ディープなコラム こちらにも書いてます♪

2017年03月18日

ジェイムス・コットン 100%コットン

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ジェイムス・コットン/100%コットン
(BUDDAH/Pヴァイン)


モダン・ブルースといえば、ドス黒いサウンドを効かせたバンドの中で時にパワフルに、時にファンキーに響くブルース・ハープがオツなものであります。

昨日は、色んな思い出を巡らせながらジェイムス・コットンの「100%コットン」を聴いておりました。

言うまでもなくブルースハープの最高にカッコイイ名盤のひとつであり、70年代、ファンクに最も接近し、そして最も劇的な音楽的成功を納めた一枚。

ジェイムス・コットンを初めて聴いたのは中1の時です。

当時THE BOOMが大好きだった私は、とりあえず宮沢和史みたいになりたいからという理由でハーモニカ、KeyAの10穴ブルースハープを楽器屋で買ってきて「星のラブレター」を練習していました。


そん時親父が「ほれ、ハープ吹きたいんならこういうやつ聴けばいいよ」と、カセットテープをホイッと渡ししたんです。

ラベルには「ハープアタック!」とぶっとい字(親父直筆)で書いてありました。

このアルバムは、1970年代からのブルースを語る上ではハズせない気合いの入ったレーベル”アリゲーター”からリリースされた、ジェイムス・コットン、ジュニア・ウェルズ、キャリー・ベル、ビリー・ブランチという凄い顔ぶれによるブルースハープ夢のジャムセッション盤です。

もちろん当時そんなこと知らず「へぇ」ぐらいに思ってました。

中1のクソガキにブルースなんていきなりグッとは来なかったし、ハープも何をどうやって吹いてるのか分からなかった。

というのが正直なところでしょう。

ただ「ブルースを聴いてる」という、ちょっとだけ大人の優越感に浸るために、ちょこちょこ聴いて悦に入ってはいました。

自分でもあんまピンと来とらんくせに、友達に「おぅ、コレがブルースじゃあ」とか言って、今もう穴があったら入りたいぐらいの赤面モノなのですが、まぁそんなもんです。

それからジェイムス・コットンを好きになるまでに、宮沢和史を通り ボブ・ディランを通り、ポール・バターフィールド、ジュニア・ウェルズ、リトル・ウォルターと、かなり遠回りして「ジャケがカッコイイ」というだけの理由で「100%コットンライヴ」というCDを買いました。

これは燃えました。

シビレて、吹いて、踊りました。

ブルース、特に戦後のモダン・ブルースといえば、ヘヴィでダウナーな雰囲気の中、とにかくタメの効いた辛口な味わいだとばかり思っていたのですが、ここでのジェイムス・コットンのプレイは「ブルース」というよりノリノリでイケイケのファンクであり、その爆発的なノリは、それまで戦後のブルースに勝手に抱いていた重く暗いイメージを、パワフルにぶっ飛ばすものでありました。

ちなみにこの時期のコットンのブルースは「ファンク・ブルース」或いは「ブルースファンク」と呼ばれてたようですが、コレは本人が意識してこう呼べといったのではなく、レコードを聴いた人らがそれぞれそう命名して、このノリの良さを語り継いでいったものだそうです。だってファンクなんだもん。

その時初めてジェイムス・コットンを、知りもしないのに聴いてから8年後。私は19になっておりました。

そんでもってジェイムス・コットンをもっと深く知ろうと、それまでのファンク路線からルーツ回帰へと舵を切った90年代以降の作品や、彼が参加していた頃のマディ・ウォーターズ・バンドの作品も聴き漁りました。

アンプリファイドバリバリで、いかにもワルなリトル・ウォルターや、音色の中にドロドロした狂気が渦巻いている感じのジュニア・ウェルズのハープとはまた違う、生音を大切に紡ぎながら、はっちゃける時もどこか純朴さや、自然な泥臭さを感じさせるコットンのプレイには、とことん人情が滲んでおりました。

それでいて古臭いとは少しも感じません。



【収録曲】
1.Boogie Thing
2.One More Mile
3.All Walks Of Life
4.Creeper Creeps Again
5.Rockett 88
6.How Long Can A Fool Go Wrong
7.I Don't Know
8.Burner
9.Fatuation
10.Fever

3月16日の夜

「さぁ、明日も仕事はハードだ。気合い入れるためになんつーかこう、ファンキーで芯のある音楽、車で流さないとね」

とか、割と軽い気持ちで、コットンの「100%コットン」を選んでカバンに入れたんです。

午前中

「ほらみろブラザー、やっぱりジェイムス・コットンにして良かったぜぇ。のっけからギラギラしたモダン・ブギでノリノリだろーが。そして間髪入れずに恐ろしくタメの聴いたミドル・ファンクの"One More Mile"だ。俺はもうこの2曲だけで天国行ける自信あるが、ところがブラザー、ジェイムスはそっから畳み掛けやがるんだ。わかるかい、アーハー?ちょいと小手調べの正調ブルースの"All Walks Life"から怒濤のインスト"Creeper Creepers Again"と来て、名刺代わりの最高にゴキゲンなナンバーの"Rockett88"だ。それからそれから最後までアツく聴かせてラストは何だと思う?オリジナル・ソウル・ブラザーNo1、リトル・ウィリー・ジョンの"Fever"だぜ。しかもヤワじゃねぇ、しっかりブルースしてるし、何よりジェイムスの声が野太くて切ない、そんじょの小僧にゃこんな風には出来ない、って当たり前だろ?ジェイムス・コットンだぜ」

と、心の中で一気に呟いて車を走らせ、駐車場でちょいとニュースをチェックしたとき真っ先に飛び込んできた訃報...


頭が真っ白になりましたが「もうこれははなむけに1日中聴き狂うしかないな」と思って、アタシはコットン好きになるきっかけになった「100%コットン」と「100%コットンライヴ」、それと彼の初期の素晴らしいプレイが聴けるマディ・ウォーターズの「トラブル・ノー・モア 〜シングルス1955-1959」を、ひたすら聴き狂っておりました。

コットンは70年代に最先端のファンクを演奏に取り込んでも、ハーモニカの音色そのものを電気増幅することを潔しとせず、ナチュラルな音色で実にモダンで味わいの深いプレイを貫いておりました。スタイルよりも何よりも、アタシがコットンを特別カッコイイなと思うところはそこです。








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2017年03月16日

ミシシッピ・ジョン・ハート アヴァロン・ブルース

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ミシシッピ・ジョン・ハート/アヴァロン・ブルース
(ソニー・ミュージック)

ミシシッピ・ジョン・ハートといえば、戦前にレコーディングを残し、いわゆる戦後に”再発見”されたブルースマンの中で最も人気があったと言われる人です。

その、流麗なアルペジオ奏法によるギターと、何ともほのぼのとしたハートウォームの声は「ブルース」と聴いて連想する、ガラガラで泥臭いイメージとはまるで対極に位置するものであり、長年ブルースファンというよりはフォークを愛好する人達によって愛され、多くの楽曲がカヴァーされてきた人でもあります。

その人となり、ミュージシャンとしての半生につきましては以前にココに書いてありますので、余りクドクドは申しませんが、とにかくそのフォーキーなスタイル(ブルース以前の音楽、つまりブルースから枝分かれしたカントリーの原型をそこに見るような感じ、といえばいいでしょうか)を、何の知識もなしに耳にした時は

「うぉ?コノ人はブルースの人なのにまんまフォークだぞ?どうしたんだ??」

と思ったんですが、実は話が逆で、1960年代以降にたくさん生み出されたフォークソング(実際のフォークソングは単純に”民謡”という意味ですので”フォーク・リヴァイヴバルの時のアコースティック音楽と思えばよろしい)のほとんどは、コノ人のスタイルから直接/間接を問わず大きな影響を受けている訳で、ザックリと、本当にザックリといえば

「戦後のフォークのスタイルは、そのかなりの部分がミシシッピ・ジョン・ハートが作ったもので出来ている」

と言っても、ちょっとしか言い過ぎでないのであります。

そして、ギターを弾く人には、さっきまで散々フォークフォークと言ってたくせにと矛盾を感じるかも知れませんが、ミシシッピ・ジョン・ハートのギターには、フィンガー・ピッキングでアコースティックなブルースを弾くには欠かせない基本テクニックの宝庫なんですね。

アタシが本格的にブルース・ギターを弾いてみたいと思った10代の頃の話です。

「戦前ブルースを弾けるようになりたい!」

と思ったものの、当時はネットもない時代、何をどう弾いていいのか分からず、とにかく必死になって耳コピをしておりました。

そんな時に楽器屋さんで、ステファン・グロスマンという人の、戦前ブルース教則ビデオを見付けたんですね。




はい、ステファン・グロスマンといえば、フォーク・リヴァイバル時の人気グループ「イーヴン・ダズン・ジャグ・バンド」のメンバーであり、シンガー/ギタリストとしての作品やジョン・レンボーンをはじめ、様々なミュージシャンとのコラボでも知られる人ですが、この人はハウ・トゥ・ギターの世界(?)ではとにかく有名な人で、なかんづくアコースティックなブルースの教本やビデオは物凄い量出しています。

