ・バップの優れたピアニストではありましたが、クラシック演奏家の妻を持ち、自身もバッハやバロック時代の音楽に造詣が深く、ミルトは「そういうのもっとどんどん出してくれよ。このグループならいけると思うぜ」と、ルイスに働きかけ、ルイスも「そういうことならじゃあ遠慮なく行きまっさ」と、ガンガンクラシックに影響されたフレーズやアレンジを出してきます。

で、MJQの凄い所は、単純に「ジャズをクラシック風にお上品にしてみました〜♪」っていう軽いものに終わらせいところなんですね。むしろMJQのサウンドはどんなにクラシック”風”になっても根っこのところでブラックなフィーリングが隅々まで滲むジャズだし、何よりクラシック風味を全開にしてピアノ弾いてるジョン・ルイスのリズム感覚とアドリブフレーズがもう骨の髄までかっこいいバップなんですから、軽く消費して聞き飽きるなんてことがない。

さて、Prestige第二作目の『ジャンゴ』は、そんなジョン・ルイスのクラシック感覚が骨の髄までなハイセンスのモダン・ジャズと、これ以上、これ以外ない絶妙なバランスで響き合う、正に「MJQってこんなサウンドだよ」とこれ一枚で紹介出来る名刺変わりのような一枚。今、アタシが聴いている国内盤CDのオビには

『タイトル曲や組曲に代表される室内楽風の独自のサウンドを打ち出し、M.J.Q.の名声を決定付けた不朽の名盤!』

と、やや興奮気味に書かれていますが、興奮を抑えてもほんとその通りだと思いますね。

まずはタイトル曲の『ジャンゴ』これはベルギー出身でフランスに拠点を置いて大活躍したギタリスト、ジャンゴ・ラインハルトに捧げられた、悲しく美しいメロディを持つメインテーマが秀逸な曲なんですが、そんな悲しく美しいテーマに続き、ややテンポアップしたリズムに乗せられて繰り出されるミルトとルイスそれぞれのソロが、哀愁をふりまきつつ聴く人をしっかりとノせる、そのグルーヴ感にもう持って行かれますね。

続いてはパーシー・ヒースのぶっといベースをフィーチャーしたゴキゲンなミディアム・アップな『ワン・ベース・ヒット』。短い演奏なんですが、弾力のあるイマジネーションを膨らませていくベースと、その横で楽しく戯れてるようなヴィブラフォン、ピアノ、ドラムのバックアップにウキウキしてしまいます。

そして『ジャンゴ』と並ぶもうひとつの目玉の『ラ・ロンド組曲』これはアップテンポから始まって目まぐるしく展開が変わる4部編成の組曲。ここではケニー・クラークのビシバシと的確に場面場面を決めてゆくドラムスが中心になって、ルイス、ヒース、ミルトが華麗にソロをリレーしてゆく。これはもう各人の技量も凄いし、こんな超展開を一体になって聴かせるバンドとしての演奏力の凄まじさにビビらざるを得ません。

ルイスのクラシック感覚全開といえば、4曲目の『ザ・クイーン・オブ・ファンシー』も良いですね。戴冠式を思わせる優雅なテーマ、でもミルトがここで思いっきりファンキーなソロをぶち込んでくる。でも雰囲気崩れない。

そして後半はスタンダード大会が3曲。まずは『デローネイのテーマ』ちょいとコミカルな感じの曲で、4人共にゴキゲンなミディアム・テンポの上でノリノリのソロとバッキング。つづく『ニューヨークの秋』は、戦前からいろんな人にカヴァーされている美しいメロディのバラードですが、これは雫のようにこぼれるミルトのヴィブラフォンが本当に美しい。

『バッド・ノット・フォー・ミー』も、ガーシュウィン作曲の有名曲。テーマから一貫して華やかで小粋。サラッと3分43秒で終わるんですけど、よくよく聴くとアレンジ凄いです。

ラストは再びジョン・ルイスのオリジナルに戻って『ミラノ』。タイトルからしてクラシック風全開か?と思わせておいて、骨組みのしっかりとした、見事なジャズ・バラードです。

いやぁ、最初聴いた時は「ジャンゴいい曲だねー、他の曲もふんふん、心地良いねぇ」ぐらいに正直思ってたんですけど、改めて静かな環境で集中してひとつひとつの音を聴けば、そのアレンジに凝らされた素晴らしいテクニックと、やっぱりバンドとしての演奏水準の高さに驚きます。MJQはやっぱり凄いバンドであり「モダン・ジャズ」の代名詞という言葉に、百回ぐらい頷かされる『ジャンゴ』は名盤であります。

















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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 22:51| Comment(0) | ジャズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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