2016年12月26日

ハウリン・ウルフ ライヴ・アンド・クッキン

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ハウリン・ウルフ/ライヴ・アンド・クッキン
(Chess/ユニバーサル)

何てったって我らがハウリン・ウルフ親分のライヴであります。悪かろうはずがないのです。

何しろあのキョーーーレツなダミ声で、どのアルバムだろうが遠慮ナシに吠えまくり、190cm、138kgの巨体を揺さぶりながらステージもスタジオも所狭しと暴れまくっていたといいます。

どんな風に暴れまくっていたかといえば

『激しく身をよじり、柱や壁の幕によじ登っていた』


おいおい・・・プロレスじゃねえか。

と、誰もが思います。

しかし、そんな親分のパフォーマンスと、同時代の誰よりも激しいロッキンなブルースは、50年代のシカゴの若者達の心を激しく掴み、ウエストサイドの子供達の間では、ダミ声で叫びながらのたうちまわる「ウルフごっこ」なる遊びも流行ったようであります。

ほれ、ブルースっつったら、何だかんだロックのルーツで凄いですとか、人生の悲哀が滲んでて深いとか言われるじゃないですか。それはもちろん正解で、アタシもブルース聴く時はそんな凄さだとか深さに感激したり身震いしたりして聴いてたりするんですが、ウルフ親分に関してだけは、そんな凄さや深さを常々上回る荒々しさを、アタシはいつも感じるんです。

もちろん、ウルフ親分、並のミュージシャンのそれを遥かに上回る渋さや深みを十分に持ってる人なんですが、上回ってなお、脳天にガツーンとくる衝撃力なるものを持っております。

そりゃもうどのアルバムでも親分は、一切の手抜きをすることなく、死ぬまで愚直なまでにラフでタフで荒々しいブルースで、ロックしまくるわけなんです。

1960年代の半ば頃から心臓病の持病を抱え、70年にはカナダで交通事故に遭ってしまい、この後遺症で腎臓を悪くした上に車椅子に乗るようになってしまい、結果ステージを所狭しと暴れ回るパフォーマンスは出来なくなってしまいましたが、それでも声の迫力や楽曲の荒々しさは全然変わりません。

どころか、少なくともCDやレコードなどの音源を聴いただけでは、肉体的な衰えなんさあ微塵も感じさせません「え、そんなことあったの?」と、アタシは今でも思います。






【収録曲】
1.ホエン・アイ・レイド・ダウン・アイ・ワズ・トラブルド
2.アイ・ディドゥント・ノウ
3.ミーン・ストリーター
4.アイ・ハド・ア・ドリーム
5.コール・ミー・ザ・ウルフ
6.ドント・ラフ・アット・ミー
7.ジャスト・パッシング・バイ
8.シッティング・オン・トップ・オブ・ザ・ワールド
9.ビッグ・ハウス
10.ミスター・エアプレイン・マン

で、親分唯一のこのライヴ・アルバムなんですが、コレが録音されたのが1972年。

ミドルテンポの曲が多く、実にくつろいだ雰囲気だったので、最初こそ「あ〜、ウルフも丸くなったんだね。楽しそうに吠えてるね〜」なんて思ったのですが、よくよく聴いてたら、全然そんなことはない。

70年代の録音のはずなのに、ささくれだったゴリゴリのバンド・サウンドはシカゴ・ブルースが最もキケンな緊張感に満ちていた50年代の空気そのものだし、ギターのヒューバート・サムリン、テナー・サックスのエディ・ショウ、ピアノのサニーランド・スリム、そして「シカゴ・ブルースといえばこのリズム隊」の、デイヴ・マイヤーズとブレッド・ビロウの"ジ・エイシズ"コンビという、これはもうハウリン・ウルフのバックバンドとしてはこれ以上望むべくもない最高のメンツ。

特に"ウルフ一家若頭"ヒューバート・サムリンのプレイは、1954年に親分がシカゴに出て来てから、ずーっと一緒にプレイしてきて18年の見事なバックアップです。

初期の頃から親分の暴れまくるヴォーカルを、オブリガードの鋭い斬り込みで煽る絶妙なレスポンスでしたが、ここでの破壊力溢れる"斬り倒し"ギターの凄まじさは、サムリン傷害の、や、生涯のベスト・プレイですよこれは。「かっこいいブルース・ギター」を志す人は、まずもってこのアルバムのギターを聴いてください。

あと、このアルバムを聴く時は、通常より少し大きめの音で聴いてくださいね。「ヤバい!」の度合いが全然違いますから。










(素敵なライヴ動画発見!これは1970年代頭か60年代後半頃ですね〜♪)

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2016年12月17日

ビッグ・ウォルター・ホートン メンフィス・レコーディング1951

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ビッグ・ウォルター・ホートン/メンフィス・レコーディング1951
(Pヴァイン)

ブルースにおけるハーモニカの歴史で、その奏法に革命を起こした人は何人かおります。

特に戦後、ギンギンに鳴るエレキギターのサウンドに合わせるようにハーモニカの音もアンプで電気増幅させたサウンドで吹かれるブルース・ハープのことを”アンプリファイド・ハープ”と言いますが、ブルースファンの中ではこの奏法を生み出したのは、これはもうリトル・ウォルターであると言われてます。

ところがブルースの世界には実は”もうひとりのウォルター”が居て、彼もハーモニカ奏者として試行錯誤の末に「あれ?ハープをアンプに突っ込んだらいけるんじゃね?」ということを発見した人だと云われております。

彼の名はビッグ・ウォルター。

ウォルター・ホートンとか”シェイキー・ジェイク・ホートン”とかも呼ばれております。

戦前から活動し、戦後シカゴ・ブルースの黄金期を創った忘れじの名手の一人であり、1981年まで長生きして一線で活躍し続けたので、音源も結構残っているんですが、リトル・ウォルターのような破天荒な生き様で数々の伝説を作った訳でもなく、サニー・ボーイ・ウィリアムスン(U)のような強烈にアクの強いキャラクターで、ブルースに憧れるキッズ達に「ブルースマンっておもしれぇなぁ〜」と深い印象を残した訳でもありません。

大言壮語、或いは生き様そのものが派手でギャンブル的なブルースマンの中で、彼の性格はどちらかといえば控え目でお人好し。自分がリーダーのレギュラーバンドはほとんど持たず、サイドマンとして呼ばれたら参加して、どんなセッションでもキッチリとリーダーを引き立てる熟練のプレイで応えるという大人っぷり。

吹き方もまた、大胆な強弱を付けてゴリゴリ吹いたり、伴奏の時もメインのフレーズにガンガン絡む訳ではなく、あくまでメインのフレーズや楽曲のメロディに寄り添って、ジワジワと情感を拡げてゆくようなスタイルで、一度ハマッたらこよなく好きになってしまう類の”味”で聴かせる人なんです。

さてさて、そんなビッグ・ウォルター、1917年にミシシッピで生まれておりまして、10代の頃に家族でメンフィスに移住しておりますが、この地でメンフィス・ジャグ・バンドスリーピー・ジョン・エスティスとコンビを組んでいたハミー・ニクソンらにハーモニカの吹き方を教わり、30年代には既にメンフィスからミシシッピ周辺のジューク・ジョイントを演奏して回る程のいっぱしのハーモニカ吹きになっておりました。

1940年代になると、メンフィスではブルース・バンドの電気化がいち早く行われておりました。

メンフィスといえばご存知エルヴィス・プレスリーでありますが、プレスリーの音楽が何であんなに初期の頃からロックしてたのかといえば、彼が小さい頃によく隠れて観に行ってたブルースのライヴが、既にギンギンにロッキンなヤツだったからなんですね。

「あの頃のメンフィスやウエスト・メンフィスでは分かりやすいクレイジーなノリのブルースがウケてた。ギターのボリュームを上げられるだけ上げて、ドラムもピアノもその音に負けないぐらいに目一杯叩くんだ。当然唄うヤツはもっと負けてられない。そんなノリだったよ、みんな」

と、シカゴに出る前にウエスト・メンフィスでブイブイ言わせていたハウリン・ウルフが言うように、当時のメンフィスで演奏されていたブルースは、とにかくラウドでロッキンだったんですねぇ。

ビッグ・ウォルターも、そんな環境の中で必要に迫られて”アンプリファイド”という技を編み出したんだと思います。

という訳で、彼がメンフィスでレコーディングしていた頃(一部シカゴ時代のものあり)の音源「メンフィス・レコーディングス」を聴いてみましょう。



【収録曲】
1.Jumpin’ Blues
2.Black Gal
3.Hard Hearted Woman
4.Go Long Woman
5.What’s The Matter With You (take 1)
6.Cotton Patch Hot Foot
7.Little Boy Blue (take 2)
8.I’m In Love With You Baby (Walter’s Blues) (take 1)
9.Blues In The Morning
10.Now Tell Me Baby (take 1)
11.I’m In Love With You Baby (Walter’s Blues) (take 2)
12.What’s The Matter With You (take 2)
13.Little Boy Blue (take 1)
14.Now Tell Me Baby (take 2)
15.Have A Good Time
16.Need My Baby (in a session)
17.Need My Baby (in a session)




お〜いぇ〜♪ いぇいいぇ〜い♪ な、8ビート・シャップル・ナンバーが多く、コレが実にノリやすくゴキゲン、またサウンドがいいですね。カラッと乾いたサウンドが醸しだす、何とも言えないヴィンテージ感と、ゲインの付いてないアンプでここまでやれるかというささくれだったギターの音と堂々渡り合っているホートンの、音色こそマイルドだけどかなりモダンなフレーズを繰り出すハープ、たまりません。

これがシカゴに行って小慣れてくると、よりヘヴィな質感になるんだよな〜。なんて機嫌良く思いながら、繰り返し聴けるサウンドです。これぞ50'sメンフィス・ロッキン・ブルース!

この時点でビッグ・ウォルターのハープは後年のようにギンギンにリヴァープを効かせた音ではありませんが、ワイルドに荒くれるバック・サウンドと何の違和感もなく、埋もれることなくブギしてジャンプするハープはたまりませんね。「戦後メンフィス・ブルース」と言っても、あんまりピンと来てくれる人は少ないんですが、このサウンドの質感、味わってしまったらもうこの音のとりこになりますよ。

ちなみにこのセッション、バックには後にジャズ・ピアニストとして有名になるフィニュアス・ニューローンJr.ら、ニューボーン兄弟、ギター、ヴォーカル、ドラム、ハープ、カズーを同時に一人でこなす”一人フルバンド男”(ここではギター、ドラムを同時演奏)ジョー・ヒル・ルイスなど、結構豪華なメンツが脇を固めております。

ちなみに”リトル・ウォルター”という芸名は、実は最初ビッグ・ウォルターが名乗ってたんです。

年齢的に大分後輩になるウォルター・ジェイコブスという少年が”リトル・ウォルター”を勝手に名乗って有名になっちゃったので「ま、いっか。じゃあオレはビッグ・ウォルターを名乗ろうね」と、あっさり名前を譲って、特にリトル・ウォルターのことを嫌うとかそういったのもなく、会えば親しく話をして可愛がってたんだとか。この人のそういうとこほんと好き。



(もういっちょご機嫌なやつを♪ 彼のハーモニカは音色フレーズ共にサニーボーイ・ウィリアムスンT世の影響が強いように思いますがどうでしょう?)

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2016年11月28日

サニーボーイ・ウィリアムスン(T) The Original Vol.1

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The Original Sonny Boy Williamson (4CD Box Set)

(JSP)


え〜と、はい、先日のサニーボーイ・ウィリアムスンの記事で「本家本元のオリジナル・サニーボーイがいる」とかいきなり書いてしまって、読者の皆さんには「え?何それ??」と、戸惑った方も多いかと思います。

で、記事を書いている途中に

「え〜と、コノ人が戦前最初に”サニーボーイ・ウィリアムスン”として活躍したオリジナルでございます」

と、リンクを貼ろうとしたんですが、いけません、アタシとしたことが、サニーボーイ・ウィリアムスン(ライス・ミラー)のCDは3枚も紹介しておきながら、コチラのオリジナル・サニーボーイの方はまだ1枚も紹介しておりませんでした。お詫びして紹介いたします。

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サニー・ボーイ・ウィリアムスン、本名ジョン・リー・カーティス・ウィリアムスン。

1914年(もしくは1916年)テネシー州ジャクソン生まれで、1934年にシカゴへ出てきたこのブルースマンは、紛れもなく本家本元の”サニーボーイ・ウィリアムスン”でございます。

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よくブルースの世界では、ややこしい2人を区別化されるために、このジョン・リー・サニーボーイを”サニーボーイ・ウィリアムスンT世”、アチラのライス・ミラーを”サニーボーイ・ウィリアムスンU世”と呼んで区別しておりますので”T世”ときたら戦前〜戦時中〜戦後すぐの時期に活躍したこのサニーボーイだと思ってやってつかあさい。

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さて、サニーボーイ(T世)なんですが、戦後になってから結構長い間活躍して作品も入手しやすい形で結構出しているサニーボーイ(U世)とは対照的に、シカゴにやってきて第一線のブルースマンとして活躍していたのが1937年から1946年までと、僅か10年にも満たない期間だったのに加え、レコーディングはSP盤でしか出していなかったので”アルバム”というものがなかったので、復刻版のLPやCDもなかなか入手しづらかったということで(アタシもサニーボーイT世が欲しい一心で、輸入盤を探しまくってたものです)、知名度はU世に比べて大分劣ります。

おまけに、U世の方も色々と胡散臭い(まだ言うか)キャラではありましたが、実力の方は負けず劣らずの”ホンモノ”であったため、ブルースに目覚めた人達のほとんどは、U世の超ダウンホームで実にイナタくトッポいブルースに感動して、ついついT世を聴くのを後回しにしちゃってそのまんま忘れてしまうということも結構あるみたいで、あいやこれは、という状況がここんとこずーっと続いておったりします。

でも、この人こそが、ブルースにおける「ヴォーカルとハープの基本スタイル」というものを戦前に大成させたイノベイターであり、実は戦後に大活躍したリトル・ウォルタージュニア・ウェルズといったモダン・ブルースハープの巨人達は、実際こぞってサニーボーイ(T世)のスタイルから多大な影響を受けており、その流麗で様々なニュアンスに富んだフレージングを懸命にコピーすることからキャリアをスタートさせておるんですね。

サニーボーイT世がシカゴでスターになった頃というのは、実はハープというのは、軽い伴奏楽器的なポジションの楽器でありました。

これは例えば戦前のデルタ・ブルース系やメンフィスのジャグバンドとかを聴いてみれば分かると思うんですけど、唄とギターの間を取り繕うかの如くプワプワ鳴っているものが多い。

ハープというのはキィに合わせて持ち替えることは可能ですが、穴が10個しかないので、単音でメロディアスなフレーズを繋げて行くのは実際本当に難しかったりするんですよね。

サニーボーイ(面倒くさいので”T世”は省略!)がシカゴに出てきて、凄腕のギタリストやピアニスト、またはジャズ・ミュージシャン達が百花繚乱状態だった時、彼は「じゃあオレのハープを、演奏の中でソロが吹けるぐらいまでに地位を上げてやんよ♪」と決意し、ヴィブラートやベント(舌を使って半音階など微妙な音程を出す裏技)を鬼のように鍛え上げ、次々と新しい奏法を確立させました。

シカゴといえば大都会です。

大都会の人達は何につけても最先端を求めますから、この時代のシカゴ・ブルースは、バンド・スタイルでジャズの影響を前面に押し出した、非常に洗練されたものでした。

こんな中で、同時代の南部で演奏されていたような、泥臭く牧歌的な音楽なんかやろうもんなら「ダサいヤツ」のレッテルをあっという間に貼られてつまみ出されてしまいます(実際シカゴのクラブを仕切っていたのはマフィア達だったので、演奏するにも命がけだったんです)。

サニーボーイの革新的なハープは、洗練されたシカゴ・ブルースの、その都会的なサウンドと驚くほどピッタリと合いました。

また、底抜けに陽気で愛嬌たっぷり、更にどこか不思議な、つっかかって引きずるようなオリジナリティ溢れるヴォーカルも、何とも言えない魅力でありますが、実は彼は吃音、つまりしゃべる時どもってしまうハンデがあったのですが、それも逆手に取って素晴らしい芸風に変えてしまう辺り、やはり並みのブルースマンではありません。

さて、1948年に不幸にも自宅に入ってきた強盗にアイスピックで頭を刺されて、短いキャリアに終止符を打ってしまったオリジナル・サニーボーイ。自分が作り上げたブルース・ハープの新しスタイルを、その後の電気化されたシカゴ・ブルース・サウンドに乗せることは叶いませんでしたが、その代わり戦前から40年代末までの生楽器を主体としたシカゴ・ブルース・サウンドに、その究極をことごとく刻んで残しました。

かつては入手困難だった音源も、このように素晴らしい質量詰まったCDで、今はそのほとんどをまとめて聴けます。↓




(Disc-1)
1.Good Morning, Little School Girl
2.Blue Bird Blues
3.Jackson Blues
4.Got the Bottle Up And Gone
5.Sugar Mama Blues
6.Skinny Woman
7.Tough Luck
8.Prowling Night-Hawk
9.Sweet Pepper Mama
10.I Know You Gonna Miss Me
11.Rootin' Ground Hog
12.Brother James
13.I Won't Be In Hard Luck No More
14.Up the Country Blues
15.Worried Me Blues
16.Black Gal Blues
17.Collector Man Blues
18.Frigidaire Blues
19.Suzanna Blues
20.Early In the Morning
21.Project Highway
22.My Friend Has Forsaken Me
23.Mean Black Cat
24.Brickyard
25.Mamie Lee
26.Take It Easy Baby

(Disc-2)
1.I Have Spent My Bonus
2.CNA
3.Lose Your Man
4.All I've Got's Gone
5.A Ramblin' Mind
6.Now I Stay Away
7.My Little Cornelius
8.Decoration Blues
9.You Can Lead Me
10.Moonshine
11.Miss Louisa Blues
12.Sunny Land
13.I'm Tired Trucking My Blues Away
14.Down South
15.Beauty Parlor
16.Until My Love Come Down
17.Katy Fly
18.Big Boat
19.Only Boy Child
20.Lonesome Man
21.Mean Actin' Mama
22.Stuff Stomp
23.J.L. Dairy Blues
24.Rachel Blues
25.Lake Michigan Blues

(Disc-3)
1.I'm Wild And Crazy As Can Be
2.Honey Bee Blues
3.My Baby I've Been Your Slave
4.Whiskey Headed Blues
5.Lord, Oh Lord Blues
6.You Give an Account
7.Shannon Street Blues
8.You've Been Foolin' Round Town
9.Deep Down In the Ground
10.When You Feel Down And Out
11.Texas Tommy
12.It's All Over
13.My Mind Got Bad
14.Get Your Head Trimmed Down
15.Peach Orchard Mama
16.Haven't Seen No Whiskey
17.Goin' Up the Mountain
18.You Got To Fix It
19.Number Five Blues
20.Christmas Morning Blues
21.Susie-Q
22.Blue Bird Blues - Part 2
23.Little Girl Blues
24.Low Down Ways

(Disc-4)
1.Goodbye Red
2.The Right Kind Of Life
3.Insurance Man Blues
4.Rainy Day Blues
5.Next Door Neighbor
6.Big Apple Blues
7.Freight Train Blues
8.Good Gamblin'
9.Bad Luck Blues
10.My Little Baby
11.Doggin' My Love Around
12.Little Low Woman Blues
13.Good For Nothing Blues
14.Sugar Mama Blues No.2
15.Good Gravy
16.T.B. Blues
17.Something Goin' On Wrong
18.Good Gal Blues
19.Joe Louis And John Henry Blues
20.Thinking My Blues Away
21.I'm Not Pleasing You
22.New Jail House Blues
23.Life Time Blues
24.Miss Ida Lee
25.Tell Me, Baby



何と4枚組で¥2000ちょっとという恐ろしいCDです。入門用としても「一気聴き用」としても、今のとこコレがベストでしょう。

神憑りなハープの至芸と、ビッグ・ビル・ブルーンジィ、ビッグ・ジョー・ウィリアムス、ブラインド・ジョン・デイヴィス、ビッグ・メイシオ、エディ・ボイドら、当時を代表する凄腕のギタリストやピアニストがガッツリ脇を固め、すこぶるな名演でフォローする究極のアコースティック・シカゴ・スタイルにとことんシビレましょう♪



(代表曲はいっぱいありますが、個人的にはこの”シュガー・ママ”好きですねぇ。スローブルースなのに深刻過ぎないノリがイイ♪)

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サニーボーイ・ウィリアムスン ダウン・アンド・アウト・ブルース

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サニーボーイ・ウィリアムスン/ダウン・アンド・アウト・ブルース
(Chess/ユニバーサル)

”有名アーティストの名前を勝手に名乗って活動してたら、気が付けばオリジナルよりも有名になっちゃってた”

といえばサニーボーイ・ウィリアムスン(U世)。

え?ニセモノだって?とんでもない、語り口調のような軽妙なハープに、同じく軽妙だけどしみじみと唄わせれば何とも味のあるやや濃い口のヴォーカルに、戦後シカゴブルース一流のバンドを率いて、R&B調の曲だってトッポくキメる。しかし心はいつだってディープ・サウス!どんなにモダンなサウンドをひっさげても、魂の奥底から無尽蔵に出てくる熟成に熟成を重ねた味わいのブルース・フィーリングは尽きる事がない。

人生の苦楽の全てを豪快に呑み込んで、悲哀に満ちた深い眼差しで彼がハープを泣かせると、老いも若きも男も女も、黒人も白人も関係なく、誰もがぐっと息を呑み、ジュークジョイントの暗がりの中から南部の闇の大空へ消えてゆくその音の行方を、消えてなくなるまでずっと無言で見守った・・・。

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う〜ん・・・・

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う〜ん・・・・


ごめんなさい、途中から嘘です!!

だってサニーボーイだもの、どんなにカッコ良く文章を書いても、山師そのもの・・・少なくともカタギには見えないこの飄々とした胡散臭さ漂う写真を見せたら、誰だって「騙された!金返せ!!」ってなるじゃないですかー。

という訳で本日は

「いやだからサニーボーイ(U)のカッコ良さはそこなんだよ、後輩のマディとかウルフとかが、お互いナンバーワンを目指して、それこそシノギを削っていた時に、自分一人だけ”おぉ、やってるかぁ〜”ぐらいの飄々っぷりで、んでもって勝手にいいメンバーを揃えたバンドを従えて、マイペース極まりないブルースを演奏してたところなんだよ。でもって60年代にロックの連中からブルースが注目されたら、その流れにしっかり乗って、しぶとくブルースし続けたところなんだよ」

という話をしたいと思います。

でもってサニーボーイ・ウィリアムスン。

戦前から活躍を続ける、実際凄腕のハープ吹きであり、個性派なヴォーカリストであるブルースマンです。

そしてこの人のブルースには、飄々としていながらも、聴く人の「何かカッコイイんだよね心」をくすぐって止まない最高な魅力があるんです。

生まれた年はよくわからない、多分1900年代の初め頃で、ブルースマンとしては限りなく第一世代に近い。

ブルースマンになる前は何をやっていたかほとんど不明だが、みんなが気付いた頃には"ライス・ミラー"(本名はアレックス・ミラーというらしい)の名前で、ハープ片手にジューク・ジョイントに現れて、演奏しておりました。

有名な話は「ロバート・ジョンソンの臨終に立ち会った」という話ですがこれは得意のホラ。でも無くなる前のロバート・ジョンソンとは演奏もして、一緒にカウンターで呑んでたことは紛れもない事実。

この時"ライス・ミラー"は30代、しかし彼がブルースマンとしてその本領を発揮するのは実はこっからで、40代になってから地元の製粉会社が持っていたラジオ番組のDJの座を、多分上手いこと言って手にするんでしょうが、この時大都会シカゴで人気だったハープ吹きの名前『サニーボーイ・ウィリアムスン』をいきなり名乗ります。

もちろん無許可で。

ややこしいのは"サニーボーイ"を名乗ってやっていたラジオ番組が、南部一体で大ブレイクしてしまったこと。

これにムカついた本家本元の"サニーボーイ・ウィリアムスン"が「てめ、いつか覚えてろよ!」と思ってたといいますが、本人は「あ?文句があるならいつでも南部来いや、ヘラヘラ」とニヤついてるうちに、本家サニーボーイが、自宅に入ってきた強盗に刺されて死んでしまう。

それからしばらくして、サニーボーイはラジオの仕事をギター弾きの少年(後のB.B.キング)に「じゃあよろしく」と丸投げして、何とシカゴへ乗り込むのです。

あろうことか『サニーボーイ・ウィリアムスン』を名乗ったまんまで。

シカゴにやってきたライス・ミラー、いやサニーボーイ・ウィリアムスンは、既に上京してきた南部の後輩達(マディとかウルフとかその辺の超大物)に、やあやあとテキトーに近付いて、ほいでもってチェス・レコードの経営陣にも上手いこと言ったんでしょうな。まんまと契約にこぎつけてレコードデビューもちゃっかり果たします。

つっても普段はヘラヘラして実に胡散臭くて調子のいいオッサンですが、ミュージシャンとしての実力は超一流だし、そこらの若い新人と違って20年以上も南部の凄まじくディープな現場で百戦錬磨してきたベテランです。上手いこと言わんでもそこは実力で勝ち取れる話なんです。

で、1955年にマディ・ウォーターズ(ギター)、ジミー・ロジャース(ギター)、フレッド・ビロウ(ドラムス)という、当時のシカゴ・オールスターズをバックに従えて、チェス・レコード初のセッションを行い、翌年、翌々年と、セッションを重ねてゆくのですが、途中からまだ若いルーサー・タッカーと、南部から出てきたばかりのかつての盟友ロバート・ジョンソンの義理の息子、ロバート・ジュニア・ロックウッドという二人の気鋭のギタリストが加わって、バンド・サウンドはどんどんバリエーション豊かなものになって、強烈なサニーボーイのキャラクターそのままの、タフでラフでユーモラスなものへと仕上がって行きます。





【収録曲】
1.ドント・スタート・ミー・トゥ・トーキン
2.アイ・ドント・ノウ
3.オール・マイ・ラヴ・イン・ヴェイン
4.ザ・キー
5.キープ・イット・トゥ・ユアセルフ
6.ディスサティスファイド
7.ファットニング・フロッグズ・フォー・スネイクス
8.ウェイク・アップ・ベイビー
9.ユア・フューネラル・アンド・マイ・トライアル
10.“99”
11.クロス・マイ・ハート
12.レット・ミー・エクスプレイン
13.アイ・ドント・ノウ(別テイク)
14.ファットニング・フロッグズ・フォー・スネイクス(別テイク)
15.ユア・イマジネーション
16.レット・ユア・イマジネーション・ビー・ユア・ガイド
17.トラスト・ミー・ベイビー
18.バイ・バイ・バード
19.マイ・ヤンガー・デイズ

「サニーボーイの代表作」

「50年代のシカゴ・バンド・ブルースのお手本のような傑作」

「ジャケットで寝そべっているのはサニーボーイではありません」


と、ブルースファンの間ではそれこそ至宝の如く語られているアルバム「ダウン・アンド・アウト・ブルース」は、正に1955年から58年までの、サニーボーイがシカゴに来て行った最初期のセッションがしっかりと収録されております。


サニーボーイのハープは一貫してアンプを通さない生ハープなので、バンドの音がすこぶるモダンでも、どこか濃厚な"戦前南部のブルースの香り"がして、これがもーたまらんのですよね。海千山千ぶりが実によく顕れた歌の魅力もまた、病み付きになって止められない味わいの固まりです。

あと、50年代のチェス・レコードは音の録り方、特にドラムの録音がとても素晴らしいんです。フレッド・ビロウの、空気をたっぷり含んで「シュバッ!」と鳴るスネアの音、これがもー最高なんですよねー♪





(アルバム冒頭の”Don't Start Me To Talkin` いや実にイナタい♪)



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2016年11月07日

ジュニア・ウェルズ フードゥーマン・ブルース

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ジュニア・ウェルズ/フードゥーマン・ブルース
(Delmark/Pヴァイン)

ブルースという音楽を「お、これは何か特別な音楽かも知れない」と、思って聴き始めたのは中学生の時です。

しかしその頃はまだ「激しい音楽=ロック(パンク)・深くて渋い音楽=ブルース」という先入観があって、ブルースは主に弾き語りものばかり聴いていました。

そん時のお気に入りは名コンピ『アトランティック・ブルース・ギター』で知ったミシシッピ・フレッド・マクダウェル、ブラインド・ウィリー・マクテル、ジョン・リー・フッカー、そしてボブ・ディラン経由で知ったレッドベリー、それぐらいのもんでしょう。

いわゆる”バンドもの”のブルースとなると、親父に教えられて聴いてたB.B.キングにアルバート・キング、マディ・ウォーターズと、これも『アトランティック・ブルース・ギター』で感動したスティーヴィー・レイ・ヴォーン、T・ボーン・ウォーカーぐらい。

正直モダン・ブルースは最初の頃「何かどの曲もおんなじだなぁ・・・」と思い込んでたので、そんなにハマらんかったんです。上京して都会に出て、それなりに大きなレコードショップとかでブルースのコーナーを物色するようになっても、興味は戦前ブルースにばかり行って、モダン・ブルースやシカゴ・ブルースは「うぅん、ちょっと渋過ぎるかなぁ、後でいいや・・・」と、ついつい後回ししてました。

んで、短大を卒業して都内某レコードショップで丁稚するようになります。そしたらAさんというブルースやブルースロックが大好きで、ジミヘンを神と崇める上司と出会い、まぁ職場が職場なので、好きな音楽の話で盛り上がった時に「君、戦前ブルースには凄く詳しいのに、ブルースの名盤のことは全然知らないんだなぁ・・・」と。

あ、これはAさん嫌味で言ったんじゃないですよ。「ブルース」つったら、フツーはロックから入ってモダン・ブルース、シカゴブルースと経て戦前に行く若いヤツがほとんどなのに、何で君はいきなり戦前モノから入ってしかも戦後の名盤ほとんど知らないとか、面白いヤツだなぁと、何か面白がってくれたんです。

自身もギターを弾くAさんには、色々と可愛がってもらって、休日にはちょいとスタジオでセッションなんかしたりしながら、アタシの知らない戦後ブルースのことなど、色々と教えてもらいました。

その時

「いや、バンドでブルースやるんだったらコレは聴いとかないと!っつうアルバムがあるよ」

と、聴かせてもらったのがジュニア・ウェルズの「フードゥーマン・ブルース」です。

「コレはヤバイぜ、特にバディ・ガイが凄いしバンド・サウンドとしても最高だよ」

と、ピカピカのアナログレコードを、Aさんの家で聴かせてもらったんですが、コレ、衝撃でした。

”バンド・ブルース”って言うから、てっきり派手な音でノリノリのハープ吹きまくり、バディ・ガイのギター弾きまくりのドカ汗サウンドが出てくるのかと思ったら

・音数は少ない、いや、少ないというより”スッカスカ”

・活きのいいアップテンポのナンバーにも、怒涛のスロー・ブルースにも、おんなじように漂うヒリヒリした緊張感がヤバい

・ジュニア・ウェルズのねっとりした神経質極まりないヴォーカル

・それでいて妙な中毒性のあるバンドのグルーヴ感

いや!一体こりゃ何なんだ!!でしたよ。確かにヴォーカル(&ハープ)+ギター+ベース+ドラムスだけの4人編成で、物理的に音数少ないのは分かる。けれども何て言うんでしょう。ジュニア・ウェルズの、まるで今ちょっと人殺してきたかのような、ドスを押し殺したヴォーカルに合わせるかのようにセッティングされたバディ・ガイのドンシャリで、あえてバッキングをしないで声やハープに執拗にオブリガードでテロテロ絡むギターと、じわじわ”アゲない”寡黙なベースとドラム。これは怖い!怖いぐらいにカッコイイ!すいません、コレ下さい。いや、店じゃねぇんだから、あ、じゃあ明日注文します。の流れが3秒で来ましたね。





【収録曲】
1.Snatch It Back and Hold It
2.Ships on the Ocean
3.Good Morning Schoolgirl
4.Hound Dog
5.In the Wee Wee Hours
6.Hey Lawdy Mama
7.Hoodoo Man Blues
8.Early in the Morning
9.We're Ready
10.You Don't Love Me,Baby
11.Chitlin Con Carne
12.Yonder Wall


実際にこの「フードゥーマン・ブルース」は、1960年代にリリースされた、いわゆる”モダン世代のシカゴ・ブルース”のアルバムの中では突き抜けた傑作・名盤として、世界中の多くのブルースファンを夢中にさせてきたアルバムです。

ちょいと専門的な解説をすれば、当時シカゴ・サウスサイドでも”アイツらはクレイジー”と評判をかっさらってたジュニア・ウェルズ(31歳)とバディ・ガイ(29歳)が、かつての親分であるマディ・ウォーターズからの影響から脱して、マディが打ち立てた”エレクトリック・ミシシッピ・デルタ”な泥臭いブルースではなく、R&Bの要素を取り込んだゴージャスでファンキーなものでもなく、敢えてスッカスカの音と、呑んで騒いで盛り上がるためのバンド・ブルースではなく、聴く人を精神的限界に追い詰めるような、非常に陰鬱でかつ攻撃的なサウンドで「どうだ!コレがブルースの本当のヤバさだ!!」と、まるで世界中に冷たい刃物の切っ先を突き付けているかのようであります。

”バディ・ガイ&ジュニア・ウェルズ”のコンビはこのアルバムの成功もあって、その後も70年代、80年代、90年代とちょこちょこライヴをしたり作品を出してはブルースファンをフィーバーさせておったのですが、この時期のデルマーク盤を凌ぐヤバさ/緊迫感を持ったサウンドは、遂に最後まで再現されることはありませんでした。

間違いなくブルースの名盤中の名盤ではありますが、1965年という時代を考えると、当時全盛を極めていたロックへの、ブルースからの挑戦状とも受け取れるサウンドです。特にバディ・ガイは、クラプトンやジェフ・ベック、ジミヘンら、ロックサイドのウルトラスーパー超絶ギター先生達に物凄くリスペクトされておったけど、この時はもうギラギラした危ない対抗意識をブルースの連中はロック側に燃やしておったのだな〜・・・とか思って聴くのも楽しいですし、この正体不明の緊迫感はより身に迫ってきます。



(音スッカスカなのにキレッキレ!)


ブルース入門編 〜初心者のための優しいブルース講座〜



『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2016年10月12日

ブッカ・ホワイト Fixin To Die

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Bukka White/Fixin To Die(Snapper Music)

ブッカ・ホワイトといえば、チャーリー・パットンやサン・ハウスのスタイルを受け継いで、よりワイルドに進化させた”デルタ・ブルース第二世代”の代表格で、オープン・チューニングにした金属ボディのギターをゴリゴリに叩きまくってエグいスライドをぶちかまし、ガラガラザラザラの声で、悲哀と怒りをタップリ込めた、それはもうエモーショナルという形容以外が見付からないほどの、強烈な感情表現がほどばしるブルースを全身から搾り出す、ある意味で最も理想的な形で「ブルース=濃い音楽」というイメージを体現している人だと思います。

アタシの場合は18の時、この映像見てぶっ飛んだんですよ↓



えっと、曲の途中で効果音的にじゃなくて、結構重要なバッキングで「バカスコバカスコ!」ってギター叩いてるし、ギター床に寝かせてナイフでスライドしてるしー!何じゃこりゃ何じゃこりゃ何じゃこりゃー!!

でした。

しばらく後に、そのギターのボディをバッコンバッコン叩くスタイルが、ミシシッピ・デルタ特有のものだとか、ナイフ・スライドはボトルネックが広まる前に一般的だったスライドの基本中の基本となるスタイルだとか、ブッカ・ホワイトはB.B.キングの年上のイトコで、B.B.は若い頃に目の当たりにしたブッカの”ゾクゾクするようなスライド”のニュアンスを何とか再現したかったけど、スライドがどうにも上手く弾けなくて、チョーキングビブラートでそのフィーリングを自分なりに表現してたとか、ブッカ・ホワイトにはとにかく「ほぇ〜」と思わされることだらけだったんです。



【収録曲】
1.District Attorney Blues
2.Bukka's Jitterbug Swing
3.Special Streamline
4.Shake 'Em on Down
5.Where Can I Change My Clothes
6.Promise True and Grand
7.Po' Boy
8.New Frisco Train
9.Sic 'Em Dogs On
10.High Fever Blues
11.Pinebluff, Arkansas
12.Strange Place Blues
13.Partchman Farm Blues
14.Sleepy Man Blues
15.I Am in the Heavenly Way
16.Black Train Blues
17.Aberdeen, Mississippi Blues
18.Good Gin Blues
19.Panama Limited
20.Fixin' to Die

ブッカ・ホワイトは戦後になって再発見され、多くの録音や映像を残して有名になった人ですが、持ち前の豪放磊落な荒々しいノリの中に、繊細で微妙な感情の震えまで感じられる戦前録音の素晴らしさは、やはり彼の音源の中、いや、ブルース全体の中でも特に聴くべきものでありましょう。

特に若い頃に些細な喧嘩から、相手を銃撃して傷害罪でブチ込まれた刑務所での体験がベースになっている「パーチマン・ファーム・ブルース」は、ブルースとしてもひとつの文学作品としても素晴らしく、かつてはそのタイトルでColumbia(国内盤はソニー)から出ていた「パーチマン・ファーム」というすこぶる付きの名盤がありましたが、現在は廃盤になっております(2016年現在)ので、オランダのレーベルからリリースされた、この戦前録音を集めたベストを聴きましょう。

「人力トランス」と呼んでも差し支えない強烈なデルタ・ブルース・ダンスビート(もちろん弾き語りよ)の曲も、グイグイと感情のヒダに入り込んでくるスロー・ブルースも、本当にディープの一言に尽きます。これぞブルース!

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2016年09月25日

テキサス・ブルース(PCD-2519)

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これこれ、これです。

アタシに深淵なるテキサス・ダウンホーム・ブルースの素晴らしさと、リル・サン・ジャクソンという、恐ろしく孤高のクソかっこいいブルースマンの魅力を教えてくれた名オムニバス。
テキサスのブルースはねー、やっぱりなんつうか渇いてるんですよ。あと、ギターものもいいけどピアノブルースも最高!

若い頃のライトニン・ホプキンスとコンビ組んでたサンダー・スミスとか、マーシー・ディーとか、タフに鳴り響くテキサス・バレルハウス・ピアノの濃厚な真髄を、コレで楽しめちゃうんです。

1989年に出た盤ですが、中古はまだ奇跡的にあるみたいです↓↓



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2016年09月24日

リル・サン・ジャクスン Lil' Son Jackson

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リル・サン・ジャクスン/Lil' Son Jackson
(Arhoolie/Pヴァイン)

ブルースは中学の頃から好きだったのですが、18の時戦前ブルースに完全に目覚めてからは、とにかく知らないブルースマンの、まだ聴いたことない音源を探しに必死でした。

1990年代半ば、今みたいにネットもYoutubeもない時代でしたから、何で探したかというと、オムニバス盤です。

おっきいCD屋さんのブルースのコーナーに行くと、大概オムニバスのコーナーがあって、そこには信頼の置けるレーベルのものから、どこの国のかわからんよーなアヤシイものまで、いろいろとありました。

ジャケットの裏のクレジットを見ては、知らない名前を見付け、知らない名前を見付けてはソッコーでレジに持ってったものです。

Arhoolie原盤、当時Pヴァインが出していた「テキサス・ブルース」を見付けたのはそんな時。

これが戦後テキサスのダウンホーム・ブルース(派手なバンド形式じゃない、弾き語り系中心のやつ)の有名どころから無名どころまでを集めた、ヒジョーに秀逸な一枚だったんです。

その中で1曲目から3曲目までに収録されていたのが、リル・サン・ジャクソン。

テキサスの、このテのダウンホーマーといえば、ライトニン・ホプキンスぐらいしか知らなかったアタシです。

ドロドロデロデロ、ブルースのどうしようもない”コア”の部分が煮立っているようなブルースを、きっとライトニンみたいにこのリル・サン・ジャクソンなる人もするんだろーか、とか思っていましたが、これがすっごい淡々とした、ブルースの荒涼とした大平原が広がっているような枯れた味わいで、衝撃を受け、以来リル・サン・ジャクソンは「ライトニンの次に好きになったテキサス・ダウンホーマー」になりました。

で、アタシの場合は「好きになったらとことん」ですから、このリル・サン・ジャクソンなるオッサンが、どういう人だったのか、調べたくなったんですよ。

そしたら面白いですよコノ人。ソングスターである父親と、教会でギターを弾いていた母親との間に1919年に生まれ、テキサス州内の農場を転々としていましたが、16歳の時に家を出て大都会ダラスへ。

ここまではブルースマンの前半生でよく聴く話なんですが、で、16歳のジャクソン少年がダラスで何をやってたかと言うと、これがブルースマンじゃなくて車の整備工(!)。

や、もちろん仲間らとバンドを組んで、最初は教会で演奏をするグループをやっていたんですが、段々と酒場でブルースを唄う夜の仕事が多くなってきたようで、ダラス近辺ではなかなかの評判だったようですが、彼はそこから全てを投げ打っての一攫千金ミュージシャンへの道へは行かず、やっぱり昼間は整備工をしながら、夜だけ唄っておったと。

やがて第二次世界大戦が始まると、徴兵されて兵役に就きます。もちろん腕利きの整備兵としてです。

そして復員後もやっぱりダラスへ帰ってきて、真面目に黙々と車の修理をしておりました。

えっと、1919年生まれですから、この頃は既にリル・サン・ジャクソン30代の半ばです。

整備の腕は評判で、正業でそこそこ稼げるようになっておるのと、まぁ家族も養っておったんでしょう。近所の人達は「メルヴィン(リル・サン・ジャクソンの本名)がブルース唄う」なんて、知りもしなかったと思います。

ところがその頃、友人の薦めで彼は一本のデモテープを、当時テキサスでは一番かそんぐらい有名なライトニン・ホプキンスが所属しているゴールドスター・レーベルに送り、何と1948年にはシングル盤を吹き込んでのレコード・デビュー。

単純に”体がちっちゃいから”という理由で”リル・サン”の芸名を貰っておりますが、まぁ、こんなテキトーな芸名貰ってもあんま嬉しくない。大体俺はカタギの車屋だ、ダチの野郎の口車に乗っちまったが、レコーディングが終わったらさっさとブルースなんてヤクザな世界から身を引いて静かに暮らすべ。とは思ってはおりましたが、何とリル・サンのレコードはそこそこのヒットとなってしまって、他のレコード会社からも次々声が掛かるようになってくるのでした。

そんなこんなで「あんまりやりたくないんだがブルースマン人生」を、40年代末から50年代半ば頃まで過ごしたリル・サンでしたが、元々ヤル気がないのに加え、ツアー中に交通事故に遭ったりしたことを契機に足を洗います。

元の”メルヴィン・ジョンソン”に戻り、ダラスの「街の修理工場のおっちゃん」として、黙々働いていたリル・サン。どうやら世の中もブルース人気は落ち着いて、ロックンロールとかいう新しい音楽が流行ってるようだし、やれやれ、これで静かに暮らせる。と思ったであろうリル・サンですが、話はここで終わりません。

ロックンロールの熱狂も一夜の夢となった1960年、今度は若い白人のリスナーがブルースを求めるようになりました。

彼らの情熱は凄まじく、まるでCIAばりの情報収集能力で、全国各地の”伝説”となって今は一線を退いているブルースマン達を発見し、色々と上手いこと言ってライヴやレコーディングの最前線に送り込んでおりました。

そんな中「ライトニン・ホプキンスのレコードを出すために」レコード会社アーフーリーを立ち上げた青年、クリス・ストラックウィッツにリル・サンは発見され(古い電話帳に載っていた本名から足が付いたそうですがおそろしい・・・)、「レコーディングしてはくれんですか」と熱心な説得を受けます。

「あの〜・・・すいません」

「おぅ、いらっしゃい。修理かい?メンテかい?」

「あの・・・ミスター・ジャクソン。あなたはリル・サン・ジャクソンさんですよね」

「・・・何だ、そんなヤツぁ知らねぇ。車の用じゃなきゃ帰ってくれ。ウチは整備屋だ」

「ちょっとだけ話いいですか?」

「よくねぇ、帰れ。オゥ、誰か塩まいてやれ!」

と、クリス・ストラックウィッツは何度も追い払われた、なんて話を聞いてますが(塩は流石にまかんでしょうが)無視されても怒鳴られてもめげずにリル・サンの工場に通いつづけ、カネ儲けしたいとかでなしに、とにかくブルースが好きで録音したいという話や、リル・サンのかつてのヒット曲を、曲名も出して丁寧に感動したことを伝え、結局はその情熱に押し切られる形で、リル・サンはレコーディングを一応承諾。

はい、その「発見後」初のLPであり、リル・サンにとっては生涯最初にして最後のアルバム、そして、戦後のテキサス・ダウンホーム・ブルースを語るには絶対に欠かせない名盤が、コチラ



【収録曲】
1.Blues Come To Texas
2.Cairo Blues
3.Ticket Agent
4.Louise Blues
5.Sugar Mama
6.The Girl I Love
7.Santa Fe Blues
8.Turn Your Lamp Down Low
9.Groundhog Blues
10.Gambler Blues
11.Charley Cherry (take 1)
12.Charley Cherry (take 2)
13.West Dallas Blues
14.Rollin’ Mill Went Down
15.Red River Blues
16.Roberta Blues
17.Buck Dance
18.I Walked From Dallas
19.Rock Me
20.Johnnie Mae

タイトルはシンプルに「リル・サン・ジャクソン」、ジャケットも特別に撮影された写真じゃなくて、自分とこの自動車整備工場の前で、普段の仕事着の写真を使っている、というのがまた何ともイイじゃありませんか。

事実、このアルバムに収録されているのは、基本弾き語りのシンプル極まりない編成で、独特の淡々とした語り口で繰り広げられる、ありのままのブルース。

決して張り上げない、感情の高ぶりに流されない声も、モノトニック・ベース奏法といって、親指で「ボン・ボン」と、コード・チェンジに関係なく同じルート音を使うギターも、派手さは一切ないんだけど、どういう訳か一度聴いたら耳の底にじわーっと残って離れない不思議な魅力があります。

コレはファンの勝手な妄想です。彼が表舞台に出るのを嫌がったのは、もちろん海千山千の自堕落な生活が嫌だったってのもあるんでしょうが、彼にとって”ブルース”っていうのは、誰に聴かせる訳でもない、純粋な自己との対話だったんじゃなかろうかと。そんなことを思わせるぐらい、ここで聴かれるリル・サンのブルースは、孤高の深みに溢れていて、静かで絶対的な説得力を持っておるのです。


リル・サンは、このレコーディングを最後に、音楽とはきっぱり決別して、1976年静かに生涯を閉じました。とかく破天荒、型破り、荒削り、常識破りなブルースマンの中にあって、その個性と唯一無二の内省的なブルースは、やはり出色のものです。音楽の歴史の片隅で、いつまでも鈍く深い輝きを放つものでありましょう。







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2016年08月30日

マディ・ウォーターズ シングス・ビッグ・ビル

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マディ・ウォーターズ/シングス・ビッグ・ビル
(Chess/ユニバーサル)

マディ・ウォーターズといえば、戦後シカゴ・・・いや、もうブルース全体を代表する、揺ぎ無いビッグ・ネーム中のビッグ・ネームですが、意外なことにこの人は初レコーディング(商業用の)が1946年で33歳の遅咲きです。

伝記によると、故郷ミシシッピで若い頃からボトルネックのスライドギターを片手にブルースを唄い、地元ではそこそこ知られた存在ではあったようなのですが、この頃のスタイルはまだ完全にサン・ハウスチャーリー・パットンら、先輩ミシシッピ・デルタ・ブルースマン達の影響をモロに受けたスタイルで、もちろん濃厚なデルタ・ブルースの深みや味わいは放っていたものの、後年のようにオリジナリティに溢れた革新的なサウンドは完成どころかその気配すら感じさせてはおりませんでした。

そうなんです、いかに”帝王”マディとはいえ、最初から斬新なことをやっていた訳じゃなかったんですね。

マディが”マディ・ウォーターズ”として、唯一無二の電気化されたドロッドロの新しく刺激に溢れたブルースを生み出すのは、いや、彼の”はじまり”の何もかもは、30代になってようやく「音楽で食って行く」と決めてシカゴに辿り着いてからなんですね。

ところが大都会シカゴに出てきても、実は人見知りのマディ、音楽の仕事を探そうにも、何をどうやって良いかさっぱり分からずに、とりあえず昼間の仕事をしながら、ストリートで弾き語りなどをやっていました。

時は1946年、長く続いた第二次大戦が終わり、アメリカは勝者の国として、空前の好景気に沸き上がっていた頃で、音楽も洗練された派手なものが、世の中の雰囲気と共に好まれるようになっていた頃、マディはシカゴの路上で、ミシシッピ・デルタ直送の、泥臭く洗練とは無縁のブルースを、黙々と演奏しておりました。

アコースティック・ギターでボトルネックを滑らせて、人生の困難や辛苦をブルースする。

これは、ブルースとしては実に正しいスタイルなのですが、都会の様々な娯楽や、これより正に明るく輝かしい時代に突入する予感に溢れた空気に酔わされていたシカゴの住民には「何だ?田舎モンがしみったれたことやってるぜ、ヘッ、そんなブルースなんざぁ今ドキ流行んねぇよ」と、極めて冷ややかに見られていました。

それもそのはず、シカゴのブルースは、マディがやってくる何年も前から、バンド形式の洒落たジャズ風味のものが流行し、重たく暗いミシシッピのブルースなんぞは、とっくの昔に廃れたスタイル(それでもシカゴに出てきてブルースを流行らせたのは、ほとんどがミシシッピやメンフィスなど、深南部出身の人達だったのでありますが)として、もう見向きもされていませんでした。

しかし、マディには意地がありました。

「ブルースはオレがガキの頃から、どうしようもない気持ちになった時、唯一支えになった音楽なんだ。それだけじゃねぇ、サン・ハウス、チャーリー・パットン、ロバート・ジョンソン・・・あの人達の演奏は本当に凄かったさ。ジューク・ジョイントで音楽なんか聴いちゃいねぇ、泥酔して暴れる連中を、彼らの声とギターが何度黙らせてきたか、オレは知ってる。そうさ、人間の根本は、シカゴだろうがミシシッピだろうが変わらねぇ、ブルースには特別な力がある。あぁ、あるはずさ。今は分かってもらえなくてもきっと・・・」

道行く人に冷淡に無視されながら、或いはタチの悪いヤツらに「田舎に帰んな」とバカにされながらも、マディはそんな雑音を無視して、それでも黙々と路上でブルースを唄っておりました。

で、そんなマディの評判を耳にした一人の男との出会いが、彼の人生をガラッと変えることとなります。

ある日マディが演奏している時、洒落たダブルのスーツに粋なハット、そして高級時計とつま先までピカピカの革靴で身を固めた紳士がやってきてこう言いました。

「お前、なかなかいいな。声もいいがギターにも何かこう迫るものがある。ちょいと垢抜けりゃあそれなりにいいもんになるぞ。・・・見たところ音楽の仕事を探してるようだが、どうだい?やってみる気はあるかい?」

「ありがとう旦那・・・だがアンタは一体・・・?」

「オレもブルースやってんだ、へへ、ついでに言うとミシシッピの生まれよ。名前はビッグ・ビル、よろしくな兄弟」

そう、この紳士こそがビッグ・ビル・ブルーンジィ

1920年代にシカゴに出てきて、この地のブルースに洒落たムードと演奏面で多くの洗練をもたらした張本人、マディにしてみれば、昔から評判で知っていた「目指す成功者」そのものでありました。

ところがこのビッグ・ビル、人格的に大変よく出来た人で、マディのように随分年下で、おまけに田舎から出てきたばかりの人間にもちっとも偉ぶらず、気軽に声をかけて、仕事まで紹介してくれる。

人見知りなマディではありましたが、ビッグ・ビルの人柄と滲み出る「頼れる兄貴臭」にすっかりほだされて、ミシシッピから出てきて間もないこと、ブルースで成功したいが、今のところ自分のスタイルでは誰にも相手にされず、むしろ冷たく扱われていることなどを話し込みました。

「つうことはアレだな、生活もカツカツだろう。よしわかった、俺に任せろよ兄弟」

と、ニッコリ笑ったビッグ・ビルは、マディに色々な仕事を紹介したり、住まいの面倒を見たり、ミュージシャン仲間を紹介したり、それこそ手取り足取り何もかも世話をしたといいます。

それからマディはエレキを手にし、それまでの軽快なジャズ系アレンジのシカゴ・ブルース・サウンドの常識を覆す、タフでワイルドで目一杯泥臭くかつトンガッた新たな”電気化シカゴ・ブルース”を作り出し、ご存知のようにブレイクします。

マディの”親分”であるビッグ・ビルは、目をかけたマディのブレイクを大いに喜び「アイツは大したヤツだ、いつかはやると思ってた」と、周囲に語っていましたが、マディの新しいスタイルのブルースの成功は、結果としてビッグ・ビルのスタイルを”前の時代のもの”として彼方へ追いやることにもなってしまいました。

けれどもビッグ・ビルはそんなことちっとも意に介すことなく、自分はフォーク・ブルース・ブームの再評価時代に”ミシシッピの農夫兼ブルースマン”という与えられたキャラクターにも躊躇なくこなしながら、可愛い子分の成功を喜んでおりました。

マディは口には出さずとも「あぁ、結果的にそうなってしまったとはいえ、人気商売の宿命だとはいえ、ビッグ・ビルを辛い境遇に追いやってしまったなぁ・・・若い頃の恩返しも含めてあの人にはまた華やかな第一線で人気者になってもらわないと・・・」と、きっと思っていたことでしょう。




【収録曲】
1.テル・ミー・ベイビー
2.サウスバウンド・トレイン
3.ホエン・アイ・ゲット・トゥ・シンキング
4.ジャスト・ア・ドリーム
5.ダブル・トラブル
6.アイ・フィール・ソー・グッド
7.アイ・ダン・ガット・ワイズ
8.モッパーズ・ブルース
9.ロンサム・ロード・ブルース
10.ヘイ・ヘイ

ところがそんなことをマディが考えているうちに、ビッグ・ビルは1958年、喉頭がんで死去してしまいます。

その一報を受けてマディがすかさず「追悼盤」としてレコーディングしたのが本アルバム「シングス・ビッグ・ビル」なのであります。

当時はブルースなんて「ヒット曲が溜まったらそれを集めたアルバムをリリースする」という時代に「いや、こういうコンセプトで作りたいんだ!」と、我を通すことが出来たのも、マディの人気ならではのことでありましょうが、そんなことよりもとにかく

「ビッグ・ビルという人はな、みんな知らないかも知れないが、シカゴでいち早くブルースの歴史を作った凄い人だったんだ!このオレがこの世で一番尊敬してるんだ!ということを世の中に知らしめたい!!」

という気持ちが先に立ったんでしょう。全体的に統一された空気感の中で、ビッグ・ビル作曲の素晴らしい楽曲に、マディ渾身の力強い喉が炸裂する、物凄い希薄に満ちた一枚に仕上がっております。

実はこのアルバムで、マディはトレードマークのボトルネックをあえて封印(ビッグ・ビルはボトルネック使わなかったので、それに倣ったのでしょう)、そしてバンド・サウンドも歪みやエコーなどの”ギラギラな成分”を敢えてひかえめに、1930年代のブルースに歪みの少ない音であえて挑んでおります。

ところがところがこれが全然古さを感じさせない、むしろいつもより気合いの入ったマディの豪快なシャウトを中心に、いつものマディよりもちょいと小洒落たバンドの音がギュッと凝縮されて、これもまたリアル・ブルースと納得させる見事な演奏です。

シカゴ・ブルースの王者マディの成功の大元にビッグ・ビルあり、ブルースファンの皆さんにはぜひこれは知って頂きたいエピソードなんですが、やっぱりアレですよね、音楽ってスタイルとかテクニックとかもちろん大事ですが、それ以上に「気持ち」ですよね。





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2016年08月17日

ライトニン・ホプキンス ライトニン&ザ・ブルース コンプリート・ヘラルド・シングルズ

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ライトニン・ホプキンス/ライトニン&ザ・ブルース コンプリート・ヘラルド・シングルズ

(Herald/Pヴァイン)

夏が嫌いなくせに、夏になると暑苦しくてどうしようもなく濃い音楽が聴きたくなります。

困ったものです、えぇ、困ったもので、自分でもこの性分は何とかせにゃならんと思っております(棒読み)。

しかしアタシの大好きなジャズやブルースやロックやソウルなどの暑苦しいおっちゃん達はこう言うのです

「夏?しゃらくせぇ、ゴキゲンだぜ!」

と。


えー、ちなみにここんとこアタシの営業車のカーステの中からそのようにおっしゃっているのは、ライトニン・ホプキンスさんです。


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真夏でもビシッとジャケットでキメて、胸元ガーっと開けて帽子を思いっきり斜めに被る王道の不良ファッションに騙されてはいけません。このヒトのやっておる音楽(ブルース)は、そのダーティーな見た目以上にダーティ極まりないものであります。

そうそう、アタシはよく「ブルース聴きたいんだけど、何聴けばいい?」という問いを、ありがたいことによく頂きますが、そん時は迷わずライトニン聴いてもらいます。

好き嫌いはさておいて、ほとんどの人が「これはブルースだね、見事にブルースだ」と、とりあえずは納得してくれるところを見ると、やはりライトニン・ホプキンスという人は「ブルース」なのでしょう。

どの時代のどのアルバムを聴いても「くー、たまらんねこれ」と、アタシも理屈を超えてなってしまいます。

あえて陳腐をぶっこきますが、ブルースというのはスタイルとか理屈とかじゃないんですね。毎度おんなじよーな曲をやっていようがチューニングがズレてよーが、かっこいいブルースマンにかかってしまえば、そういうのも全部含めてだからライトニン・ホプキンスは「ブルース」だと思います。


ささ、みなさんライトニン・ホプキンスを聴きましょう♪





【収録曲】
1.Nothin’ But The Blues
2.Don’t Think Cause You’re Pretty (Blues Is A Mighty Bad Feelin’)
3.Lightnin’s Boogie (Boogie Woogie Dance)
4.Life I Used To Live (Gonna Change My Ways)
5.Sick Feelin’ Blues (I’m Achin’)
6.Evil Hearted Woman
7.Blues For My Cookie
8.Sittin’ Down Thinkin’
9.My Baby’s Gone
10.Lonesome In Your Home
11.Lightnin’s Special (Flash Lightnin’)
12.My Little Kewpie Doll (Bad Boogie)
13.I Love You Baby
14.Shine On Moon
15.Had A Gal Called Sal
16.Hopkins’ Sky Hop
17.Lightnin’ Don’t Feel Well (I Wonder What Is Wrong With Me)
18.Finally Met My Baby
19.That’s Alright Baby
20.Don’t Need No Job
21.They Wonder Who I Am
22.Remember Me
23.Grandma’s Boogie (Lightnin’s Stomp)
24.Please Don’t Go Bab
25.Early Mornin’ Boogie (Hear Me Talkin’)
26.Moving On Out Boogie (Let’s Move)


てなわけで本日のオススメは、1952年に「ヘラルド」という小さなレーベルに残した録音のすべてが収録されている「ライトニン&ザ・ブルース」です。

「ヘラルドのライトニン」といえば、ファンの間ではダーティー・ライトニンの極致といわれておるもので、えぇ、全編エレキギターをギャンギャンにかき鳴らして、ベースとドラムだけをバックに、エゲツない音で最高にィやっさぐれたブルースをやっておる音源なんですよ。

まー、暑い夏に聴くとコレ、かなりいい感じにギトギトきます。

このテのブツの解説をする時は、アタシゃ毎回言いますが、1952年、エフェクターもないし、アンプのツマミにゲインなんぞ付いてない時代です。

そんな時代に何をどうやってるのかわからない、どうせアタマがオカシイだけなんだろうけど、エレキギターの音がワシャワシャ歪んでるんですよ。

後半になってから出てくるノリノリのブギーはもちろんなんですが、のっけからのヘヴィネス全開なスロー・ブルースのギターソロで「もうなんじゃこりゃ!」てぐらいのトーンがギンギン鳴り響くんです、もう曲がどうとか時代がとか一切関係ナシで、「これはパンク(=ブルース)!」と、興奮せざるを得ない、うん、得ませんな。



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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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posted by サウンズパル at 11:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ブルース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする