ディープなコラム こちらにも書いてます♪

2017年01月31日

ライトニン・ホプキンス ニュー・ヨーク・ブギ~シッティン・イン・ウィズ/ジャックス・レコーディングス 1951-1952

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ライトニン・ホプキンス ニュー・ヨーク・ブギ~シッティン・イン・ウィズ/ジャックス・レコーディングス 1951-1952
(Pヴァイン)


1月30日はライトニン・ホプキンスの命日!

ということで、このどうしようもなくディープでダーティでデロデロでブギウギでドロドロの”永遠の不良ブルース親父”はたまた”ブルースの権化”なライトニン・ホプキンスのCDを今日は1日中カーステにぶっこんで、そのどうしようもなく(略)なブルースに心地良く浸っておりました。

うぅ〜ん、ライトニン♪

やっぱり何をどこからどう聴いても、およそ「ブルース」って言葉に何か特別なものを感じる人間にとって、この人は格別なんですよ。

普通、ブルースマンといえば、その卓越したギター・テクニックや声の存在感とか個性とか、そういったもので後続に影響を与え、その影響力の強さがそのブルースマンの評価に、そのまんま繋がるのです。

たとえばエレキギターによるソロのスタイルを確立したTボーン・ウォーカー、ブリティッシュ・ロック勢に多大な影響を与えたマディ・ウォーターズやハウリン・ウルフ、ボ・ディドリーらのシカゴ・バンド・ブルース・サウンド、B.B.キング、アルバート・キング、フレディ・キングらの”泣きのチョーキング・ギター”とか、ロバート・ジョンソンやサン・ハウスのスライド・・・といった風に、偉大であればあるほど、それぞれの”必殺技”のようなブルースのプレイスタイルがサウンドと歴史の中でクッキリと浮かび上がってくる。

ところがライトニン・ホプキンスは、そのギター・プレイが誰かに物凄く影響を与えたとか、彼のスタイルに憧れた誰かが一大流派を築いたとか、そんな話は聞きません。

でも、ブルースを好きな人は「ライトニン・ホプキンス」といえば、ほとんどの人が「いいね」と返し、そしてライトニンが苦手だとか、ましてや嫌いだという人に、アタシは会ったことがありません。ついでに言うとたくさんあるライトニンのアルバムの中で「これはちょっと違う・・・」という作品に出会ったこともありません。

とらいえライトニンは、決して完璧なミュージシャンではありません。むしろ調子や機嫌の悪さがモロに歌や演奏に出ていたり、チューニングが微妙にズレていることだって結構あります。

カッコイイところはそこなんです。

どんなレコーディング・セッションやライヴだろうが、手前の気分や調子がどうだろうが、その時の"全部"を隠したり誤魔化したり一切せず、好き勝手、本能の赴くままにブルースする。そしてソイツが、もうアホみたいに様になってしまう唯一の超ブルースな存在、それがライトニン・ホプキンスというブルースマンなんですよ。

だからライトニンの歌やギターのスタイルは、誰にも真似が出来ません。やったとしてもライトニンの真似にしかなりませんし、大体コノ人はやってることは非常にシンプルなんだ。当たり前過ぎるぐらいのことでも、コノ人が目一杯の「オレ節」をまぶさしてやっちゃうだけで、とてつもなくディープなブルースになっちゃう。



【収録曲】
1.Hello Central (aka Give Me Central 209)
2.Coffee Blues
3.Long Way From Texas
4.Gotta Move
5.New Short Haired Woman
6.Tell Me Boogie (aka Mad As I Can Be)
7.Prayin’ Ground Blues
8.New York Boogie
9.My Heart To Weep (aka You Caused My Heart To Weep)
10.Tap Dance Boogie
11.I Wonder Why
12.Buck Dance Boogie (aka Papa Bones Boogie)
13.Home In The Woods (aka No Good Woman)
14.Lightnin’s Gone Again
15.Dirty House Blues
16.Bald Headed Woman
17.Everything Happens To Me
18.Freight Train (aka When I Started Hoboing)
19.I’ve Been A Bad Man (aka Mad Blues/Back Home Boogie)
20.New Worried Life Blues
21.Broken Hearted Blues
22.One Kind Of Favor
23.Down To The River
24.I’m Begging You
25.Contrary Mary (aka Crazy Mary)
26.Everybody’s Down On Me
27.You Do Too (aka I’ll Never Forget The Day)


例えば1951年から52年にかけて録音(前半8曲はニューヨーク録音らしい)のこのアルバム、実はライトニンが、何とジョン・リー・フッカー(この人もまたどうしようもなく個性の塊な人)を意識して、ジョン・リー・スタイルのブギーやったり、「Fright Train」という曲は、まんまジョン・リーのオハコのスロー・ブルースである「Hobo Blues」だったりするんですが、曲調もアレンジ(ライトニンのギターとベースのみのほぼ弾き語り)も"まんま"なのにライトニンが昔からの持ち唄を披露しているようにしか聴こえません。

そしてライトニンのギター。

このアルバムでは、アンプにブッ込んだアコースティックギターで、スローブルースとブギをほとんど交互に弾いとる訳ですが、特にブギでは、そんなにツマミ上げないセッティングで、右手のアタックだけで「グシャッ!」とキョーレツな歪みを繰り出すのを聴いて「あ、ギターの"いい音"って理屈じゃないな」と思うのです。

ちなみにこのアルバムのレコーディングは1951年。

この年代のブルースについて書く時ゃ毎回言いますが、アンプにゲインツマミが付いてない時代の音でコレです。。。






(入魂の「ニューヨーク・ブギ」手癖全開それがどうした!!)



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2017年01月19日

ジョニー・ギター・ワトソン ザ・クラシック・レコーディングス 1959-1966

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ジョニー・ギター・ワトソン/ザ・クラシック・レコーディングス 1959-1966
(ACE/Pヴァイン)


え〜、こんばんは。2月3日生まれの水瓶座です。

まぁアレですね、血液型や星座占いで性格がどうだこうだというのなんか、若い頃は

「そんなもので性格が決まったら、血液型と誕生日一緒の人間は全部おんなじ性格になってしまうだろうが。そんなバカな話がありますか」

とか何とかムキになっておりましたが、最近では

「ほっほ、そうかそうか、まーそんなこともあるかもわからんね」

と、全部が全部信じないまでも、笑ってうんうん言えるぐらいにはなってきました。

というのもアレですよ、あるブルースマン・・・つうか、一応ブルースマンとしてデビューしたけれど、そっからR&B、ソウルファンクと無節操に音楽の幅を拡げ、とことんゴーイングマイウェイ、他人が何と言おうがオレの道を、ヘラヘラ笑いながら勝手に進化しつつ気持ち良さそうに歩いてきて、最後はオレ道を極めたかのようにステージで倒れ、そのまま帰らぬ人となった偉大な、でもかなり変わり者なアーティストと自分の誕生日が一緒だったことから

「あ、水瓶座って何か分かるわぁ・・・」

と、手前と照らし合わせて妙に納得したことがきっかけで、アタシは星座占いを前向きな気持ちで何となく否定できなくなっちゃったんです。

その偉大なアーティストの名はジョニー・ギター・ワトソン!

ギタリスト豊穣の地テキサスに生まれ、当然のことながら地元が生んだブルース・ギター・ヒーローであったTボーン・ウォーカーに憧れ、クラレンス"ゲイトマウス"ブラウンやアルバート・コリンズのギター・スマイルを学びますが、デビューして程なくブルースじゃなくてR&Bの、しかもかなりポップな方にフラフラ〜と行って、それから60年代にはメロウでアーバンなソウル路線、70年代にはでっかいグラサンにピッチリした衣装(ピンクとか紫とか)をまとって、イケイケのファンクにコロッと転向。

で、インタビューで

「あなたは何のプレイヤーなんですか?」

と、問われれば

「あ〜、俺?そうだね"プログレッシブ・ブルース・プレイヤー"だね」

と、金歯を輝かせながらニヤニヤ答える。まるで掴み所のない、アメーバみたいな人であります。


「ブルース弾くにゃアタックを強くするため相当に硬いゲージの弦を使うべし!」が、ほとんど常識の風潮の中で、使っているギターに貼る弦は、ナイロンみたいにペラッペラの柔らかいやつだったり、この界隈では誰もが忌み嫌うテクノロジーもきゃっきゃ言いながら何でも導入して、というより「面白いから」とりあえず使ってみて、挙げ句一人多重録音で全部の楽器を演奏しちゃうアルバムなんかも作ってみたり・・・とにかく人と同じ事は一切やらない人です。

でも、この人の音楽聴いてたり、インタビューなんか読んでいると、頑固だったりひねくれから我が道を行ってる訳では決してなく、自分がやりたいこと、たまたま興味を持ったことを突き詰めたら、誰もやらないような事に、何か至ってしまった。

ということのようです。

そもそもが他人のやることになんかハナッから興味がない本当の変人ですね。

そんな彼のやることなすことに大きく影響を受けたのが、ロック界の孤高のアレであるフランク・ザッパ。


・・・どう見ても変人です本当にありがとうございます。

しかし、この変じ・・・いや違う、素晴らしいワン&オンリーの個性を持つジョニー・ギター・ワトソンの音楽は、どの時期の音源も本当に自由でワクワクするような楽しさに溢れていて、何よりブルースとしてホンモノです。

彼の先輩であるゲイトマウスさんも、ブルースのフィーリングを生涯失うことなく、ジャンルの壁をブチ壊す事に余念がなかったパンクな偉人でありましたが、ジョニー・ギター・ワトソンもそういう意味で、方向性は違えどパンクな気骨を物凄く感じさせてくれるのです。





【収録曲】
1.THE BEAR aka THE PREACHER AND THE BEAR
2.ONE MORE KISS
3.UNTOUCHABLE
4.THE EAGLE IS BACK
5.LOOKING BACK
6.JOHNNY GUITAR
7.POSIN’
8.EMBRACEABLE YOU
9.BROKE AND LONELY
10.I JUST WANTS ME SOME LOVE
11.COLD,COLD HEART
12.THE NEARNESS OF YOU
13.SWEET LOVIN’ MAMA
14.CUTTIN’ IN
15.WHAT YOU DO TO ME
16.THAT’S THE CHANCE YOU’VE GOT TO TAKE
17.GANGSTER OF LOVE
18.YOU BETTER LOVE ME
19.IN THE EVENIN’
20.I SAY I LOVE YOU
21.THOSE LONELY,LONELY NIGHTS
22.BABY DON’T LEAVE
23.AIN’T GONNA MOVE
24.WAIT A MINUTE,BABY
25.OH SO FINE
26.BIG BAD WOLF
27.YOU CAN STAY (BUT THE NOISE MUST GO)


ジョニー・ギター・ワトソンは、1953年に"ヤング・ジョニー"の名前でブルースの世界に派手に登場しました。

テキサス流儀の派手なギター弾き倒し、実にチンピラ臭い、軽めの声を吐き捨てるような唄い方は多くの若者の心を掴み、そのまんまこのスタイルで行っても大成したかに思えますが、1954年にたまたま映画館で見た「ジョニー・ギター(邦題は「大砂塵」という西部劇の、女にモテてカッコいいヒーローに感銘を受けて、芸名をそのまんま"ジョニー・ギター・ワトソン"にした辺りから、破天荒に拍車がかかってきます。

このCDに収録された1959年から66年というのは正に「我が道を行きだしたジョニー・ギター・ワトソン」が聴ける最高の変則ブルース/リズム・アンド・ブルース集なんでこざいますよ。

のっけから当時流行のニューオーリンズスタイルの「おい、ギターはどこ行ったのよ」な、陽気な唄モノで始まって、かと思えばリトル・ウイリー・ジョンばりの都会的なA、銃声(マシンガン)の効果音がド派手に炸裂する、まるで40年後のギャングスタ・ヒップホップの先駆けのようなBと続き、ようやく渋いギターを披露するC、ソロもザラついたリフも素敵なD、かと思えばストリングス入りのしっとりとした正統ソウルなGなんか出て来て、前半からその余りの全ブラック・ミュージック丸呑みぶりにクラクラメロメロになってしまいます。

タイトルからして自己紹介曲のEなんかも、ケロッとした唄いっぷりとノーテンキなコーラスが逆に凄味を出しているというカオスぶりです。

より洗練と訳の分からない凄味が充満した後半は、ギターもガンガン弾きます。

バラードでもかなりドスの効いたI、ジャリジャリしたイントロから、ファンキーな曲展開におろっとなるけど、唄もギターもどこか明るい狂気を感じさせるLなんか、もうこの人にしか出せない味ですね〜。


書いてるうちに、はて俺は今、ブルースを聴いているのか、それともR&Bのオムニバスを聴いてるのか?と不思議な気持ちになることこの上ありませんが、「軽くてワルい」という筋が一本ピシャッと通っていて、ジョニー・ギター・ワトソンってハマッてしまうんです。


ブルースが好きだけど、何かワンパターンじゃないやつ聴きたいなと思ってる人で、ジョニー・ギター・ワトソンまだ聴いたことない人はぜひこの辺りのアルバムから聴いてみてください。

この人らしい吹っ切れたオカシさがあるのはやっぱり一人多重録音からヴォーコーダー、インチキ日本語まで飛び出す70年代以降のがイカレてて最高ではあるんですが、そっちは底無し沼だから今度ゆっくりね。。。







(いきなりこのウキウキな感じですからね、他の曲も推して知るべし!)



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2017年01月14日

テキサス・ナイフスライド・ギター・ブルース

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ランブリン・トーマス、オスカー・ウッズ/テキサス・ナイフスライド・ギター・ブルース
(Pヴァイン)

ブルースギターの尽きせぬ魅力のひとつがスライドギターでありますね。

今はほとんどが指にボトルネックをはめたスタイルが主流になっておりますが、その原型を辿ると、ギターを膝の上に置いて、ナイフを滑らせる「ナイフ・スライド」というスタイルに行き着きます。

ナイフ・スライドがどれぐらい古いのか?誰が最初に始めたのか?というのは今もってブルースの歴史の藪の中でありますが、少なくとも弾き語りブルースマンのレコードとしては一番古いシルヴェスター・ウィーヴァーという人が、1923年には「ギター・ブルース」のタイトルでレコーディングした曲で、その頃には既に奏法として定着してたと言えるでしょう。

さてさて、このナイフ・スライド、最初の頃どこで拡がったのか?といえば、これはテキサスです。

「え?スライドといえばミシシッピ・デルタでしょ?テキサスって意外だなぁ」

と、思われる方も多いかも知れませんが、どうやらスライドギターは、テキサスにほど近いルイジアナ州のシューヴリポートという街で盛んになり、そこから西へ行ってテキサスで一気に拡がり、東へ行ってミシシッピのデルタ地域で進化したという見方が出来そうです。

今日ご紹介するのは、そんなルイジアナ州シューヴリポートで流行り、テキサスに広まったその当時の空気を感じさせるナイフ・スライドの名手二人のコンパイル盤。

スタイルとしては至極シンプルで、やや陰影の濃い味のあるブルースを聴かせるランブリン・トーマスと、ブルースからラグタイム、ジャズバンドとの共演まで多彩な芸を持つオスカー・ウッズ。

特にランブリン・トーマスに関しては、残された全録音ということもあり、歴史的にも貴重な音源なんですが、それだけでなくやはり戦前ブルースの"ナイフ・スライド"という独自のスタイルの楽しさがギッシリ詰まった素晴らしいアルバムなんですよ。




【収録曲】
(ランブリン・トーマス)
1.So Lonesome
2.Hard To Rule Woman Blues
3.Rock And Key Blues
4.Sawmill Moan
5.No Baby Blues
6.Ramblin'Mind Blues
7.No Job Blues
8.Back Gnawing Blues
9.Jig Head Blues
10.Hard Dallas Blues
11.Ramblin'Man
12.Poor Boy Blues
13.Good Time Blues
14.New Way Of Living Blues
15.Ground Hog Blues
16.Shake It Gal
(オスカー”バディ”ウッズ)
17.Red Nightgown Blues
18.Davis's Salty Dog Blues
19.Evil Hearted Woman Blues
20.Lone Wolf Blues
21.Don't Sell It-Don't Give It Away Blues
22.Baton Rouge Blues
23.Jam Session Blues
24.Low Life Blues
25.Token Blues
26.Come On Over To My House Baby Blues


まずは前半16曲収録のランブリン・トーマス。

戦後90年代まで活躍した、ジェシー・トーマスというブルースマンがおりますが、そのお兄さんです。

1902年(頃)にルイジアナ州ロンガスポートという街に生まれ、ほどなくシューヴリポートに行き、こことテキサス州のダラスとを行き来しているうちに、ブラインド・レモン・ジェフアソンやテキサス・アレクサンダーら、同地のブルースマンらと交流を深め、1928年から32年にかけて散発的にレコーディングを残しております。

その短い生涯(1940年代に旅先のメンフィスで病没)のほとんどを放浪の旅に費やした彼のブルースは、芸名通り"旅"にちなんだ苦悩や悲哀を朴訥な唄い口と、ヴォーカルに静かに寄り添う内省的なギターに、じんわりくる個性を感じさせます。

「職を求めてぶらぶらしてたら放浪罪で捕まった」

など、生活者ならではのブルーなテーマを扱った歌詞を、語りかけるように唄えば、ギターがそのメロディを追いかけるように、シンプルなコール&レスポンスの繰り返しが、この人の唯一ともいえるスタイルです。

しかも唄っている間は派手なバッシングは鳴らさず、場合によってはギター弾かないことすらありますので、かなり原初的といえば原初的、聴きようなやよっては相当にヘヴィ。バンドブルースに鳴れた耳には、いきなり喉元に錆びたナタでも突き付けられたような戦慄を覚えるのではないでしょうか。

一方、後半の10曲で、打って変わって派手で華麗なナイフさばき(?)で楽しませてくれるのが、オスカー"バディ"ウッズ。

この人は1900年頃、シューヴリポート生まれとされておりますが、正式な事は判っておりません。

しかし、1930年に白人ヒルビリー歌手、ジミー・デイヴィスのバック・ギタリストとしてレコード・デビューしてから、自己名義での録音の合間にグループでの録音もちょこちょこ残していることなどから、戦前のテキサス〜ルイジアナ近辺では、かなり名の売れたギタリストであり、放浪生活で何とか食っていたランブリン・トーマスとは対照的に、そこそこ羽振りの良い生活をしていたんじゃないかと思われますが、1940年に民俗学者のアラン・ロマックスに発見され、インタビューを受けた時には

「街角やジューク・ジョイントで演奏して生計を立ててるヨ。景気?良くないね、こんな生活をもう15年は続けてるなァ・・・」

と、語っていたようで、実際のところはよく判りません。

しかし、軽やかでどこか都会的な洗練と華やかさを持つ、例えば同じ30年代に活躍した、大都会シカゴのタンパ・レッドなんかにも通じそうな音楽性と、カラッとした明るい唄いっぷりは、なかなかどうして景気の良い感じがします。

ジミー・デイヴィス名義の「ミッドナイト・ガウン・ブルース」なんかもう、軽快なラグタイムですし、曲の展開に合わせて速度を上げて演奏をリードするところなんか、なかなか斬新ですし、管楽器(コルネット)も入るジャジーな後半もかなりセンスよく、この人の尋常でない芸の広さと懐の深さを感じさせます。


しかし、ランブリン・トーマスとオスカー・ウッズ、ほぼ同じ時代の同じ地域を中心に活躍した人ですが、こんなにも正反対&ほとんどスタイルに共通点が見られないというところがまた戦前ブルースの"ひとり1ジャンルぶり"ですね。本当に素晴らしいです。










(内へ内へ沈み込んでゆくランブリン・トーマスと)



(明るく豪快な味わいのオスカー・ウッズ♪)




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2017年01月10日

ザ・ロンドン・ハウリン・ウルフ・セッションズ

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ザ・ロンドン・ハウリン・ウルフ・セッションズ
(Chess/ユニバーサル)

ブリティッシュ・ロックとブルース、特にシカゴ・ブルースの関係というのは、切っても切れないものがあります。

言うまでもなくローリング・ストーンズやクラプトンは、デビュー前からチェス・レーベルのレコードを買い漁って、マディ・ウォーターズ、ハウリン・ウルフ、ボ・ディドリー、リトル・ウォルターなどなどなど、黄金期のシカゴ・ブルース/R&Bの演奏を熱心に聴き込んで、またはコピーにいそしんでおったことは、これはもう有名を通り越して常識な話。

もちろんブルースが大好きだったのはストーンズやクラプトン周辺だけでなく、この年代のイギリスの若者達にとってはブルースやR&Bというのは何てったって、それまで自分達の国にはなかった、とっても刺激的で斬新で不良でカッコイイ音楽だった訳ですから、50年代後半から60年代のイギリスでは、アメリカ以上にブルースがトッポい若者の間で大人気だったんですね。

一方でブルースにとっては、イギリスのロックの人達というのはこれはもう大恩人な訳です。

何故ならその頃まだアメリカではブルースやR&Bというのは「黒人の音楽」だった。

チャック・ベリーやエルヴィス・プレスリーの登場によって、ようやくブラック・ミュージックが一般に知られるようにはなったのですが、既に時代はブルースから誕生したばかりのロックンロールに人気の軸が移り、彼らが主なターゲットにしていた黒人の若者層は、そり都会的で洗練されたソウルの方に興味が移っていて「ブルースは一昔前の音楽」とまで言われてたところに、英国勢が「んなことねぇよ!こんなイカシた音楽あるか!!」と、海の向こうで盛り上がって、その盛り上がりがやがてアメリカの都市部のロック少年達に逆輸入みたいに伝わって、ブルースは息を吹き返した。という流れがあるんですね。

そんなこんなで1960年代には、ブリティッシュのミュージシャン達による「ブルースお陰参り」的な企画がライヴやレコードでは次々と誕生します。

また、ブルースの側からも積極的に若手ロックミュージシャン達とセッションしたアルバムなんかが出たりしまして、それぞれ良い感じに話題を提供し合っていた訳です。

そして遂に1970年、チェス・レコードで一時代を築いた大物ブルースマン達をロンドンのスタジオに招いてアルバムを作ろうという話があり、「イン・ロンドン」というタイトルで、マディ・ウォーターズ、ハウリン・ウルフ、ボ・ディドリー、チャック・ベリーといった、横綱級の4人がロンドンのスタジオで彼らを尊敬し、崇拝するロック・ミュージシャン達とスタジオアルバムを製作します。

以前チャック・ベリーのアルバムは解説したかな?という訳で、本日はわれらがハウリン・ウルフ親分のアルバムをいってみましょう♪



【収録曲】
1.ロッキン・ダディ
2.アイ・エイント・スーパースティシャス
3.シッティン・オン・ザ・トップ・オブ・ザ・ワールド
4.ウォリード・アバウト・マイ・ベイビー
5.ホワット・ア・ウーマン!
6.プア・ボーイ
7.ビルト・フォー・コンフォート
8.フーズ・ビーン・トーキング?
9.ザ・レッド・ルースター (誤った出だし&ダイアログ)
10.ザ・レッド・ルースター
11.ドゥ・ザ・ドゥ
12.ハイウェイ49
13.ワン・ダン・ドゥードゥル
14.ゴーイン・ダウン・スロウ (Bonus Tracks from London Revisited)
15.キリング・フロア (Bonus Tracks from London Revisited)
16.アイ・ウォント・トゥ・ハヴ・ア・ワード・ウィズ・ユー

1970年5月に四日間かけてレコーディングされたこのアルバム、まぁまずは豪華この上ない参加メンバーからご紹介いたしましょう。

ウルフと片腕のヒューバート・サムリン(ギター)そして若手ハーモニカ奏者のジェフリー・カープが、シカゴからやってきたブルースマン達。

そして英国勢が、まずこのセッションの人選やら何やら任されて、実質的にイニシアチブを取っているエリック・クラプトンを筆頭に、ビル・ワイマン(ベース)とチャーリー・ワッツ(ドラムス)、イアン・スチュワート(ピアノ)のストーンズ勢。

そして英国ブルースロックの雄、セッションには参加しなかったのでブ厚いホーンセクションと共にオーバーダブ参加、名手スティーヴ・ウィンウッドのピアノとオルガンも入ってます。

更に更に、初日のセッション(A)に間に合わなかったビルとチャーリーの代わりに、何とリンゴ・スターがドラムを叩き、クラウス・フォアマンがベースを弾いていたり、まーおっそろしいほど豪華、さながら「ブルース祭りイン・ロンドン」のごつなっとりますねこれ。

とにかく英国勢は、ガキの頃からウルフ親分大好きで「親分ようこそロンドンへ!」と、そりゃもう大歓迎モードだったでしょう。

しかし親分は機嫌が悪い。

「何でワシがイギリスくんだりまで来て、こんなロックのセッションに参加せにゃあいけんのじゃ。大体最近こんな仕事ばっかでやれんわい」

地元ではシャレじゃなく本気で命のやりとりスレスレの、やっばい現場で場数を踏んできたウルフ親分です。美学として「ブルースは和気藹々でやるもんじゃないどぉ!」という気持ちを人一倍持ってます。

更にこの時期は持病の心臓病と交通事故の後遺症によって、体調もかなり悪かったので、それこそ変に気を遣われたり、妙に優しい扱いを受けたり、そういうのも気に入らなかったんでしょう。当初和やかなムードだったスタジオは、親分登場と共に、かなり気まずく重た〜い空気になり、セッションはそのまんまスタートしてしまったとか。。。

しかし、音が鳴って演奏が始まれば、親分も「本気」が発動します。タイトでシャキッとしたブリティッシュ・ロックのノリとシカゴ勢の持つザラついた引きずるようなフィーリングは、本質的に溶け合うものではありませんが、親分は吠え、クラプトンは遠慮なしにガンガンソロを弾きまくり、ヒューバート・サムリンは一歩引いて絶妙なサポートギターで間を取り持つ、この緊張感溢れる空気はどうでしょう。素直に「カッコイイ!」と思える刺激かスピーカーからはビシバシ飛んできます。

圧巻はウルフ親分屈指の、重く引きずるスローナンバー「リトル・レッド・ルースター」です。

演奏がスタートするものの、やはりノリが合わず、一回ストップしてバンドに指示を出した後に再開するところもそのまんま収録されてますが、この時クラプトンが「親分すいません、自分らにはこのフィーリングがなかなか掴めないので教えて下さい!」と素直に教えを乞うたらしいんですね。

これでウルフ親分機嫌が直って、セッションは徐々に和やかなものになったみたいです。素直に本音でぶつかってくる若者に優しい親分、最高なんですが、実は最初から仲良くやりたかったけど「ブルース背負ってる」という意気込みもプライドもあって、頑なな態度取らざるを得なかったのかも知れません。それを見通して絶妙なタイミングで行けるクラプトンも流石です。

バックがほとんどこの時代の王道ブルースロック・サウンドなので、いきなりギトギトなのはちょっと・・・。という向きにはとにかくオススメですが、そうでなくとも元々ロッキンなウルフ親分、不自然さも妥協もなく、いつも通りノッております。

いや、本当は最初から案外楽しんでたんじゃないですかね?

あと、このアルバムのもうひとつの聴きどころはビル・ワイマンのベースです。

ストーンズではミックやキースの盛り立て役に徹している、やや引いたプレイのビル・ワイマンがこんなにブイブイ攻めるベースを弾く人だとは、コレ聴くまで思ってなかったです。


”ハウリン・ウルフ”関連記事

ブルース入門編 〜初心者のための優しいブルース講座〜



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2016年12月26日

ハウリン・ウルフ ライヴ・アンド・クッキン

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ハウリン・ウルフ/ライヴ・アンド・クッキン
(Chess/ユニバーサル)

何てったって我らがハウリン・ウルフ親分のライヴであります。悪かろうはずがないのです。

何しろあのキョーーーレツなダミ声で、どのアルバムだろうが遠慮ナシに吠えまくり、190cm、138kgの巨体を揺さぶりながらステージもスタジオも所狭しと暴れまくっていたといいます。

どんな風に暴れまくっていたかといえば

『激しく身をよじり、柱や壁の幕によじ登っていた』


おいおい・・・プロレスじゃねえか。

と、誰もが思います。

しかし、そんな親分のパフォーマンスと、同時代の誰よりも激しいロッキンなブルースは、50年代のシカゴの若者達の心を激しく掴み、ウエストサイドの子供達の間では、ダミ声で叫びながらのたうちまわる「ウルフごっこ」なる遊びも流行ったようであります。

ほれ、ブルースっつったら、何だかんだロックのルーツで凄いですとか、人生の悲哀が滲んでて深いとか言われるじゃないですか。それはもちろん正解で、アタシもブルース聴く時はそんな凄さだとか深さに感激したり身震いしたりして聴いてたりするんですが、ウルフ親分に関してだけは、そんな凄さや深さを常々上回る荒々しさを、アタシはいつも感じるんです。

もちろん、ウルフ親分、並のミュージシャンのそれを遥かに上回る渋さや深みを十分に持ってる人なんですが、上回ってなお、脳天にガツーンとくる衝撃力なるものを持っております。

そりゃもうどのアルバムでも親分は、一切の手抜きをすることなく、死ぬまで愚直なまでにラフでタフで荒々しいブルースで、ロックしまくるわけなんです。

1960年代の半ば頃から心臓病の持病を抱え、70年にはカナダで交通事故に遭ってしまい、この後遺症で腎臓を悪くした上に車椅子に乗るようになってしまい、結果ステージを所狭しと暴れ回るパフォーマンスは出来なくなってしまいましたが、それでも声の迫力や楽曲の荒々しさは全然変わりません。

どころか、少なくともCDやレコードなどの音源を聴いただけでは、肉体的な衰えなんさあ微塵も感じさせません「え、そんなことあったの?」と、アタシは今でも思います。






【収録曲】
1.ホエン・アイ・レイド・ダウン・アイ・ワズ・トラブルド
2.アイ・ディドゥント・ノウ
3.ミーン・ストリーター
4.アイ・ハド・ア・ドリーム
5.コール・ミー・ザ・ウルフ
6.ドント・ラフ・アット・ミー
7.ジャスト・パッシング・バイ
8.シッティング・オン・トップ・オブ・ザ・ワールド
9.ビッグ・ハウス
10.ミスター・エアプレイン・マン

で、親分唯一のこのライヴ・アルバムなんですが、コレが録音されたのが1972年。

ミドルテンポの曲が多く、実にくつろいだ雰囲気だったので、最初こそ「あ〜、ウルフも丸くなったんだね。楽しそうに吠えてるね〜」なんて思ったのですが、よくよく聴いてたら、全然そんなことはない。

70年代の録音のはずなのに、ささくれだったゴリゴリのバンド・サウンドはシカゴ・ブルースが最もキケンな緊張感に満ちていた50年代の空気そのものだし、ギターのヒューバート・サムリン、テナー・サックスのエディ・ショウ、ピアノのサニーランド・スリム、そして「シカゴ・ブルースといえばこのリズム隊」の、デイヴ・マイヤーズとブレッド・ビロウの"ジ・エイシズ"コンビという、これはもうハウリン・ウルフのバックバンドとしてはこれ以上望むべくもない最高のメンツ。

特に"ウルフ一家若頭"ヒューバート・サムリンのプレイは、1954年に親分がシカゴに出て来てから、ずーっと一緒にプレイしてきて18年の見事なバックアップです。

初期の頃から親分の暴れまくるヴォーカルを、オブリガードの鋭い斬り込みで煽る絶妙なレスポンスでしたが、ここでの破壊力溢れる"斬り倒し"ギターの凄まじさは、サムリン傷害の、や、生涯のベスト・プレイですよこれは。「かっこいいブルース・ギター」を志す人は、まずもってこのアルバムのギターを聴いてください。

あと、このアルバムを聴く時は、通常より少し大きめの音で聴いてくださいね。「ヤバい!」の度合いが全然違いますから。










(素敵なライヴ動画発見!これは1970年代頭か60年代後半頃ですね〜♪)

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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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