ディープなコラム こちらにも書いてます♪

2017年07月31日

ジョン・コルトレーン クル・セ・ママ

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ジョン・コルトレーン/クル・セ・ママ
(Impulse!)


前回はコルトレーン、記念すべきImpulse!第一作目の『アフリカ/ブラス』をご紹介しましたが、皆様本日はアタシが思う「コルトレーン流のアフリカ」が、更にディープな領域に立ち入って見事炸裂した、うん、コルトレーンの作品の中でも一番”アフリカ”を感じさせるアルバム『クル・セ・ママ』をご紹介いたします。

はい、曲毎に録音の日付が違ったり、メンバーが入れ替わったりしておりますが、このアルバムの収録曲がレコーディングされたのはいずれも1965年です。

1965年って何?って言いますと、あのですね、コルトレーンがマッコイ、ギャリソン、エルヴィンと一緒にバンドを組んでから5年経ったということなんですよ。

その5年間でコルトレーンは「次、また次!」と、どんどん音楽的な変化を求めて、レコーディング毎にそれを何らかの形にしてきた。もうそのコルトレーンの”変化を求める気持ち”というのは凄まじいものです。

で、そういやオレは5年前にインパルスと契約した時に「アフリカ」って曲を吹き込んだ。でもまだオレはあの時点ではまだまだ一般的なジャズのやり方でしかアフリカを表現出来てなかったよな。あれからオレはアフリカ音楽も本気で勉強したし、思想も歴史も学んだし、カルテットのメンバーもあの頃と比べて腕を上げている。そうだ、もっぺんオレが思う”アフリカ”を曲にしてレコードに残したい。うん、だったらすぐにスタジオに入るぞ。

と、コルトレーンはまるで水泳で息継ぎをするように思考を巡らせてスタジオ入りしたことでありましょう。

コルトレーンが思いを巡らせて、コンセプトを更に煮詰めた”アフリカ”これを通常のカルテットで演奏すると、まだまだフツーのジャズになってしまう(や、あくまでコルトレーン基準の”普通”です)から、今回も助っ人が必要だ。

と、呼ばれたのが、アフリカン・パーカッション奏者で、当時ジャズ周辺ではアフリカンアメリカンの民俗活動家、詩人、または思想家として一部ミュージシャン達から尊敬されていた人なんだそうです。

ジェンベと呼ばれるアフリカではポピュラーな打楽器を叩きながら、アフリカの言葉と英語を織り交ぜたスピリチュアルな詩に節を付けて唄うそのスタイルを、コルトレーンはそのまま演奏の中心にして、どちらかといえば自分達カルテットはそこに混ぜてもらおうと、ルイスに作曲も依頼します。

これがタイトル曲の「クル・セ・ママ」。

レコーディングに当たっては、ルイスのパーカッション、エルヴィンのドラム、そしてこのセッションのために連れてきたフランク・バトラーのドラムスとパーカッションと3つの打楽器がリズムを強調。更にコルトレーンが個人的に気に入っていた若手サックス奏者のファラオ・サンダース(後に正式にグループに参加)のテナーと、カルテット初期の頃にヴィレッジ・ヴァンガードのライヴなどに招いて、バスクラやベースを吹いたり弾いたりしてもらい、民族っぽい雰囲気を醸し出すのに大貢献したドナルド・ギャレットも加えた8人編成で、この大作は演奏されております。

演奏の主導権を握るのは、完全にジュノ・ルイス。

彼のパーカッションが合図となって打楽器群のリズムが打ち鳴らされ、ベースがどんより響き、マッコイのピアノがまるでアフリカの竪琴のようにリフとも効果音とも言える美しい音を断片的に鳴らす。そしてコルトレーン、ファラオ、ギャレットが荘厳なテーマ・メロディーを合奏している中で、ルイスのアフリカ語の詩「クル・セ・ママ(母の讃歌)」が、静かに、そして徐々に熱を帯びながら語られて唄われる。

ファラオの”キュルキュルキュル!”という、ゴツいマシーンのエンジンブレーキみたいな独特のテナーの吹き鳴らしも、ギャレットの不穏に炸裂するバス・クラリネットも、これはもう完全に”ノれるジャズのソロ”じゃあないんです。

西洋音楽の調制や規律からは最初からアウトした感じの、もう完全に民族音楽のような、喩えれば人や動物の声に近いフレーズで、これが歌と呼応していて、本当に「あぁ、豊かな音楽だなぁ」と、何度聴いてもしみじみ思わせるんですね。

続いての「ヴィジル」は、うって変ってジャズマンとして、一人のテナー吹きとして、エルヴィンのドラムだけをバックに・・・というか、アドリブとアドリブの対等で激烈な一騎打ちで興奮させてくれます。

コルトレーンにとってエルヴィンは、かけがえのない”触発の素”でありました。

「バックでエルヴィンが叩いてくれたら、それだけで次々とアドリブが出てくるんだ」

と、誰彼構わずそう語り、エルヴィンを絶賛していたコルトレーンの気持ち、これ聴くとすごく分かります。バックがドラム(リズム)だけというのは、つまり他に和音やルート音を奏でる楽器がない分、自由にハチャメチャにやれる訳です。ここでのコルトレーン、フリー・ジャズとまではまだ行きませんが、凄まじく暴れています。エルヴィンも定型こそ崩してませんが、こんな自由なドラムったらないです。

そして「コルトレーンのスピリチュアル・バラードの極み」と、今や若い人達に愛されていて、カヴァーやリミックスなんかも多い「ウェルカム」。

これはカルテットでの演奏ですが、いわゆるジャズのバラード特有の、甘さとか、ムーディーな夜の雰囲気とかとは、何かこう全く別の世界ですね。

コルトレーンのテナーの音はふくよかで優しく、マッコイ以下バックの演奏はしっとりとまとまっています。けれどもその”まとまってる感”を何かが飛び越えて、もう精神世界と言うしかないところから音が鳴ってる。そんな曲です。



【パーソネル】

(@)
ジョン・コルトレーン(ts)
ファラオ・サンダース(ts)
ドナルド・ギャレット(b-cl,b)
マッコイ・タイナー(p)
ジミー・ギャリソン(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)
フランク・バトラー(ds,perc)
ジュノ・ルイス(perc,vo)

(A)
ジョン・コルトレーン(ts)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)

(B)
ジョン・コルトレーン(ts)
マッコイ・タイナー(p)
ジミー・ギャリソン(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)

1.クル・セ・ママ
2.ヴィジル
3.ウェルカム

実はサウンズパル店頭で『大コルトレーン祭』をしていた時、このアルバムがぶっちぎりで売れたアルバムだったんです。

「これは面白い!」

「カッコイイ!」

と、試聴して買ってくれたのは、いずれも若い音楽好き。

特に

「ジャズはメインで聴く訳じゃないけど、ジャズも好きですねー、カッコ良ければ何でもOK」

という方々に、あぁコルトレーンの音楽ってこうやって聴き継がれていくんだなぁ・・・と、激しく感動したことを今もしっかりとアタシは覚えております。

コルトレーンの音楽は、もちろんジャズとしてカッコイイんだけど、ジャズファン以外の音楽好きを巻き込む”何か”を、常に発してるんですよね。その”何か”とは何か?

うん、アタシも実はいまだによくわかんないんで、コルトレーンを飽きずに「あぁいいなぁ」「かっこいいなぁ」と思いながら聴くことが出来てます。





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2017年07月30日

ジョン・コルトレーン アフリカ/ブラス

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ジョン・コルトレーン/アフリカ ブラス
(Impulse!)


1961年4月、コルトレーンはこれより67年にあの世へ旅立つまで専属となるインパルス(Impulse!)レコードと契約を交わします。

Impulse!は、1960年に大手映画会社系列の、ABCパラマウントレコードのジャズ専門レーベルとして設立されたばかりの気鋭の新興レーベルで、61年に若手敏腕プロデューサーとして知られていたボブ・シールがレーベルの責任者に就任。

ボブ・シールという人は単なるやり手のプロデューサーというだけでなく、自らも楽器を演奏するミュージシャンであり、作詞作曲もする(ルイ・アームストロングの「この素晴らしき世界」の作者が彼だということは実はあんまり知られていないっす)人で、ジャズに関してはコルトレーンのような”新しいジャズ”から、スウィング時代のトラディショナルなものまで幅広く聴くことの出来る人でありました。

当時コルトレーンが所属していたメジャー・レーベルのアトランティックは、もちろん彼に良いレコーディング環境を与え、ブラック・ミュージックに関心が深い分、彼のやりたいこともある程度は理解してくれて良心的なサポートをしていましたが、コルトレーンの「新しい音楽」、つまりこれから彼が志向してゆくであろうアヴァンギャルドな路線に関しては、ちょいと難色を示しておりました。

アトランティックとしてはその前の年に契約した”ニュー・ジャズの旗手”と呼ばれたオーネット・コールマンの第一作目「ジャズ来るべきもの」が、当時としては破格の25000枚売れたのに、既にオーソドックスなジャズのビッグネームとしてある程度名が知られていたコルトレーンを前衛化させるのは嫌だったみたいです。

「う〜ん、君の場合は何つうかフツーにやっててもそこそこ売れるんだからさ。あんまり売れそうにないものはやめてくれよ。オーネットみたいに売れるか売れないか、フタを開けてみないと分からないようなバクチはあんまり打ちたくないんだ・・・」

というのがレーベル側の恐らく本音だったことでしょう。

コルトレーンは常に「今後の方向性」を悶々と考えて、その可能性が見えた道に、一直線に突き進むタイプの人であります。う〜ん、せっかく自分のレギュラーバンドも組んでこれからモダン・ジャズよりもモードよりも、もっとこうなんつうか誰もやったことがない新しくて深い音楽をやりたいんだけどなー・・・。

と、悩んでおったところにボブ・シールがニコニコしながらやってきて、コルトレーンの話をよく訊いて理解を示し、結構な額の契約金(これ大事)を提示して、コルトレーンをImpulse!レコードの専属ジャズマンとして引き抜きました。

道が決まればまっしぐらに突き進むのがコルトレーンです。古巣のアトランティックとの契約条件とかもよく確認しないままに、ボブと新作の話ですっかり盛り上がって、契約の一ヶ月後にはもう新しいメンバーとコンセプトを携えて、Impulse!が用意したスタジオに何事もなかったようにテナーを持って入っておりました。

コルトレーンとボブ・シールが、契約の時にどんな話で盛り上がったのか、その詳細は残念ながら分かりませんが、とにかくこの時期のコルトレーンの頭にあったものは

1.精神的なルーツに回帰するような音楽、つまりアフリカをテーマにした曲を作りたい

2.できればその世界観を強固なものにするためのオーケストラ・アレンジも付けてほしい

3.アレンジャーはなるだけ自分のコンセプトを理解する、新しい感覚を持った人間に頼みたい。あぁ、やっぱり感覚だけじゃなく、当然譜面や理論には恐ろしく強いやつがいい。できれば管楽器の心得があるやつで、ついでに言えば真面目で性格のいいやつにお願いしたい。


うん「1」と「2」はまぁわかる、でもお前「3」は要求ハードすぎるんじゃね?そんなセンスもよくて理論に強くて性格もいいヤツなんかその頃のジャズマンにいるかよ・・・・!


1.jpg

あ、いた・・・。


というわけで、コルトレーンの記念すべきImpulse!初レコーディングのアレンジャーとして白羽の矢が立ったのは、アルト・サックス、バス・クラリネット、フルートを吹きこなして誰も真似の出来ない超個性的なアドリブを繰り広げ、更に音楽理論にめちゃくちゃ強く、しかも”アイツはぶっちゃけいいヤツ”と一部ミュージシャン仲間の中で評判だったエリック・ドルフィー。

音楽的に「求めていたもの」の遥か先を行くアイディアを持っていたドルフィーとの迎合は、コルトレーンにとっては最高に幸福なことであり、また、最高に刺激的なことでありました。

加えてアクやクセの強いジャズマンの中にあって、演奏面ではアクやクセの塊のような人でありながら、性格は至って温厚、誰の話もよく聞き、決して諍いを起こさず、かつ酒や麻薬、女性のことでは一切問題を起こさない紳士であったドルフィーは、スタジオに集まったコルトレーンのメンバーやブラス・セクションのオーケストラメンバーを上手にまとめ、レコーディングはコルトレーンやボブ・シールの想像以上に和やかな雰囲気の中、意欲に満ち溢れた音楽を演奏することが出来ました。

5月と6月、二回に渡って行われたレコーディング・セッションで出来上がったアルバムがコチラ『アフリカ/ブラス』。



【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts,ss)
マッコイ・タイナー(p)
レジー・ワークマン(b)
アート・デイヴィス(b,@B)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)
(Orchestra)
ブッカー・リトル(tp)
フレディ・ハバード(tp,A)
ジュリアン・プリースター(euphonium)
チャールズ・グリーンリー(euphonium,A)
ジュリアス・ワトキンス(french-horn)
ドナルド・カラード(french-horn)
ボブ・ノーザン(french-horn)
ジミー・バッフィントン(french-horn,A)
ロバート・スイスヘルム(french-horn)
ビル・バーバー(tuba)
エリック・ドルフィー(as,fl,b-cl)
ガーヴィン・ブッシェル(piccolo,reeds)
パット・パトリック(bs)

【収録曲】
1.アフリカ
2.グリーン・スリーヴス
3.ブルース・マイナー

文字通りコルトレーンが、いや、この時代の知的探究心に溢れた黒人ミュージシャン達が、魂のルーツを求めて探究に燃えていたアフリカと、それを鮮やかに、そしてディープに彩る先鋭的で美しいブラス・セクションのアレンジが、いわゆるカギカッコの付いた”ジャズ”からコルトレーンの音楽を最初に解き放った一枚となって仕上がっております。

楽曲と、コルトレーン・カルテットの演奏の骨組みはあくまでそれまでのモード・ジャズの洗練された質感を大事にしつつ、リズムを野太く強調したツイン・ベースに、ワン・コードのリフから自在に変化して、まるでジャングルを駆ける動物の雄叫びのような音を効果的に散りばめながら、コルトレーンのアドリブがどんどん世界を押し広げてゆく「アフリカ」。

今度は美しいメロディに寄り添うように優雅に鳴り響きながら、アドリブの熱気に合わせるように全体をドラマチックに盛り上げるオーケストラ・アレンジに、ソプラノで哀愁のメロディーを感情の動きに連結させて吐き出す「グリーン・スリーヴス」。

そしてコルトレーンが大事にしていた”ブルース”のエッセンスが、ハジケたアドリブとアドリブで煮立つのを、今度はカッチリとした「進化系ビッグバンド」のようなブ厚い”鳴り”のオーケストラが見事に渋みでもって引き立てる「ブルース・マイナー」。

コルトレーンの演奏はコチラでもアツく完璧です。そしてこれだけ派手に鳴っているのに、そのコルトレーン・カルテットの演奏に、かなり激しく入り込んだりする瞬間もあるのに、一切邪魔せず引き立てに徹してるドルフィー指揮のオーケストラの圧力も心地良いです。

この時点でのコルトレーンの”アフリカ的”は、さほど民族チックなやつではなく、すこぶるカッコイイJAZZの一環として聴ける、ストレートな魅力に溢れたものであります。Impulse!第一作目は、コルトレーンにとっての「新しい音楽」の第一歩を、ジャズの歴史と音楽の歴史の両方に、確かに力強く刻み付けたものであります。

で、そんなコルトレーン、うっかり

「あ、アトランティックとの契約、そういえばまだあと1枚残ってた」

と、数日もしないうちにエリック・ドルフィーとフレディ・ハバードを連れてアトランティックのスタジオで

「えぇ、すいませんねぇ・・・」

と、アルバム『オレ!』をレコーディングします。

何か、かわいいぞコルトレーン。


(『アフリカ/ブラス』のアフリカンな雰囲気と『オレ!』のスパニッシュ・モードそれぞれのカッコ良さをじっくり聴き比べるのも一興です♪)



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2017年07月29日

ジョン・コルトレーン The 1962 Graz Concert

5.jpg

John Coltrane Quartet/The 1962 Graz Concert Complete Edition

(IN Crowd)


1950年代から60年代を生きたジャズマン達のインタビューなどで

「いやぁ、60年代はアメリカじゃあ仕事がなくて大変だったしクラブの客の態度も相変わらず酷いもんだったけど、ヨーロッパはいいよね。どこ行ってもみんなちゃんと聴いてくれるしギャラも良かった」

という話を読むことがあります。

アタシなんかが今の時代から見たら60年代のアメリカはモダンジャズが成熟して、それこそスウィング時代から活躍しているベテランから、前衛やR&B/ソウルジャズとか新しいことをやっている若手まで、ブ厚い層でそれこそ百花繚乱、クラブは毎夜素晴らしい演奏が繰り広げられていてジャズ人気すごかった。

と思うのですが、どうやらそれは違うみたいで、流行の移り変わりの目まぐるしいアメリカでは、音楽を主に聴く若者層の関心がロックやソウルなど新しい音楽に急激に向かい、ジャズマンはよっぽどの大物でなければレコードやコンサートの収入で豪勢な生活を送ることは出来ず、クラブやツアーを回っての小さなコンサートなどで生計が立てば良いのですが、それもままならない人も多くおりました。

それと、アメリカには「ジャズはクラブで飲食と会話を楽しみながら聴くもんだ」という文化風習が根強く残っておりまして、それはそれでまぁいいのですが、モダン・ジャズ以降高まったミュージシャン達の

「ちゃんと鑑賞してもらうための音楽を演りたい」

という意識とそういったクラブ文化の名残りはクラブや聴衆とミュージシャン達の間に若干の不協和音を生じさせるようにもなっていったのです。

コルトレーンやマイルスは、当時のジャズ界で先陣を切って”鑑賞のための音楽を作ろう”と頑張っていた派です。

ところが頑張って良い曲を作っても、良い演奏をしても、いつも自分達がやっているクラブでは、真剣に聴いてくれる人達はいても、酔ってくだをまいたりおしゃべりに集中している人達も多くおりました。

簡単に言うと60年代、ジャズの芸術性はどんどん研ぎ澄まされて高まったいた。けれどもアメリカではそれを正面から受け止める器が社会に乏しいばかりではなく、ジャズ人気そのものが下火になっていたために、ミュージシャン達は真剣に作った音楽をキチンと聴いてもらえないわ生活はどんどん苦しくなるわでえらいこっちゃだった。

ということですな。

ところが海の向こう、ヨーロッパでは、ジャズは

「アメリカの最先端のオシャレでカッコ良くて、芸術精度が高い音楽」

として、60年代正に人気が沸騰しておりました。

アメリカでは黒人ジャズミュージシャン達の待遇の悪さには、人種差別というのっぴきならないものが根底にあったりしましたが、ヨーロッパでは白人であれ黒人であれ、ミュージシャンはきちんと”音楽家”として待遇されます(ヨーロッパは音楽に限らず職人や一芸に秀でた人に対するリスペクトは伝統的に篤いらしいのです)。

これは同じ時代の日本もそうですね、アート・ブレイキーだったか

「日本行ったらどこ行ってもオレらは人気者で、みんな好意的で差別もないし、駅員からその辺の街のにーちゃんまでオレらのこと知ってて”サインくれ”ってレコード持ってきたりするんだぜ。いや、おったまげたね。国賓か?アメリカでの俺らの扱いは何なんだろうと思うよね」


4.jpg
(画像はイメージです)

というようなことを言ったとか。

ともかくアメリカとヨーロッパや日本でのジャズマンの待遇というのは素晴らしく、演奏もちょっと名の知れたミュージシャンだったらコンサートホールでマナーの良いお客さんの前でやらせてくれる。

だもんで60年代にはジャズマンのヨーロッパ・ツアーや、もういっそのこと移住しちゃえ!というのが流行りました。

さて、そんな60年代、ソロ・アーティストとしての評価を固めてようやく”一流”から”格別”の仲間入りをしたコルトレーンも、Impulse!レコードと契約したその年の1961年に最初のヨーロッパ・ツアーを行い、エリック・ドルフィー参加のこのクインテットは各地で熱狂を持って迎えられ帰国。

ヨーロッパでの反応や評価に気を良くしたコルトレーンとImpulse!レコードは、続けざまに翌62年にはドルフィーが抜けてカルテットになったグループのヨーロッパ・ツアーを行います。




【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts,ss)
マッコイ・タイナー(p)
ジミー・ギャリソン(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)

【収録曲】
(Disc-1)
1.Bye Bye Blackbird
2.The Inceworm
3.Autumn Leaves
4.Everytime We Say Goodbye
5.Mr.PC

(Disc-2)
1.I Want To Talk About You
2.Impressions
3.My Favorite Things


さてさて、そんなコルトレーンのヨーロッパ・ツアー音源は、公式非公式を問わず、様々なレーベルから素晴らしい音盤が世に出され続けておりますね。

本日ご紹介いたします「1962 Graz Concert」は、1962年の二度目のヨーロッパ・ツアーで訪れた、オーストリアのグラーツで行われたコンサートを収録した、これもLP時代からその優れた演奏密度の濃さに定評がある私家盤コルトレーンの定番アイテムであります。

グラーツという街はオーストリアで二番目に大きな都市で、街には美術館や劇場が立ち並ぶ、いかにも歴史と伝統と文化に育まれたヨーロッパの古都。

この街がどれだけ音楽に対する意識が高かったかといえば、クラシック界におけるカール・ベームやニコラウス・アーノンクールなどを輩出したといえば、音楽好きの方には少しピンときてもらえるでありましょうか。

つまりそういう、住民のほとんどがクラシック音楽に自然と慣れ親しんでいた街で、ちゃんとしたコンサート・ホールで、ガッツリ”聴き”に来ているお客さんを相手にしたコルトレーン・カルテットの良い意味での緊張が、演奏を通して伝わってくるライヴです。もちろんお客さん達の反応も最高なんです。

まず、このアルバムでは「マイ・フェイバリット・シングス」や「ミスターP.C.」「インプレッションズ」等の、この時期のコルトレーンお得意のレパートリーに加え、マイルス・バンドの定番曲「バイ・バイ・ブラックバード」や、コルトレーンがやってるのはほとんど貴重な「枯葉」が聴けます。

その「枯葉」なんですが、これがもう凄い。

元々はシャンソンの曲ですが、小粋でちょっぴり切ないジャズのスタンダードとして今は有名です。で、多くのジャズマンのカヴァーを聴いても、ほどんどが小粋でちょっぴり切ない演奏なんですが、やはりというか何というか、コルトレーンの手にかかったらそうはいかんのですよ。

まずは早めのテンポに乗って、マッコイのエモーショナルなピアノ・ソロ。そして満を持してコルトレーンのソプラノが「びひゃらぁらぁあぁぁぁーー!」と入ってきて、あとはもう

『私達が友達だったあの楽しかった日々』も

『シャベルに集められた枯葉』も

『想い出と後悔』も

『忘れてはいない、あなたが唄ってくれたあの唄』も

(*いずれも原曲の歌詞です)

ぜーんぶコルトレーンのソプラノが吹き散らかす灼熱の音符にかっさらわれて、どこかに飛び散ってしまっております。

もうね、コルトレーン、これ、原曲の歌詞とかムードとか、何っにも考えとらんですよ。ロマンチックなスタンダードのメロディーなんか、コルトレーンからしたら、壮大なアドリブの実験と手前のスパークのための材料とか燃料でしかない。

そういうところが最高なんですね。もうアドリブに全て賭けとるぞ、ワシにはこれしかないんぞ、という猪突猛進で一本気なスタンダード解釈はコルトレーンにしか許されないものだと思います。だって聴いてると原曲とかどうでもよくて、ひたすら演奏そのものの熱気に引き込まれますもんね。

そしてアタシが個人的にグッときたのは、Disc-2の「アイ・ウォント・トゥ・トーク・アバウト・ユー」です。

色んなアルバムで演奏されるコルトレーンお気に入りのバラードで、エンディングまでの長い無伴奏のサックス独奏がこの曲の肝と言われてます。

で、やはりこのヴァージョンでも、エンディングまで結構な時間を無伴奏で吹き切っていて、その瞬間瞬間にアドリブで紡ぎ出されるメロディが、他の盤での演奏と比べても、絶句するほど格別に美しいんです。

そしてこの感動の名演からテンポを上げての「インプレッションズ」「フェイヴァリット・シングス」が続きます。静かに固唾を飲んで聴き入っていた聴衆が、、最後の最後で割れんばかりの万雷の拍手を送ります。ライヴ盤ですとクラブやフェスのくつろいだ雰囲気がいいなぁとか思いますが、このアルバムはお客さんの真剣な意識が、コルトレーン・カルテットの演奏を、ひたすら高密度/高純度なものに高めてる。そんな印象が感動と共に強く脳裏に焼き付きます。




(こちらは1961年、ドルフィー入りクインテットでのヨーロッパ・ツアーの音源)


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2017年07月27日

ジョン・コルトレーン The Complete 1962 Birdland Broadcasts

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John Coltrane with Eric Dolphy/The Complete 1962 Birdland Broadcasts
(GAMBIT)

コルトレーンが1955年にマイルス・デイヴィス・クインテットに加入してから亡くなった1967年まで、実に12年しかありません。

アタシなんかは彼が亡くなって10年ぐらい後にようやく生まれた世代なもんですから

「ジャズの巨人、コルトレーン」

とか言われると、おぉ、今は亡くなっちゃってるけど、きっと20年とか30年とかやってきたんだー。とか、何となく無意識に思っちゃう訳です。

そうでなくてもレーベルを2回変え(Prestige→Atlantic→Impulse!と渡り歩き)、そこからリリースされたソロ名義のアルバムだけでも30枚を超え、他のミュージシャンとの共同名義や主要メンバーとしての参加作、更に死後に発売された未発表音源を合わせるととんでもない枚数になります。

どう計算しても信じられない程の量であり、更にその短いキャリアの中で大きな音楽的転換をやってのけてる訳ですから、もう超人的な人だったんだと思う他ありません。

もちろんそんな濃密な活動の原動力は、彼のアーティストとしてのインスピレーション、つまり創造力と感応力ではあるのですが、コルトレーンと出会い、彼のインスピレーションを大いに刺激した先輩や後輩との関わりというのも忘れてはいけません。

1960年代初頭のコルトレーンが、マッコイ・タイナー、ジミー・ギャリソン、エルヴィン・ジョーンズという理想のメンバーを得て、特にパワフルさと繊細さ、様々なリズムを同時に組み合わせて放つことで演奏のスケールをグッと拡げたエルヴィン・ジョーンズのドラミングに大きく触発されて、いわゆるモダン・ジャズから”コルトレーン・ジャズ”という独自の境地を切り開いたことは、終生彼の音楽性に深い影響を与えたであろう決定的な出来事だと思います。

ことろでコルトレーンが、このカルテット結成の前後に、実はエルヴィンと同じぐらい大きな刺激を同じバンドのメンバーとして与えたミュージシャンがおります。

それがアルト・サックス/バス・クラリネット/フルート奏者であるエリック・ドルフィーです。

エリック・ドルフィーという人は、コルトレーンよりちょい年下ですが、チャーリー・パーカーの生み出したモダン・ジャズのサックス奏法を、全く独自に進化させた特異なフレーズを持っており、また演奏テクニックもズバ抜けていて、サックスの一番低い音から超高音域を物凄い速さで激しく駆け抜けるアドリブ・スタイルはとにかく斬新を極め(今でもコピーするのは至難の技と言われてます)、同時代の鋭い感覚を持つ演奏家からは「アイツは凄い」と評価されておりましたが、いかんせん彼の個性は強すぎて、また、その斬新なコンセプトも一般の聴衆が付いていけるようなものではなかったんです。

1961年、ブッカー・リトルというまだ23歳のトランぺッターとようやく共同名義で自分のバンドを結成することが出来たドルフィーではありましたが、不幸なことにリトルが急病でこの世を去って、ドルフィーのバンドは自然消滅に近い形で崩壊。

ここでアタシら素人は、新しいメンバーを入れてバンドを結成すればいいじゃないかと思うのですが、リーダーとしてバンドを組んでメンバーを食わすには、ドルフィーの稼ぎは余りにも少な過ぎました。まずは自分が食っていけるために、どこかのバンドに入れてもらって日銭を稼がなければお話になりません。

丁度その年の5月、インパルスという新興レーベルで「アフリカ/ブラス」という最初のレコーディングをジョン・コルトレーンが行い、ブラス・セクションの一員としてドルフィーは呼ばれました。基礎的な技術はバッチリ持っていて、おまけに譜面や音楽理論に滅法強いドルフィーをコルトレーンは気に入り

「じゃあ今度はアトランティックに残ってる契約を清算するためのレコーディングをするから君、今度はソロ要員として来なよ」

と誘って、もちろんドルフィーはこれを快諾します。

そんなこんなで1ヶ月もせぬうちにドルフィーはコルトレーンとの2度目のレコーディングに呼ばれ、ここでフルート/アルトを存分に吹かせてもらったアルバムが『オレ』として、実はエリック・ドルフィー参加唯一の正式なスタジオ盤として残されております。

ドルフィーのプレイに手応えと、何よりそれまで自分が思ってもいなかったぶっ飛んだ方向からのアプローチに刺激を受けたコルトレーンは

「今後も正式なバンドメンバーとしてひとつよろしくたのむ」

と言いました。

ドルフィーもコルトレーンの事は敬愛しておりましたし、同じようにジャズの新しい方向性を模索している者同士、惹かれるものはあったんでしょう。

「チャールス・ミンガスのバンドでヨーロッパに行かなきゃならないんだけど、それが終わる9月以降なら空いてるよ、こちらこそよろしく」

と、男同士の固い約束を交わし、果たして帰国して直ぐにコルトレーンのレギュラー・バンドに馳せ参じ、精力的に行っていたツアーで凄まじい働きぶりを見せたのであります。

一言で申し上げてコルトレーンとドルフィー、両フロントのやりとりは”鬼神同士のガチバトル”でありまして

・のっけからテンション最高なコルトレーンのソロ
           ↓
・それよりもぶっ飛んだ異次元フレーズで強襲するドルフィーのソロ
           ↓
・それを受けて更に凄まじく、時にフリーキーな展開にすらなるコルトレーン


というやりとりには、毎度毎度興奮して感動して、かっさらわれて言葉も出ません。


やっぱり経済的に苦しいのと、どうしても音楽家として自分のグループで表現を極めたかったドルフィーは、1年もしないうちにコルトレーンのバンドを惜しまれつつ退団してしまうので、アルバムとしては先ほどの唯一のスタジオ盤の『オレ!』そしてImpulse!からのオフィシャルな盤として『ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』のシリーズしか音源はありませんが、やっぱりこの2人の演奏に特別な何かを感じる人は当時も多かったらしく、マイナーな私家盤レーベルから、ライヴ演奏やラジオ放送用音源のエア・チェックなんかは結構出ておるんです。





【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts,ss)
エリック・ドルフィー(as,bcl,fl)
マッコイ・タイナー(p)
ジミー・ギャリソン(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)

【収録曲】
1.Mr.PC
2.Miles Mode
3.My Favorite Things
4.Announcement by Symphony Sid Torin
5.The Inceworm
6.Mr.PC
7.Announcement by Symphony Sid Torin
8.My Favorite Things


1962年2月9日から2月16日にかけて、コルトレーン・クインテットは、ニューヨークのクラブ”バードランド”に出演しておりました。

丁度その演奏をラジオ中継しようと、放送用機材を持った番組スタッフが現場に入って録音した演奏がこの『1962 Birdland Broadcasts』。

ファンの間では昔から「ドルフィー入りのブートといえばこれ」と定評のある音源でして、その昔LP時代には”OZONE”という私家盤レーベルからリリースされたもの↓

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が、どんな手続きを経たのかちゃんとしたレーベルの”VeeJay”の所有になって日本盤はRVCレコードから再発されて ↓

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『バードランドのコルトレーンとドルフィー』

というタイトルで出回ったこともありました。

私家盤ながらこんだけリイシューされて長く聴かれ続けているということは、もうその時点で内容は保障されたようなもんで、実際に凄まじくアツい内容です。

コルトレーン、ついこの前まで『ジャイアント・ステップス』なんかで、オシャレでカッコいいジャズの最先端を極めていたはずなんですが、もうここで聴かれるコルトレーンは、フリーに片足の親指を突っ込んだぐらいの型破りなプレイを聴かせてくれます。

「Mr.PC」「My Favorite Things」の2曲はいずれもアトランティック時代の代表曲なんですが、サックス/バスクラ/フルートで緩急自在な、言ってみれば次の瞬間に何をしでかしてくるか分からないドルフィーの異次元ソロに、コルトレーンは目一杯の速射&ゴリ押し&フレーズ崩しで対抗。

言っときますがコルトレーンもドルフィーも、アドリブの中での”うた”を大事にする人達です。

だからアドリブでどんなにフレーズを意図的に崩しても、それがトータルな演奏とのバランスを、ギリギリ崩さないところでちゃんと音楽として成り立っている。

特に「マイ・フェイヴァリット・シングス」でのドルフィーのフルートの幻想的な美しさはため息が出ます。後年、ファラオ・サンダースを入れて、ラシッド・アリに不定形ビートを叩かせて、ほとんどフリー・ジャズと化したコルトレーンの、あの泥沼な魅力とはまた違った、壮絶な音楽の対話がゾクゾクしたスリルと、演奏が全曲終わった後も「まだ何かあるんじゃないか」とすら思わせる、コルトレーン、ドルフィー、エルヴィン、マッコイ、そしてギャリソンの壮大な過渡期の音楽です。

音質も、このテのものにしては思ったより悪くありません。「ん?」と思わせるところは8曲目の「マイ・フェイヴァリット・シングス」のマッコイのピアノ・ソロがいきなりカットされてドルフィーのソロが始まるところぐらい。

それより何より演奏そのものが脳天をぶん殴られるぐらいの強烈なものなので、コルトレーン・ファンのみならず、ジャズに刺激を求めるすべての人には強烈にオススメであります。


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2017年07月25日

マイルス・デイヴィス ワーキン

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マイルス・デイヴィス/ワーキン


(Prestige/ユニバーサル)

はい、今日も「コルトレーンのファースト・ステップを聴こう♪」と題しまして1956年の初期マイルス・デイヴィス・クインテットの作品を掘り下げていきたいと思います。

今日ご紹介しますのは「マラソン・セッション四部作」の最後の一枚になります『ワーキン』であります。

これはですのぅ、アタシは声を大にして言いたいのですが、名作揃いのこの時期のマイルスのアルバムの中でも非常に優れた出来の、名盤を通り越して芸術品の域に達してるアルバムと思うのですよ。

しかし、工事現場でタバコ吸って立ってるだけの、まるでカツアゲみたいなジャケットで損をしておる。

一応ジャケットには

『工事中→仕事中→ワーキン』

という洒落が込められてるのですが、ほんなもん言われてみらんとアメリカ人過ぎてよくわからんです。ただ怖〜い顔のマイルスに「よォ、カネ貸してくれ」とでも言われてるような気にしかならない。

しかーし!

ジャケがカツアゲだからといって、このアルバムを聴かずに放っておくのは勿体ないんですよそこのお嬢さん。

実はこのアルバムこそは、マイルスのミュートをかぶせた繊細でメロディアスなトランペット・プレイのカッコ良さ、胸にギュッとくる切なさと、レッド・ガーランドが奏でるえも言われぬ美しいピアノの大人な哀愁が目一杯堪能できる、という意味で四部作中ぶっちぎりの名作であるんです。

嘘だと思うのなら、1曲目の「イット・ネヴァー・エンタード・マイ・マインド」を聴いてごらんなさい。

「宝石を転がすような」と形容されるレッド・ガーランドのピアノが、優しく切ないアルペジオを奏で、その上に絹糸を泳がすように、マイルスのミュート・トランペットが入ってくる。

美しい美しいバラードです。理屈をすっ飛ばしてギューっと胸が締め付けれらて、あぁ、この気持ちなんでしょう。カツアゲなんて最初からない、あるのは美しい音楽が夢のように柔らかく浮かんで沈んで夢のように淡い輪郭を描く幻想の世界。

くー・・・・。
















【パーソネル】
マイルス・デイヴィス(tp,@〜DFG)
ジョン・コルトレーン(ts,A〜DFG)
レッド・ガーランド(p)
ポール・チェンバース(b)
フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)

【収録曲】
1.イット・ネヴァー・エンタード・マイ・マインド
2.フォア
3.イン・ユア・オウン・スウィート・ウェイ
4.ザ・テーマ (テイク1)
5.トレーンズ・ブルース
6.アーマッズ・ブルース
7.ハーフ・ネルソン
8.ザ・テーマ (テイク2)


・・・あぁいけない。マイルスのワン・ホーンが余りにも美しい1曲目に魂が持っていかれてコルトレーンを忘れてました。

そんな訳でこのアルバムでもバラード以降の2曲目からコルトレーンは参加してます。

まずはマイルスお得意のミディアム・アップ・テンポで、後にライヴでもよく演奏されることになる「フォア」で、この時期ならではの

・スムースで柔らかいマイルス→硬質で力強いコルトレーン

という対比が絶妙にバトンタッチされて、演奏の雰囲気は良い感じに小粋なものとなります。

で、カッコイイのは次の「イン・ユア・オウン・スウィート・ウェイ」ですねぇ。

コチラはグッとテンポを落としたミディアム・スロウのナンバーですが、コチラはよりクッキリとマイルスとコルトレーン、両者の個性の違いが曲調の中で見事なコントラストを際立たせます。

極力音数を絞ったマイルスのソロから、丁寧にフレーズを厳選しつつも迷いのない音を紡いでゆくコルトレーン。そのソロの直後にすかさずテーマを絶妙に崩したマイルスがリードするエンディング。これぞ粋です、モダン・ジャズの粋であります。

「ザ・テーマ」というのは、この頃のマイルス・グループがライヴのオープニングとエンディングに演奏していた、文字通りのテーマ曲。

ワクワクするようなリズムで軽やかに跳ねるマイルスと、ゴツゴツした音で力強くドッシリと歩くコルトレーン、これもまた対比がお見事。

そしてコルトレーンを大々的にフィーチャーした「トレーンズ・ブルース」と、マイルス、コルトレーンが抜けてガーランドにトリオ演奏で録音させた「アーマッズ・ブルース」と、ブルース2曲ですが、これもまた実に都会的でスマートに洗練されていて、いわゆる土臭い”ブルース”とはかなり違った味わい。

コルトレーン作曲の「トレーンズ・ブルース」は、やさぐれたワルなテーマを吹くマイルス&コルトレーンのハモり、そこからの”オシャレ不良”なマイルス、”硬派不良”なコルトレーンのソロのコンビネーションは、言うまでもなくお見事ですが、ブルースの雰囲気を損なわずに軽やかに鍵盤を転がすガーランド、ヒップに跳ねるシンバルワークでトッポい雰囲気を作り上げているフィリー・ジョーのドラムがまたいいじゃないですか。

「ハーフ・ネルソン」で再びテンポ・アップして、今度はテーマをピタリと合わせて吹くマイルス&コルトレーンにシビレてください。

淀みなく出てくるフレーズに、これ以上ないほど絶妙なシンコペーションを要所でキメるマイルス、もうたまらんですね。それを受けて勢いよく吹きつつも、マイルスに合わせるかのようにセンスのいいシンコペーションをこちらもキメてくるコルトレーン、もうたまらんですね。

以上、マイルス四部作でのコルトレーンは「マイルスの小粋で繊細なトランペットに対して、力強く勢いのあるテナー」で、大健闘どころかリーダーと肩を並べて堂々たるフロントぶりであります。

それももちろんガーランド、チェンバース、フィリー・ジョーの卓越したリズムのバッキングあればの話でもあり、何よりこの時代に開花した「スリルを孕んだ”粋なジャズ”」であるハード・バップを、メンバー全員が「こういうアプローチでやればカッコイイんじゃないか」というのを日々のライヴやセッションで研磨に研磨を重ねた結果なんだよね、という気はものすごくします。

それにしてもマイルスの”マラソン・セッション四部作”スタジオ盤なのに演奏がとってもリアルで素晴らしいライヴ感がありますね。コルトレーンの演奏だけをピックアップして書くつもりが、やっぱり曲と演奏全体のカッコ良さ、何より雰囲気の良さに引き込まれてしまい、ついつい長文になってしまいました。うん、たまらんです。






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