2020年04月27日

サラ・ヴォーン 枯葉

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サラ・ヴォーン/枯葉
(Pablo/ユニバーサル)

「ジャズ・ヴォーカルで誰が一番凄いか?」

という話になると、エラ・フィッツジェラルドと共に必ず名前が挙がるのがこの人、サラ・ヴォーンです。

そう、俗に言う”3大ジャズ・ヴォーカリスト”の中では、ビリー・ホリディはもう上手いとかそういうのを超えて別格の人でありますから(アタシ基準)、歌が上手いという観点で言えば、エラ・フィッツ・ジェラルドとサラ・ヴォーンは、互いに同じ次元で勝負出来る唯一無二の存在であったと思います。

とにかく2人とも声に特徴があり、声域が広く、独自のズバ抜けたオリジナルな表現力を持っているという意味では共通するものがありますが、その個性は全く違います。これだから歌ってのは面白い。


パッと聴いて分かる違いといえば、エラさんの声はキュートですが、サラさんの声はとにかく匂い立つような大人の気品とエレガンスを感じます。

で、サラさんの声は低域から高域まで、そのレンジの広さを最大限に活かした歌唱を繰り広げるんですね。特に安定した中域をサラさんは持っておりますが、これを軸にした素晴らしく安定感のある声でもって、その歌いこなせる楽曲の幅がとにかく広い。

その幅の広さといったら、軽快にスウィングするナンバーからバラードまで。どころの話ではなくて、あらゆるテンポのジャズ、更にバカラックやビートルズといったポップスからボサノヴァやラテンの曲まで、見事なジャズとしてたちまちのうちにサラッと歌いこなしてしまう程なんです。

そしてどんな曲を歌っても、この人の声からは深〜いコクのようなものが漂ってきます。サラ・ヴォーンが好きな人と「いいよね」っていう話をすれば、大体「いや、どのアルバムがとか、どの歌がってより、聴いてて心地良いムードに浸れるんだよな。それが気持ちいいからついつい色々聴き込んでしまう」という結論に達します。

さて、そんなサラ・ヴォーン。生まれは1924年。両親はいずれもアマチュアですが、お父さんはギターを弾きながら歌う事が好きで、お母さんは教会でオルガンを弾きながら歌っていたという恵まれた環境に生まれ、自身も12歳の時には既にオルガンを弾きながら歌を歌えるようになり、19歳の時、エラ・フィッツジェラルドも優勝したことのあるアポロシアターでのオーディションで優勝します。

サラのパフォーマンスを見たビリー・エクスタイン。この人は当時大人気だったアール・ハインズ・オーケストラでメイン・ヴォーカルを張っていたスター歌手だったんですが、この人が

「君いいね。君に紹介したい仕事があるんだが・・・」

と早速声をかけてきました。

憧れのビリー・エクスタインに声をかけられ、サラはもうドキドキです。

「アール・ハインズは知ってるだろう?そう、オレのボスで最高にスウィングするあのイカしたピアニストさ。彼がね、自分のビッグバンドに新しいメンバーを入れたいと」

「まぁ、アール・ハインズ・オーケストラですって!?凄い凄い!そこで歌えれば私も一流シンガーじゃない!」

つい昨日まで地元の教会なんかで、もちろんノーギャラで歌っていた女の子が、オーディションで憧れの歌手に声をかけられて、誰もが羨む一流ピアニストが率いる一流のオーケストラのヴォーカルに。まー絵に描いたようなシンデレラストーリーじゃないですか。

で、はやる気持ちを懸命に抑え、ビリー・エクスタインの紹介でアール・ハインズと対面したサラ。

「やあやあお嬢ちゃん、ビリーが言ってたアポロの女王ってのは君かな?」

「はい、よろしくお願いします!私がんばります!」

「おー、元気いいねー。よしよし、じゃあ君、あそこのピアノを弾きたまえ」

「ピアノ?あの・・・ハインズさん。ピアノはハインズさんが・・・」

「あー、ワシはねぇ、確かに世界一の偉大なピアニストなんだが、ほれ、バンドリーダーってのは色々とアレなんだよ。指揮したりしなきゃいけないだろ?だからここぞという時以外はキミがね、セカンドピアニストとして伴奏をしてて欲しいんだ」

歌が歌えると思ったサラはがっかり。でも、せっかくもらった一流オーケストラでの仕事を蹴る訳にはいきません。色々と不満はあったものの、持ち前の真面目さでセカンド・ピアニストの仕事をしっかりとこなしているうちにハインズにも他のメンバーにも信頼され、やがて正式にヴォーカリストとしてサラを使うようになります。

そしてビリー・エクスタインはサラの才能と人柄を大いに認め、自分の妹のように可愛がるようになるのです。そのビリーがハインズの楽団から独立のため脱退したのが1944年、サラは迷わずビリーについて行き、最初はビリーとのデュオでシングル盤をリリースし、ステージでもビリーの全面バックアップを得て立っておりましたが、その歌声が多くのファンを獲得するには、大して時間はかかりませんでした。

やがてサラの方がソロでの活動が多くなり、単独でのライヴやレコーディングの話が舞い込むようになります。

サラにしてみれば嬉しい反面、恩人のビリーへの裏切りになるんじゃないかという気持ちがありましたが、ビリーは

「いや、オレが君の歌声はいいって思ったんだ。自分が見出した才能が世間に認められる事は嬉しいに決まってるじゃないか。それに君はオレにとっては妹みたいなもんだ。妹の成功を喜ばない兄はいないだろ?」

と、ひたすら成功を喜んで、背中を押してくれたのです。

その後、1950年代から、サラ・ヴォーンといえば押しも押されぬジャズ・ヴォーカルのビッグネームとなっていきます。



枯葉

【パーソネル】
サラ・ヴォーン(vo)
ローランド・ハナ(p)
ジョー・パス(g,@〜E)
アンディ・シンプキンス(b,@〜F)
ハロルド・ジョーンズ(ds,@〜F)

【収録曲】
1.時さえ忘れて
2.ザッツ・オール
3.枯葉
4.ラヴ・ダンス
5.ジ・アイランド
6.シーズンズ
7.イン・ラヴ・イン・ヴェイン
8.ユー・アー・トゥー・ビューティフル


大体この人の歌唱というのは、先も言ったように「どの曲が、どのアルバムが」というよりも、どの曲でもどのアルバムでも味わえる極上のムードが肝ですので、作品にはいわゆるハズレというものがほとんどありません。

その上で「やっぱり最初に聴いて欲しいアルバムといえばコレ」というのがありまして、それが1982年、サラが58歳の時にレコーディングされた『枯葉』です。

いや、これほんと凄いんですよ。人間ってのは誰しもがピークというものがあって、それは大体若い頃に訪れて、特にヴォーカリストは、若い頃の溌剌とした声が、歳を取る毎に渋みのある深いものになっていくってのは本当に優れた一部の人で、大体は全盛期の頃のパワーというものが衰えてしまうもの。

ところがサラさんに関して言えば、歳を取る毎に渋みのある深い声になったというのはもちろんあるんですが、それ以上にそれ以前に、歳と取れば取る程、声がパワフルになって、しかも歌がどんどんどんどん上手くなっている。

そんな超人ぶりがギッシリ詰まった『枯葉』は、彼女の代表作中の代表作と言って良いでしょう。何度も言いますが、これほんと凄いんです。

まず、このアルバムのタイトル『枯葉』は、日本オリジナルのタイトルで、原盤の正式タイトルは『Crazy And Mixed Up』というものがあります。タイトルをあえて枯葉にしたのは、この曲がみんなが知る超有名スタンダードだったという理由だけでなく、このアルバムに収められている『枯葉』が、ジャズ・ヴォーカル、いや、ジャズ史に残る物凄い名唱であるからでしょう。


イントロからまさかのアップテンポで、軽快なリズムの前奏に導かれて出てくるサラのふくよかなスキャット、原曲のメロディはまるで魔法のように解体されて、小節を経る毎にどんどん自由に、そして力強くなるスキャット。後半になってもう長編映画のクライマックスのように感動的なドラマをその場に作り上げるスキャット。原曲のメロディはところどころ「あ、これだ」と気付く程度に抑えられ、全編が優れた楽器演奏者のような見事なアドリブによるスキャット。

・・・!!そうなんです、サラ・ヴォーンの『枯葉』は、歌詞を一切歌わない、全編スキャットによる素晴らしく斬新な『枯葉』。いや、アタシは最初コレ聴いた時、もう心の奥底からの感動と興奮と「嘘!?」って言葉しか出てきませんでした。あれからン十年経って、今聴きながらコレ書いているんですけど、やっぱり言葉が出ませんね。いやほんと凄い、カッコイイ。


アルバムには他にも心地良いミディアム・テンポに彼女の”ムード”がくまなく香る『時さえ忘れて』や、ジャズの領域を超えた名バラード『ジ・アイランド』など、とにかくクオリティ高い美の結晶のような曲がいっぱい入っております。

あと、歌伴の名手、ローランド・ハナのピアノとジョー・パスのギターによるサポートも見事。硬質な澄み切った音でサラに寄り添うピアノ、最高のテクニックと類まれなリズム感で、自由にアドリブするサラの歌に挑みながら引き立てるギター、ほんと至福ですよ。











『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 23:19| Comment(0) | ジャズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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