ディープなコラム こちらにも書いてます♪

2017年08月06日

マディ・ウォーターズ The Complete Plantation Recordings

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Muddy Waters/The Complete Plantation Recordings
(Chess/MCA)


小説や漫画とかで、いわゆるスピンオフというやつですか。主人公達の物語が始まる前の世界を書いた作品というものがありますね。あぁ、この出来事が原作のあの場面に繋がっていくんだ。とか、主人公の師匠の若い頃はこんなだったんだ・・・とか。

そういう風に、どんな物語も「それ以前のストーリー」というものがございます。

それは音楽の世界でも同じで、偉大なミュージシャンとか、巨人とか帝王とか呼ばれるようなアーティストにも、下積みやブレイク前の時代というものがあるわけですね。

ブルースの世界で「とてつもない巨人」といえば、これはもうシカゴでエレクトリックなバンドブルースの時代を切り開いたマディ・ウォーターズです。ギラギラに黒光りするエレキギターのスライドを弾きながら、貫禄いっぱいに野太くブルースを歌う王者マディ。

そもそも歌がどうとかギターがどうとか、そんなことよりも彼の内側から湧き出てくる膨大な質量のブルースの凄味、その底無しの説得力に、アタシらはもう息を呑んで圧倒されるしかないのですが、もちろんそんなマディも、シカゴに出てくる前はミシシッピの片田舎の農場で週末にギターを弾き、サン・ハウスやチャーリー・パットン、そしてロバート・ジョンソンといった先輩ブルースマン達がやってくると嬉々として演奏を聴きに行き、その歌の表現やギターの演奏法を見て学んでいた時代というのがあったんです。

1942年のある夏の日、ミシシッピ州のストラーヴァル・プランテーション(農場)に一人の紳士がやってきました。

彼の名は民俗学者アラン・ロマックス。

父のジョン・ロマックスと共に、主に政府や連邦議会図書館からの依頼を受けてアメリカ全土を旅しながら、各地に暮らす様々な人種の音楽をレコーディングしていたアランは、今回も国会図書館から

「南部の黒人音楽をレコーディングしてきてほしい」

という依頼を受けたのでした。

アランはこの時、当初からその噂を耳にしていた人物のレコーディングをしようと、その男を探しておりました。

その男の名はロバート・ジョンソン。

「とてつもなくギターが上手い」

「悪魔に魂を売った男だから関わらない方がいい」

「どんな曲でも一度耳にしたら弾けてしまう不思議なヤツだ」

ミシシッピ周辺の酒場やジューク・ジョイントに行けばロバート・ジョンソンの噂がささやかれ、それはロマックス親子のニューヨークのオフィスにも南部から届いてきておりました。

その亡霊のような不思議な存在感を持つブルースの化身のような男の声を、アランは何としても歴史の記録として残しておきたかったのですが、南部に入り、ミシシッピで聞き込みをしている時に

「旦那、ロバート・ジョンソンを探してるんだって?生憎だがヤツは死んだよ。・・・殺されたんだ」

というショッキングな事実を聞かされます。

「何だって!?ちくしょうせっかくレコーディングに来たのに・・・」

と、ガックリのアランでしたが、親子二代で培った”探し屋稼業”の血が、彼を手ぶらでニューヨークにすごすごとは帰らせませんでした。

それならロバート・ジョンソンのようなスタイルでブルースを歌うヤツを探し出してソイツを録音してやろう!と、執念を燃やしたアランは周辺で更に聞き込みを開始。

「あぁ、そういうヤツやら一人いるね。ストーヴァル農園に行ってみな、マディ・ウォーターズって呼ばれてる男がいいスライドを弾くぜ」

という情報をようやく得て、勇んでその農園に車を走らせたアラン。

農場の食堂で、周囲の「誰だ?」「警察か?」「密造酒のガサか?」という警戒の目に晒されて待っていたところに、がっしりした体格の、やたら風格のある一人の男が入ってきます。

「おい、何か妙な旦那がお前を探してるって・・・」

「何だって?」

「レコーディングがどうとか言ってるんだが、よくわかんねぇ。とにかく面倒はごめんだぞ」

「・・・あぁ」

そんな感じでヒソヒソと若いモンと話してアランのテーブルにその青年はゆっくりと腰掛けました。

「ようこそ旦那、俺の名前はマッキンリー・モーガンフィールド。ここいらじゃ”マディ・ウォーターズ”って呼ばれてるちったぁ知られたギター弾きでさぁ。で、今日は何の用ですかい?」

南部黒人の皆がやっているようにうやうやしくへりくだり、しかし警戒の目と威圧感を緩めない、一目で”できる男”の貫禄を、全身とその態度から漂わせている若き日のマディに、アランは「あぁ、コイツはタダ者ではない」と直感したアラン。

持参したギターを見せて「まぁ一杯どうだ」とバーボンを勧めながら丁寧にレコーディングをしたい旨を話しました。

密造酒の取り締まりか、身に覚えのない犯罪の嫌疑だろうと最大限に警戒していたマディは、アランの持ってきたギターとその真摯な説明を聞いてようやく警戒を解き、杯を重ねつつ生い立ちやブルースのことなど、アランの事細かい質問に、しっかりした言葉と態度で丁寧に答えたといいます。

都会からやってくる白人の音楽関係者も、最新式の録音機材(SP盤)も、マディにとっては生まれて初めて目にするものでありました。





【収録曲】
1.Country Blues(version1)
2.Interview #1 -
3.I Be's Troubled
4.Interview #2
5.Burr Clover Farm Blues
6.Interview #3
7.Ramblin' Kid Blues
8.Ramblin' Kid Blues
9.Rosalie
10.Joe Turner
11.Pearlie May Blues
12.Take A Walk With Me
13.Burr Clover Blues
14.Interview #4
15.I Be Bound To Write To You(version1)
16.I Be Bound To Write To You(version2)
17.You're Gonna Miss Me When I'm Gone(version1)
18.You Got To Take Sick And Die Some Of These Days
19.Why Don't You Live So God Can Use You
20.Country Blues(version2)
21.You're Gonna Miss Me When I'm Gone
22.32-20 Blues


そんなこんなで1941年4月、後にシカゴ・ブルースのボスマンとなり、ブルースの歴史を大きく変えたマディ・ウォーターズの初めてのレコーディングが、農場の食堂で行われました。実にこの時マディ・ウォーターズ28歳。

もちろんこの時点でマディはシカゴに出て音楽で生計を立てることなど考えておらず、アラン・ロマックスもまた、この男が後にブルースを代表する大スターになるなんて思ってもおりませんでした。

もちろんこの頃のマディは、近隣では名が知れ渡ってるとはいえ、昼間は農作業に勤しむアマチュア・ミュージシャン。

アランもまた、レコード会社の人間ではなく、レコーディングの目的はあくまで

「南部の日常に生きる黒人音楽をありのまま、資料として記録すること」

でした。

しかし、これが結果として大成功でした。

マディのスタイルは、ロバート・ジョンソンというよりもむしろ、更に前のサン・ハウスやチャーリー・パットンからのストレートな影響が濃厚な、タフで野太い純正デルタ・ブルース。

セッションはアラン・ロマックスによるマディのインタビューを挟んでの弾き語りに始まって、当時コンビを組んでいたギター&フィドル奏者サン・シムズをメインにしてのストリング・バンド形式のものや、チャールズ・ベリーのセカンド・ギターを付けたものなど、実に戦前のミシシッピ・デルタ地帯で日常的に歌われ、演奏されていたであろうブルースやバラッド(ブルース以前のフォークソング)の見本市のよう、バラエティ盛りだくさんの内容であります。

弾き語りでは後のヒット曲となる「l
Feel Like Going Home」や「l Can't Be Satisfied」の元になる演奏が聴けるだけでなく、エレキ持ってバンド組んで以降は"ここ一発"のリフやソロの時にタメて斬り込むスタイルになったギターが、アコースティックでは唄のバッキングを、パーカッシブなサン・ハウス・スタイルでガツガツ弾かれているところに注目してド肝を抜かれてください。

当たり前ですがマディ、ギター凄まじく上手いです。


そして「リアルな戦前ミシシッピ・ブルース」という意味では中盤のサン・シムズを中心にしたセッションが素晴らしい。

曲調はのどかで牧歌的ですらあるのに、演奏の冒頭からガラの悪い掛け声、これが演奏中にも度々出て来て、なんというか雰囲気最高なんです。

戦前ブルースといえば、戦後のフォーク・ブルース・ムーヴメントの折に再発見された人達の、渋かったり飄々としてたりのイメージから、何となくのどかで静かなイメージを勝手に抱いてましたが、このガラの悪さ、音だけじゃなく罵声奇声でガンガン煽りまくる演奏スタイルに

「あぁ、やっぱりブルースは昔からヤクザな連中のヤバい音楽だったんだな」

と、嫌でも納得してしまいます。

ちなみにサン・シムズは、戦前はチャーリー・パットンの相棒としてコンビを組んでいた人で、演奏中にガヤやセリフを言うことの多かったパットンとは、即興の掛け合いでもって、今で言うフリースタイルのようなガヤ芸をジューク・ジョイントでしょ炸裂させてたんでしょう。うん、ガラ悪くて最高です。


映画『キャデラック・レコード』は、マディのこのレコーディングの場面が出て来て、この時の録音盤でマディが初めて"自分の声"を聴いて、音楽で身を立てる決意をしてシカゴへ旅立った、という描かれ方をしています。

事の真偽はともかく、マディはこのレコーディングの後すぐにシカゴへ出ております。

もし、ロバート・ジョンソンが死んでおらず、マディがアラン・ロマックスと出会わず、レコーディングが行われてなかったらブルースの歴史は戦後まるで違う展開になっていたでしょう。




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2017年07月08日

ジミー・リード アイム・ジミー・リード

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ジミー・リード/アイム・ジミー・リード
(VeeJay)

みんな、うだるような暑さと湿気が絶好調な夏に聴きたいものといえばやっぱりレイジーでダウナーなブルースだよね♪

・・・ん、かなりの数の「いや、それは違う」という声も聞こえたような気もしますが、気にしない、気のせいです。話をつづけましょう。

今日みなさんにご紹介するのは、ぜひとも扇風機の前でビールでもやりながらシャツのボタンを5つほど外してダラダラ聴いて頂きたいブルースの代表格、ジミー・リードであります。

音楽の歴史に大きな足跡を残し、今なお世界中からリスペクトされている”ブルースの巨人”たとえばマディ・ウォーターズ、B.B.キング、ハウリン・ウルフ、ジョン・リー・フッカー、ロバート・ジョンソンなどなどなど・・・そういう名前が挙がる人達に比べたら若干知名度は劣るかも知れませんが、実はコノ人、楽曲のカヴァーされ具合、究極的に影響を受けたローリング・ストーンズ経由で、その後の音楽に与えた影響度という意味で、そんな巨人達を凌ぐほどのものなのであります。

実際にジミー・リードは、ブルースの歴史上屈指のヒットメイカーです。

覚えやすいメロディに単純明快な歌詞、そして”ダウンホーム・スタイル”と呼ばれる泥臭さを感じさせるレイジーな曲調、あんまり声を張り上げず、ゆったりまったりの語り口調のようなヴォーカル。

何よりも曲のほとんどがですね、例のブルースといえばの「ズッズジャッジャ、ズッズジャッジャ」のウォーキング・ビート”だけ”で成り立っていて、曲の違いといえば、コレがユルいか遅いかぐらいなんですね。

コノ人の辞書には「速い」とか「魂絞る」とか「頑張る」とかいう文字はないのでありまして、大体がコノおっさんは「酒が飲めりゃなんでもいい」ぐらいの筋金入りのドランカーなんですね。

まぁブルースマンなんて大体そんな人間ばかりなんですが、演奏に支障をきたすぐらいのレベルを常にキープしていた(エンディングや間奏のタイミングを決めないでずっとダラダラやってるからメンバーが勝手に決めてたとか、ライヴ中歌詞が出てこないぐらい当たり前なので、ちゃんと奥さんが横に立ってて、歌が止まったら耳元でその都度ささやいたとか、まぁザラです)のは、コノ人とテキサスのスモーキー・ホグぐらいだと伝説になってるぐらいのへべれけです。

だからその性格と性質上、気合いを入れて激しく演奏するなんてコノおっさんは出来なかったし、そもそもやる気がなかった。でも、人間というのは何が成功に繋がるか分からないというのは、この人の書く曲が、1950年代から60年代、それこそロックンロールの波に押されてブルースが軒並み勢いを失いかけていた頃に、ロックンロールを聴く若者から

「オーイェー、ジミー・リードの曲はロックンロールみたいなブルースだよな♪」

と、若者に大いにウケて、出す曲出す曲どれもヒットしていたこと。

ミシシッピからシカゴに出てきて、とりあえず食うためにカタギの仕事を転々としていたジミーなんですが、若い頃から大酒飲みで、田舎にいた頃からハーモニカとギターに多少の心得があるもんですから

「なんかこー夜は毎日呑んで昼の仕事したくねぇな、そうだ、ブルース唄ってメシが食えればいいんじゃね?」

と、実に適当なことを思い付いて

「今シカゴで一番売れる可能性のあるレーベルってどこ?あ?チェス?マディ・ウォーターズとかハウリン・ウルフとかリトル・ウォルターとかいんの?オレ、3人ともカッコイイなぁ、憧れるなぁって思ってたんだよ、じゃあそこに売り込みに行こう」

と、これまた実に適当に思い付いてチェスに行くのですが

「あー、ごめんね。ウチはマディとウルフとリトル・ウォルターでいっぱいいっぱいなんだ」

と、あっけなく追い返されます。

ここでガックリ来たジミーでしたが、ライヴで一緒に演奏するメンバーで、ドラムを叩いていたアルバート・キングというでっかい男が

「えぇと、今から出来るみたいなんだけどヴィー・ジェイってとこがあるんだと。そこに行けばいいんじゃね?」

と、新興のインディーズレーベルのVeeJayレコードを紹介し、ジミーはそこへ。で、まんまとレコーディング・アーティスト第一号となって、更に「まさかそんなに売れるとは思ってなかった」ヴィージェイのドル箱の看板ブルースマンとして快進撃を続けることになります。

えぇ、このVeeJay、後にジョン・リー・フッカーとか、ジャズのウィントン・ケリー、リー・モーガンとか凄いアーティスト達が60年代に結構な量の作品をレコーディングするんですが、その資金を稼いだのはほとんどジミー・リードだと言っても過言ではありません。ウィントン・ケリーの名盤「枯葉」や「ケリー・グレイト」をいいねと思って聴いているジャズファンの方、いらっしゃいましたらジミー・リードに感謝してください。

さて、皆さん気になることがあるでしょう。

そうです「ジミーにVeeJayを紹介したアルバート・キングというドラマー」なんですが、はい、あのアルバート・キングです。

アルバートはその頃ジョン・プリムという人のバンドにいて、彼がギタリストなもんだから、とりあえずまぁ叩けはするドラムをやってたんですね。で、ジミー・リードと知り合って

「オレのバックで叩いてくれよ」

「うん、いいけどオレ、本業はギターだからドラムはシャッフルぐれーしか叩けねーよ」

「あぁ、オレはそういう曲しかやらねぇからいいんだよ」

と、アッサリ決まったんだそうです。

後に

「ジミーはアイツぁ仕事中なのに酒ばっか呑んでライヴもレコーディングも全然真面目にやんないから辞めた」

と、怒ってバンドを脱退してます。あぁブルース・・・。




【収録曲】
1.Honest I Do
2.Go On to School
3.My First Plea
4.Boogie in the Dark
5.You Got Me Crying
6.Ain't That Lovin' You Baby
7.You Got Me Dizzy
8.Little Rain
9.Can't Stand to See You Go
10.Roll and Rhumba
11.You're Something Else
12.You Don't Have to Go


ジミー・リードの話をしてたら、もうそんなのばっかダラダラ出てきてしょうがないので、アルバムを紹介します。

ジミーは1958年からVeeJayが倒産する1966年までの間に実に10枚のアルバムをリリースしてますが、大体どれも一緒です。「ズッズジャッジャ、ズッズジャッジャ」のシャッフルに「ほぇぇ〜、ほえぇ〜ん」とヴォーカルが入り、ややへにゃったギターに首からホルダーでぶら下げたハープが良い感じにイナタく鳴り響くと。

ワンパターンもいいところで、最初聴いた時は「何これ飽きるんじゃないか!?」と思ったけど、不思議と何十年聴いてても飽きません。ローリング・ストーンズはこの人のダル〜なビート感覚とひなびたサウンドの何ともいえない持ち味を徹底して研究して、キッチリカッチリしたのが身上の英国ロックに大きな風穴を開け、ミック・ジャガーに至ってはヴォーカルのヨレ具合まで完全にモノにしている感がありますが、じゃあお前はローリング・ストーンズのメンバーぐらいジミー・スミスを好きなのかと言われたらちょっと自信がありません。

何故ならコノ人の音楽は聴き手に「オレのブルースを聴けぇえ!」と強烈に迫ってくることもなければ、聴き手を一発でノックアウトしてやろうとかそういう野心めいた、いや、悪魔めいたところが実に希薄で「うん、聴きたきゃ聴けばいいよね〜」と、淡々と飄々としている”だけ”なんですよ。でも聴いちゃう、気が付けば何か聴いちゃってる。

困ったなぁ、音楽的なことを真面目に解説しようとすればするほど、この人のユル〜いブルースは、そういう知識や言葉をうにゃうにゃとすり抜けてしまう。そういう人なんで皆さんどうかひとつよろしく。






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2017年06月24日

ジュニア・ウェルズ サウス・サイド・ブルース・ジャム

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ジュニア・ウェルズ/サウス・サイド・ブルース・ジャム
(Delmark/Pヴァイン)

季節は夏、湿った重たい夜の空気にからみ付きブルースが歌う。

ベランダから真っ黒な空を眺めると、雲の向こうにある月がぼんやりと鈍い光を放つ。背中からは「ドン、ドドッ・・・」と、まるで砂袋を殴りながら引きずっているかのようなビートを刻むドラムが、この夜に果てなどないことを訥々と語っている。

突如、狂ったように鋭利なギターが宙を切り裂く。剥き身の刃のようなストラトキャスターの音はバディ・ガイだ。1960年代から70年代のシカゴで、全米各地からの移住者を受け容れて急激に人口が増えていた”最も治安の悪い地区”サウスサイドで、今や知らぬ者はいない若きギタリスト。

夜な夜な盛り場に繰り出す不良達の間では今、この街の若いヤツらの中で、誰が一番ヤバいブルースができるか?ということが話題になっている。

テキサスからやってきて、B.B.キングばりの巨体とよく歌う豪快なスクィーズ・ギターでみんなの心をかっさらったフレディ・キング。気分にムラがあってノらない時はさほどでもないが、一旦ハイになると誰も寄せ付けない凄まじいプレイをするサウスポーのオーティス・ラッシュ。

あるいは隣のウエスト・サイドで急激に名を売り出していた、イカシたギター・テクニックとサム・クックのようなエモーショナルなヴォーカルで、どんなクラブだろうと独断場にしてしまうマジック・サム。または他の連中とはちょっと違った、ジャジーでスカした感覚が最高にヒップなフェントン・ロビンソン・・・。

ブルース、R&B、そしてジャズ。あらゆる黒人音楽の猛者がひしめくシカゴで、ノリにノッている連中の名前を出せば、コイツらの名前は必ず挙がり、そこに集まった大体のヤツらはひとつひとつの”ヤバさ”をハイになって語りながら、互いに「あぁそうだ」と深く頷き合うのだ。

そして”シカゴ1キレたギターとヴォーカル”のバディ・ガイと、重くヒリヒリとした緊張感を孕んだブルース・フィーリングと、ジェイムス・ブラウンから大きく影響を受けた斬新なR&Bのノリを自在に操るヴォーカル&ハープのジュニア・ウェルズが最近コンビでツルんでいるらしいということも、他聞に漏れずサウスサイドの不良達の間ではハイな話題の中心だった。

このコンビのことは、クラブでのステージ以前に1965年に地元サウスサイドにあるレコード・レーベル”デルマーク”で録音された「フードゥーマン・ブルース」というアルバムで広く知られていた。

イギリスから海を渡ってきたロックが、親と慕うブルースを模倣して、また実際に往年のヒットチャートを賑わせていたマディ・ウォーターズ、ハウリン・ウルフ、ボ・ディドリー、そしてチャック・ベリーといったブルースの伝説たちを再び世に引っ張り出して脚光を浴びさせていた頃、彼らより若い世代のウェルズやバディは、そんな流れに真っ向から対抗するように、よりブラックなノリと勢いに溢れたR&Bから多くを取り入れ

「オレたちにしか出せない新しいブルースの音」

を、それぞれ必死で模索していた。

故に「フードゥーマン・ブルース」は、当時のロックにはないスカスカな音で、ブルースを極限まで研いで研いで、その重い切れ味で元々のブルースファンは元より、多くのロックファンに耳に斬り込んでそして虜にした名盤だ。

それからおよそ5年

ウェルズとバディはサウスサイドにあるデルマーク・スタジオにいた。もちろん久々のこのレーベルでのレコーディングをするために。

集まったのは2人の他に、シカゴでは最強のリズム・セクションとして知られていた”ジ・エイシズ”のギタリスト、ルイス・マイヤーズとドラマーのフレッド・ビロウ。当時バディのバンドでベースを弾いていたアーネスト・ジョンソン。

そしてマディ・ウォーターズの左腕として、素晴らしいピアノ・プレイと温厚な人柄で、マディのバンドにも、我の強い暴れん坊揃いのシカゴ・ブルース・シーンにもなくてはならない存在だったオーティス・スパン。

「オーティス、久しぶりだなぁ。ヨーロッパはどうだった?」

「悪くなかったね、まぁあんなもんだ」

「顔色が悪いぜ大丈夫か?」

「あぁ、ちょっとここんとこ調子が悪いんだがすぐによくなるさ。・・・はじめようか。今日はどうすんだい?」

「今日はセッションだ。普段やってるありのままの、オレ達のサウスサイドのタフなブルースだな」

「そいつはいいな」

録音マイクがオンになり、テープが周り続けているスタジオの中、男たちの談笑の声が響く。やがて誰かが楽器を鳴らし始めると、その空間には一気に緊張が走る。楽曲のほとんどはスローテンポの典型的なブルース。

しかし、異様な粘度で絡み付くリズム、重く叩き付けられるピアノ、それらに絡み付くウェルズの声とハープに緊張を溜めに溜めて一気に切り裂くバディのギター、それらの音の濃厚な存在感は、単純にスタジオでのお気楽なジャム・セッションの枠を大きくはみ出して時間と空間の中を黒々と塗りつぶしてゆく。

オーティスはこの直後に死んだ。レコーディングの時は既に肝臓をヤラレていて深刻な病状だったそうだが、あんな凄まじいプレイを目の当たりにしたメンバー達も、レコードを聴いたリスナー達も、誰もがそれを信じなかった。


真夏のベランダから夜空へ、鈍い月の光以外には何もない暗闇に、タバコの煙と追想が流れては消える。

今から45年以上前の音楽から狂おしいまでに漏れてくる異様な空気感の何とリアルなことか。









【収録曲】
1.Stop Breaking Dwon
2.I Could Have Had A Religion
3.I Just Want To Make Love To You
4.Baby, Please Lend Me Your Love
5.You Say You Love Me
6.Blues For Mayor Daley
7.I Wish I Knew What I Know Now
8.Trouble Don't Last Always


今日はちょっと趣向を変えて、文体をハードボイルド風にしてみました。

色々書いては消しましたが、このラフで凄まじくヘヴィなブルース・ジャムセッションを一言で形容する言葉は未だ見付かりません。








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2017年05月21日

バディ・ガイ フィールズ・ライク・レイン

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バディ・ガイ/フィールズ・ライク・レイン
(ソニー・ミュージック)

今やブルース界の長老として、後輩ブルースマンやロック・ギタリスト達からの絶大なるリスペクトを集めているバディ・ガイ。

元々が直情型のフレージングと、ピックを使ったアタックの強い、つまり「小手先のテクニックよりもエモーションばこーん!」なタイプでありますので、バディの場合はロック側からの人気は非常に高かったんです。

で、年代的にもストーンズの連中とかジェフ・ベックとかクラプトンとかとは、大体10ぐらいしかトシが離れておりませんので「尊敬する大先輩」というよりは「頼れるアニキ」って感じだったんでしょう。特に最近のライヴ映像なんかを観ると、ラフな格好で「やぁやぁどうもどうも」みたいな笑顔で出てきて、凄まじい弾き倒しを疲労してくれるバディを後輩達が「どうだ、アニキは凄いだろう」と、笑顔でプレゼンツしているみたいな、そんな気さくさ、フレンドリーさ、あと、インタビューなんかでの滲み出る人柄の良さに、アタシは何だか「あぁ、ブルースってとってもいいな」と思ってしまうのです。

そんな感慨は、特にバディが長い不遇の時代を経てカムバックした90年代以降のアルバムを聴いて湧いてきます。

ファンの皆さんには、シルヴァートーンからの復帰第一作「アイ・ガット・ザ・ブルース」が、名作として人気がありますが、その翌年にリリースされた2作目の「フィールズ・ライク・レイン」もなかなかいい。というよりも、ジョン・メイオール、ポール・ロジャース、ボニー・レイット、イアン・マクレガンなど、彼をアニキとしたう豪華なゲストに囲まれて、豊かに幅の広がった曲風の中で、和気藹々をやりつつも直情に火が点いたら猛烈に暴れまくる快演が聴ける、これもまた名盤でございます。

元より、ブルースマンとしては若い世代(シカゴ・ブルース第二世代とか言われておりまする)のバディは、デビュー当時からR&Bの影響を強く受けたミクスチャーなブルースをやっておりました。

この”元からあった音楽性の広さ”が、90年代には本人の感情コントロールの見事さも相俟って、実に良い塩梅で花開いておるんですね。特にロックサイドには、デカい影響を与えた側の当人が、ニコニコしながら強烈なギター・プレイをひっさげて迫ってきている感アリで、単純に「丸くなった」「落ち着いた」では済まされない凄みもあったりするんです。



(ギター・レジェンド・シリーズ)

【収録曲】
1.シーズ・ア・スーパースター
2.アイ・ゴー・クレイジー
3.フィールズ・ライク・レイン
4.シーズ・ナインティーン・イヤーズ・オールド
5.サム・カインド・オブ・ワンダフル
6.サファリン・マインド
7.チェンジ・イン・ザ・ウェザー
8.アイ・クッド・クライ
9.マリー・アン
10.トラブル・マン
11.カントリー・マン


アルバム全体の空気として「伸び伸びやって、キリッと締めてる感じ」がとても心ニクいんです♪

正統派モダン・ブルースの「シーズ・ア・スーパースター」「アイ・ゴー・クレイジー」で、まずはテンション高めの弾き倒しで健在ぶりを最高にアピールして、看板曲であります3曲目「フィールズ・ライク・ア・レイン」です。

この曲はそれまでとガラッと変わってバラード、しかもかなりキャッチーなソウル・バラードみたいな感じで、バディの声も抑揚が美しく、つい聴き惚れてしまいます。更にバックでコーラスとスライドギターの何とも優しいソロを弾いているボニー・レイットのプレイが光っております。

原曲は1988年にリリースされたシンガー・ソングライター、ジョン・ハイアットのポップス曲なんですが、コレは曲も素晴らしいですが、歌詞もいいんですよね。人生の辛酸や苦難は直接表現されていないけれども、美しい情景の中でしみじみと迫るものがある男と女の純愛を、バディが切々と、語りかけるように歌う素晴らしいバラード。

中盤から後半は、掛け合いも楽しい「サム・カインド・オブ・ワンダフル」(with.ポール・ロジャース)「チェンジ・イン・ザ・ウェザー」(with.トラヴィス・トリット)、転がるマンボ・ビートの上でギターがキュインキュイン鳴り響くイントロから、B.B.キングばりの変拍子で更にチョーキングを炸裂させる「マリー・アン」バディが敬愛するギター・スリムの、原曲にほぼ忠実な渋いカヴァーがあり、ラストは「トラブル・マン」「カントリー・マン」と、往年のキレもやっぱり衰えていない必殺のスロー・ブルースでシメ。

非常に聴き易いし、楽しい展開とグッと渋い展開の分かり易さで退屈させません。

改めて90年代のバディを聴いてると「何かブルース聴きたいな〜」というブルース初心者の方のピュアな欲求に優しく応えてくれるのはこの辺じゃないかなぁと思えてきました。とにかく最近のバディすごく良いよ。


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2017年05月17日

タジ・マハール Taji Mahal

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タジ・マハール/Taji Mahal
(ソニー・ミュージック)


さて「ブルース」といえば、今やポピュラー・ミュージックの中のひとつでありますが、一方でアフリカン・アメリカンが小さな頃から周囲の演奏を見聞きして覚え、それが自然と身に付いてゆく、或いはそれが自然と身に付く環境で生まれるものであります。

のっけからちょっと専門的な物言いですいません。えぇと、何が言いたいのかと言うと、ブルースって音楽は、ポピュラー音楽でありながら、人種のるつぼである比較的若い国アメリカに住む、アフリカ系の人々の民俗音楽みたいな側面もあるんじゃないか。ということであります。

例えばマディ・ウォーターズやB.B.キングら大御所のインタビューとかではよく

「ちっちゃい頃から綿花畑で働いてたんだ、作業をしながらみんなで唄ってたアレがブルースだったんだなァ」

とかそういう話をします。

つまりアメリカ南部で生まれ育ち、物心付いた頃には周囲の生活の中でブルースが溢れ、それを聴いてくうちに覚えてブルースが歌えたり演奏したり出来るようになったんだ。と。

1950年代ぐらいまでシーンで名を馳せたブルースマン達のほとんどは、そういったコミュニティで生まれ育ち、大人になるとシカゴやデトロイト、或いは西海岸などに移住してその地でブルースの新しいスタイルを切り拓いていきました。

で、今度はブルースが上ってきた都市部で生まれ育った世代のブルースマンになると、上の世代から教わったブルースのダイレクトな影響に、リアルタイムで流れていたヒットチャートのR&Bが加わったり、60年代になるとソウルやロックなど、コミュニティの外にあるメディアからの音楽が、黒人青少年達にどんどん影響を与えるようになるのです。

本日ご紹介するのはタジ・マハールであります。

タジは、ブルースを演りながらもその出自はいわゆるブルース・コミュニィの外にありました。

お父さんがジャズ・ピアニストでお母さんは学校で先生をしながら教会でゴスペルを唄っていた音楽一家に生まれますが、家庭は比較的裕福で、タジも学校成績がよく、何と地元マサチューセッツの大学に進学して1964年に卒業するまで獣医師の勉強をしておりました。

いわゆる「ガキの頃からブルースまみれで」といったタイプではなく、ここまではいわゆるフツーの「都会の大学生」だったんですね。

大学を卒業したタジが「とりあえずプラプラするため」に目指したのは、西海岸の大都市ロサンゼルスであります。

ここは各地からインテリ達が集まって、政治や文化芸術に関する熱いディスカッションで熱気を帯びていた街。或いは単純に”面白いこと”を求めて集まってくる、一風変わった若者達もたくさんおりました。

インテリであり一風変わった若者であったタジは、ここで似たような仲間と出会うのですが、その中の一人にライ・クーダーがおり、意気投合した二人はバンドを組みます。

元々両親の影響で、ジャズやブルースやゴスペル”も”聴いてたタジと、当時の典型的な音楽好きの白人、つまりブルースやR&Bに異様な関心を持っていたライの二人は、互いにセッションや音楽についての会話をしながら、互いの腕を磨き才能をグイグイ引き出し合っていきます。

二人が目指したのは「ブルースを思いっきり土台にした、全く新しい感覚のロック」であり、その目指すところは一定の支持を集めて二人のバンドはメジャー・レーベルと契約しましたが、せっかくレコーディングしたアルバムが何故か日の目を見ることなくバンドは解散。それぞれがソロとしての活動へと足を踏み出すことになります。

それからの二人は言うまでもなく、ライ・クーダーの方はアメリカを代表するスライド・ギターの名手として、今やロックファンでは知らぬ者はいないぐらいのビッグネームになります。

一方タジの方は、ソロ・デビューしばらく後はブルースロックをやっておりましたが、徐々に自らのルーツの探求へとのめり込み、アコースティック・ギターによるカントリー・ブルースの素晴らしさを世に広めるとともに、カリプソ(タジの父親はジャマイカ出身でありました)ハワイアンなども幅広く手掛け、今は「すげぇ渋いアコースティック・ブルースとワールドおじさん」として知られ、更に90年代以降デビューした若手ブルースマンのバックアップにも精力的であります。

アタシがタジのことを知ったのも、弾き語りカントリー・ブルースのビデオでの解説者としてです。

そのビデオの中で

「ブルースというのはこういう歴史があるんだ」

「次は誰々なんだけど、彼のスタイルはこういった感じで・・・(と、おもむろに持っているアコギを爪弾く)」

といった彼の優しく丁寧な解説は、アタシにとってもブルースの素晴らしい玄関口でありました。




(ギター・レジェンド・シリーズ)

【収録曲】
1.リーヴィング・トランク
2.ステイツボロ・ブルース
3.チェッキン・アップ・オン・マイ・ベイビー
4.エヴリバディズ・ゴット・トゥ・チェンジ・サムタイム
5.E.Z.ライダー
6.ダスト・マイ・ブルーム
7.ダイヴィング・ダック・ブルース
8.セレブレイテッド・ウォーキン・ブルース

さて、アルバムの解説に移りましょう。

タジのソロ・デビュー作は1968年のリリースであり、ラッキーなことにデビューの年にローリング・ストーンズが主催するイベント「ロックンロール・サーカス」に招かれ、好評を博してタジの名と、彼がその頃やっていた”アメリカ産の新しいブルースロック”は、イギリスのブルースファン(めちゃくちゃ気合い入ってた)やミュージシャン達に喝采と共に迎え入れられ、タジの方がストーンズやエリック・クラプトン、それからサザン・ロックの雄、オールマン・ブラザーズに与えた影響が実はものすごくデカいんじゃないかと言われております。

はい、このファースト・アルバムを聴けば、彼が如何にその後のアメリカ、イギリス双方のロックに刺激を与えていたかがとてもリアルに体感できるのでありますよ。

スリーピー・ジョン・エスティスやブラインド・ウィリー・マクテル、ロバート・ジョンソンなど、戦前に大きな足跡を残したブルースマン達の楽曲を大胆にロック・アレンジのバンド・サウンドでガツーンと演奏しているんですが、コレが実にけれん味がなくて、すごく真摯な感じに演奏されております。

タジはギタリストとしても優れた腕の持ち主ですが、ここではリードギターのほとんどを、ジェシ・エド・デイヴィスに任せ、サイドギターを実はしれっと「RYLAND P.COODER」という名前(多分本名?)で参加しているライ・クーダーとビル・ボートマンに任せ、自分は実に渋いヴォーカルとブルースハープに洗練しています。

1曲目からいい味出しているタジのハープ、すごく味わい深くてコレだけでグッとディープなブルース感が出ているんですけど、演奏の中心になっているのはジェシ・エド・デイヴィスのリードギター。

チョーキング炸裂のスクィーズ・ギターもスライドも、厚みのある豊かなトーンでグイグイ攻めるように弾いております。ここでの彼のプレイは「ブルース弾くロックの人のベスト」と言っていいでしょうね。うん、言っちゃう♪

アルバム全体が活力のあるへヴィ・ボトムなブルースロックの教科書みたいな、素晴らしい作りであり、コレ聴いて夢中でコピーした同年代のロッカーはいっぱいいただろうなと思います。

例えば「スティツボロ・ブルース」は後のオールマン・ブラザーズの人気曲ですが、そのアレンジの原型をここに見ますし(ジェシのスライドもギュインギュイン唸ってますよー)、「E.Z.ライダー」「ダイヴィング・ダック・ブルース」は、ジョニー・ウィンターがそれぞれこのアルバムのアレンジをモロお手本にした演奏を残してます。



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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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posted by サウンズパル at 19:49| Comment(0) | TrackBack(0) | ブルース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする