2019年08月27日

コルトレーンのソプラノサックスについて


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コルトレーンといえばテナー・サックス奏者でありますが、コルトレーンをそんなよく知らない人でも知っているという、彼の代表曲『マイ・フェイヴァリット・シングス』で彼が吹いているのはソプラノサックス。



元々はミュージカル『サウンドオブミュージック』の劇中歌で、とってもキュートな曲なんですが、コルトレーンの演奏はといえばどこかエキゾチックな異国情緒漂うもの。

実はサウンドオブミュージックの映画の公開が、コルトレーンのレコード発売のちょいと後だったため、映画で流れた時は「あれ?これってコルトレーンのあの曲なんじゃない?」と思った人もちらほらいたとかいう話もありますな。

ほんとかどうかはわかりませんが、こういう話が出るほどコルトレーンの『マイ・フェイヴァリット・シングス』は、コルトレーンの演奏として完全に血肉化されていたんだなと思います。


アタシが最初に手に入れた『マイ・フェイヴァリット・シングス』は『ライヴ・アット・ザヴィレッジ・ヴァンガード・アゲイン』のやつで、ギタギタに解体されたかのようなフリー・フォームなアレンジの中で超音波のように飛び交うソプラノと、ノイズ発生器と化したファラオ・サンダースのテナーの咆哮に撃ち抜かれて、正直曲どころではなかったです。




それからしばらくしてオリジナルのアトランティック盤マイ・フェイヴァリット・シングスを聴き、そのふんわり香るエキゾチズムに酔わされて、曲としてとても好きになりました。

そう、エキゾチズム。コルトトレーンの吹くソプラノは、いわゆるサックスの音っぽくなくて「ベー」っという独特の響きが、たとえばインドのコブラ使いなんかが吹いているあの笛みたいな感じで鳴ってるんです。


ジャズにおけるソプラノ・サックスは、初期のディキシーランドジャズで活躍した、クラリネットの後継楽器でありました。そのオリジネイターであるシドニー・ベシェも元々クラリネット奏者で、彼のソプラノサックスのプレイは目いっぱいのビブラートがかかったトーンをふくよかに鳴らすスタイルで、コルトレーンのスタイルとはまるで違います。


それ以降のソプラノサックス吹く人のプレイも、基本的にソプラノという高音の特性を活かした、スマートで透明感のあるものが多いのですが、コルトレーンはどうもこの楽器の特性とか長所とか、そういったものを知りつつも、わざと硬い音の出るメタル製のマウスピース(セルマーのメタル)を使って、透明感を出さないようにしていたんじゃないかと思わせるフシがあります。

その証拠に、コルトレーンはソプラノであんまり、というかほとんどバラードを吹いてないんです。

コルトレーンのバラードといえば、テナーサックスの中から高音域を活かしたものです。つまりコルトレーンはバラードでは高い音を求めてたはずなのに、もっと高い音が出るソプラノサックスでバラードをほどんどやらなかったというのは、つまりソプラノサックスをサックスではなく「民俗音楽の楽器みたいな位置付け」で捉えていたのではないでしょうか。

そういえば、60年にコルトレーンがソプラノをレコーディングで使うようになって以降、彼のレパートリーには民族調な曲が一気に増えました。そしてインパルス・レコードと契約してからは、その民族調が普段のジャズと上手い事結び付き、その「荘厳で重厚」と言われる独自の音世界が揺るぎなく確立されて行きました。


その音世界の形成に、ソプラノサックスという楽器が大きな影響を与えてるとアタシは思ってますが、みなさんはどうでしょう?またしばらくコルトレーンがソプラノを吹いている曲を聴きまくって核心に迫りたいと思います。










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2019年08月17日

ブルー・ワールド(またしてもコルトレーン未発表出る!)

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コルトレーン、またしても未発表音源発売の大ニュースです(!!)


昨年はインパルスでレコーディングされて全く世に出てなかった『ザ・ロスト・アルバム』がいきなりリリースされて、ファンのド肝を抜きました。



ええ、これは単なる「余りもんテープをてきとーに編集した」とかそんなんじゃなくて、丸々ガッツリアルバムだったので、しかもその内容がやっぱり素晴らしく中身が濃くて充実したものだったために、1年経った今では未発表だった云々はまるで関係なく、フツーに「60年代前半のコルトレーンの作品のひとつ」としての愛聴に耐えるものとして聴いております。

で、今回なんですが、今回のは流石に「発売されずに放置されてたままの未収録テイクか未発表セッションだろう」と思ったんですが、どうやらちょいと毛色の違う”作品”のようなんです。

コルトレーンは、1964年にカナダ国立の映画製作庁から『Le chat dans le sac』という映画の音楽を依頼されており、そのための音楽がレコーディングされ、実際に映画で使われたそうです。

この映画、日本では未公開なのですが、放映されたようです。で、その中で『ナイーマ』や『トレーニング・イン』『ライク・ソニー』『ヴィレッジ・ブルース』といった、コルトレーンの愛奏曲が流れてました。

資料によると、当時の人達はこの映画に使われている曲は、コルトレーンの過去のアルバムに入ってる演奏を使ったものだろうと思ってたそうなのですが、何とこれが、使い回しではなくてこの映画のために新たにレコーディングされたもので、それが録音から55年を経て、やっとリリースされる事になるんだということです。

つまりこのアルバムは、コルトレーン初の「映画のサントラ盤」ということでまずびっくりなんですが、50年代とかに別のメンバーでやっていた曲を、黄金のカルテットのメンバーで、しかもフリー化する直前の『至上の愛』のちょっと前の時期の演奏って言いますから、もう中身が重厚で熱いことは保証されたようなもんでしょう。


発売は2019年9月後半、CDとレコードが出る予定であります。

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2019年08月09日

マイルス・デイヴィス アット・ニューポート1958

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マイルス・デイヴィス/アット・ニューポート1958
(Columbia/ソニー・ミュージック)

巷で最もアツいもの、それはフェス!!

豪華アーティスト達が野外の特設ステージでステージを繰り広げ、聴衆はステージの前に行ってそれを楽しむもよし、近くの木陰で涼みながら聴くもよし、何なら会場内のフリースペースにテント張ってくつろぐもよし。よしよしづくしの良いことばかりのように思えるフェスであります。

実際は夏の野外という環境故に色々な問題もあろうかと思いますが、それはさておきフェスであります。

今、世界中で行われているフェスティバルというのは、主催者が企業のスポンサーを募ってその広告のお金で賄う部分が多く、それでもって色んな大物アーティストをブッキングする事が出来てますが、この方法で大きなフェスを運営するアイディアが生まれたのが、1954年から開催されるようになったニューポート・ジャズ・フェスティバルなんです。

ニューポートという場所は、アメリカの東海岸にある高級別荘地でした。

夏になるとあちこちのお金持ちが、この地でバカンスを過ごすためにやってくる。そこに目を付けた地元の資産家夫婦が「野外のコンサートをやりたいね」と思ったのがきっかけで、プロモーターのジョージ・ウェインという人に声をかけて結果大成功。ニューポート・ジャズ・フェスティバルは、今も続く世界で一番有名なジャズ・フェスティバルとして知られております。


このフェスティバルは最初から当時のジャズを代表する大物や、注目の若手をブッキングして、それは大いに盛り上がりました。そして、フェスの模様は全国放送の国営ラジオでも中継され、全国から更なるファンを惹き付けました。

そして宣伝の極め付けとなったのが、1958年のステージシーンを中心に編集されたドキュメンタリー映画『真夏の夜のジャズ』です。

この映画は本当に素晴らしかった。というのは、ルイ・アームストロング、アニタ・オデイ、セロニアス・モンク、チコ・ハミルトン、などなど、もう凄いメンツの演奏シーンがほとんどで、余計なナレーションや演出は一切ナシ。素晴らしいステージと美しいカラー映像に何度観ても魅せられてうっとり夢見心地になります。

実際、この年のニューポートでの演奏は、いくつかレコードとして作品化されていて、マヘリア・ジャクソン、レイ・チャールズ、デューク・エリントン(feat.ジェリー・マリガン)、ダイナ・ワシントンのアルバムが有名ですが、マイルスも映画にこそ出演しておりませんが、実はこの年のニューポート・フェスで演奏していて、その演奏はちゃんと作品として残っております。

その昔、CD2枚組でセロニアス・モンクとカップリングされていた『マイルス&モンク・アット・ニューポート』というアルバムがあって、そちらのマイルス・デイヴィスの部分が、1958年のニューポート・フェスでの演奏でした。

このアルバムは、マイルスもモンクも演奏のテンションがすこぶる高く上質だったので、長年アタシの愛聴盤でありましたが、どうしてまた共演盤でもないどころか、年代も違う(マイルスは58年、モンクは63年のステージ)演奏をカップリングして売り出したのかちと分かりません。

一説によると、セロニアス・モンクって人は今でこそワン・アンド・オンリーの個性を持つ偉大なアーティストとして評価されているけど、レコードがリリースされた頃は、まだ評価が定まっておらずなかなか売れなかった。なので人気のあるマイルスとカップリングして何とか売り出そうとしてたとか言われてて、あぁそりゃあ確かにそうかもなと思ったりしてました。

それぞれの未発表部分も追加された単独盤がリリースされたのは、つい最近になってから。




アット・ニューポート1958

【パーソネル】
マイルス・デイヴィス(tp)
キャノンボール・アダレイ(as)
ジョン・コルトレーン(ts)
ビル・エヴァンス(p)
ポール・チェンバース(b)
ジミー・コブ(ds)

【収録曲】
1.イントロダクション
2.アー・リュー・チャ
3.ストレイト・ノー・チェイサー
4.フラン・ダンス
5.トゥー・ベース・ヒット
6.バイ・バイ・ブラックバード
7.ザ・テーマ

(録音:1958年7月3日)



じゃじゃじゃん!これがその「1958年のマイルス・デイヴィス、ニューポートでのライヴ演奏アルバム」であります。

とりあえずジャケットのマイルスがどう見ても怖いんですが、ニューポートのフェスは、出演者も自分の出番以外の時は客席とかその辺をウロウロしながら自由に楽しんでいて、このマイルスの写真も、そんな感じで会場内で趣味のカメラを持ちながら「何かいい写真でも撮りたいな〜♪」と、リラックスして楽しんでいる写真です。リラックスして楽しんでいるんですからね。


実際にこの年、マイルスとしては最初に結成したメンバーの中から、ベースのポール・チェンバース以外のメンバーを一新した新バンドを結成したばかりで、非常に意欲に燃えていた年でありました。

コルトレーンも一度クビになりましたが、セロニアス・モンクのバンドでガンガン腕を上げて表現のスケールも大きくなった時期で、マイルスはそんな成長したコルトレーンに「戻ってきてー」と頼んで、コルトレーンもそれを受けて古巣に戻って来ておったんです。

マイルスのグループは、もちろん全国的に人気でありましたが、ここニューポートに集う超大物達に比べればまだまだ若手、持ち時間も少なかったようですが、そんなのカンケーねぇとばかりに素晴らしくハイテンションで、かつ美しい演奏を目一杯繰り広げております。

まずは司会者のアナウンスから、メンバー紹介がはじまります。

ジミー・コブ、ポール・チェンバースときてビル・エヴァンス、ジョン・コルトレーン、キャノンボール・アダレイ、そしてマイルス。

バンドに加入したばかりのジミー・コブとビル・エヴァンスの拍手が凄く少なくて、キャノンボールへの拍手歓声が多いのがちょいと気になりますね。キャノンボール、まだそんなに有名じゃないはずなのに、無言で面白い事でもやったのか・・・。

それはさておき、いきなり急速調ビートで『アー・リュー・チャ』が始まります。

マイルスも吹く、コルトレーンも吹く、キャノンボールも吹く!そしてジミー・コブが終始フルパワーでバスドラをバカスカ言わせながら走る走る!マイルスはスタジオ録音では非常に抑制の効いたアレンジで”聴かせる”演奏をやっている時期なんですが、やっぱりライヴではアップテンポでもしっかりと盛り上げます。

フロントの3人の個性はまるで違い、キリッとした音色でフレーズをメロディアスに紡いでゆくマイルス、バップ・フレーズで走りつつポップな掴みのセンスに溢れたキャノンボール、そしてあらん限りの力で強引に空間を速射砲のような音符で満たしてゆくコルトレーン、3者3様のアドリブの個性が激しく激突して、呆気に取られていくうちに、曲は次々と進んで行きます。

このバンドに入ったばかりのビル・エヴァンスは、最初こそ元気がないものの、徐々に繊細で知性に溢れた”らしさ”を発揮しております。特に『フラン・ダンス』『バイ・バイ・ブラックバード』等の穏やかなナンバーでは、マイルスのミュート・トランペットと溶け合って響き合う美しいピアノ。かと思えば『トゥー・ベース・ヒット』では、ヒートアップして吹きまくるコルトレーンのバックでピタッとピアノを弾くのを止めてしまいます。

これ、決して嫌がらせとかじゃなくて、この時期のコルトレーンとモンクのステージでよくモンクがやっていた手法なんです。白熱して吹きまくるコルトレーンのバックで弾くのを止めて、アドリブが異様に際立つ効果を持つこの「バッキングやめ」、後年はマッコイ・タイナーがコルトレーンのバックでよくやっていましたが、エヴァンスもしかしたらこの時期のモンクの演奏も熱心に聴きに行って「なるほどこうすればいいのか」と納得してのプレイだったのかも知れません。

もちろんマイルスの隅々まで行き届いたバンド・コントロールあればこそなんですが、この日のコルトレーンの吹きっぷりは「アングリー・ヤング・テナー」と評されて、コルトレーン人気を後押しする演奏になったようです。





















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2019年08月02日

ジョン・コルトレーン サン・シップ

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John Coltrane/Sun Ship
(Impulse!)

1960年代といえば、コルトレーンがソロ・アーティストとして大活躍した時代であります。

その時代のコルトレーンの音楽というのは、一言でいえば過激で重々しい。たとえばそれまで「ふんふん♪ジャズってゴキゲンだねぇ、何かこうハッピーになる音楽だよねぇ」と思いながらリラックスして聴いていた人にとっては、激しい拒否反応を起こさせる程に衝撃の強いものでありました。

それで、コルトレーンの音楽というのは、激しく巻き上がった賛否両論を巻き込んで、60年代という時代を代表する音楽へと昇華して行くんです。

何でコルトレーンは過激な音楽表現に突き進んだんだろうとアタシも聴きながらよく考えたりしますが、これはやっぱりコルトレーンって人の

「当たり前には満足できない!」

という激しい性分があったんだと思います。

どの音楽でもそうですが、音楽というのは流行や時代の空気に合わせて進化して行きます。

60年代というのは、何度も言いますがアメリカ社会が激しく揺れ動いた時代であります。大きいのはやはり黒人公民権運動。

簡単に言うと第二次世界大戦が終わっても、まだアメリカには人種差別や、隔離政策というのが根強く残っておりまして、それを撤廃させて皆に平等な権利が行き届くようにしようという運動で、様々な運動が50年代から盛んに行われておりましたが、1964年に全ての人の平等な権利を認め、人種差別を禁止した公民権法がようやく制定されて実を結びます。

コルトレーンは、人種差別のそれほど厳しくない都会で生まれ育った訳なんですが、それでもアメリカに住む一人の黒人青年として、この問題に対しては凄く真剣に考えておりました。

人種差別に対し、作品の中で直接抗議の声を上げるアーティストも多く居る中、コルトレーンはより深く自分の内面やルーツに向き合う事を選択したんです。というよりも、コルトレーンの目には、もしかしたら社会の様々な問題は、人類全体の深い業のようなものとして映っていたのではないか、そういった人間の内面の沈んでいる暗いものをこの人は繊細に感じ取って、自らを単なる媒体としてその感情を表現していたのではないかと、そんな事まで思わせるのが60年代以降のコルトレーンの音楽であります。


特にその傾向が強くなって来たのが、コルトレーンがフリー・フォームの表現を視野に入れ始めて以降の頃、もっといえばコルトレーン、マッコイ・タイナー、ジミー・ギャリソン、エルヴィン・ジョーンズという、60年代初頭から安定した活動をしてきたカルテットでの活動にそろそろ終止符を打とうとしていた65年以降だと思います。

1965年の6月に、コルトレーンはスタジオに初めて「カルテット以外のメンバーをレコーディングに招いた作品」として『アセンション』というアルバムをレコーディングします。





メンバーにアーチー・シェップやマリオン・ブラウンなど、コルトレーンよりも若く”自由な”表現を行っていたホーン奏者達がいる事も話題となったんですが、楽曲が40分越えの超大作であり、何よりもタイトルが非常に精神世界を意識したものであります。

で、これ以降コルトレーンは、更に自己の内なる世界の音楽への探究に突き進む事になります。

インパルスとは「スタジオ使いたい時はいつでも使っていいよ」という契約を結んでいたため、時間があれば連日スタジオでテープを回してレコーディング。可能性を突き詰めるためにこの頃のコルトレーンは、もう手段を選んでおらず、フリーフォームの演奏や(多分)メンバーに何の相談もなく、いきなりゲストを呼んでくるなんて事もよくありました。

これにはメンバー達も相当参っており、特にマッコイ・タイナーとエルヴィン・ジョーンズは、連日のコルトレーンの「相談なしのハプニング」にはうんざりしてもいたといいます。


「なぁエルヴィン最近ウチの大将ちょっと何考えてっかわかんなくねーか?」

「それもだけどよォ、オレはあのレコーディングとかライヴとかで、もっと何考えてっかわかんねー連中が当たり前に来てプレイしてくのが我慢ならねーよ」

「ファラオとかいうヤツだろ?アイツはスケールもめちゃくちゃだし、コードの事なんか考えてもねー感じだから俺イライラするんだわ」

「アーチー・シェップの事も大将は気に入ってるらしいがオレぁ気に入らねー」

「だな。まーファラオより話はできるけど何かインテリぶりやがってオレも気に入らねー」

「またスタジオ入るって言ってるけど、今度はどんな変なヤツ連れてくんのかそれ思うと頭痛てーよ」


「おぉ、やめてくれ。フリーフォームとかオレは勘弁だ」

「おいジミー、お前はどう思うのよ?」

ジミー・ギャリソン(ビールうめぇ)


とまぁこんな感じで、特にエルヴィンとマッコイの中で、バンドに対する不満は徐々に高まっておりました。

その後「レコーディングに何の前触れもなくエルヴィン以外のドラマーがスタジオに来ていた」という、エルヴィンが完全にブチキレる出来事が起こり、その”事件”の正にその音を収録した『メディテーション』というアルバムを最後に、2人は脱退してしまいます。





表現の幅を拡げることと、内面世界の奥底の探究に夢中になっていたコルトレーンには、マッコイとエルヴィンが抱えていたフラストレーションが何であったかを、察する余裕すらなかったのかも知れません。

とにかくそんなゴタゴタでごった返していた1965年のコルトレーンですが、活動はリリースに追い付かないぐらいの音源をレコーディングし、またその内容がどれも凄まじいエネルギーが炸裂しているものですから、これは聴かない訳にはいきません。



Sun Ship

【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts)
マッコイ・タイナー(p)
ジミー・ギャリソン(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)

【収録曲】
1.サン・シップ
2.ディアリービラヴド
3.エイメン
4.アテイニング
5.アセント

(録音:1965年8月26日)



『サン・シップ』は、そんな65年にレコーディングされた「リリースされなかったアルバムのうちの1枚」です。

名作と呼ばれる『至上の愛』のレコーディングから、僅か一か月後。既に「次」を考えているコルトレーンが、新曲の構想を固めてスタジオに入ってレコーディングした作品であります。

このレコーディングは、誰かゲストを呼ぶ訳でもなく、いつもの4人でやっておりますが、もう既にコルトレーンとメンバー達の間には意識の”ずれ”がありました。

その”ずれ”とは、そのまま音楽的なものです。そう、つまりはコルトレーンが構想として持っていたのは、恐らくはジャズの”お約束事”を極力取っ払ったフリーフォームです。

マッコイもエルヴィンも、コルトレーンの抽象的観念的な態度から、何とか演奏の本質を掴もうと四苦八苦するのですが、それがどうも上手く掴めない。この2人はとにかく「音楽」としての形を壊さないギリギリで、コルトレーンのフレーズを支えたい。そう思いながら頑張っても、コルトレーンのアドリブフレーズは、その定型から離れて鳴る。

これはコルトレーンにとってもマッコイとエルヴィンにとっても、かなり消耗するやり取りです。

実際にアルバムでは、一曲めからマッコイのプレイが凄まじく、コルトレーンの短いソロの後に、抱えていたものを全部出し切るような、洪水のようなソロで場を圧倒しております。

楽曲は、ひとつのリフをぐるぐると繰り返しながら熱を一気に上げて行く、このカルテットお得意のパターンがほとんどです。「コルトレーンのアドリブフレーズは、具体的に展開がどうとかそういうのじゃなくて、ひとつの音、ひとつのフレーズの流れに乗っかってる情念の質量が凄い」と、アタシはよく言いますが、このアルバムではそれが異常な緊張感を孕みながら最後まで爆発したり、とぐろを巻いたままどんどん巨大になってて、もうむせ返るほどの空気になってます。

音楽的にも感情的にも破綻寸前になりながら、演奏クオリティは最高なんですよね。特にこのアルバムの「ギリギリの感じ」というのは、後にも先にもないもので、この”感じ”をだけを浴びるためにアタシは頻繁にこのアルバムを棚から取り出して聴いてます。

で、自己の内なる世界へ飛んで行ってるコルトレーンと、フラストレーションを全て音に叩き付けて神掛かりなテンションになっているマッコイやエルヴィンが凄いのは分かったけど、ジミー・ギャリソン何やってるの?といえば、実はこのアルバム、この人の熱くなりながらも感情的には一人だけ極めて冷静にサポートに徹しているギャリソンのベースが非常に重要です。

独特のガリッとした音で、エルヴィンの叩くビートに応えながら、コルトレーンのアドリブにもしっかりと寄り添うプレイが出来ていて、しかもラストでは、5分30秒のロング・ソロを弾いた後、出て来るコルトレーン以下バンド全体のサウンドが、ガッチリ一丸になるんですよね。やっぱりジミー・ギャリソンは凄い人です。


















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2019年08月01日

大コルトレーン祭は8月末日までです

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『大コルトレーン祭』と称して毎年行っておりますコルトレーン特集、毎度の如く7月中はガッツリと、8月は2回に1回コルトレーンぐらいの間隔で、夏が終わるまでゆるゆるとやっていきます。


そうそう、ツイッターで #大コルトレーン祭 とつぶやいたら

「それって何ですか?」

とよく訊かれます。


この祭りは、そもそもが10年以上前、アタシがまだ名瀬の街でCDショップをやっている時の店頭から始まりました。

コルトレーンって何となく宗教がかってるというか、独特の荘厳な雰囲気とか、聴いてる人を激しく引き込むような、そんな生真面目さがあるじゃないですか。

もちろんその重たさがちょっと苦手という人がいて、それはそれで分かるんです。や、だからこそ宗教にしてしまえば面白いんじゃないか?えーい、やっちゃえー!という軽い気持ちから「コルトレーンを熱狂的に好きな店員による、コルトレーン原理主義祭り」みたいな感じで、7月17日の命日に合わせてコルトレーンのCDをたくさん仕入れて、祭壇みたいな特集コーナーを作り、ポップもそれっぽい事を書いて並べたら、これが思いの他ウケました。

やっぱり多かったのは

「ジョン・コルトレーンって名前は知ってたけど聴いた事なかったんだよね、こういう特集あって、実際試聴させてもらえると凄く助かるよ〜」

という声でしたね。

それからコルトレーンの特集を毎年、そしてお店をたたんでからもブログ上でやってます。

やっぱり音楽って、過去にも現在にも、素晴らしいものはコルトレーンに限らずたくさんあるんです。でも、世の中にちゃんと知られてない、紹介されてないから、素晴らしいものもどんどん埋もれて行ってしまう。やっぱり「素晴らしい」ってのは「何となくみんながいいって言うから」じゃなくて、ちゃんと聴かれた上でなんぼの話だと、アタシは思っております。

特集したいアーティストや作品はいっぱいありますが、やっぱりコルトレーンはアタシにジャズという底無しの魅力に溢れた音楽を教えてくれたきっかけを作ってくれた人ですので、こういう風に特別に枠を割いてます。

全然影響力も何もないブログではありますが、一人でも多くの人がコルトレーンを知ることが出来ますように。そして、コルトレーンをきっかけに、ジャズやコルトレーンから影響を受けた音楽や、コルトレーンに影響を与えた音楽に親しんでもらえますように。











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