ディープなコラム こちらにも書いてます♪

2017年01月10日

ザ・ロンドン・ハウリン・ウルフ・セッションズ

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ザ・ロンドン・ハウリン・ウルフ・セッションズ
(Chess/ユニバーサル)

ブリティッシュ・ロックとブルース、特にシカゴ・ブルースの関係というのは、切っても切れないものがあります。

言うまでもなくローリング・ストーンズやクラプトンは、デビュー前からチェス・レーベルのレコードを買い漁って、マディ・ウォーターズ、ハウリン・ウルフ、ボ・ディドリー、リトル・ウォルターなどなどなど、黄金期のシカゴ・ブルース/R&Bの演奏を熱心に聴き込んで、またはコピーにいそしんでおったことは、これはもう有名を通り越して常識な話。

もちろんブルースが大好きだったのはストーンズやクラプトン周辺だけでなく、この年代のイギリスの若者達にとってはブルースやR&Bというのは何てったって、それまで自分達の国にはなかった、とっても刺激的で斬新で不良でカッコイイ音楽だった訳ですから、50年代後半から60年代のイギリスでは、アメリカ以上にブルースがトッポい若者の間で大人気だったんですね。

一方でブルースにとっては、イギリスのロックの人達というのはこれはもう大恩人な訳です。

何故ならその頃まだアメリカではブルースやR&Bというのは「黒人の音楽」だった。

チャック・ベリーやエルヴィス・プレスリーの登場によって、ようやくブラック・ミュージックが一般に知られるようにはなったのですが、既に時代はブルースから誕生したばかりのロックンロールに人気の軸が移り、彼らが主なターゲットにしていた黒人の若者層は、そり都会的で洗練されたソウルの方に興味が移っていて「ブルースは一昔前の音楽」とまで言われてたところに、英国勢が「んなことねぇよ!こんなイカシた音楽あるか!!」と、海の向こうで盛り上がって、その盛り上がりがやがてアメリカの都市部のロック少年達に逆輸入みたいに伝わって、ブルースは息を吹き返した。という流れがあるんですね。

そんなこんなで1960年代には、ブリティッシュのミュージシャン達による「ブルースお陰参り」的な企画がライヴやレコードでは次々と誕生します。

また、ブルースの側からも積極的に若手ロックミュージシャン達とセッションしたアルバムなんかが出たりしまして、それぞれ良い感じに話題を提供し合っていた訳です。

そして遂に1970年、チェス・レコードで一時代を築いた大物ブルースマン達をロンドンのスタジオに招いてアルバムを作ろうという話があり、「イン・ロンドン」というタイトルで、マディ・ウォーターズ、ハウリン・ウルフ、ボ・ディドリー、チャック・ベリーといった、横綱級の4人がロンドンのスタジオで彼らを尊敬し、崇拝するロック・ミュージシャン達とスタジオアルバムを製作します。

以前チャック・ベリーのアルバムは解説したかな?という訳で、本日はわれらがハウリン・ウルフ親分のアルバムをいってみましょう♪



【収録曲】
1.ロッキン・ダディ
2.アイ・エイント・スーパースティシャス
3.シッティン・オン・ザ・トップ・オブ・ザ・ワールド
4.ウォリード・アバウト・マイ・ベイビー
5.ホワット・ア・ウーマン!
6.プア・ボーイ
7.ビルト・フォー・コンフォート
8.フーズ・ビーン・トーキング?
9.ザ・レッド・ルースター (誤った出だし&ダイアログ)
10.ザ・レッド・ルースター
11.ドゥ・ザ・ドゥ
12.ハイウェイ49
13.ワン・ダン・ドゥードゥル
14.ゴーイン・ダウン・スロウ (Bonus Tracks from London Revisited)
15.キリング・フロア (Bonus Tracks from London Revisited)
16.アイ・ウォント・トゥ・ハヴ・ア・ワード・ウィズ・ユー

1970年5月に四日間かけてレコーディングされたこのアルバム、まぁまずは豪華この上ない参加メンバーからご紹介いたしましょう。

ウルフと片腕のヒューバート・サムリン(ギター)そして若手ハーモニカ奏者のジェフリー・カープが、シカゴからやってきたブルースマン達。

そして英国勢が、まずこのセッションの人選やら何やら任されて、実質的にイニシアチブを取っているエリック・クラプトンを筆頭に、ビル・ワイマン(ベース)とチャーリー・ワッツ(ドラムス)、イアン・スチュワート(ピアノ)のストーンズ勢。

そして英国ブルースロックの雄、セッションには参加しなかったのでブ厚いホーンセクションと共にオーバーダブ参加、名手スティーヴ・ウィンウッドのピアノとオルガンも入ってます。

更に更に、初日のセッション(A)に間に合わなかったビルとチャーリーの代わりに、何とリンゴ・スターがドラムを叩き、クラウス・フォアマンがベースを弾いていたり、まーおっそろしいほど豪華、さながら「ブルース祭りイン・ロンドン」のごつなっとりますねこれ。

とにかく英国勢は、ガキの頃からウルフ親分大好きで「親分ようこそロンドンへ!」と、そりゃもう大歓迎モードだったでしょう。

しかし親分は機嫌が悪い。

「何でワシがイギリスくんだりまで来て、こんなロックのセッションに参加せにゃあいけんのじゃ。大体最近こんな仕事ばっかでやれんわい」

地元ではシャレじゃなく本気で命のやりとりスレスレの、やっばい現場で場数を踏んできたウルフ親分です。美学として「ブルースは和気藹々でやるもんじゃないどぉ!」という気持ちを人一倍持ってます。

更にこの時期は持病の心臓病と交通事故の後遺症によって、体調もかなり悪かったので、それこそ変に気を遣われたり、妙に優しい扱いを受けたり、そういうのも気に入らなかったんでしょう。当初和やかなムードだったスタジオは、親分登場と共に、かなり気まずく重た〜い空気になり、セッションはそのまんまスタートしてしまったとか。。。

しかし、音が鳴って演奏が始まれば、親分も「本気」が発動します。タイトでシャキッとしたブリティッシュ・ロックのノリとシカゴ勢の持つザラついた引きずるようなフィーリングは、本質的に溶け合うものではありませんが、親分は吠え、クラプトンは遠慮なしにガンガンソロを弾きまくり、ヒューバート・サムリンは一歩引いて絶妙なサポートギターで間を取り持つ、この緊張感溢れる空気はどうでしょう。素直に「カッコイイ!」と思える刺激かスピーカーからはビシバシ飛んできます。

圧巻はウルフ親分屈指の、重く引きずるスローナンバー「リトル・レッド・ルースター」です。

演奏がスタートするものの、やはりノリが合わず、一回ストップしてバンドに指示を出した後に再開するところもそのまんま収録されてますが、この時クラプトンが「親分すいません、自分らにはこのフィーリングがなかなか掴めないので教えて下さい!」と素直に教えを乞うたらしいんですね。

これでウルフ親分機嫌が直って、セッションは徐々に和やかなものになったみたいです。素直に本音でぶつかってくる若者に優しい親分、最高なんですが、実は最初から仲良くやりたかったけど「ブルース背負ってる」という意気込みもプライドもあって、頑なな態度取らざるを得なかったのかも知れません。それを見通して絶妙なタイミングで行けるクラプトンも流石です。

バックがほとんどこの時代の王道ブルースロック・サウンドなので、いきなりギトギトなのはちょっと・・・。という向きにはとにかくオススメですが、そうでなくとも元々ロッキンなウルフ親分、不自然さも妥協もなく、いつも通りノッております。

いや、本当は最初から案外楽しんでたんじゃないですかね?

あと、このアルバムのもうひとつの聴きどころはビル・ワイマンのベースです。

ストーンズではミックやキースの盛り立て役に徹している、やや引いたプレイのビル・ワイマンがこんなにブイブイ攻めるベースを弾く人だとは、コレ聴くまで思ってなかったです。


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2016年12月26日

ハウリン・ウルフ ライヴ・アンド・クッキン

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ハウリン・ウルフ/ライヴ・アンド・クッキン
(Chess/ユニバーサル)

何てったって我らがハウリン・ウルフ親分のライヴであります。悪かろうはずがないのです。

何しろあのキョーーーレツなダミ声で、どのアルバムだろうが遠慮ナシに吠えまくり、190cm、138kgの巨体を揺さぶりながらステージもスタジオも所狭しと暴れまくっていたといいます。

どんな風に暴れまくっていたかといえば

『激しく身をよじり、柱や壁の幕によじ登っていた』


おいおい・・・プロレスじゃねえか。

と、誰もが思います。

しかし、そんな親分のパフォーマンスと、同時代の誰よりも激しいロッキンなブルースは、50年代のシカゴの若者達の心を激しく掴み、ウエストサイドの子供達の間では、ダミ声で叫びながらのたうちまわる「ウルフごっこ」なる遊びも流行ったようであります。

ほれ、ブルースっつったら、何だかんだロックのルーツで凄いですとか、人生の悲哀が滲んでて深いとか言われるじゃないですか。それはもちろん正解で、アタシもブルース聴く時はそんな凄さだとか深さに感激したり身震いしたりして聴いてたりするんですが、ウルフ親分に関してだけは、そんな凄さや深さを常々上回る荒々しさを、アタシはいつも感じるんです。

もちろん、ウルフ親分、並のミュージシャンのそれを遥かに上回る渋さや深みを十分に持ってる人なんですが、上回ってなお、脳天にガツーンとくる衝撃力なるものを持っております。

そりゃもうどのアルバムでも親分は、一切の手抜きをすることなく、死ぬまで愚直なまでにラフでタフで荒々しいブルースで、ロックしまくるわけなんです。

1960年代の半ば頃から心臓病の持病を抱え、70年にはカナダで交通事故に遭ってしまい、この後遺症で腎臓を悪くした上に車椅子に乗るようになってしまい、結果ステージを所狭しと暴れ回るパフォーマンスは出来なくなってしまいましたが、それでも声の迫力や楽曲の荒々しさは全然変わりません。

どころか、少なくともCDやレコードなどの音源を聴いただけでは、肉体的な衰えなんさあ微塵も感じさせません「え、そんなことあったの?」と、アタシは今でも思います。






【収録曲】
1.ホエン・アイ・レイド・ダウン・アイ・ワズ・トラブルド
2.アイ・ディドゥント・ノウ
3.ミーン・ストリーター
4.アイ・ハド・ア・ドリーム
5.コール・ミー・ザ・ウルフ
6.ドント・ラフ・アット・ミー
7.ジャスト・パッシング・バイ
8.シッティング・オン・トップ・オブ・ザ・ワールド
9.ビッグ・ハウス
10.ミスター・エアプレイン・マン

で、親分唯一のこのライヴ・アルバムなんですが、コレが録音されたのが1972年。

ミドルテンポの曲が多く、実にくつろいだ雰囲気だったので、最初こそ「あ〜、ウルフも丸くなったんだね。楽しそうに吠えてるね〜」なんて思ったのですが、よくよく聴いてたら、全然そんなことはない。

70年代の録音のはずなのに、ささくれだったゴリゴリのバンド・サウンドはシカゴ・ブルースが最もキケンな緊張感に満ちていた50年代の空気そのものだし、ギターのヒューバート・サムリン、テナー・サックスのエディ・ショウ、ピアノのサニーランド・スリム、そして「シカゴ・ブルースといえばこのリズム隊」の、デイヴ・マイヤーズとブレッド・ビロウの"ジ・エイシズ"コンビという、これはもうハウリン・ウルフのバックバンドとしてはこれ以上望むべくもない最高のメンツ。

特に"ウルフ一家若頭"ヒューバート・サムリンのプレイは、1954年に親分がシカゴに出て来てから、ずーっと一緒にプレイしてきて18年の見事なバックアップです。

初期の頃から親分の暴れまくるヴォーカルを、オブリガードの鋭い斬り込みで煽る絶妙なレスポンスでしたが、ここでの破壊力溢れる"斬り倒し"ギターの凄まじさは、サムリン傷害の、や、生涯のベスト・プレイですよこれは。「かっこいいブルース・ギター」を志す人は、まずもってこのアルバムのギターを聴いてください。

あと、このアルバムを聴く時は、通常より少し大きめの音で聴いてくださいね。「ヤバい!」の度合いが全然違いますから。










(素敵なライヴ動画発見!これは1970年代頭か60年代後半頃ですね〜♪)

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2016年12月17日

ビッグ・ウォルター・ホートン メンフィス・レコーディング1951

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ビッグ・ウォルター・ホートン/メンフィス・レコーディング1951
(Pヴァイン)

ブルースにおけるハーモニカの歴史で、その奏法に革命を起こした人は何人かおります。

特に戦後、ギンギンに鳴るエレキギターのサウンドに合わせるようにハーモニカの音もアンプで電気増幅させたサウンドで吹かれるブルース・ハープのことを”アンプリファイド・ハープ”と言いますが、ブルースファンの中ではこの奏法を生み出したのは、これはもうリトル・ウォルターであると言われてます。

ところがブルースの世界には実は”もうひとりのウォルター”が居て、彼もハーモニカ奏者として試行錯誤の末に「あれ?ハープをアンプに突っ込んだらいけるんじゃね?」ということを発見した人だと云われております。

彼の名はビッグ・ウォルター。

ウォルター・ホートンとか”シェイキー・ジェイク・ホートン”とかも呼ばれております。

戦前から活動し、戦後シカゴ・ブルースの黄金期を創った忘れじの名手の一人であり、1981年まで長生きして一線で活躍し続けたので、音源も結構残っているんですが、リトル・ウォルターのような破天荒な生き様で数々の伝説を作った訳でもなく、サニー・ボーイ・ウィリアムスン(U)のような強烈にアクの強いキャラクターで、ブルースに憧れるキッズ達に「ブルースマンっておもしれぇなぁ〜」と深い印象を残した訳でもありません。

大言壮語、或いは生き様そのものが派手でギャンブル的なブルースマンの中で、彼の性格はどちらかといえば控え目でお人好し。自分がリーダーのレギュラーバンドはほとんど持たず、サイドマンとして呼ばれたら参加して、どんなセッションでもキッチリとリーダーを引き立てる熟練のプレイで応えるという大人っぷり。

吹き方もまた、大胆な強弱を付けてゴリゴリ吹いたり、伴奏の時もメインのフレーズにガンガン絡む訳ではなく、あくまでメインのフレーズや楽曲のメロディに寄り添って、ジワジワと情感を拡げてゆくようなスタイルで、一度ハマッたらこよなく好きになってしまう類の”味”で聴かせる人なんです。

さてさて、そんなビッグ・ウォルター、1917年にミシシッピで生まれておりまして、10代の頃に家族でメンフィスに移住しておりますが、この地でメンフィス・ジャグ・バンドスリーピー・ジョン・エスティスとコンビを組んでいたハミー・ニクソンらにハーモニカの吹き方を教わり、30年代には既にメンフィスからミシシッピ周辺のジューク・ジョイントを演奏して回る程のいっぱしのハーモニカ吹きになっておりました。

1940年代になると、メンフィスではブルース・バンドの電気化がいち早く行われておりました。

メンフィスといえばご存知エルヴィス・プレスリーでありますが、プレスリーの音楽が何であんなに初期の頃からロックしてたのかといえば、彼が小さい頃によく隠れて観に行ってたブルースのライヴが、既にギンギンにロッキンなヤツだったからなんですね。

「あの頃のメンフィスやウエスト・メンフィスでは分かりやすいクレイジーなノリのブルースがウケてた。ギターのボリュームを上げられるだけ上げて、ドラムもピアノもその音に負けないぐらいに目一杯叩くんだ。当然唄うヤツはもっと負けてられない。そんなノリだったよ、みんな」

と、シカゴに出る前にウエスト・メンフィスでブイブイ言わせていたハウリン・ウルフが言うように、当時のメンフィスで演奏されていたブルースは、とにかくラウドでロッキンだったんですねぇ。

ビッグ・ウォルターも、そんな環境の中で必要に迫られて”アンプリファイド”という技を編み出したんだと思います。

という訳で、彼がメンフィスでレコーディングしていた頃(一部シカゴ時代のものあり)の音源「メンフィス・レコーディングス」を聴いてみましょう。



【収録曲】
1.Jumpin’ Blues
2.Black Gal
3.Hard Hearted Woman
4.Go Long Woman
5.What’s The Matter With You (take 1)
6.Cotton Patch Hot Foot
7.Little Boy Blue (take 2)
8.I’m In Love With You Baby (Walter’s Blues) (take 1)
9.Blues In The Morning
10.Now Tell Me Baby (take 1)
11.I’m In Love With You Baby (Walter’s Blues) (take 2)
12.What’s The Matter With You (take 2)
13.Little Boy Blue (take 1)
14.Now Tell Me Baby (take 2)
15.Have A Good Time
16.Need My Baby (in a session)
17.Need My Baby (in a session)




お〜いぇ〜♪ いぇいいぇ〜い♪ な、8ビート・シャップル・ナンバーが多く、コレが実にノリやすくゴキゲン、またサウンドがいいですね。カラッと乾いたサウンドが醸しだす、何とも言えないヴィンテージ感と、ゲインの付いてないアンプでここまでやれるかというささくれだったギターの音と堂々渡り合っているホートンの、音色こそマイルドだけどかなりモダンなフレーズを繰り出すハープ、たまりません。

これがシカゴに行って小慣れてくると、よりヘヴィな質感になるんだよな〜。なんて機嫌良く思いながら、繰り返し聴けるサウンドです。これぞ50'sメンフィス・ロッキン・ブルース!

この時点でビッグ・ウォルターのハープは後年のようにギンギンにリヴァープを効かせた音ではありませんが、ワイルドに荒くれるバック・サウンドと何の違和感もなく、埋もれることなくブギしてジャンプするハープはたまりませんね。「戦後メンフィス・ブルース」と言っても、あんまりピンと来てくれる人は少ないんですが、このサウンドの質感、味わってしまったらもうこの音のとりこになりますよ。

ちなみにこのセッション、バックには後にジャズ・ピアニストとして有名になるフィニュアス・ニューローンJr.ら、ニューボーン兄弟、ギター、ヴォーカル、ドラム、ハープ、カズーを同時に一人でこなす”一人フルバンド男”(ここではギター、ドラムを同時演奏)ジョー・ヒル・ルイスなど、結構豪華なメンツが脇を固めております。

ちなみに”リトル・ウォルター”という芸名は、実は最初ビッグ・ウォルターが名乗ってたんです。

年齢的に大分後輩になるウォルター・ジェイコブスという少年が”リトル・ウォルター”を勝手に名乗って有名になっちゃったので「ま、いっか。じゃあオレはビッグ・ウォルターを名乗ろうね」と、あっさり名前を譲って、特にリトル・ウォルターのことを嫌うとかそういったのもなく、会えば親しく話をして可愛がってたんだとか。この人のそういうとこほんと好き。



(もういっちょご機嫌なやつを♪ 彼のハーモニカは音色フレーズ共にサニーボーイ・ウィリアムスンT世の影響が強いように思いますがどうでしょう?)

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2016年11月28日

サニーボーイ・ウィリアムスン(T) The Original Vol.1

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The Original Sonny Boy Williamson (4CD Box Set)

(JSP)


え〜と、はい、先日のサニーボーイ・ウィリアムスンの記事で「本家本元のオリジナル・サニーボーイがいる」とかいきなり書いてしまって、読者の皆さんには「え?何それ??」と、戸惑った方も多いかと思います。

で、記事を書いている途中に

「え〜と、コノ人が戦前最初に”サニーボーイ・ウィリアムスン”として活躍したオリジナルでございます」

と、リンクを貼ろうとしたんですが、いけません、アタシとしたことが、サニーボーイ・ウィリアムスン(ライス・ミラー)のCDは3枚も紹介しておきながら、コチラのオリジナル・サニーボーイの方はまだ1枚も紹介しておりませんでした。お詫びして紹介いたします。

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サニー・ボーイ・ウィリアムスン、本名ジョン・リー・カーティス・ウィリアムスン。

1914年(もしくは1916年)テネシー州ジャクソン生まれで、1934年にシカゴへ出てきたこのブルースマンは、紛れもなく本家本元の”サニーボーイ・ウィリアムスン”でございます。

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よくブルースの世界では、ややこしい2人を区別化されるために、このジョン・リー・サニーボーイを”サニーボーイ・ウィリアムスンT世”、アチラのライス・ミラーを”サニーボーイ・ウィリアムスンU世”と呼んで区別しておりますので”T世”ときたら戦前〜戦時中〜戦後すぐの時期に活躍したこのサニーボーイだと思ってやってつかあさい。

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さて、サニーボーイ(T世)なんですが、戦後になってから結構長い間活躍して作品も入手しやすい形で結構出しているサニーボーイ(U世)とは対照的に、シカゴにやってきて第一線のブルースマンとして活躍していたのが1937年から1946年までと、僅か10年にも満たない期間だったのに加え、レコーディングはSP盤でしか出していなかったので”アルバム”というものがなかったので、復刻版のLPやCDもなかなか入手しづらかったということで(アタシもサニーボーイT世が欲しい一心で、輸入盤を探しまくってたものです)、知名度はU世に比べて大分劣ります。

おまけに、U世の方も色々と胡散臭い(まだ言うか)キャラではありましたが、実力の方は負けず劣らずの”ホンモノ”であったため、ブルースに目覚めた人達のほとんどは、U世の超ダウンホームで実にイナタくトッポいブルースに感動して、ついついT世を聴くのを後回しにしちゃってそのまんま忘れてしまうということも結構あるみたいで、あいやこれは、という状況がここんとこずーっと続いておったりします。

でも、この人こそが、ブルースにおける「ヴォーカルとハープの基本スタイル」というものを戦前に大成させたイノベイターであり、実は戦後に大活躍したリトル・ウォルタージュニア・ウェルズといったモダン・ブルースハープの巨人達は、実際こぞってサニーボーイ(T世)のスタイルから多大な影響を受けており、その流麗で様々なニュアンスに富んだフレージングを懸命にコピーすることからキャリアをスタートさせておるんですね。

サニーボーイT世がシカゴでスターになった頃というのは、実はハープというのは、軽い伴奏楽器的なポジションの楽器でありました。

これは例えば戦前のデルタ・ブルース系やメンフィスのジャグバンドとかを聴いてみれば分かると思うんですけど、唄とギターの間を取り繕うかの如くプワプワ鳴っているものが多い。

ハープというのはキィに合わせて持ち替えることは可能ですが、穴が10個しかないので、単音でメロディアスなフレーズを繋げて行くのは実際本当に難しかったりするんですよね。

サニーボーイ(面倒くさいので”T世”は省略!)がシカゴに出てきて、凄腕のギタリストやピアニスト、またはジャズ・ミュージシャン達が百花繚乱状態だった時、彼は「じゃあオレのハープを、演奏の中でソロが吹けるぐらいまでに地位を上げてやんよ♪」と決意し、ヴィブラートやベント(舌を使って半音階など微妙な音程を出す裏技)を鬼のように鍛え上げ、次々と新しい奏法を確立させました。

シカゴといえば大都会です。

大都会の人達は何につけても最先端を求めますから、この時代のシカゴ・ブルースは、バンド・スタイルでジャズの影響を前面に押し出した、非常に洗練されたものでした。

こんな中で、同時代の南部で演奏されていたような、泥臭く牧歌的な音楽なんかやろうもんなら「ダサいヤツ」のレッテルをあっという間に貼られてつまみ出されてしまいます(実際シカゴのクラブを仕切っていたのはマフィア達だったので、演奏するにも命がけだったんです)。

サニーボーイの革新的なハープは、洗練されたシカゴ・ブルースの、その都会的なサウンドと驚くほどピッタリと合いました。

また、底抜けに陽気で愛嬌たっぷり、更にどこか不思議な、つっかかって引きずるようなオリジナリティ溢れるヴォーカルも、何とも言えない魅力でありますが、実は彼は吃音、つまりしゃべる時どもってしまうハンデがあったのですが、それも逆手に取って素晴らしい芸風に変えてしまう辺り、やはり並みのブルースマンではありません。

さて、1948年に不幸にも自宅に入ってきた強盗にアイスピックで頭を刺されて、短いキャリアに終止符を打ってしまったオリジナル・サニーボーイ。自分が作り上げたブルース・ハープの新しスタイルを、その後の電気化されたシカゴ・ブルース・サウンドに乗せることは叶いませんでしたが、その代わり戦前から40年代末までの生楽器を主体としたシカゴ・ブルース・サウンドに、その究極をことごとく刻んで残しました。

かつては入手困難だった音源も、このように素晴らしい質量詰まったCDで、今はそのほとんどをまとめて聴けます。↓




(Disc-1)
1.Good Morning, Little School Girl
2.Blue Bird Blues
3.Jackson Blues
4.Got the Bottle Up And Gone
5.Sugar Mama Blues
6.Skinny Woman
7.Tough Luck
8.Prowling Night-Hawk
9.Sweet Pepper Mama
10.I Know You Gonna Miss Me
11.Rootin' Ground Hog
12.Brother James
13.I Won't Be In Hard Luck No More
14.Up the Country Blues
15.Worried Me Blues
16.Black Gal Blues
17.Collector Man Blues
18.Frigidaire Blues
19.Suzanna Blues
20.Early In the Morning
21.Project Highway
22.My Friend Has Forsaken Me
23.Mean Black Cat
24.Brickyard
25.Mamie Lee
26.Take It Easy Baby

(Disc-2)
1.I Have Spent My Bonus
2.CNA
3.Lose Your Man
4.All I've Got's Gone
5.A Ramblin' Mind
6.Now I Stay Away
7.My Little Cornelius
8.Decoration Blues
9.You Can Lead Me
10.Moonshine
11.Miss Louisa Blues
12.Sunny Land
13.I'm Tired Trucking My Blues Away
14.Down South
15.Beauty Parlor
16.Until My Love Come Down
17.Katy Fly
18.Big Boat
19.Only Boy Child
20.Lonesome Man
21.Mean Actin' Mama
22.Stuff Stomp
23.J.L. Dairy Blues
24.Rachel Blues
25.Lake Michigan Blues

(Disc-3)
1.I'm Wild And Crazy As Can Be
2.Honey Bee Blues
3.My Baby I've Been Your Slave
4.Whiskey Headed Blues
5.Lord, Oh Lord Blues
6.You Give an Account
7.Shannon Street Blues
8.You've Been Foolin' Round Town
9.Deep Down In the Ground
10.When You Feel Down And Out
11.Texas Tommy
12.It's All Over
13.My Mind Got Bad
14.Get Your Head Trimmed Down
15.Peach Orchard Mama
16.Haven't Seen No Whiskey
17.Goin' Up the Mountain
18.You Got To Fix It
19.Number Five Blues
20.Christmas Morning Blues
21.Susie-Q
22.Blue Bird Blues - Part 2
23.Little Girl Blues
24.Low Down Ways

(Disc-4)
1.Goodbye Red
2.The Right Kind Of Life
3.Insurance Man Blues
4.Rainy Day Blues
5.Next Door Neighbor
6.Big Apple Blues
7.Freight Train Blues
8.Good Gamblin'
9.Bad Luck Blues
10.My Little Baby
11.Doggin' My Love Around
12.Little Low Woman Blues
13.Good For Nothing Blues
14.Sugar Mama Blues No.2
15.Good Gravy
16.T.B. Blues
17.Something Goin' On Wrong
18.Good Gal Blues
19.Joe Louis And John Henry Blues
20.Thinking My Blues Away
21.I'm Not Pleasing You
22.New Jail House Blues
23.Life Time Blues
24.Miss Ida Lee
25.Tell Me, Baby



何と4枚組で¥2000ちょっとという恐ろしいCDです。入門用としても「一気聴き用」としても、今のとこコレがベストでしょう。

神憑りなハープの至芸と、ビッグ・ビル・ブルーンジィ、ビッグ・ジョー・ウィリアムス、ブラインド・ジョン・デイヴィス、ビッグ・メイシオ、エディ・ボイドら、当時を代表する凄腕のギタリストやピアニストがガッツリ脇を固め、すこぶるな名演でフォローする究極のアコースティック・シカゴ・スタイルにとことんシビレましょう♪



(代表曲はいっぱいありますが、個人的にはこの”シュガー・ママ”好きですねぇ。スローブルースなのに深刻過ぎないノリがイイ♪)

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サニーボーイ・ウィリアムスン ダウン・アンド・アウト・ブルース

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サニーボーイ・ウィリアムスン/ダウン・アンド・アウト・ブルース
(Chess/ユニバーサル)

”有名アーティストの名前を勝手に名乗って活動してたら、気が付けばオリジナルよりも有名になっちゃってた”

といえばサニーボーイ・ウィリアムスン(U世)。

え?ニセモノだって?とんでもない、語り口調のような軽妙なハープに、同じく軽妙だけどしみじみと唄わせれば何とも味のあるやや濃い口のヴォーカルに、戦後シカゴブルース一流のバンドを率いて、R&B調の曲だってトッポくキメる。しかし心はいつだってディープ・サウス!どんなにモダンなサウンドをひっさげても、魂の奥底から無尽蔵に出てくる熟成に熟成を重ねた味わいのブルース・フィーリングは尽きる事がない。

人生の苦楽の全てを豪快に呑み込んで、悲哀に満ちた深い眼差しで彼がハープを泣かせると、老いも若きも男も女も、黒人も白人も関係なく、誰もがぐっと息を呑み、ジュークジョイントの暗がりの中から南部の闇の大空へ消えてゆくその音の行方を、消えてなくなるまでずっと無言で見守った・・・。

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う〜ん・・・・

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う〜ん・・・・


ごめんなさい、途中から嘘です!!

だってサニーボーイだもの、どんなにカッコ良く文章を書いても、山師そのもの・・・少なくともカタギには見えないこの飄々とした胡散臭さ漂う写真を見せたら、誰だって「騙された!金返せ!!」ってなるじゃないですかー。

という訳で本日は

「いやだからサニーボーイ(U)のカッコ良さはそこなんだよ、後輩のマディとかウルフとかが、お互いナンバーワンを目指して、それこそシノギを削っていた時に、自分一人だけ”おぉ、やってるかぁ〜”ぐらいの飄々っぷりで、んでもって勝手にいいメンバーを揃えたバンドを従えて、マイペース極まりないブルースを演奏してたところなんだよ。でもって60年代にロックの連中からブルースが注目されたら、その流れにしっかり乗って、しぶとくブルースし続けたところなんだよ」

という話をしたいと思います。

でもってサニーボーイ・ウィリアムスン。

戦前から活躍を続ける、実際凄腕のハープ吹きであり、個性派なヴォーカリストであるブルースマンです。

そしてこの人のブルースには、飄々としていながらも、聴く人の「何かカッコイイんだよね心」をくすぐって止まない最高な魅力があるんです。

生まれた年はよくわからない、多分1900年代の初め頃で、ブルースマンとしては限りなく第一世代に近い。

ブルースマンになる前は何をやっていたかほとんど不明だが、みんなが気付いた頃には"ライス・ミラー"(本名はアレックス・ミラーというらしい)の名前で、ハープ片手にジューク・ジョイントに現れて、演奏しておりました。

有名な話は「ロバート・ジョンソンの臨終に立ち会った」という話ですがこれは得意のホラ。でも無くなる前のロバート・ジョンソンとは演奏もして、一緒にカウンターで呑んでたことは紛れもない事実。

この時"ライス・ミラー"は30代、しかし彼がブルースマンとしてその本領を発揮するのは実はこっからで、40代になってから地元の製粉会社が持っていたラジオ番組のDJの座を、多分上手いこと言って手にするんでしょうが、この時大都会シカゴで人気だったハープ吹きの名前『サニーボーイ・ウィリアムスン』をいきなり名乗ります。

もちろん無許可で。

ややこしいのは"サニーボーイ"を名乗ってやっていたラジオ番組が、南部一体で大ブレイクしてしまったこと。

これにムカついた本家本元の"サニーボーイ・ウィリアムスン"が「てめ、いつか覚えてろよ!」と思ってたといいますが、本人は「あ?文句があるならいつでも南部来いや、ヘラヘラ」とニヤついてるうちに、本家サニーボーイが、自宅に入ってきた強盗に刺されて死んでしまう。

それからしばらくして、サニーボーイはラジオの仕事をギター弾きの少年(後のB.B.キング)に「じゃあよろしく」と丸投げして、何とシカゴへ乗り込むのです。

あろうことか『サニーボーイ・ウィリアムスン』を名乗ったまんまで。

シカゴにやってきたライス・ミラー、いやサニーボーイ・ウィリアムスンは、既に上京してきた南部の後輩達(マディとかウルフとかその辺の超大物)に、やあやあとテキトーに近付いて、ほいでもってチェス・レコードの経営陣にも上手いこと言ったんでしょうな。まんまと契約にこぎつけてレコードデビューもちゃっかり果たします。

つっても普段はヘラヘラして実に胡散臭くて調子のいいオッサンですが、ミュージシャンとしての実力は超一流だし、そこらの若い新人と違って20年以上も南部の凄まじくディープな現場で百戦錬磨してきたベテランです。上手いこと言わんでもそこは実力で勝ち取れる話なんです。

で、1955年にマディ・ウォーターズ(ギター)、ジミー・ロジャース(ギター)、フレッド・ビロウ(ドラムス)という、当時のシカゴ・オールスターズをバックに従えて、チェス・レコード初のセッションを行い、翌年、翌々年と、セッションを重ねてゆくのですが、途中からまだ若いルーサー・タッカーと、南部から出てきたばかりのかつての盟友ロバート・ジョンソンの義理の息子、ロバート・ジュニア・ロックウッドという二人の気鋭のギタリストが加わって、バンド・サウンドはどんどんバリエーション豊かなものになって、強烈なサニーボーイのキャラクターそのままの、タフでラフでユーモラスなものへと仕上がって行きます。





【収録曲】
1.ドント・スタート・ミー・トゥ・トーキン
2.アイ・ドント・ノウ
3.オール・マイ・ラヴ・イン・ヴェイン
4.ザ・キー
5.キープ・イット・トゥ・ユアセルフ
6.ディスサティスファイド
7.ファットニング・フロッグズ・フォー・スネイクス
8.ウェイク・アップ・ベイビー
9.ユア・フューネラル・アンド・マイ・トライアル
10.“99”
11.クロス・マイ・ハート
12.レット・ミー・エクスプレイン
13.アイ・ドント・ノウ(別テイク)
14.ファットニング・フロッグズ・フォー・スネイクス(別テイク)
15.ユア・イマジネーション
16.レット・ユア・イマジネーション・ビー・ユア・ガイド
17.トラスト・ミー・ベイビー
18.バイ・バイ・バード
19.マイ・ヤンガー・デイズ

「サニーボーイの代表作」

「50年代のシカゴ・バンド・ブルースのお手本のような傑作」

「ジャケットで寝そべっているのはサニーボーイではありません」


と、ブルースファンの間ではそれこそ至宝の如く語られているアルバム「ダウン・アンド・アウト・ブルース」は、正に1955年から58年までの、サニーボーイがシカゴに来て行った最初期のセッションがしっかりと収録されております。


サニーボーイのハープは一貫してアンプを通さない生ハープなので、バンドの音がすこぶるモダンでも、どこか濃厚な"戦前南部のブルースの香り"がして、これがもーたまらんのですよね。海千山千ぶりが実によく顕れた歌の魅力もまた、病み付きになって止められない味わいの固まりです。

あと、50年代のチェス・レコードは音の録り方、特にドラムの録音がとても素晴らしいんです。フレッド・ビロウの、空気をたっぷり含んで「シュバッ!」と鳴るスネアの音、これがもー最高なんですよねー♪





(アルバム冒頭の”Don't Start Me To Talkin` いや実にイナタい♪)



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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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posted by サウンズパル at 18:47| Comment(0) | TrackBack(0) | ブルース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする