2018年07月01日

ジ・エクス+トム・コラ Scrabbling at the Lock

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The Ex+Tom Cora/Scrabbling at the Lock
(EX)


80年代後半から90年代にかけての時代は、いわゆる即興演奏による”自由な音楽”を演奏する人達の想像力が、黎明期ともいえる60年代や70年代とは、また違ったベクトルで大いに花開いた時期だったと思います。

そういう時代を牽引したのがジョン・ゾーンであり、前衛パンクの聖典『ノー・ニューヨーク』に参加したコントーションズDNAといったバンド達でありますが、もう一人、忘れてならない人がおります。

トム・コラです。



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チェロという楽器はイメージとして「クラシックの楽器」であります。

もちろんジャズやタンゴなど、クラシック音楽以外でも使われることはありましたし、トム・コラ自身も巨匠であるパブロ・カザルスに師事してクラシックの教育をキッチリ受けた人ではありますが、プロとしてのキャリアにおいて、最初からクラシック以外のフィールドに飛び込み、そしてエフェクターを多用したり、弓で弦を弾くだけでなく、場合によってはガシガシと叩くパーカッシブな奏法を繰り広げたり、まるで楽器演奏そのものの常識に激しく挑戦しているような、そんな演奏をしている人でした。

1970年代後半にニューヨークに拠点を置いた彼は、ジャズ・ヴィブラフォン奏者、カール・ベルガーのアルバムに参加し、プロとしてのキャリアをスタートさせます。

その頃からジョン・ゾーン、フレッド・フリス、ビル・ラズウェル、ブッチ・モリスといった、アンダーグラウンド・ジャズやロック、現代音楽の人々、つまり当時のニューヨークで最も過激と言われるパフォーマンスをやっていた人達と対バンやセッションを重ね、地下音楽シーンに名だたる数々のバンドに参加。

とにかく完全即興から、ジャズやロックやファンクといったありとあらゆる音楽に、トム・コラはチェロ一本で斬り込んで行きました。

しかも、その演奏スタイルというのが凄いんですよね。8ビートだからロックっぽく、ジャズだからスインギーにとか、そういう「それっぽさ」「それらしさ」で胡麻化したりは一切しない、どんなジャンルだろうとどんなリズムだろうと、自らが編み出した音楽の決まり事/約束事に固執しない変幻自在スタイルを貫きながら、かつフリーに逃げず、正面から挑んで”異物としてのカッコ良さ”でどんな音楽とも溶け合える、つまりタダの即興野郎じゃない、筋の通ったやり方でどんな音楽にも真剣に対峙していたのがトム・コラです。


一見激しくガリガリやって、とっつきにくいように思えるかも知れないけど、そのチェロの音の厳しく冴え渡った美しさを聴く時、私はいつも胸が締め付けられるような気持ちになるんです。

どう言えばいいのか未だによく分かりませんが、この人は単に目新しいものをやろうとして即興演奏やアヴァンギャルドの世界に行ったのではなく、チェロという楽器が持つ隠れた攻撃性と、その中にあるエモーショナルな衝動を突き詰めてゆくうちに、ただ弓を横に引くだけではない演奏法や、譜面に囚われない表現法が必要になったからそれをやり、結果としてそれがアヴァンギャルドと言われるようになっただけなんじゃないかと。






Scrabbling at the Lock

【収録曲】
1.State of Shock
2.Hidegen Fujnak A Szelek
3.King Commie
4.Crusoe
5.Flute's Tale
6.Door
7.Propadada
8.Batium
9.Total Preparation
10.1993
11.Fire and Ice
12.Sukaina


オランダを拠点に活動するパンクバンド”ジ・エクス”との1990年の共演作『スクラッブリング・アット・ザ・ロック』です。

えぇ、そうなんですよ。パンク(というかオルタナティヴ・パンク)バンドとチェロの共演なんですよ。

最初トム・コラの名前は知ってるけど、正直どんな音楽をやってるかなんて全然分かんない時に、先輩から「コレはすげぇぞ」と教えられて聴いたのがきっかけで知りました。

「へー、このジ・エクスってパンクバンドなんだー。で、トム・コラはゲストみたいな感じ?ふ〜ん、まぁアレだよね、ロックバンドにチェロつったら、まぁ普段はエレキでギンギンにやってる人達が珍しくアコースティック編成でやってるよーなヤツなんでしょ?そういえばニルヴァーナのアンプラグドにもチェロ入ってたよね〜」

と、まぁナメてましたよね、完全にナメてました。

マイナー・コードのリフがキレ良く掻き鳴らされる1曲目『State of Shock』のイントロ、これでもう完全にヤラレました。

いや、パンク、これは!パンク!!

演奏はエレキギターやドラムが激しく鳴り響くエッジの効いたロックです。それこそフガジみたいな、ゴリゴリのパンクを通ってメロディや曲展開にどんどん軸を置いていったような、そんな感じなんですが、トム・コラのチェロはそのサウンドの中で隅に寄るでもなく、演奏を突き破って自己主張激しくする訳でもなく、まるでエレキギターのように”あの”チェロの音で、”あの”チェロの弾き方で、激しいロックのサウンドとびっくりするぐらい自然に溶け合っているし、びっくりするほど”バンドの楽器”として暴れまくっておるのです。

ガンガンな音の中、チェロで見事な調和を生み出すトム・コラも凄いけど、激しく狂いながらチェロが入ってこれるだけの間合いをちゃんと作っているジ・エクスの力量もなかなかのもの。

それと、このバンドの作り出すメロディの中に、どこかヨーロッパ土着の音楽が持つうっすらとした悲哀が効いてるのもいいんですね。その切ない感じを敏感に感じ取ったトム・コラの感性が、バンド・サウンドの激しさも切なさもしっかりと増幅させている、そんな融合の美しさにひたすら感動して、やっぱり胸が締め付けられるような気持ちになってきます。

え?パンクなのに切ないの?って今言ったそこのアナタ、パンクって切ないんですよ。









『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年06月20日

フガジ 13Songs

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FUGAZI/13 Songs
(Dischod)


時は1994年のグランジ/オルタナティヴ・ブームの頃、18歳のアタシは埼玉県川越市におりました。

まぁその、川越といっても小江戸情緒の漂う中都会、川越駅周辺のことではなく、延々と拡がる国道沿いの畑の中にある、諏訪町のアパートがアタシの家でございまして、そこからの最寄り駅は上福岡駅でありました。

奄美の田舎から上京してきた小僧が住むには、まぁあまり息苦しくない、都会都会していない環境で良かったなぁと思っておりますが、今日お話ししたいのは、そんなことではありません。

都会に上るまでは電車なんぞ使ったことなかったので、電車での移動とか切符を買って改札を通過するとか、東武東上線から別の路線へ乗り換えるとか、そういうのは非常に緊張を強いる作業であり、友達が出来るまでの最初の頃はもう、ただ最寄り駅周辺をウロウロするだけの生活だったんです。

幸い上福岡の駅前はちょっとした街で、本屋さんもありましたし、CD屋さんも3件はありました。

そのうちの1件が、駅から一番遠くて、一番小さなお店だったんですが、オルタナやヘヴィメタルの在庫が結構充実してたんですよね。

アタシといえば、高校時代には全く知らなかった”オルタナティヴ・ロック”なる音楽を、意味も分からんまま「パンクとメタルの中間みたいなヤツだろう」と思うがままに、主に音楽雑誌で探してはCDを買うという生活をしておりました。

知らない土地で遊ぶ友達もいないので、学校終わったらフラフラと20分ぐらいかけて駅前に行き、フラフラと本屋で音楽雑誌を買い、そこでオルタナティヴと呼ばれてるバンドの情報をチェックしては、そのままCD屋でチェックしたバンドのCDをとりあえず買ってみるという生活をしてました。

その、オルタナやヘヴィメタの在庫が充実したお店で初めて買ったのがフガジです。

で、実はイアン・マッケイのバンドでありますマイナー・スレットよりも先に知ったのはフガジだったんです。

そして、アタシがマイナー・スレットという素晴らしいハードコアバンドに興味を持ったのもフガシがきっかけでした。

1988年結成のフガシは、フロントマンであるイアン・マッケイのそれまでの活動から、オルタナティヴ・ロックのシーンでは既に大御所というか「この分野の草分け」みたいに書かれておりました。

アタシはとにかく何事も”源流”が好きであります。

ニルヴァーナが流行って、当然ニルヴァーナを好きになったら、その瞬間に

「ニルヴァーナが影響を受けたバンドって何だろう」

と考える訳です。

そんな思考でしたから、その当時のグランジに影響を与えたバンド達、つまりフガジやバッドホール・サーファーズ、バッド・ブレインズというのは、音を聴く前から何か特別な存在ではありましたが、雑誌などでフガジの事はことごとく

「硬派」

「ハードコアのスピリッツ」

「インディーズの重鎮」

とか、そういう十代のアタシがワクワクするような言葉で紹介されていたから、こりゃ当然CDも買って聴かなきゃだろうと思っていたんです。


加えて、雑誌で「オススメ」と紹介されていたアルバムのジャケットのカッコ良さも、アタシの購買意欲に火を点けました。

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これですねぇ。何でそうなってるのかわからんが、とにかくライヴ中にヴォーカリスト(イアン)が逆さまになるぐらいの激しいパフォーマンスをするバンドなんですよ。こういうのって大事ですよ。

で、フガジは何枚か買いました。

残念ながら、というか不思議な事に、このジャケットのCDとは出会えず、あれこれ「うん、このジャケじゃないけどまぁいいか・・・」と思いつつ、お店の人に訊く事も出来ぬまま購入してたんです。

フガジのサウンドは、思ったよりもあの時代の「グランジ系オルタナティヴ・ロック」という感じではなく、ジャケットからイメージしていた、ズンダンドタドタの高速ハードコアでもなく、どっちかというと70年代のパンクロックに近い、粗削りなサウンドながら曲の輪郭がしっかりしているもので、アタシは「あ、これはパンクでカッコイイなぁ」と思いながら聴いてましたし、今もフガジはそういうバンドだと思って聴いております。





13 Songs

【収録曲】
1.Waiting Room
2.Bulldog Front
3.Bad Mouth
4.Burning
5.Give Me The Cure
6.Suggestion
7.Glue Man
8.Margin Walker
9.And The Same
10.Burning Too
11.Provisional
12.Lockdown
13.Promises


「これは何枚目のアルバム」とか、よく知りもせんままにボチボチ購入したアルバムの中で、最初にグッときたのは真っ赤なジャケットの『13 Songs』でした。

や、基本的にフガジのアルバムはどれも脇目を振らない一本気な音作りで、軒並みカッコイイんですが、とにかくこの1曲目『Waiting Room』です。

コリコリと硬めの音で鳴り響く落ち着いたベースのイントロから、疾走しないしっかりとしたビート、そして大好きなクラッシュのセカンド辺りに入っていそうな、ポップなコーラスが効いた握り拳系パンクなこの曲。

フガジの音楽は、サウンドはとってもソリッドでパワフルなのに、スピードや勢いに流されない。何というか、揺るぎない信念でもってそこに立っているという感じがします。そして、その信念ゆえの優しさが溢れてるんですよね。

後になって、フガジ時代のイアン・マッケイは、未成年がライヴを楽しめるようにチケット代をなるべく安く設定し、アルコールを提供しない会場で、モッシュやダイヴで暴れることを厳しく禁止する(オーディエンスの安全のために)事をライヴでは徹底していた事を知り、その音楽の芯のある優しさの背景を知ってフガジとイアン・マッケイがますます好きになりました。

それからしばらくしてマイナー・スレットを知って、今度はこっちの勢いガンガンの、飾りのないハードコア・サウンドにすっかりヤラレてしまったという訳です。

ちなみに、この『13 songs』、1993年にリリースされた彼らの初期音源集で、内容は1988年にレコードでリリースされた7曲入りEP盤『7 songs』と、翌1989年の6曲入りEP盤『Margin Walker』をプラスしてCD化されたもの。

アタシがどうしても欲しかったけど結局見付けきれずに買えなかったあの”逆立ちジャケ”のタイトルが実は『7 songs』という事はつまり、あの”逆立ちジャケ”の音源は、最初の頃に買っていたこのCDに全部入っていたということなんです。いゃっほう♪






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2018年06月18日

マイナー・スレット Complete Dicography

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MINOR THREAT/COMPLETE DISCOGRAPHY
(Dischord)


皆さんこんばんは、アメリカンハードコアについて語ると、どうしても長くなってしまいますことを反省して、ちょいちょいと小分けにすることを思い立ちましたので、本日もアメリカンハードコアについて語りたいと思います。

よく「パンクとハードコアの違いって何?」と訊かれます。

ふむ、パンクもハードコアも、音楽として括るために作られたジャンル分けでありますが、元々はイギリスやアメリカの、閉塞した社会に不満を持つ若者達の思想や物の考え方がこう呼ばれていたものなので、頭で考えても結論めいたものは未来永劫出ないだろうとは思います。

考え方としては

・世の中の既存のルールに従わないこと=パンク

・世の中の既存のルールに徹底的に従わないこと=ハードコア

という風にアタシは解釈しておりますが、ハードコアはパンクを更に先鋭化させた思想であり、かつ、元々のパンクのオリジナルな考え方にもハードコアな姿勢というものがございます。

例えば「ぶっ壊しちまえ!世の中はインチキ、オレらもお前らもインチキさ」と全てにおいてアナーキーな突っ張り方をしたのがセックス・ピストルズならば、「いや、お前たち、破壊するのはもちろん結構だしどんどんやれだが、壊す事にも美学がなきゃいかん、それとリスペクトな。これ大事だぞ」と言ったのが、ジョー・ストラマー先輩率いるザ・クラッシュであります。

どちらもパンクであり、どちらもハードコア思想に大きな影響を与えておりますね。

さて、アメリカの80年代ハードコアはどうだったかというと、彼らの音楽は既存の音楽からの影響を一切無視したかのような『高速ビート+3コードの乱暴なコードカッティング+生身の言葉をひたすら暴力的にぶつけるヴォーカル』というアナーキー極まりない無秩序なスタイルではありましたが、「既存に屈しない」「業界の力を極力借りず、自分達の力で演奏し、場所も確保し、レコードも制作する(DIY)」などの姿勢的な面では、英国のパンクロックどころかアメリカのそれまでの音楽よりも、強烈なポリシーと自分達なりの秩序というものを持っていたんじゃないかと思うのです。

で、このハードコアの”秩序”というものを考えた時、必ず出て来る大きな存在の人間が二人おります。

ヘンリー・ロリンズとイアン・マッケイです。


共にロックのお約束である『セックス、ドラッグ、アルコール』とは頑として距離を置き、その激しい音楽性とは裏腹に、クリーンなハードコア/クリーンなロックというものを提唱し、今もその求道的な姿勢をリスペクトして実践するハードコアやヘヴィロックのアーティストがいっぱいいるカリスマですが、本日ご紹介するのは、そんな求道的な姿勢を”ストレート・エッジ”という思想へと昇華させたイアン・マッケイと、彼が率いたマイナー・スレットについてお話します。

1980年から83年と、実質3年間という短い活動期間でありましたが、マイナー・スレットは80年代アメリカン・ハードコアの伝説として語り継がれております。

その発端は、ホワイトハウスなど、アメリカの政治の中枢があるワシントンD.C.で、1979年にイアン・マッケイ(ヴォーカル)とジェフ・ネルソン(ドラムス)という十代のパンクロック好きな少年が中心となって、ティーン・アイドルズというバンドを結成した事から始まります。

彼らは最初セックス・ピストルズのようなロックンロール色の強いバンドであったと云われておりますが、同じくワシントンD.C.で暴れまわっていた黒人ハードコアバンド、バッド・ブレインズから強く影響を受けて、ビートの速いハードコアサウンドをすぐに轟かせるようになります。

当時、シーンとして全国に先駆けてハードコアが最も盛んだったのは西海岸です。

ティーン・アイドルズのメンバー達は、憧れだったデッド・ケネディーズやブラック・フラッグ、サークル・ジャークスのライヴを観に、わざわざロサンゼルスやサンフランシスコまで出かけますが、この時十代だったため、ライヴハウスでは「コイツらにアルコールを提供したらダメだよ」という印として、手の甲にバツ印を書かれました。

この”手の甲のバツ印”が、後にストレート・エッジ思想を持つ人達のシンボルのようになります。

ハードコアの連中といえば、世の中への不平不満をストレートな言葉でとにかく絶叫するスタイルを取り、イアンのヴォーカル・スタイルも確かに単語絶叫系ではあるのですが、歌詞は皮肉や挑発、そしてかなり具体的な”社会システムへの不満”という分析と攻撃が一体となった知的で力強い構成で、実際に彼の思想と行動は「具体的に体制を壊す」ということに照準が定められておりました。

ティーン・アイドルズはライヴで稼いだ金(といっても、十代の彼らは大人のバンドがやってるような高い料金設定のライヴが出来なかったので、低く設定されたチケット代の利益)をコツコツと溜めて、自主製作のEP盤をリリースするという、それまでどのバンドもやってこなかった快挙を成し遂げます。

ロックバンドの連中といえば、ブルースの昔から「カネは日銭、稼いだら派手に遊んで使う」というのがミュージシャンの常識だったのですが、彼らはこの常識をもブチ壊し、やがてティーン・アイドルズは1年で解散しますが、イアンとジェフはEP盤の評判が良かった事に手ごたえを感じ、今も続くディスコード・レコードというレーベルを立ち上げ、新バンド、マイナー・スレットを結成します。





Complete Discography

【収録曲】
1.Filler
2.I Don't Wanna Hear It
3.Seeing Red
4.Straight Edge
5.Small Man, Big Mouth
6.Screaming At A Wall
7.Bottled Violence
8.Minor Threat
9.Stand Up
10.12XU
11.In My Eyes
12.Out Of Step (With The World)
13.Guilty Of Being White
14.Steppin' Stone
15.Betray
16.It Follows
17.Think Again
18.Look Back And Laugh
19.Sob Story
20.No Reason
21.Little Friend
22.Out Of Step
23.Cashing In
24.Stumped
25.Good Guys (Don't Wear White)
26.Salad Days


最初のメンバーはイアン・マッケイ(ヴォーカル)、ジェフ・ネルソン(ドラム)、ライル・プレスラー (ギター) 、ブライアン・ベイカー (ベース) です。

81年に2枚のEP盤をリリースした直後に一旦解散して翌82年に新たなメンバーとしてスティーヴ・ハンセンを加入させ、バンドは復活。元々ベーシストだったブライアン・ベイカーがギターに転向し、ツインギター編成になります。

マイナー・スレットはそのエッジの効いたヘヴィな演奏と、やはり自主製作のEPがツアー先で評判となり、全国に知られるようになりましたが、新メンバーでリリースした2枚のEPをレコーディングした後、元々ギクシャクしていた人間関係が限界に達して解散。


イアンはその後、オルタナティヴロックの元祖と言われる”フガジ”の中心となり、ブライアンはバッド・ブレインズ、スティーヴはセカンド・ウィンドと、それぞれ重要バンドのメンバーとして活躍します。

イアンの唱えた”ストレート・エッジ”は、その後も多くのバンドやアーティスト、ハードコアが好きなキッズ達に引き継がれていきますが、その思想は徐々にイアンが唱えていた頃の「ハードコアを健全に楽しもうぜ」という純粋なものから、排他的なものになってしまいました。

それに対してイアンは今でもディスコード・レコードで硬派なパンク/ハードコアのリリースを続け、若者向けにチケット代¥1000以下で楽しめるコンサートを主催し、やっぱり酒もドラッグもタバコもしない、筋を通した生き方を貫いております。

マイナー・スレットのアルバムとしては、前期4枚のEPとデモ音源をまとめたこの『13 Songs』が、彼らの音源がほぼ全部入ってる唯一のアルバムです。

攻撃的で、ガリガリにとんがった、インパクト最高スクエア上等の王道ハードコア・サウンドな曲がほとんどでありますが、後半のややポップな曲が、後のイアンのオルタナティヴ・ロックな展開を思わせたり、楽曲のバリエーションは驚くほど豊かで、この時代のハードコアバンドとして、驚くほどの柔軟性が感じられます。






『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年06月01日

ロイ・ブキャナン Roy Buchanan

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ロイ・ブキャナン/Roy Buchanan
(Polydor/ユニバーサル)



高校の頃、一本のビデオを片手に上機嫌で帰って来た親父が、テレビの前にドカッと座るなり

「おい、今日はコレ見るぞ」

と、言うやビデオをセットして勝手にチャンネルを変え、缶ビールをプシュッと開けました。

アタシは昔から大河ドラマっ子でしたので

「何すんだやめろ」

と、思ったのですが、もちろんウキウキになってる親父にそんな事言っても聞かないのは分かり切ったことなので黙っていました。

「お前ブルースつったらコレよコレ、コォレを見らんと話にならん」

とか何とか言いながら、雑な手付きでリモコンをギシャギシャやっておりますので

「ほーん、ブルースかぁ、そんならまぁ見るか」

とか思って、まぁ観ることにしました。


そのビデオは、アルバート・コリンズとロニー・マックとロイ・ブキャナンによるブルース・コンサートの映像でした。

もちろんその頃は3人の名前も全然知らなかったのですが、興奮して横で「イェ〜イ♪」とか言ってテーブルを叩く親父の横で、アタシも釘付けになって観ておりました。


10フレットだか12フレットだか、とにかくあり得ないポジションにカポを付けて、長い指で弦をカキーンと引っ掻いて、あり得ない太さの音を叩き出す、オマケに長い長いシールドを引っ張って客席を練り歩き、客席の椅子に座って弾くという驚愕のパフォーマンスが最高に楽しかったアルバート・コリンズ、フライングvを派手に聴きまくり、最もノリのいい曲が多くてその頃のアタシには一番音楽的な親しみを感じたロニー・マック(後で「あの人はスティーヴィー・レイ・ヴォーンが若い頃夢中になってた人なんだよ」と知って凄く納得)、そしてロイ・ブキャナン。


ロイ・ブキャナンだけ”そして”と書いたのには訳があります。

そう、何事にも派手で豪快なアルバート・コリンズとロニー・マックに関しては、あぁこのファンキーな感じは確かにファンキー大好きファンキー人間な親父が機嫌良くなるわ〜。と納得もしたし、そのファンキー人間の血を引いているアタシも一発目からグッと来ましたが、一人だけテンションの違う、終始何やら深刻そうな顔をして、歌もサラッとしてて声も張り上げない、曲調もどことなく寂し気な感じのロイ・ブキャナンだけはどーにもとっつきにくいというか、ぶっちゃけよくわかんなかったです。

しかし、ホンモノというのは、いつも後から徐々に気になってしまうものであります。

そのビデオはアタシもなかなか気に入ったので、親父がいない時も一人でコッソリ観ておりました。

テレビの部屋にギターとギターアンプなんかも持ってきて、ちょっとでも盗めるところがあれば盗んでやろうとしてたんですね。

で、アルバート・コリンズとロニー・マックの所は真剣に観ながらギターで耳コピとかしてたんですが、ロイ・ブキャナンはまぁ何かよくわかんないから、ギターで好きなフレーズ弾きながらテロテロ”ながら聴き”をしていたところ、急に!本当に急になんです。

ノン・エフェクトでザリッと歪んだテレキャスの音、そのチョーキングや早弾きやピッキングハーモニクスやボリュームつまみを使ったハーモニクス奏法や、アーム付いてないのにまるでジミヘンのアーミングみたいな音を出す奏法や、実に考えられるギターのテクニックみたいなものが全部詰まった演奏の奥の奥からつんざくような叫びと言うんですかね、そういった静かだけど激しい感情の凄まじいものがいきなりザクッと耳に刺さって、その時初めてロイ・ブキャナンという人のプレイに釘付けになってしまいました。


気になって調べたら、何とこの人は、エリック・クラプトン、ジェフ・ベックをはじめ、世界中のロックの名だたるギタリスト達が尊敬し、そのテクニックを必死で盗んだ人で(ジェフ・ベックがテクニック面で大きな影響を受けた事は有名)、何とブライアン・ジョーンズが亡くなった後にローリング・ストーンズのギタリストとして参加して欲しいとオファーされた程の、超凄腕のギタリストだった事が判りました。

しかし、それだけの凄腕&世界中のロック・レジェンド達から賞賛され尊敬される程の人でありながら、ヒットを連発するスターダムな存在にはなり得なかった。そのため『世界最高の無名ギタリスト』という、有難いんだか有難くないんだかよーわからん呼び名まで持っております。

彼が売れなかった理由は、性格的に繊細過ぎたとか、流行に乗ったり合わせたりするのが苦手だったとか、色々と言われておりますが、要するにギターを弾く事は大好きで、自分のプレイを聴いた人が喜んでくれる事は望むところだったのですが、ロックスターとか華やかでスキャンダラスな世界の雰囲気というのがどうにも合わなかったんでしょう。

ローリング・ストーンズからの正式な加入要請も「いや、自分そんなガラじゃないんで・・・」とあっさり断っておりますし、80年代の最も脂の乗った30代後半から40代前半という時期を「何か音楽ビジネスってのが嫌んなっちゃった・・・」と引退状態で過ごし、それでも頑張って85年には復活するんですが、1988年、48歳の時に路上で泥酔して潰れていたところを警察に保護され、その留置所の中で首を吊って自殺・・・。


彼の音楽には、繊細で華やかな場が苦手だったというより他に、何かこう不幸な人間の背負う宿命みたいなものを静かに受け入れているような、そんな気がしてなりません。

他の追随を許さない超絶テクニックを持っており、プレイそのものは確かにちょっとでもギターをかじっている人には「凄い!」と絶句させる程の強烈なインパクトを持ちますが、その音からはどこか暗い宿命を背負い、それを静かに受け入れているかのような、そんな哀しさを常に感じてしまうんです。

そしてそれ故にどうしようもなく惹かれます。






【収録曲】
1.スウィート・ドリームス
2.逃亡者
3.ケイジャン
4.ジョンズ・ブルース
5.幽霊屋敷
6.ピートズ・ブルース
7.メシアが再び
8.ヘイ・グッド・ルッキン



ロイ・ブキャナンは1939年にアメリカ南部アーカンソーに、牧師の子として生まれました。

クラプトンやジェフ・ベック、ジェリー・ガルシア、ジョージ・ハリスンといったロック・レジェンド達に敬愛されているから、きっと彼らより相当年上なんだろうと思ったら、意外とそんなに離れておりません。

9歳でギターをはじめ、15歳ですでにプロとして活動しており、様々なバンドでいわばセッションマンとして腕を磨き、その中には後の”ザ・バンド”の前進となるホークスもありました(ちなみにザ・バンドのロビー・ロバートソンもロイから多大な影響を受けていることを公言しております)。

1972年、33歳という遅咲きのデビューを果たした時は既にアメリカでは知る人ぞ知る存在で「いや、あんだけの腕があるのにデビュー遅すぎるだろ」とミュージシャン達の間では歓迎と共に激しいツッコミも挙がったとか何とか。

で、今日のオススメはその1972年にリリースしたソロ・デビュー作『ロイ・ブキャナン』なんですが、ブルースとカントリーの両方に深い影響を受け、それを自分ならではのスタイルで消化し、そこに更なる独自のテクニックを加えて作り上げた彼のスタイルは、この時点でもう完璧に出来上がっていて、作品としての完成度はとても新人の1作目とは思えないぐらいに高いです。


ブルースをやってもフレーズの泥臭さやチョーキングでの情緒だけに流れることなく、クールにソロを組み上げてゆく、カントリーをやってもピッキングハーモニクスなど、それまでにあまり使われなかった技巧を凝らし、とにかくジェフ・ベックが”何をやってもジェフ・ベックのギター”であるように、この人もまた”何をやってもロイ・ブキャナン”と分かる弾き方のクセがあり、とにかく1曲の中に持てる技の全てをぶっこんでくるんですね。

その神業が拝めるのが、カントリー曲代表の『ケイジャン』とブルース曲代表の『ジョンズ・ブルース』なんですが、まぁとにかく聴いてください。根っこの部分は流石にホンモノとしか言いようのないカントリーであり、ブルースなんですが、そこで繰り広げられているギタープレイは、ジャンルも「誰々っぽい」という安直な形容も超えております。

そして、やっぱり「あぁ、ロイ・ブキャナンだなぁ」という、情念が一瞬の激しさと、永遠のようなヒリヒリとした哀しみの空気を纏って消えてゆく哀愁のスロー・ナンバーに心惹かれます。

この作品では冒頭の『スウィート・ドリームス』と7曲目の『メシア再び』これはもう祈り、深く美しい祈りとしか言葉が出てきません。


とにかくロイ・ブキャナンを聴いていると、そのギター・プレイに込められたテクニックの凄さと、それを上回る情感の豊かさと、更にそれを上回る音楽全体に漂う静かな絶望みたいなものに圧倒されて聴き入って、そして言葉が出なくなってしまうのです。

言葉が完全に出なくなってしまいましたので、今日はここらへんで、おやすみなさい。






『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年05月14日

ジョニー・ウィンター サード・ディグリー

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ジョニー・ウィンター/サード・ディグリー
(Alligator/Pヴァイン)


奄美地方、今年もゴールデンウィーク開けから順調に梅雨入りしているんですが、いや暑い。しかも、これも毎度のことなんですが、梅雨入り宣言が出されたからといって、本土のようにずっとしとしと雨が降っている訳じゃなく、ギラーッと晴れてる日も結構あって、空気がギトギト熱いんで、もう気分は真夏であります。

アタシは暑いのも熱いのも苦手です。

だもんで毎年この時期になると「梅雨の鬱陶しさを吹き飛ばそう!」とのたまって、梅雨の鬱陶しさを吹き飛ばしてくれそうな音楽作品を紹介します。

はい、今日はギンギンに暑苦しいこと梅雨や真夏に劣らない男、いや”漢”、ジョニー・ウィンターでございますよ。えぇ、名前がWinter(冬)なのにご本人がそりゃもうこれでもかと弾きまくるギターにも、親の仇みたいなキョーレツながなり声にも冬要素は皆無なんでございまして、実に実に実に夏が似合うんですね。


という訳で本日はジョニー・ウィンターの1986年リリースの『サード・ディグリー』でございます。


はい、通称”百万ドルのギタリスト”、テキサスの火の玉野郎、ブルースをガソリンに暴走するブルース大型トレーラーとか、最初のやつ以外はアタシが勝手にそう呼んでおりますが、とにかくもうジョニー・ウィンターといえば、そこらのブルースロックなんてメじゃないぐらい体にキョーレツに染み付いたアメリカ南部のブルース魂を感じさせるロックンロールを、やり過ぎな勢いで弾きまくり、ガラの悪い声で叫びまくる人です。

ブルースといえば、やれ情感だの風情だの、人生の悲哀だの、そういう所に話が行ってしまい、えぇ、アタシはもちろんその辺の話大好きなんですが、この人の情緒なんざクソくらえな突き抜けた暴れっぷりを聴いてしまうと、ホント細かいことなんかどーでもいい、酒もってこい酒ーー!!となってしまうからその勢いの説得力たるや相当なものでございます(※アタシはお酒がのめません)。


さてそんなジョニー・ウィンター、1969年当時イギリス勢に若干押され気味だったブルース・ロックの期待の新星としてデビューしました。




このファーストは、ウィリー・ディクソンやビッグ・ウォルター・ホートンなど、ホンモノのシカゴ・ブルースの猛者達をゲストに迎えた骨太なブルース・アルバムで、その中身の濃さはにはもうグウの音も出ないほどの作品だったのですが、コレがホンモノ過ぎてロック市場では大コケしてしまいます。

そこから「ぬがー!あったまきた!!じゃあワシゃあ本気のロックやったるわい!!」と奮起したジョニーは、よりサウンドを先鋭化させて、ロックンロールからブルース飛び越してハードロックなアプローチもガンガン入れてセールス的にも徐々に挽回し、その勢いで70年代を駆け抜けたのです。

が、やはり「オラぁなんにも考えねーでブルース弾きまくりたい!」という衝動はずっと衰えなかったのでしょう。

CBSの子会社のブルーススカイというレーベルで「好きにしていいよ」と言われ、ブルース・アルバムを再びリリースしたり、親父と慕うマディ・ウォーターズのアルバムをプロデュースしたり、そらもうやりたい放題やります。結果マディのアルバムがグラミー賞を受賞したり、ブルースという音楽を広く世に知らしめる事に大きな功績を残すんですが、やっぱりメジャー・レーベルって所は窮屈だと、マディが亡くなった1983年の翌年84年に「親父への義理も果たしたし、オレもっと売り上げとかそんなのに気を使わないでいい所で自由にやるべ」とばかりにインディーズ・レーベル”アリゲーター”へと移籍します。

さてこのアリゲーターというレーベルは、1970年代にブルース・イグロアという熱狂的なブルース・マニアが「ハウンドドッグ・テイラーのアルバムを出したいから」という理由だけで設立したレコード会社です。

もちろんそのハウンドドッグ・テイラーはいい感じに売れてレーベルの活動も軌道に乗り、この頃にはベテランから若手まで、腕は確かな連中が多く所属しておりました。

根っからの無頼漢であったジョニーにとっては

「ブルースのヤツしかいないってのも、あのイカレたハウンドドッグ・テイラーのレコードを出したいからとかいうクレイジーなレーベルってのもオレ好みだ。いいんじゃね?やったるぜぇ」

だったんではないでしょうか。

で、アリゲーター側にしても、メジャーで大暴れして、しかもついこの前まで”あの”マディ・ウォーターズのプロデュースをしてたような凄い人です。

「あーオレオレ。ちょっとお前んとこでレコード作りたいんだけどいい?あ?CBS?んなもん契約破棄したに決まってんだろうが、てかオレと契約すんのかよしねーのかよ、契約するんだったらサインしに行ってやるぜ、契約しねーんなら火ィ点けに行ってやる!」

ぐらいの勢いで(いや、ホントにこんな感じの人でしたから・・・)ポンと言ったら、レーベルとしては

「どうぞどうぞ、契約はこちらからお願いしたいぐらいです。何なら火も点けてください」

ぐらいの粋な返しをしたんだと、勝手に妄想します。

アリゲーターに移籍したジョニーは、水を得た魚と・・・。いや、ガソリンを得たチェンソーの如く、それまでの鬱憤を晴らすかのように、持てる力の全てを気持ち良くブルースに全振りして大暴れ(!)

このレーベルから出している3枚のアルバムは、どれも甲乙付け難いほどアツい衝動が尋常ならざるサウンドでたぎりまくっておりますが、今日はあえて3枚目の『サード・ディグリー』をご紹介。





【収録曲】
1.Mojo Boogie
2.Love,Life And Money
3.Evil On My Mind
4.See See Baby
5.Tin Pan Alley
6.I'm Good
7.Third Degree
8.Shake Your Moneymaker
9.Bad Girl Blues
10.Blake And Loney


何でこのアルバムをジョニーのアリゲーター盤オススメのその1に選んだかというと、それまでの彼のキャリアの総決算のような作りになっているからです。

まずはゲスト陣、トミー・シャノン(ベース)とアンクル・ジョン・ターナ(ドラム)をCGIの3曲で、ニューオーリンズの大物で、この時ライヴでも見事なデュオを披露していたドクター・ジョン(ピアノ)がADの2曲で参加。

ドクター・ジョンは完全に目玉のゲスト枠で分かるのですが、トミー・シャノンとアンクル・ジョン・ターナは、ファースト・アルバムで共にブルースした、いわば昔馴染みの仲間であります。

そして、ブルースに全振りした楽曲(!)

ジョニーといえば、親指にサム・ピック付けての畳み掛けるような単音ソロも必殺ですが、実はスライドの名手でもあります。

そんなスライドを大々的にフィーチャーしたのが『Mojo Boogie』『Evil On My Mind』『Shake Your Moneymaker』『Bad Girl Blues』の4曲と大判振る舞いなんですよこれ。

のっけから血圧が上がるノリノリの『Mojo Boogie』と、スライドの狂犬ハウンドドッグ・テイラーのカヴァーである『Shake Your Moneymaker』は、エレキによる極め付けで、ギャインギャインと凄まじい押しっぷりにひたすら圧倒されます。

ジョニーの本質というは「ブルースのコアを燃焼させて暴れる根っからのロックンローラー」というのがアタシの見解でありますが、いやもうこの2曲の、情緒も余韻もクソ食らえ!ブギーは勢いでなんぼじゃい!なノリの痛快さ、これだけで他はもう何も要りません。

と、思ったら今度はアコギ(共鳴板付き金属リゾネイターギター)で、多重録音されたフレーズ同士が金属音を響かせながら激しく絡み合う『Evil On My Mind』『Bad Girl Blues』の2曲が、エレキとは全く違うアプローチで耳を侵食します。

曲自体はトラディショナルな戦前のものに近いブルース・スタイルなんですが、ジョニーのギターは何て言うんでしょう。アコギを引かせても衰えない、むしろ歪んでない分生身の衝動を伴ってギラついているサウンドゆえに演奏そのものが全く古臭くなくて、トンガっています。

更にこのアルバムの凄さはスライドだけじゃない(ヒイィ!!)酸いも甘いも嚙み分けた辛口のスローブルースでの「いやしかしギターソロは猛烈弾き倒し」のスローブルース『Love,Life And Money』『See See Baby』『Tin Pan Alley』『Blake And Lonely』もしっかり入っております。

特にドクター・ジョンのピアノが、弾きまくりジョニーをしっかりとしたフレージングでサポートしている『Love,Life And Money』と、骨太なシカゴ・ブルース・スタイルの『Tin Pan Alley』は、ジョニー・ウィンターのと思わずとも、これは80年代のブルースの演奏としてはもう殿堂入りしてもいいぐらいの名演だと思います。

スローブルースでも、エモーショナルな吐き捨てるような歌唱で一切妥協を許さないヴォーカルと、サウンドもフレーズの荒れ具合もピッタリ呼応しているギター。ええ、もうこれですよ、この小細工とは全く無縁の体当たりのガチンコ、理屈とは最も遠い本能からそのまんま取ってぶつけるかのようなストレートな表現をぶつけられたら、こっちも理性とか全部かなぐり捨ててノックアウトされるしかない訳であります。

どこを取ってもジョニーの”やりたい放題”がすこぶるカッコ良くビシッ!と決まったこのアルバム。実はアリゲーターの3枚は、好きなことを好きなようにやっただけなのに、メジャー時代の作品より売れて、契約が終了する頃には、それまで「ブルースのルーツを持つ、個性的な弾きまくりギタリスト」「硬派なロックファンには人気だけど、物凄く売れまくってる訳ではない」ぐらいだった評価はあっという間に覆り、アルバムはいずれもCBS時代より好調なセールスを記録して、ジョニー・ウィンターといえば「80年代ブルース・シーンの超が付く大物で圧倒的なテクニックとフィーリングを持つスーパーギタリスト」という世界的な評価も確立したのでした。

何でそうなったかって?そりゃアナタ、この”好きなことを好きなようにやっただけ”が死ぬほどカッコ良かったからですよ。



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2018年03月18日

ライ・クーダー Chicken Skin Music

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Ry Cooder/Chicken Skin Music

(Reprise Music)

スライド・ギターの名手にして、ロックンロール、ブルース、カントリー、ハワイアン、ラテン、テックス・メックスなどなどなど、世界中のあらゆるルーツ・ミュージックを縦横無尽に駆け巡る、音の探検野郎、ライ・クーダーであります。いやもう「人間らしいぬくもりのある音楽が聴きたいよ、そしてギターもカッコイイヤツね」という問い合わせを受けたならば、もう迷わずこれだろうと、自身を持ってオススメするのはきっとアタシだけではありますまい。

そうなんです、ライ・クーダーといえばスライド。

アタシが初めてその妙技にヤラレたのは、高校時代にブラインド・ウィリー・ジョンソンのスライド名曲『Dark Was The Night』の、余りにも有名なあのカヴァー・バージョンを耳にした時でした。

その美しい音ですすり泣いているかのような旋律はもちろん、それ以上にその旋律を通じて、見たこともないしあんまりよくわからん”アメリカの風景”が、脳裏にうわぁ〜んと迫ってきて「これはこれは!このギター誰が弾いてんの!?何?ライ・クーダー?知らん、どのバンドの人?え?バンドじゃない?何だそれウホッ!!」と、やたら感動したことがきっかけでありました。

決して派手なギターソロをギンギンにかます訳ではないけど、その曲に一番合った感じのセンスの良いフレーズを、スライドや優しいフィンガー・ピッキングのバッキングで弾くそのプレイは、どこまでも誠実でカッコイイ職人技で、やっぱり彼が奏でる音楽からは、アメリカ南部だったりハワイの海辺だったり、カリブに浮かぶ島の集落だったり、そういう見たことも行ったこともないけど、どこか懐かしい原風景なものが強烈に感じられ、アタシは聴いてくうちにギタープレイの技術的なことより何よりも、その”風景”にどうしようもなく惹かれてしまって、それがすっかり”ハマる”という状態に、いつの間にかなっておりました。

プロフィールを見ればアメリカ西海岸の大都会ロサンゼルスに生まれ、ブルースやカントリーを愛する音楽少年としてスクスク育ち、60年代には同じようにアコースティックなルーツ音楽が大好きだった黒人青年のタジ・マハール
と出会って意気投合。それからタジとのバンド”ライジング・サンズ”やキャプテン・ビーフハート(!)などでギタリストとして活躍し、ローリング・ストーンズの名盤『レット・イット・ブリード』に参加したことがきっかけで「アメリカン・ロックの真髄を知るスライド・ギタリスト」として注目を浴び、ソロ・デビュー。

売れ線の音楽には一切脇目もふらず、ただひたすらにアメリカや世界中の古いトラディショナル・ソングを持ち前のセンスで蘇らせながら、彼を敬愛する多くのミュージシャンや世界中にいる真の音楽ファンにアツく支持されて今に至ります。

そう、彼こそは「音楽が本当に好き!大好き!」という熱意だけで音楽やっている稀有な人、彼が奏でる音楽にはあざとさもなく、いろんな音楽をチャンプルーしてる割には、その音楽が1枚のアルバムの中でもとっ散らかることもなく自然に心地良く響いておるのです。

さてさて、ここまで読んでライ・クーダー知らない方や聴いたことがないという人も多いと思いますので前置きはこれぐらいにしてオススメのアルバムを紹介しましょう。





【収録曲】
1.Bourgeois Blues
2.I Got Mine
3.Always Lift Him Up / Kanaka Wai Wai
4.He'll Have To Go
5.Smack Dab In The Middle
6.Stand By Me
7.Yellow Roses
8.Chloe
9.Goodnight Irene


アルバム『チキン・スキン・ミュージック』は、1976年リリースの、ソロ名義としては5枚目のアルバムで、個人的には彼の作品の中でも「これこれ、この雰囲気なんだよね♪ ライ・クーダーの音楽って♪」と最もワクワクさせてくれる一枚です。

のっけからアメリカン・フォーク・ソングのレジェンド、レッドベリーのブルースが、乾いた良い感じのギター・アンサンブル(ギター×スライドギター×マンドリン×アコーディオン)でアレンジされた、ほんわかナンバーでグッときます。

収録されているのは全てアメリカのフォークやブルース、R&Bのクラシックスなんですが、ここで単なるカヴァーに終わらせないのがこの人の凄いところ。そう、こういった誰もが「アメリカの古い歌」として知っているようなナンバーにも、深い繋がりのある”周辺の民俗音楽”テイストをたっぷりとふりかけて、懐かしく心に訴える原風景を見せてくれるのがライ・クーダー。

具体的には、このアルバムでは”雰囲気”としてアメリカとメキシコ国境地帯の音楽である”テックス・メックス”とハワイアンのテイストが、全体に絶妙に、そして深く絡んでおります。

テックス・メックス側からはアコーディオン奏者のフラコ・ヒメネス、ハワイアンからはギターでギャビー・パヒヌイという、それぞれそのジャンルの大御所中の大御所と言ってもいい”ホンモノ”がガッツリ参加。

とりあえずパヒヌイのおおらかなヴォーカルが、ライの優しいギターと夢のようなハーモニーを聴かせる7曲目『黄色いバラ』と8曲目『クロエ』(こっちはパヒヌイのギターが最高)、これ、原曲ハワイアンではないのですが、何でこんなにもハワイアン独特の”横ゆれ”の心地良さに満ちているんでしょう。

更にパヒヌイは参加していないけど、ライのギターとハワイアン・チャントのコーラス隊による天国のような感想に泣く3曲目『いつも優しく』も、ハワイアン名曲として永遠に語り継がれて良い出来であります。

テックス・メックスの楽しさは4曲目『浮気はやめなよ』で。

まったりしたスンチャカリズムに乗った歌とヒメネスのほわ〜ん切ないメロディのアコーディオンにコーラス・ワーク。これですねぇ、うまく言えないけど、メキシコ系住民の多いテキサスのとある街角、そこでただ自分達のささやかな楽しみのために、テキーラひっかけながら音楽やっているおじちゃん達の、すこぶるゴキケンなあの感じ、あの感じですよ。

ライ・クーダーという人は「この音楽が好きだから」というシンプルな理由で今もひたすらにルーツ・ミュージック探求の旅を続けております。

もちろんあらゆる音楽のことに尋常じゃない程深く精通していて、たとえばブルースやカントリーとハワイアンやカリプソなんかが別々の地域で勝手に生まれて発展したんじゃなくて、根っこのところで様々な交流があってしっかり繋がっていることも理解している訳です(だから彼の全ジャンルの”ごった煮”はごった煮じゃなくてちゃんと繋がっている音楽として聴ける)。

でも、聴いている人にはそういう難しいことを一切考えさせない。むしろライが音楽的にとても高度で凝りに凝ったことをすればするほど、聴く人(はぁいアタシです)は、その音楽が醸す夢のように心地良い響きと、そこに込められているストーリーの奥深さに「はぁぁいいねぇ〜」と、シンプルに感嘆のため息を漏らすのです。










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2018年02月05日

フランク・ザッパ Freak Out

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Frank Zappa/Freak Out
(MGM/Unive)

フランク・ザッパという人には、ハッキリいって「これが代表作!」というアルバムがございません。

や、こんなことを言うと誤解を受けるかも知れませんが、長いキャリアの中で目まぐるしく音楽性をアメーバのように進化させ、その都度その都度「一言では何とも言えないスケールの強烈作」というものをポンポンリリースしておりますし、これは本人自身の哲学で「コイツはこういうヤツだ」という固定観念でのジャンル分けとか定義付けとかを「バーカ、残念でしたー」とひゃらっとかわす姿勢というものを持っております。

だから聴いてきた身として「ザッパは○○だ!」「ザッパはこうだ!」と、一言でサクッと言えないんです。

たまたま昨日紹介した『ワカ・ジャワカ』なんかは、ザッパが怪我をして車椅子生活になった時に

「よっしゃ、じゃあ大編成でジャズロックやるぞ」

と張り切って、コンセプトが明確になったんですが、それでも

「こ、これは一体何?ジャズ?ロック??うぅぅん、わかんねー、わかんねーけど得体の知れん凄さがあるぅぅ」

と、聴き手に思わせるに十分な、ストレートなインパクトを持つアルバムとして紹介しました。

当然凄いアルバムです。

でも、それでもなおこの1枚でフランク・ザッパという類まれなる個性を持つミュージシャンについてある程度語れる、というものではございません。

という訳で、今日もザッパです。

はい、今日は更に時代をさかのぼって、フランク・ザッパが初期に組んでいた”マザーズ・オブ・インヴェンション”名義でリリースされました記念すべきデビュー・アルバムについてお話をいたしましょう。

1940年、メリーランド州に生まれたザッパは、少年時代からありとあらゆる音楽や芸術に興味関心が深く、小学生の頃から色んな楽器をマスターしながら、ラジオやレコードを聴き狂い、特に7インチ・レコードのブルースやR&Bとエドガー・ヴァレーズの現代音楽に強く感銘を受け、早くから「どこにもない音楽を作ってやろう」という意欲に燃えていたと云います。

高校時代に、地元でもザッパ同様「アイツは変わり者すぎてヤバい」と評判だったある男と意気投合してバンドを結成しました。

この男、後に”キャプテン・ビーフハート”として、ザッパ同様アメリカの音楽史に巨大な一石を投じてアンダーグラウンド・ロックの歴史そのものと言われる程に大暴れするんですが、ザッパは彼がヴォーカルを務めるバンドのギターとして、一緒に大暴れ。

この時の2人がどんだけ凄かったかといえば、ダンスパーティーで踊りに来てた連中に対し、粋で踊れるR&Bナンバーを演奏したかと思いきや、盛り上がる寸前にグッチャグチャの即興演奏をおっぱじめてエンディングで何事もなかったように曲を終え、同年代のある意味ウブな少年少女達をことごとく茫然とその場に仁王立ちさせてしまうぐらい凄かったそうであります。

ステージではそんな感じでありましたが、ザッパは真面目に音楽を学び、大学では和声や作曲法などの高度な音楽理論を早々に極め、更に卒業後はスタジオに就職し、ここで機材をいじくるうちにアッサリと多重録音のノウハウも身に付け、音楽に関してはもう学ぶことが何もなくなりました。天才です、いや、ここまで来るともう天才過ぎて変人の域であります。

24歳になった1964年の母の日、スタジオにメンバーを集め「じゃあ母の日だから”マザーズ・オブ・インヴェンション”ってバンド結成してデビューな。異論は認めない」と、強引にバンド活動を始めます。

※「インヴェンション」というのは2声の鍵盤楽器演奏を意味する音楽用語ですが、語源となるラテン語の”インヴェンチア”には”思い付き”という意味があります。


この時のメンバーが、フランク・ザッパ(g)、ライ・コリンズ(vo)、エリオット・イングバー(g)、ロイ・エストラーザ(b)、ジム・ブラック(ds)。

1964年といえば、まだスーツやスーツを模したフォーマルなステージ衣装を着てロックをするのが常識だった頃、カジュアルな出で立ちで、奇妙でよじれた、いわゆる”ノリ”に特化しないロックを演奏しているマザーズの演奏は評判になり(もちろん賛否両方含めて)、65年には当時ジャズレーベルだけれども、ジャズ以外に何か面白い音楽ないかとロックやR&B方面に手を伸ばしていたVerveレーベルから声がかかり、デビュー・アルバム録音が決まります。

余談ですがVerveはマザーズをデビューさせた翌年の1967年、ニューヨークでヴェルヴェット・アンダーグラウンドをレコーディングし、名盤『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ』も世に出しています。





【収録曲】
1.Hungry Freaks, Daddy
2.I Ain't Got No Heart
3.Who Are the Brain Police?
4.Go Cry on Somebody Else's Shoulder
5.Motherly Love
6.How Could I Be Such a Fool
7.Wowie Zowie
8.You Didn't Try to Call Me
9.Any Way the Wind Blows
10.I'm Not Satisfied
11.You're Probably Wondering Why I'm Here
12.Trouble Every Day
13.Help, I'm a Rock
14.It Can't Happen Here
15.Return of the Son of Monster Magnet


この時代のロックの連中が意識していたのは、言うまでもなくビートルズとローリング・ストーンズです。

彼らのブレイクによって、イギリスばかりでなくアメリカにも、その影響を受けたバンドが多く出てくるようになり、ヒットチャートにはロック、R&Bなどのポップな音楽が毎週のように新曲を送り込み、大いに世間を賑わせておりました。

恐ろしいことにザッパは”そこ”に正面から自分達の音楽をぶつけてきたんです。

はい『フリーク・アウト!』と、わざわざアルバムタイトルに「!」まで付けて

「お前ら何生ぬるいポップな音楽ばっか聴いてやがるんだよ、もっと病的にアウトしろよ!」

と、世間に対して喧嘩をふっかけているのがこのアルバムです。

じゃあ、やってることもきっとロックをぎちょんぎちょんにブチ壊した、かなりあっぶねー感じの音楽なんじゃね?

と、思うでしょう。

ところがここでザッパがやっているのは、音だけ聴けば”案外マトモ”な、当時流行のロック・サウンドであり、R&Bやドゥー・ワップなんです。

でも、それぞれが強烈な「今流行っている音楽の皮肉たっぷりなパロディ」なんですよ。

1曲目はいきなりストーンズの「サティスファクション」のリフかと思われるギターから、歌い方までミック・ジャガーをモロ意識してる曲ですし、曲が進むにつれて、ビートルズのパロディ、ドゥー・ワップのバラードを極端にディフォルメしてコミカルで大袈裟なものに仕上げた曲などが次々出てきます。

歌詞も同様に皮肉と黒いユーモアが効いていて、何というか喧嘩の仕方が最高にイヤラシい痛快さがあって、更にマトモ―な曲の節々でギターがトチ狂ってアウトしたり、ただのパロディだけじゃなく”ブチ壊し”もしっかり入っていて、うほっ、やっぱりこのアルバム痛快!

と安心してはいけません。レコードでいえばC面D面に当たる後半が、前半の流れを軽く打ち消すほどの、即興演奏、フリーキーな多重録音他何でもアリの、凄まじくアシッドサイケな展開。これをトドメとばかりブチ込んできます。

よくロックバンドのファーストは、未完成だけど荒削りな良さがあるとか言われる名盤が多いですが、フランク・ザッパに限ってはこの時点で「皮肉の毒がたっぷり入った不健全なロック」というものを極めてるんです、いや、極め尽くして出てくる音がもう極まり果ててるんです。

だってアメリカでサイケデリックとかフラワームーヴメントとか出てくるのはこの後ですよ、あぁオソロシイ。

でも、コレで終わらずに「また世間をコケにする音楽作ってやろうぜ」と、全く斜め上からの音を次作、そしてその次、さらに次・・・と出してくるザッパ師、本当にオソロシイ・・・。



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2018年02月04日

フランク・ザッパ ワカ/ジャワカ

6.jpg
Frank Zappa:Waka/jawaka
(Univ)

さて今日もアタシは元気に「ミクスチャーとは何か」という事を考えております。

音楽を夢中で聴いていた時代、つまり1980年代末から90年代前半にかけて、この言葉を目にするようになった訳なんですが、アタシが最初にこの言葉を知ったのは、スラッシュメタルのアンスラックスと、ヒップホップ・グループであるボディ・カウントとの記事を読んだことがきっかけだったと記憶しておりますが、それからレッチリやビースティ・ボーイズとかも有名になって

「ミクスチャーというのは、当時最先端のロックと、当時最先端のラップをミックスさせた音楽なんだよ」

という認識が、ほぼもう世間の常識みたいになって、それで90年代後半のジャパコアブームで、それらに影響されたバンドもいっぱい出てきて活躍したというのが”ミクスチャー”というものに対する最も鮮烈な印象。

ところが・・・!

ところがなんです皆さん、アタシのこういった捉え方、考え方というのを、一発で粉々に粉砕する強烈な、もうキョーレツなアルバムと、アタシはある日で出会ってしまったんです。

そのアルバムというのは、フランク・ザッパの『ワカ・ジャワカ』であります。

う〜ん、フランク・ザッパ。

この人はですねぇ、もうほんとアタシは若い頃からヤバイヤバイって散々聞かされてた人です。

いっちゃん古い記憶でいえばスティーヴ・ヴァイが超絶バカテクギタリストとしてブレイクした頃に

「スティーヴ・ヴァイの師匠でフランク・ザッパという人がいて、この人がヤバイんだ。何がヤバイかってバカテク過ぎて何やってっかわかんねーからヤバイ」

という話です。

ね、スティーヴ・ヴァイの師匠だったら、そりゃもうハードロックの早弾きバリバリの、タッピングとかすげーキメて・・・とか、そんな人だと思うじゃないですか。

でも、それは違ったんです。

何だったか忘れましたけど、MTVか何かの番組でフランク・ザッパのライヴを収録したのがあって、それをボヘーっと観てたんですが、まーその時はさっぱり何が何なのか分かりませんでした。

「メタルでもハードロックでもないし、ギターも確かに何やってるか分からないフレーズ弾いてるんだけどわからん。何これ?凄いの??」

ぐらいに、アタシの中での”ファースト・フランク・ザッパ”は、脳内に”?”ばかりを残して余りにもあっという間にスーッと去って行ってしまったんですね。

ザッパとの再会は、それから5年後ぐらい。アタシが東京のレコード屋さんで下働きをするようになってから。

まぁその頃というのはフランク・ザッパ、いわゆるオフィシャル・ブートというのが鬼のようにリリースされていて、ロックコーナーの一角のかなりのスペースを「ザッパ大魔神○○!!」というセンセーショナルなタイトルが印刷されたセンセーショナルな黄色い帯のCDがザーーーーッと並び、それがまた結構な頻度でよく売れて行くという不可解な現象を目の当たりにし

「フ、フランク・ザッパってそんなに凄いんですか・・・」

と、恐る恐る先輩に質問したら

「お前それ、ザッパフリークの前で絶対言うんじゃねぇぞ」

と。

ザッパフリークとは何ですと?と訊けば、ジャズファンよりもプログレファンよりもある意味コアなマニアで、とにかくフランク・ザッパのアホみたいにリリースされている作品を全て買い揃えることは当たり前、のみならず中古だろうが何だろうが、ちょっとでも仕様が違えば即ゲットするオソロシイ人達なんだと先輩は説明してくれました。

はぁあ凄いですねぇ、世の中には大変な人達ってのがいるもんでございますねぇと感心と共におののいておりましたら、そもそもフランク・ザッパという人が、時期によってやってる音楽もエラい違ったりするし、ジャンルとか関係なく何でも呑み込んで自分の表現にしてしまう、そんなブラックホールみたいな人でヤバイから、ファンがああなるのも無理はなかろうと。

はい、正直アタシがフランク・ザッパという人に興味を初めて持ったのは、音楽に衝撃を受けたというよりも、そういう話を聞いたからなんです。

「ザッパ、ヤバイんですね!」

「おお、ヤバイぞ!」

「何聴いたらいいっすかね!?」

「コレだ!」

と、オススメされたのは、初期のサイケデリック・ロックをやっている『フリーク・アウト』と、ジャズロックやってるという『ワカ・ジャワカ』です。




【収録曲】
1.Big Swifty
2.Your Mouth
3.It Just Might Be A One-Shot Deal
4.Waka/Jawaka


アタシも順番に聴けば良かったんですが、いきなり『ワカ・ジャワカ』を聴いてしまいまして、もうコレにぶっ飛ばされた訳です。

オープニングからギター、ドラム、そしてホーン・セクションがめくるめく展開する様々なリズムのリフを容赦なくブチ込んでくるこの開始僅か1分そこら(!)

普通ロックって、イントロがあって、印象的なリフがあって、リズムがひとつのビートを刻んで、で、AメロとかBメロとかサビとかで、リズムを変えて・・・っていうパターンがあるじゃないですか。これがのっけからガン無視されて、開始から1分そこらでワシャワシャワシャーーーー!!!!!とリズムが違うパターン違うパターンで展開されて、で、普通のいわゆる”Aメロ”に当たる部分では、暗く不気味な感じで、ギターとかトランペットのアドリブが展開されて行く。

え?いやお前らオープニングであれだけハジケてガンガンやってたのに何だこれ?凄いぞ!!てか、これはジャズ?ロック?意味がわからん!ザッパヤバい!!!!

コレが人生初めての”キョーレツなザッパ体験”でした。

実際このアルバムは、ザッパが「ジャズとロックを軸に、ありとあらゆる音楽をやってやろう」と燃えていた時期の1972年、え?ちょっと待って、1972年っていえば、まだジャズと他の音楽が掛け合わされた最初の時期でフュージョンという言葉すらも生まれてなかった時期ですよ。

そんな時期に、この全編インストで、ジャズだかロックだか何だかよーわからん、ジャンル混合の究極みたいな音楽ですか。変態だろ!

と、当たり前に思った訳ですが、やっぱりこのアルバムは色んな意味で「変態ザッパの極み」として、名盤扱いされている訳で、で、何でザッパがそんなジャンルごった煮のぶっ飛んだアルバムを作ろうと思ったのかといえば、ステージで暴漢に襲われて大怪我をして車椅子生活になっちゃったんだと。

「あ?車椅子?う〜ん、ステージで暴れらんねーからスタジオで暴れちゃうもんね〜」

と、嬉々としてスタジオに引き籠って

「よし、じゃあオーケストラでジャズロック・アルバム作るよー」


と、椅子に座ってフィーバーした結果がコレなんだと。

あかん、やっぱりこの人ヤバいわ・・・。「だからザッパこそが早すぎたミクスチャーのオリジネイター」とかいう話をクソ真面目にしようと思ったんですが、音楽だけでなく精神がミクスチャーでしたね、こういう人にはもう敵いません。。。


”フランク・ザッパ”関連記事

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2018年01月31日

ジェイムス・イハ レット・イット・カム・ダウン


1.jpg
ジェイムス・イハ/レット・イット・カム・ダウン
(Virgin/EMIミュージック)

俗に「エヴァーグリーンな名盤」と呼ばれるものがあります。

アタシもクソガキだった時分からこの言葉をよく耳にしたり目にしたりしまして

「ところでエヴァーグリーンって何なのさ?」

と、周囲の人に質問しても、

「エバーグリーンっていやぁそらお前、エヴァーグリーンだよ」

「ビートルズのアルバム・・・とかのことなんじゃね?」

と、まるで意味が掴めない。

アタシも大概アタマが悪いのですが、この時ばかりは英語辞典などを引っ張り出して一生懸命調べました。

マジメ〜な辞典には

【エヴァーグリーン】※意味:樹木などが枯れることなく常に葉を繁らせていること。

とあります。

おっけー、何となく意味は分かった。つまり音楽で言うところの「結構昔に作られたやつだけど、その魅力が色あせない名曲や名盤のこと」でよろしいか。

・・・よろしかったようでございます。

はい、音楽の世界で”エヴァーグリーン”という言葉が使われている時、それは大体アコースティックで、どちらかといえば穏やかで、かつ世代を超えて「これ、いいよね」と和やかに愛され、聴き継がれているもののことと思って間違いない。

たとえばキャロル・キングの『つづれおり』とか、クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングの『デジャ・ヴ』とか、おじちゃん、マーヴィン・ゲイの『ホワッツ・ゴーイング・オン』は?あぁいいねぇたまんないねぇ・・・。てな具合に、穏やかで優しくて、万人に愛される要素満載の名盤達のタイトルとジャケットと音楽が、脳裏にフワッと浮かび上がってきますねぇ。

で、歌は世につれじゃないけど、”エヴァーグリーン”と冠される作品というのは、ロックやソウル全盛期の60年代から70年代に限ったことではありません。80年代90年代、そして2000年代と、時代と共にテクノロジーも進化する時代にも、そういう一言でいえば”上質なポップ”が色褪せない作品というのは、しっかりとリリースされていて、ちゃんと聴き継がれているものなんですよ。

その中で90年代の「これは究極だな」と思い、今もこよなく愛聴しているのが、ジェイムス・イハのアルバム『レット・イット・カム・ダウン』。

この人はオルタナティヴ・ロックを代表するバンド、スマッシング・パンプキンスのギタリストなんですね。で、ビジュアルからお分かりのように、日系人です(でも日本語はほとんど喋れない)。

スマッシング・パンプキンスというバンドは、そのラウドでありながらキッチュな世界観を持つ、非常に個性的なバンドでありました。サウンドもなんですが、メンバー4人の見た目も、それぞれ非常にキャラが濃くて
CDを聴くだけでなく、PVも実に魅せる作りでとても楽しかった。

スキンヘッドの妖怪みたいなビリー・コーガン(ヴォーカル&ギター)の両脇に、謎の東洋人ジェイムス(ギター)、妖精のようなダーシー嬢(ベース)、そして背後にややゴツくていかにもアメリカの悪ガキ然としたジミー・チェンバレン(ドラムス)と、もう並んだ絵面を見るだけで「なんじゃこりゃ!」だったんですよね。毎回新曲が楽しみだったし、MTVとかで流される新曲のPVはもっと楽しみだったんです。

さて、そんなスマッシング・パンプキンスでジェイムス・イハはどんなギターを弾いてたかというと、ギターソロや主要なフレーズを派手に弾きまくるビリーのバックで黙々とコードやリフのバッキングに徹しておりました。

へぇぇ、普通ヴォーカルもギター弾くバンドだったら、ヴォーカルのヤツがコード弾いて、ギタリストがソロとか弾くんじゃない?と思われるところですが、そこんとこは本人が

「う〜ん、ビリーの方がボクより間違いない上手いしギターソロとかのびっくりするようなアイディアをいっぱい持ってる。だからボクは難しいことは彼に任せて、安心してリズムを刻んでるんだよ」

と、実に謙虚に語ってたりするんです。

なんだ、じゃあギターあんま上手くないのかと思うなかれ、実はスマパンの曲は、特にポップでドリーミーな曲でのクリーントーンでのイントロのアルペジオなんか、ジェイムスが弾いてるんですが、これが別に特別なことはやってなくても、何か切なくて”グッ”とくるんですね。

ジェイムスは、ギタリストとしてはそういう美的センスの部分で非凡と言っていいぐらい優れているし、何よりコンポーザーとして、ビリーの出したアイディアをハッキリと聴く人に伝わるようなサウンドにする才能に溢れていた人であったと言います。




【収録曲】
1.ビー・ストロング・ナウ
2.サウンド・オブ・ラヴ
3.ビューティ
4.シー・ザ・サン
5.カントリー・ガール
6.ジェラシー
7.ラヴァー、ラヴァー
8.シルヴァー・ストリング
9.ウィンター
10.ワン・アンド・トゥー
11.ノー・ワンズ・ゴナ・ハート・ユー
12.マイ・アドヴァイス*
13.テイク・ケア*
14.フォーリング*

*ボーナストラック


そんなジェイムス初のソロ・アルバムとなる『レット・イット・カム・ダウン』は、スマパン解散(2000年)の2年前の1998年にリリースされました。

最初は「スマッシング・パンプキンスのギタリスト、ジェイムス・イハのソロ・アルバム!」と言われても、「そうか、きっとそこはかとなくいいアルバムなんだろうな」ぐらいにしか思ってませんでした。まぁポップでキャッチーなギターポップでもやるんだろうと。ですがそれは、もう本当にナメた気持ちでした。

アルバム1曲目『ビー・ストロング・ナウ』の、爽やかなアコースティック・ギターのカッティングがシャランと鳴るイントロを聴いた瞬間「参りました、これは名盤です!」と、土下座したい気持ちになったんです。

いや、激しく心を鷲掴みにするようなロック名盤ならいざ知らず、正直アコースティックの、どこまでも爽やかで穏やかで、主張もそんなに激しくない、言い方が合ってるかどうか分かりませんが、こんなにさり気ないアルバムに、ここまでヤラレるとは思いもよりませんでした。

このアルバム、全曲通して”そう”なんです。

つまり、穏やかで優しくて、音もとことんシンプルにアコースティックで、しかもジェイムス本人の声も、ささやくような、つぶやくような、しつこいようですが主張も激しくないし、歴史を変えたとかそういうインパクトとは程遠い。いやむしろそういったものから一番遠い地平をイメージさせて、その清浄な空間で鳴り響く音楽なんです。

そして、大体ポップな曲や作品というのは、ちょっと聴き続ければ良い感じにBGMになっていくものなんですが、このアルバムに収録された曲に関しては、いつまで経ってもBGMにはなってくれません。いつまでもいつまでも、本当に心地良いんだけど、「歌」「曲」そして「音楽」として、爽やかなサウンドに秘められた想いの深さなものを聴き手にしっかりとした形で伝えてくる。

そのそこはかとなく超絶に深い優しさ、説得力は、70年代ポップスの色んな名盤と比較しても引けをとりません。いや、他の何かと比べるのが失礼なぐらい、このアルバムの世界は清らかに際立っております。

で、更に凄いのは、今スマパンを知らない若い人達の間で「ジェイムス・イハのアレ、いいよね」と、密かに聴かれているらしいのです。

エヴァーグリーンと言わずして何と言いましょうか。こういうのなんですよ、はい、こういうのなんです。

楽曲のどの瞬間を切り取っても、ポップスとして完璧に形が出来上がっていて、音からは言いようのない優しさとふわっとした切なさが零れてくるような、アタシが使えば柄に合わないかもしれませんが、センチメンタルとかロマンチックとか、そういった言葉に浸らずにはおれない、それもいつまでも。そんなキラキラした情景の美しさが、このアルバムなんです。















『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
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2018年01月29日

ザ・アルマナック・シンガーズ WHICH SIDE ARE YOU ON? THE BEST OF

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The Almanac Singers/Whitch Side Are You On? The Best Of
(Revola)

ジャズをガンガン聴いていたら、アコースティックのゴキゲンな音楽を聴きたくなってきましたという訳で本日はフォークです。

このブログでは度々フォークについて解説しておりますが、フォークというのは元々「民謡」「民族音楽」という意味を持つ言葉であります。

アコースティックギターやその他の楽器を使って、伝統的な音楽を演奏する。それがアメリカにおける元々の”フォークソング”の始まりなんですね。では、アメリカにはどんな民謡があって、どんな民族音楽があったのでしょうと言えば、これは主にアメリカ南部から中西部におったアフリカ系黒人やアイルランド系白人の人達が歌っておった伝承歌です。

はい、お気付きの方も多いと思うんですが、この中で黒人達が歌っていた音楽は後にブルースと呼ばれ、白人達が歌っておった音楽が後にカントリーと呼ばれるものに進化して行きます。

実は奴隷としてアメリカ大陸に連れて来られた黒人達の子孫と、アイルランドの貧困から逃れるためにアメリカにやってきたアイルランド移民というのは、極めて近い生活圏におりました。

カントリーの生まれ故郷として知られる中西部ケンタッキーやテネシーは、アパラチア山脈に面する炭鉱地帯として栄えました。

ここに労働者として働いていたのが、黒人やアイルランド系、そして少数のヒスパニック系の人達。

それぞれが移民であり、人種的な対立は多少あったかも分かりませんが、そんなことよりもそれぞれの生活の方が切実であります。同じ鉱山で働くうちに、交流も生まれ、特に大事な娯楽である音楽ではそれぞれの楽器や民謡を持ち寄って、或いは辛い炭鉱でのうさを晴らすための歌詞を作ってはそれに曲を付けて楽しんでおりました。

ここでアフリカ由来のバンジョーと、アイルランドからやってきたフィドル(ヴァイオリン)、ヒスパニック系のギターが出会い、それぞれが「お前んとこのその楽器いいなぁ」と、交換していくうちに、カントリーの原型である”ヒルビリー”が生まれました。

労働者というのは基本的に旅から旅の旅がらすであったりします。

黒人が炭鉱で覚えたフィドルを農村に持ち帰って演奏すれば人気者となり、白人が街でバンジョーを弾けば「珍しい楽器だなぁおい」と注目を浴びるのは必然。という訳でフィドルは南部のブルースバンドの初期形態とも言える”ストリングス・バンド”のソロ楽器に、バンジョーはカントリーの基本となるブルーグラスという音楽には欠かせないものになって、それぞれのコミュニティでその奏法は独自の進化を遂げてゆくことになるのです。

ちょいと余談めいた話に思われるかも知れませんが、アメリカの”フォーク”を語る時、このブルースとカントリー、それぞれの誕生にまつわるエピソードは避けて通れないところでありますのでご容赦を。

何故ならばまだ”バラッド”とか”トラディショナル”と呼ばれていた頃の初期ブルースと、ヒルビリー時代のカントリーには、全く同じ歌が共通して伝承されていたりするんですね。今もスタンダードとして色んな歌が歌い継がれてもおります。



(その集大成みたいなアルバムがコレですね、ボブ・ディランによるトラディショナル・ソング弾き語り盤)


原初のフォーク・ソングというのは、それぞれの民族に伝わる伝承歌であると同時に、そういった貧しい境遇に置かれた人達による生活の歌でありました。

アメリカにおいて、これらの音楽が広く注目を集めたのが、太平洋戦争の終った1940年代から50年代にかけてであります。

何故流行ったかといえば、大恐慌と呼ばれる世界的な経済の行き詰まりが大きな戦争を引き起こし、アメリカはそれに勝利したんです。結果として経済発展を遂げ、多くの中産階級が生まれたんですが、その流れに乗ることの出来なかった人達の生活というのは相変わらず苦しい。で、相変わらず苦しい人達というのが、戦争の前から底辺であえぐ移民や貧しい労働者、田舎で小作農をやっている人達だったりする。

この人達の”フォークソング”が、都会に住む中産階級の人達の目を、彼らが置かれた貧しい境遇に向かわせることになります。

この流れがそのまま50年代〜60年代のフォーク・リヴァイバル運動、そして公民権運動ともリンクして行くんですね。で、戦後のアメリカン・フォークには2人の重要な人物がおります。

それが、ウディ・ガスリーとピート・シーガーであります。

両方ともフォークの神様として知られますが、季節労働者として各地を放浪しながら歌い歩いたウディと、ニューヨークで民俗音楽の研究家として知られるアラン・ロマックスの許で実地研修を重ねてフォークソングというものを体系的に理解し、身に付けていったピート・シーガーは、出自や活動的は違えど、それぞれの立ち位置から、社会問題というものを何とかしたい。そのために歌を使って多くの人々に貧しい人達の現状を知ってもらうことが大切だということを、切実に考えておりました。

シーガーはそんな訳で、1941年に歌手であり、社会活動家であったリー・ヘイズと共に”アルマナック・シンガーズ”を結成しました。このグループは、トラディショナルなアメリカの伝承歌を演奏し、かつ世相を見事に反映した歌詞で「歌う新聞の社会面」とも言われるほどの影響力を発揮し、フォークソングの新時代を切り拓きます。

これに、アラン・ロマックスの仲介で放浪のシンガー、ウディ・ガスリーが加わったり、ブルースギタリストのジョッシュ・ホワイトなど、多岐に渡る才能が集って、批評精神に溢れた歌詞とは裏腹に、実に楽しくゴキゲンな音楽を奏でる生楽器バンドとして、アルマナック・シンガーズの輪は広がっていくんですね。て、こんな表現でいいのか。





【収録曲】
1.Ground Hog
2.Ride an Old Paint
3.Hard, Ain't It Hard
4.House of the Rising Sun
5.Babe O' Mine
6.State of Arkansas
7.Side by Side
8.Away, Rio
9.Blow the Man Down
10.Blow Ye Winds, Heigh Ho
11.Coast of High Barbary
12.Golden Vanity
13.Haul Away, Joe
14.Sinking of the Rueben James
15.Union Maid
16.Talking Union
17.All I Want
18.Get Thee Behind Me Satan
19.Song for Bridges
20.Which Side Are You On?
21.Dodger Song
22.Plow Under
23.Liza Jane
24.Deliver the Goods
25.Billy Boy
26.Belt-Line Girl
27.Ballad of October
28.Washington Breakdown
29.Round and Round Hitler's Grave
30.C for Conscription
31.Strange Death of John Doe


はい、彼らのベスト・アルバムを聴いてみましょうね。

歌詞は貧富の格差や反戦、政治家や資本家に対する辛辣でコミカルな批判、或いは「労働組合に入ろうぜ」みたいなものも多く、えぇ?政治的??と思われるかも知れませんが、彼らの場合はどちらかというと「俺達の主張を聴け!」みたいな強制的なものじゃなくて、あくまでゴキゲンな楽曲でもって、この世の過酷な現実を笑い飛ばしたり「まぁ色々あるけど俺達楽しく乗り越えて行こうや」みたいな、あっけらかんとしたポジティブさを感じます。

チャカチャカと景気よく飛び交うギターやバンジョー、マンドリン、アコーディオンの音に、陽気なコーラス、その雰囲気はとことん”祭り”です。日本で言うならこれは明治時代に流行った”ええじゃないか”みたいなもんだと思います。誰でも寄っておいで見ておいで♪っていうアレですね。

とにもかくにも、その音楽の中には、戦前から確かに息付くアメリカン・ルーツ・ミュージック独特の、土や草の匂い、たくましく生きる人々の屈託のない生命力みたいなものを感じます。ブルースやカントリー
或いは日本のフォークでも、とにかくどれか少しでも好きで聴いている人にとっては、あぁ、これが戦後フォーク・ミュージックの原点だなぁと、楽しく聴きながらしみじみと思えることうけあいです。

そいでもって、パンクの持つメッセージ性みたいなのに強く惹かれる諸兄には、これはポーグスやジョー・ストラマー先輩のルーツとして、純粋に軽快な音楽に秘められたアツいものを感じてもらえればと思います。うん、楽しいよ。




『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
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posted by サウンズパル at 19:23| Comment(0) | ロック/ポップス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする