2018年02月05日

フランク・ザッパ Freak Out

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Frank Zappa/Freak Out
(MGM/Unive)

フランク・ザッパという人には、ハッキリいって「これが代表作!」というアルバムがございません。

や、こんなことを言うと誤解を受けるかも知れませんが、長いキャリアの中で目まぐるしく音楽性をアメーバのように進化させ、その都度その都度「一言では何とも言えないスケールの強烈作」というものをポンポンリリースしておりますし、これは本人自身の哲学で「コイツはこういうヤツだ」という固定観念でのジャンル分けとか定義付けとかを「バーカ、残念でしたー」とひゃらっとかわす姿勢というものを持っております。

だから聴いてきた身として「ザッパは○○だ!」「ザッパはこうだ!」と、一言でサクッと言えないんです。

たまたま昨日紹介した『ワカ・ジャワカ』なんかは、ザッパが怪我をして車椅子生活になった時に

「よっしゃ、じゃあ大編成でジャズロックやるぞ」

と張り切って、コンセプトが明確になったんですが、それでも

「こ、これは一体何?ジャズ?ロック??うぅぅん、わかんねー、わかんねーけど得体の知れん凄さがあるぅぅ」

と、聴き手に思わせるに十分な、ストレートなインパクトを持つアルバムとして紹介しました。

当然凄いアルバムです。

でも、それでもなおこの1枚でフランク・ザッパという類まれなる個性を持つミュージシャンについてある程度語れる、というものではございません。

という訳で、今日もザッパです。

はい、今日は更に時代をさかのぼって、フランク・ザッパが初期に組んでいた”マザーズ・オブ・インヴェンション”名義でリリースされました記念すべきデビュー・アルバムについてお話をいたしましょう。

1940年、メリーランド州に生まれたザッパは、少年時代からありとあらゆる音楽や芸術に興味関心が深く、小学生の頃から色んな楽器をマスターしながら、ラジオやレコードを聴き狂い、特に7インチ・レコードのブルースやR&Bとエドガー・ヴァレーズの現代音楽に強く感銘を受け、早くから「どこにもない音楽を作ってやろう」という意欲に燃えていたと云います。

高校時代に、地元でもザッパ同様「アイツは変わり者すぎてヤバい」と評判だったある男と意気投合してバンドを結成しました。

この男、後に”キャプテン・ビーフハート”として、ザッパ同様アメリカの音楽史に巨大な一石を投じてアンダーグラウンド・ロックの歴史そのものと言われる程に大暴れするんですが、ザッパは彼がヴォーカルを務めるバンドのギターとして、一緒に大暴れ。

この時の2人がどんだけ凄かったかといえば、ダンスパーティーで踊りに来てた連中に対し、粋で踊れるR&Bナンバーを演奏したかと思いきや、盛り上がる寸前にグッチャグチャの即興演奏をおっぱじめてエンディングで何事もなかったように曲を終え、同年代のある意味ウブな少年少女達をことごとく茫然とその場に仁王立ちさせてしまうぐらい凄かったそうであります。

ステージではそんな感じでありましたが、ザッパは真面目に音楽を学び、大学では和声や作曲法などの高度な音楽理論を早々に極め、更に卒業後はスタジオに就職し、ここで機材をいじくるうちにアッサリと多重録音のノウハウも身に付け、音楽に関してはもう学ぶことが何もなくなりました。天才です、いや、ここまで来るともう天才過ぎて変人の域であります。

24歳になった1964年の母の日、スタジオにメンバーを集め「じゃあ母の日だから”マザーズ・オブ・インヴェンション”ってバンド結成してデビューな。異論は認めない」と、強引にバンド活動を始めます。

※「インヴェンション」というのは2声の鍵盤楽器演奏を意味する音楽用語ですが、語源となるラテン語の”インヴェンチア”には”思い付き”という意味があります。


この時のメンバーが、フランク・ザッパ(g)、ライ・コリンズ(vo)、エリオット・イングバー(g)、ロイ・エストラーザ(b)、ジム・ブラック(ds)。

1964年といえば、まだスーツやスーツを模したフォーマルなステージ衣装を着てロックをするのが常識だった頃、カジュアルな出で立ちで、奇妙でよじれた、いわゆる”ノリ”に特化しないロックを演奏しているマザーズの演奏は評判になり(もちろん賛否両方含めて)、65年には当時ジャズレーベルだけれども、ジャズ以外に何か面白い音楽ないかとロックやR&B方面に手を伸ばしていたVerveレーベルから声がかかり、デビュー・アルバム録音が決まります。

余談ですがVerveはマザーズをデビューさせた翌年の1967年、ニューヨークでヴェルヴェット・アンダーグラウンドをレコーディングし、名盤『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ』も世に出しています。





【収録曲】
1.Hungry Freaks, Daddy
2.I Ain't Got No Heart
3.Who Are the Brain Police?
4.Go Cry on Somebody Else's Shoulder
5.Motherly Love
6.How Could I Be Such a Fool
7.Wowie Zowie
8.You Didn't Try to Call Me
9.Any Way the Wind Blows
10.I'm Not Satisfied
11.You're Probably Wondering Why I'm Here
12.Trouble Every Day
13.Help, I'm a Rock
14.It Can't Happen Here
15.Return of the Son of Monster Magnet


この時代のロックの連中が意識していたのは、言うまでもなくビートルズとローリング・ストーンズです。

彼らのブレイクによって、イギリスばかりでなくアメリカにも、その影響を受けたバンドが多く出てくるようになり、ヒットチャートにはロック、R&Bなどのポップな音楽が毎週のように新曲を送り込み、大いに世間を賑わせておりました。

恐ろしいことにザッパは”そこ”に正面から自分達の音楽をぶつけてきたんです。

はい『フリーク・アウト!』と、わざわざアルバムタイトルに「!」まで付けて

「お前ら何生ぬるいポップな音楽ばっか聴いてやがるんだよ、もっと病的にアウトしろよ!」

と、世間に対して喧嘩をふっかけているのがこのアルバムです。

じゃあ、やってることもきっとロックをぎちょんぎちょんにブチ壊した、かなりあっぶねー感じの音楽なんじゃね?

と、思うでしょう。

ところがここでザッパがやっているのは、音だけ聴けば”案外マトモ”な、当時流行のロック・サウンドであり、R&Bやドゥー・ワップなんです。

でも、それぞれが強烈な「今流行っている音楽の皮肉たっぷりなパロディ」なんですよ。

1曲目はいきなりストーンズの「サティスファクション」のリフかと思われるギターから、歌い方までミック・ジャガーをモロ意識してる曲ですし、曲が進むにつれて、ビートルズのパロディ、ドゥー・ワップのバラードを極端にディフォルメしてコミカルで大袈裟なものに仕上げた曲などが次々出てきます。

歌詞も同様に皮肉と黒いユーモアが効いていて、何というか喧嘩の仕方が最高にイヤラシい痛快さがあって、更にマトモ―な曲の節々でギターがトチ狂ってアウトしたり、ただのパロディだけじゃなく”ブチ壊し”もしっかり入っていて、うほっ、やっぱりこのアルバム痛快!

と安心してはいけません。レコードでいえばC面D面に当たる後半が、前半の流れを軽く打ち消すほどの、即興演奏、フリーキーな多重録音他何でもアリの、凄まじくアシッドサイケな展開。これをトドメとばかりブチ込んできます。

よくロックバンドのファーストは、未完成だけど荒削りな良さがあるとか言われる名盤が多いですが、フランク・ザッパに限ってはこの時点で「皮肉の毒がたっぷり入った不健全なロック」というものを極めてるんです、いや、極め尽くして出てくる音がもう極まり果ててるんです。

だってアメリカでサイケデリックとかフラワームーヴメントとか出てくるのはこの後ですよ、あぁオソロシイ。

でも、コレで終わらずに「また世間をコケにする音楽作ってやろうぜ」と、全く斜め上からの音を次作、そしてその次、さらに次・・・と出してくるザッパ師、本当にオソロシイ・・・。



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2018年02月04日

フランク・ザッパ ワカ/ジャワカ

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Frank Zappa:Waka/jawaka
(Univ)

さて今日もアタシは元気に「ミクスチャーとは何か」という事を考えております。

音楽を夢中で聴いていた時代、つまり1980年代末から90年代前半にかけて、この言葉を目にするようになった訳なんですが、アタシが最初にこの言葉を知ったのは、スラッシュメタルのアンスラックスと、ヒップホップ・グループであるボディ・カウントとの記事を読んだことがきっかけだったと記憶しておりますが、それからレッチリやビースティ・ボーイズとかも有名になって

「ミクスチャーというのは、当時最先端のロックと、当時最先端のラップをミックスさせた音楽なんだよ」

という認識が、ほぼもう世間の常識みたいになって、それで90年代後半のジャパコアブームで、それらに影響されたバンドもいっぱい出てきて活躍したというのが”ミクスチャー”というものに対する最も鮮烈な印象。

ところが・・・!

ところがなんです皆さん、アタシのこういった捉え方、考え方というのを、一発で粉々に粉砕する強烈な、もうキョーレツなアルバムと、アタシはある日で出会ってしまったんです。

そのアルバムというのは、フランク・ザッパの『ワカ・ジャワカ』であります。

う〜ん、フランク・ザッパ。

この人はですねぇ、もうほんとアタシは若い頃からヤバイヤバイって散々聞かされてた人です。

いっちゃん古い記憶でいえばスティーヴ・ヴァイが超絶バカテクギタリストとしてブレイクした頃に

「スティーヴ・ヴァイの師匠でフランク・ザッパという人がいて、この人がヤバイんだ。何がヤバイかってバカテク過ぎて何やってっかわかんねーからヤバイ」

という話です。

ね、スティーヴ・ヴァイの師匠だったら、そりゃもうハードロックの早弾きバリバリの、タッピングとかすげーキメて・・・とか、そんな人だと思うじゃないですか。

でも、それは違ったんです。

何だったか忘れましたけど、MTVか何かの番組でフランク・ザッパのライヴを収録したのがあって、それをボヘーっと観てたんですが、まーその時はさっぱり何が何なのか分かりませんでした。

「メタルでもハードロックでもないし、ギターも確かに何やってるか分からないフレーズ弾いてるんだけどわからん。何これ?凄いの??」

ぐらいに、アタシの中での”ファースト・フランク・ザッパ”は、脳内に”?”ばかりを残して余りにもあっという間にスーッと去って行ってしまったんですね。

ザッパとの再会は、それから5年後ぐらい。アタシが東京のレコード屋さんで下働きをするようになってから。

まぁその頃というのはフランク・ザッパ、いわゆるオフィシャル・ブートというのが鬼のようにリリースされていて、ロックコーナーの一角のかなりのスペースを「ザッパ大魔神○○!!」というセンセーショナルなタイトルが印刷されたセンセーショナルな黄色い帯のCDがザーーーーッと並び、それがまた結構な頻度でよく売れて行くという不可解な現象を目の当たりにし

「フ、フランク・ザッパってそんなに凄いんですか・・・」

と、恐る恐る先輩に質問したら

「お前それ、ザッパフリークの前で絶対言うんじゃねぇぞ」

と。

ザッパフリークとは何ですと?と訊けば、ジャズファンよりもプログレファンよりもある意味コアなマニアで、とにかくフランク・ザッパのアホみたいにリリースされている作品を全て買い揃えることは当たり前、のみならず中古だろうが何だろうが、ちょっとでも仕様が違えば即ゲットするオソロシイ人達なんだと先輩は説明してくれました。

はぁあ凄いですねぇ、世の中には大変な人達ってのがいるもんでございますねぇと感心と共におののいておりましたら、そもそもフランク・ザッパという人が、時期によってやってる音楽もエラい違ったりするし、ジャンルとか関係なく何でも呑み込んで自分の表現にしてしまう、そんなブラックホールみたいな人でヤバイから、ファンがああなるのも無理はなかろうと。

はい、正直アタシがフランク・ザッパという人に興味を初めて持ったのは、音楽に衝撃を受けたというよりも、そういう話を聞いたからなんです。

「ザッパ、ヤバイんですね!」

「おお、ヤバイぞ!」

「何聴いたらいいっすかね!?」

「コレだ!」

と、オススメされたのは、初期のサイケデリック・ロックをやっている『フリーク・アウト』と、ジャズロックやってるという『ワカ・ジャワカ』です。




【収録曲】
1.Big Swifty
2.Your Mouth
3.It Just Might Be A One-Shot Deal
4.Waka/Jawaka


アタシも順番に聴けば良かったんですが、いきなり『ワカ・ジャワカ』を聴いてしまいまして、もうコレにぶっ飛ばされた訳です。

オープニングからギター、ドラム、そしてホーン・セクションがめくるめく展開する様々なリズムのリフを容赦なくブチ込んでくるこの開始僅か1分そこら(!)

普通ロックって、イントロがあって、印象的なリフがあって、リズムがひとつのビートを刻んで、で、AメロとかBメロとかサビとかで、リズムを変えて・・・っていうパターンがあるじゃないですか。これがのっけからガン無視されて、開始から1分そこらでワシャワシャワシャーーーー!!!!!とリズムが違うパターン違うパターンで展開されて、で、普通のいわゆる”Aメロ”に当たる部分では、暗く不気味な感じで、ギターとかトランペットのアドリブが展開されて行く。

え?いやお前らオープニングであれだけハジケてガンガンやってたのに何だこれ?凄いぞ!!てか、これはジャズ?ロック?意味がわからん!ザッパヤバい!!!!

コレが人生初めての”キョーレツなザッパ体験”でした。

実際このアルバムは、ザッパが「ジャズとロックを軸に、ありとあらゆる音楽をやってやろう」と燃えていた時期の1972年、え?ちょっと待って、1972年っていえば、まだジャズと他の音楽が掛け合わされた最初の時期でフュージョンという言葉すらも生まれてなかった時期ですよ。

そんな時期に、この全編インストで、ジャズだかロックだか何だかよーわからん、ジャンル混合の究極みたいな音楽ですか。変態だろ!

と、当たり前に思った訳ですが、やっぱりこのアルバムは色んな意味で「変態ザッパの極み」として、名盤扱いされている訳で、で、何でザッパがそんなジャンルごった煮のぶっ飛んだアルバムを作ろうと思ったのかといえば、ステージで暴漢に襲われて大怪我をして車椅子生活になっちゃったんだと。

「あ?車椅子?う〜ん、ステージで暴れらんねーからスタジオで暴れちゃうもんね〜」

と、嬉々としてスタジオに引き籠って

「よし、じゃあオーケストラでジャズロック・アルバム作るよー」


と、椅子に座ってフィーバーした結果がコレなんだと。

あかん、やっぱりこの人ヤバいわ・・・。「だからザッパこそが早すぎたミクスチャーのオリジネイター」とかいう話をクソ真面目にしようと思ったんですが、音楽だけでなく精神がミクスチャーでしたね、こういう人にはもう敵いません。。。


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2018年01月31日

ジェイムス・イハ レット・イット・カム・ダウン


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ジェイムス・イハ/レット・イット・カム・ダウン
(Virgin/EMIミュージック)

俗に「エヴァーグリーンな名盤」と呼ばれるものがあります。

アタシもクソガキだった時分からこの言葉をよく耳にしたり目にしたりしまして

「ところでエヴァーグリーンって何なのさ?」

と、周囲の人に質問しても、

「エバーグリーンっていやぁそらお前、エヴァーグリーンだよ」

「ビートルズのアルバム・・・とかのことなんじゃね?」

と、まるで意味が掴めない。

アタシも大概アタマが悪いのですが、この時ばかりは英語辞典などを引っ張り出して一生懸命調べました。

マジメ〜な辞典には

【エヴァーグリーン】※意味:樹木などが枯れることなく常に葉を繁らせていること。

とあります。

おっけー、何となく意味は分かった。つまり音楽で言うところの「結構昔に作られたやつだけど、その魅力が色あせない名曲や名盤のこと」でよろしいか。

・・・よろしかったようでございます。

はい、音楽の世界で”エヴァーグリーン”という言葉が使われている時、それは大体アコースティックで、どちらかといえば穏やかで、かつ世代を超えて「これ、いいよね」と和やかに愛され、聴き継がれているもののことと思って間違いない。

たとえばキャロル・キングの『つづれおり』とか、クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングの『デジャ・ヴ』とか、おじちゃん、マーヴィン・ゲイの『ホワッツ・ゴーイング・オン』は?あぁいいねぇたまんないねぇ・・・。てな具合に、穏やかで優しくて、万人に愛される要素満載の名盤達のタイトルとジャケットと音楽が、脳裏にフワッと浮かび上がってきますねぇ。

で、歌は世につれじゃないけど、”エヴァーグリーン”と冠される作品というのは、ロックやソウル全盛期の60年代から70年代に限ったことではありません。80年代90年代、そして2000年代と、時代と共にテクノロジーも進化する時代にも、そういう一言でいえば”上質なポップ”が色褪せない作品というのは、しっかりとリリースされていて、ちゃんと聴き継がれているものなんですよ。

その中で90年代の「これは究極だな」と思い、今もこよなく愛聴しているのが、ジェイムス・イハのアルバム『レット・イット・カム・ダウン』。

この人はオルタナティヴ・ロックを代表するバンド、スマッシング・パンプキンスのギタリストなんですね。で、ビジュアルからお分かりのように、日系人です(でも日本語はほとんど喋れない)。

スマッシング・パンプキンスというバンドは、そのラウドでありながらキッチュな世界観を持つ、非常に個性的なバンドでありました。サウンドもなんですが、メンバー4人の見た目も、それぞれ非常にキャラが濃くて
CDを聴くだけでなく、PVも実に魅せる作りでとても楽しかった。

スキンヘッドの妖怪みたいなビリー・コーガン(ヴォーカル&ギター)の両脇に、謎の東洋人ジェイムス(ギター)、妖精のようなダーシー嬢(ベース)、そして背後にややゴツくていかにもアメリカの悪ガキ然としたジミー・チェンバレン(ドラムス)と、もう並んだ絵面を見るだけで「なんじゃこりゃ!」だったんですよね。毎回新曲が楽しみだったし、MTVとかで流される新曲のPVはもっと楽しみだったんです。

さて、そんなスマッシング・パンプキンスでジェイムス・イハはどんなギターを弾いてたかというと、ギターソロや主要なフレーズを派手に弾きまくるビリーのバックで黙々とコードやリフのバッキングに徹しておりました。

へぇぇ、普通ヴォーカルもギター弾くバンドだったら、ヴォーカルのヤツがコード弾いて、ギタリストがソロとか弾くんじゃない?と思われるところですが、そこんとこは本人が

「う〜ん、ビリーの方がボクより間違いない上手いしギターソロとかのびっくりするようなアイディアをいっぱい持ってる。だからボクは難しいことは彼に任せて、安心してリズムを刻んでるんだよ」

と、実に謙虚に語ってたりするんです。

なんだ、じゃあギターあんま上手くないのかと思うなかれ、実はスマパンの曲は、特にポップでドリーミーな曲でのクリーントーンでのイントロのアルペジオなんか、ジェイムスが弾いてるんですが、これが別に特別なことはやってなくても、何か切なくて”グッ”とくるんですね。

ジェイムスは、ギタリストとしてはそういう美的センスの部分で非凡と言っていいぐらい優れているし、何よりコンポーザーとして、ビリーの出したアイディアをハッキリと聴く人に伝わるようなサウンドにする才能に溢れていた人であったと言います。




【収録曲】
1.ビー・ストロング・ナウ
2.サウンド・オブ・ラヴ
3.ビューティ
4.シー・ザ・サン
5.カントリー・ガール
6.ジェラシー
7.ラヴァー、ラヴァー
8.シルヴァー・ストリング
9.ウィンター
10.ワン・アンド・トゥー
11.ノー・ワンズ・ゴナ・ハート・ユー
12.マイ・アドヴァイス*
13.テイク・ケア*
14.フォーリング*

*ボーナストラック


そんなジェイムス初のソロ・アルバムとなる『レット・イット・カム・ダウン』は、スマパン解散(2000年)の2年前の1998年にリリースされました。

最初は「スマッシング・パンプキンスのギタリスト、ジェイムス・イハのソロ・アルバム!」と言われても、「そうか、きっとそこはかとなくいいアルバムなんだろうな」ぐらいにしか思ってませんでした。まぁポップでキャッチーなギターポップでもやるんだろうと。ですがそれは、もう本当にナメた気持ちでした。

アルバム1曲目『ビー・ストロング・ナウ』の、爽やかなアコースティック・ギターのカッティングがシャランと鳴るイントロを聴いた瞬間「参りました、これは名盤です!」と、土下座したい気持ちになったんです。

いや、激しく心を鷲掴みにするようなロック名盤ならいざ知らず、正直アコースティックの、どこまでも爽やかで穏やかで、主張もそんなに激しくない、言い方が合ってるかどうか分かりませんが、こんなにさり気ないアルバムに、ここまでヤラレるとは思いもよりませんでした。

このアルバム、全曲通して”そう”なんです。

つまり、穏やかで優しくて、音もとことんシンプルにアコースティックで、しかもジェイムス本人の声も、ささやくような、つぶやくような、しつこいようですが主張も激しくないし、歴史を変えたとかそういうインパクトとは程遠い。いやむしろそういったものから一番遠い地平をイメージさせて、その清浄な空間で鳴り響く音楽なんです。

そして、大体ポップな曲や作品というのは、ちょっと聴き続ければ良い感じにBGMになっていくものなんですが、このアルバムに収録された曲に関しては、いつまで経ってもBGMにはなってくれません。いつまでもいつまでも、本当に心地良いんだけど、「歌」「曲」そして「音楽」として、爽やかなサウンドに秘められた想いの深さなものを聴き手にしっかりとした形で伝えてくる。

そのそこはかとなく超絶に深い優しさ、説得力は、70年代ポップスの色んな名盤と比較しても引けをとりません。いや、他の何かと比べるのが失礼なぐらい、このアルバムの世界は清らかに際立っております。

で、更に凄いのは、今スマパンを知らない若い人達の間で「ジェイムス・イハのアレ、いいよね」と、密かに聴かれているらしいのです。

エヴァーグリーンと言わずして何と言いましょうか。こういうのなんですよ、はい、こういうのなんです。

楽曲のどの瞬間を切り取っても、ポップスとして完璧に形が出来上がっていて、音からは言いようのない優しさとふわっとした切なさが零れてくるような、アタシが使えば柄に合わないかもしれませんが、センチメンタルとかロマンチックとか、そういった言葉に浸らずにはおれない、それもいつまでも。そんなキラキラした情景の美しさが、このアルバムなんです。















『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年01月29日

ザ・アルマナック・シンガーズ WHICH SIDE ARE YOU ON? THE BEST OF

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The Almanac Singers/Whitch Side Are You On? The Best Of
(Revola)

ジャズをガンガン聴いていたら、アコースティックのゴキゲンな音楽を聴きたくなってきましたという訳で本日はフォークです。

このブログでは度々フォークについて解説しておりますが、フォークというのは元々「民謡」「民族音楽」という意味を持つ言葉であります。

アコースティックギターやその他の楽器を使って、伝統的な音楽を演奏する。それがアメリカにおける元々の”フォークソング”の始まりなんですね。では、アメリカにはどんな民謡があって、どんな民族音楽があったのでしょうと言えば、これは主にアメリカ南部から中西部におったアフリカ系黒人やアイルランド系白人の人達が歌っておった伝承歌です。

はい、お気付きの方も多いと思うんですが、この中で黒人達が歌っていた音楽は後にブルースと呼ばれ、白人達が歌っておった音楽が後にカントリーと呼ばれるものに進化して行きます。

実は奴隷としてアメリカ大陸に連れて来られた黒人達の子孫と、アイルランドの貧困から逃れるためにアメリカにやってきたアイルランド移民というのは、極めて近い生活圏におりました。

カントリーの生まれ故郷として知られる中西部ケンタッキーやテネシーは、アパラチア山脈に面する炭鉱地帯として栄えました。

ここに労働者として働いていたのが、黒人やアイルランド系、そして少数のヒスパニック系の人達。

それぞれが移民であり、人種的な対立は多少あったかも分かりませんが、そんなことよりもそれぞれの生活の方が切実であります。同じ鉱山で働くうちに、交流も生まれ、特に大事な娯楽である音楽ではそれぞれの楽器や民謡を持ち寄って、或いは辛い炭鉱でのうさを晴らすための歌詞を作ってはそれに曲を付けて楽しんでおりました。

ここでアフリカ由来のバンジョーと、アイルランドからやってきたフィドル(ヴァイオリン)、ヒスパニック系のギターが出会い、それぞれが「お前んとこのその楽器いいなぁ」と、交換していくうちに、カントリーの原型である”ヒルビリー”が生まれました。

労働者というのは基本的に旅から旅の旅がらすであったりします。

黒人が炭鉱で覚えたフィドルを農村に持ち帰って演奏すれば人気者となり、白人が街でバンジョーを弾けば「珍しい楽器だなぁおい」と注目を浴びるのは必然。という訳でフィドルは南部のブルースバンドの初期形態とも言える”ストリングス・バンド”のソロ楽器に、バンジョーはカントリーの基本となるブルーグラスという音楽には欠かせないものになって、それぞれのコミュニティでその奏法は独自の進化を遂げてゆくことになるのです。

ちょいと余談めいた話に思われるかも知れませんが、アメリカの”フォーク”を語る時、このブルースとカントリー、それぞれの誕生にまつわるエピソードは避けて通れないところでありますのでご容赦を。

何故ならばまだ”バラッド”とか”トラディショナル”と呼ばれていた頃の初期ブルースと、ヒルビリー時代のカントリーには、全く同じ歌が共通して伝承されていたりするんですね。今もスタンダードとして色んな歌が歌い継がれてもおります。



(その集大成みたいなアルバムがコレですね、ボブ・ディランによるトラディショナル・ソング弾き語り盤)


原初のフォーク・ソングというのは、それぞれの民族に伝わる伝承歌であると同時に、そういった貧しい境遇に置かれた人達による生活の歌でありました。

アメリカにおいて、これらの音楽が広く注目を集めたのが、太平洋戦争の終った1940年代から50年代にかけてであります。

何故流行ったかといえば、大恐慌と呼ばれる世界的な経済の行き詰まりが大きな戦争を引き起こし、アメリカはそれに勝利したんです。結果として経済発展を遂げ、多くの中産階級が生まれたんですが、その流れに乗ることの出来なかった人達の生活というのは相変わらず苦しい。で、相変わらず苦しい人達というのが、戦争の前から底辺であえぐ移民や貧しい労働者、田舎で小作農をやっている人達だったりする。

この人達の”フォークソング”が、都会に住む中産階級の人達の目を、彼らが置かれた貧しい境遇に向かわせることになります。

この流れがそのまま50年代〜60年代のフォーク・リヴァイバル運動、そして公民権運動ともリンクして行くんですね。で、戦後のアメリカン・フォークには2人の重要な人物がおります。

それが、ウディ・ガスリーとピート・シーガーであります。

両方ともフォークの神様として知られますが、季節労働者として各地を放浪しながら歌い歩いたウディと、ニューヨークで民俗音楽の研究家として知られるアラン・ロマックスの許で実地研修を重ねてフォークソングというものを体系的に理解し、身に付けていったピート・シーガーは、出自や活動的は違えど、それぞれの立ち位置から、社会問題というものを何とかしたい。そのために歌を使って多くの人々に貧しい人達の現状を知ってもらうことが大切だということを、切実に考えておりました。

シーガーはそんな訳で、1941年に歌手であり、社会活動家であったリー・ヘイズと共に”アルマナック・シンガーズ”を結成しました。このグループは、トラディショナルなアメリカの伝承歌を演奏し、かつ世相を見事に反映した歌詞で「歌う新聞の社会面」とも言われるほどの影響力を発揮し、フォークソングの新時代を切り拓きます。

これに、アラン・ロマックスの仲介で放浪のシンガー、ウディ・ガスリーが加わったり、ブルースギタリストのジョッシュ・ホワイトなど、多岐に渡る才能が集って、批評精神に溢れた歌詞とは裏腹に、実に楽しくゴキゲンな音楽を奏でる生楽器バンドとして、アルマナック・シンガーズの輪は広がっていくんですね。て、こんな表現でいいのか。





【収録曲】
1.Ground Hog
2.Ride an Old Paint
3.Hard, Ain't It Hard
4.House of the Rising Sun
5.Babe O' Mine
6.State of Arkansas
7.Side by Side
8.Away, Rio
9.Blow the Man Down
10.Blow Ye Winds, Heigh Ho
11.Coast of High Barbary
12.Golden Vanity
13.Haul Away, Joe
14.Sinking of the Rueben James
15.Union Maid
16.Talking Union
17.All I Want
18.Get Thee Behind Me Satan
19.Song for Bridges
20.Which Side Are You On?
21.Dodger Song
22.Plow Under
23.Liza Jane
24.Deliver the Goods
25.Billy Boy
26.Belt-Line Girl
27.Ballad of October
28.Washington Breakdown
29.Round and Round Hitler's Grave
30.C for Conscription
31.Strange Death of John Doe


はい、彼らのベスト・アルバムを聴いてみましょうね。

歌詞は貧富の格差や反戦、政治家や資本家に対する辛辣でコミカルな批判、或いは「労働組合に入ろうぜ」みたいなものも多く、えぇ?政治的??と思われるかも知れませんが、彼らの場合はどちらかというと「俺達の主張を聴け!」みたいな強制的なものじゃなくて、あくまでゴキゲンな楽曲でもって、この世の過酷な現実を笑い飛ばしたり「まぁ色々あるけど俺達楽しく乗り越えて行こうや」みたいな、あっけらかんとしたポジティブさを感じます。

チャカチャカと景気よく飛び交うギターやバンジョー、マンドリン、アコーディオンの音に、陽気なコーラス、その雰囲気はとことん”祭り”です。日本で言うならこれは明治時代に流行った”ええじゃないか”みたいなもんだと思います。誰でも寄っておいで見ておいで♪っていうアレですね。

とにもかくにも、その音楽の中には、戦前から確かに息付くアメリカン・ルーツ・ミュージック独特の、土や草の匂い、たくましく生きる人々の屈託のない生命力みたいなものを感じます。ブルースやカントリー
或いは日本のフォークでも、とにかくどれか少しでも好きで聴いている人にとっては、あぁ、これが戦後フォーク・ミュージックの原点だなぁと、楽しく聴きながらしみじみと思えることうけあいです。

そいでもって、パンクの持つメッセージ性みたいなのに強く惹かれる諸兄には、これはポーグスやジョー・ストラマー先輩のルーツとして、純粋に軽快な音楽に秘められたアツいものを感じてもらえればと思います。うん、楽しいよ。




『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年01月15日

キャロル・キング ファンタジー

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キャロル・キング/ファンタジー
(ソニー・ミュージック)

昨日は70年代ニュー・ソウルの旗手、ダニー・ハサウェイの名盤『ライヴ』を紹介しました。

戦後アメリカが反映の影で抱えていた様々な問題は、公民権運動やベトナム戦争、ヒッピー・ムーヴメントなど、といった大きな社会的な動きの中で、その問題を大きく外に噴出させます。

これに大きな反応を示し、社会の動きをある方向からリードしていたのが音楽のシーンであります。

とりわけアメリカ北部、シカゴやデトロイトといった都市部での黒人ミュージシャン達は、人種差別や貧困といった、自分達の直面する問題にとりわけ真剣に向き合い、あらゆる形の問題提起を歌詞に込めた歌を作るようになりました。

音楽的には元々”ノーザン・ソウル”と呼ばれていた北部のソウル・ミュージックは、60年代から70年代にかけてその洗練を更に加速させていきます。

この非常に社会的知性の強い歌詞と、都会的な洗練を極めたサウンドというのは、これを好む多くの若いリスナーだけでなく、既にシーンの表舞台で活躍している、一流と呼ばれるアーティスト達からも憧れの対象として見られておりました。

ダニー・ハサウェイが1970年『Everything is Evreything』(邦題『新しいソウルの光と道』)をリリースしてソロ・デビューを果たした時、このレコードを夢中になって聴き、周囲のミュージシャン仲間達に「これは最高に素晴らしいからぜひ聴きなさい」と配って回ったシンガーソングライターが、キャロル・キング。

彼女のダニーへの傾倒は半端なものではなく、アルバム『つづれおり』に収録した『きみの友だち』をダニーに提供。この歌はダニー・ハサウェイ&ロバータ・フラッグのデュオによるスマッシュ・ヒットとなり、もちろんダニー自身の持ち歌ともなります。

アタシなんかはどうしてもキャロルといえば『つづれおり』のイメージがあって、その完璧過ぎるほどに完璧なポップス。つまり爽やかで聴き易く、耳にスイスイ入ってくる究極に優しくちょっと切ない彼女の音楽が、その頃アタシの知っているソウルやR&Bと直接繋がらなくて「んん?」と思ってたんですが、それは違うんです。大きな勘違いだったんです。

アタシがキャロル・キング独特の”この感じ”と思っていた音というのは、実は60年代のノーザン・ソウルが下敷きになった、ソウル・ミュージックの延長線上にある音だったんです。

「ソウル大好き!」を公言してはばからなかったキャロルが、そういう意味で本当にやりたい音楽をやったアルバム、つまり目一杯「私のソウル」を歌ったアルバムが1973年リリースの『ファンタジー』でありましょう。




【収録曲】
1.ファンタジー・ビギニング
2.道
3.愛
4.涙の消える日はいつ
5.愛の日々をもう一度
6.ウィークデイズ
7.ヘイウッド
8.この手に平和な世界を
9.悲しみのシンフォニー
10.微笑にささえられて
11.コラソン
12.ヒューマニティ
13.ファンタジー・エンド
14.ビリーヴ・イン・ヒューマニティー(Live)*

*ボーナストラック


全曲作詞作曲、そしてバックにはデヴィッド・T・ウォーカー(ギター)、チャールズ・ラーキー(b)、ハービー・メイソン(ds)というリズム・セクションを軸にした、ソウル/ジャズ・ファンク系の腕利きミュージシャンで固めた完璧な編成。

そしてキャロル自身が「ファンタジーの世界なら黒くも白くも、男にも女にもなれるの」と高らかな宣言から始まり、貧困、人種差別、麻薬やシングルマザーの問題など、正にニュー・ソウルが提起していた歌詞が、キャロルの繊細なハスキー・ヴォイスと最高にメロウなグルーヴと共に、優れた物語のように空間を流れ、包み込み、消えた後にもヒリリと切ない余韻を残します。

例えば『道』(『You've Been Around Too Long』)の、クールに刻まれるハイハットの16ビートと、デヴィッド・T・ウォーカーが奏でる、上品な色気に満ちたギターの甘い甘いトーンが刻む絶妙な”裏”のカッティングといったらもう絶品です。

キャロル本人が言うように、これは黒人とか白人とかそういう表面的なことは全く関係ない、社会との軋轢に悩む全ての若者に向けて優しく優しく奏でられる最高のソウル・ミュージックであり、そして最高のポップスでありましょう。

この、ソウルへの傾倒が単なるミーハーなものではなく、その音楽的な美しさや思想の切実さに共鳴したキャロルの”本気”であることは、やや暗いトーンで切々と愛と平和を訴える『愛』(Being at War With Each Other)や、タメの効いたリズムとピッタリと息も音色も合わせた彼女のピアノがカッコイイ『ハリウッド』、そしてこのアルバムのハイライトであり、彼女が作った全ての楽曲の中でも屈指の名曲『ヒューマニティ』(Believe in Humanity)の妥協のない”アーバンなファンキーさ”で、心身両方の奥底で感じてください。

正直キャロル・キングは『つづれおり』が名盤で、それさえ聴けば後は一緒だろうと思っていたアタシ、もちろん『つづれおり』が彼女の代表作で20世紀のポップスそのものの究極形と言っていい珠玉の名曲揃いなモンスター・アルバムであるという認識は少しも揺らぎませんが、彼女が大好きな音楽を、理想のサウンドを奏でるメンバー達ととことんまで突き詰めたこの『ファンタジー』、どれが好きかと言われたら「コレが一番好き!」と即答で答えてしまう作品です。

『つづれおり』しか聴いたことない人はぜひとも、そうでなくてもソウル好きならば何が何でも(!)





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2018年01月08日

DNA on DNA

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DNA on DNA


1970年代末期のアメリカ、ニューヨークの最先端であり最前衛の音楽をまとめたコンピレーション『ノー・ニューヨーク』の衝撃は、広く世界に、ではなく、世界の音楽や芸術シーンに深い衝撃を与えました。

パンク、或いはロックという音楽の側面からいえばこれはある意味イギリスのロンドンで起こったパンク・ロックのムーブメント以上にジャンルやカテゴライズの壁をぶち壊し、音楽のあらゆる要素が計画的無秩序に裁断され、粉砕されたその美しく危険な残骸を残骸のまま輝かせた、ということになりましょうか。

や、実はこのノー・ニューヨークというコンピに収録されたバンド達の演奏は、過激で暴力的でありながら、その表現の根幹には知性を感じさせるものが多いんです。

だから聴いてると、心と体は

「うをー!カッコイイ!ぎゃー!!」

と、ストレートに反応してしまいますが、頭の中にはどこか哲学的文学的な思考というのがループします。

一番最初に衝撃を受けたのは「ヴォーカルのやつが絶叫してサックスを吹く」というコントーションズでしたが、それとは別に「こんなにハチャメチャなのにクール!」と、これまた価値観や常識に捕らわれた脳味噌に回し蹴りを喰らわせてくれたバンドが"DNA"でした。

とにかくもうアート・リンゼイのキョーレツ極まりないノイズ・ギターです。

「ギャリギャリギャリギャリ!!」と耳をつんざくような凄まじく尖った雑音、どこをどうやって押さえて、どんなエフェクター使ってるのか?まず聴いた時にそんなことを思いましたが、何と、聞くところによるとアート・リンゼイ氏は12弦ギターに弦を11本だけ張って、それらの弦をまったくチューニングしないでムチャクチャに掻き鳴らしてるんだとか。

えぇぇ恐ろしい、何それ怖い・・・。

と、アタクシ狂喜しました。

そもそもこのDNAというバンドが、オリジナル・メンバーの3人(アート・リンゼイ、ロビン・クラッチフォード、イクエ・モリ)が3人共、楽器をマトモに弾けない”超”の付く初心者。

それぞれの話をすると、リンゼイ氏はDNA以前はパンクバンドでヴォーカルなどやっていたそうですが、元々は詩作に精を出す文学志向の青年で、ドラムのイクエモリは日本人ですが「ニューヨークの前衛シーンが面白いと聞いて・・・」ぐらいのノリで、ガッツリNYの過激なロックシーンを見たいという本気の青年(レックと言う人で、この人は帰国してフリクションというバンドを結成、日本のアンダーグラウンド・シーンのカリスマになりました)に付いていっただけなんですね。

で、ニューヨークには、音楽や文学、アートや演劇など、とにかくジャンルに関係なく過激で面白いもの、それまで誰もやってなかったようなことをやろうという若者達のパーティーがよく行われていて、そこでリンゼイ氏がメチャクチャなギターを弾いているバックで「おい、誰かドラムやってくれ」ということになり、”たまたま8ビートらしきものが叩けた”イクエ・モリを「君いいね、バンドやろう」と、リンゼイ氏とロビンが声をかけたことが始まりと言われております。

で、その声をかけたロビン・クラッチフォードは、一応キーボードを弾いてたけど、もちろん両手使ってちゃんと弾ける訳ではなくて、1本の指で鍵盤をガー!っと押さえてたと。

そんな連中がバンドをやる訳です、出す音は自ずと客観的に見れば”常識に囚われない/斬新な音楽”になります。

結成した78年にシングルを出し、続いてプロデューサーのブライアン・イーノの肝入りで『No New York』に参加。

この時の演奏が、マンハッタンの片隅でしか知られてなかったDNAの名をアメリカ東海岸の地下シーンに轟かし、しかもその評判は音楽(ロック)界隈ではなく、やっぱりアート界隈で「最高じゃねぇか!」「素晴らしい、価値観への新たなる挑戦だ!」と話題になりました。

ところがその直後に新しいバンドを結成したいという理由からロビンが脱退。

で、後任のメンバーとして、ベーシストのティム・ライトという人が加入します。

名の知れたパンク・バンド”ペル・ウブ”の結成メンバーであり、唯一ちゃんと楽器が出来るティムの参加は、DNAの音楽の質を一気に高めました。

リンゼイ氏もイクエ・モリも、流石に文学やアートに造詣が深いだけあって、素人とはいえ、そのセンスは並外れております。

ハチャメチャとはいえ「ここでこういうタイミング、こういう間で放ったら効果的である」ということをキチンと考えているフシが伺えるリンゼイ氏のギターはもちろん、イクエ・モリのドラムも「バスとスネアでリズムの軸を刻んで、タムやシンバルでオカズを入れる」というドラムのセオリーに則らず、タムタムで軸のビートを刻んだり、とにかく予測不可能なパターン度外視のリズムも本当に素晴らしく「これは磨けば確かなものになる」と、ティムは直感でそう思ったのでしょう。




【収録曲】
1.You & You
2.Little Ants
3.Egomaniac's Kiss
4.Lionel
5.Not Moving
6.Size
7.New Fast
8.5:30
9.Blonde Red Head
10.32123
11.New New
12.Lying on the Sofa of Life
13.Grapefruit
14.Taking Kid to School
15.Young Teenagers Talk Sex
16.Delivering the Good
17.Police Chase
18.Cop Buys a Donut
19.Detached [Early Version]
20.Low
21.Nearing
22.5:30 [Early Version]
23.Surrender
24.Newest Fastest
25.Detached
26.Brand New
27.Horse
28.Forgery
29.Action
30.Marshall
31.New Low
32.Calling to Phone


アルバム『DNA on DNA』は、そんなDNAの、最初期のシングルや、6曲入りたった10分ぐらいのデビュー・ミニ・アルバム『A Taste of DNA』と、ライヴ音源も含む編集ベストであります(リリースは2004年)。

ベストとはいえ、1978年の結成から84年の解散まで、短い期間で残した彼らのスタジオ音源の全てが入っておりますので、これはもうこれさえ持っていればOKぐらいの決定盤でしょう。

初期の野放図なカオス演奏もカッコイイけど、やはりティム加入後の、ほとんどの曲を2分弱とか3分以内に収めた、無駄のない深淵な演奏が絶品です。炸裂する初期衝動の中に奥深い知性をたたえながら、どこまでも聴き手の想像力を刺激して止まない”間”がたゆたう演奏は、俳句にも喩えられるほどに研ぎ澄まされた芸術性をやはり有しております。




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2018年01月06日

ジェームス・チャンス&ザ・コントーションズ BUY

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ジェームス・チャンス&ザ・コントーションズ/BUY
(ZE/Pヴァイン)

パンク小僧にとっては永遠の憧れの作品のひとつとして『No New York』というコンピレーションがありました。

これはですのう、アタシはアタマの悪い高校時代に、例によって雑誌の記事でイギリスやアメリカのパンクの歴史みたいなものを特集したページがあって、それをパラパラと読んでいたら出てきたんですね。

『ノー・ニューヨーク』というタイトルからして何かこう激しいものを感じますね。まずそこが気に入って、細かい文字を読んでみたら、これはお前凄いんだぞと。ここに入ってる4組のバンドはノーウェーブと言って、70年代後半のニューヨークで、まず流行していたファッションパンクやニューウェーブへのアンチであり、既存のあらゆる音楽にノーを突き立てる、他のどのパンクよりも精神が過激で、音楽的な”ちゃんとした形”を根本からぶっ壊しててとにかくヤバイんだぞと。お前らとにかくパンク好きだったら、オリジナルパンクやハードコアもいいけど、ここまで聴かんとパンクの精神を理解したとは言えんのぞと。

まぁそんな書き方はしてませんでしたが、内容的にはそんな感じでした。

アタシも大概アタマが悪いので

「カッコイイからってピストルズやクラッシュの成り恰好ばかり真似したよーなのはパンクじゃないんじゃ、音楽的にどんだけイカレたことやるかっつうことにアホみたいに命かけてるよーなタワケが真のパンクスなんじゃ」

と、それはもうピュア真っ盛りでそんな風に思い込んで(つうかほとんど思い詰めて)音楽聴いてましたから、この雑誌の特集ページの『No New York』に関する一文は、それこそ天から降りてきた神の声か何かみたいにビビーンと来たんです。

このコンピレーションに絡む逸話として気に入ったのが、DNAというバンドのアート・リンゼイというギターの人は、チューニングがまるでデタラメなギターを、まるでデタラメのまんま弾きまくってるという話と、コントーションズというバンドでサックス吹きながらヴォーカルやってるジェームス・ホワイトというヤツは、演奏中に客席に降りて行ってとりあえず客をぶん殴る。で、殴り返されるから目の下にいつも青アザが出来てた。

という話でした。

おおお、パンクじゃ!つーかこのジェームス・ホワイトってヤツは本当のイカレ野郎だ!聴きたい!ノーニューヨーク聴きたい!コントーションズ聴いてみたい!!

と、思って、当時親父の経営するサウンズパルに行って

「ノーニューヨークくれ!!」

とイキリ立ったんですが

「あー、あれはない。ずっと廃盤じゃ」

と言われ、マジで心がポッキリ折れてしまいました。

その頃はパンクつっても、イギリスのパンクか初期ハードコアぐらいしか知らんかったので、そのノーウェーブとかいうやつをどうしても聴きたかったんですが、No New Yorkは1978年に一度リリースされたっきり一回も再発されず、その頃(90年代前半)にはもう伝説とか幻の作品として語られているような、レア盤の代名詞みたいなものだったんですね。

なので、アタシがノーニューヨークを本当の本当に初めて聴いたのは、大人になってから。

1997年にLPとCDで初めての再発が成され、これは当時アタシが丁稚をしていたレコード屋さん界隈でもすごく話題になって、店長から「ノーニューヨークを買う人は早めに予約してください」と指示が出たぐらいだったんです。

アタシ、もちろん予約して買いました。

さて、ワクワクドキドキで手にして、家に帰って針を落としたノー・ニューヨーク、いやもう全部の曲が予想より攻撃的で、予想以上に暴力的で、予想を遥かに超えて他の「パンク」と呼ばれているどの音楽との全然似てなくて、しばしアタシも正気を失ってしまうぐらい興奮してました。

どれぐらい興奮してたかというと、正座したままピョンピョン飛び跳ねるぐらい興奮してました。

冒頭に入ってたのが”ジェームス・チャンス&ザ・コントーションズ”!

あれ?確か雑誌の紹介では「ジェームス・ホワイト」ってなってたはずなのに、ジェームス・チャンス?まぁいいか、一緒名前だ。と一瞬ゆらっとなりましたが、いやもうこれ、バカ。

バカスカうるさいドラムと、ギャリギャリやかましいギターをバックに、思いっきり調子のずれたサックス、気合いを振り絞ったというより、ガラの悪いあんちゃんを、適当に吊るして締め上げたかのような捨身の絶叫系ヴォーカル。うほっ!




【収録曲】
1.Design To Kill
2.My Infatuation
3.Don’t Want To Be Happy
4.Anesthetic
5.Contort Yourself
6.Throw Me Away
7.Roving Eye
8.Twice Removed
9.Bedroom Athlete
10.Throw Me Away (Live)*
11.Twice Removed (Live)*
12.Jailhouse Rock (Live)*

*ボーナストラック


で、コンピレーションでカッコ良かったんだから、当然オリジナル・アルバムも探して聴くでしょうということで、都内の中古屋さんを探したら、ノー・ニューヨークの幻ぶりに比べて実にあっさりと、それほど高くもない値段で発見出来たジェームス・チャンス&ザ・コントーションズの、これがファースト・アルバムです。

内容は、オリジナル・アルバムだからコンピと違うとか全くそんなことなくて、初めて聴いて衝撃を受けた時のイメージそのまんまの、弾けてぶち壊れて、激しく調子が外れたまんま何かに全力でぶつかって、その都度粉々に砕け散る、絶好調の自己破壊サウンド。

これパンク? イエス、これパンク。

とはもう固く固ーく思うのです。たとえば90年代に出てきたマッチョで分厚くヘヴィなサウンドのハードコアなんかと比べたら、音の質感はうっすいカミソリみたいにヨレヨレのヘロヘロ。ただ、その分表現の仕方がぶっ壊れてるので、リアルタイムの音と比べても鬼気迫る狂気みたいなもんは遥かに上です。つうか何かと比べようがないです、良い意味でバカ過ぎて。

で、アタマの悪いアタシがすっかりハマって「これがパンクじゃあうひゃひゃひゃひゃ!」と聴きまくったのは言うまでもありません。

でも、彼らのとことん”自己破壊&巻き込み型の他者破壊”な表現のコアとは別に、音楽、特にリズムの方をよくよく聴くと、ロックにありがちな8ビートは一切使ってないんですよね。

サックスやギターの上モノがとにかくズッ外れてるし、ヴォーカルは絶叫だから気付かなかったんですが、リズムはむしろファンクなんです。

大体パンクでサックスなんか吹いてるところからしてフツーではないとは思ってましたが、彼らの音楽性というのは実に多彩で、いやその、ニューヨークというところは大体色んな人種の色んな音楽が集まるところだし、音楽以外にもアートや演劇など、あらゆる前衛芸術がこんずほぐれつやりあって、地下シーンから生まれるものは大体のっけからミクスチャーなものだということは理屈では分かっておりますが、コントーションズのミクスチャーぶりは、余りにもそのパンクな表現とマッチし過ぎていたのでうっかり見過ごすところでありました。

ノーウェーブっていうのは、当時パンクから派生したポップス路線のロックとして人気だったから、そういった商業主義的なものはクソだ、んなもんいらねぇという気持ちでもって名付けられたと聞きましたが、コントーションズ聴いていると、それ以上に気持ちいいBGMとかオシャレアイテムになっちゃったジャズとか、当初のソウルやファンクの反骨精神を失ったディスコ・ミュージックまでも射程に捉えて、全部の音楽のダメな部分に中指おっ立てておった。これはそういう音楽なんじゃなかろうかと、そのサウンドに心底興奮すると共に、その恐るべき反逆精神に心底ゾクッとする訳です。

それより何よりジェームス・チャンス、今もうすっかり60代半ばのいいおじいちゃんになってるのに、未だ”この”スタイルで現役です。それが一番おそろしい・・・。





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2018年01月05日

エアロスミス 野獣生誕

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エアロスミス/野獣生誕
(ソニー・ミュージック)

さー正月も終わってまた忙しい日々の始まりです(や、正月は正月で忙しかったのですが)。

気合いを入れるにはやはりガツンとこうロックですよね、しかも色々と凝って派手な方向に行くやつではなく、なるだけシンプルに不器用でカッコイイやつがいい。

で、エアロスミスです。

え、エアロスミス!? 何を言うんだい、エアロスミスって言えば超大御所で最高に派手でロックンロールからバラードまで、何でもカッコ良くこなせるスーパーバンドじゃないか。

という声も今聞こえました。

はい、そうです。エアロスミスは今や洋楽ファンでなくても「あ、あのアメリカの凄いバンドね」と、何となく知っている。ヴォーカルのスティーヴン・タイラーが、ハリウッド女優リブ・テイラーのお父さんということでも有名です。

でも、実はエアロスミス、実は売れっ子になるまでに結構時間がかかってきております。

アタシの記憶ではリアルタイムのエアロスミス体験といえば、高校時代に新譜を予約して買った1993年の『ゲット・ア・グリップ』。

それ以前には89年の『バンプ』またはバラード名曲『エンジェル』が入ってる87年の『パーマネント・バケーション』この辺りを聴く洋楽小僧が多かったです。えっと、確か「あのガンズ・アンド・ローゼスに大きな影響を与えた実力派バンド」とか、そういう紹介のされ方で、洋楽を聴いてガンズやスキッド・ロウ、エクストリーム、その辺の売れているハードロック系のバンドを聴いてる人達が、一部「じゃあ70年代のハードロックも聴くか」ぐらいの感じでエアロスミスまで手を伸ばしている。そんな感じでした。

音を聴く限りでは、1980年代後半のアルバムは非常に洗練されていて、やはりベテランの凄味みたいなものが出ています。

どの雑誌でも名盤と紹介されていたのは、1976年にリリースされた4枚目のアルバム『ロックス』なんですが、この辺まではキャッチーさよりも硬派なロックンロールバンドの味が強くて、90年代の派手な音に慣れたアタシら高校生の中では「初期のエアロスミスもかっこいいよね」と「う〜ん、何かピンとこない」という人とに分かれていたような気がします。

でも、実はアタシが好きなエアロスミスは『ロックス』より前の時期なんですよね。分かり易くドラマチックな曲よりも、何だか分からないけどカッコイイ曲が、ちょい汚く録られたラフなギターの音と共にうねってるこの感じ。

確かに70年代の音は、当時のキラキラにエッジの立った90年代のハードロック/ヘヴィメタルのサウンドと比べると迫力に欠けるとか最初は思ってましたが、自分が実際エレキギターを買って、それを安物のトランジスタアンプに繋いで音を出すと、やっぱりコレに近い音になって、自分が思う”生”な感じがすごくする。で、そんな音で弾くなら、メタルの重圧高速リフよりも、こういうロックンロールなリフの方が何故かしっくりきました。

そんなこともありましたが、やはり一番大きかったのは、ガンズです。

ガンズのアルバムの中では一番ラフで荒削りなヤバい空気がみなぎっているデビュー前のデモ&疑似ライヴを集めたミニ・アルバムで『GN'ライズ』という素晴らしい作品がありますが、コレでカヴァーされていたのがエアロスミスの『ママ・キン』。



ガンズの『ママ・キン』は、何と言いましょうか、一言で言えば究極の「オラオラ、ロックンロールだぜ!」な感じです。



あ〜かっこえぇ・・・。


「この曲エアロスミスのカバーよ」

「マジか!?どのアルバムに入ってんだ?」

「ファーストらしい」

「うぉー買う!」

で、1も2もなく『ママ・キン』目当てで買ったのが、1973年リリースの、エアロスミス記念すべきファースト・アルバム『野獣誕生』。



【収録曲】
1.メイク・イット
2.サムバディ
3.ドリーム・オン
4.ワン・ウェイ・ストリート
5.ママ・キン
6.ライト・ミー
7.ムーヴィン・アウト
8.ウォーキン・ザ・ドッグ


「とにかくママ・キン」で買ったので、ものすごーく期待は高かったです。

そして本家本元エアロスミスの『ママ・キン』は期待通りカッコ良かった(!)

や、元がシンプルなロックンロールですから、ガンズのあのカヴァー・ヴァージョンは、実はエアロスミスのオリジナルにほとんど忠実なものだと知っただけで、そりゃもう嬉しくて、やっぱりギターをすぐにアンプにぶっこんで、この死ぬほどかっこいいロックンロールなリフを絶対耳コピしてやろうと夢中になりました。

そしてもうひとつびっくりしたのがエアロスミスの代表曲である、バラードの『ドリーム・オン』がこのアルバムに入っていたこと。

へぇぇ、エアロスミスのファーストっていえば、ゴリゴリしたロックンロールナンバーしか入ってないと思ってたのにこれは凄いと思ってたら、この曲最初に売り出した時は全然注目されず、3年後にシングルカットされてようやく売れて、そのヒットが今の人気に繋がるきっかけになったんだとか。

はい、エアロスミスも最初の頃は「ボストンにいいバンドがいる」ぐらいの知名度以上のものを獲得することは出来ず、このアルバムもあちこちで雑だのヘタクソだのローリング・ストーンズの単なる物真似と酷評され、セカンド・アルバムまではほとんど売れず、レコード会社からも契約を打ち切ると言われてたんですね。

確かにこの頃のエアロスミスの音はチープで、演奏もめちゃくちゃ上手いという感じもしません。どっちかというと、街のちょいワルなあんちゃん達が一生懸命ロックやってるような、そんな感じは確かにあります。でも、それとカッコイイということは違うんですよね。

アタシはこのアルバムの泥臭さ、制作にお金がかけられなかったがゆえのチープな質感、でも「何かこう突き抜けてやろう」というメンバー達の気合いや、恐らく地元のライヴハウスやっているそのまんまのワクワクするようなノリをレコーディングスタジオにそのまんま持ち込んだかのような曲やアレンジのこの感じ、もうたまんなく大好きなんです。これぞロックです。

特にブレイクのきっかけとなった3枚目以降は、演奏もびっくりするぐらい上手くなって行きますので、この時期の味はやっぱりこれでしか楽しめません。

で、このアルバムの看板はやっぱり『ママ・キン』と『ドリーム・オン』なんですが、あれからブルースとかソウルとか、色々通過して改めてこのアルバム聴いてみると、最初聴いた時は特にカッコイイというよりは「何かいいね」ぐらいだった他の収録曲の、さり気ないブルースやR&Bのテイスト(あとサザン・ロックな感じもすごくする)にやみつきになってしまいます。

特に看板の2曲に挟まれた『ワン・ウェイ・ストリート』これは7分ある長い曲ですが、 軽快なブルース・ナンバーで、ミディアム・テンポの粘る曲調と、頭と間奏鳴り響くイカしたブルース・ハープ(多分スティーヴン・タイラーが吹いてる)が、おぉ、こんなにカッコ良かったんだ!と、新たな発見で繰り返し聴いております。

 昔、先輩に

「いいアルバムってどんなアルバムなんすかね」

と訊いたことがあって、その時先輩が

「何年か後になって、最初は別に気にも止めなかったような曲がめちゃくちゃカッコ良く感じるアルバムはいいアルバムだよなー」

と言った言葉を、今噛み締めてます。名盤とか物凄いインパクトがあるとかじゃないけど、これは間違いなく”良いアルバム”です。








『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2017年12月25日

ローラ・ニーロ イーライと13番目の懺悔

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ローラ・ニーロ/イーライと13番目の懺悔
(ソニー・ミュージック)

はい、相変わらず”歌”というものについてガラにもなく真面目に色々考えております。

ここのところのアタシのテーマは”ブルースとローラ・ニーロ”なので、前回のデビュー・アルバム『モア・ザ・ア・ニュー・ディスカバリー』に続きまして、本日は1968年にリリースされたセカンド・アルバム『イーライと13番目の懺悔』について書きたいと思います。

前にもちょっとお話しましたが、ローラ・ニーロという人は、まるで歌という生き物が人間の姿をしているかのような、言ってみれば化身のような存在です。

大体シンガーとかミュージシャンというのは、優しいとか激しいとか、声が綺麗とかパワフルだとか、何かに特化した形容詞で語られることが多く、実際聴いてみたら「あ、その通りだ」と思うことも多いのですが、ローラ・ニーロに関しては不思議なことに「ローラ・ニーロは〇〇なシンガーだよ」と、一言で形容するのはなかなか難しく、例え出来たとしても、その形容詞から彼女の個性や存在感、または歌に込められた底無しの情感や情念といったものがスーッと抜けて行く。

無理矢理形容してしまえば、彼女の声はとても澄んでいて妖しく濁っていて、繊細な感情表現とパワフルなエモーションの塊が同時に滲み出ながら吐き出されていて、明るいけどどこか闇があり、複雑な思考とストレートな感情の吐露が同じ瞬間に同じ言葉をつぶやいて叫び、つまり彼女の声は聴く人の魂のための子守唄であり、彼女自身の叫びである・・・。と。かなり無理矢理な感じになってしまいますが、実際に彼女の歌を聴くと、この全部を「あ、なるほど」と思えてしまう。そういう特別なシンガーなんです。



【収録曲】
(Disc-2)
1.ラッキー
2.ルー
3.スウィート・ブラインドネス
4.ポヴァティ・トレイン
5.ロンリー・ウィメン
6.イーライがやって来る
7.タイマー
8.ストーンド・ソウル・ピクニック
9.エミー
10.ウーマンズ・ブルース
11.ファーマー・ジョー
12.ディセンバーズ・ブードア
13.懺悔
14.ルー (デモ) (Previously unreleased) (ボーナス・トラック)
15.ストーンド・ソウル・ピクニック (デモ) (Previously unreleased) (ボーナス・トラック)
16.エミー (デモ) (Previously unreleased) (ボーナス・トラック)

(Disc-2)
1.ラッキー (MONO)
2.ルー (MONO)
3.スウィート・ブラインドネス (MONO)
4.ポヴァティ・トレイン (MONO)
5.ロンリー・ウィメン (MONO)
6.イーライがやって来る (MONO)
7.タイマー (MONO)
8.ストーンド・ソウル・ピクニック (MONO)
9.エミー (MONO)
10.ウーマンズ・ブルース (MONO)
11.ファーマー・ジョー (MONO)
12.ディセンバーズ・ブードア (MONO)
13.懺悔 (MONO)
14.イーライがやって来る (シングル・ヴァージョン) (MONO)
15.セイヴ・ザ・カントリー(国を救え) (シングル・ヴァージョン) (MONO)


『イーライと13番目の懺悔』は、ちょろっと聴いて深く不思議な感動を、ヒリヒリした感傷の疼きと共に覚えたローラ・ニーロという人のことをもっと知りたくて、アタシが最初に買ったアルバムです。

黒の背景に黒髪の、何とも言えない知的な憂いを感じさせる表情の女性だけが大写しになったポートレイト、このジャケットだけで「あ、これは買いだ」と思ってなけなしのカネをはたいてレコードを購入し、想像よりもやはり素晴らしくバラエティに富んだ飽きの来ない内容に夢中になった思い出深い一枚なんです。

楽曲はファースト・アルバムより更にジャズ的な洗練を推し進めたような感じで、都会的なジョニ・ミッチェル、雨の日の透明なジャニス・ジョプリン、或いは感情の振れ幅が凄まじいキャロル・キング、のような感じと言えるでしょうか。明るいのにどこかエキセントリックな狂気、あぁまた形容詞の泥沼にはまり込んでしまう・・・。

このアルバムからもR&Bを代表するコーラス・グループ、フィフス・ディメンションがカヴァーした大ヒット曲『スウィート・ブラインドネス』や『ストーンド・ソウル・ピクニック』、そしてカヴァー・ヒットの大家といえばの3ピース・ロック/ポップス・バンド、スリードッグナイトがヒットさせた『イーライがやってくる』など、ソングライターとしての凄まじさを証明するポップス名曲がたくさん入っているし、かの鬼才ポップスター、トッド・ラングレンが「イーライと13番目の懺悔は僕が一番影響を受けたアルバムなんだ」と語るなど、”凄いよ”ということの裏付けにはかかせませんが、そんなことすらアルバムを聴いて彼女の歌を聴きながら、めまぐるしく展開する凄いアレンジの曲が持つ、ソウルもジャズもたっぷり入っているけど(サックスには何とズート・シムズも参加している!)、そのどちらからもカッコ良く飛翔しているグルーヴに身も心も任せながら「はぁあ・・・くぅぅ・・・」と悶えて聴くのが正解です。

それにしてもこの声、そして誰にでも受け入れられそうな(実際他人がカバーして大ヒットとなった)曲をたくさん作っていながらも、全てが個性的過ぎてリアルタイムではあまり多くの人に理解されなかったというローラの音世界。

その素晴らしさ、それ以上に感情の一番脆いところをダイレクトに揺さぶってくる”歌”や”音”が持つエモーションはどう言葉で表現したらいいんでしょう。分かりませんね、未だに分かりません。その底知れぬ、安易な形容を美しく拒絶するローラの魅力は怖いぐらいです。だからいつまでも飽きることなく聴き込む度に聴き惚れてしまいます。






『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』
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2017年12月20日

ローラ・ニーロ モア・ザン・ア・ニュー・ディスカバリー

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ローラ・ニーロ/モア・ザン・ア・ニュー・ディスカバリー
(Verve/Folkways/ソニー)

「声は人間の魂の波動だから、人間の最もピュアな本質が出るんです」

と、スピリチュアル系な人に言われたら

「はぁ、そうですな。はっはっは・・・」

と言ってそのまま退散するしかありませんが、音楽を聴いていると、こういった考えにはある程度の理解が出てきます。

あのですね皆さん、”歌”って凄いですよね。

あぁ・・・、アタシが今更言うまでもありませんが、やっぱり優れたシンガーの声を聴くと魂がうち震えて、そのまんま浄化されていくんだなぁという実感というのは、スピリチュアルな人達に言われんでもそりゃあります。

そして、これも今更アタシが言わんでもなことなんですが、歌ってのは究極に言えば「上手い/下手」じゃない。どんなにお上手な人でも、全く心に響かないシンガーもおれば、その逆で「上手いなぁ」とは思わないんだけど、その声は確かに聴いてるこっちの魂の奥底に鳴り響いて、聴いた後にどうしようもなく焦がれるような感情を抱かせる人もおる。

何でだろう何でだろう?と思っていろいろ考えても「や、この人の歌にはソウルがあるんだな」という結論が出てしまう。歌ってつくづくそういうもんだなぁと。

で、アタシが好きな女性シンガー・・・はいっぱいおりますが、その中でも特別に”ソウルが極まってる人”、分かり易くいえばその声を一瞬耳にしただけで、どうにもやるせない感情に、手前の魂がヒリヒリと共鳴してしまうという人が3人おります。

一人はビリー・ホリデイ、もう一人はジャニス・ジョプリン、そして今日ご紹介するローラ・ニーロです。

ローラ・ニーロという人はアメリカの音楽の歴史において、本当に特殊な存在感を静かに放つ人であります。

その声はどこまでも透明で、たとえるなら真夜中の大海原を感じさせるような、静かな深みをたたえ、それでありながら非常にソウルフルでエモーショナルな歌唱表現。

ジャズやR&Bからの影響を大胆に取り入れた楽曲も、非常に上質なポップスでありながら、どこか微かな”陰”を、悲しい笑みを浮かべながら漂わせているような、そんな痛みと安らぎを同時に感じさせてくれる、不思議で深淵なニュアンスがあるのです。

ニューヨーク生まれのユダヤ系アメリカ人で、ジャズ・ミュージシャンの父親とクラシック愛好家の母親の影響で、幼い頃からたくさんの音楽を浴びるように聴き、特にゴスペルやR&Bには特別のめりこんで、高校生になった頃には自分で作った歌をレコード会社に売り込みに回っていたという、いわゆる早熟の天才。

十代の彼女から曲を”買った”アーティストの中には、60年代フォークを代表するスーパーグループ、ピータ・ポール&マリーもおります。

アタシがローラを知ったのは、丁度彼女が亡くなった1997年の事であります。

「ローラ・ニーロ亡くなったんだって?」

「え?まだ40代だよね」

「う〜ん、でも何となく早く亡くなりそうな感じあったじゃん。癌だってよ・・・」

と、コソコソ喋ってるレコード屋の先輩達の話を小耳に挟んで

「へ〜、誰だろう?」

と思い、こっそりバックルームにあったミュージック・マガジンやレコードコレクターズのバックナンバーを読んだ時、まず顔写真を見ました。

雑誌の片隅に『イーライと13番目の懺悔』という意味深なタイトルのアルバムのジャケットが載っていて、そこにややうつむき加減の色白で黒髪の女性の顔を目にして、何故か

「あ、この人は聴かねばならない」

と思ったんですね。

丁度表では「ローラ・ニーロかけて追悼しようぜ」となっておりましたので、顔を知って数分後に、ローラ・ニーロの音楽も知ることが出来たんです。

その時流したアルバムは確か『ファースト・ソング』という赤いジャケットのアルバムのレコードだったと思います。歌声が流れた時に、心はざわっと不思議に波打ったんですが、正直な感想は「え?もっとドロドロに暗い人だと思ったけど、ジョニ・ミッチェルみたいで聴き易いんだね」でした。

とりあえずその時はそれで終わり。でも、それから数日経っても、最初に聴いた時の、心の不思議な波打ちは収まりません。結局アルバム買ったんですね、先輩に「どれがいいですか?」と訊いても「どれって、どれ聴いてもローラ・ニーロはローラ・ニーロだよぉ」と笑うだけで、教えてくれないので結局最初に見て「これ」と思った『イーライと13番目の懺悔』を。

その話はまた次にするとして、真夜中、家で静かに聴くローラ・ニーロは本当に沁みました。

やはり声、声なんですね究極は。決してインパクトのある声質でもなくて、感情表現もジャニスみたいにいきなりドカッとくるタイプじゃないんだけど、その声は不思議と何だか心のささくれだってるところとか破れかけてるところに入ってくるんです。で、泣ける、何故か泣ける。しかも何か具体的な感情が湧いてきてワッと泣けるんじゃなくて、何にも傷つけられていない純粋な涙がジワッと溢れてくる。あれ、おっかしいな、俺別にヤなことあった訳じゃなくて、悲しいこと思い出した訳でもないのに何だこれ?と思いながらずっとそこに浸っていたくなる、そんな歌声だと思ったし、今もローラの声に関してはそう思ってます。




1.グッドバイ・ジョー(MONO)
2.ビリーズ・ブルース(MONO)
3.アンド・ホエン・アイ・ダイ(MONO)
4.ストーニィ・エンド(MONO)
5.レイジー・スーザン
6.フリム・フラム・マン
7.ウェディング・ベル・ブルース
8.バイ・アンド・セル
9.ヒーズ・ア・ランナー
10.ブローイング・アウェイ
11.アイ・ネバー・メント・トゥ・ハート・ユー
12.カリフォルニア・シューシャイン・ボーイ
13.ストーニィ・エンド(ボーナストラック)
14.グッドバイ・ジョー(ステレオ)
15.ビリーズ・ブルース(ステレオ)
16.アンド・ホエン・アイ・ダイ(ステレオ)
17.ストーニィ・エンド(ステレオ)
18.レイジー・スーザン (ステレオ)
19.フリム・フラム・マン (ステレオ)
20.ウェディング・ベル・ブルース(ステレオ)
21.バイ・アンド・セル(ステレオ)
22.ヒーズ・ア・ランナー(ステレオ)
23.ブローイング・アウェイ(ステレオ)
24.アイ・ネバー・メント・トゥ・ハート・ユー(ステレオ)
25.カリフォルニア・シューシャイン・ボーイ(ステレオ)


当時フリー・ジャズとかブルースの過激なやつとか、サイケのファズ轟音のやつばかり好んで聴いてたにも関わらず、ローラ・ニーロにはすっかりハマり、先輩の「どれって、どれ聴いてもローラ・ニーロはローラ・ニーロだよぉ」も、ほどなくあぁなるほどと理解できるようになります。

ローラはどれもいいんです。

繊細でエキセントリックな性格過ぎて、一時期音楽活動を中断してしまいますが、そこから復活した後のグッとジャズっぽくなったアルバムも良かった。

で、今年はそんなローラ・ニーロの生誕70周年記念らしいですね。

アタシが最初に聴いた『ファースト・ソングス』これが実は19歳のローラのデビュー・アルバムなんですが、最初Verve/Folkwaysというレーベルでリリースした後に、大手コロムビア(日本ではソニー系)に音源が譲渡されたという、多少ややこしい経緯があって、今回その”ややこしいあれこれ”をクリアにした形での、オリジナル盤と同じタイトル(『モア・ザン・ア・ニュー・ディスカバリー』)同じジャケットで再発されて、更にボーナストラックがたくさん付いてモノラルとステレオの両方で曲が楽しめるという訳なんですが、これのモノラル、はい、凄くいいです。

内容は10代の少女のデビュー作とは思えないぐらい音楽的に成熟していて、ジャズとR&Bが高度な次元で自然に融合した、良質な良質なポップです。

ピーター・ポール&マリーに打った『アンド・ホエン・アイ・ダイ』の、爽やかな中に切々と流れる感傷の深さとか、彼女自身の弾くピアノの静謐な響きにも引き込まれる『ビリーズ・ブルース』とか、本当にどの曲も名曲と言えるでしょう。

日本では「玄人受けするシンガー」海外では「60年代から70年代の多くのヒット曲の作曲者」として、アメリカを代表するシンガーソングライターの一人とされていますが、もっともっとこの人の、聴き手の魂を優しく深淵に引きずり込んでゆく、唯一無二の声の魅力が評価されてもいいと思います。



『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 19:27| Comment(0) | ロック/ポップス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする