2020年10月18日

ジョージ・スミス ウーピン・ドゥーピン・ブルース・ハープ

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ジョージ・スミス/ウーピン・ドゥーピン・ブルース・ハープ


ブルース好きなら誰もが知るマディ・ウォーターズは、南部直送の泥臭いミシシッピ・ブルースをエレキギターを加え、ピアノとベースとドラムを常駐させたバンドでもって一気にモダン化させ、それまでひたすら洗練に向かっていた都市部の”ブルース”という概念を一変させた人でありますが、彼の功績はそればかりではなく、メンバーに次々とフレッシュな感性を持った若手を登用し、彼らの感性を割と素直にバンドサウンドに反映させた名伯楽でもありました。

特にハープ(ブルースハープ)奏者に関しては、ビッグ・ウォルター・ホートン、リトル・ウォルター、ジュニア・ウェルズ。ジェイムス。コットンなど、この楽器を代表する程の存在となり、ソロ・デビュー後もブルース史にその名を深く、そして太く刻むスター・プレイヤーを輩出しておりますし、マディにとっては先輩格だったあのサニーボーイ・ウィリアムスン(U)もちょこっと在籍してたりします。

この楽器がバンドで果たすのは、ブルース含むブラック・ミュージック全般で最も大切な「コール・アンド・レスポンス」の”レスポンス”の役割な訳です。つまりマディが歌詞のワン・フレーズをその野太く味わい深い声で歌えば、そのフレーズに応える”もう一人のヴォーカリストの合いの手”のようなハープが歌う。こぉ〜れがもうたまらんのですよね。で、アタシなんかは「シカゴ・ブルース」と聞けばこのヴォーカルとハープのコール・アンド・レスポンスがすぐに頭に浮かぶぐらい、このジャンルを象徴するサウンドな訳なんですよ。

で、はい。ここまでアタシが書いて

「お前何か忘れとりゃーせんか?」

と思ったアナタ、そう、そこのアナタです。アナタは実に正しいブルースファンであります。


そう、さっき挙げたマディ・バンドの歴代ハープ奏者の中に、一人の男、いや”漢”の名前が挙がっていなかった。

その”漢”の名はジョージ・スミス。表記によってリトル・ジョージ・スミス、あるいはジョージ”ハーモニカ”スミスとも。

えぇ、何故アタシがこの人の名前をわざと挙げなかったのかというと、この記事で大いに語りたかったというのはもちろんありますが、マディ・バンドに所属したのがたったの1年足らずで、それ故ブルースファンにも「マディのバンドに居た」という事実がどうにもちゃんと浸透していない。という事情からであります。

そして、これは後で語りますが、この人のハーモニカプレイというのは、他の歴代ハーピスト達と比べ、決定的な違いがあるんです。

ジョージ・スミス、1924年ミシシッピにほど近い、南部アーカンソー州ヘレナ生まれ。生まれてすぐに親の仕事の都合でシカゴのあるイリノイ州に引っ越します。ここで既に仲間と出会い、週末はギグでハープを吹いていたといいます。ところが程なく南部に舞い戻り、今度はミシシッピ州ジャクソンでゴスペル・グループに参加して、そこで歌うようになります。

ジョージが再びイリノイ州へと移り住んだのは1951年、今度はハッキリと「音楽で生計を立てる」という目標を持ってシカゴに住まいを定めます。

シカゴではオーティス・ラッシュや、後に”ジ・エイシズ”として黄金のシカゴ・ブルース・サウンドをスタジオ・ミュージシャンとして支えたデイヴ・マイヤーズとルイス・マイヤーズのマイヤーズ兄弟達とギグを重ね、そのプレイはシカゴの帝王マディ・ウォーターズの目に止まり、1954年に正式なメンバーとして加入を乞われて参加することになるのです。

この頃のマディ・バンドはリトル・ウォルターが脱退した直後にリトル・ウォルターの弟分のヘンリー・ストロングというハーピストがライヴで吹いていたと言いますが、この人が正規メンバーだったのか、或いはピンチヒッターだったのかよくわかりません(ちなみにこの人は女性関係のトラブルで、ハサミで刺し殺されております)が、とにかく資料には「ヘンリー・ストロングの代わりにマディのバンドに参加した」と書かれているものと「リトル・ウォルターの後釜としてジョージ・スミスがマディのバンドに入った」と書かれているものとがあり、なかなかに複雑な事情があった事が想像出来ます。

で、更に複雑なのがレコーディング事情。

マディのバンドを抜けたとはいえ、リトル・ウォルターはチェス・レーベルの契約アーティストであり、かつ50年代半ばにはR&Bチャートでたくさんのヒットを飛ばし、正直マディより売れっ子だったんですね。だからマディを売るためにレコーディングには名の売れたリトル・ウォルターがそのまま参加し続ける事になり、ジョージ・スミスの出番はスタジオではなかったんです。

当然マディ・ウォーターズ・バンドのメンバーとしての参加作はリリースされておらず、マディのバンドに参加して1年も経っていないある日、ジョージはツアーで訪れたカンサス・シティのクラブでオーナーに「どうだい、ウチでやらないか?」とスカウトされ、迷う事無くツアー終了後にすっぱり荷物をまとめて今度はシカゴを離れてカンサスに移住する事になるんですね。

その理由が

「シカゴ・スタイルに収まるつもりはなかったから」

う〜ん、男らしい。

ここだけ読めば彼自身は相当な野心家で、しかも自信家であったからだろうなと思うでしょうし、実際彼は歌もハーモニカも素晴らしくかつ一言では語れない幅の広さを持っておりますが、親分のマディにはしっかりと筋道を通して円満にバンドを脱退しており、その証拠に60年代70年代に再びマディと和やかに共演もしておりますし、先輩格であるリトル・ウォルターのトリビュート・アルバム作成のために奔走したりもしています。

うん、実に男らしい。







ウーピン・ドゥーピン・ブルース・ハープ


【収録曲】
1.Telephone Blues
2.Have Myself A Ball
3.I Found My Baby
4.Ooopin Doopin Doopin
5.Blues Stay Away
6.Rockin
7.Blues In The Dark
8.Hey Mr. Porter
9.Love Life
10.Cross Eyed Suzie Lee
11.California Blues
12.Early One Monday Morning (take 2)
13.Blues Stay Away
14.You Don't Love Me
15.I Found My Baby (alt.take)
16.Het Mr. Porter(alt.take)
17.Rockin' (alt.take)
18.Early One Monday Morning (take 1)
19.Oopin Doopin Doopin (alt.take)
20.California Blues (alt.take)
21.Cross Eyed Suzie Lee 8alt.take)


さて、カンサスにやってきたジョージを待っていたのは、西海岸を根城に活躍するレーベル、モダン/RPMのオーナーであるバイハリ兄弟でありました。

ジョージの根底に泥臭いものを持ちつつも、エンターティメントとしての成熟した音楽性を買ったバイハリ兄弟は、早速2枚のシングルをレコーディング。

その1枚目が本アルバム『ウーピン・ドゥーピン・ブルース・ハープ』の1曲目であります『Telephone Blues』なんですが、まー確かにこれは

「シカゴのスタイルには収まらない」

と豪語した彼の面目躍如たる、素晴らしくアーバンな洗練がみなぎるサウンドであります。

そのまんまホーン・セクションが入ってもおかしくない程のジャジーな西海岸サウンドにピッタリとマッチした、10穴のスタンダードなブルースハープよりも更に複雑なクロマチック・ハープ(穴の数が多い)による、強烈なビブラートを効かせた繊細なニュアンスの吹きこなし、そして力強さだけじゃない味わいが深く長く伸びる歌の魅力にも格別なものがあります。

そう、最初にこの人がマディ・バンドの歴代ハーピスト達とそのハーモニカのプレイ・スタイルにおいて決定的な違いがあると書いたのは、サウンドのニュアンスを、トーンそのものを微妙に切り替えながら細かく変えてゆくその柔軟さ。

もちろんリトル・ウォルターもジェイムス・コットンも、ジュニア・ウェルズも、ニュアンスの表現に関しては一流のものがありましたし、聴いてすぐに「あ、これはこの人」とすぐに分かる確固たる個性がありましたが、その表現のベクトルはどれも強く”ある一点”を貫くものでありましたが、ジョージ・スミスという人のハーモニカ・プレイに関しては、何というかあらかじめ掲げている”的”がいっぱいあって、やり方を変えながらその全部に確実に当てに行く、そんな根本的な違いがあるように思えます。

故にこの初期アルバムでも、湿度高めのスローブルースからスカッとしたアップテンポの曲、或いはゴージャスなホーン・セクションがアレンジに加わった曲すらも、ありとあらゆるテクニックで華麗に吹き分け、かつズバ抜けたセンスで歌いこなす、その変幻自在な演奏が楽しめます。


西海岸に移住してからのジョージは、あらゆる場所で精力的にライヴを行い、時にお客さんが10人以下の場合でも全力でパフォーマンスを繰り広げ、シーンを盛り上げると共に後輩ブルースマン達を人種に囚われず熱心に指導して、多くのファンやミュージシャン達から尊敬を集めておりました。

長いキャリアの中でもたくさんのアルバムをリリースし、マディ・バンドでは最も無名だったかも知れませんが、ブルース全体に与えた良い影響は限りなくデカい人であったと言えるでしょう。














ブルース入門編 〜初心者のための優しいブルース講座〜



『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2020年08月09日

ジョン・リー・フッカー Don't Turn Me From Your Door

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Jhon Lee Hooker/Don't Turn Me From Your Door
(ATCO)


うむむ、むむむ・・・と体調がよろしくありません。

毎年夏はあちこち弱るから、まぁいいかと思っておりましたが、この10日程頭痛が酷くてパソコンに向かうと吐き気までしてくるという状況だったので、しばらくブログお休みしておりました。せっかくの大コルトレーン祭だし、8月になってコルトレーン以外のアルバムの紹介もガンガンやるぞー!と思っていた矢先にとんだ夏バテのカウンターパンチ。うむむ、うむむ・・・。

そんな夏であります。夏で思い出したのですが、アタシはそういえば「クソ暑い夏は暑苦しいブルースを聴こう協会」(今作った)の会長(今就任した)をやっておる人間ですので、頭痛なんかに負けずに今日は気合いを入れて暑苦しいブルースを紹介して行こうと思います。

はい、ジョン・リー・フッカーです。

ジョン・リーのあの南部ミシシッピの重苦しい暑さ(経験したことないけどきっとそうだろう)がそのまんまヘヴィな妖気となって地底から響いてくるような声と、同じぐらいヘヴィな情念が粘りに粘るあのギターを聴くと、もうその重苦しさが夏の暑気を追っ払い、別の世界の心地良い暑苦しさを心の中に満たしてくれる。

中学の頃に『アトランティック・ブルース・ギター』というオムニバスを買って初めてブルースという音楽に目覚め、その中に収録されていたエレキギター弾き語りのスローブルース『My Baby Don't Love Me』という曲に「うぉぉ、何か凄い!」とのけぞって、そのちょい後に映画ブルースブラザーズで、セリフも何もない、ただ路上でバンド従えて歌ってギター弾くだけの役で一瞬現れてズームアウトしていったジョン・リーを観て「あのめちゃくちゃカッコイイおっさん誰だ!?」とはなったものの、いざ『ザ・グレイト・ジョン・リー・フッカー』というCDを買って聴いてみたものの、ほとんどの曲がエレキギターの弾き語り、しかも曲のパターンが徹底してスローブルースかブギの2パターン”だけ”(!)という余りのディープさにビビってしまい「お、俺にはまだ早かったかもな・・・」と、そっと棚の隅にしまっておいた10代の頃でしたが、19歳のある日、突然真夏の暑さにやや熱中症っぽい脱水のヘロヘロで自宅アパートに帰ってきて、余りの渇きにあんまり美味しくない水道の水をガブ飲みし、床に仰向けになりながら無意識に選んだCDがたまたまそのジョン・リーのアルバムでした。



暑さと脱水でボーーーッとなった頭で「おいおい、こんな状況でこんな重たいの聴く俺はアホか?」とか何とかボーーーーッと考えておりましたが、かといって聴くCDを選びなおす元気もなく、そのまんま仰向けになって床に沈み込むような意識になりながら聴いてたんですね。

そしたら何だコレは!悪魔のような声とギターが体にジワジワジワジワ異様に染みて、文字通りビリビリと電流が体中を走るような感覚に陥り、暑さと脱水の不快感は体からまだ抜けないでいるものの、全く別の違う何か心地良く刺激的なものがそれらを上書きしている。凄い、これがブルース、ホンモノのブルースと、完全に虜になってしまった体験がアタシにはあります。

コレはその時体がいわば極限に近い状態だったから、そういうちょっとした事でも凄いと思えたのかと思って、割と普通の状態の時にジョン・リー・フッカー聴いたら、もう完全に体も心もジョン・リーを「ヤバイぐらいにカッコイイもの」として認識してたんですね。それ以降聴いたどのジョン・リーもやっぱり凄い。でも、とりわけエレキギター弾き語りの作品の、情念が剥き身で迫ってくる深い迫力に叶う盤はそうそうないと思っております。はい。


で、アタシは生まれて初めて聴いたジョン・リーのあの『My Baby Don't Love Me』が入ってるアルバムをずっと探しました。

東京のタワーとかHMVとかそういう大きなCDショップも、駅前にある個人商店みたいなお店もくまなく見て探しましたが、どうもこの曲が収録されているアルバムが見当たらない。『アトランティック・ブルース・ギター』というアルバムに入っていたから、きっとアトランティックかその系列のATCOからリリースしたアルバムだろうからと、数少ないCDやレコードのガイドブックも購入して隅から隅まで見たんですが「ジョン・リー・フッカーのアトランティック(もしくはATCO)」に関する記述はついぞ見つからず。

結局東京にいるうちは探してた『My Baby Don't Love Me』入りのアルバムとは出会えなかったんです。





Don't Turn Me from Your Door


【収録曲】
1. Stuttering Blues
2. Wobbling Baby
3. You Lost a Good Man
4. Love My Baby
5. Misbelieving Baby
6. Drifting Blues
7. Don't Turn Me from Your Door
8. My Baby Don't Love Me
9. I Ain't Got Nobody
10. Real Real Gone
11. Guitar Lovin' Man
12. Talk About Your Baby


結局ジョン・リー・フッカー唯一のATCO盤『Don't Turn Me From Your Door』に巡り合えたのは、アタシが30過ぎてからの事でした。

輸入盤CDのリストをパラパラっと見ていたら、このアルバムの案内にちっちゃい文字で「Waner Brothers」と書いてあったので「おお!ワーナーという事はアトランティックだな!よっしゃ!」と、曲名も見ずにイチかバチかで注文したのですがコレが大当たり。

とにかくジョン・リーという人は、初期の頃色んなレーベルを節操なく、時にはバレないように偽名を使って渡り歩く人だったので、同じ時期の録音でも色んな所に作品が散らばって存在するというコレクター泣かせの人で、このアルバムの録音はATCOなんですが、これもまずデビュー直後の1953年にゲリラ的に録音した音源をATCOが拾って、ついでにその時(1961年)に新たにレコーディングした曲をくっつけてようやくアルバム化したという複雑なプロセスを経て世に出たものです。

その事情の複雑さと、膨大な他レーベル(ModernとかVee Jayとか)の音源に紛れて存在感が薄くなったのか、とにかく余り話題にならなかったアルバムではあるのですが、内容は「何で話題にならんの?」と言いたくなるぐらいディープでゾクゾクする生絞りなブルースがギュッと詰まったものなんで、気になる方はぜひお聴きなさい。

録音は@ACGIJが1953年、BDEEHKが1961年です。2つの音源の間には8年のタイムラグがありますが、どれもほぼ必殺のエレキギター弾き語り、曲によってエディ・カークランドかアール・フッカーのサイドギターに、正体不明のベーシストのベースが入りますが、どのサポートも弾き語りの不穏な”間”に満ちた雰囲気を壊さないように寄り添う程度。『Guitar Lovin' Man』でいきなりエディ・カークランドがカラッとした声で歌い出すのでびっくりしますが、ハプニングらしい展開はそれぐらいですので、独特のディープさにはほぼ影響ないと考えてOKです。

で、楽曲は長年探し求めていた『My Baby Don't Love Me』をはじめ、ほとんどの曲がドス黒いスローブルース。そう、ジョン・リーのもうひとつの看板ともいえるいわゆる”ブギ曲”がないので、ただでさえ重くもたれかかる情念に覆われているようなアルバムの雰囲気が、更に出口の見えない漆黒の闇に覆われているようで、また、ジョン・リーのギターも良い感じに歪んでるしチョーキングはギトギトに粘ってるし、こりゃもうジョン・リーのダーク・ブルースが好きな人、或いはブルースそのものの身も蓋もないハードな質感が好きな人は愛聴盤になるに決まっております。










(アナログ盤)


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2020年05月22日

メンフィス・スリム U.S.A

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メンフィス・スリムwith.マット”ギター”マーフィー/メンフィス・スリム U.S.A
(United/Delmark/Pヴァイン)


全開サニーランド・スリムについて書いたら、やはりこの”スリム”についても語らない訳にはいきますまい。という訳で今回はブルース界におけるスリム”伊達男”の一人であり、サニーランド・スリムと同じくピアニスト、そしてサニーランド・スリムと同じく戦前と戦後を股にかけて活躍したこの人、メンフィス・スリムであります。

1916年にその名の通りメンフィスで生まれ、その後メンフィス、ウエスト・メンフィス、アーカンソーなどのバレルハウスで腕を磨き、1939年にはシカゴへ移住し、そこですぐさまビッグ・ビル・ブルーンジィとコンビを組んで、戦前のシカゴ・ブルース・スタイルを生み出す事にも貢献します。

この頃のシカゴ・ブルースといえば、いわゆるシティ・ブルースというやつで、洗練されたピアノとギターのコンビが小粋で哀愁の効いたブルースを歌うというやつだったんですが、南部ミシシッピ生まれでかつ超絶技巧のラグタイムの名手でもあったビッグ・ビルは、小粋で洗練された中に、よりリズムパターンの幅を広げ、泥臭い南部のフィーリングもそのリズムの中で隠し味的に効かせる事で、それまでの悪く言えば平坦なシティ・ブルースのスタイルに一石を投じました。

そんなビッグ・ビルのリズムの冒険を支えたのが、南部のバレルハウス上がりのスリムのタフなブギウギ・ピアノでありました。

40年代のビッグ・ビルの音源なんかを聴いてみれば彼のおおらかな歌と小技の効いたギターのバックで強靭なスリムのピアノ、そのベースラインがスローブルースでも「ガラゴロッ!」と転がってたまんないグルーヴになっているのが凄く分かるんです。これにサニーボーイ・ウィリアムスン(T世)のハープが入ったらこらもう最高にカッコイイ!うぉう!!

・・・おっと、今日はビッグ・ビルと組んでいた初期の話ではなく、ソロのブルースマンとして独立してからのメンフィス・スリムの話をする予定ですので、あんまりここで盛り上がり過ぎてはいきません。冷静になって話を戻しましょう。。。


メンフィス・スリムの初のソロ・レコーディングは1941年に行われました。コチラはウォッシュボード(洗濯板)などを入れたいかにも戦前のスタイルで、録音自体もスリムのというよりも気楽なセッションという感じです。

正規の形での「メンフィス・スリムのソロ」が初めて録音されたのは、それから8年後の1949年。

この頃になってくると、まずはジャズの世界で新しいスタイルであるビ・バップが出てきて、ブルースもまたホーン・セクションを多く従えたジャンプ・ミュージックと呼ばれるゴージャスでノリノリのものが流行り出してきます。

そういうノリの良い新しいブルースであるという意味で「R&B(リズム・アンド・ブルース)」なんて言葉も使われるようになったのも丁度この頃であり、そのウキウキオラオラした感覚ってのは、多分に南部の荒っぽいシーンから出てきたスリムの心を思いっきりくすぐったんだと思います。そんな訳でこのデビュー本格的デビュー音源は、ドラムとギターを付けずベースと2本のサックスを加えたという面白い編成のもの。

えぇ、そうなんです。実はメンフィス・スリム「オレぁ自分のバックにギターとかハーモニカ付けるのが嫌ぇなんだよ」と公言してはばからなかった人で、自分のレコーディングにはギターは要らん、しっかりしたリズムを刻むベースかドラム、後はパーッと派手に装飾音付けてくれるホーンがおれば良い、当初は頑なに思っていたみたいなんです。

えぇ!?最初の頃にビッグ・ビル・ブルーンジィっていう最強ともいえるギタリストと、サニーボーイ・ウィリアムスン(T世)っていう、コチラも当代きっての名手と組んで素晴らしい音楽作ってたのにどういうこと!?なんですが、真相は分かりません。この2人の余りにも素晴らしいプレイに満足しきって「他の奴らに務まるはずがない」と思っていたのか、それともビッグ・ビルとサニーボーイが余りにも凄すぎて、ギターとハープが加わったら、きっと自分のプレイが目立たないまま終わってしまうんじゃないかと思ったか、どちらかなんでしょうが、とにかく1950年代になっても「やだ、ギターはいらんもんね」と、プンスカしてたみたいなんです。

が、1954年、スリムは自身の「ギタリストきらーい」を撤回せざるを得ない程の優れた腕を持ったギタリストと出会うことになるのです。

彼の名はマット”ギター”マーフィー。1929年南部ミシシッピで生まれ、その後スリムの出身地であるメンフィスで本格的な活動を行ってギタリストとしての腕を磨きます。

スリムがメンフィス出身ということと、南部育ちでありながらTボーン・ウォーカーの洗練された奏法に影響を受け、ジャズも出来るし音楽理論にも強い。しかも性格が”ぶっちゃけいいやつ”で、間違ってもリーダーを押しのけてワシがワシがで歌おうとしない。そもそもの志向が

「あー、自分ソロでやってくっつうよりも色んな人のバックで弾いてかっこいいバンド・サウンド作るとかそういうのの方が興味あるっす。それにソロシンガーとかで一発当てるより、バックの安定した仕事いっぱいあった方が食いっぱぐれなくないっすか?」

ということだったので、頑固なスリムも「はいお前合格〜」と、なったのではと思います。




メンフィス・スリムUSA【初回限定生産】

【収録曲】
1.Memphis Slim U.S.A.
2.Sassy Mae
3.Little Piece of Mind
4.Got To Find My Baby
5.Banana Oil
6.Blue And Lonesome
7.Two Of A Kind
8.She’s Allright
9.Blues All Around My Head
10.Wish Me Well
11.Four Years of Torment
12.Got To Find My Baby (Previously unissued)
13.Slim Was Just Kiddin’
14.Jive Time Bounce
15.Backbone Boogie
16.Memphis Slim U.S.A. (alternate) (Previously unissued)
17.She’s Allright (alternate) (Previously unissued)
18.Blues All Around My Head (alternate) (Previously unissued)
19.Blue And Lonesome (alternate) (Previously unissued)


メンフィス・スリムとマット”ギター”マーフィーといえば、このアルバムから3年後の1957年録音の『アット・ザ・ゲイト・オブ・ホーン』というのが、代表作どころか50年代のブルースを代表する1枚である超名盤と知られておりますが、いやいやこの2人の初顔合わせである本作も、演奏のヘヴィ級のインパクトとコンビネーションの見事な掛け合いという意味では全然負けておりません。

スリムはシカゴで長く活動を続けていても、そのピアノの力強さから生まれ故郷南部のドス黒いフィーリングが薄まることがありませんでした。

通常これは、洗練を旨とする流行音楽では敬遠されるんですが、ブルースの場合は戦後になって大量にシカゴに移住してきた南部の人達が、洗練よりも荒々しいフィーリングとそれを増幅するテクノロジーを求めたんですね。それはイコール、スリムのタフでワイルドなピアノと、マットの縦横無尽なエレキギター・サウンドだった訳です。

で、タフでワイルドなピアノと縦横無尽なエレキギターが絡むとどうなるのかというと、スリムのブルース自体がものっすごくモダンで奥深いものになったんですね。

このアルバムは『アット・ザ・ゲイト・オブ・ホーン』とその後のヨーロッパ移住後の戦前スタイルのピアノ弾き語りものをちょろちょろ聴いてて「まーこんな感じだろー」と思ってたアタシにとっては、それはそれは素晴らしい不意打ちでした。

や、まさかここまで凄いとは思わなかったんです。のっけからピアノはガシガシと岩みたいに強靭なフレーズを繰り出してくるし、マットのギターは洗練されてかつ凶悪(!)そして50年代ならではのエコーがかかったスリムの声がもうワルでワルで「求めてたブルースこれだ!!」とさえ思いました。

これはちょっと細かく色々語るよりも一発聴いて欲しいなーと思ってます。ブルース・イズ・サ・フィーリングということで、あのですね、スリムもちろん凄いんですけどね、後半のギター主役のインストが・・・。ええ、ヤバいです。












『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2020年05月15日

サニーランド・スリム アポロ・セッション1949

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サニーランド・スリム/アポロ・セッション1949
(Delmark/Pヴァイン)

ブルース界には「スリム」と名の付くブルースマンが多いです。

この「スリム」というのは姓名ではなくもちろん芸名で、意味は「伊達男」であります。

ブルースマンに限らず、ミュージシャンなんてのは大体が恰好付けですから、ステージに立つ時に限らず、人前に出る時は目一杯のオシャレをして、いかにも自分が恰好良くてモテモテの凄いヤツなんだぜと見栄を張る。だからまぁ自分の名前にわざわざ「伊達男」なんて付けて名乗るなんてのは、ある意味究極の見栄であり、ハッタリでもあったでしょうね。

ところが最初は周囲の気を引くためのハッタリであっても、名乗るからにはその名に違わぬ人間になってやろうと、大抵のブルースマンは努力して、その見てくれ以上に演奏の腕前だとか音楽のセンスなんてものを磨いて「なるほどアイツはスリムじゃわい」と、周囲も納得な存在になる場合が多い。

ギター・スリム、ライトニン・スリム、メンフィス・スリム・・・といった具合にブルースの歴史に”スリム”の名を残している人達というのはなるほど”伊達”と名乗っているのは伊達じゃない。いずれもちょいとそのサウンドを聴いただけで「うひょー、カッコイイ!」と電流が走るような人達ばかりなのです。

さぁ、今日はそんなブルース界における”スリム”の最長老格であります元祖伊達男を皆さんにご紹介いたしましょう。

サニーランド・スリムといえば、ちょいとブルースに詳しい人なら、戦後シカゴブルースのオムニバスなんかでもその名前をよく見る、渋いピアノを弾いているベテランとして、馴染みがあるんじゃないかと思います。

アタシも最初にサニーランド・スリムを聴いたのは、ピアノ・ブルースの素晴らしいオムニバス『ブルース・ピアノ・オージー』でありました。



このアルバムに収録されている人達は、どれも本当にカッコイイんですが、サニーランド・スリムに関してはひたすら「渋い!」でしたね。

その力強い声の中に人生の悲哀が滲むヴォーカルと、小細工一切ナシのストレートにタフなピアノ。これぞ正に思い描いていたブルースのピアノ弾きでありました。

そんなサニーランド・スリムは、1907年生まれ。1995年に亡くなるまでブルースの重鎮としてツアーやレコーディングを続け、多くのミュージシャンから尊敬されるブルースの重鎮として、膨大な量のレコーディングを残しておりますが、彼の人生もまた、波乱万丈のブルース人生でした。

南部ミシシッピの真面目な家庭に生まれ、少年時代はブルースとはまるで無縁の生活を送っておりましたが、6歳の頃に母親が亡くなって継母が家に来たのですが、この継母によるいじめに耐え切れず、スリム少年は13歳の時に家を飛び出します。

家を飛び出した後は肉体労働者として、南部各地を転々とする生活に明け暮れるのですが、その中でブルースと博打に出会い、15歳の頃にはいっぱしのピアニスト兼ギャンブラーとなっておりました。

当時の演奏場所といえば、農場や工事現場での労働者が集まるバレルハウスと呼ばれる掘立小屋のようなクラブハウス。とにかく飲んで騒いでギャンブルがしたい客のために、スリムはおんぼろピアノで叩き付けるようなブギーを弾きまくり、休憩中はいかさまカードゲームのディーラーとして、良い感じに稼いでおりましたが、更に良い仕事を求めて移動するうちに、クラブハウスも賭場もたくさんある天国のような街(一般には犯罪が多いヤバい街)であったメンフィスに辿り着きます。

ここでサニーボーイ・ウィリアムスン(時間差はありますがT世U世両方!)やルーズヴェルト・サイクス、ビッグ・ウォルター、マ・レイニー楽団と一緒に演奏したり、まだ子供だったリトル・ウォルターとも交流があったと言います。

街へ出て賭場へ行けばカードのイカサマの腕を買われてディーラーを務めて稼ぐ事が出来るし、演奏出来る場所もたくさんある。つまり何をやっても得意な事で儲ける事が出来るメンフィスでの生活は、スリムにとっては最高でしたが、ただひとつだけレコーディングの機会が少ないという事で、1943年には大都会シカゴへの移り住む事になるんです。

当時のシカゴは戦争景気で仕事はいくらでもあり、特に南部からの移住者で人口が爆発的に増えていた状態です。そういった人達に提供する娯楽産業も、南部とはケタ違いの規模でありました。

南部から出てきたミュージシャン達とは勝手知ったる仲であったスリムは、早速サニーボーイ・ウィリアムスン(T世)タンパ・レッドといった当時既に人気を獲得していた一流どころとも、マディ・ウォーターズやジミー・ロジャースといった若手らとも積極的に演奏を行っていて、チェスの前進であるアリストクラットに「いいギタリストがいるんだよ」とマディを紹介したのも、実がスリムだったりもします。




アポロ・セッション1949

【収録曲】
1.I'm Just A Lonesome Man
2.Sad Old Sunday (Mother's Day)
3.Boogie Man
4.Hard Time (When Mother's Gone)
5.Chicago Woman
6.I'm In Love
7.Bad Times (Cost Of Living)
8.Nervous Breakdown
9.It Keeps Rainin'
10.Brown Skin Woman
11.Old Age Has Got Me
12.That's All Right
13.Sad Old Sunday (Alternate)
14.I'm Just A Lonesome Man (Alternate)
15.Bad Times (Alternate)


スリム自身はレコーディングに関しては会社との度々のトラブルがあり、小さなレーベルをちょこちょこと渡り歩くハメになってしまって、大手からのヒット曲には恵まれませんでしたが、その活動はしぶとく、やがて60年代のブルース・リヴァイバルが来ると、その波に乗って「渋い大べテランのピアノマン」という評価を不動のものとします。

そしてやはり彼を敬愛するマディやリトル・ウォルター、J.B.ルノアー、ロバート・ジュニア・ロックウッドという後輩達の支えもあり、戦前の
タフネスを残しつつもモダン化した、見事なオリジナル・シカゴ・ブルース・サウンドを作り上げてもおります。

さて、今日のオススメアルバム『アポロ・セッションズ』は、そんなサニーランド・スリムの最晩年、1992年にいきなり発表されてブルースファンの度肝を抜いた作品なんです。

何で度肝を抜いたかというと、コレが彼のキャリアで言うとシカゴ初期に当たる1940年代の末にレコーディングされた小人数での編成で行われた未発表セッションだったからです。

内容はサム・カシミアーのギターのみをバックにしたほぼ弾き語りに近いものから、セントルイス・ジミー(vo)、ジミー・ロジャース(g)、ウィリー・メイボン(harp)等が加わった、戦前〜戦後のダウンホームなスタイルそのものな、実に泥臭い味わいに溢れた秀逸なものであります。

シンプルに鍵盤をガンガン叩く、生粋のブギウギ〜バレルハウス・スタイルのピアノのワイルドネスはもちろんですが、そこに絡むギターやハープの粗い感じも最高なら、セント・ルイス・ジミーの苦み走った太い声も良いのです。派手さはないけど「あぁ〜、これこれ、ブルースだね、たまんないね〜♪」というジワジワきて実に飽きない濃厚さに溢れてますね〜。そしてそのジワジワきて実に飽きない濃厚な味わいというのが、そのまんまこのサニーランド・スリムという人の伊達で粋なカッコ良さそのものでありますよ。















ブルース入門編 〜初心者のための優しいブルース講座〜



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2020年04月09日

Classic Blues From Bluesville(V.A)

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V.A./Classic Blues From Bluesville
(BLUESVILLE)

今日もブログをお読みくださった皆様ありがとうございます。

さて、何度も繰り返し説明しておるような気がいたしますが、このブログは音楽が好きな人達のため、というよりも「主に今のポピュラー音楽のルーツのところにある色々な音楽の素晴らしさを、少しでも多くの人に知ってもらおう」というブログです。

したがいましてブログで採り上げるアーティストや作品には、時に世に余り知られていないものも多くございます。

えぇ、世に言う「マニアックなブツ」とかいうやつです。

でも皆さんちょっと待って、音楽にマニアックなんてもの、本当にあるのでしょうか?

多くの人に「マニアック」と言われている音楽は、聴いてみればヒットした曲や売れたアーティストの音楽と何ら変わらない質感の、しっかりとしたツカミやキャッチーな盛り上がりがあったり、すごく聴かせるグッとくるメロディアスなバラードがあったり、何が何が「フツーにカッコイイもの」も多くあるんです。

もちろん、実験色の強い、売れることやウケることなんぞ全く意識していない音楽もあります。

でも、それはそれとして、世間が知らない/聴いたことない音楽を「マニアック」の一言で片付けるのはどーかと思うんです。

音楽を知る事は知識を得ることでもありますが、それ以上に心が躍ったり弾んだり、じんわり感動したり泣きたい時に思いっきり泣けるような「豊かな心の体験」を多く得る事だとアタシは思っております。

で、最初の話に戻りますが、このブログはお読み頂いた皆さん、特に音楽興味あるけどそんなに知らないよ、という方にとって少しでも多くの「豊かな心の体験」と出会うきっかけのほんの些細な部分にでもなってほしいと思って書いております。


だから文章もなるべく分かり易く、専門用語などはなるだけ使わずに、何よりまずその音楽の空気感とアーティストのパーソネル的な魅力をお伝えしようと、毎回ない頭をひねらせて、結構悩んでるんです。


さてさて、前置きがアホみたいに長くなりましたが、つまりは「音楽にマニアックなんてないよ、聴いたことのないものはガンガン聴いて楽しみましょー!」ということです。

で、ブルースです。

ブルースという音楽は、多くの人にとって「凄く興味があるんだけど、何となく深すぎて遠いような気になってしまう音楽」であるような気がします。

アタシは個人的にブルースっていう音楽は、他の音楽を聴く上でも非常に重要な音楽だと思ってこのブログでも頻繁に様々なアルバムを取り上げて紹介しておりますが、やはり読者さんからは

「アンタのブログ読んでブルースに興味は持ったんだけど、やっぱりよくわかんないから色んな人の色んな曲が入ったやつが聴きたいな〜、何かある?」

という声を頂きます。


なるほど確かにアタシもブルースの奥深い世界に足を踏み入れたきっかけが『アトランティック・ブルース・ギター』というオムニバス盤でありましたし、レコード屋さんなどに言って見たことのない楽しそうなブルースのオムニバス盤があったら、ついつい買ってしまいます。

確かにブルースにせよ何にせよ、一人のアーティストの世界観がギッシリ詰まったオリジナルアルバムの魅力は何物にも代え難いものではあるんですが、色んな濃いキャラクターが1枚のアルバムの中にひしめいているオムニバス盤というのは、アンダーグラウンド・マーケットのようなイケナイ魅力に溢れたものであるんです。


そんな事を考えながら、今文章を書いていて(つうか書く前にぼんやりと、書き出してからハッキリと)浮かんできたすこぶるよろしいブルースのオムニバス、今日は紹介しますね。




Classic Blues From Bluesville [Import]

【アーティスト/収録曲】
(Disc-1)
1.Lightnin' Hopkins/Walkin' This Road By Myself
2.Memphis Slim/Grinder Man Blues
3.Blind Willie McTell/Broke Down Engine Blues
4.Alberta Hunter/You Gotta Reap What You Sow
5.Lonnie Johnson/No Love for Sale -
6.Brownie McGhee & Sonny Terry/Custard Pie Blues
7.Victoria Spivey/I'm A Red Hot Mama
8.Scrapper Blackwell /Blues Before Sunrise
9Mildred Anderson /Everybody's Got Somebody But Me
10.K.C. Douglas /Big Road Blues
11.Al Smith /Goin' to Alabama
12.Furry Lewis /Done Changed My Mind
13.Robert Pete Williams/I've Grown So Ugly
14.Shakey Jake /.Jake's Cha Cha
15.Henry Townsend/Tired of Being Mistreated
16.Pink Anderson/Greasy Greens
17.Sonny Terry/Four O'clock Blues
18.Memphis Willie B./Wine Drinking Women
19.Curtis Jones/Suicide Blues
20.Big Joe Williams/Pallet On The Floor

(Disc-2)
1.Willie Dixon/Go Easy
2.Tampa Red/Don’t Jive Me
3.Big Joe Williams /Meet Me At The Bottom
4.Alberta Hunter/Got A Mind To Ramble
5.Lightnin' Hopkins/Catfish Blues
6.Brownie McGhee/The Killin' Floor
7.Sunnyland Slim/The Devil Is A Busy Man
8.Blind Snooks Eaglin/Brown Skinned Woman
9.Mercy Dee Walton/One Room Country Shack
10.Lonnie Johnson & Victoria Spivey /Idle Hours
11.Sidney Maiden/Sidney's Fox Chase
12.Roosevelt Sykes/Miss Ida B.
13.Reverend Gary Davis/Lost Boy In The Wilderness
14.K.C. Douglas/Bottle Up and Go
15.Little Brother Montgomery/Vicksburg Blues
16.Robert Pete Williams/Free Again
17.Memphis Slim/Frankie And Johnny Boogie
18.Furry Lewis/Shake 'em On Down
19.Mildred Anderson & Eddie Davis Quartet /I'm Gettin' Long Alright (Connections)
20.Scrapper Blackwell /Goin' Where the Monon Crosses the Yellow Dog

(Disc-3)
1.Brownie McGhee & Sonny Terry/That's Why I'm Walking
2.Alberta Hunter/Chirpin' the Blues
3.Lonnie Johnson & Elmer Snowden/Haunted House
4.Lightnin' Hopkins/Coffee Blues
5.Mercy Dee Walton/Have You Ever Been Out In the Country
6.Lucille Hegamin/St. Louis Blues
7.Rev. Gary Davis/Death Don't Have No Mercy
8.Blind Snooks Eaglin /Alberta
9.Sidney Maiden/Me and My Chauffeur
10.Sunnyland Slim/I'm Prison Bound
11.Memphis Willie B/Worried Man Blues
12. Little Brother Montgomery /Santa Fe
13.Victoria Spivey /I Got Men All Over This Town
14.Al Smith & Eddie Davis Quartet/I've Got the Right Kind of Lovin'
15.Pink Anderson/Baby I'm Going Away
16.Willie Dixon/Sittin' and Cryin' the Blues
17.Tampa Red/You Better Let My Gal Alone
18.Roosevelt Sykes /Hangover
19.Scrapper Blackwell/Little Boy Blue
20.Blind Willie Mctell/The Dyin' Crapshooter's Blues


そもそもが1940年代の末にジャズ・レーベルとしてニューヨークの片隅にレコード屋兼制作オフィスを構えていたプレスティジ・レコードは、1950年代にマイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーン、ソニー・ロリンズをはじめ、名だたるジャズの大物達の若手時代の演奏を大量にレコーディングしてブームの波に乗ります。

とはいえ、ほとんど個人経営のインディーズ・レーベルでありますので、その経営方針はでたとこ勝負のどんぶり勘定、音源管理も超テキトーで、おまけにミュージシャンへのカネ払いも悪いという超グダグダ。

ところが、レコーディングの内容にはそんな悪い意味でもアメリカンなグダグダが不思議と良い方に転換して、リアルな現場の”生”の雰囲気を伝える素晴らしいジャズの傑作を、図らずも次々と生み出すことになる訳です。

その成功(?)に気を良くしてか、それとも当時アメリカを席捲していたフォーク&ブルース・リヴァイバルにあざとく目を付けたからか、60年代にはプレスティジは業務を拡張。前衛的なジャズを集めた『NEW JAZZ』伝統的なスタイルを集めた『SwingVille』ムーディーで落ち着いたジャズの『Moodsville』そしてモノホンのブルースマン達のレコーディングに本格的に取り組んだ『Bluesville』など、多彩なコンセプトの傘下レーベルを次々立ち上げます。


この『クラシック・ブルース・フロム・ブルースヴィル』は、3枚組という素晴らしいボリュームで、ブルースヴィル・レーベルで行われたブルース録音のほぼ全貌を聴く事が出来るコンピレーションであります。

大体ニューヨークという所は、ブルースの本場と言われていたテキサスやメンフィス、ルイジアナ、ミシシッピなどのような南部とも、南部出身者が一大文化圏を作り上げていたシカゴとも違い、60年代にはまだまだ独自のブルースが根付いていなかった土地であるのですが、それを逆手に取って、ホームグラウンド関係なくテキサスにシカゴにカロライナに・・・といった具合に全米各地から名だたるメンツをサラッツと集め、アコースティックな文字通りのクラシック・ブルースの、しかも多彩なスタイルを揃える事に見事に成功しているんですね。

ブルースといえばのライトニン・ホプキンスから、70年代以降独自のバンド・スタイルでソウルフルなブルースで人気を博したスヌークス・イーグリン、戦前シティ・ブルースの名ピアニスト、リトル・ブラザー・モンゴメリー、戦後シカゴの裏ボスであるウィリー・ディクソンといった文句ナシのビッグネームから、伝説の盲目の12弦ギター弾き、ブラインド・ウィリー・マクテル、弾き語りゴスペルというものを戦後の白人社会に最も知らしめたレヴァランド・ゲイリー・デイヴィス、戦前ブルース最高のギター・テクニシャン、ロニー・ジョンソン、刑務所の中で発見されたディープ・ミシシッピ・ブルースの担い手ロバート・ピート・ウィリアムスなど、中毒性の高い人達まで、よくもまぁこんなに揃えたなと、ため息が出てクラクラします。

「どれ聴いていいかわからない」と嘆く前に、とにかくこのディープかつ色んなスタイルがズラッと楽しめて圧倒される3枚組をぜひお試しください。そいでもってここで気に入ったアーティストのアルバムをつまんでみるってのもブルースの楽しい聴き方ですよ♪








ブルース入門編 〜初心者のための優しいブルース講座〜



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