戦前ブルースの、特にあの「ギターが2本同時に鳴っているように聞こえる奏法」をとにかく会得したいと思っていたアタシは、グロスマン氏の教則ビデオに飛びつきました。

教則ビデオは最初から最後まで通して観ても、何をどうやってるのかさっぱり分かりません。

しかし、最初にグロスマン氏が

「まずはこの曲をやってみよう、とっても簡単だからね」

と1曲目に持ってきていたのが「マイ・クリオ・ベル」。

これがミシシッピ・ジョン・ハートの曲でした。

最初は

「うぉう、オレはブルースが弾きてぇんだよ、こんなフォークみたいな曲やってられるかよ!」

と、突っ張ってみたのですが、それをすっ飛ばしてブルース曲をしようとしても全く歯が立たず。

悔しいのと情けないので、結構本気でイライラしましたが、ここは素直にグロスマン先生に従おうと、2週間ぐらい真面目に「マイ・クリオ・ベル」を練習してたんです。

そしたら、何となく、親指を「ボン、バン、ボン、バン♪」とやりながら、残りの指でそれっぽいオブリガードを入れることが出来るようになったんです(!)

それを皮切りに、他のブルース曲に挑戦してみたら、何と!完璧ではないけれど「何をどうすればいいの・・・?」という最初の頃のやや絶望感を伴った疑問もなく、分かる!・・・ような気がする!!

で、アタシのブルースギター人生はスタートしました。

ミシシッピ・ジョン・ハートの、アルペジオと親指のベース音弾きギターは、本当にフィンガー・ピッキングの基本も基本。この奏法をマスターしたら、後はシンコペーション(アクセントの置き方)で、ラグタイムやブルースのフィンガー・ピッキングが応用で弾けるようになるんです。


なのでこのブログをお読みの方で「うぉう、オレは戦前ブルースのギター弾けるようになりたいぜぇ!でも、何をどうやったらいいのかさっぱり分からないぜぇ♪」という方がいらしたら、ぜひともミシシッピ・ジョン・ハートの耳コピから始めてください。




【収録曲】
1.フランキー
2.ノーバディズ・ダーティ・ビジネス
3.エイント・ノー・テリン
4.ルイス・コリンズ
5.アヴァロン・ブルース
6.ビッグ・レッグ・ブルース
7.スタック・オーリー
8.キャンディマン・ブルース
9.ガット・ザ・ブルース
10.ブレスド・ビー・ザ・ネーム
11.プレイング・オン・ザ・オールド・キャンプ・グラウンド
12.ブルー・ハーヴェスト・ブルース
13.スパイクド・ライヴァー・ブルース


さて、アルバムを聴いてみましょう!

ジョン・ハートは戦後60年代に再発見されて大人気となり、ライヴ盤も含めると物凄い量の音源があります。

で、基本的に芸風の変わらない人ですので、どれもオススメではあるんですが、やっぱり聴きたいのは、彼の原点となり、実にその後35年の時を経て、多くの若者の心を掴んだ戦前録音を聴きたいものです。

彼の戦前録音は、この「アヴァロン・ブルース」に残された13曲が全て。過去にはPヴァインが「キング・オブ・ザ・ブルース4」というタイトルで、他のアーティストの楽曲をカップリングしてリリースしたり、戦前モノではジャケットの素晴らしさも含めて定評のあるYAZOOからリリースされたこともありますので、多少話がややこしいですが、どれも内容はほぼ一緒。強いていえば本盤がデジタルリマスタリングのお陰で音質がクリアになっているといったところでしょうか。

どこまでも優しく、鼻歌なんじゃないかと思えるぐらい軽やかな唄い方と、若い分だけハリのあるギターの美しいサウンドによる、芸術的なリズムとオブリガードの”一人掛け合い”これはもう至宝です。

ちなみに1曲目「フランキー」は、ボブ・ディランが90年代にリリースした弾き語り名盤「グッド・アズ・アイ・ビーン・トゥ・ユー」で素晴らしいカヴァーを披露しておりますので、興味のある人はぜひ聴き比べてみてください。


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2017年03月14日

ロニー・ジョンソン ステッピン・オン・ザ・ブルース

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ロニー・ジョンソン/ステッピン・オン・ザ・ブルース
(ソニー・ミュージック)


ブルースの世界では「上手い」というよりは他の人にはないワン&オンリーの味があるとか、勢い一発で凄まじい破壊力とか、アンプを改造しまくってありえない歪み方した音で弾いてるとか、とかくそういう「突破してナンボ」みたいな考えがあって、単純に技術的な意味で「上手い」という人よりも好まれる傾向がありまして、アタシもどっちかというと、誰それが上手いとかそういう話よりも

「あはは、このギター頭おかしい〜」

とか

「なんじゃこれ!ありえんだろ・・・」

とか

「いやいや、これは”弾いてる”じゃなくて”叩いてる”」

とか

「ヤッベー!コレ、ヤベーっす!!」

とか、しまいにゃ

「あぁぁぁあぁおうぅうへdfghjk☆l;△!!」


と、訳の分からない悶絶までを総動員して楽しむのがブルースの作法とすら思っておりますが、そんなアタシでも、

「あ、この人のプレイに関してはそういったやさぐれとは違うな、キチッと上手いし味わいも完璧だな」

と、心から思える人がおります。

その人というのはロニー・ジョンソン。


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いわゆる「ブルースマン」というイメージとはやや違う、実にナイーヴで洗練された外見をしておりますが、彼の音楽性も、戦前という時代を考えると、洗練そのものと言ってもいいぐらいスマートなんです。

そして「完璧」以外の言葉が出てこないギター・プレイ。

流麗な単音弾き、絶対にハズさないリズム、どこを切り取っても美しいメロディになっているソロのフレーズなど、これはもう何というべきか「ブルース」というジャンルで括るのも憚られるぐらい、凛として孤高な気品を感じさせてやまないものなのであります。

さてさて、そんなロニー・ジョンソン、アタシがあれこれ言うよりも「ブルース・ギターのパイオニアの一人にして、ジャズ・ギターの元祖」という世間での評価を鵜呑みにしましょう。

はい、そうなんです。実はこのロニー・ジョンソン、ルイ・アームストロングやベッシー・スミスのバックを務めたり、ジャンゴ・ラインハルトやチャーリー・クリスチャンといった、ジャズ・ギターにおける「ソロ」のスタイルを確立し、ホーンやピアノにも負けないリード楽器としてのギターの地位を築いたイノベイター達に最大の影響を与えたり、どっちかというとその流麗かつテクニカルなギター・奏法は、ジャズ・ギターの原型の原型を、どうしても感じてしまいます。

その理由は彼の人生にあります。

1894年に"ジャズの都"華やかかりし頃のニューオーリンズに、両親も兄弟も全員楽器が出来る、旅回りの音楽一家にロニーは生まれました。

幼い転からギター、ピアノ、ヴァイオリンなど、様々な楽器を演奏し、特にギタリストとして非凡な才能を発揮したロニーは、家族と共にニューオーリンズの酒場や売宿が軒を連ねる歓楽街に繰り出しては、そこで初期のジャズを演奏していたと云います。

音源を聴けば解るのですが、ロニーのギターは、この時代の弾き語り出身のブルースマンとは明らかに異なる「楽器としてどこまで高度で幅広いことが出来るか?」という、ストイックなまで挑戦している、実に専門のギタリストらしいギターです。

最初に言ったような、ブルース独特の「気合一発魂一打」(何だこのヤンキー感)なギターではなく、ちゃんとした理論的な基礎が出来た上で、情感や哀楽を乗せている、非常に理知的かつ完成されたギター。これはやはり幼い頃からバンドで鍛えられ、ジャズで慣らした英才教育の賜物という感じであります。


ロニーの一家はなかなかの人気バンドだったそうですが、1917年に軍港の撤廃に伴う歓楽街(ストーリーヴィル)の閉鎖でほとんどのジャズマンは仕事を求めてシカゴへ上り、ジョンソン家も北部へ繋がる都会だったセントルイスに移り住みます。

ところがここに移り住んで間もない時、ツアーに出ていたロニーと兄ジェイムス以外のジョンソン一家は流行病にて全滅。

悲しんだロニーでしたが、食うためにはとにかく演奏して稼がねばならないと、片っ端から色んな仕事をこなし、そのうちのひとつであったブルースのオーディションを通過します。

ブルースは当時、流通しはじめたばかりのレコードという新しい媒体でブレイクし、聴かれるようになった最新の流行音楽でしたから、ロニーは

「よし、古いニューオーリンズ流のジャズよりも、これからはブルースの時代だ」

と決意し、ブルースのギタリストとして売り込みをかけ、1925年に念願のレコードデビューを果たします。

もし、彼がニューヨークかシカゴに出て、ジャズ・ギタリストとして認められていたならば、彼の人生も音楽の歴史も随分と違うことになっていたかも知れませんが、当時はビッグバンド文化が花開いた時代。ジャズでギターなんて音量面の問題から、とてもソロ楽器としては使えないシロモノでした。

