2019年07月20日

コルトレーンとドルフィー

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1960年代初め、インパルスと契約し、いよいよジャズを越えた自分自身のオリジナルな音楽の道へと突き進もうと燃えていたコルトレーンにとって「音楽を遺憾なく実験出来る自分のバンド」というのは、非常に重要なものでした。

コルトレーンは言うまでもなく、自身の内側に物凄い質量のオリジナリティのマントルを持っていた人でしたが、同時に常に近辺に刺激してくれる人材をそばに置いてイマジネーションを爆発させるという手法も好んでた人だったようにも思えます。


60年代初頭のこの時期、コルトレーンにとって「刺激」となったのが、エリック・ドルフィーの存在でありました。

インパルスと契約しての最初のスタジオ・アルバムは『アフリカ・ブラス』。




このアルバムは、コルトレーンの4人編成のレギュラーバンドの演奏のバックに、ブラス・オーケストラを付けるといった試みを行った作品でした。

アルト・サックス、バス・クラリネット、そしてフルートを操るマルチ・リード奏者のドルフィーは、音楽理論にもめちゃくちゃ強く、かつ演奏仲間達からも「凄い」と言われるほどの正確無比な読譜力の持ち主で、この時のブラス・セクションのアレンジを任せられました。

恐らくスタジオ内で、互いに音楽の深い話で盛り上がって意気投合したか、或いは互いにその演奏の革新性を認め合っていたんじゃないでしょうか。次なるスタジオ作は、古巣のアトランティックで”うっかり1枚分残っていたアルバム契約を消化するためのレコーディング”だったんですが、このアルバム『オレ』で、コルトレーンは正式なメンバーとして、バンドの中でアルト・サックスやフルートの仕事をドルフィーに与えております。




エリック・ドルフィーのプレイは、影響を受けたチャーリー・パーカーのフレーズを、全く独自の高度なテクニックを駆使してものすごーく発展させたような、一言でいえば”ぶっとんだ”プレイです。

音楽理論のかなり複雑な所にまで精通していたドルフィーにとって、超高速で音程の激しい上下を繰り返す彼のアドリブは、先鋭的とはいえども理に適ったものでありました。ところが、彼の吹くようなアドリブは、それまでのモダン・ジャズのアドリブの文脈とは全く違うようなものに、聴く人は思うほどぶっ飛んでおりました。

コルトレーンのプレイも当時かなり進んだものでありましたが、コルトレーンのプレイは50年代のマイルス・デイヴィスのバンドに居た頃から多くの人が知っており、凄まじい速さで進化して来たとはいえ、そのアドリブの内容においては、大きなスケールアウトなどはこの時点ではまだなくて、多くのファンにとっては「段階を踏んで来ている」と思えるようなものだったのではないでしょうか。

なのでコルトレーンから見たドルフィーのプレイは、素直に「お前のプレイは自由奔放で凄いなぁ」というものだったと思います。

で、コルトレーンは「コイツと一緒にプレイしたら、何か思ってもないような新しいものが生まれるに違いない!」と、ウキウキワクワクしながらプレイしていたと思います。

実際にコルトレーンとドルフィーが一緒に繰り広げた演奏、というよりも「個性の塊の2人がアドリブで繰り広げる真剣勝負」は、最高に刺激的で、ジャズのスリルと圧倒的テンションの凄まじさに満ち溢れたものであります。

二人のアドリブは、全くスタイルもアプローチも違うんですよ。それぞれが放っておいたらどこまでも違う方向の遥か彼方へ飛んで行ってしまいそうな、熱さやカッコ良さの中に、独特のあやうさがふんだんにあって、このヤバさが凄いんですよね。

でも、いや、だからこそかも知れませんが、コルトレーンとドルフィーとの関係は、長くは続きませんでした。





コルトレーンとドルフィーが、渾身の気合いを入れて熱演を繰り広げ、そしてインパルスが最大の期待を込めて送り出した『ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』これがジャズ雑誌の誌上で評論家に「こんなのはジャズじゃない、エリック・ドルフィーの意味不明なアドリブは全く音楽的にでたらめだ」と、めちゃくちゃにコキ降ろされてしまったんです。

コルトレーンはすぐにこれに反論し「ドルフィーはデタラメではない」と、譜面まで持って行って強く抗議しましたが、あまり理解してくれる人はおらず、ドルフィーは失意の底に沈みました。

コルトレーンのバンドに参加した時のドルフィーの状況も、せっかく結成した初めての自分のバンドが、相棒のトランぺッター、ブッカー・リトルの突然の死で解散の憂き目を見てしまい、ただでさえショックが大きかった中、新しい活動にも何となく暗雲が立ち込めている。

コルトレーンとはヨーロッパを一緒にツアーして、そこでは好評を得ましたが翌62年にはグループを脱退。しばらくは古巣のチャールス・ミンガスのバンドに戻りますが、やはり生活は苦しく、ソロ・ミュージシャンとしての再起に懸けるべく、自分の音楽性を理解してくれる聴衆がまだ多いヨーロッパを活動の拠点にしようと滞在しますが、そこで持病の糖尿病の悪化による心臓発作で亡くなってしまいます。

ドルフィーの不運を想うと何とも後味が悪く、やるせない気持ちになりますが、今では「ドルフィー参加のコルトレーンのアルバム」といえば、ファンの中でも「アドリブのギリギリのテンションでのせめぎ合いが素晴らしい」「てか、正直ドルフィーの方が凄くない?」と正当に評価されて、エリック・ドルフィーもまたジャズの歴史を語る上では欠かせない巨人であるとの意見が大半です。

もしもドルフィーがそのままコルトレーンのグループに参加し続けていたら、彼の人生もまた違った結末を迎える事が出来たんじゃないか?と、思うこともありますが、それはどうなんでしょう。お互いに溶け合わずに覚悟と覚悟だけを武器に壮絶にアドリブを散らせた2人、60年代初頭という、ジャズも世の中も大きく揺れ動いたその一瞬の中の美しい花火だったからこそ、感動は色褪せなかったように思います。

おっと、今日はサラッと語るつもりが長々と・・・。

では今日はこれぐらいで皆さんおやすみなさい。明日以降の大コルトレーン祭もどうぞおたのしみに。











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2019年07月18日

ジョン・コルトレーン ザ・コンプリート1961 ヴィレッジ・ヴァンガード・レコーディングス

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John Coltrane/The Complete 1961 Village Vanguard Recordings (4CD)
(Impulse!)



かっこいいアーティストやバンドってのは、もちろんスタジオで丹精込めて作り上げたアルバムはもちろんですが、必ずと言っていいほどライヴ名盤というのがあります。

というよりも、考えてみたら音楽家が演奏をする現場というのは、年に多くても数回のレコーディングよりも、毎日のようにプレイしているライヴの現場ですもんね。で、そんなライヴを毎日のようにこなしているミュージシャンのライヴ盤だから、そりゃあもう悪かろうはずがございませんね。

そこでコルトレーンなんですが、えぇ、スタジオ・アルバムもオフィシャルなライヴ盤も、プライベート録音のライヴもたくさん出ております。

そりゃあお前、ジョン・コルトレーンなんて言ったらジャズの超有名な人の中でも更にめっちゃ有名人じゃないか。そんなもんたくさん出てるだろうと言われる向きもいようかと思いますし、アタシもそう思ってはいるんですけどね、コルトレーンって実は、ジャズの世界でソロ・アーティストとして活動したのって、ほんの10年ぐらいなんですよ。

1956年にマイルス・デイヴィスのバンドにスカウトされて、その翌年にPrestigeでソロ・デビュー・アルバムを、30歳にしてようやく出してもらい、あれよあれよという間に、いつの間にか「マイルスの所にいる何か面白いテナー奏者」から、ジャズを代表する革命的ミュージシャンにまでなり、そしてあっという間に悪かった肝臓をこじらせて天国へ行ってしまいました。

昔の(特に初期に在籍したPrestigeの)レコーディング事情が実にいい加減だったとはいえ、その10年の間にソロ名義のものだけで30枚以上のアルバムを出しているんです。で、更にそのボリュームに負けないぐらいのライヴ盤が出ていて、その上死後発見されたテープから、2000年代になってからもアルバムが作られてリリースされている・・・。

えぇと、何を言いたかったのか、ちょっと忘れてしまうほど気が遠くなってしまいましたので、強引に話をまとめると「コルトレーンのライヴ盤って凄いのよ」という事です。

テンションがヤバいとか、演奏全体が明らかに沸騰してるのが分かるぐらいの熱気がヤバイとか、お客さんが明らかに引き込まれて圧倒させられてる雰囲気が音だけでも見えてきそうでヤバいとか、色々とヤバイところだらけなのがコルトレーンのライヴ盤です。とにかくもう生演奏という制約のほとんどない空間で、好きなだけ尺を取ってアドリブを吹きまくってるコルトレーンを聴いてみてちょうだいよもー!と、体験者(はぁいアタシ)は語ります。

とまぁのっけからアツく語ってしまいましたが、アタシと同じように「コルトレーンのライヴってばすげーカッコイイしヤバいからみんなに聴いて欲しいなー」と思った人が、インパルス・レコードのプロデューサー、ボブ・シールだったという事は、ジャズファンやアタシみたいなコルトレーン者にとっては救済のような事柄です。

1960年、コルトレーンはメジャー・レーベルのアトランティックにおりましたが

「いやもうアンタの演奏は素晴らしい!でも今のメジャーなレコード会社の中ではアンタの才能は埋もれてしまうような気がする。だってアンタにはもっともっと誰も聴いたことのない音楽をやってやろうって気持ちがあるだろ?どうだいウチは全く新しい出来たばかりのレコード会社なんだが、まずモットーにしてるのが、売れるとか売れないとかいうよりも、みんながびっくりするような新しい音楽を作ろうってことだ。ウチに来ないかい?アンタがやりたい事はいくらでも好きにやっていいし、何ならレコーディングしたいって思った時はいつでも好きなだけスタジオに入っていい。もちろんギャラはちゃんと払う」

と、願い倒してインパルスにスカウトしたのがボブ・シールです。


「ほんとっすか?俺がやりたいことをやりたいようにやっていいんですか?スタジオも入り放題?うんうん、うんうん、それなら行く」

と、アトランティックに残っていた「あと、アルバム何枚分」という契約をとっとと終わらせるためにスタジオに入ってちゃっちゃとレコーディングして契約は無事終了。翌61年には早速インパルスでのレコーディングを開始します。

「なんかこう壮大なものを表現したい」

と言っていたコルトレーンの要望を叶える形でレコーディングしたのが、レギュラーバンドに大勢のブラス・セクションを付けてレコーディングした『アフリカ/ブラス』

このアルバムのレコーディングは、コルトレーンにとってもインパルス・レコードにとってもなかなかに好感触なもので、コルトレーンもプロデューサーのボブ・シールのテンションも大いに上がりました。

「いいね!」

「いいねぇ!」

と盛り上がった2人

「いやぁ、いい!でもさぁ、俺は君のライヴも凄く好きなんだ」

「いやぁ、俺もライヴをもっと色んな人に聴いて欲しいし、ライヴでも新しいことやりたいんだ」

「じゃあさ、レコーディングしてみる?」

「レコーディング?何をだい?」

「君のライヴだよ!」

「うわぁマジか!?やるやる!!」

と、インパルス2作目のレコードが、何と異例のライヴ・アルバムという事になったのであります。



「何か面白いことやってくれそうな新しいレコード会社と契約したコルトレーンが、ヴィレッジ・ヴァンガードで新しいグループを引き連れてライヴする!」と、耳の早いニューヨーク子達の間では早速話題となり、そして1961年11月1日から11月5日の4日間のぶっ通しで、ジョン・コルトレーン・グループ、ヴィレッジ・ヴァンガードでのライヴは行われたのです。


この時の演奏からベスト・テイクを選んでリリースされたオリジナル・ライヴ・アルバムが『ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』↓





まず最初に言っておきますが、これ凄くいいアルバムなんですよ。詳しくはリンク先のレビュー読んでくださればと思いますが、収録時間の都合で、入ってるのはたった3曲。でも、この3曲に凝縮された演奏の密度とか気迫とか、そういうのがもう最高。

ところが、やっぱりこの時の演奏の凄まじい演奏は、このアルバムだけに収まるものでは到底なく、トレーン存命中に『インプレッションズ』という、スタジオ音源とライヴ音源の抱き合わせ盤が出て、コレの”ライヴの部”がこん時のヴィレッジ・ヴァンガードでの演奏。しかも楽曲が未発表の『インディア』という曲で、アタシにとってはこの、タイトル通りのインド音楽のラーガみたいな、心地良いトランス感に溢れた曲が「ヴィレッジ・ヴァンガードやべぇぇぇぇ!!」の決定打でした。


ところがですね、ヴィレッジ・ヴァンガードでの録音は、がっつり4日分あるんです。それもライヴ会場に簡単な録音機材持ってってホイと録音したようなプライベート録音ではなく、インパルス・レコードが最新式の機材を運んだレコーディングのためのライヴ録音。当然そのマスターテープは大事に保管されていたんですな。

それらの音源はコルトレーンの死後に発表されました。

アタシもまず2枚組になって収録曲が倍の6曲になった『ヴィレッジ・ヴァンガードのコルトレーンとドルフィー』というLP盤を持っております。

やった!収録曲が倍になって、大好きな『インディア』も入ってる!これでコルトレーンの1961年のヴィレッジ・ヴァンガードでの演奏は全部


・・・な訳がなく、その全貌は1997年に

『CD4枚組、全曲22トラック完全収録のコンプリート盤』


という形で遂にこの世に現れたのであります。


The Complete 1961 Village Vanguard Recordings

【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts,ss)
エリック・ドルフィー(as,bcl,fl)
マッコイ・タイナー(p)
ジミー・ギャリソン(b)*disc-1A,disc-3@,disc-4B
レジー・ワークマン(b)*disc-1@B〜E,disc-2,disc-3A〜E
エルヴィン・ジョーンズ(ds)*disc-1,disc-2@B〜D,disc-3,disc-4
ロイ・ヘインズ(ds)*disc-2A
アーマッド・アブダル=マリク(oudo)*disc-1@,disc-2B,disc-4D
ガルヴィン・ブッシェル(oboe,contra-basoon)*disc-1@,disc-2BC,disc-4CD,


【収録曲】
(Disc-1)
1.India
2.Chasin' The Trane
3.Impressions
4.piritual
5.miles' Mode
6.Naima

(Disc-2)
1.Brasilia
2.Chasin' Another Trane
3.India
4.Spriritual
5.Softly As In A Morning Surise

(Disc-3)
1.Chasin' The Trane
2.Greensleeves
3.Impressions
4.Spiritual
5.Naima
6.Impressions

(Disc-4)
1.India
2.Greensleeves
3.Miles' Mode
4.India
5.Spiritual


(録音:1961年11月1〜3,5日)


はい、コチラがその怒涛の4枚組CDボックスです。

単純に録音した演奏の全てが入ってるというだけでなく、4枚それぞれが日付毎に分けられて、曲順も実際に演奏した順番にキチンと整理された親切仕様。ほぼ全ての曲が10分越えの壮絶な熱演なんですが、みなぎる緊張感よりも、その演奏の気迫に圧倒されて、ついつい聴き入ってしまうが故に、時間などあっという間に過ぎてしまいます。

ジャズの過激さ、ジャズのカッコ良さ、思考と想像力を刺激するアドリブの連続が、聴いている間中五感を刺激し、まるで新しい感覚すらも開いてくれそうな、そんな激しさの奥底にある荘厳さに、このライヴ演奏は満ち溢れているんです。

もっとも、コルトレーンはこの後もどんどん独自の進化を遂げ、その音楽性を更に孤高の極みまで押し上げるんですが、演奏のテンションそのものは、この時期既に絶頂に達しております。

インパルスに移籍するちょい前に、コルトレーンはようやく自分のバンドを持つ事が出来ました。コルトレーン(テナー、ソプラノサックス)、マッコイ・タイナー(ピアノ)、レジー・ワークマン(ベース)、エルヴィン・ジョーンズ(ドラムス)のレギュラー・カルテットがそれなんですが、このヴィレッジ・ヴァンガードでのライヴの時点では、正式メンバーとしてもう一人の管楽器奏者(アルト・サックス、バス・クラリネット)のエリック・ドルフィーと、後に正式メンバーとなって、コルトレーンを最後まで支えたベーシストのジミー・ギャリソンが「曲によって参加するセカンド・ベーシスト」として加入しております。

更にこのアルバム、というかインパルス時代のコルトレーンのひとつの大きなキーワード「スピリチュアル」ですよね。

彼は若い頃からインド哲学やアフリカの土着宗教、東洋思想を真剣に勉強しており、ソロになって楽曲にはそれら思想や宗教の影響が顕著に表れるようになってきます。

その「エスニックでスピリチュアルな表現」これこそが、冒頭ボブ・シールが言ってたような「コルトレーンが本当にやりたかったこと」だと、その後の作品を聴くにつけ思います。

そう、コルトレーンは常に「新しいジャズをやろう」という熱意に燃えるミュージシャンでもありましたが、それ以上に「ジャズを越えて”音楽”として、人々の心を深く打つような表現がしたい」と切実に願う表現者でもありました。


丁度時代は60年代、便利さのみを追求してきた文明社会への疑問が人々の中で生じ、人種差別などのアメリカが元々抱えて来た問題も、色んな形で表面に出て来て、民衆がそれらの社会の様々な問題に向けて思考を拡げていた時代の空気と、コルトレーンの表現衝動とは見事に合致し、コルトレーンの音楽はそれ故先鋭と深化の権化と化す訳です。コルトレーンもインパルス・レコードも、そういった”新しい音楽”を激しく求め、彼らの共同作業からは、正しくそんな音がするのです。

アタシがこのライヴ盤に収録されているインドのラーガみたいな『インディア』に特別惹かれる理由もそこにあります。

レギュラー・カルテットにもう一人のベース奏者、ジミー・ギャリソン、ウード(中近東の琵琶みたいな弦楽器)のアーマッド・アブダル=マリクと、日によってカルヴィン・ブッシェルのオーボエを加えた特別編成は、コルトレーンの「ジャズって枠に収まらない音楽をやるぞ!」という、並々ならぬ意気込みを感じますし、実際出て来る音がその通りです。フォーマットはあくまでジャズで、強いて言うなら「インド風」ではあるんですが、その激しく荘厳(もうね、そうしか表現できんのですよ、凄すぎて)な演奏の奥底のコアの部分には、コルトレーンの思考と音楽の血肉となったインドの哲学が、瞑想のムードとしてしっかりと活きております。


そして全曲で凄まじいのはやっぱりコルトレーンとドルフィーのアドリブでのガチンコのやりあいです。

フレーズというよりも「その音の放出にどれだけの情念を乗っけることが出来るか」に限界まで迫って吹きまくるコルトレーンだけで凄いんですけど、その後に全く違う異次元アプローチで吹きまくるドルフィー、更にドルフィーの異次元を受けてもっともっと情念をぶつけてくるコルトレーン、そのやりとりの過程で2人のソロのみならず、バンド全体の音までもどんどん研ぎ澄まされて凄い事になっている。全編そんなですよ、もう細かくなんて解説しておられないんです。


4枚組なんでちょいと値段は張りますが、ジャズという音楽に、何か深いものを感じる全ての方に、これだけは絶対にオススメです。









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2019年07月17日

大コルトレーン祭2019はじまります(まずは一番好きなアルバムのこと)

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はぁい皆さま、今年もコルトレーン者によるコルトレーン者と世界中の音楽を愛する人達のために、本日7月17日ジョン・コルトレーンの命日からのコルトレーン特集企画『大コルトレーン祭』がやってまいりました。

「コルトレーンを聴く」それだけのために朝から水風呂に浸かって気合いを入れて「今年の一発目はコレにしよう」というCDを棚から選んで仕事(正業)に出かけた訳なんですが、今年の一発目は『ラッシュ・ライフ』。


アタシがコルトレーンを好きになったのは、晩年のフリージャズ化した過激な演奏で、そもそも俺はフリージャズが好きなんだ、形式に囚われたチーチキなジャズなんてスカした音楽なんか聴かねぇぞ!と、イキがっていたんですが、はい、それはもちろん本当にイキりたいだけのポーズです。

本当は、モダン・ジャズっていいよな、色々と知りたいなとは思っておったんですが、変な意地が邪魔をして、いわゆる名盤というものに手が伸びず。でも、せっかくコルトレーンにハマッたのだから、コルトレーンは聴きたいな、聴いてみようかな、・・・聴こう!と思って手にしたアルバムがいくつかあって、その中の1枚が『ラッシュ・ライフ』だったんですね。


アルバムについての詳細は、下のリンクにレビューしておりますが、これは本当に良い。




特にバラードとブルースの良さがシンプルな編成で凝縮されております(曲にもよりますが、コルトレーンのテナーとベースとドラムスというピアノレスのトリオ編成もあって、それがまたカッコイイんですよ)。


1曲目の『Like Someone In Love』は、明るいメロディのバラード曲です。

この曲のオープニング、無伴奏のテナーがふわわっ!とメロディを吹くんですが、その美しい音色が立ち上がる瞬間は、もう何年も聴いてるんですが、毎回毎回グッときてしまいます。

コルトレーンは自分でも「私の演奏はバラードなんだよ、激しくやってる時も常にバラードを意識してる」と言ってました。この人の激しい演奏って、本当に何かが乗り移ってるみたいに激しいんで「んなことあるかよぉ!」と、笑いながら突っ込むなんて失礼なこともしてたんですが、良質な”うた”のエッセンスが凝縮されたような『ラッシュ・ライフ』を聴き込んで、ふと後期の神懸かりなテンションの演奏を聴くと、確かにフリークトーンまで炸裂しているようなサックスのフレーズから、何とも美しい”うた”が物凄い勢いで放出されているのを感じます。

さて『大コルトレーン祭』というのは、このブログでは特にコルトレーンのアルバムレビューを書いたり、コルトレーンについてダラダラ語るという、いち信徒としてのささやかな企画です。

アタシのヘタクソな文章では恐縮なんですが、ジョン・コルトレーンという人はその音楽性よりも何よりも、優しい演奏からも激しい演奏から
も、ちょいと小粋な演奏からも、常にそのフレーズとトーンの中に、ひたむきな祈りのようなフィーリングを感じさせてくれる、そしてジャズの素晴らしさ、音楽そのものの素晴らしさを聴く人に体現させてくれる素敵なミュージシャンだということを、このブログが続く限り、毎年彼の命日の7月17日から8月の末までの間に凝縮して皆さんにお伝えしたい。そう思っております。

コルトレーンを既に知っておられる方には、もしかしたらまた違った角度から聴いて何かしらの素晴らしい発見をして欲しい。そして、コルトレーンをまだ聴いた事がない多くの方に、彼を知るきっかけにしていただけたらいいなと願います。


下のディスコグラフィから、またはカテゴリ『大コルトレーン祭』から、ぜひアルバムレビューを読んでみてください。それではみなさんおやすみなさい。










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2018年08月09日

レッド・ガーランド ソウル・ジャンクション

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レッド・ガーランド/ソウル・ジャンクション
(Prestige)

年々暑くなってゆく夏であります。

もうほんと、うだるような暑さの中、唯一の救いは夏の『大コルトレーン祭』で集中的に聴き狂うコルトレーンだけのような状況になってきておりますが、皆さんどうでしょう?

や、コルトレーンって苦手な人が「ちょっと重いんだよねー」「夏に?とんでもない」とおっしゃる気持ちは、実はアタシもわかります。

確かに夏の暑気を忘れされてくれるようなジャズだったら、西海岸系のカラッとしたオッシャレ〜なジャズの方がいい、もっといえばわざわざジャズなんか聴かんでも、ボサ・ノヴァとかそういうのもある。

でも、なんつうか、なんつうかこう、アタシはこの、忘れようとしたってどうしようもなくジリジリと身に迫ってくる不快な夏の暑さを真っ向からやっつけてやりたい。そんな気持ちが勝ってしまうので、夏はどうしても「夏以上に重く暑苦しい音楽で戦いたくなる」のです。

えぇ、戦ったところで勝てっこない、相手は大自然ですから、んなこたぁわかっています。そんなことを言ってたんじゃあ音楽なんか聴けやしない、どうせ人間なんてちっぽけな存在なんだから感動したり楽しんだりしながらダラダラと生きていきましょうではありませんか。

そんなこんなで本日もコルトレーン参加のレッド・ガーランド4部作、おぉ、今日は最後の一枚『ソウル・ジャンクション』ですね。

録音は全て1957年11月15日、つまり2日間あったマラソン・セッションの初日の録音でまとめられております。

ガーランドのマラソン・セッションは、1957年の11月15日と12月13日の2日間で全15曲(『ディグ・イット』に入ってる『C.T.A.』だけが曲数調整のために他のセッションから持ってきた曲)あり、そのうち初日のセッションだけで何と10曲がレコーディングされておりますが、ポップスのように1曲2,3分ではなく、4,5分から長くて15分越えのジャズでこれをやっちゃってるところが本当に凄いことなんです。

ガーランドとコルトレーンは、当時「最高のバンド」と高く評価されたマイルス・デイヴィスのバンド出身であり、前年の1956年にはマイルス名義の元祖”マラソン・セッション4部作”にも参加しております。

その頃のマイルスは「レコードに収録されているぐらいのクオリティの演奏なら、毎晩のライヴでフツーにやってたよ」といいますね。そんな事を意識しながら『クッキン』『リラクシン』とかの名盤聴くと「こ...このレベルの演奏が日常って...」と、感動を通り越して眩暈を覚えてクラクラするんですが、はい、ガーランドの4部作も、演奏内容と空気感ではマイルスのそれに少しも劣っていませんぞ。






Soul Junction

【パーソネル】
レッド・ガーランド(p)
ドナルド・バード(tp)
ジョン・コルトレーン(ts)
ジョージ・ジョイナー(b)
アート・テイラー(ds)

【収録曲】
1.ソウル・ジャンクション
2.ウッディン・ユー
3.バークス・ワークス
4.アイヴ・ガット・イット・バッド
5.ハレルヤ



演奏は「ガーランドとコルトレーンのセッションといえば」のブルースから始まります、タイトルはアルバム名にもなった『ソウル・ジャンクション』。

まず、ガーランドの長い長い、8分を超えるソロなんですが、これもう最高!訥々とした単音から、徐々に音数を増やしていって、穏やかなテンポの奥底が気持ちよく揺れたり震えたりするグルーヴを、ガーランドこれでもかと醸し出します。

ガーランドの”ブルース”は、何度も言うように、いわゆるコテコテ、アーシーで泥臭いそれではなく”引き”を十分にわきまえた、ジャズの人ならではの、とことん洗練されたブルース。しかも、それでいて全然薄くなくて、形式の”ブルース”に終わらないところがミソなんです。

どんなにサラッと弾いても「ポン」とひとつの音をピアノで鳴らした瞬間に、空間にじわ〜っと滲み出る、何ともやるせないフィーリング、うんうん、これがブルースですよねぇ。

この曲、もうピアノとベースとドラムだけで聴いてもいいぐらいの完成度なのですが、ここで出て来るんですよコルトレーンが。ガーランドがピアノを弾いている、大都会の華やかなラウンジに「あの〜・・・和田さんゆう人おってですか・・・」ぐらいの、仁義なき戦い広島死闘編の山中(北大路欣也)みたいな感じでぬぼーっと出て来るんですが、徐々にしっとり、そして盛り上がるといつの間にか場の空気を完全にソリッドな”コルトレーン色”に変えていつの間にか主役になっておる。


これも何度も言いますが、この「ガーランドが作り上げたエレガンスをコルトレーンが塗り替えたそのコントラスト」が、このアルバムのみならず、セッション全部を通してたまんないんです。「ジャズが好き」という聴く側の心を、どの瞬間も刺激してくれるこのコントラスト、はぁ、いいなぁと思ってたら、今度はドナルド・バードのトランペットが、より土臭いフィーリングでブルースを高らかに歌い上げる。

コルトレーンのセッションでは、その土臭さゆえに時々「いらん」と言われてしまうバードですが、いやいや要るでしょう。少なくともガーランドとコルトレーンの組み合わせでは、味わいに欠かせないダシ汁のようなバードの味わいが演奏全体の濃度を高めているんです。

『ウッディン・ユー』『バークス・ワークス』は、ディジー・ガレスピー作曲のバップ・ナンバーで、どちらもミドル・テンポで軽快に走るテンポが、スローな曲をやるよりもリラクゼーション効果を生み、ガーランド、コルトレーン、バードと今度は絶妙に”合った”感じの音色とフレージングで、上質なモダン・ジャズのお手本ですな。

『アイヴ・ガット・イット・バッド』は、イントロの美しいピアノのフレーズが香気を漂わせながら揺れるバラード・ナンバー。

ガーランドが和音でメロディを弾く合間に「ポロロロン」と零す単音のフレーズが、宝石のように美しい。この曲は珍しくコルトレーンじゃなくてバードのトランペットからソロが始まりますが、ブルース吹く時のやるせなさとはまた違った、繊細なハスキートーン、なんてカッコイイんだろう。そしてコルトレーンも吐息を混ぜながらメロディをひたすら丁寧に吹いております。

ラスト『ハレルヤ』は、ハイ・テンポでガーランドもコルトレーンもバードも、ジョイナーもテイラーも走る、走る、ひたすら走る(!)途中コルトレーンがソロ吹いてる時にバックがジョイナーのベースだけになる場面があるんですが、この緊張感凄いです。

「あー、こりゃもう最初のブルースだけでも幸せだな〜♪」とか思ってたら、最後の最後に「この瞬間だけを聴くためにCDの再生ボタンを押してもいい」って場面がありましたよ。うん、実にスリリング。

そう、ベースのジョージ・ジョイナー、最初は「なんだよ、ガーランドとコルトレーンつったらベースはポール・チェンバースがいいのに」とか思いましたが、ジョイナーのベース、セッション全体を通して大健闘どころか、ブルース曲ではもしかしたらチェンバース以上にしっくりきてるのでは?とすら思います。

そしたらアナタ、この人実はこのレコーディングの直前までB.B.キングのバンドメンバーで、ブルースはもうバリバリ弾いてた人だったんですね。いやはや恐れ入りました。






”レッド・ガーランド”関連記事



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2018年07月31日

レッド・ガーランド ハイ・プレッシャー


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レッド・ガーランド/ハイ・プレッシャー
(PRESTIGE)


さて皆さん、7月も最終日となってしまいました。

今年はちょいとアタシが体調不良とか何とかで、なかなか気合いの入った連日更新が出来ておりません。

大変申し訳なく思っておりますが、それでも毎日このブログをチェックしてる方々が結構いらっしゃって、本当に有難いことです。

えぇと、はい、この数日は「レッド・ガーランド強化月間」で、1950年代のガーランドとコルトレーンが共演した”マラソン・セッション4部作”について書いておりますが、お前しっかりしろ、ガーランドはマラソン頑張ってるけど、お前は息切れしてるじゃないかと、自分で自分にツッコミ入れながら今書いてますよ〜。

はい、そんな訳でガーランド、マラソン・セッション4部作は後半戦あと2枚です。

本日ご紹介するアルバムは『ハイ・プレッシャー』こちらも1957年11月と12月のたった2日間のセッションから集めた全5曲入り。

毎回のように言っておりますが、ガーランドとコルトレーンが組んだPrestigeのアルバムは、どれも50年代一流のジャズマン達ならではの最高の空気感と、リラックスと緊張を絶妙なバランスでたっぷりと楽しませてくれる、つまり極上な作品揃いで甲乙付け難い良盤”しか”ありません。

更にその上、4枚のどのアルバムにもそれぞれ”聴きどころ”や”目玉の曲”というのがあって楽しめるというから、これはもうたまんないんですよ。

かく言うアタシも、最初ガーランドという人のことは

「マイルスのバックでそつのないプレイを聴かせてくれる職人肌のピアニストだな」

と思っておりました。

つまり、派手さはないが味のあるタイプだと思ってて、まぁそんなガーランドがコルトレーンを引き立ててるアルバムだろうから悪かろうはずがない、マイルスのバンドで一緒にやってた仲だしね。

ぐらいに思ってたんです。

ちょいと意地悪な書き方をすれば

「コルトレーン参加作の中では、まぁ無難にカッコいいアルバムが、4部作であるということだろうから、まぁ徐々に集めていけばいっか」

ぐらいに、まぁナメてたんです。


ところがこの4部作、聴いてみたらばこれが「まぁ無難にカッコイイ」どころの話じゃなくて、最高にシビレる素晴らしい作品だった。

しかも、成長著しい時期のコルトレーンの引き立て役だろうと思ってたガーランドのプレイが(リーダーだから当たり前なんですが)、コルトレーンのイケイケなプレイと並行の位置の同じ高さにあって、グルーヴと落ち着きの両方でもって完璧に響き合って溶け合っておるもんだから仰天して

「ひえぇ、レッド・ガーランドってこんなにキャラの立ったカッコいいプレイをする人だったんだ!」

と、初めてその凄さを認識しました。

で、今日ご紹介する『ハイ・プレッシャー』であります。





High Pressure

【パーソネル】
レッド・ガーランド(p)
ドナルド・バード(tp)
ジョン・コルトレーン(ts)
ジョージ・ジョイナー(b)
アート・テイラー(ds)

【収録曲】
1.ソフト・ウィンズ
2.ソリチュード
3.アンディサイデッド
4.ホワット・イズ・ゼア・トゥ・セイ
5.トゥー・ベース・ヒット


(録音:BC1957年11月15日,@AD12月13日)


このアルバムは「ノリノリの曲」と「美しいバラード」の2本立てです。はい、難しいことは言わない、聴いている人はパッと聴いて「いぇいゴキゲン!」か「あぁ、いいわぁ・・・」と素直に感じておればいいし、また、どんな人にも、たとえばジャズとかよくわからん、何がいいの?って人でも、1曲目の『ソフト・ウィンズ』からもうノリノリのグルーヴに耳とハートと腰を持っていかれてウキウキせずにはいられないってヤツです。

そう、この盤の大きな目玉はとにかく1曲目、のっけからガーランドのピアノがとにかく走る走る、転がる転がる(!)

ガーランドって、自分が前に出て凄腕を披露することよりも、一音から出る雰囲気とバンド全体のノリをとても大事にする人で、決してテクニックを売りにするタイプじゃないから、そこんとこ誤解されがちになって地味とか大人しいとか言われることも多いのですが、いやアナタ、この軽快に走りながらどんどんふくよかに拡がってゆくメロディ・ラインの美しさを聴いてごらんなさい、どんなにノリノリで弾いてもフレーズの美しさ、ノリノリなはずなのにそのフレーズ聴いたら何故か「あ、美しい」と思ってしまうこのセンスの最高なとこ、これはもう凄いテクニックです。

そしてこのアルバムのもうひとつの目玉が、今度はバラードで容赦なく美しい『ソリチュード』これはデューク・エリントンの名曲で、多くのカヴァーが存在しますが、アート・テイラーが刻むしっとりとしたブラシでのリズムに合わせて豊かに響くジョージ・ジョイナーのウッドベースの音、これだけでもうしっかりと”音楽”なのに、ガーランドの憂いを帯びた美の塊のようなピアノがかぶさるともう窒息しそうな切なさがこみあげてきます。続くコルトレーン、バードのソロも儚くて儚くて涙腺はずっとホロホロ。

他の曲も同じ水準で本当に質感が擦り減らない、この時代のジャズの人達の凄さに嫌でも感服せざるを得ない素晴らしい演奏ですが、もうアタシはいつも冒頭2曲を聴くだけで胸がいっぱいになりますので今日はこの辺で。





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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』


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posted by サウンズパル at 23:28| Comment(0) | 大コルトレーン祭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする