ディープなコラム こちらにも書いてます♪

2016年08月08日

ジョン・コルトレーン セルフレスネス〜フィーチャリング・マイ・フェイヴァリット・シングス

3.jpg
ジョン・コルトレーン/セルフレスネス〜フィーチャリング・マイ・フェイヴァリット・シングス
(Impulse!/ユニバーサル)


「この人のこの1曲!」

というのは、どのジャンルの音楽でもあると思いますが、コルトレーンにとってのそれは「マイ・フェイヴァリット・シングス」だと思います。

念願の自分のバンドを組んでから、早速スタジオに入った1960年に最初のヴァージョンをレコーディングしてからというもの、コルトレーンはまるで何かに取り憑かれたように、この曲をライヴの度に演奏し、そして演奏毎にアレンジをどんどん変え、最終的には亡くなる前年の「ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード・アゲイン」で聴かれるヴァージョンのように、もはや原曲がどんなメロディだったかすら思い出させない混沌と深淵を極めた状態になってゆくのです。

さて、そんな「マイ・フェイヴァリット・シングス」を、ヴァージョンごとにその違いとそれぞれの持ち味の良さを聴き比べ、噛み締めるのが、われらコルトレーン者の至福の喜びのひとつであるんですが、ファンの中でも

「このマイ・フェイヴァリット・シングスは格別だ!」

という絶品が、1963年7月のニューポート・ジャズ・フェスティバルで演奏されたライヴ・ヴァージョンであります。

確かにこの「マイ・フェイヴァリット・シングス」は、それ以前のものともその後のやつとも、ちょいと雰囲気が違います。

他のヴァージョンにはない、軽やかな疾走感を感じさせるこのライヴ・ヴァージョン、タネを明かせばドラムがいつものエルヴィン・ジョーンズではなく、ピンチヒッターで参加したロイ・ヘインズなんですね。

ヘインズは、1940年代から活躍するベテラン・ドラマーで、コルトレーンにとっては憧れの人、チャーリー・パーカーとも一緒に活動していた人です。

そんな大ベテランだから、ドラム・プレイもきっと堅実で渋いものだろうと思いきや、いやいやいや、何が何が、コノ人はちょっと変わった人でして、フロントに立つプレイヤーがモダン・ジャズの王道を行くスタイルの人だったら、それこそ的確に、最高にオシャレでキレの良いリズムを提供するんですが、いざクセのある若手(当時)と組んだら俄然燃えて、自分のクセも全開にして鋭く切り込むドラミングでブイブイ言わせちゃう、結構なヤンチャ男子なんですよ。

有名なところではエリック・ドルフィーの「アウト・ゼア」、これでドルフィーとロン・カーターのチェロが醸し出す摩訶不思議世界の中心にあって、シュッシュシュッシュとソリッドな4ビートを刻んでフロントを鼓舞するプレイは、これはもう最高なんですが、コルトレーンとの相性も抜群で、そん時麻薬の療養施設に入ってたエルヴィンの代わりに呼ばれて叩いてたんですが、その叩き方は、重厚な複合リズムをどんどん繰り出して、音を”外”に拡げてゆくエルヴィンとはまるで正反対

「スタタタタタ!」

「パシャン!パシュッ!」

と、主にカンカンに張ったスネアを細かく刻みつつ、あり得ない速度(体感)とタイミングで必殺の切れ味鋭いオカズで斬り込んでくるというスタイルなのです。

スネアが中心なので、リズム全体の感じはフワッと軽くなります。

それでもアドリブに合わせて大事なところではガンガン攻めるので、コルトレーンにとってもヘインズのドラミングは、良い意味でいつもと違う刺激に満ち溢れておったことでしょう。

事実、この日のニューポート・ジャズ祭での「マイ・フェイヴァリット・シングス」の演奏時間は17分強(!)コルトレーンもそんなヘインズの軽快にビュンビュン走るスネアと”唄うリズム”にいい感じに触発されて、アドリブがすこぶるメロディアスなんですよ。

エルヴィンと組んだ演奏では、加速しっ放しで演奏がトップギアに入ってからの壮絶な”吹きvs叩き”のカタルシスがもうたまらんのですけどね、ここでは「あ、気持ちよく唄ってたら何か結構な時間たっちゃったね、てへ」みたいな感じの、激しいけれど暖かいやりとりに、メンバーもついほだされている活き活きとしたライヴの空気が伝わります。






【パーソネル】
(@A)
ジョン・コルトレーン(ts,ss)
マッコイ・タイナー(p)
ジミー・ギャリソン(b)
ロイ・ヘインズ(ds)

(B)
ジョン・コルトレーン(ts)
ファラオ・サンダース(ts)
ドナルド・ギャレット(b-cl,b)
マッコイ・タイナー(p)
ジミー・ギャリソン(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)
フランク・バトラー(ds,perc)
ジュノ・ルイス(perc)

【収録曲】
1.マイ・フェイヴァリット・シングス
2.アイ・ウォント・トゥ・トーク・アバウト・ユー
3.セルフレスネス


で、このアルバムの特別なのは「マイ・フェイヴァリット・シングス」だけじゃない。

2曲目「アイ・ウォント・トゥ・トーク・アバウト・ユー」これもコルトレーンお得意の、何度も録音しているバラード曲なんですが、こちらでより繊細に、メロディやフレーズのひとつひとつに神経を張り巡らせているロイ・ヘインズのドラム、このテの演奏では人が変わったように優しいピアノを弾くマッコイ・タイナー、そしていつもより明確でいてメロディアスなラインを弾いているジミー・ギャリソンと、実にピシャッと決まっております。

コルトレーンは前半で目一杯哀感漂うフレーズを唄わせていて、この曲はもちろんバラードで、特徴的な”崩し”は前半ないにも関わらず、どこかに凄みを感じるなぁ・・・と思っていたら、エンディングと思わせてからのカデンツァ(無伴奏、テナーだけのパート)に突入(!)

これは完全にソロ・インプロヴィゼーションともいえる、強烈な感情の吐き出しです。

「うわ・・・無伴奏のエンディングやべぇ・・・」

と思って息を呑んで聴いていたら、エンディングと思わせておいて、実は演奏時間の半分(およそ4分間)を無伴奏で吹きまくっているという、これもコルトレーン・ファンの間では「あのカデンツァは神!」とささやかれている伝説の名演。

で、後半(つうか最後の曲)は、日付けもメンバーもガラッと変わったスタジオでの「セルフレスネス」。

「アイ・ウォント〜」の余韻にクーッと浸っていたら、パーカッションも鳴りまくっての、ファラオのテナーもキュルキュル言って(絶叫は控えめ)、何ともアフリカ的なお祭りの雰囲気が実にゴキゲンで、ついついCDをリピートにして、また1曲目から聴いて「マイ・フェイヴァリット・シングス」で燃えて「アイ・ウォント・トゥ・トーク・アバウト・ユー」でしんみりしつつ壮絶な吹きっぷりにおののいて「セルフレスネス」で祭りを楽しんでしまいます。

2000年を過ぎてから63年のニューポートジャズ祭での未発表曲(「インプレッションズ」)が発掘され、「セルフレスネス」と差し替えられて、楽曲も演奏順に並べ替えられた「コルトレーン・アット・ニューポート」というアルバムがリリースされておりますが、それでもこのアルバムの作品としての価値と面白さが変わることは少しもありません。




”ジョン・コルトレーン”関連記事


『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』


サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 19:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 大コルトレーン祭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月03日

マイルス・デイヴィス サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム

3.jpg

マイルス・デイヴィス/サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム
(Columbia/ソニー・ミュージック)


コルトレーンが世に出るきっかけとなったのは、1956年にマイルス・デイヴィスのバンドに参加したことです。

マイルスという人は、とにかく「新しいこと」を常にやり続けることによって、ジャズの歴史というものを常に最前列で切り開いてきた人で、だからこそ「ジャズの帝王」なんて呼ばれておるわけなんですが、それだけに自分が出す音だけでなく、メンバーが出す音やフレーズにも、人一倍神経を尖らせておりました。

マイルスがメンバーに常に求めていたことは

「誰にでも出せる音、弾けるフレーズをするな。最初は多少ぎこちなかろうと、リスナーから批判されようと、お前にしか出せない音を出せ」

ということでございます。

ソニー・ロリンズの推薦で、コルトレーンがマイルスのバンドに加入した時も、まずはテクニック云々より

「コイツに新しいことが出来るのだろうか?」

と、マイルスは厳しい目で見ていて、その意欲を試したといいます。

結果は、最初こそ心無い聴衆からヘタクソだのギクシャクしてるだの音が硬いだの言われておりましたが、そんなの一向に気にしないマイルスのお陰で、コルトレーンは徐々に「自分だけの音、自分だけのフィーリング」を、ピンと張り詰めたマイルス・デイヴィス独自の音世界の中で開花させることに成功します。

けれども、その頃のコルトレーン、酒や麻薬に溺れかけていた上に、大事なリハーサルやライヴの最中に眠りこけたり、音楽的なこと以外では、本当にダメ人間で、それにキレたマイルスは、1年ほどでコルトレーンをクビにします。

クビになったコルトレーンはサァ大変だ、せっかく自分の音楽性を理解してくれていたマイルスのところを離れたら、どうやって食っていけばいいのかわかりません。

マイルスに頭を下げて「もう酒もクスリもやりませんから・・・」と、言いたかったのではありますが、マイルスがそんな甘い親方ではないということは、コルトレーンもよく知っておりました。

そんな時に「ウチに来ナヨ」と言ってくれたのが、セロニアス・モンク。

この人はマイルスと同じか、もしかしたらそれ以上に優れたオリジナリティと、独自の音世界を持っている人で、音楽的なことで色々なことを質問したいコルトレーンにも

「あ?そんなのテメーで考えろ!」

と、突き放さない、優れた人格者でもあったので、コルトレーンは嬉しくなって毎朝早くからたくさんの譜面を持ってモンクの家に行き、モンクに音楽のことをドバーっと質問攻めにしたのです。

それらひとつひとつに、ピアノを使って的確に答えるモンクにコルトレーンはますます心酔し、更に高度な質問を次々と考えてはモンクのところに朝から押しかける・・・。

こんな生活をしておるうちに、「とにかく音楽が何より」のコルトレーンです。酒なんか呑んでる暇も、クスリ打ってぼんやりしてる暇もなくなって、人間的にも音楽的にも、大成長を遂げるのであります。

これが1957年から58年のお話です。

モンクのところで成長して、晴れて自分名義のアルバムも出せるぐらいの、いっぱしのミュージシャンになったコルトレーン。


翌年にはメジャー・レーベルのアトランティックと契約を交わし、一流の仲間入りを果たすのですが、そんなコルトレーンの活躍を見ていて

「ほぅ・・・アイツやりおるなぁ」

と思って、またバンドに誘いたいと思っていたのが、かつての親分だったマイルスです。

この頃コルトレーンがモノにしていた独自の”シーツ・オブ・サウンド”というのがありまして、これはひとつのコード進行の中で、超高速で音を吹き詰めるアドリブの方法です。

一方のマイルスという人は、アドリブからとことん無駄を省いて、最小限の音で独自のひんやりした雰囲気を作れる人です。

「全く違うアドリブの方法を同じ曲の中で使ってみるのは新しいじゃん?」

マイルスは恐らくそう思っておった訳でしょう。

しかし、既にメジャー・レーベルの所属スターであるコルトレーンを、かつてのようにサイドマンとして、子分扱いするわけにはいきません。

コルトレーンの方も「契約があるから・・・」と、あんまり乗り気ではなかったのですが

「じゃあゲストみたいな感じで参加してくれればいいから・・・」

と、説得して、50年代末から60年代初頭にかけての「第二期マイルス・バンドへの参加時期」という時代があるのです。

しかし、この頃のコルトレーンはもう自己の表現というものに堂々とした姿勢でおり、マイルスが「こうだ!」と思ってそこへ引っ張って行こうとしても、コルトレーンは自分のあくまで自分のやり方を貫きます。

この時期のマイルスのグループの音源を聴いていると、ソロが”マイルス色”から”コルトレーン色”にめまぐるしく変わる中で、独自の緊張感が漂っていて、そのスリリングな風情というものは、聴く側にとっては大変面白いものであるんですが、やはり両雄は並び立たず。話し合いの末、コルトレーンはマイルスのグループを去り、後任にウェイン・ショーターという若者を推薦します。

この、ウェイン・ショーターが後のマイルスのサウンドに大躍進をもたらすのでありますが、それはまた別の話。




【パーソネル】
マイルス・デイヴィス(tp)
ジョン・コルトレーン(ts,@D)
ハンク・モブレー(ts,@〜CE)
ウィントン・ケリー(p)
ポール・チェンバース(b)
ジミー・コブ(ds)

【収録曲】
1.いつか王子様が
2.オールド・フォークス
3.プフランシング
4.ドラッド・ドッグ
5.テオ
6.アイ・ソート・アバウト・ユー

今日ご紹介いたしますのは、コルトレーンが参加した最後のスタジオ盤となったマイルスのアルバム「サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム」です。

コルトレーンが参加しているのは1曲目と5曲目の2曲なんですが、クールで静謐極まりないマイルスのソロからバトンタッチしてコルトレーンが加速を始めると、演奏全体の温度がグググーっと上がる、もうこの時期のマイルスVSコルトレーンでしか味わえないカッコ良さ、このゾクゾクする瞬間を、飽きることなく何度も味わえます。

60年代の幕開けを告げるマイルスの代表作ともいえるアルバムで、実は一瞬だけマイルスのグループに参加したハンク・モブレーの、調和を大事にしたプレイの素敵さもまたいいんですが、コルトレーン・ファンには「いつか王子様が」と「テオ」の2曲を聴くだけでも持っている価値はあります。






”ジョン・コルトレーン”関連記事


『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』


サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/

BASEショップもありますよ(ここでしか買えない商品アリ)http://soundspal.thebase.in/
posted by サウンズパル at 19:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 大コルトレーン祭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月01日

ジョン・コルトレーン コズミック・ミュージック

3.jpg
ジョン・コルトレーン/コズミック・ミュージック
(Impulse!/ユニバーサル)

俗に”後期コルトレーン”と呼ばれる、1966年以降の激烈フリーな演奏。

もちろんアタシはこの時期のコルトレーンの演奏に

「おぼぉ!すげぇ!パンクよりパンク!!!」

と衝撃を受け、コルトレーン者への道まっしぐらになった訳でありまして、そこから狂ったように

「ジャズとは衝動だ!」

と、いわゆるフリー・ジャズのアルバムをガンガン集めて聴きまくりました。

もちろん毎日毎晩コルトレーンも聴いてたんですが、ここで

「あ、コルトレーンって、ただメチャクチャにやってんじゃないんだ。ちゃんと・・・いや・・・もしかしたら4ビートのスウィングするジャズよりとっても”うた”があるんだ」

と、幸いにして割と早くに気が付きました。

もちろん真っ先に耳が行くコルトレーンとファラオのテナー・サックスは「ガアァァアア!!」「ギリギリギリ!!」と、ほとんどノイズに近い絶叫をかましているにも関わらず、そしてリズムの要であるラシッド・アリのドラムは、バタバタバタ!と、定型ビートの”て”の字も出ない、ほとんどヤケクソの乱れ打ちみたいなリズム(というより打撃音)を繰り出しているにも関わらず、どういう訳か心の奥底に、じんわりと、優しさとか叙情のような、すごく豊かな余韻を残す。

うぅん、これは何だろう・・・と、考えることが、アタシの”コルトレーン者”としての、ひとつの修業のようなものでした。

マインド的な部分で考えると、コルトレーンという人は、凄く深い心で「世界が平和で穏やかになればいいな」という願いを込めて音楽をやっていた。うん、それは分かる。

でも、もっと音楽的な、アタシみたいな少々頭の弱い子でも、ハッキリと分かるような”やすらぎの要素”みたいなもんが、きっと耳で聴いて分かる形でこのバンドの中にはある、そうに違いないと思って、スピーカーの前でうんうん言いながら聴いていた時、それまでは単なるバックで何か鳴ってるぐらいにしか思っていなかったアリス・コルトレーンのピアノに、急に耳が行きました。

アリス・コルトレーンは、マッコイ・タイナーの後任として、コルトレーンのバンドに入り、そっからほどなく結婚して、公私共にコルトレーンを支えていた人であります。

本とかを読んでも「いつも静かにコルトレーンの影に寄り添って、それは夫婦というよりも、信頼し合ってる音楽の師弟のような感じだった」と書かれていて、なるほどこの人はコルトレーンの音楽を心から理解していて、そん時既に体の具合が悪かったコルトレーンのことを献身的に支えてたんだなぁとは思って、実際に彼女が参加している演奏を聴いても、激しく吹きまくるコルトレーン、ファラオ、叩きまくるアリ、せわしなく動き回るギャリソンの背後で、どちらかというと知的で物憂げ、そして控えめなピアノ・プレイをしているのがアリスです。

その演奏を聴いて思ったのは

「旦那を立てないと・・・」

という、実に良い奥さんらしい、甲斐々々しい想いであったのかなと思いましたが、これがよくよく聴いてみると、演奏の一番底の方に、まるで星屑のような音符を散りばめて、男達がどんなに暴れようともゆるぎなくスピリチュアルな雰囲気を、実に醸しているんです。

いや、むしろ、最晩年のコルトレーン・カルテットの肝はアリスで、彼女のやや物憂げだけれども冷静でしかし芯のあるプレイが、コルトレーンを優しく導いていたのかも知れないな、と思い、アタシはますますこの最晩年のコルトレーン・グループの、激しさと安らぎが物凄い次元で同時に鳴っている音楽が好きになりました。




【パーソネル】
(@B)
ジョン・コルトレーン(ts,b-cl)
ファラオ・サンダース(ts,piccolo)
アリス・コルトレーン(p)
ジミー・ギャリソン(b)
ラシッド・アリ(ds)
レイ・アップルトン(perc)

(AC)
アリス・コルトレーン(p)
ファラオ・サンダース(ts,fl)
ジミー・ギャリソン(b)
ベン・ライリー(ds)

【収録曲】
1.マニフェステーション
2.ロード、ヘルプ・ミー・トゥ・ビー
3.レヴァレンド・キング
4.ザ・サン


そんなアリスが、コルトレーンの死後に制作した「良い仕事」を皆さんに紹介いたしましょう。

アルバム「コズミック・ミュージック」は、2曲が1966年2月のコルトレーン・バンドの演奏で、2曲がコルトレーン亡き後の1968年5月に録音された、アリスのグループ(ファラオ、ギャリソンがいる)の演奏です。

いわゆる”追悼盤”として、アリスが自ら立ち上げた「コルトレーン・レコーズ」よりリリースされたものでありますが、コルトレーンバンドとアリス組との演奏の間に違和感とかは全くなく、むしろコルトレーンがいない演奏なのに何でこんなにコルトレーンの存在を感じるんだろうという素晴らしい仕上がり。

ここでのコルトレーン、グループの演奏は、最晩年のものの中でも優れて”激烈”を極めておりますが、同時に”うた”も切ないほどにたゆたっております。

特に親友であったエリック・ドルフィーの形見のバス・クラリネットを使って凄まじいブローと美しいテーマを吹ききるBは、他のどのアルバムでも聴けない独特のムードのある演奏。

コルトレーン・バンドでは一歩引いていたアリスの、結構ヘヴィなピアノ・プレイも存分に楽しめます。

改めて後期コルトレーンのフリーキーな演奏には、アリスの安らぎに満ちたピアノがなくてはならないと思って、アタシは今も飽きることなく繰り返し聴いては心洗われております。




John Coltrane - Reverend King
(途中の凄まじい展開と、美しいテーマ〜エンディングの流れが本当に素晴らしい)



”ジョン・コルトレーン”関連記事


『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』


サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/

posted by サウンズパル at 19:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 大コルトレーン祭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月30日

ソニー・ロリンズ テナー・マドネス

3.jpg
ソニー・ロリンズ/テナー・マドネス
(Prestige/ユニバーサル)

ソニー・ロリンズとジョン・コルトレーン。

今や「モダン・ジャズ・テナーを代表する両巨頭」として、ジャズ好きにはこの2人の名は別格のところに並び称される御両所ではありますが、2人はスタイルもキャリアも実は全く違います。

ロリンズはモダン・ジャズが全盛期を迎える50年代の初めには既に10代にして「アイツは上手い」との評価を確立し、あちこちのセッションに引っ張りだこの人気者でありました。

早くから「これがモダン・ジャズのテナー」といわれるスタイルの、ある種の王道を作り上げた、いわゆる早熟の天才で、しかも職人気質で兄貴肌な人であります。

そういう人には付き物の「時代の流れにどう対応すればいいんだろう?」という悩みもしっかりと経験し、シーンからぷいっと姿をくらましたりしてはおりますが、その都度

「難しく考えたってわかんねー。オレはオレでいいんだよー!」

と、心配した周りが引くほどのタフな開き直りでカムバックし、基本変わらない豪快かつ粋なスタイルで、今も(2016年現在)元気に吹いております。

一方のコルトレーンですが、ロリンズより4つ年上でありますが、若い頃はほとんど「バックバンドの一員」として地味な営業をやってたり、とにかくいつかサックスでスターになる日を夢見ながらも、下積みの毎日でした。

後に自己のスタイルをドカーンと開花させて、60年代という激動の時代の象徴とも言われながら、身を削るように音楽に没入し、1967年に40歳という若さで他界してしまいます。

このように、全く生き様もスタイルも正反対と言っていい二人であります。

それゆえに何かと対比され、ライバルと見られ、アタシなんかも無意識でジャズのテナー・サックス聴く時は「これはコルトレーン系、あれはロリンズ系」とかいう聴き分けなんかもしちゃっております。

二人はそれぞれ強烈な個性を持っていますから、比べて聴くのは何かと楽しいんですね。

でも、実際に、共に若手のテナーマンとして切磋琢磨、というかロリンズの背中をコルトレーンが必死に追っていた頃は、ライバルというより気の合う戦友で、音楽やサックスのこと以外にも、他愛のない話で盛り上がったり、カネの貸し借りを気軽にするほどに二人の友情は厚かったようです。

そもそもコルトレーンがブレイクするきっかけになったのは、1956年にマイルス・バンドに加入したことであります。

実はこの話、最初ロリンズに来ていて「あー何か忙しいから無理っすわー」とロリンズ、一応断りを入れた後に「コルトレーンってヤツがいるよ、コイツは無名だけどなかなか面白いんだ」と紹介しておりまして、もしロリンズがマイルスにコルトレーンを推薦してなかったら、その後のコルトレーンの大ブレイクはあったかどうか怪しいし、ジャズの歴史も恐らく全然違うことになってたんじゃないかと思うと胸アツでありますね。

さてさて、本日ご紹介する、ロリンズとコルトレーンの仲良し共演が聴ける「テナー・マドネス」は、1956年、正しくそんなロリンズとコルトレーンのほほえましい友情が生んだアルバムであります。




【パーソネル】
ソニー・ロリンズ(ts)
ジョン・コルトレーン(ts,@)
レッド・ガーランド(p)
ポール・チェンバース(b)
フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)

【収録曲】
1.テナー・マッドネス
2.恋人が行ってしまったら
3.ポールズ・パル
4.マイ・レヴェリー
5.世界一美しい娘

このアルバムを作ったプレスティジというレーベルは、とにかく「ホーン奏者夢の共演」とか「楽しいジャム・セッション」の類が好きな会社で、このアルバムも、当時売れっ子だったロリンズと、売り出し中だったコルトレーンを、プレスティジが組ませたのかな?と思っていたら、元々は完全にロリンズのワン・ホーンの予定でレコーディングの段取りが成されたアルバムだったようです。

それを知ってか知らずかコルトレーン、ダチのロリンズのレコーディングだし、バックやってるのはマイルス・バンドで一緒に演奏してるガーランド、チェンバース、フィリー・ジョーだし、ということでテナーを持ってスタジオに遊びに行ったんですね。

で、多分コルトレーンのことですから、レコーディングの最中、テナーのケースを傍らに置いて、メンバーやプロデューサーの方に目でチラッ、チラッとアピールしてるうちに

「コルトレーン、吹いちゃいなよ」

「1曲だけならいいべ?」

という流れに持って行ったんだと思います。

口下手なコルトレーン、自分の口ではよう言わんで、こういう風に相手から「どうしたんだい?」と声をかけてもらおうアピールを、若い頃はよく使っていたようで、例の「ブルー・トレイン」のレコーディングも、この手を使ったとか、色々と可愛いんですが、プレスティジは基本ユルいレーベルだし、売れっ子のロリンズに「いいんじゃね?ね?」と言われ、あっさり「じゃあ1曲ね」となったと思います。

「テナー・マドネス」は、軽快なミディアム・テンポのナンバーなんですが、だもんでロリンズとコルトレーンの、適度な緊張感はあるんだけれども全体的に和やかなソロのやりとりは、聴いている方も実に優しい気持ちで安心して聴けるんです。

この時期、テナー奏者としてはロリンズが完全にスタイルを確立していて、アドリブも憎らしいぐらいにスイスイと出てきて「流石だなぁ」と感心します。

コルトレーンはまだまだフレーズそのものがぎこちなくもありますが、二人の共演(対決ではない)を聴く限り、コルトレーンはよく言われてるように全然”ヘタクソ”じゃないんですね。

フレーズはぎこちないけれど、演奏がノッてくる中盤辺りから、ロリンズっぽいフレーズをポンと繰り出したり、ロリンズもそれに応えるように、コルトレーンっぽい細かなフレーズ展開をちょろっと披露したり、二人共何だか余裕を持って演奏を楽しんでる感じがするのです。

「上手い/下手」だけで単純に考えれば、そりゃあこの時期のロリンズがケタ違いなわけで、それはしょうがないのですが、恐らくロリンズが「コルトレーンは面白いよ」と言っていた裏には

「フツーのバップ・フレーズ吹いてさえいりゃそこそこ上手いし、仕事もまぁあるんだろうけど、そういったことに満足しないで、他の誰にも似ていないスタイルでやろうとしているコルトレーン、コイツぁヤバいヤツかも知れない・・・」

と、案外思っていたのかも知れません。

さて「テナー・マドネス」2曲目以降は完全なロリンズのワン・ホーンで、もう「流石」の小粋な名演が続きます。純粋にロリンズ聴くためのアルバムとして聴いてもお釣りがくる好内容ですんで、いずれちゃんとした「ロリンズかっけぇ!」なレビューも書きますね。


まずは「初期コルトレーン、こんなこともやってたんだ」というのと「コルトレーン、ヘタじゃない」というのを、よくよく聴いて知ってもらいたいなと思います。


”ジョン・コルトレーン”関連記事



『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』


サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/

BASEショップもありますよ(ここでしか買えない商品アリ)
posted by サウンズパル at 15:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 大コルトレーン祭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月29日

ジョン・コルトレーン Live At The Jazz Gallery 1960

1.1.jpg
John Coltrane/Live At The Jazz Gallery 1960 (2CD)

(RLR records)

ジャズを語る上で絶対に知ってなきゃダメな人じゃないけれど、知っていればきっと楽しい、何だか得した気分になるドラマーで、ピート・ラ・ロカという人がいます。

有名どころではソニー・ロリンズの「ヴィレッジ・ヴァンガードの夜」や、ジャッキー・マクリーンの「ニュー・ソイル」などに参加していて、特に「ニュー・ソイル」では”異次元”と呼ばれる、それまでのイケイケの流れガン無視の、極端に音数の少ない”間”だらけの斬新なドラム・ソロで、多くのジャズ・ファンに

「むむ・・・ピート・ラ・ロカ、ヘンなのは名前だけじゃないわい」

と思わせたツワモノなんです。

一言で言えば”ヘン”なドラマーではありますが、別にフリー・ジャズな人でもないし、エルヴィン・ジョーンズみたいに猛烈なドラミングでキョーレツなインパクトを残す人でもありません。

むしろコノ人は、普段のバッキングは、リズム・マシーンのようにカチカチした4ビートをキッチリ刻んでいるんですけど、いきなりドラム・ソロで「はぁ!?」てことおっぱじめたり、カチッ、カチッ、と刻まれるそのビートをよくよく聴くと、何か非常に病的なものを感じたり・・・。

つまり、ラ・ロカは「ジャズ史に燦然と輝く個性」ではないけれど「ジャズ史にそこはかとなく漂う個性」。

ほれ、見た目からして明らかにイカツいだとかイッちゃってるヤツよりも、見た目フツーで礼儀正しいけど「あの人本当は・・・」という人の方が何かヤバイあの感じを、その演奏のそこかしこからプンプン醸し出しているのがラ・ロカと覚えておいてくださればと思います。

はいはい、何でコルトレーンのCDの紹介なのに、何故アタシがピート・ラ・ロカの説明からクドクドと始めたかというのには、ラ・ロカはアタシがジャズのドラマーの中では一番好き、という個人的事情の他に、ほんの一瞬だけしかコルトレーンのバンドにいなかったラ・ロカが参加した音源というのは、これまで「ないもの」と思われていたのに、実は奇跡的にライヴのテープが残っていて、しかもそれがCDの時代になって初めて陽の目を見た、という実に貴重なアルバムを、本日ご紹介するからでございます。





【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts,ss)
マッコイ・タイナー(p)
スティーヴ・デイヴィス(b)
ピート・ラ・ロカ(ds)

【収録曲】
(Disc-1)
1.Liberia
2.Everytime We Say Goodbye
3.The Night Has A Thousand Eyes
(Disc-2)
1.Summertime
2.I Can't Get Started
3.Body And Soul
4.But Not For Me

1960年7月27日、コルトレーンお気に入りだったクラブのひとつ「ジャズ・ギャラリー」というお店での演奏を収めた2枚組のアルバムで、いわゆる私家盤というヤツなんですが、音質はこのテのものにしてはなかなかに良好で、とにかく「ピート・ラ・ロカが参加した唯一の音源」という、ややマニアックな目的で聴かずとも、コルトレーンの”アドリブの鬼”と化したアツいアツいプレイのカッコ良さが、タップリのボリュームで楽しめますんで、これはマニアならずとも、まず持っていて損はないと思います。

この頃のコルトレーンはといえば、メジャーのAtlanticと契約を果たし「さぁ、俺のバンドを組むぜ!」と、かなり張り切っていた時期であり、これぞと思った若手に声をかけてガンガンプレイしていた時期です。

この数ヶ月後にはマッコイ・タイナーは既に固定メンバーとなり、更に”最強の相棒”エルヴィン・ジョーンズが加わって、その翌年にはなかなか定まらなかったベーシストの座にジミー・ギャリソンが落ち着いて、いよいよ”黄金のカルテット”と呼ばれる、強力無比なコルトレーン・ミュージック製造マシーンが出来上がるのですが、まずはその前夜祭的な熱気が、この2枚組は凄まじくたぎっております。

聴きものは何といってもDisc-1冒頭を飾る30分越えの「リベリア」でしょう。

ラ・ロカの、かなり鋭く直線的に刻まれる”4”の疾走ビートに乗って「これでもか!」と、持てる力と煌きを総動員して、一心不乱にアドリブに狂うコルトレーン。

後年、Impulse!からは、トレーンのアドリブにどこまでも過激に反応するエルヴィンのドラムと共に長時間の吹きまくりの中で何度も何度も絶頂に達する壮絶なライヴ盤も多く出している「コルトレーン・バンドのサックスとドラムの真剣勝負長時間」の原型が、既にこのライヴで演奏されていることに、ファンとしても、単純にジャズ好きとしても、これは興奮せずにはおれません。

面白いのは、コルトレーンはガンガンに吹きまくって「もっとリズム来いよ!」と煽りまくってるんですが、ラ・ロカはその煽りを受けて、更にミニマルに4ビートを執拗に刻むんですよ。

フツーのドラマーならば、アドリブがヒート・アップするに従ってオカズを増やしたり、ビートを崩して逆に煽りをブチ込むところ、このタダモノでないドラマーは、大粒の汗を散らしながら定型を一切崩しません。

ここらへんがラ・ロカの「フツーじゃないところ」なんですよね〜。

そして23分くらいからドラム・ソロが始まるのですが、キた!キた!キた!!ラ・ロカ必殺の

「流れぶった斬り、静寂からのまったく違うビート・ソロ」

これね、聴いた人しかわからん類の超体験なんで、聴いたことない人はぜひ聴いてください。5速とか6速とかに入れて最高速で走ってる途中にスコッ、ん?ニュートラル?あ、はい、すいません、ニュートラル入りましたすいません、的な・・・・あー「サマー・タイム」でも同様のドラム・ソロが入ってるんで、これはもう聴いてください。

その他の曲はほどよくコンパクトにまとまっておりますが、コルトレーンのソロは尋常じゃないほどのイマジネーションが沸き立っていて、この時期のライヴ演奏としては二重丸です。

この後エルヴィン・ジョーンズを迎えて、正規のスタジオ盤で演奏されることになる(特に「マイ・フェイヴァルット・シングス」と「コルトレーン・サウンド」は、ご一緒に聴かれることをオススメします)ナンバーが多く、併せて聴くと驚きや発見がたっぷりありますよ。

あぁ「サマータイム」は、アルバムレコーディングの時に”あえて”を狙ってあのアレンジにしたのかと思ったら、実はこの時からもう「ハードボイルド路線」で吹かれてたのね。

繰り返し言いますが、このアルバムの目玉は「ピート・ラ・ロカのミニマルなドラミング」でありますが、やはりカッコイイのは炸裂しているコルトレーンの鮮烈かつ猛烈なアドリブ・プレイです。





”ジョン・コルトレーン”関連記事


『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』


サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/

BASEショップもありますよ(ここでしか買えない商品アリ)
posted by サウンズパル at 19:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 大コルトレーン祭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする