ディープなコラム こちらにも書いてます♪

2017年07月30日

ジョン・コルトレーン アフリカ/ブラス

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ジョン・コルトレーン/アフリカ ブラス
(Impulse!)


1961年4月、コルトレーンはこれより67年にあの世へ旅立つまで専属となるインパルス(Impulse!)レコードと契約を交わします。

Impulse!は、1960年に大手映画会社系列の、ABCパラマウントレコードのジャズ専門レーベルとして設立されたばかりの気鋭の新興レーベルで、61年に若手敏腕プロデューサーとして知られていたボブ・シールがレーベルの責任者に就任。

ボブ・シールという人は単なるやり手のプロデューサーというだけでなく、自らも楽器を演奏するミュージシャンであり、作詞作曲もする(ルイ・アームストロングの「この素晴らしき世界」の作者が彼だということは実はあんまり知られていないっす)人で、ジャズに関してはコルトレーンのような”新しいジャズ”から、スウィング時代のトラディショナルなものまで幅広く聴くことの出来る人でありました。

当時コルトレーンが所属していたメジャー・レーベルのアトランティックは、もちろん彼に良いレコーディング環境を与え、ブラック・ミュージックに関心が深い分、彼のやりたいこともある程度は理解してくれて良心的なサポートをしていましたが、コルトレーンの「新しい音楽」、つまりこれから彼が志向してゆくであろうアヴァンギャルドな路線に関しては、ちょいと難色を示しておりました。

アトランティックとしてはその前の年に契約した”ニュー・ジャズの旗手”と呼ばれたオーネット・コールマンの第一作目「ジャズ来るべきもの」が、当時としては破格の25000枚売れたのに、既にオーソドックスなジャズのビッグネームとしてある程度名が知られていたコルトレーンを前衛化させるのは嫌だったみたいです。

「う〜ん、君の場合は何つうかフツーにやっててもそこそこ売れるんだからさ。あんまり売れそうにないものはやめてくれよ。オーネットみたいに売れるか売れないか、フタを開けてみないと分からないようなバクチはあんまり打ちたくないんだ・・・」

というのがレーベル側の恐らく本音だったことでしょう。

コルトレーンは常に「今後の方向性」を悶々と考えて、その可能性が見えた道に、一直線に突き進むタイプの人であります。う〜ん、せっかく自分のレギュラーバンドも組んでこれからモダン・ジャズよりもモードよりも、もっとこうなんつうか誰もやったことがない新しくて深い音楽をやりたいんだけどなー・・・。

と、悩んでおったところにボブ・シールがニコニコしながらやってきて、コルトレーンの話をよく訊いて理解を示し、結構な額の契約金(これ大事)を提示して、コルトレーンをImpulse!レコードの専属ジャズマンとして引き抜きました。

道が決まればまっしぐらに突き進むのがコルトレーンです。古巣のアトランティックとの契約条件とかもよく確認しないままに、ボブと新作の話ですっかり盛り上がって、契約の一ヶ月後にはもう新しいメンバーとコンセプトを携えて、Impulse!が用意したスタジオに何事もなかったようにテナーを持って入っておりました。

コルトレーンとボブ・シールが、契約の時にどんな話で盛り上がったのか、その詳細は残念ながら分かりませんが、とにかくこの時期のコルトレーンの頭にあったものは

1.精神的なルーツに回帰するような音楽、つまりアフリカをテーマにした曲を作りたい

2.できればその世界観を強固なものにするためのオーケストラ・アレンジも付けてほしい

3.アレンジャーはなるだけ自分のコンセプトを理解する、新しい感覚を持った人間に頼みたい。あぁ、やっぱり感覚だけじゃなく、当然譜面や理論には恐ろしく強いやつがいい。できれば管楽器の心得があるやつで、ついでに言えば真面目で性格のいいやつにお願いしたい。


うん「1」と「2」はまぁわかる、でもお前「3」は要求ハードすぎるんじゃね?そんなセンスもよくて理論に強くて性格もいいヤツなんかその頃のジャズマンにいるかよ・・・・!


1.jpg

あ、いた・・・。


というわけで、コルトレーンの記念すべきImpulse!初レコーディングのアレンジャーとして白羽の矢が立ったのは、アルト・サックス、バス・クラリネット、フルートを吹きこなして誰も真似の出来ない超個性的なアドリブを繰り広げ、更に音楽理論にめちゃくちゃ強く、しかも”アイツはぶっちゃけいいヤツ”と一部ミュージシャン仲間の中で評判だったエリック・ドルフィー。

音楽的に「求めていたもの」の遥か先を行くアイディアを持っていたドルフィーとの迎合は、コルトレーンにとっては最高に幸福なことであり、また、最高に刺激的なことでありました。

加えてアクやクセの強いジャズマンの中にあって、演奏面ではアクやクセの塊のような人でありながら、性格は至って温厚、誰の話もよく聞き、決して諍いを起こさず、かつ酒や麻薬、女性のことでは一切問題を起こさない紳士であったドルフィーは、スタジオに集まったコルトレーンのメンバーやブラス・セクションのオーケストラメンバーを上手にまとめ、レコーディングはコルトレーンやボブ・シールの想像以上に和やかな雰囲気の中、意欲に満ち溢れた音楽を演奏することが出来ました。

5月と6月、二回に渡って行われたレコーディング・セッションで出来上がったアルバムがコチラ『アフリカ/ブラス』。



【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts,ss)
マッコイ・タイナー(p)
レジー・ワークマン(b)
アート・デイヴィス(b,@B)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)
(Orchestra)
ブッカー・リトル(tp)
フレディ・ハバード(tp,A)
ジュリアン・プリースター(euphonium)
チャールズ・グリーンリー(euphonium,A)
ジュリアス・ワトキンス(french-horn)
ドナルド・カラード(french-horn)
ボブ・ノーザン(french-horn)
ジミー・バッフィントン(french-horn,A)
ロバート・スイスヘルム(french-horn)
ビル・バーバー(tuba)
エリック・ドルフィー(as,fl,b-cl)
ガーヴィン・ブッシェル(piccolo,reeds)
パット・パトリック(bs)

【収録曲】
1.アフリカ
2.グリーン・スリーヴス
3.ブルース・マイナー

文字通りコルトレーンが、いや、この時代の知的探究心に溢れた黒人ミュージシャン達が、魂のルーツを求めて探究に燃えていたアフリカと、それを鮮やかに、そしてディープに彩る先鋭的で美しいブラス・セクションのアレンジが、いわゆるカギカッコの付いた”ジャズ”からコルトレーンの音楽を最初に解き放った一枚となって仕上がっております。

楽曲と、コルトレーン・カルテットの演奏の骨組みはあくまでそれまでのモード・ジャズの洗練された質感を大事にしつつ、リズムを野太く強調したツイン・ベースに、ワン・コードのリフから自在に変化して、まるでジャングルを駆ける動物の雄叫びのような音を効果的に散りばめながら、コルトレーンのアドリブがどんどん世界を押し広げてゆく「アフリカ」。

今度は美しいメロディに寄り添うように優雅に鳴り響きながら、アドリブの熱気に合わせるように全体をドラマチックに盛り上げるオーケストラ・アレンジに、ソプラノで哀愁のメロディーを感情の動きに連結させて吐き出す「グリーン・スリーヴス」。

そしてコルトレーンが大事にしていた”ブルース”のエッセンスが、ハジケたアドリブとアドリブで煮立つのを、今度はカッチリとした「進化系ビッグバンド」のようなブ厚い”鳴り”のオーケストラが見事に渋みでもって引き立てる「ブルース・マイナー」。

コルトレーンの演奏はコチラでもアツく完璧です。そしてこれだけ派手に鳴っているのに、そのコルトレーン・カルテットの演奏に、かなり激しく入り込んだりする瞬間もあるのに、一切邪魔せず引き立てに徹してるドルフィー指揮のオーケストラの圧力も心地良いです。

この時点でのコルトレーンの”アフリカ的”は、さほど民族チックなやつではなく、すこぶるカッコイイJAZZの一環として聴ける、ストレートな魅力に溢れたものであります。Impulse!第一作目は、コルトレーンにとっての「新しい音楽」の第一歩を、ジャズの歴史と音楽の歴史の両方に、確かに力強く刻み付けたものであります。

で、そんなコルトレーン、うっかり

「あ、アトランティックとの契約、そういえばまだあと1枚残ってた」

と、数日もしないうちにエリック・ドルフィーとフレディ・ハバードを連れてアトランティックのスタジオで

「えぇ、すいませんねぇ・・・」

と、アルバム『オレ!』をレコーディングします。

何か、かわいいぞコルトレーン。


(『アフリカ/ブラス』のアフリカンな雰囲気と『オレ!』のスパニッシュ・モードそれぞれのカッコ良さをじっくり聴き比べるのも一興です♪)



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2017年07月29日

ジョン・コルトレーン The 1962 Graz Concert

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John Coltrane Quartet/The 1962 Graz Concert Complete Edition

(IN Crowd)


1950年代から60年代を生きたジャズマン達のインタビューなどで

「いやぁ、60年代はアメリカじゃあ仕事がなくて大変だったしクラブの客の態度も相変わらず酷いもんだったけど、ヨーロッパはいいよね。どこ行ってもみんなちゃんと聴いてくれるしギャラも良かった」

という話を読むことがあります。

アタシなんかが今の時代から見たら60年代のアメリカはモダンジャズが成熟して、それこそスウィング時代から活躍しているベテランから、前衛やR&B/ソウルジャズとか新しいことをやっている若手まで、ブ厚い層でそれこそ百花繚乱、クラブは毎夜素晴らしい演奏が繰り広げられていてジャズ人気すごかった。

と思うのですが、どうやらそれは違うみたいで、流行の移り変わりの目まぐるしいアメリカでは、音楽を主に聴く若者層の関心がロックやソウルなど新しい音楽に急激に向かい、ジャズマンはよっぽどの大物でなければレコードやコンサートの収入で豪勢な生活を送ることは出来ず、クラブやツアーを回っての小さなコンサートなどで生計が立てば良いのですが、それもままならない人も多くおりました。

それと、アメリカには「ジャズはクラブで飲食と会話を楽しみながら聴くもんだ」という文化風習が根強く残っておりまして、それはそれでまぁいいのですが、モダン・ジャズ以降高まったミュージシャン達の

「ちゃんと鑑賞してもらうための音楽を演りたい」

という意識とそういったクラブ文化の名残りはクラブや聴衆とミュージシャン達の間に若干の不協和音を生じさせるようにもなっていったのです。

コルトレーンやマイルスは、当時のジャズ界で先陣を切って”鑑賞のための音楽を作ろう”と頑張っていた派です。

ところが頑張って良い曲を作っても、良い演奏をしても、いつも自分達がやっているクラブでは、真剣に聴いてくれる人達はいても、酔ってくだをまいたりおしゃべりに集中している人達も多くおりました。

簡単に言うと60年代、ジャズの芸術性はどんどん研ぎ澄まされて高まったいた。けれどもアメリカではそれを正面から受け止める器が社会に乏しいばかりではなく、ジャズ人気そのものが下火になっていたために、ミュージシャン達は真剣に作った音楽をキチンと聴いてもらえないわ生活はどんどん苦しくなるわでえらいこっちゃだった。

ということですな。

ところが海の向こう、ヨーロッパでは、ジャズは

「アメリカの最先端のオシャレでカッコ良くて、芸術精度が高い音楽」

として、60年代正に人気が沸騰しておりました。

アメリカでは黒人ジャズミュージシャン達の待遇の悪さには、人種差別というのっぴきならないものが根底にあったりしましたが、ヨーロッパでは白人であれ黒人であれ、ミュージシャンはきちんと”音楽家”として待遇されます(ヨーロッパは音楽に限らず職人や一芸に秀でた人に対するリスペクトは伝統的に篤いらしいのです)。

これは同じ時代の日本もそうですね、アート・ブレイキーだったか

「日本行ったらどこ行ってもオレらは人気者で、みんな好意的で差別もないし、駅員からその辺の街のにーちゃんまでオレらのこと知ってて”サインくれ”ってレコード持ってきたりするんだぜ。いや、おったまげたね。国賓か?アメリカでの俺らの扱いは何なんだろうと思うよね」


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(画像はイメージです)

というようなことを言ったとか。

ともかくアメリカとヨーロッパや日本でのジャズマンの待遇というのは素晴らしく、演奏もちょっと名の知れたミュージシャンだったらコンサートホールでマナーの良いお客さんの前でやらせてくれる。

だもんで60年代にはジャズマンのヨーロッパ・ツアーや、もういっそのこと移住しちゃえ!というのが流行りました。

さて、そんな60年代、ソロ・アーティストとしての評価を固めてようやく”一流”から”格別”の仲間入りをしたコルトレーンも、Impulse!レコードと契約したその年の1961年に最初のヨーロッパ・ツアーを行い、エリック・ドルフィー参加のこのクインテットは各地で熱狂を持って迎えられ帰国。

ヨーロッパでの反応や評価に気を良くしたコルトレーンとImpulse!レコードは、続けざまに翌62年にはドルフィーが抜けてカルテットになったグループのヨーロッパ・ツアーを行います。




【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts,ss)
マッコイ・タイナー(p)
ジミー・ギャリソン(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)

【収録曲】
(Disc-1)
1.Bye Bye Blackbird
2.The Inceworm
3.Autumn Leaves
4.Everytime We Say Goodbye
5.Mr.PC

(Disc-2)
1.I Want To Talk About You
2.Impressions
3.My Favorite Things


さてさて、そんなコルトレーンのヨーロッパ・ツアー音源は、公式非公式を問わず、様々なレーベルから素晴らしい音盤が世に出され続けておりますね。

本日ご紹介いたします「1962 Graz Concert」は、1962年の二度目のヨーロッパ・ツアーで訪れた、オーストリアのグラーツで行われたコンサートを収録した、これもLP時代からその優れた演奏密度の濃さに定評がある私家盤コルトレーンの定番アイテムであります。

グラーツという街はオーストリアで二番目に大きな都市で、街には美術館や劇場が立ち並ぶ、いかにも歴史と伝統と文化に育まれたヨーロッパの古都。

この街がどれだけ音楽に対する意識が高かったかといえば、クラシック界におけるカール・ベームやニコラウス・アーノンクールなどを輩出したといえば、音楽好きの方には少しピンときてもらえるでありましょうか。

つまりそういう、住民のほとんどがクラシック音楽に自然と慣れ親しんでいた街で、ちゃんとしたコンサート・ホールで、ガッツリ”聴き”に来ているお客さんを相手にしたコルトレーン・カルテットの良い意味での緊張が、演奏を通して伝わってくるライヴです。もちろんお客さん達の反応も最高なんです。

まず、このアルバムでは「マイ・フェイバリット・シングス」や「ミスターP.C.」「インプレッションズ」等の、この時期のコルトレーンお得意のレパートリーに加え、マイルス・バンドの定番曲「バイ・バイ・ブラックバード」や、コルトレーンがやってるのはほとんど貴重な「枯葉」が聴けます。

その「枯葉」なんですが、これがもう凄い。

元々はシャンソンの曲ですが、小粋でちょっぴり切ないジャズのスタンダードとして今は有名です。で、多くのジャズマンのカヴァーを聴いても、ほどんどが小粋でちょっぴり切ない演奏なんですが、やはりというか何というか、コルトレーンの手にかかったらそうはいかんのですよ。

まずは早めのテンポに乗って、マッコイのエモーショナルなピアノ・ソロ。そして満を持してコルトレーンのソプラノが「びひゃらぁらぁあぁぁぁーー!」と入ってきて、あとはもう

『私達が友達だったあの楽しかった日々』も

『シャベルに集められた枯葉』も

『想い出と後悔』も

『忘れてはいない、あなたが唄ってくれたあの唄』も

(*いずれも原曲の歌詞です)

ぜーんぶコルトレーンのソプラノが吹き散らかす灼熱の音符にかっさらわれて、どこかに飛び散ってしまっております。

もうね、コルトレーン、これ、原曲の歌詞とかムードとか、何っにも考えとらんですよ。ロマンチックなスタンダードのメロディーなんか、コルトレーンからしたら、壮大なアドリブの実験と手前のスパークのための材料とか燃料でしかない。

そういうところが最高なんですね。もうアドリブに全て賭けとるぞ、ワシにはこれしかないんぞ、という猪突猛進で一本気なスタンダード解釈はコルトレーンにしか許されないものだと思います。だって聴いてると原曲とかどうでもよくて、ひたすら演奏そのものの熱気に引き込まれますもんね。

そしてアタシが個人的にグッときたのは、Disc-2の「アイ・ウォント・トゥ・トーク・アバウト・ユー」です。

色んなアルバムで演奏されるコルトレーンお気に入りのバラードで、エンディングまでの長い無伴奏のサックス独奏がこの曲の肝と言われてます。

で、やはりこのヴァージョンでも、エンディングまで結構な時間を無伴奏で吹き切っていて、その瞬間瞬間にアドリブで紡ぎ出されるメロディが、他の盤での演奏と比べても、絶句するほど格別に美しいんです。

そしてこの感動の名演からテンポを上げての「インプレッションズ」「フェイヴァリット・シングス」が続きます。静かに固唾を飲んで聴き入っていた聴衆が、、最後の最後で割れんばかりの万雷の拍手を送ります。ライヴ盤ですとクラブやフェスのくつろいだ雰囲気がいいなぁとか思いますが、このアルバムはお客さんの真剣な意識が、コルトレーン・カルテットの演奏を、ひたすら高密度/高純度なものに高めてる。そんな印象が感動と共に強く脳裏に焼き付きます。




(こちらは1961年、ドルフィー入りクインテットでのヨーロッパ・ツアーの音源)


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2017年07月27日

ジョン・コルトレーン The Complete 1962 Birdland Broadcasts

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John Coltrane with Eric Dolphy/The Complete 1962 Birdland Broadcasts
(GAMBIT)

コルトレーンが1955年にマイルス・デイヴィス・クインテットに加入してから亡くなった1967年まで、実に12年しかありません。

アタシなんかは彼が亡くなって10年ぐらい後にようやく生まれた世代なもんですから

「ジャズの巨人、コルトレーン」

とか言われると、おぉ、今は亡くなっちゃってるけど、きっと20年とか30年とかやってきたんだー。とか、何となく無意識に思っちゃう訳です。

そうでなくてもレーベルを2回変え(Prestige→Atlantic→Impulse!と渡り歩き)、そこからリリースされたソロ名義のアルバムだけでも30枚を超え、他のミュージシャンとの共同名義や主要メンバーとしての参加作、更に死後に発売された未発表音源を合わせるととんでもない枚数になります。

どう計算しても信じられない程の量であり、更にその短いキャリアの中で大きな音楽的転換をやってのけてる訳ですから、もう超人的な人だったんだと思う他ありません。

もちろんそんな濃密な活動の原動力は、彼のアーティストとしてのインスピレーション、つまり創造力と感応力ではあるのですが、コルトレーンと出会い、彼のインスピレーションを大いに刺激した先輩や後輩との関わりというのも忘れてはいけません。

1960年代初頭のコルトレーンが、マッコイ・タイナー、ジミー・ギャリソン、エルヴィン・ジョーンズという理想のメンバーを得て、特にパワフルさと繊細さ、様々なリズムを同時に組み合わせて放つことで演奏のスケールをグッと拡げたエルヴィン・ジョーンズのドラミングに大きく触発されて、いわゆるモダン・ジャズから”コルトレーン・ジャズ”という独自の境地を切り開いたことは、終生彼の音楽性に深い影響を与えたであろう決定的な出来事だと思います。

ことろでコルトレーンが、このカルテット結成の前後に、実はエルヴィンと同じぐらい大きな刺激を同じバンドのメンバーとして与えたミュージシャンがおります。

それがアルト・サックス/バス・クラリネット/フルート奏者であるエリック・ドルフィーです。

エリック・ドルフィーという人は、コルトレーンよりちょい年下ですが、チャーリー・パーカーの生み出したモダン・ジャズのサックス奏法を、全く独自に進化させた特異なフレーズを持っており、また演奏テクニックもズバ抜けていて、サックスの一番低い音から超高音域を物凄い速さで激しく駆け抜けるアドリブ・スタイルはとにかく斬新を極め(今でもコピーするのは至難の技と言われてます)、同時代の鋭い感覚を持つ演奏家からは「アイツは凄い」と評価されておりましたが、いかんせん彼の個性は強すぎて、また、その斬新なコンセプトも一般の聴衆が付いていけるようなものではなかったんです。

1961年、ブッカー・リトルというまだ23歳のトランぺッターとようやく共同名義で自分のバンドを結成することが出来たドルフィーではありましたが、不幸なことにリトルが急病でこの世を去って、ドルフィーのバンドは自然消滅に近い形で崩壊。

ここでアタシら素人は、新しいメンバーを入れてバンドを結成すればいいじゃないかと思うのですが、リーダーとしてバンドを組んでメンバーを食わすには、ドルフィーの稼ぎは余りにも少な過ぎました。まずは自分が食っていけるために、どこかのバンドに入れてもらって日銭を稼がなければお話になりません。

丁度その年の5月、インパルスという新興レーベルで「アフリカ/ブラス」という最初のレコーディングをジョン・コルトレーンが行い、ブラス・セクションの一員としてドルフィーは呼ばれました。基礎的な技術はバッチリ持っていて、おまけに譜面や音楽理論に滅法強いドルフィーをコルトレーンは気に入り

「じゃあ今度はアトランティックに残ってる契約を清算するためのレコーディングをするから君、今度はソロ要員として来なよ」

と誘って、もちろんドルフィーはこれを快諾します。

そんなこんなで1ヶ月もせぬうちにドルフィーはコルトレーンとの2度目のレコーディングに呼ばれ、ここでフルート/アルトを存分に吹かせてもらったアルバムが『オレ』として、実はエリック・ドルフィー参加唯一の正式なスタジオ盤として残されております。

ドルフィーのプレイに手応えと、何よりそれまで自分が思ってもいなかったぶっ飛んだ方向からのアプローチに刺激を受けたコルトレーンは

「今後も正式なバンドメンバーとしてひとつよろしくたのむ」

と言いました。

ドルフィーもコルトレーンの事は敬愛しておりましたし、同じようにジャズの新しい方向性を模索している者同士、惹かれるものはあったんでしょう。

「チャールス・ミンガスのバンドでヨーロッパに行かなきゃならないんだけど、それが終わる9月以降なら空いてるよ、こちらこそよろしく」

と、男同士の固い約束を交わし、果たして帰国して直ぐにコルトレーンのレギュラー・バンドに馳せ参じ、精力的に行っていたツアーで凄まじい働きぶりを見せたのであります。

一言で申し上げてコルトレーンとドルフィー、両フロントのやりとりは”鬼神同士のガチバトル”でありまして

・のっけからテンション最高なコルトレーンのソロ
           ↓
・それよりもぶっ飛んだ異次元フレーズで強襲するドルフィーのソロ
           ↓
・それを受けて更に凄まじく、時にフリーキーな展開にすらなるコルトレーン


というやりとりには、毎度毎度興奮して感動して、かっさらわれて言葉も出ません。


やっぱり経済的に苦しいのと、どうしても音楽家として自分のグループで表現を極めたかったドルフィーは、1年もしないうちにコルトレーンのバンドを惜しまれつつ退団してしまうので、アルバムとしては先ほどの唯一のスタジオ盤の『オレ!』そしてImpulse!からのオフィシャルな盤として『ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』のシリーズしか音源はありませんが、やっぱりこの2人の演奏に特別な何かを感じる人は当時も多かったらしく、マイナーな私家盤レーベルから、ライヴ演奏やラジオ放送用音源のエア・チェックなんかは結構出ておるんです。





【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts,ss)
エリック・ドルフィー(as,bcl,fl)
マッコイ・タイナー(p)
ジミー・ギャリソン(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)

【収録曲】
1.Mr.PC
2.Miles Mode
3.My Favorite Things
4.Announcement by Symphony Sid Torin
5.The Inceworm
6.Mr.PC
7.Announcement by Symphony Sid Torin
8.My Favorite Things


1962年2月9日から2月16日にかけて、コルトレーン・クインテットは、ニューヨークのクラブ”バードランド”に出演しておりました。

丁度その演奏をラジオ中継しようと、放送用機材を持った番組スタッフが現場に入って録音した演奏がこの『1962 Birdland Broadcasts』。

ファンの間では昔から「ドルフィー入りのブートといえばこれ」と定評のある音源でして、その昔LP時代には”OZONE”という私家盤レーベルからリリースされたもの↓

1.jpg

が、どんな手続きを経たのかちゃんとしたレーベルの”VeeJay”の所有になって日本盤はRVCレコードから再発されて ↓

1.jpg

『バードランドのコルトレーンとドルフィー』

というタイトルで出回ったこともありました。

私家盤ながらこんだけリイシューされて長く聴かれ続けているということは、もうその時点で内容は保障されたようなもんで、実際に凄まじくアツい内容です。

コルトレーン、ついこの前まで『ジャイアント・ステップス』なんかで、オシャレでカッコいいジャズの最先端を極めていたはずなんですが、もうここで聴かれるコルトレーンは、フリーに片足の親指を突っ込んだぐらいの型破りなプレイを聴かせてくれます。

「Mr.PC」「My Favorite Things」の2曲はいずれもアトランティック時代の代表曲なんですが、サックス/バスクラ/フルートで緩急自在な、言ってみれば次の瞬間に何をしでかしてくるか分からないドルフィーの異次元ソロに、コルトレーンは目一杯の速射&ゴリ押し&フレーズ崩しで対抗。

言っときますがコルトレーンもドルフィーも、アドリブの中での”うた”を大事にする人達です。

だからアドリブでどんなにフレーズを意図的に崩しても、それがトータルな演奏とのバランスを、ギリギリ崩さないところでちゃんと音楽として成り立っている。

特に「マイ・フェイヴァリット・シングス」でのドルフィーのフルートの幻想的な美しさはため息が出ます。後年、ファラオ・サンダースを入れて、ラシッド・アリに不定形ビートを叩かせて、ほとんどフリー・ジャズと化したコルトレーンの、あの泥沼な魅力とはまた違った、壮絶な音楽の対話がゾクゾクしたスリルと、演奏が全曲終わった後も「まだ何かあるんじゃないか」とすら思わせる、コルトレーン、ドルフィー、エルヴィン、マッコイ、そしてギャリソンの壮大な過渡期の音楽です。

音質も、このテのものにしては思ったより悪くありません。「ん?」と思わせるところは8曲目の「マイ・フェイヴァリット・シングス」のマッコイのピアノ・ソロがいきなりカットされてドルフィーのソロが始まるところぐらい。

それより何より演奏そのものが脳天をぶん殴られるぐらいの強烈なものなので、コルトレーン・ファンのみならず、ジャズに刺激を求めるすべての人には強烈にオススメであります。


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2017年07月25日

マイルス・デイヴィス ワーキン

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マイルス・デイヴィス/ワーキン


(Prestige/ユニバーサル)

はい、今日も「コルトレーンのファースト・ステップを聴こう♪」と題しまして1956年の初期マイルス・デイヴィス・クインテットの作品を掘り下げていきたいと思います。

今日ご紹介しますのは「マラソン・セッション四部作」の最後の一枚になります『ワーキン』であります。

これはですのぅ、アタシは声を大にして言いたいのですが、名作揃いのこの時期のマイルスのアルバムの中でも非常に優れた出来の、名盤を通り越して芸術品の域に達してるアルバムと思うのですよ。

しかし、工事現場でタバコ吸って立ってるだけの、まるでカツアゲみたいなジャケットで損をしておる。

一応ジャケットには

『工事中→仕事中→ワーキン』

という洒落が込められてるのですが、ほんなもん言われてみらんとアメリカ人過ぎてよくわからんです。ただ怖〜い顔のマイルスに「よォ、カネ貸してくれ」とでも言われてるような気にしかならない。

しかーし!

ジャケがカツアゲだからといって、このアルバムを聴かずに放っておくのは勿体ないんですよそこのお嬢さん。

実はこのアルバムこそは、マイルスのミュートをかぶせた繊細でメロディアスなトランペット・プレイのカッコ良さ、胸にギュッとくる切なさと、レッド・ガーランドが奏でるえも言われぬ美しいピアノの大人な哀愁が目一杯堪能できる、という意味で四部作中ぶっちぎりの名作であるんです。

嘘だと思うのなら、1曲目の「イット・ネヴァー・エンタード・マイ・マインド」を聴いてごらんなさい。

「宝石を転がすような」と形容されるレッド・ガーランドのピアノが、優しく切ないアルペジオを奏で、その上に絹糸を泳がすように、マイルスのミュート・トランペットが入ってくる。

美しい美しいバラードです。理屈をすっ飛ばしてギューっと胸が締め付けれらて、あぁ、この気持ちなんでしょう。カツアゲなんて最初からない、あるのは美しい音楽が夢のように柔らかく浮かんで沈んで夢のように淡い輪郭を描く幻想の世界。

くー・・・・。
















【パーソネル】
マイルス・デイヴィス(tp,@〜DFG)
ジョン・コルトレーン(ts,A〜DFG)
レッド・ガーランド(p)
ポール・チェンバース(b)
フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)

【収録曲】
1.イット・ネヴァー・エンタード・マイ・マインド
2.フォア
3.イン・ユア・オウン・スウィート・ウェイ
4.ザ・テーマ (テイク1)
5.トレーンズ・ブルース
6.アーマッズ・ブルース
7.ハーフ・ネルソン
8.ザ・テーマ (テイク2)


・・・あぁいけない。マイルスのワン・ホーンが余りにも美しい1曲目に魂が持っていかれてコルトレーンを忘れてました。

そんな訳でこのアルバムでもバラード以降の2曲目からコルトレーンは参加してます。

まずはマイルスお得意のミディアム・アップ・テンポで、後にライヴでもよく演奏されることになる「フォア」で、この時期ならではの

・スムースで柔らかいマイルス→硬質で力強いコルトレーン

という対比が絶妙にバトンタッチされて、演奏の雰囲気は良い感じに小粋なものとなります。

で、カッコイイのは次の「イン・ユア・オウン・スウィート・ウェイ」ですねぇ。

コチラはグッとテンポを落としたミディアム・スロウのナンバーですが、コチラはよりクッキリとマイルスとコルトレーン、両者の個性の違いが曲調の中で見事なコントラストを際立たせます。

極力音数を絞ったマイルスのソロから、丁寧にフレーズを厳選しつつも迷いのない音を紡いでゆくコルトレーン。そのソロの直後にすかさずテーマを絶妙に崩したマイルスがリードするエンディング。これぞ粋です、モダン・ジャズの粋であります。

「ザ・テーマ」というのは、この頃のマイルス・グループがライヴのオープニングとエンディングに演奏していた、文字通りのテーマ曲。

ワクワクするようなリズムで軽やかに跳ねるマイルスと、ゴツゴツした音で力強くドッシリと歩くコルトレーン、これもまた対比がお見事。

そしてコルトレーンを大々的にフィーチャーした「トレーンズ・ブルース」と、マイルス、コルトレーンが抜けてガーランドにトリオ演奏で録音させた「アーマッズ・ブルース」と、ブルース2曲ですが、これもまた実に都会的でスマートに洗練されていて、いわゆる土臭い”ブルース”とはかなり違った味わい。

コルトレーン作曲の「トレーンズ・ブルース」は、やさぐれたワルなテーマを吹くマイルス&コルトレーンのハモり、そこからの”オシャレ不良”なマイルス、”硬派不良”なコルトレーンのソロのコンビネーションは、言うまでもなくお見事ですが、ブルースの雰囲気を損なわずに軽やかに鍵盤を転がすガーランド、ヒップに跳ねるシンバルワークでトッポい雰囲気を作り上げているフィリー・ジョーのドラムがまたいいじゃないですか。

「ハーフ・ネルソン」で再びテンポ・アップして、今度はテーマをピタリと合わせて吹くマイルス&コルトレーンにシビレてください。

淀みなく出てくるフレーズに、これ以上ないほど絶妙なシンコペーションを要所でキメるマイルス、もうたまらんですね。それを受けて勢いよく吹きつつも、マイルスに合わせるかのようにセンスのいいシンコペーションをこちらもキメてくるコルトレーン、もうたまらんですね。

以上、マイルス四部作でのコルトレーンは「マイルスの小粋で繊細なトランペットに対して、力強く勢いのあるテナー」で、大健闘どころかリーダーと肩を並べて堂々たるフロントぶりであります。

それももちろんガーランド、チェンバース、フィリー・ジョーの卓越したリズムのバッキングあればの話でもあり、何よりこの時代に開花した「スリルを孕んだ”粋なジャズ”」であるハード・バップを、メンバー全員が「こういうアプローチでやればカッコイイんじゃないか」というのを日々のライヴやセッションで研磨に研磨を重ねた結果なんだよね、という気はものすごくします。

それにしてもマイルスの”マラソン・セッション四部作”スタジオ盤なのに演奏がとってもリアルで素晴らしいライヴ感がありますね。コルトレーンの演奏だけをピックアップして書くつもりが、やっぱり曲と演奏全体のカッコ良さ、何より雰囲気の良さに引き込まれてしまい、ついつい長文になってしまいました。うん、たまらんです。






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2017年07月24日

マイルス・デイヴィス スティーミン

1.jpg
マイルス・デイヴィス/スティーミン
(Prestige/ユニバーサル)

コルトレーンの歌心の源流を追って、ここのところ初期マイルス・デイヴィス・クインテット時代のコルトレーンを集中的に聴いております。

改めて聴いてやはり思うのは、コルトレーンのプレイのポリシー、つまり「それまでテナー・サックスでは誰もやってなかったシャープなサウンドで、エッジの効いたプレイをする」というのは、この時代既に確固たるものとしてコルトレーンの中で固まっていたんだなぁということです。

コルトレーンのデビューは遅く、マイルスのグループに参加した頃は既に30になろうとしていた頃でしたが、彼にとってはライバルであり、少し年下のソニー・ロリンズがその5年前には19歳にして堂々たる吹きっぷりで世間を沸かせていたことを考えると「俺は本当にジャズで食っていけるのか?」と、考え悩むばかりの20代であったであろうことは想像に難しくありません。

しかし、彼が20代ももう終わりに近付き、憧れのチャーリー・パーカーと一緒に演奏をしていたマイルスに声を掛けられた時は、既に20代の頃夢中で練習していたビ・バップの時代は終わりを迎えようとしておりました。

「ひたすら早くてヒップなフレーズを、熱気と技術に任せて吹きまくる」

というビ・バップから

「よりファンキーで、楽曲全体を考えたメロディアスなアドリブと、洗練されたモダンな演奏を」

というハード・バップの時代に突入した1950年代半ばにようやくソロ・アーティストとしての可能性を掴んだコルトレーン。そして、その時代を牽引して次の時代のドアに手をかけていたのが、自分をスカウトしてくれたマイルス・デイヴィスその人だった訳ですから、嫌でもやる気はみなぎろうというものです。

コルトレーンはしかし、その時点ではジャズ界隈のリスナーからはまだまだ未熟で何をやりたいのかよく分からないテナー吹き、という扱いを受けておりました。

テナーサックスといえばソニー・ロリンズのように、中低域を活かしたズ太い音で、よどみなく粋でイナセなフレーズを、リズミカルに次々と生み出すもの。或いはまだリスナーのほとんどは、ビ・バップより前の時代のスウィング・ジャズ・テナーの豪放磊落な、分かり易い男らしさがほとばしるプレイの残滓を追っていたのかも知れません。

このようなファンの感覚は

「誰もやってなかったことをやる」

と決めたマイルスにとってはどうでもいいものでした。

コルトレーンにとっても、エリントン楽団のジョニー・ホッジスが最初のアイドルであり、ちょっと前まではR&Bのアール・ボスティックのバンドで豪快で野性味溢れるホンク・テナーも”お仕事”で吹いていたのです。いかにロリンズやスタン・ゲッツら当時の一流テナーマンに比べて技術的には数段劣るとはいえ、プロとして求められさえすればある程度スイスイ吹けるぐらいの基本的な実力はあったでしょうが、コルトレーンの意識も

「自分ならではの、まったく新しいプレイスタイル」

な訳ですから、理解してくれるよき仲間と共に、大いに試行錯誤、切磋琢磨するべき時間は必要だった訳であります。

グループに加入したその年の1955年の演奏には、確かにコルトレーンの迷いが見て取れます(アルバム「ザ・ニュー・マイルス・デイヴィス・クインテット」)が、マイルスのコンセプトへのコルトレーンの理解力は素晴らしく、次の作品の「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」から、プレスティジでの最後のレコーディングであります”マラソン・セッション四部作”に至る1956年の一連の演奏を聴くと、もうたった1年のうちに何があったんだと思う程の技術的な上達と、他の誰にも似ていないしっかりとした個性が確立されたサウンドとフレーズが見事に花開いているのです。



【パーソネル】
マイルス・デイヴィス(tp)
ジョン・コルトレーン(ts,ACD)
レッド・ガーランド(p)
ポール・チェンバース(b)
フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)


【収録曲】
1.飾りの付いた四輪馬車
2.ソルト・ピーナツ
3.サムシング・アイ・ドリームド・ラスト・ナイト
4.ダイアン
5.ウェル・ユー・ニードント
6.オエン・アイ・フォール・イン・ラヴ


という訳でマイルスの”Prestige四部作”は、マイルスの優雅で繊細なトランペットの妙技と、センス最高ハード・バップ・ジャズをどのアルバムでも心ゆくまで楽しめますが、コルトレーン・ファンにとっても最初の飛躍が刻まれた胸の透くようなカッコイイ演奏にシビレることが出来る素晴らしいアルバム達です。

本日ご紹介するのは「クッキン」「リラクシン」ときて「スティーミン」です。

何となく四部作の中では、ジャケットがかわいい「クッキン」と「リラクシン」は人気ありますが、「スティーミン」と「ワーキン」はあんまり語られることがないような気がしませんか?

うんうん、内容的にはアルバム単位で甲乙付け難いのは本当ですし、せっかくなんでもっと多くの人に「スティーミン」と「ワーキン」を聴いてほしいので、今日は大いに語りましょうね。もちろんコルトレーンを中心に。

さて、本作スティーミンは、こちらも「リラクシン」同様に、リラックスして聴ける極上のジャズです。

更に目玉としては、ノリノリのビ・バップ曲「ソルト・ピーナッツ」と、セロニアス・モンクのコミカルなノリの良さが光る「ウェル・ユー・ニードント」での、コルトレーンの炸裂するプレイでしょう。

マイルスとしては、もうこの時点でビ・バップの急速ナンバーは「もういいか」という認識だったとは思いますが、アルバム4枚分のレコーディングをせねばならないからというのと、やっぱりライヴなんかではキャッチ―で速い曲はウケが良かったんでしょう。

それにここまでに散々ビ・バップをやってきたメンバー達にとっては”お手のもの”であります。

マイルスがミュートを外してパラパラパラ!と吹きつつも、ところどころで絶妙に音を抜いて間を活かした(コレが最高にセンスいい!)ソロをすれば、コルトレーンはそれまで溜めてきたものを一気に吐き出すかのような細かい手数での激しい吹きっぷり。

それを受けて”モダン・ジャズの世界で一番派手なドラムを叩く男”(←今考えた)フィリー・ジョー・ジョーンズがハイライトとなるド派手なドラムソロで山を作って一瞬のテーマをマイルス、コルトレーンがパッと吹いてズシャッと終わり。くーカッコイイ、スタジオ盤なのに何でこんなにライヴっぽいんだろう。

感動の余韻を更に膨らますかのように、今度はマイルスがワン・ホーンで歌う見事なバラード「サムシング・アイ・ドリームド・ラスト・ナイト」から、再びコルトレーンが参加しての、怒涛の「ダイアン」そして「ウェル・ユー・ニードント」。

「ダイアン」はミディアム・テンポの小唄ですが、おっと、言い忘れていたけどこの曲のコルトレーンのソロも目玉です。

テンポに合わせた絶妙の”抜き””スカし”なら、コルトレーンはテンポに対して倍ぐらいの数の高速フレーズをブチ込む思い切ったアドリブで突っ走るんですが、この時勢い余り過ぎて「キュイッ!」と音が裏返るミス・トーンを出してるんです。コレがもう最高にシビレます。いいなぁジャズって。。。

そしてセロニアス・モンクの「ウェル・ユー・ニードント」ですが、この頃まだその独特過ぎる個性ゆえに、一般人気とは縁遠かったモンクの曲を「何でだよ、カッコイイものはカッコイイじゃねぇか」と積極的に演奏していたのはマイルスです。

マイルスの代表作と思われている「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」だってモンクの曲です。

聴く分には独特の”飛び””はずし”が、リズムと絡まってウキウキするモンクのミディアム・アップ・ナンバーは、実は演奏する側にとっては実に難しいのですが、こんなもん結成して毎晩のようにライヴやってたマイルス・バンドの手にかかりゃ朝飯前。

コミカルで摩訶不思議な”うねり”のあるテーマをズラしたタイミングでカッコよくハモるマイルスとコルトレーンから、マイルスのスムースなソロからコルトレーンの力強いトーンが「ぎゅいーん」とフル加速していくこの流れ、たまらんですね。そこからバトンタッチした、珍しく低音をガラゴロミステリアスに転がすガーランド、その間もずーっとブイブイとぶっとい4ビートを刻み続けているチェンバースのベース、スネアとハイハットとシンバルを細かく使い分けて効果的に突っ込むところにピシャッと突っ込んでゆくフィリー・ジョーのドラム。たまらんですね、実にたまらんです。

最後は再びマイルスのワン・ホーンでの美しいバラードで、結局コルトレーンはこのアルバムではバラードでは参加せず、ミディアムからアップテンポの曲のみの参加となっておりますが、それだけにギアの入ったコルトレーンの凄さに「うひゃー!」と興奮するにはもってこいのアルバムなんじゃないかと思います。良いよ。

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