2020年05月15日

サニーランド・スリム アポロ・セッション1949

R-2055654-1396723735-4118.jpeg.jpg
サニーランド・スリム/アポロ・セッション1949
(Delmark/Pヴァイン)

ブルース界には「スリム」と名の付くブルースマンが多いです。

この「スリム」というのは姓名ではなくもちろん芸名で、意味は「伊達男」であります。

ブルースマンに限らず、ミュージシャンなんてのは大体が恰好付けですから、ステージに立つ時に限らず、人前に出る時は目一杯のオシャレをして、いかにも自分が恰好良くてモテモテの凄いヤツなんだぜと見栄を張る。だからまぁ自分の名前にわざわざ「伊達男」なんて付けて名乗るなんてのは、ある意味究極の見栄であり、ハッタリでもあったでしょうね。

ところが最初は周囲の気を引くためのハッタリであっても、名乗るからにはその名に違わぬ人間になってやろうと、大抵のブルースマンは努力して、その見てくれ以上に演奏の腕前だとか音楽のセンスなんてものを磨いて「なるほどアイツはスリムじゃわい」と、周囲も納得な存在になる場合が多い。

ギター・スリム、ライトニン・スリム、メンフィス・スリム・・・といった具合にブルースの歴史に”スリム”の名を残している人達というのはなるほど”伊達”と名乗っているのは伊達じゃない。いずれもちょいとそのサウンドを聴いただけで「うひょー、カッコイイ!」と電流が走るような人達ばかりなのです。

さぁ、今日はそんなブルース界における”スリム”の最長老格であります元祖伊達男を皆さんにご紹介いたしましょう。

サニーランド・スリムといえば、ちょいとブルースに詳しい人なら、戦後シカゴブルースのオムニバスなんかでもその名前をよく見る、渋いピアノを弾いているベテランとして、馴染みがあるんじゃないかと思います。

アタシも最初にサニーランド・スリムを聴いたのは、ピアノ・ブルースの素晴らしいオムニバス『ブルース・ピアノ・オージー』でありました。



このアルバムに収録されている人達は、どれも本当にカッコイイんですが、サニーランド・スリムに関してはひたすら「渋い!」でしたね。

その力強い声の中に人生の悲哀が滲むヴォーカルと、小細工一切ナシのストレートにタフなピアノ。これぞ正に思い描いていたブルースのピアノ弾きでありました。

そんなサニーランド・スリムは、1907年生まれ。1995年に亡くなるまでブルースの重鎮としてツアーやレコーディングを続け、多くのミュージシャンから尊敬されるブルースの重鎮として、膨大な量のレコーディングを残しておりますが、彼の人生もまた、波乱万丈のブルース人生でした。

南部ミシシッピの真面目な家庭に生まれ、少年時代はブルースとはまるで無縁の生活を送っておりましたが、6歳の頃に母親が亡くなって継母が家に来たのですが、この継母によるいじめに耐え切れず、スリム少年は13歳の時に家を飛び出します。

家を飛び出した後は肉体労働者として、南部各地を転々とする生活に明け暮れるのですが、その中でブルースと博打に出会い、15歳の頃にはいっぱしのピアニスト兼ギャンブラーとなっておりました。

当時の演奏場所といえば、農場や工事現場での労働者が集まるバレルハウスと呼ばれる掘立小屋のようなクラブハウス。とにかく飲んで騒いでギャンブルがしたい客のために、スリムはおんぼろピアノで叩き付けるようなブギーを弾きまくり、休憩中はいかさまカードゲームのディーラーとして、良い感じに稼いでおりましたが、更に良い仕事を求めて移動するうちに、クラブハウスも賭場もたくさんある天国のような街(一般には犯罪が多いヤバい街)であったメンフィスに辿り着きます。

ここでサニーボーイ・ウィリアムスン(時間差はありますがT世U世両方!)やルーズヴェルト・サイクス、ビッグ・ウォルター、マ・レイニー楽団と一緒に演奏したり、まだ子供だったリトル・ウォルターとも交流があったと言います。

街へ出て賭場へ行けばカードのイカサマの腕を買われてディーラーを務めて稼ぐ事が出来るし、演奏出来る場所もたくさんある。つまり何をやっても得意な事で儲ける事が出来るメンフィスでの生活は、スリムにとっては最高でしたが、ただひとつだけレコーディングの機会が少ないという事で、1943年には大都会シカゴへの移り住む事になるんです。

当時のシカゴは戦争景気で仕事はいくらでもあり、特に南部からの移住者で人口が爆発的に増えていた状態です。そういった人達に提供する娯楽産業も、南部とはケタ違いの規模でありました。

南部から出てきたミュージシャン達とは勝手知ったる仲であったスリムは、早速サニーボーイ・ウィリアムスン(T世)タンパ・レッドといった当時既に人気を獲得していた一流どころとも、マディ・ウォーターズやジミー・ロジャースといった若手らとも積極的に演奏を行っていて、チェスの前進であるアリストクラットに「いいギタリストがいるんだよ」とマディを紹介したのも、実がスリムだったりもします。




アポロ・セッション1949

【収録曲】
1.I'm Just A Lonesome Man
2.Sad Old Sunday (Mother's Day)
3.Boogie Man
4.Hard Time (When Mother's Gone)
5.Chicago Woman
6.I'm In Love
7.Bad Times (Cost Of Living)
8.Nervous Breakdown
9.It Keeps Rainin'
10.Brown Skin Woman
11.Old Age Has Got Me
12.That's All Right
13.Sad Old Sunday (Alternate)
14.I'm Just A Lonesome Man (Alternate)
15.Bad Times (Alternate)


スリム自身はレコーディングに関しては会社との度々のトラブルがあり、小さなレーベルをちょこちょこと渡り歩くハメになってしまって、大手からのヒット曲には恵まれませんでしたが、その活動はしぶとく、やがて60年代のブルース・リヴァイバルが来ると、その波に乗って「渋い大べテランのピアノマン」という評価を不動のものとします。

そしてやはり彼を敬愛するマディやリトル・ウォルター、J.B.ルノアー、ロバート・ジュニア・ロックウッドという後輩達の支えもあり、戦前の
タフネスを残しつつもモダン化した、見事なオリジナル・シカゴ・ブルース・サウンドを作り上げてもおります。

さて、今日のオススメアルバム『アポロ・セッションズ』は、そんなサニーランド・スリムの最晩年、1992年にいきなり発表されてブルースファンの度肝を抜いた作品なんです。

何で度肝を抜いたかというと、コレが彼のキャリアで言うとシカゴ初期に当たる1940年代の末にレコーディングされた小人数での編成で行われた未発表セッションだったからです。

内容はサム・カシミアーのギターのみをバックにしたほぼ弾き語りに近いものから、セントルイス・ジミー(vo)、ジミー・ロジャース(g)、ウィリー・メイボン(harp)等が加わった、戦前〜戦後のダウンホームなスタイルそのものな、実に泥臭い味わいに溢れた秀逸なものであります。

シンプルに鍵盤をガンガン叩く、生粋のブギウギ〜バレルハウス・スタイルのピアノのワイルドネスはもちろんですが、そこに絡むギターやハープの粗い感じも最高なら、セント・ルイス・ジミーの苦み走った太い声も良いのです。派手さはないけど「あぁ〜、これこれ、ブルースだね、たまんないね〜♪」というジワジワきて実に飽きない濃厚さに溢れてますね〜。そしてそのジワジワきて実に飽きない濃厚な味わいというのが、そのまんまこのサニーランド・スリムという人の伊達で粋なカッコ良さそのものでありますよ。















ブルース入門編 〜初心者のための優しいブルース講座〜



『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 00:13| Comment(0) | ブルース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。