余談ですがロニーから影響を受けたジャンゴ・ラインハルトは、アメリカのビッグバンド・ブームとはヨーロッパでギターを中心とした少人数のバンドのリーダーだったこと、チャーリー・クリスチャンは、30年代後半に登場したギターアンプの出力によってホーンに負けない音量を手に入れたことによってソロ楽器としてのギターの可能性をうんと拡げることが出来たんです。

はい、余談終わり。いい加減アルバムを紹介しましょう(汗)



【収録曲】
1.MR. JOHNSON'S BLUES
2.SWEET POTATO BLUES
3.STEPPIN' ON THE BLUES
4.I DONE TOLD YOU
5.MIEAN OLD BEDBUG BLUES
6.TOOTHACHE BLUES - PART I
7.TOOTHACHE BLUES - PART II
8.HAVE TO CHANGE KEYS (TO PLAY THESE BLUES)
9.GUITAR BLUES
10.SHE'S MAKING WHOOPIE IN HELL TONIGHT
11.PLAYING WITH THE STRINGS
12.NO MORE WOMEN BLUES
13.DEEP BLUE SEA BLUES
14.NO MORE TROUBLES NOW
15.GOT THE BLUES FOR MURDER ONLY
16.UNTITLED
17.6/88 GLIDE
18.RACKETEER'S BLUES
19.I'M NUTS ABOUT THAT GAL

デビューから47年に活動が一旦下火になるまでに実に200曲以上(SP盤のシングルしかなかった時代としては驚異的な量なんです、これ)ロニー・ジョンソンの、戦前録音の極めつけとも言えるこちらは、1926年から32年までに自己のソロ名義や、正真正銘「ジャズ・ギターの開祖」と呼ばれる早世の天才白人ギタリスト、エディ・ラングとのギター・デュエットに、人気女性歌手ヴィクトリア・スピヴィとのコミカルなやりとり、そしてブルースの"闇"を個人的に最も感じさせるテキサス・アレンクサンダーの伴奏など、洗練を極めたアーリー・ジャズからとことんディープな"ど"ブルースまで、何でもこなせる上に器用貧乏に陥っていない、プロの妙技が飽きることなく最初から最後まで味わい深く香り高く楽しめる全19曲。

流麗な単音フレーズ、絶対にハズさない完璧なリズム(多分二回目)に、もう惚れ惚れしてしまいます。

「一人で弾いてる」というのが何回聴いても信じられない超絶技巧のインスト「Playing With The Strings」を聴いてまずはブッ飛んじゃって下さいな。


ロバート・ジョンソンが、姓が一緒ということで「俺はロニーと親戚なんだ」と、実際血縁なんて全然ないのにそれとなく匂わせて注目を集めようとしていたなんて話がありますが、そりゃこんなギター聞かされたらそう言いたくもなりますわって話です。





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2017年03月12日

ビッグ・ビル・ブルーンジィ ビッグ・ビルズ・ブルース

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ビッグ・ビル・ブルーンジィ/ビッグ・ビルズ・ブルース
(ソニー・ミュージック)

ソニーがリリースした、¥1080のグレイトな企画「ギター・レジェンド・シリーズ」から、本日もお届けしております。

さてみなさん、いよいよお待ちかね、シカゴ・ブルースの大物中の大物、落語でいえば真打の師匠の師匠ぐらいの凄い人の登場でございます。

はい、ビッグ・ビル・ブルーンジィですよ〜!!!!!


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え・・・?

今ちょっとモニターの向こうから、ブルースファンの拍手喝采の中に、かなりのボリュームで

「・・・誰?」

「知らん」

という声が混ざってましたが、ちょっとあーたがた本気ですか!?

・・・はい、そうなんですよ。戦前シカゴ・ブルースの王者とも言われるほどに、1930年代から40年代初頭にかけてのシティ・ブルースのスタイルの確立にはものすごーく貢献した人であり、バンド・サウンドにおけブルース・ギター(アコースティック)の集大成とも言える画期的な奏法を確立した凄腕のギター・レジェンドでありながら、ビッグ・ビル・ブルーンジィは実際ブルース好きの中でも

「うん、何かマディに影響与えた人らしいけど、実はあんま聴いたことないんだよね」

と、軽く扱われることが何故か多い。

その理由というのは、まぁ弟子のマディ・ウォーターズが作り上げた戦後の”電気ミシシッピ・ブルース”ともいえる”あの”シカゴ・ブルースのサウンドのインパクトが余りにも強すぎて、サラッとした都会流儀の戦前シカゴ・ブルースというのは、どうにも「あのシカゴ・ブルース」を期待して聴いた人にとってはアクやクセが思いのほか薄くてどうもガツンとこないとか、そもそも戦後シカゴ・ブルースの熱狂的なマニアであったストーンズやクラプトンの文脈からビッグ・ビル・ブルーンジィという人はちょっとだけ離れた孤高の存在なので、今のブルースファンの大体8割ぐらいを占める”ロック好きからブルースに目覚めたよ”な人達のストライクゾーンにはなかなかズバッと入ってこなかったという物理的な問題もあります。

実際我が国では、戦前モノまで聴いている重症なブルースファン以外に「ビッグ・ビル・ブルーンジィ」という名がようやく知られるようになったのは、エリック・クラプトンがアンプラグドで、ビッグ・ビルの「ヘイ・ヘイ」を演奏してようやく・・・といった感じでした。

でも、アタシは知っています。クラプトンの「ヘイ・ヘイ」でビッグ・ビルの存在を知った人が本人の演奏を聴いて

「いや素晴らしかった、あんな洗練されてるのにフィーリング豊かなギターを弾ける人はなかなかいない」

「ビッグ・ビルかっこいいね、戦前ブルースってロバート・ジョンソンだけじゃなかったんだね。いや凄いわ」

「1930年代だっけ?ブルースであんな風にジャジーなこと出来る人っていたんだ。ギターもいいけどコノ人のは雰囲気が凄くいい。酒が美味くなるブルースだ」

と、驚嘆の声と共に穏やかな顔で口々につぶやいていったのを。

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(マディとの仁義あるストーリーはコチラをご覧ください。)


そう、ビッグ・ビルはとにかくギターの名手です。

戦前ブルースのギターといえば、南部の泥臭くパーカッシブなもの、或いはナイフ・スライドやプリミティヴな単弦奏法で、歌のニュアンスをグッと奥深く表現するものが主でした。

これが都会に行くと、当時娯楽音楽の最先端だったジャズとほぼ二人三脚で、テクニカルでダンサンブルな”ラグタイム・ギター”を軸に発展させた、洒落たものとして、シカゴやセントスイスなんかで独自の発展を遂げていたんですね。

ビッグ・ビルは、1890年代に深南部のミシシッピで生まれております。

サン・ハウスやチャーリー・パットンとは世代的にほぼ変わらない彼が幼い頃に影響を受けたのは、やはり深南部の泥臭くヘヴィなデルタ・スタイルのギターだったと思われますが、最初に手にした楽器がヴァイオリンだったことや、1920年代には早々にシカゴへ移り住んだことなどから、デルタ・スタイル”まんま”ではなく、根底に泥臭さを感じさせながらもどこか軽快な、シティボーイなプレイをレコーディング初期から身に付けておりました。

1920年代は”ラグタイムの名手”として大人気だったブラインド・ブレイク、”スライドの魔術師”タンパ・レッドなど、とにかく当時のシカゴで超一流と言われたギターの達人たちと親しくセッションを繰り返し、初レコーディングを行った1926年には、彼らと並び称される全米トップクラスのブルース・ギタリストになっておりました。

ここでビッグ・ビルが「戦前シカゴ・ブルースの立役者」と言われる1930年代がやってくるのですが、ビッグ・ビルの何がグレイトだったかといえば「バンド・サウンドを確立した」これに尽きます。

当時のシカゴ・ブルースのスタイルは、ソロかギター+ピアノのコンビが基本です。

もちろんこの編成があったからこそ、それぞれの個人技が磨かれた訳ではありますが、ちょいと目線を横に移せば、1930年代はジャズのビッグバンド黄金期でありました。人気といえば派手でゴージャス、ついでに躍れるビッグバンドが何といっても一番だったんですね。

そこに目を付けたビッグ・ビルは

「うん、ブルースでもバンド・スタイルでやればもっと人気が出るんじゃないか」

と、思い立ち、色々と試行錯誤を繰り返します。

いくらビッグバンドが人気とはいえ、ああいう編成をそのまんまやったらただの歌入りのジャズになってしまいますし、アンプのない時代、ギターの音が大編成のホーンやドラムの音に埋もれてしまうという問題がありました。

そこでビッグ・ビルが考えて編み出したのが「唄とギターを中心とした小編成バンドでの洗練されたブルース表現」です。

編成は大体ビッグ・ビルの唄とギター、そして腕のいいピアニストに、場合によってベースやドラム、必要最小限のホーン奏者が入るという3〜4,5人によるブルース・バンドで、少ない人数ではありますが、ビッグ・ビルならではのセンスの良さで、ブルースがグッとモダンで洗練された上質な音楽として、夜のシカゴで人気を盛り返すようになっていった訳であります。



【収録曲】
1.BIG BILL BLUES
2.YOU DO ME ANY OLD WAY
3.TRUCKING LITTLE WOMAN
4.BULL COW BLUES
5.SOUTHERN FLOOD BLUES
6.NEW SHAKE ’EM ON DOWN
7.NIGHT TIME IS THE RIGHT TIME
8.TROUBLE AND LYING WOMAN
9.BABY I DONE GOT WISE
10.JUST A DREAM
11.OH YES
12.MEDICINE MAN BLUES
13.LOOKING UP AT DOWN
14.WHEN I BEEN DRINKING
15.ALL BY MYSELF
16.NIGHT WATCHMAN BLUES

んで、そんなビッグ・ビルの全盛期、1932年から41年の音源を集めた、LP時代から親しまれている代表作がコチラ「ビッグ・ビルズ・ブルース」であります。

凄腕のギター・ピッカーとしてのビッグ・ビルを楽しみたいなら、Pヴァインから出ている「ファーザー・オブ・ザ・シカゴ・ブルース・ギター」がとにかく強烈ですが、コチラではトータルなブルース・アーティストとしてのビッグ・ビルを、極上の戦前シカゴ・ブルース・バンド・サウンドでとことん味わい深く楽しめます。

ギター、ピアノ、曲によってはドラムやコルネット、ウォッシュボードも入って(Aなんか華やかですよ〜♪)、その中でビルの「ちょろっと弾いてもカッコいいギター」と、カラッとしながら妙に深い余韻のあるヴォーカルがこれ、実に噛めば噛むほどに染みるんですよ。

どこまでもドロドロで荒々しいブルースはもちろん最高で、それなしでは生きて行けませんが、こういう最初から最後までとことん"粋"なブルースもいいもんです。本当にいいもんです。





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2017年03月07日

メンフィス・ミニー フードゥー・レディ

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メンフィス・ミニー/フードゥー・レディ
(ソニー・ミュージック)

カワイイ系の女の子がギターを持って自作の曲を唄うというのは、今やもう当たり前です。

我が国でも中島みゆき、藤圭子、椎名林檎、YUI、Miwaとか、いわゆる”シンガーソングライター”と呼ばれるジャンルでカッコ良くギターを持って唄う人は多く、このジャンル(?)の支持は40年ぐらい厚いものがありますが、こういった流れが出来たのって、もしかしたら戦後のフォーク・ブーム以降のことなんじゃないかと思います。

そのちょっと昔といえば「女性は歌を唄うかピアノを弾くものだ」という、まぁこれは古い時代の考え方なんで、そう目くじらを立てんで欲しいんですが、とにかく世界的にそういうのがあった。

戦前なんか女性アーティストのほとんどは、ヴォーカルかダンサーぐらいのもんで、例えばブルースの録音の一番古い年代になる1920年代なんかは、綺麗にドレスアップしたブルースウーマンが、楽器を演奏する野郎共を従えた”クラシック・ブルース”なるブルースがまず流行り「あぁ、ブルースってそういうもんだね」という認識が一般的で、ましてや女がギター弾くなんて考えられなかった。

あ、保守的な「女はどうこう」という考え方が色濃く残っていた戦前の話ですからね。

ところがそんな時代に、女だてらにカッコ良くギターを持って、いわゆるレコード向けのお上品な”クラシック・ブルース”ではない、パンチの効いたブルースを唄う人がおりました。

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そのカコッコイイ姐さんが、本日ご紹介するメンフィス・ミニー。

これも今回ソニーから¥1080のスペシャル・プライスでリリースされた「ギター・レジェンド・シリーズ」からの再発なんですが、メンフィス・ミニーはまずはさておき、とにかくギターが上手いんです。

今回「戦前ブルースの単なるリイシューじゃなくて、ギター特集の一環としてメンフィス・ミニーの”フードゥー・レディが出るよ」という情報をキャッチしたときにアタシは

「ははぁ、流石ソニーさんはわかってらっしゃる。確かに戦前ブルースの”ギター名手”といえばたくさんいるけど、メンフィス・ミニーは文句ナシにその中の、しかもかなり上の方に入るもんね」

と、感心してムチウチになる60歩手前ぐらいまで激しく頷きました。

最初に聴いたのが19の時ですね。

小出斉さんの名著で「ブルースの世界」という本がありまして、コレ、初心者には丁度良いボリュームのガイドブックなんですけど、コレで「フードゥ・レディ」が紹介されてて

「む、コレはギターに関しての記述に何か力が入ってるぞ、小出斉さんもギタリストだから、コノ人がここまで絶賛するからには、単なるもの珍しさだけじゃなく、このメンフィス・ミニーって人は本格的に聴かせる実力派に違いない」

と、アタシもほれ、へたっぴぃですが一応ギターも弾きますので、その”楽器やる者の勘”みたいのが働いたんでしょう。すぐにCDを探して購入して聴きましたところ、その気風のいい唄いっぷりと、芯のあるギタープレイにすっかり魅了されました。




【収録曲】
1.DOWN IN THE ALLEY
2.HAS ANYONE SEEN MY MAN?
3.I HATE TO SEE THE SUN GO DOWN
4.ICE MAN (COME ON UP)
5.HOODOO LADY
6.I’M A BAD LUCK WOMAN
7.CAUGHT ME WRONG AGAIN
8.BLACK CAT BLUES
9.GOOD MORNING
10.MAN YOU WON’T GIVE ME NO MONEY
11.KEEP ON EATIN’
12.I’VE BEEN TREATED WRONG
13.GOOD BISCUITS
14.AIN’T NOUSE TRYIN’ TO TELL ON ME (I KNOW SOMETHING ON YOU)
15.MY BUTCHER MAN
16.MY STRANGE MAN
17.IF YOU SEE MY ROOSTER (PLEASE RUN HIM HOME)
18.MY BABY DON’T WANT ME NO MORE
19.PLEASE DON’T STOP HIM
20.I’M GOING DON’T YOU KNOW


これも偏見だったんですが「まぁ、ジャケットでギター持ってるけど、バックにはバンドがついてて、当然リードギター弾くような名手がいて、ミニーさんのギターは言っても唄に合わせてぶんちゃかやってる程度のもんだろう」と、アタシ完全にナメてたんです。

ところがどっこい、ミニーさんのブルースは、想像していた「何となくシティ・ブルース&和み系」のそれではなく、ブルースの泥臭さ、アクの強さも十分に感じられるけど、その演奏は実にしっかりしていて素人臭くない。

強いていえば”洗練されたカントリー・ブルース”或いは”泥臭さ絶妙なシティ・ブルース”とでも言える非常に個性的かつ媚びてない硬派なもの。

サウンドは、後半ちょっとだけバンド編成の録音があるものの、基本はサポートでギターやピアノ、ベース”だけ”を付けたものか弾き語り。ミニーさんのギターはどの曲でも”ザッザッザッ”としっかりとしたビートを親指で刻みながら、人差し指と中指でオブリガードを入れていくスタイルで、全編通してダテじゃないホンモノのギター・ピッカーぶりを披露してくれております。

特にタイトル曲「フードゥ・レディ」でのギターのザクザクぶりがいいですなぁ。固めの音で低音弦をガツガツ刻んでいるんですが、その規則正しいビートは途切れないしブレないし、楽曲はシティ・ブルース風ですが、そのノリにはやはり粘りのある南部のフィーリングが秘められております。

1900年前後(詳しい生年は不明)にルイジアナで生まれ、小さい頃からギターを持って唄っていたミニーさん。そのまま人口の多いメンフィスに流れて、そこで人気を博したかた”メンフィス・ミニー”。

人気も実力も確かだった彼女は、1930年代にはすぐに大都会シカゴに移住して、並み居る人気ブルースマン達と競い合って、その中で更に人気をかっさらっていたんだとか。

この”フードゥ・レディ”は、正にそんなミニーさんが、シカゴへやってきてすぐの頃から、最も勢いがあったとされる時期の音源をベストな選曲でまとめたものです。

洗練と泥臭さ、可憐さと逞しさが、どの曲どの演奏の中でも絶妙なバランスを取りながら渋い光沢を放っている彼女のブルースは、性別抜きにしても戦前ブルースという”人と違ってなんぼ”の世界の中でも一際個性的であります。




ブルース入門編 〜初心者のための優しいブルース講座〜



『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 20:07| Comment(0) | TrackBack(0) | ブルース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする