2019年06月11日

ホップ・ウィルソン スティール・ギター・フラッシュ!

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Hop Wilson/Steel Guitar Flash!
(Ace)


大体アタシは珍しいもの好きなので「変わった楽器を使うアーティスト」というものに惹かれます。

ブルースや、古いアメリカン・ルーツ・ミュージックが好きになったきっかけというのも、たまたまテレビで観たカントリー・フェスティバルに出ていた人達が、バンジョーとかマンドリンとか、そういうロックとか現代の音楽ではまず見たこともないような楽器を持って楽しく演奏している姿に衝撃を受けたからであります。

それからしばらく経ち、一丁前に音楽のジャンルというものが何となく分かるようになってからは

「おほぉ!?このジャンルでそんな楽器使ってんの!?」

という興奮というのを覚えて好きになったりしたんですよ。

例えばエド・サリヴァン・ショーで「黒くぬれ!」を演奏している時に一人だけシタール持ってビョンビョンやっているブライアン・ジョーンズとか、バリバリの日本語ロックバンドなのに、ヴォーカルのヤツがトランペットも吹いて、キーボードのヤツがサックスを吹くレピッシュなんかもう最高ですよね。

そういう「あぁこれね、まぁこうだよね」という、アタシの内側にこだまする大っ嫌いな「あぁ」とか「まぁ」とかで始まる文章が纏う「知ってるつもりの上から目線」のようなものを、そういう意外な楽器というのは気持ち良ーく木っ端微塵にしてくれますね。えぇ、パンクなんです。

で、ブルースの世界には、何と主にハワイアンやカントリー、日本では昭和の時代の演歌なんかで使われるラップ・スティール・ギター、そう、あのテーブルに置いてあるような感じの、座ってスライドバーを滑らせてほわ〜んとかきゅい〜んとか弾くアレです。アレを使ってブルースを弾いた人がおるんです。


その人こそ、テキサスはヒューストンの黒人ゲットーが生んだブルース・ヒーロー、ホップ・ウィルソンであります。

この人を知ったのは、今(2019年)から23年程昔、アタシが本格的にブルースのCDを戦前/戦後問わず集めて聴こうと決心した頃にPヴァインからリリースされていた『ブルースの巨人』というベスト盤シリーズであります。

B.B.キングにジョン・リー・フッカー、チャーリー・パットン、ブラインド・レモン・ジェファソン、マ・レイニー、オーティス・ラッシュ、プロフェッサー・ロングヘア、それから先日紹介したマ・レイニーなどなどなど・・・。あらゆる年代あらゆるスタイルのブルース・レジェンド達の音源から選りすぐりの楽曲を集めた、本当に素晴らしいシリーズだったんですが、雑誌やガイドブックには必ず重要アーティストとして取り上げられ、レビューでも相応の字数を割いて紹介される、つまり当時初心者だったアタシのようなクソガキが見ても「お、名前は知ってる」となる巨匠達が居並ぶ中で、全く名前も知らなかったし、その『ブルースの巨人』シリーズのCDを目にするまでは、名前すら見かけた事もなかったのが、唯一ホップ・ウィルソンでした。


そう、ホップ・ウィルソンという人は、確かに知る人ぞ知る素晴らしい名手ではありますが、作品も少なく、生涯ほとんどヒューストンのゲットーから出るような事もなかった故に、60年代のブルース・リヴァイバルともロック・ミュージシャン達からの広い絶賛からも無縁だった、ほとんど幻のブルースマンだったのです。

そんなマイナーなブルースマンを『巨人』として紹介するPヴァインの侠気も素晴らしいですが、アタシは聴く前からもう、CDのオビに書いてある


場所はテキサス州ヒューストンのゲットー。そこでスティール・ギターで。泣きのブルースを歌った男がいる。あまりの緊迫感だ。


この言葉がズキュンと胸を打ち破って入ってきて「あぁこれはもうカッコイイに違いないだろうな」と思って、即CDを購入しました。きっとその時ブルースの神様(いやぁ悪魔かも知れんよね)が、アタシの耳元でささやいたんだと思います。


スティール・ギターといえば、さっきも言ったように、ハワイアンやカントリーなどで主に使われる、スライド専用の置き型ギターであります。

その音色はどちらかというとほんわかしていて、泥臭いブルースのギター・プレイというのは全く想像出来ません。

ましてや、帯に書かれてるような「緊迫感」なんて、聴いてないうちからはほんと「こんなだろうな」という音すら頭に浮かんで来ないんです。

そしてホップが活動していたテキサスという場所は、スティール・ギターが大活躍するウェスタン・スウィングというカントリーの一大勢力が、バンドスタイルで軽やかな疾走感溢れる演奏を楽しませてくれるところ。

そうか、よくあるドロドロの重たいリズムのブルースではなく、ちょいとカントリー寄りの軽やかなスタイルの中で、カントリーとはちと違う重さが何となーくあるようなスタイルのギターを弾く人なんだな、それならわかる、聴いてみるべ♪

と、軽い気持ちでCDをスタートさせてみましたら


・・・・違う!想像してたのとまっっっっったく違う(!!)


ホップ・ウィルソンのスティール・ギターは、ヘヴィーで乾いたビートにありったけの情念をぶちまけたような、正に王道テキサス・スタイルのモダンなブルースでした。

そのスライドは単音でソロを弾く時も、複数の弦を滑らせて、ヴォーカルのバックで響く時も、ハッキリとした存在感を示し、楽曲の中で際立っております。

構造上、スティール・ギターは手数の多い早弾きには向きませんが、この人の凄い所はそんなところじゃなくて、通常のエレキギターより太い弦を、高いテンション(張力)で張ってあるスティール・ギターの特性を利用した、ギュイーンという一音のケタ違いの強さと太さ。

そいつがとことん際立っていて、鳴り響いただけで全部を根こそぎ持って行くような、エグい心地良さがあるんです。

バックはあくまでテキサスの、乾いた質感のサウンドなので、シカゴブルースのようなヘヴィな”溜め”とはちょいと違います。

でも、軽快にシャッフルしても、洒落たフレージングをかましても、どこかべっとりと救いようのない情念が絡みついたまま走ってるかのような音はワン&オンリー。楽曲がいわゆる普通のモダンなスタイルのブルースだけに、ギターの異様さがかえって際立っているようなクセだらけのプレイは実に衝撃的であります。

そんなエグいギタープレイとは裏腹に、ほとんど濁らず張り上げず、淡々と内省の淵での独白を続けているような声もまたいいんですね。




STEEL GUITAR FLASH! PLUS

【収録曲】
1.My Woman Has A Black Cat Bone (Take1)
2.I Feel So Glad
3.I'm A Stranger
4.Be Careful With The Blues
5.I Ain't Got No Woman
6.My Woman Done Quit Me
7.Merry Christmas Darling (Take1)
8.Dance To It
9.Rockin' In The Coconut Top
10.Fuss Too Much
11.Why Do You Twist
12.A Good Woman Is Hard To Find
13.Rockin' In The Coconut Top
14.Need Your Love To Keep Me Warm
15.You Don't Move Me Anymore
16.I Done Got Over
17.You Don't Love Me No More
18.Toot Toot Tootsie Goo'bye (Part2)
19.Your Daddy Wants To Rock
20.Broke And Hungry
21.Always Be In Love With You
22.My Woman Has A Black Cat Bone (Take2)
23.I Met A Strange Woman
24.Need Your Love To Keep Me Warm
25.Love's Got Me All Fenced In
26.Chicken Stuff (Alternative Take)
27.Rockin' With Hop
28.That Wouldn't Satisfy
29.Chicken Stuff



1927年に生まれ、最初ハーモニカを吹いていたホップ・ウィルソンがスティール・ギターと出会ったのは、17才の時にお兄さんからプレゼントされてからと言います。

普通のギターじゃなくてスティール・ギターだったというのは、もう”たまたま”なんですが、そこから転向せず、ずっと弾き続けたというのが素晴らしく、彼はブルースでは恐らくたった一人の「スティール・ギター専門のプレイヤー」としてテキサス〜ルイジアナ近辺では人気を博しておりました。

第二次世界大戦による兵役で、背中に傷を負って帰って来てからは、相棒でありドラマーの、アイヴォリー・リー・セミアンとコンビを組んで、テキサスからルイジアナ近辺の黒人居住区にある酒場を根城としながら演奏を繰り広げ、なかなかの人気だったんですが、生涯のレコーディングは、1958年、60年、61年の3度のみ。しかも、いずれも黒人オーナーが経営するローカルなシングル専門レーベルでした。

ホップがヒューストンのゲットーからなかなか出なかったのも、大手やそこそこ知名度のあるレーベルとの契約をしなかったのも、他人、特に白人に対する絶対的な不信感があったからと云います。

具体的にどのような事があったのかは不明ですが、その怨念の渦巻いたかのようなギターと、内面へ深く潜り込むようなヴォーカルは、明らかに”何か”を抱え込んでいるであろうことは想像出来ます。

結局華やかな表舞台に立つ事はなく、終生ゲットーで肌の色を同じくする仲間達のためだけにブルースを歌っていたホップ・ウィルソンは、1975年に肺炎のためひっそりとこの世を去りました。

本日ご紹介したCDは、数少ない音源の楽曲を22曲も網羅した、今のところ決定盤と言っていい彼のベスト・アルバムです。




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”ブルース入門編 〜初心者のための優しいブルース講座〜”

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2019年06月08日

マ・レイニー ブラックボトル

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Ma Raney/Blackbottom
(Yazoo)


「ブルースは人を元気付ける音楽」

と、ブルースのアーティスト達や、ブルースに深く帰依する現代のミュージシャン達は言います。


ブルースは、アメリカの黒人の悲惨な歴史の流れの中で生まれ、その旋律はどこか憂鬱で、歌には悲痛な叫びが宿り、歌詞もまた生活の中での絶望や裏切り、儚い恋などが歌われております。

でも、いや、だからこそ、その心を揺さぶる歌や演奏を聴くと、自分の内側からこう、理屈では説明できない活力のようなものがグワー!っと湧いてくるのを感じます。


それはもう本質的な”業”としか思えないものを背負わされつつも、時にしんみりと噛み締めるように歌われながらも「そんな辛いことも笑い飛ばそうぜ」と、ゴキゲンにブギーしてジャンプする、ダンス・ミュージックとしても力強く進化してきたブルース。


良いですね、考えただけでこうジワ〜っときてワクワクしてきます。

アタシもそういえばブルースを聴く時ってのは、頭ん中がたくさんのモヤモヤでいっぱいの時。

ブルースという音楽がどんな風に素晴らしいのか、それはこのブログでひとつのテーマとしながらずーーーーーっと書き続けて行こうと思うのですが、まずはくだらないことで悩んだり、どうしようもなく行き詰った時、とりあえず何も考えずひたすらボケーッと聴いているだけで心と体のしんどい部分に染み込んで癒してくれるブルースという音楽を、まずは聴きましょう。

本日は、そんなブルースのお母さん的存在であります古のシンガー、マ・レイニーであります。


かつて、ブルースという音楽がレコードに吹き込まれて出回るようになったばかりの頃、主にレコードは都会に住む裕福な人達のための娯楽でした。

ブルースという音楽はもちろんそれ以前からありましたし、恐らくアメリカ南部で歌われたり演奏されたりしていたブルースは、ギターやバンジョーなどの手軽な楽器で演奏されるものも多かったと思います。

ところがやっぱりそんな南部でありのまま演奏されているような素朴だったり荒々しかったりするようなやつをレコードにして、購買層である裕福な人達は買うのかどうかという問題がありまして、「これがブルースですよ」という、ある種のわかりやすさと購買層を満足させるちょいとゴージャスな雰囲気というのが必要だったんですね。

そこでレコード会社やクラブの興行主達は、人気のジャズバンドをバックに、ドレスアップした女性シンガーが歌う「ブルース」の形を作ってそれを録音して売り出すことにしたんです。

悪く言えばこれは、ブルースに馴染みがない都会のリスナーのために演出や修正を施したものではあったんですが、一流のシンガーと一流のジャズバンドの組み合わせで歌われる洗練されたブルースが、音楽として悪かろうはずがなく、これがかえって都市に根付いた新しいブルースとして、独自の進化を遂げる過程で、ロバート・ジョンソンをはじめとする南部のブルースマン達にも影響を与えたりしておる訳です。

こういったクラシックなスタイルのブルースの中にあって、南部のフィーリングをタップリと漂わせ、気持ち良いエグさと共に不思議な哀愁を感じさせる声でもって、他のシンガー達とは明らかに一線を画していたのがマ・レイニーであります。

1886年、南部ジョージア州生まれのマ・レイニーは、メディスン・ショウ(旅の薬や日用雑貨売り)の芸人一座の子として、生まれた時から芸事にドップリでありました。

14歳の頃には既に舞台でショーの主役を張っており、その頃に同じ旅芸人一座のウィリアム”パ”レイニーと結婚し、それに合わせるように名前も”マ”・レイニーと改名。

彼女が「ブルースのお母ちゃん」と呼ばれる所以は、この芸名にちなんでの事ではあるんですが、ちょいと面白い話として「1902年に旅先で出会った少女が歌っていた歌を、自分のショウで取り上げて歌ったのが”ブルースがステージで演奏されたはじまり”と言われてる」なんていう話もあります。




Blackbottom

【収録曲】
1.Oh Papa Blues
2.Black Eye Blues (Take 1)
3."Ma" Rainey's Black Bottom
4.Booze and Blues
5.Blues Oh Blues
6.Sleep Talking Blues (Take 1)
7.Lucky Rock Blues
8.Georgia Cake Walk
9.Don't Fish In My Sea
10.Stack O' Lee Blues
11.Shave 'Em Dry Blues
12.Yonder Come the Blues (Take 1)
13.Screech Owl Blues
14.Farewell Daddy Blues


南部一帯では、その見た目通りの豪快で気風の良い歌いっぷりと、時に性的にかなりきわどいユーモアもたっぷり挟んだ歌詞や小芝居が大人気だったというマ・レイニー。

多くのシンガーが成功を求めて南部から北部の大都会へ移住し、大きなホールで歌う事を目標としていた時代でしたが、彼女はレコードが売れようが周囲に何をささやかれようが、活動の拠点を南部から移す事も、ゴージャスなナイトクラブやホールで歌う事にも特に何の思い入れも持たず、旅を続けながら南部の人達に向けて歌っておりました。

1923年から28年までの間、シカゴやニューヨークに出向いてレコーディングを行っておりますが、その録音もジャズバンドをバックにしつつ、バンジョーやギターなどを従えた南部で人気のストリングス・バンド形式のものも多く、そのサウンドは実にディープな味わいがあります。

今、世の中に出回っている彼女のアルバムは、どれもこの20年代に行われた音源からピックアップしたベスト盤のようなものですので、ジャケットや収録曲の多さとかで選んでも全然オッケーですね。

個人的にはその昔Pヴァインから出ていた解説付きの『ブルースの巨人』シリーズがとても良かったのですが、コチラは今廃盤ですので、ポップなジャケットと共に味のある選曲が素晴らしいYazoo盤のアルバムがオススメであります。

若き日のルイ・アームストロングやタンパ・レッドなど、戦前のジャズ/ブルースの凄い面々がしれっと参加しているにも関わらず、彼女の強烈な個性のバックで嬉々として”伴奏者としての仕事”しっかりとこなしているバンド・サウンド、それを完璧に従えて気さくな親しみやすさで、でもどこか深い哀愁が心を打つヴォーカル。

マ・レイニーは28年を最後にレコーディングからは遠ざかっておりますが、その後母親の面倒を見るために1934年に旅芸人としての活動を終えます。

その後は2件のクラブを経営し、1939年に55歳の生涯を静かに終えますが、その豪快で奔放な歌いっぷりは戦後のシンガー達に男女問わず影響を与え、人々の心に元気を与え続けております。











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2019年05月25日

マディ・ウォーターズ リアル・フォーク・ブルース

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マディ・ウォーターズ/リアル・フォーク・ブルース
(Chess/ユニバーサル)

立夏を過ぎ、ここ奄美はすかさず梅雨に入って、本格的な暑さの季節となっております。

梅雨と言ってもアレなんですよね、本土みたいにその期間しとしとジトジト雨が降っている訳ではなく、何日かガーッ!と降って、何日かはギラーッ!と晴れるのが当地の梅雨。

そもそもが年間通じて春秋冬とほぼ曇りか雨ザーザーの日が多い上に台風も来ますので、梅雨というものがどういうものなのか、未だに実感がありません。まぁその、夏の一部なのでありましょうな。

てなわけで夏とくればブルース聴くのが楽しい季節です。

ムワッと香り立つ熱気や泥臭さに溢れたディープなブルースを聴きながら、ブルースが産声を上げたアメリカ南部もきっとこうだったんだろうなとか、こっちの容赦なく照り付ける日差しを見ながら想像すると、脳が気持ちよくトリップして、まだ見ぬディープサウスへの旅に出かけやすくもなろうってものです。いや、こんなジリジリの暑さの中に聴くブルースってのは、寒い日に聴くよりも随分と臨場感がある。

という訳で本日はブルースとくればのマディ・ウォーターズ親分です。

マディ親分が根城に活躍していたのは、アメリカ北部のシカゴ。シカゴって所はとにかく寒い所らしいんですが、そんな寒い土地に故郷南部のモンワリした空気感というのを全開にしてブルースしてたのがマディという人でして、その音楽からは例外なくディープサウスの重たい熱気が感じられます。

先日は、日中ギラギラ照り付ける太陽の下、マディ・ウォーターズの『リアル・フォーク・ブルース』をずっと聴いておりました。

このアルバムは、チェス時代の超初期から60年代半ばぐらいまでの音源を集めたコンピレーションのうちの一枚なんですが、元々マディらブルースマンの音源というのは、当初のリリースは「レース・レコード」と呼ばれた安価なシングル盤のみであったため、どの曲もアルバムとしてまとめられたのはコレが最初なので、堂々たるオリジナル・アルバムと言って良いでしょう。

さて、この『リアル・フォーク・ブルース』は、1960年代のフォーク・ブルース・リヴァイバルのさなかにブルースの新しい購買層、つまり白人の若者層をターゲットに、続編の『モア・リアル・フォーク・ブルース』と共にマディ、ハウリン・ウルフ、サニーボーイ・ウィリアムスンという、当時のチェス・レコードを代表するベテラン3人のピックアップした企画として発売されました。

ここでも『フォーク』というのは、言うまでもなくアコースティックでのどかなフォークソング調のブルースをやっている訳ではなく、ニュアンスとしては

「泥臭いホンモノのブルースだぜ!」

ぐらいのものと思ってください。

当然収録されているマディの演奏は、50年代からシーンを揺るがしたバンド・スタイルでエレキをかましたディープな戦後シカゴ・ブルースであります。

録音年代は、1947年のシカゴに出て来てからの初レコーディング音源の楽曲(!)から、64年の脂の乗りまくった時期のものまで、各年代から幅広く選曲されております。






リアル・フォーク・ブルース

【収録曲】
1.マニッシュ・ボーイ
2.スクリーミン・アンド・クライン
3.ジャスト・トゥ・ビー・ウィズ・ユー
4.ウォーキング・スルー・ザ・パーク
5.ウォーキン・ブルース
6.カナリー・バード
7.セイム・シング
8.ジプシー・ウーマン
9.ローリン・アンド・タンブリン
10.40デイズ・アンド・40ナイツ
11.リトル・ジェニーヴァ
12.ユー・キャント・ルーズ・ホワット・ユー・エイント・ネヴァー・ハド


いやはやのっけから「キャー!」という歓声(っぽいバックコーラス)の炸裂に「I'm a man(オレはワルだぜ)」なキメの歌詞もカッコイイ『Manish Boy』から、興奮が最高潮に達します。

この曲が録音されたのは、それこそマディがシカゴ・ブルースの王者として君臨し始めた時期で、前の年には代表曲の『フーチー・クーチー・マン』がヒットし、ラジオでは連日マディの曲がかかりまくっていた時期の演奏ですね。メンバーにはリトル・ウォルターにジミー・ロジャース、ベーシストでありチェスのドル箱作曲家として大活躍だったウィリー・ディクソンという、初期の最強メンバーが揃って刺激的なサウンドと、ドス黒いグルーヴを放ちまくっておった頃の凄まじい熱気に満ちた演奏ですね。

マディ親分のブルースは、決してツッタカツッタカで走るような、ノリノリの演奏ではないんです。

どっちかといえばスローやミドルのテンポで、ひとつひとつの音を重く粘らせながら、豪放磊落な語りのようなヴォーカルをビートやスライドギターにエロティックに絡めてゆくスタイル。でも、この粘るビートに、聴く人の心臓にジワジワと火を点けて最終的に踊らせるような、素晴らしい”ノリの良さ”があるです。

特に50年代半ばから60年代にかけてのノセ方や、メンバーのサウンドをグイグイ巻き込んでの”間”をたっぷり活かした遠心力の強さには、もう言葉もありません。

1964年録音の『セイム・シング』なんかどうでしょう、この当時ロックを愛好する若い白人のファン達を、最初の1音から熱狂させていたというマディの存在感の凄まじさが、まるでライヴ盤みたいにリアルにきます。

そしてこのアルバムで忘れちゃいけないのが、超初期の40年代後半から50年代初頭の楽曲たち。


そもそもマディがミュージシャンとしてやっていこうと思ったきっかけが、まだミシシッピに居た1942年に国会図書館の民俗学資料用のレコーディングを「ロバート・ジョンソンの代わりに」行った↓がきっかけなんです。



上記『コンプリート・プランテーション・レコーディングス』は、後年のバンドスタイルでエレキをガンガン弾いているマディからは想像も出来ない程の素朴なスタイルです。曲によっては「お、マディ」と分かるのもありますし、情念の塊のようなスライドギターはこの当時から非凡な才能がほとばしっておりますが、ほとんどの演奏では敬愛するサン・ハウスやチャーリー・パットンといったミシシッピ・デルタの先輩ブルースマン達の奏法を忠実に継承しているものです。

大体ミュージシャンなんてのは若い頃はギンギンで歳取ってくると渋く枯れた味わいが出て来るもんなんですが、マディの場合は逆で、ベテランになってからのムンムンな味わいが凄い。

この”ムンムン”がどういう過程で生まれたかが分かるのが、ここに収録された超初期の音源。

バックにはこの頃の相方であるビッグ・クロフォードのベースのみ、もしくはそこにピアノやハーモニカだけ入るシンプル編成で戦前〜戦後のちょうど中間のようなデルタ・スタイルを堪能出来るのが、トラックで言えばADEGHJ辺り。

Gの『ジプシー・ウーマン』が一番古い1947年の音源で、残りも48年から50年。目玉はデルタ古典とも言える『ウォーキング・ブルース』や『ローリン・アンド・タンブリン』でありましょう。

バックがまだまだ伴奏の域を出ない分、マディのスライドのエグさはこっちの音源で堪能できます。特に裏打ちの激しいアフタービートで、その粗くひしゃげたサウンドとグルーヴが後年のR.L.バーンサイドらのパンクなミシシッピ・ブルースと直結する『ローリン・アンド・タンブリン』は、ブルース好きなら鼻血モノ。

聞く所によると、マディファンのほとんどの人が、大定番の『ベスト・オブ・マディ・ウォーターズ』でマディを知り、そこに収録されている数々の代表曲のカッコ良さに惹かれ、2枚目にこの『リアル・フォーク・ブルース』で完全にノックアウトされてハマるというパターンが多いようで、アタシもそのうやってマディにハマッた人だったりするんですが、確かにこの『リアル・フォーク・ブルース』と次の『モア・リアル・フォーク・ブルース』は「更に突っ込んだ内容」の選曲の濃さを感じます。













”マディ・ウォーターズ”関連記事


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2019年05月08日

スリーピー・ジョン・エスティス I Ain't Gonna Be Worried No More 1929-1941

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Sleepy John Estes/I Ain't Gonna Be Worried No More 1929-1941
(Yazoo)

先日ご紹介しました『スリーピー・ジョン・エスティスの伝説』は、今聴いても本当に素晴らしいアルバムで、何と言いますかブルースという音楽の、本当に削って削ってその一番内側にあるもののそのまんまが鳴っているような、そんな根源的なものを感じさせるアルバムなんですね。

根本的なものって何?と問われれば、そこはもう音楽である以前に、生まれて生きて、その中で会った嬉しい事とか悲しい事とか、そういった生活のリアルの物語、それに尽きるんじゃないかと思います。

色んな音楽があって、その中で詳しい人がいて、そういった人は詳しくなるにつれて知識や理論を深めて行って凄いなと思うんですが、ブルースに関しては、不思議と詳しい人との会話の中でも、変に知識や音楽理論的な部分に寄った話になりません。

大体「あのブルースマンはかっこいいよね」とか「あの人はこんな破天荒エピソードがあって・・・頭オカシイよね」とか、そういう話ばっかなんですよね。

あー、これはアタシがいいオッサンになっても多分お頭の中身が相応に成長してないってのもあるんでしょうが、やっぱりブルースって音楽には、そういう知識や理論以前に、聴いてる人の生きてる実感のようなものに直接そして強烈に作用するものを持ってるからなんだと思っております。

で、今日は皆さんに、そういった気持ちを更に高めて頂きたくて、2回連続でスリーピー・ジョン・エスティスをご紹介したいと思います。

スリーピー・ジョン・エスティスは、戦後60年代に再発見され、その時代のアコースティック・ブルースのムーヴメントの一翼を担う存在となり、何と日本にもコンサートで訪れてるんです。

その頃のエスティスのライヴは「いい感じのおじいちゃんが歌う、渋く枯れたブルース」という感じで実に味わいがあるんですが、元々は戦前のメンフィスやシカゴを、実にイキのいいポップなブルースで沸かせてた人でありました。

ブルースそんなによくわからない方には、ちょいとややこしい話になるかもわかりませんが、それには時代性と地域性ってのが関係しております。

実は戦前のアメリカ南部では、弾き語りでしんみりと歌われる「ブルース」よりも、歌とギターにプラスして、ハーモニカやマンドリン、フィドル(ヴァイオリン)なんかが入ったストリングバンドっていう形式のバンドがウケてて、そのバンドでやる音楽も、賑やかなダンス向けのやつのほうが、実は人気が高かったのです。

そして、エスティスの故郷テネシー州は、南部とその他の都市とを結ぶ交通の要衝、メンフィスという街があった場所で、終始様々な人が行き交うこの雑多な魅力に溢れた街では、必然的に「賑やかな音楽」の需要が高まっており、ここで”ジャグバンド”という独自の文化が生まれます。

ソロのミュージシャンとして有名なエスティスですが、演奏をする時は必ずハミー・ニクソンのハーモニカや、ヤンク・レイチェルのマンドリンなどを従えたバンド形式でやっておりました。それは戦前の南部、特にメンフィス近辺ではもう「お客さんを呼び込むための必須のスタイル」だったんですね。

地元バンドや旅芸人一座が、それぞれ趣向を凝らしたスタイルで競うように演奏していたメンフィス、そこでエスティスと仲間達はやはり頭ひとつ飛び抜けた存在として人気だったのでしょう。1929年には南部でレコーディングのためのスカウトをしていたビクターの目に留まり、翌年にかけてレコーディングを行います。

この頃のレコーディングやレコードのリリースというのは、本当にその場限りの契約だったので、レコード会社に所属してヒットを連発するなんてことは、よほどのスターでないとありませんでした。

それにミュージシャン達にとっては、一回いくらのレコーディングより、ギャラとは別に客からチップをもらったり、酒をおごってもらえる生演奏の仕事の方がよっぽど割のいい商売でした。

エスティス達は、更にいい仕事を求めて1934年に北部の大都会シカゴに移住します。

そして、ここでも彼と相棒達の軽快でシャレた感じの演奏は人気となって、翌年には大手デッカ・レコードから声がかかり、更に37年38年にはニューヨークでのレコーディングも行ったりと、実に順風満帆な成功街道をひた走ることになるのです。

が、彼らの南部直送のオールド・スタイルのブルースは、最初こそ都会でもウケましたが、40年代になるともっと洗練されてもっとゴージャスなフルバンド・スタイルのブルースにことごとくお株を奪われるようになり、その後の顛末は前回お話した通りです。

60年代のフォーク・ブルース・リヴァイバルで”再発見”されるまで、仕事もなく視力も失ったエスティスは、極貧生活の中であえぐことになってしまいます。



I Ain't Gonna Be Worried No More 1929-1941

【収録曲】
1.Milk Cow Blues
2.The Girl I Love, She Got Long Curly Hair
3.Someday Baby Blues
4.Little Laura Blues
5.Black Mattie Blues
6.Special Agent (Railroad Police Blues)
7.Broken-Hearted, Ragged And Dirty Too
8.Drop Down Mama
9.Street Car Blues
10.Lawyer Clark Blues
11.Whatcha Doin'?
12.Who's Been Tellin' You Buddy Brown Blues
13.Everybody Oughta Make A Change
14.Poor John Blues
15.Fire Department Blues (Martha Hardin)
16.I Ain't Gonna Be Worried No More
17.Diving Duck Blues
18.Down South Blues
19.Clean Up At Home
20.Floating Bridge
21. Working Man Blues
22. Airplane Blues
23. Stop That Thing



さてさて、流行がいくら移り変わろうが、戦後再発見後のエスティスのブルースがいくら悲劇的な説得力に満ち溢れていようが、戦前のエスティスの、明るくもどこかほんのりと”泣き”の香が漂うワン・アンド・オンリーの魅力が損なわれる訳ではない。

本日のオススメ『 I Ain't Gonna Be Worried No More 1929-1941』は、そんなエスティスが戦前に行った結構な量のレコーディングから23曲セレクトしたベスト・アルバムです。

エスティスの、特に日本での人気は根強く、亡くなるまでにライヴ盤を含め何枚ものアルバムが出されましたが、そんな70年代ですら、実は戦前のエスティスの録音がまとめて聴けるアルバムはほとんどなかったという訳で、このベストが復刻物では定評のあるYazooレーベルから発売されたのは、何と1992年(!)。

多くのブルースファンには「すげえ!エスティスってこんなだったんだ」と目から鱗の、ハリのある声とウキウキな演奏が、当時の人気を裏付ける、極めて純度とクオリティの高いリアル・カントリー・ブルースです。

内訳は一番古い1929年の録音がADFP、1930年のが@HJM、1935年がBGKOQS㉒㉓、1938年がELNR、そして戦前のラスト・レコーディングの1941年録音がCI㉑となっております。

年代が古いものはハミー・ニクソンやヤンク・レイチェルらと、どことなくのどかな南部の空気漂うバラッド(民謡)風オリジナルが素晴らしく、40年代のものはガツガツしたアタックの名手サン・ボンズらが、硬派なプレイを聴かせてくれます。

年代毎に違った伴奏が入ったりするので、雰囲気はそれぞれ微妙に違いますが、繊細ながらも張りと伸びのある甲高いヴォーカルが全くブレないカッコ良さで、これが素晴く、全体にメリハリの効いたノリノリのグルーヴが効いておりますので、本物のブルースに何となくとっつきにくさを覚える方にも気負いなく聴けるんじゃないかと思います。


















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2019年05月06日

スリーピー・ジョン・エスティスの伝説

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スリーピー・ジョン・エスティスの伝説
(Delmark/Pヴァイン)

突然ですが皆さん「ブルース」と聞いてイメージするものってありますか?

「渋いおっさん」

「ギターかな」

「ガラガラ声」

「しみじみした感じ」

「その日暮らしの渡り鳥」

「お金がない」

とかいう感じで、アンケートを取ると、ほとんど全ての人が、割と的確にブルースという音楽のイメージを答えてくれます。

ところがブルースっていう音楽は、誰もがそのイメージは知っていても、実際にアーティストの作品を聴くに至る人というのが極端に少ない音楽です。

ぶっちゃけて言ってしまえば売れないんですね〜。

だからアタシはこのブログでも一生懸命「ブルースは素晴らしいよ!」という事を、声を大にして言っておるのではありますが、まぁその、いいかげんな人間が細々と書いておる音楽ブログなんで、世界的どころか世間的な影響力もほぼないでしょう。

そんな与太はどうでもいいんです。アタシはブルースという本当に人間の根源に触れるこの素晴らしい音楽の魅力をもっと色んな人に伝えたいんです。

はい、ブルースという音楽は、決してバカ売れするような音楽ではないという事を書きましたが、実はそんなブルースの中でも奇跡的に売れて、何と日本のオリコンチャートに顔を出したアルバムというのがあったんです。

それこそが本日ご紹介します『スリーピー・ジョン・エスティスの伝説』であります。

オリジナルは1962年にアメリカで発売になりましたが、10年後の1972年に初めて日本国内盤として流通した時にこれが売れに売れた。

ほぉぉ、日本人はジャズに関してもエラく盛り上がってたというから、やはりブルースに対しても貪欲にレコードを聴いたりして詳しくなっていたのか〜。

いいえ、そうではありません。

むしろその頃の日本には、ジャズのレコードはたくさん出回っていたし、大物からややマイナーなミュージシャンまでコンサートに来ておりましたが、ブルースに関しては全然遅れていて、ファンは輸入盤を海外からメールオーダーで取り寄せて、到着を何ヶ月も待つような状況だったと言います。

実際に60年代から70年代前半が青春時代だったウチの親父に訊いても

「ブルースのレコードはあんま売ってなかったなぁ、あの時代”ブルース”って言えばレイ・チャールズとかダイナ・ワシントンとかだったなぁ。チェスのレコードをビクターが帯付けて出すようになったのはずっと後よ。」

ぐらいな状況だったようです。

そんな日本で60年代から70年代にかけて流行った音楽といえばフォークです。

日本語フォークの歌詞の中には「ブルース」という言葉は頻繁に出て来るし、彼らが敬愛するボブ・ディランやピート・シーガーなどはもっと具体的に、インタビューや文章の中で「ブルース」という音楽について多くを語っております。

それ以前にもジャズが流行した時に

「ジャズの前にブルースがあるらしいぜ」

って事は、ジャズ好きは何となく知っておった。

更に歌謡曲でも「〇〇ブルース」って曲は昔からあり、そんな中で「ブルース」という音楽の具体的なサウンドよりも先に「ブルース」という音楽のイメージが、日本国民の中で何となく形成されていたんでしょう。

そのイメージというのが、最初に挙げた


「渋いおっさん」

「ギターかな」

「ガラガラ声」

「しみじみした感じ」

「その日暮らしの渡り鳥」

「お金がない」

これなんです。

そのイメージに、正にドンピシャでハマッたのが、このアルバムのジャケット、「涙なしには聴けない悲痛なブルース」という帯のキャッチコピー。そして、本当にその通りだったスリーピー・ジョン・エスティスの悲惨なエピソード、更にヴォーカルとギターとハーモニカ、数曲でピアノが入るのみのシンプルなアコースティック編成で演奏される「ブルース」の、人生の重みが凝縮されたような深い味わいの内容が、初めて聴いた日本人の心を次々と虜にしました。



スリーピー・ジョン・エスティスの伝説

【収録曲】
1.Rats In My Kitchen
2.Someday Baby
3.Stop That Thing
4.Diving Duck Blues
5.Death Valley Blues
6.Married Man Blues
7.Down South Blues
8.Who’s Been Telling You, Buddy Brown
9.Drop Down Mama
10.You Got To Go
11.Milk Cow Blues
12.I’m Been Well Warned


スリーピー・ジョン・エスティスは、戦前に活躍し、人気を博したブルースマンです。

1920年代にメンフィスで初のレコーディングを行い、これがそこそこ評判となったのでシカゴに移住。

移住先のシカゴでは、地元の仲間だったハミー・ニクソン(ハーモニカ)、ヤンク・レイチェル(マンドリン)とバンド形式で演奏することが多く、この明るいノリのカントリーブルースは南部出身者が多いシカゴでも人気が出て、ライヴもレコーディングも順調に行っていたんですが、やがてシカゴでは段々と田舎臭いカントリーブルースよりも洗練されたものが好まれるようになってエスティスらの活動も徐々に下火になり、失望したエスティスは故郷の南部へ帰って、小作農の傍ら細々と音楽を続けていましたが、40年代、50年代にはほとんど演奏活動をやっておらず、消息不明の状態が続いておりました。

60年代になるとアメリカでフォーク&ブルース・リヴァイバルが起き、戦前に活躍した伝説のブルースマンがあちこちで再発見されてシーンにカムバックします。

エスティスも1962年にリサーチの末ようやく発見されたのですが、その時は電気もガスもない掘っ立て小屋のような家に奥さんや多くの子供達と住んでいて、元々悪かった目が栄養失調によって完全に見えなくなっていて、それはもう悲惨なものだったそうです。

「音楽はもうやめた」

とは言うものの、全盲では畑仕事や季節工などの肉体労働が出来ません。

家族を食わせなきゃいけないけれど、南部の貧しい黒人には肉体労働以外の仕事があろうはずもなく、人生に絶望しながらあばら家の中でただ死を待つだけのような状態だったエスティス。

発見されたその年に製作されたレコードに写った本人の、くたびれた帽子に汚れてヨレヨレになった服、そしてギターにはめている鉛筆で代用したカポタストという姿は、リアリティを出すための誇張でも何でもなく、その当時のエスティスの、本当にリアルな姿だったんです(それでもこれは撮影用に選んだ目一杯の上等な服だったと思います)。

そしてこのアルバムの素晴らしい所は、イメージやエピソードに、やっぱり中身の音楽が全然負けてないということなんですよ。

一曲目は「ネズミが台所で走り回ってるぐらいみじめな暮らしだぜ」って事を歌ってる曲なんですが、エスティスの最初に張り上げる「ウォウ!!」って叫びがもう、枯れに枯れた声を、渾身の力と魂で振り絞っております。正直歌詞の意味なんて分からずとも、このシャウトだけで全てが理解出来てしまうほどの深い引力。

元々はバンドスタイルの賑やかな曲も得意だった人ですが、その話はまた次回にたっぷり致しましょう。ここでは半分以上を占めるスローブルース、その枯淡の味わいの中に渦巻くすさまじい情念があり、それを終始内側からえぐり出すように歌うエスティスの声に、ブルースの何たるかをたっぷりと感じてください。









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