2016年07月27日

ジョン・コルトレーン オレ

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ジョン・コルトレーン/オレ!(Atlantic/ワーナー)

このブログの「大コルトレーン祭」は、とりあえずコルトレーンの作品や参加作など、聴いた片っ端からレビューという形で書いてアップしておりますので、時系列でややこんがらがってしまうかも知れません。

すいませんなぁ・・・、アタシはどうしても順番通りに事務的に作業するのが苦手なので、とりあえずバーって書いてから、時系列整理した記事をアップしますんで、ホントすいません。。。

とりあえず、このブログではよく「初期コルトレーン」「中期コルトレーン」「後期コルトレーン」と、ざっくりした言い方をよくしますんで、軽く

・初期=1950年代(レーベルでいえばPrestige時代)

・中期=1950年代末から1960年代最初付近(レーベルでいえばAtlantic,Impulse!最初の方ぐらいまで)

・後期=1960年代(レーベルでいえばImpulse!コルトレーン、マッコイ、ギャリソン、エルヴィンのカルテットの終わり頃以降)

こんな感じを頭に入れていただければと思います。

厳密には「中期」「後期」をどうしようかすごく悩んでおるのですが、このブログはマニアのためのブログではなく

「今からコルトレーンでもちょいと聴いてみよう」

というビギナーな皆さんのためのブログですので(?)細かいことはとりあえず置いといてざっくり、です。


そんなわけで本日もAtlantic時代「中期コルトレーン」のアルバムをご紹介。

「エリック・ドルフィー参加のコルトレーンのアルバムってばすっげぇヤバいんだぜ!」

ということは、今まで散々興奮気味で言っておりますが、コルトレーン・グループにドルフィーが参加したのはほんの一瞬。

ライヴ盤では公式/非公式で数枚出ておりますが、実はソロイストとして参加した公式なスタジオでの録音盤はたった一枚だけなんです。

それがこのアルバム「オレ!」です。




【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts,ss)
フレディ・ハバード(tp
エリック・ドルフィー(as,fl)
レジー・ワークマン(b)
アート・デイヴィス(b,@A)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)

【収録曲】
1.オレ
2.ダホメイ・ダンス
3.アイシャ


録音は1961年5月。

実はこの時コルトレーン、アトランティックで大成功を収めたのですが「君のオリジナルな表現をもっといい条件でレコーディングしたいんだ」と、あるレーベルからのヘッドハンティングを受けておりました。

このレーベルこそ、1960年代に颯爽とシーンに登場し、コルトレーンをはじめとする多くの先鋭的なミュージシャン達を世に送り出し、コルトレーンにとっては”終いの棲家”となるインパルス・レコードだったのです。

契約金はもちろんアトランティックよりもいい、でも、何より自分の音楽にこれまでにないぐらいの深い理解を示し「やりたいことがあったらどんどんスタジオ入ってやっちゃっていい」という破格の条件はコルトレーンにとっては魅力でした。

もちろんアトランティックもコルトレーンの音楽に、それまでのジャズにはない”新しさ”を感じ、色々とサポートはしてくれましたが、他にも多くのスターがキラ星の如く所属している大メジャーのアトランティックにあっては、多少なりとも「やりたいことより売れるものを」というプレッシャーは感じておったのでしょう。コルトレーンはメンバーを引き連れてImpulse!と契約します。

ほんでもってブラス・セクション入りの超大作「アフリカ/ブラス」というアルバムをレコーディングしたのですが、実はコルトレーンとアトランティックとの間には、あとアルバム一枚分の契約が残っておった。

「コルトレーン、まだ一枚分あるよ」

「あ・・・しまった・・・」

といった具合に、コルトレーンはバタバタと古巣のスタジオに戻って、アルバムをレコーディングします。

しかしそこはコルトレーン、いわば消化試合のようなレコーディングとはいえ、手抜きは一切致しません。

スタジオにはコルトレーン、マッコイ、レジー・ワークマン、アート・デイヴィス、エルヴィン・ジョーンズといったリズム・セクションに加え、コルトレーンのお気に入りで、新しく正式メンバーとなったドルフィーと、若手有望株のトランペッター、フレディ・ハバードも連れて行って、この時点で最も刺激的な編成&書き溜めておいたとっておきの楽曲を持ってアトランティックへの”最後のご奉公”をガチンコで行います。

コルトレーンの気合いの入りようは、どの楽曲のどの瞬間からも炸裂しておるのですが、やっぱり一番カッコイイのはタイトルにもなっている最大の目玉曲「オレ」でしょう。

「オレ!」は、スペインの闘牛士の掛け声。文字通りスパニッシュ・モードの2コード進行で、エルヴィンのシンバルが気持ち良く8分の6拍子を刻む中、コルトレーンのソプラノ〜ドルフィーのフルート〜ハバードのトランペットが、それぞれに全く違う個性をアツく燃焼させながら大空に舞い上がり、実に濃厚な聴き応えでもって聴く人の五感に降り注ぎまする。

コルトレーンは軽くテーマを吹いて、すぐにソロをドルフィーに譲るんですよね。

恐らくコルトレーン、この若くて自分よりはるかにぶっ飛んだ感覚を持った天才ソロイストに、ちょいと花を持たせてあげよう的な感じで一番手を任せたと思うんですが、このドルフィーのソロがもう全然”あたりまえ”じゃなくてすこぶるカッコイイんですよ。

続くフレディ・ハバードは流石にオーソドックスなスタイルからちょい前衛なものまでこなせる実力派とあって、一番オーソドックスで、一番スペインな”カチッ”としたソロでじわじわ雰囲気盛り上げてくれてるんですけど、その後にたまんなくなって出てくる感じのコルトレーンのソプラノのソロがもー異次元!!

その後発掘されたライヴ音源でも

・コルトレーン、軽くソロを吹く→ドルフィーがそれよりブッ飛んだソロを吹く→頭に血が上ったコルトレーンが激しく吹きまくる

というパターンがよく出てきて、もうホントにコルトレーン、自分のバンドにとことん刺激を与えてくれる起爆剤としてドルフィーを雇ったんだなと、聴きながらほれぼれしつつ感動します。

続くモーダルなAはこっちはドルフィーのアルトもカッコイイけど、フレディ・ハバードのプレイがミソです。

曲だけ聴くとマイルス・デイヴィスが好んで吹きそーな感じなのですが、もちろんマイルスとは違う、ちょいと手数を増やしつつ知的さも感じさせるハバード、アブストラクトなドルフィー、その中間を悠々行くコルトレーンのテナーが楽しめます。

繊細なバラードのBでは、再び「コルトレーン=ソプラノ、ドルフィー=フルート」になりますが、主旋律からソロへと3人が美しくアドリブを繋げて行くのがたまらんですね。ただ単純にアツいだけじゃなく、アンサンブルの美しさも聴くべきでしょう。

ライヴ盤と違って、実はドルフィー、かなり「ぶっ飛び」をセーブしてるんですが、スタジオ盤ということと、作品としてのトータルな”出来”を考えたら、敢えて6割ぐらいで吹いてるドルフィーの判断は正解でしょう。

あと、重厚なリズムに奥行きを与えてるレジー・ワークマンとアート・デイヴィスの2ベースの官能的な絡みも、実はこのアルバム独特の空気を作ってる大事な要素です。

聴きどころはやっぱり@のベース・ソロ、2本でアルコ(弓弾き)してるところがあるんですけど、この2人のベースだけが描く幻想画のような世界、これがもうクセになってたまらんです。

コルトレーン好きとしては、それぞれの年代で「これ、いいよね!」というアルバムあるんですけど、アタシは特にAtlanticといったらこのアルバムに”好き”を通り越した特別なものを凄く感じます。

いや、コルトレーンはどれもいいんですけど、代表作と言われるものを既に持っている人「その次」にどうですか?これは本当に凄くいいですよ。


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2016年07月26日

ジョン・コルトレーン マイ・フェイヴァリット・シングス

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ジョン・コルトレーン/マイ・フェイヴァリット・シングス
(Atlantic/ワーナー)

コルトレーンの死から、来年でもう50年にもなろうとしておりますが、その間もずーーーーっと売れ続け、再発される度にベストセラーになっているアルバムがコチラ「マイ・フェイヴァリット・シングス」であります。

「ジャズの巨人」と言われ、ちょっとでもジャズが好き、或いはジャズも含む洋楽全般になじみがある方にとってはジョン・コルトレーンという名前はもうお馴染みでありますが、世の中というのはジャズ好き、洋楽好きの方が実際少数派で、ほとんどの人が「コルトレーン?何それ?」で日常を過ごしておる。

アタシはコルトレーンの素晴らしさ、そんな人達にこそ伝えたい。

や、本当に余計なお世話かも知れませんが、やはり世の中の殺伐を見ておるとそう思わざるを得ない。

あの、コルトレーンは人一倍、それこそクソ真面目に「平和」ってもんを願っておったんですね。

特に自分のバンドを持って、アルバムをガンガン吹き込むようになってからは、演奏はどんどん激しく重たいものになっていってもおりますが、それはコルトレーンなりに祈るような気持ちで懸命に音楽に向かっていたからで、アタシは単純に、そういう祈るような気持ちで演奏された音楽とか、描かれた絵画とか、詩とかそういうものは、やっぱり暗く打ちひしがれた気持ちでおる人の心に何らかの形で”届く”もんだと思って、このブログでも大コルトレーン祭、やっておるんです。

おっと、しょっぱなから話が逸れて大変すいません(汗)

んで「マイ・フェイヴァリット・シングス」なんですが、再発される度にベストセラーになるというのは、実は買う人のほとんどがコルトレーン・ファンでもなければ、強烈にジャズが好き、というわけでもない、ごくごく普通に日常を生きて、時々音楽にコミットする人達が買って行くという話をアタシは聞いて「これぞコルトレーンの理想的な聴かれ方なんじゃないか」と思っております。

売れる理由は何といっても表題曲「マイ・フェイヴァリット・シングス」にあります。




あの有名ミュージカル(映画も)「サウンド・オブ・ミュージック」の、恐らくは最もキャッチーな劇中歌というのもありますが、コルトレーンのこの盤の演奏は、一時期CMやTV番組のBGMとして、それこそ頻繁に耳にしました。

一番有名なのは、JR東海の「そうだ、京都行こう」のCMですね。

京都の美しい風景と、3拍子のこのゆるやかに飛翔するような曲調がとてもマッチしていて、「あの曲は・・・?」となった方も多いと思います。

この曲、コルトレーンにとっても「運命の一曲」であり、その後も様々なアレンジでたくさんのアルバムに収録されているんですが、このアトランティック盤「マイ・フェイヴァリット・シングス」が、正真正銘の初演ヴァージョンであり、シンプルなバッキングに乗って、手に入れたばかりのソプラノサックスを、ややぎこちなく吹いているが故に、シンプルにメロディの良さとそれに続くアドリブのスッキリした味わいは、やはりこの盤でしか味わえないものであります。

アトランティックというレコード会社は、メジャー・レーベルであります。

既にジャズマンとしての人気・知名度は抜群だったコルトレーンとは、破格の金額で契約を交わした訳なんですが、コルトレーンをジャズファンはもちろんそうでない人達に知ってもらうために「他の誰もカヴァーしていないスタンダード・ナンバーをやらせてみようか」と考えていて、それならばと、当時(1960年)新しいミュージカルとして舞台ファンに人気だった「サウンド・オブ・ミュージック」の曲の譜面を恐らくはスタジオに持って行ってコルトレーンに見せたんじゃないかと思うのですが、ちょっと待ってください、映画「サウンド・オブ・ミュージック」が公開されたのはこの録音から5年後の1965年、つまりミュージカルを見ていないほとんどの人が「マイ・フェイヴァリット・シングス」を聴いて「コルトレーンの新曲かっけーなー」と思ったと言います。

んで、後で映画が公開されて「え?もしかしてコルトレーンがやってた”マイ・フェイヴァリット・シングス”ってこれのこと!?」と一度びっくりし、原曲の爽やかでかわいらしくもあるあの旋律(ジュリー・アンドリュースがまた可愛いんだ)が、ソプラノ効果も相まって、まるで中近東かどこかの民族音楽のようなエスニックな響きを醸す、ほとんど違う曲になっていることに二度びっくりした訳です。




【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts,ss)
マッコイ・タイナー(p)
スティーヴ・デイヴィス(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)

【収録曲】
1.マイ・フェイヴァリット・シングス
2.エヴリィタイム・ウィー・セイ・グッドバイ
3.サマータイム
4.バット・ノット・フォー・ミー

いずれにせよ「マイ・フェイヴァリット・シングス」はレコードを耳にした多くの人達に「コルトレーンの曲、いやカヴァーだけどコルトレーンの曲」と認識され、大人気の曲となりました。

とにかくコルトレーンを聴いてみたいけど、とりあえず有名なやつから・・・と思ってる人にとっても「別にジャズが好きという訳ではないけど”マイ・フェイヴァリット・シングス”はオシャレだしカッコイイし」と思っている人にとってもこのアルバムは最初の一枚としては本当にオススメです。

実はこのアルバム、全曲スタンダード・ナンバーで、2曲目のバラードも凄くいいし、これはもう有名曲をダシに、アドリブの限界に挑戦したかっただけなんじゃ?と思わせるぐらいにハードに吹きまくっている「サマータイム」は圧巻だし、小粋なナンバーをお前らよくここまでシャープで切れ味鋭い演奏に改造したなぁな「バッド・ノット・フォー・ミー」も最高という、1枚で何度でも美味しいし、聴けば聴くほど他の曲のカッコ良さも滲みてくる、深い深い一枚でもあるのです。


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2016年07月25日

ジョン・コルトレーン Live In Seattle

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John Coltrane/Live In Seattle
(Impulse!)


コルトレーンが「ブワー!!」と吹くと、ファラオが「ぼぇぐぎゃあーー!!」

とやる。

それを受けたコルトレーンが「ぷぎゃごわー!!」と返すと、またファラオが「どぎゃびゃごーー!!」とやり返す。


…ん、字にするととってもやるせないが(苦笑)

晩年のコルトレーンを聴く最大の楽しさの肝についてさっくり話せば、それは、いつ果てるとも知れぬコルトレーンとファラオ・サンダースによる二本のサックス吹きのどつき合いにあるといえます。

そのやりとりは「音楽を聴く」とかそういう生易しい観賞姿勢を足元からえぐって時空の彼方にすっ飛ばしてしまうほどの破壊力、そう「破壊力」なのであります。

もうね、ビリビリくるの。

クレジットに20分、30分越えの大曲が並ぶこのライヴ・アルバムは、コルトレーンと彼のバンドにとって究極の「劇薬」ファラオ・サンダースが、ソロイストとして参加した初めての演奏を収録しとります。

録音データは1965年9月30日。

コルトレーンとファラオとの出合いは、このおよそ3か月前の6月28日に録音された「アセンション」でした。

コルトレーンが目を付けた若いサックス奏者、トランペット奏者が集まったこのアルバムで、ダントツの“キレっぷり”を見せたのがファラオであります。

とにかくコルトレーンは、この時点で「演奏がどんなだろうが、周りでどんな音が鳴ってようが”ゴガー!””ビギィィィ!!”と叫びまくるファラオのスタイルをよっぽど気に入ったのか、7月から8月にかけてのヨーロッパ・ツアーから戻ってソッコーで出発した国内ツアーのメンバーとして、ソッコーでファラオを招き入れ、好き放題吹かしております。

多分、メンバーには何の相談もなしに決めたんだろうなぁ・・・。

ファラオ・サンダースという人は、今でこそすっかりチャーミングでノリの良いおじいちゃんになってはおるんですが、この頃は

「無口で何を考えてるか分からない。でも演奏になると人が変わったように大暴れして、ますます何を考えてるか分からない」

人だったらしく、特にジャズマンらしいといえばジャズマンらしいオリジナル・カルテットのメンバーとはぎくしゃくしていた様子も伺います。フツーは楽屋とかで自己紹介した後に冗談言い合ったり、女の話とかして打ち解けてゆくのがジャズマン(偏見)の常ではあろうかと思うのですが、ファラオにゃそんなコミュニケーション術はなかったでしょうなぁ

「他人?まぁ、別に理解できなきゃできないでいいんじゃない?オレは気にせんよ。・・・・ボギャァァアアアーーーーーー!!!!!!」

ですから。

てなわけで演奏の方はのっけから暴走する(定型メロディ吹く気は微塵もナシ)なファラオに引っ張られて、コルトレーンも結構ギャイギャイ言って、もぅ大変なことになっております。

そんな2サックスの「いつ果てるとも知れぬどつき合い」に、マッコイとエルヴィン、特にはエルヴィンは明らかに苛立ってて、いつもより余計にハードなキリキリなドラミングを、二人のフロントの、とてつもなくフリーキーな吹きまくりにぶつけておる。これがまた本人はどう思ってたかは知らんがアツい演奏に油を注いでいるような気もします。

事実この年のうちにマッコイとエルヴィンは「やってらんねーよ!!」とバンドを脱退しちゃうんだけど、バンド・サウンド崩壊ギリギリ一歩手前の緊張感が、演奏のクオリティを嫌が上にも盛り上げているから、聴く方にとってはこれ、最高なんですよ。

私はもちろん良い意味で捉えているけど、これほどの強烈なエネルギーだ、拒否反応を起こしてしまう人もおるだろう、うん、おるだろう。とは思います。



【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts,ss)
ファラオ・サンダース(ts)
ドナルド・ギャレット(b-cl,b)
マッコイ・タイナー(p)
ジミー・ギャリソン(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)

【収録曲】
1.Cosmos
2.Out Of This World
3.Body and Soul
4.Tapestry in Sound

ところで、本作はそんな風にトレーンとファラオのどつき合いと、マッコイ&エルヴィン組の別の意味でのキレっぷりに圧倒されてばかりで、バスクラで参加してるドナルド・ギャレットって人が、何をやってるか今ひとつピンとこなかったんだけど、何度目か聴いて、演奏全体に不穏な緊迫感をコーティングしてるのは、コノ人が醸し出している地を這うような通奏低音だと最近気付いてゾ〜ッとしています。

アルバムの中で圧巻は39分にも及ぶBなんですが、コチラは前半サックス同士で伴奏ナシのフリー・インプロヴィゼーションだとずっと思ってましたが、実はバスクラもガンガンソロ吹いていて、おまけにリズム隊が入ってきてテナーがキュルルと鳴ってる横で

「オォーーーーー!!!アァァアアアアーーーーー!!!!」

と、地獄で責め苦に遭ってる亡者のような恐ろしい叫び声が収録されてるんですが、これ、多分ドナルド・ギャレットですよね・・・。コルトレーンは叫び声なんか挙げるタイプではないし、かといって鳴ってるテナーのこのキュルルルル吹きはファラオだし・・・。







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2016年07月24日

ジョン・コルトレーン&エリック・ドルフィー Complete 1961 Copenhagen Concert

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John Coltrane with,Eric Dolphy/Complete 1961 Copenhagen Concert
(In Crowd Records)


コルトレーンにとっては、1960年〜61年という年は非常に重要な年です。

マッコイ、ギャリソン、エルヴィンという若手の実力派達とようやく自分自身のバンドを結成し、大手アトランティック・レコードを離れ、インパルスという新進気鋭のレーベルに移籍。

「ジャズの新たなる可能性を追求する」という同社の方針が、コルトレーンの音楽的な発展の大きな原動力となる形で、後に「コルトレーンの時代」と呼ばれる60年代を築き上げることになるのです。

ちょいと流れを説明しますと、マイルス・バンドをクビになったコルトレーンは、セロニアス・モンクに、半ば師事するような形で接近した1957年から58年の間に急速な「進歩」を遂げ、それまで溜め込んできたエネルギーを一気に噴出するかのように彼の個性は確立されました。

その余勢をかって1959年には再び古巣のマイルス・バンドに戻りますが、この時生まれたのが、マイルス一世一代の傑作であり、モダン・ジャズの歴史に燦然と、孤高の輝きを照らす名盤「カインド・オブ・ブルー」なのであります。

56年までのマイルスのバンドにいたコルトレーンは、直線的でガツガツしたトーンでマイルスの繊細でなめらかなトランペットとは好対照を成しておりましたが、この傑作でもうコルトレーンのプレイは「繊細なマイルスのトランペットと好対照」どころのレベルではありません。

マイルスの提示する、淡くおぼろな幻想世界の中でそのイメージに水を差すことなく、伸び伸びと躍動感に溢れるソロ・プレイで見事に”自分の絵”を描いているコルトレーンがいます。


サックス奏者としても、ソロ・アーティストとしても不動の個性をものにしたコルトレーンは、大手アトランティック・レコードと契約を交わし、自己の”ジャズ表現”の集大成的な作品「ジャイアント・ステップス」や、ジャズファン以外の多くの人々の心を捕えた非常にポピュラーな逸品である「マイ・フェイヴァリット・シングス」など、エポック・メイキングな作品を矢継ぎ早にリリースします。

今の私なんかが聴いても「ジャイアント〜」や「マイ・フェイヴァリット〜」等は非常に洗練された、完成度の高い作品です。

正直「モダン・ジャズの演奏家/表現者」として、コルトレーンは完全体でありましょう。

このままの芸風で落ち着いていても、ジャズの巨人の一人として全然高く評価されていたと思います。


「ここでこんぐらいまで自分のスタイルってのが出来上がった。ジャズという音楽を俺は自分の手でここまで極めたんだ」という自負は、多分謙虚なコルトレーンでも多少は持っておったと思います。

でも、彼の中でくすぶる情熱の炎がこう言った。

「ジョン、まだだ。まだまだ何もはじまっちゃいない!」

コルトレーンは、これまで尊敬する先輩達から多くを学んできました。

しかし、60年代になってからは自分より若いメンバー達のアプローチや、後輩のサックス吹きから大きな影響と共にショックを受けます。

この時期のコルトレーンに最もショックと影響を与えたのが、エリック・ドルフィーです。

彼の演奏は、ひとつの小節の中に、信じられないほどの音階、それも最低音と最高音を超高速で激しく行き来するような、自由奔放なフレーズをぶち込んだもので、それは当時理論的にも技術的にも「限界ギリギリ」を地で行くような鮮烈なものでした。

その余りにも個性的(今でも直接影響を受けたとか、似た感じの演奏をするという人がちょっと思い浮かばない)なプレイ・スタイルは、よくよく聴いて分析すると、セロニアス・モンクのように「理論的なことや技術をすべて習得した上でのピンポイントな”ハズし”」だということが何となく解るのですが、当時のファンや評論家は、一部を除いてドルフィーのスタイルを「あんなの気色悪い雑音だ!」「ジャズなめんな!」とクソミソに批判していました。

アルト・サックスだけじゃなく、フルートやバス・クラリネット(それまでジャズでは使われなかった低音クラリネット、コレでソロ吹くなんてまず考えられんかった)も自在に吹きこなす器用さも、かえって彼の実態をつかめないものにしていたらしく、ミュージシャン仲間(コルトレーンやチャールス・ミンガス等)からの高い評価とは裏腹に、ドルフィーにはマトモな仕事もなく、経済的にも非常に苦しかったと云います。

コルトレーンは、そんなドルフィーに「なぁエリック、仕事ないんなら俺んとこ来なヨ」と声を掛けました。

折りしもアトランティックで、凄まじい量のレコーディングを行っているその最中に、ドルフィーをスタジオに呼んで、「オレ!」という素晴らしいアルバムをコルトレーンは作り上げます(個人的にはアトランティック・コルトレーンの最高傑作と思うんです、はい♪)が、その後のアメリカ〜ヨーロッパ・ツアーのメンバーとして、ドルフィーは正式メンバーとして加入することとなります。

本日ご紹介する「Complete 1961 Copenhagen Concert」は、正にそのヨーロッパ・ツアーの音源です。

これね、いわゆるブートなんですが、もう内容が凄い凄い♪

まず、正直に言ってしまいますと、”ドルフィー入りコルトレーンのライヴ音源”は、ドルフィーの破天荒な演奏を聴くための作品です。

いやぁ、”コルトレーン者”のアタシが言うのも何ですが、単純に演奏家としての凄さはドルフィーの方に感じます。

こんなこと言うと誤解されそうでますますアレなんですが、二人は最初っから演奏というものに対する”着眼点”みたいなのが違うと思うんです。

例えば単純に「ぺー」と吹くだけでも、コルトレーンの場合だと「シンプルなフレーズでも、そこにどんだけの情念を込められるか」ということを考えていそうです。

晩年の作品になればなるほど、コルトレーンの演奏におけるパーセンテージの割合は、演奏そのものよりも、そんな”情念”の部分にシフトしているような気がします。

一方のドルフィーは、「その一音を強烈な足場として、どこまで異空間にブッ飛ぶことが出来るか」ということを、考えるとかじゃなく、もっと根源的な、本能的な感覚で捉えてるような気がするんです。

だからドルフィーの演奏には、他の演奏者にはないスピードを感じます。

それも「A地点からB地点まで」の線の加速ではなく「A地点からB地点すっ飛ばして、気が付いたらG地点にいるよアイツ!」みたいな点の瞬間移動のような、物理的にちょっとそれはどうなってるの?という類の不可思議な”速さ”です。

や、ここんところは彼の演奏をどれでもいい、聴いてもらって体感してください、「凄い!」とか「カッコイイ!」とか思わんでよろしい、とにかく「何じゃこりゃ!?」と思ってください。あ〜、心配せんでも誰だってそうなりますから、ドルフィー聴くと(笑)。

しかし、最初っから「ぶっ飛び」なドルフィーを起用したコルトレーンは偉いんです。

情念てんこ盛りの自分のソロから、ドルフィーがそれを完全に塗り替えて余韻まで打ち消すようなソロを吹きまくるだけ吹きまくらせて、更にそれに挑みかかるように、より強力な情念を乗っけた重た〜いソロを内側から引き出してますから。




【パーソネル】
John Coltrane(ts,ss)
Eric Dolphy(as,b-cl,fl)
McCoy Tyner(p)
Jimmy Garrison(b)
Elvin Jones(ds)
【収録曲】
1.Announcement By Norman Granz
2.Delilah
3.Every Time We Say Goodbye
4.Impressions
5.Naima
6.My Favorite Things [False Starts] Into Announcement By John Coltrane
7.My Favorite Things

曲目は「ナイーマ」「マイ・フェイヴァリット・シングス」「インプレッションズ」など、60年代以降のコルトレーンの”おなじみ”のオリジナル・ナンバーんばかりです。

しかもライヴですから、これはもう4の5の言わずにどこまでもアツく盛り上がる”生”の空気と、さっきも言った「コルトレーンVSドルフィー、情念とぶっ飛びのアドリブ合戦」を身もだえしながら聴けばそれでよろしい。

「マイ・フェイヴァリット・シングス」を演奏するときに、出だしでミスっちゃって、わざわざコルトレーンが「すまんねぇ、失敗したからもいっかい」(訳は超てきとう)とアナウンスするのが聴けたり、1955年にリリースされた「クリフォード・ブラウン/マックス・ローチ」の名演で有名な「デライア」という、コルトレーンとしては非常に珍しい(他のどのアルバム、ライヴ盤でもやってませんで)曲をやってたりと、マニアライクな聴きどころもたくさんあります。

ほんの一瞬だけ在籍したエリック・ドルフィーが参加したコルトレーンのアルバムは、どれも刺激と感動の宝庫なんです♪



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ジョン・コルトレーン コルトレーン・サウンド(夜は千の目を持つ)

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ジョン・コルトレーン コルトレーン・サウンド(夜は千の目を持つ)
(Atlantic/ワーナー)


コルトレーンの作品の中でも、コレは異色。

何が異色かっつうと、あのですね、このアルバムは「爽やかで、朝から聴けるコルトレーン」なんですよ。

そう、コルトレーンが念願の「自分のバンド」つまりマッコイ・タイナー、エルヴィン・ジョーンズを迎えたあの荘厳で激しい”黄金のクインテット”のメンバーが、ほぼ勢ぞろいした編成での演奏にも関わらず、です(ジミー・ギャリソンだけまだ参加していない、こん時のベースはスティーヴ・ジョーンズ)。

とにかくジャケットのおどろおどろしさと、「夜は千の眼を持つ」という、何やら妖怪チックなタイトルで、かなり損をしているとは思いますし、同じアトランティックには「マイ・フェイヴァリット・シングス」と「ジャイアント・ステップス」という、2代有名盤の存在感が突出し過ぎていて、その他のアルバムのことが話題になることも、あんまりない。

というのは、ホント”あんまり”なことだと思うんですよね。

実際私も、このアルバムは何も考えず、ジャケットのイメージで「ドロドロのコルトレーンが聴けるもんだー」と思って買いました。

しかし、一発目「夜は千の眼を持つ」での、スカーっとした疾走感、続く「セントラル・パーク・ウエスト」での繊細なバラード表現、更に曲を聴き進めていくに従って、段々「コルトレーン聴いてやるぞ!」という重たい気合いが心地良く溶けて「このアルバム、フツーにジャズとしてゴキゲンだなぁ・・・」と、しみじみ感慨と共に何度も再生するようになりました。



(「夜は千の目を持つ」雰囲気はどう聴いても”朝”)

録音は1960年10月24日と10月26日。

えっとですね、ちょいと分かりやすく説明すれば、1960年の10月という時は特別なんです。

モンクのバンドでの”武者修行”を終え、古巣のマイルスバンドにはゲスト扱いで参加していたちょうどその頃、コルトレーンのバンドにマッコイとエルヴィンが参加して、これはもうようやく自分の理想とする音楽を出来るんだ!と喜び勇んで、10月の21、24、26日と3日間スタジオを押さえ(これは資金の豊富なメジャー・レーベルだからこそ出来る技です)、その時に何と一気にアルバム3枚分のレコーディングを行い、それがそれぞれのコンセプトのもと、振り分けられてリリースされたのです。

その内訳が

・マイ・フェイヴァリット・シングス(ミュージカル曲を看板に、コルトレーン流のスタンダードを楽しめるアルバム)

・コルトレーン・サウンド/夜は千の眼を持つ(モーダルなオリジナル曲とスタンダードで、コルトレーンの個性的な演奏と、新バンドが繰り出すサウンドのトータル・バランスに優れた曲を収録)

・コルトレーン・プレイ・ザ・ブルース(文字通りの”ブルース・アルバム”当時時代の最先端を行っていたコルトレーンが演奏した”古典的ブルースの新解釈”がカッコイイ)

です。

そう、タイトル曲の「マイ・フェイヴァリット・シングス」が、予想外にヒットして有名になって、コルトレーン自身も、その後ライヴなどでもお気に入りとして何度も何度も演奏しているということで、「マイ・フェイヴァリット・シングス」の人気が独走してはおりますが、アタシが声を大にして言いたいのは「一番まとまりが良くて、最初から最後までスカッと聴ける」というのは実は本「コルトレーン・ジャズ」なんだぜぇということです。




【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts,ss)
マッコイ・タイナー(p)
スティーヴ・デイヴィス(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)

【収録曲】
1.夜は千の眼を持つ
2.セントラル・パーク・ウェスト
3.リベリア
4.身も心も
5.イクイノックス
6.サテライト
7.26-2 <オリジナルLP未収録曲>
8.身も心も (オルタネイト・テイク)

コルトレーンにとって、この「3日間(数日空くものの)ぶっ通しでのレコーディング」は、本人いわく

「とにかくエルヴィン・ジョーンズという素晴らしいドラマーを得たことが嬉しくてたまらなかった。彼の叩き出すあの独特の力強くも重厚なビートと、私のサウンドがどう響きあうだろう。そんなことばかり考えていたもんだから、あの時はもうレコーディングそのものが新鮮な驚きと感動にあふれていて、演奏するのが楽しくてしょうがなかった。気が付けば曲がどんどん仕上がっていた。」

みたいな、もう「大事件」ぐらいの出来事だったようです。

だからこのアルバムには、ある種独特の「明るさ」「楽しさ」が心地良いエネルギーになって、美しく炸裂しております。

とはいってもそこはコルトレーンですので、しっかりと聴き手の意識の奥底に、それなりのアツくて深いものをしっかりとブチ込んではくれますので、コルトレーン者の方で「え?明るい?う〜ん、軽いアルバムなのかなぁ・・・」とお思いの方、ご安心を。



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2016年07月22日

ジョン・コルトレーン オム

1.1.jpg

John Coltrane/OM
(Impulse!)

サウンズパルの店頭で「大コルトレーン祭」をやりはじめた2000初頭の頃というのは、いわゆるクラブ・カルチャーが華やかかりし頃でありまして、中でもトランス・ミュージックが島の子達に大受けしておりました。

ほとんどの人が高校時代にボアダムスにハマッて(何故奄美でボアダムスがあんなに急にガーッ!と来たかは今もって謎)、その流れでテクノやトランス、特にゴアとかエスノとかサイケデリックとか言われるかなりイケイケでアゲアゲのものを好んで聴いてる人たちが、実に「音楽聴く」という若者の中でも、かなり”多数派”だったです。はいィ。。。

アタシはCD屋のカウンターの中に立って、で、彼らと会話を交わして、本当に色んなことを教わったと今でも思っています。

音楽に対しては

「知識とか流れとかじゃなくて、そん時自分が”くぁ!いい”って思ったものが全て。だからぶっちゃけトランスとかもスタイルじゃなくて、体で聴いてアガるやつ。例えば打ち込みとかじゃなくても、どっかの名前も知らん国の民族音楽とかで”ヤバイ!!!!”てのがあったらサイコー」

というスタンスで、これがアタシにとってはとてもカッコ良くてうらやましいスタンスだったんです。

なまじっか中途半端に音楽知識なんてのがあると、どんなに心をオープンにしてるつもりでも、音楽に感動しながら”繋がり”だったり”関連性”とかそういうものをつい引き出して聴いてしまう。

彼らとは、音楽の話以外にも人生相談とか、何だか話しているうちにちょっと深い哲学めいた話になったりもして、まぁそんな時に

「知識が邪魔するんだよねぇ・・・CD屋がこんなこと言っちゃいけないんだけど」

と正直に打ち明けたら

「いや、それでいいんスよ!だってお兄さんみたいに冷静に”これがこうで、これはこうなんだ”って説明してくれる人がいなけりゃ、何聴いていいかわからんくなったとき困るもん」

と、ありがたい言葉もかけてもらいました。

いや、その一言があったからCD屋としてお店に来るお客さんに「こうですよ」と説明できたり、今もブログで「その音楽を知らない人」に向けて、こうやって文章を書くことが出来てると思います。

話が大分脱線しました(汗)

で、こっからどうやってコルトレーンに繋がってゆくのかという話で、話はカウンター越しの”会話”に戻ります。

「だから自分らァ色々聴きたいんスよ!特に、今のこういうテクノロジーが進んだ音楽じゃなくて、昔のジャズとかブルースとか民族音楽とかで、ヤァ〜っばいのいっぱい出てるはずなんすよ。そういうのが聴きたくて何かないかなーて思ってます。めっちゃローテクでローファイな感じでいいから、とにかくヤバいやつ。」

ほれ、キた。

CD屋をやっていて一番燃える時ってのは、こういう時なんです。

アタシらはただ音の出るプラスチックを売ってるんじゃないんだ。ヘタをすればその人の一生に影響を与えてしまうかも知れない音楽とその人を繋ぐ、まぁいってみれば「音楽好き」という部族の中で、あの世とこの世を繋ぐシャーマンみたいな役割もあるんだと思います。

説明をする知識や語彙はもちろん大事なんですが、こういう時こそ職人の直感の出番です。

「ムニャムニャ・・・音楽の神様、この若者の魂に必要な音楽を私にお示しください・・・」

とは言わなかったのですが、それに近い気持ちで、彼のアツい話を聴きながら、頭の中にストックしてあるいろんな音楽を再生・・・するまでもなかったんですね。

本当に頭の中を”煌き”が走った後に、後期コルトレーンの「オム」のイントロの、鈴とアフリカの親指ピアノ(カリンバとかンビラとかそういうやつ)がポロポロシャンシャン言っている音が脳裏にありありと再生されて、そしてお経のような詩の朗読からの「・・・オーム、オーム、オーム!」の詠唱、そっからのコルトレーン&ファラオ・サンダースの絶叫とも炸裂とも爆発とも言える2テナーの咆哮、ほとんどヤケクソみたいなエルヴィンのポリリズム万歳なビートの重厚なドラム、「ピアノもまた打楽器!」と言わんばかりのパーカッシヴなマッコイのピアノ、そしてところどころ、これがまたいい感じにエスニックな風を演奏に送り込む、祭囃子のようなジョー・ブラジルのフルートがピーヒャラ鳴りまくる狂宴と祝祭の28分が、瞬く間にアタシの内に溢れました。





【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts,ss,多分Voice)
ファラオ・サンダース(ts)
ジョー・ブラジル(fl)
ドナルド・ギャレット(bcl,b)
ジミー・ギャリソン(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)
Unknown(perc,etc.)

【収録曲】
1.Om
2.Om(part.2)


「ちょっと待って、いいのあるよ♪」

と、ニヤッと笑ってガバッと動いて「オム」のレコードをターンテーブルに乗せて針を落とした時間は、ほんの数秒だったと思います。

1965年、コルトレーンのアルバムでいえば「後期の」と言えるかも知れません。

この時期のコルトレーンは、もう4ビートでの表現というものの限界をすごく感じていて、同時に精神世界への傾倒を音楽にダイレクトに反映させたくて、それまでの4人編成から、より大きい編成で、しかも調制を取っ払った演奏で、実に真っ当なジャズファンから聞けば、それは”実験”とも取れるような過激な内容の音楽に突き進んだその一歩目が、この時期のアルバムなんですが、そんなことは一切どうでもよろしい。

この、目の前にいる若者は、人工的にビートと効果を強調して、多分脳を直接刺激することに特化した音楽の、いわばスペシャリストで、果たしてそういう人の耳や心に、かなりトランシーとはいえ、この40年前の(当時)全部人力で演奏された、彼流に言うところの「ローファイな」音楽が響くだろうか?とかなりドキドキではあったんです。

結果から言えばそんなもんは杞憂でした、一瞬で粉々に吹っ飛びました。


「ぁぁぁぁあああああ!!!!!コレ!!!!!コレめちゃくちゃトランスじゃないですかぁぁぁああああ!!!!何すかコレ!ヤバい!!アガる!!!!」

CD屋やっていて、本当に嬉しい反応、そしてこれは究極の言葉でした。

そこからの会話は盛り上がり過ぎてほとんど擬音だけでやっていたので割愛(笑)。

さて「オム」が凄かったのはそっからです。

「奄美のトランス好き」の中で恐らくは一番アツい部類に入るだろうその彼の反応に気を良くしたアタシは、その後店にくる”それらしき人々”にも、後期コルトレーンを筆頭に、果敢に”ローファイで””何だかよくわからんが凄そうな音楽”を薦めまくりました。

反応は当たり前ですが良かったり悪かったり・・・でも「オム」だけは、大体

・鳴り響いた瞬間に「ヤバい!」と飛び跳ねだす

・瞑目してしばらく後にゆっくりとグラインドする

という素敵な反応のいずれかを必ず頂けました。

「コルトレーンやファラオ・サンダースの音楽は、実は今クラブ系と呼ばれる若い人達に人気なのだ」

という記事を何かの雑誌で見たのは、それから数年後のことでした。

コルトレーンの音楽は、そういった感じで今もコルトレーンを知らない若い人達に聴かれ続けている。アタシは強くそう信じています。







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2016年07月20日

テナー・コンクレイヴ

3.jpg
テナー・コンクレイヴ
(Prestige/OJC)

Prestigeといえば、モダン・ジャズ全盛期のニューヨーク・ジャズ・シーンの熱気とビビるほどの層の厚さを、今の時代にも我々ファンにダイレクトに伝えてくれる、ブルーノートと並ぶ2大インディペンデント・レーベルであります。

万事キチンとしていたブルーノートとは正反対で、よくも悪くも”テキトー”なところのあったこのレーベル。

しかし、その”テキトー”が、ある意味でジャズの持つ、出たとこ勝負のアドリブ合戦のスリルと楽しさを、レコード盤面にしっかりと刻み、そのリアルタイムからもう50年以上経った21世紀のアタシらのようなリスナーの耳にいささかの古臭さもなくアツいまんまで届けてくれるからやはり大したもんです。

1956年録音の「テナー・コンクレイヴ」も、そういったPrestige謹製のカッコいいジャムセッション・アルバムのひとつです。

テナー・サックスという楽器は、ビッグバンドのその昔からソロの花形であり、バトルとくれば腕利きのテナー・マン達がガチンコで競い、そんな中から勝ち残って来た人がスターになってきたという歴史があります。

モダン・ジャズの時代になるとバンド編成もビッグバンドからスモールコンボになって、基本的に「同じバンドに同じ楽器やる人はいない」という風になりましたが、それでもジャズマンはセッション好き、お客さんもバトル的なもの大好き♪ てなわけで、クラブで本番の後にジャムセッション大会で盛り上がったり、レコード会社も「夢の競演」みたいな企画を考えた・・・ていうかPrestigeの場合はテキトーに声をかけてスタジオに集まった時点でミュージシャン同士軽く打ち合わせさせてちょちょいとレコーディングしたというのが真相のようですが「4人の注目若手テナー奏者による豪華競演」というコンセプトのこのアルバム、実に”当たり”であります。もうね、聴く度に「あぁ、ジャズっていいなぁ〜」という至福の幸せを感じさせてくれるんです。

さぁ、4人の注目若手テナーマン、白人テナー奏者の中でもズバ抜けた巧さと「スウィングさせてもバラード吹かせても実に唄ってる」と、既に大人気だったズート・シムズと、同じように正統派スタイルで後に”アル&ズート”という名コンビで耳の肥えたジャズファンを楽しませてくれるアルバムを何枚も残した名手アル・コーン。

そしてニューヨークでは数々のセッションに引っ張りだこで、そのまろやかな音色と深いコクをしのばせたそこはかとなくファンキーな味のあるプレイが持ち味のハンク・モブレーと、当時人気知名度共にうなぎ登りで”ニューヨークでは今一番ヒップなバンド”と呼ばれたマイルス・デイヴィスのクインテットの”ちょっと今までにないシャープなトーンとフレージング”で急速に注目を集めるようになったコルトレーンの4人であります。

プレスティジ側としては「白人2名VS黒人2名のテナー・バトル」みたいな感じで売り出したかったようなのでありますが、なかなかどうして、このアルバムはそれぞれ個性もアプローチも違う4人の素晴らしいテナーマン達が、単純に勢いにながされず、それぞれの持ち味をしっかり活かした「聴かせるセッション」を繰り広げてるんですね。





【パーソネル】
ハンク・モブレー(ts)
アル・コーン(ts)
ズート・シムズ(ts)
ジョン・コルトレーン(ts)
レッド・ガーランド(p)
ポール・チェンバース(b)
アート・テイラー(ds)

【収録曲】
1.Tenor Conclave
2.Just You, Just Me
3.Bob's Boys
4.How Deep Is Ocean

トラックでいえば@〜Bまで、ミディアム〜アップのゴキゲンな曲が、それぞれのソロをたっぷりフィーチャーして、演奏10分前後という実に絶妙な時間にトラックもまとまっております。

「それぞれ全く違う個性」とはいえ、この時期はモブレーもコルトレーンも、後年のような「ハッキリとそれと分かる個性」を確立している訳ではありません(唯一すぐに”あ、コレ”と分かるのは、この中でズバ抜けて上手いズートだけ)。

でも、何といいますか完成されているものだけが素晴らしいのじゃない。

「その途上」ならではの気合いが、コルトレーンのプレイからは鋭角な音色とゴリゴリしたフレージング、モブレーのプレイからはややもっさりした音色と、噛んで含めるような朴訥な味が滲むフレージングから、後に”ズートそっくり”になるアル・コーンのプレイからも、張りのあるトーンとズートには及ばないもののなめらかで瞬間的に”クッ”とくる唄心が迫るフレージングから、とてもいい感じのフィーリングと共に伝わってくるからこのアルバムはやめられません。

それこそ酒のツマミに聴いてたら、どんどん酒が弾んでゴキゲンになってくる。かも、です。

ラスト・ナンバーだけが唯一バラードですが、これがまたここまでの丁々発止で盛り上がった和やかバトルの空気を綺麗にまとめるかのような絶品。

テーマをちょいと崩したメロディを軸にしたシンプルなアル・コーンから、そのメロディを綺麗に受け継ぎつつ、いつの間にか一流のドラマティックな展開にして泣かすズート、こういうバラード弾かせたら極上の”さり気なくカッコイイソロ”を間にちょろっとはさんでくれるレッド・ガーランドのピアノ・ソロからのコルトレーン〜モブレーとくる美旋律の何とも言えないカッコいいリレーは、これだけのためにこのアルバム買ってもいいぐらいです。

よく「初期のコルトレーン、下手だった」という説を聴きますが、ここで聴けるコルトレーンは、まだ後年のような絶対的な”何か”を感じさせるへヴィなプレイをしてないだけで、モダン・ジャズのテナー吹きとしては最高にいい仕事してますよ♪

個人的にはズート・シムズのカッコ良さを教えてくれたアルバムで、今でもやっぱりズートのアドリブに触発されていいプレイをしているコルトレーン、モブレー、アル・コーンという聴き方をしてしまいますが、聴き方とかはどうだっていい。こういう演奏がフツーにスタジオでポーンとレコーディングされていたあの時代の幸せな空気を楽しみましょう。





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2016年07月18日

ジョン・コルトレーン コルトレーン・プレイズ・ブルース


3.jpg
ジョン・コルトレーン/コルトレーン・プレイズ・ブルース
(Atlantic/ワーナー)

ジャズが好きです。

で、ブルースも大好きです。

そもそもアタシがジャズ好きになったのは、中学の頃から何かと聴いていたブルースという音楽に対する憧れとか、心底「ヤバイ!」と思う感動とか、そういったものがあったからで、もしもアタシがブルースを聴いていなかったら、きっとジャズを聴いても今ほどのめりこんではいなかったと思います。

ジャズの”ヤバさ”を教えてくれたのは、言うまでもなくコルトレーンです。

とは言ってもアタシが最初に惹かれた・・・というより持っていかれたのは、晩年のフリードロドロバッキンバッキンのカオスでアナーキーな演奏でしたが、これは今でも不思議に思うんですけど、何故かそういう演奏に、どうしようもないぐらいに濃厚なブルース・フィーリング”的”なものを感じたんですね。

ほら「ブルースは理屈じゃない、フィーリングだ」って言葉があるじゃないですか。

アタシも十代の頃なんか一丁前に、まだロクにブルースもよくわからんのに「フィーリングだ」とかほざいてはおったんですが、コルトレーンの「ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード・アゲイン」を初めて聴いて、そのグチャグチャにひしゃげたサウンドの中から、何とも美しい”うた”の美しさが胸にドーンと来た時に「あ、これ、ブルースだ」と、初めて理屈じゃなく思ったんです。

そんなこんなの”後期コルトレーン”に、勝手に理屈でないブルース・フィーリングを感じて吹き上がっておる時に「Coltrane Plays The Blues」に出会いました。

そん時はどの時期のがどんな音でーとか分かんなかったもんで、ただ「お、コルトレーンがブルースやってるー♪」ぐらいの軽〜いノリで買って、半分予想通り(奇をてらわないストレートなブルースをやってるという意味で)半分予想外(コルトレーンがフリーじゃなくて古典的な演奏してるという意味で)のその内容に嬉しくなって、このアルバムはすんなりと愛聴盤の仲間入りをしました。

どの曲も、心地良いテンポの、すんなりと聴ける”良い感じのブルース”。

「ふんふん、いいね〜♪」

と、午後の昼下がりなんかに聴いても、夜中に一杯やりながらも多分聴ける、コルトレーンのアルバムの中では珍しく「聴き手に姿勢を求めないアルバム」とでも言えばいいでしょうか。

資料によると、このアルバムはコルトレーンが

「スタジオに入って一気に行った”アルバム3枚分のレコーディング”のうち、ブルースのみを集めてアルバムにまとめたもの」

らしいです。

何でそんな一気にレコーディングしたかというと、コルトレーンにとっては後に良き相棒となるドラマーのエルヴィン・ジョーンズがバンドに参加して、彼の「フツーじゃない革新的なドラム・プレイ」に激しく刺激を受けて、嬉しくなってしまったコルトレーンが「おい、スタジオ入ってレコーディングしようぜ♪」と、ハイ・テンションのままスタジオ入りしたからなんだとか。

コルトレーンのそういうとこ、もう「音楽!」ってなったら脇目もふらずに突き進んでしまうとこ、大好きなんですが「おーし、やるか、エルヴィン、マッコイ、スティーヴ!」となって「で、何やるよ・・・?」「とりあえずブルースだ」(ジャズマンの間ではセッションの時にまずブルースをやるのがお約束)という具合に、和気藹々でやったんでしょうね。和やかな中にピリリと程よい緊張感が漂うこのアルバムの空気からは、そんなスタジオでの”嬉しい初顔合わせ”の様子まで、リアルに伝わってくるようであります。






【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts,ss)
マッコイ・タイナー(p,@C〜F)
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【収録曲】
1.ブルース・トゥ・エルヴィン
2.ブルース・トゥ・ベシェ
3.ブルース・トゥ・ユー
4.ミスター・デイ
5.ミスター・シムス
6.ミスター・ナイト
7.アンタイトルド・オリジナル(エキゾチカ)


リラックスした和やかな雰囲気に「お前、それテキトーに付けただろ!」とツッコミたくなる曲名、いつ、どんな時でも安心して「おーいぇ〜♪」な気分で聴けるブルース・アルバム。

なんですが

実は繰り返し聴いて「あ、すげっ・・・!」と、思ったところがいくつかあります。

一言で言えば「アドリブの斬新さ」なんですが、コルトレーンは古典的なブルースという素材でも、アドリブに入ると、それまでのジャズマンがやったような「お約束」にのっとったブルース・フレーズから、どうやって飛躍しようか?ありきたりにならないアドリブとは何だ?ということを実に真剣に考えながら、常に一歩先を見据えてテナーとソプラノを吹いているフシがある。

ともすればワン・パターン、聴いてすぐ飽きる感じになり易いブルース・セッションですが、コルトレーンのアドリブを真剣に聴いていると、実にソリッドで、しかもブルースの持ち味を損なわずに楽曲の中で出来る限り多彩なアドリブの限界をやっているんです。

何度も何度も聴いて飽きないのは、単に”味”だけでなく、コルトレーンの決して予定調和にならない、考え抜かれたアドリブのキレと、それに呼応してしっかりとリズムをキープしながらもグングンと独自の展開を見せるリズム・セクションの感覚の新しさが、このアルバムの肝でしょう。

エルヴィンはもちろん凄いんですが、実はマッコイのピアノにも耳を傾けて聴いて欲しいです。サラッと凄いことやってますから。






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2016年07月17日

ジョン・コルトレーン ブルー・トレイン

1.1.jpg

ジョン・コルトレーン/ブルー・トレイン

(Bluenote/EMIミュージック)

全国のコルトレーン者の皆様、本日もこの日がやってまいりました。

そう、7月17日、われらが大コルトレーンの命日でございます。

アタシは昨晩、前夜祭と称しましてツイッター(@synreisoundspal)で初期コルトレーンのyoutubeを解説付きで流しましたが、多くの皆さんからお気に入りやリツイートを頂きまして、あぁ、やっぱり日本にはコルトレーン、こんなに好きな人がいっぱいいるんだなぁと、感慨を新たにした次第です。

さて、アタシも”コルトレーン者”のはしくれと致しましては、今年もこのサウンズパルブログにて、コルトレーンを特集する「大コルトレーン祭」頑張らなくてはなりますまい。

アタシは毎年毎年、夏になるとひつこくコルトレーンの素晴らしさを世の中の人達に説くんです。

コルトレーン者になった理由は、雲さんとこの「カフェ・モンマルトル」に書いておりますが

↓ ↓ ↓
http://cafemontmartre.tokyo/music/coltrane_again/

まぁその、パンクよりパンクな後期コルトレーンのぶっとびにヤラレたのがそもそものきっかけなんですが、そこからさかのぼって、初期コルトレーン。

つまり「ジャズとしてカッコイイ時期のコルトレーン」の良さにも徐々にシビレていったんですな。

そこでひとつの使命に目覚めたんです。

「コルトレーンという素晴らしいアーティストの音楽、思想を多くの人に広めるために、俺がんばろう」

と。

単純に「カッコイイ」「凄い」だけのミュージシャンならば、恐らくアタシはそこまで思わなかったでしょう。

コルトレーンの音楽や、その表現姿勢には、表面的な言葉では絶対に語れないサムシング・エルスがある。

それが何か、具体的なことは今だによくわかりません。アタシには「いやぁ、コルトレーン聴くとね、何かよーわからんけど心が洗われるんだよねぇ。すごくいいんだぁ・・・」としか言えない。

でも、この「すごくいいんだぁ・・・」は、ジャズのカッコ良さ、せつなさややるせなさを愛する上で、コルトレーンに特別な感情を抱いてしまった方には、言わずとも伝わる部分であると信じております。

だから、コルトレーンをまだ聴いたことがない方々に、アタシは笑われようと無視されようと、いつか「あぁ、そういやアイツがコルトレーンのこと何か言ってたなぁ、聴いてみるか」と思って頂くために、これからもずっと「大コルトレーン祭」は続けていきたいと思っておるのです。

前置き、大変くどく長ったらしいもので恐縮でございます。ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。



では、2016年「大コルトレーン祭」の1枚目、今日は初心者の方に

「まずはこれを聴いてちょーーー!!!!!」

と、絶対に”推し”な名盤「ブルー・トレイン」をご紹介いたします。

はい、ジャズの名盤ガイドブックの類には必ずといっていいほど掲載されておりますし、ブルーノートのセンスが凝縮されたジャケット名盤としても超有名であります。

で、内容の方なんですが、これも1950年代、モダン・ジャズ全盛時代の「最高にイカした空気」というものをギューッと詰め込んで蒸留させたような、実にヒップでかつ深い味わい。

内容の”上質ぶり”については、いくつか理由がございます。

まずはこれが「コルトレーンがブルーノートに残した唯一のリーダー作である」こと。

コルトレーンはこの時期PRESTIFGEレーベルと専属契約を結んでいたのですが、その時の条件に「ブルーノートから誘われたらアルバム1枚だけ出してもいい」というのがあったそうなんです。

ちょいと事情を話すと、ブルーノートは当時としては珍しくミュージシャンにちゃんとしらギャラを払ってたし、レコーディングの時は最高の環境を整えてくれただけでなく、アルバムコンセプトやオリジナル曲をやりたいという相談にも前向きに乗っていたし(当時は「ウケの良いスタンダード」をレコード会社はやらせたがった)、色んな意味で生活面でだらしないジャズマン達にはレコーディング代の前借りとかいう名目で資金的にも援助の手を差し伸べていたようで、ニューヨークのジャズマン達はみんなブルーノートと契約をしたがっておりました。

そんなコルトレーンがブルーノートのオーナー、アルフレッド・ライオンの親切とジャズを愛するアツい心に恩義を感じて演奏に気合いを入れないはずがございません。当然張り切って”すこぶる”付きの好内容になっておるんです。

次に「セロニアス・モンクのところで修業をして、音楽的には1周りも2周りも成長したコルトレーンの、伸び伸びと飛躍したソロが聴ける」ということです。

コルトレーンにとって、個性の上でも理論の上でも他のジャズマンとは明らかに一線を画すレベルの高みにいたセロニアス・モンクとの出会い、そして共演は衝撃的なものでありました。

その充実と、コルトレーンの音楽的な成長の過程について、詳しくは以下の記事をご覧いただくとして。。。

セロニアス・モンク&ジョン・コルトレーン/Complete Live At The Five Spot1958

セロニアス・モンク・ウィズ・ジョン・コルトレーン

セロニアス・モンク・ウィズ・ジョン・コルトレーン・アット・カーネギー・ホール

この特別なアルバムに参加しているメンバーは、それぞれこの時代のジャズとしては最高の手練であり、もし、コルトレーンがこの場にいなくてもこれは50年代ハードバップを代表する名盤のひとつと数えられるであろうクオリティではあるんですが、そこにコルトレーンの「出てきた瞬間に空気を変えて、あっという間に加速するアドリブのカッコ良さ」物凄い質量で重なり、ちょっと他にない、硬質でエッジの効いた斬新な空気が加味されておるんです。







【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts)
リー・モーガン(tp)
カーティス・フラー(tb)
ケニー・ドリュー(p)
ポール・チェンバース(b)
フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)

【収録曲】
1.ブルー・トレイン
2.モーメンツ・ノーティス
3.ロコモーション
4.アイム・オールド・ファッションド
5.レイジー・バード
6.ブルー・トレイン(別テイク)
7.ブルー・トレイン(別テイク)
8.レイジー・バード(別テイク)


もちろんコルトレーンのアドリブが飛躍して聴こえるのも、何を吹いても特級品のモダン・ジャズになってしまうリー・モーガンのトランペットと、二人の激しく火花散るソロの応報の間に入って適度な”まろみ”をもたらしてくれるカーティス・フラー(この人がこのセッションに参加するきっかけとなった話が面白いんで、この話はまた次の機会に)のトロンボーンとの絶妙なバランス、そして、そんな溢れんばかりの個性を持つフロント3人のプレイを「こう来たらこうで、どうよ!」とばかりに余裕で支えて時に激しく煽るケニー・ドリュー、ポール・チェンバース、フィリー・ジョー・ジョーンズのリズム・セクションが繰り出す完璧な、それでいてタップリの遊び心に満ちたリズム。

く〜・・・たまんないねぇ。たまんないたまんない。

何度も何度も聴いて、そのたんびに同じように感動させてくれる、ジャズのジャズならではのハードボイルドな味わいにしっかり酔わせてくれる。

こんなアルバム、実はありそうでなかなかありません。

「コルトレーンまだ持ってないんだけどー」

という人にとっては、まず断言しますが「ジャズとして最高にかっこいいコルトレーン」を、一番理想に近い形(楽曲・編成・音質)で分かりやすく楽しめんでいただける一枚であります。

「大コルトレーン祭」本年もどうぞよろしくお願いいたします!




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2016年07月16日

【告知】明日から「大コルトレーン祭」

3.jpg


明日7月17日は、ジョン・コルトレーンの命日。

サウンズパルは「大コルトレーン祭」と称しまして、この日から夏が終わる8月いっぱいまで、コルトレーンを特集します。

http://soundspal.seesaa.net/category/23163897-1.html

これは主に「コルトレーンを知らない人」のためにやっておりまして、まぁその、サウンズパルのブログの主旨として

「知らない音楽を知って、人生をちょっとでも豊かにしよう!」

というのがありまして、とにかく何でもいいのですが、もし、このブログを見ている人で「音楽なんて別に大したことねーし」と思ってる人がいたら、アタシのへたくそな文章でも、何かこうひっかかるものを感じてくれたら本望も本望、もう恩の字なんですが、とりわけコルトレーンという人の音楽は、何というか個人個人の「思考」をすごく刺激してくれる音楽で、一人でも多くの人がコルトレーンを好きになれば、今この”弱いものいじめ”のよくない空気が何となく漂っている世の中の空気が少しでも変わるんじゃないかなーと、淡い夢も見ております。

さて、アタシは水風呂浴びて明日から紹介するコルトレーンのアルバムをセレクトしてこようと思います。



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