2020年05月18日

リンク・レイ The Rumbling Guitar Sound Of LINK WRAY

51SFgNVViFL._AC_.jpg

The Rumbling Guitar Sound Of LINK WRAY
(Not Now Music)

ロックンロールの元祖と呼ばれる大物でありながら、どんなにベテランになっても一切丸くならないその姿勢から「永遠の不良少年」と呼ばれ、その鋭利でワイルドなギター・プレイから「切り裂きジャック」と恐れられたリンク・レイ。いやぁカッコイイ、ロックンロールからロック、ガレージ、パンク、メタル等、ロックミュージックは電気化のテクノロジーの物凄い速度での発達と共に、そのサウンドも表現手法も、どんどんラウドで激しいものになって行ったんですが、そんな新しめのロックをどれだけ聴いても、ふとこの人のギタープレイを聴くと「うわぁやっべぇ音・・・」と驚愕してしまいます。

実際、この人は1950年代にようやく普及し始めたエレキギターを、単なる「音量の増幅器」としてではなく、よりワイルドに歪んだ音をジャカジャカ鳴らして空気を震わせるという、それまでのギター(アコースティックやフルアコ)とは全く別の楽器としての演奏法を生み出したイノベイターであり、今じゃ誰もが知っている、ロックギターの「ジャーン!」というコードカッティングを作った人でもあります。

なので、後のパンクやガレージ、ハードロックやヘヴィメタルまで、彼の熱狂的な信奉者としてリスペクトを口にするギタリストは、今でも世界中に数限りなく存在するんですね。

1929年にアメリカ南部にほど近いノースカロライナ州で白人の父親とチェロキーの血を引く母親との間に生まれます。小さい頃に旅芸人一座に居た黒人からスライドギターを聴かせてもらった事が、彼のギター体験の原点でした。

しかし、戦前から戦後に至るまでのアメリカには、まだまだ厳しい人種差別がハッキリと存在し、音楽にも「ブルースは黒人の音楽、白人がやるなんてとんでもない」という偏見に基づいた不文律がありました。なのでレイも活動の最初の頃は、地元のカントリーバンドで演奏しておりましたが、ブルースへの憧れは捨て難く、カントリーの曲もR&B風にアレンジして演奏したりしておったようです(といってもカントリーも元々はブルースから強い影響を受けているので、本当は近い音楽なんです)。

レイに転機が訪れたのは、1950年。朝鮮戦争が勃発した事によって徴兵され、戦地へ行ったのですが、ここで結核を患ってしまって除隊。

その結核は片肺切除という深刻なダメージをレイの体に残しました。これにより失意のうちにヴォーカルを諦めてギターに専念することになり、友人らとインストゥルメンタルのカントリー・グループを結成します。

このバンドがウエスタン・スウィングからR&Bまで何でも出来ると評判になり、テレビ番組のレギュラーバンドとして、ゲスト出演する大物達のバックを務めるというなかなかにラッキーな仕事を得る事になるのですが、当然レイはそれだけでは満足しません。

ある日聴いたエルヴィス・プレスリーの躍動的なノリのロカビリーに衝撃を受け

「何てこった!オレが本当にやりたいのはこういうやつだ。でもオレならもっとこのノリに合ったクレイジーなギターが弾ける!」

と、新しい時代の音楽”ロッカビリー”に合うギターのサウンドや弾き方を探求した結果

アンプのスピーカーに付いているコーンに鉛筆で穴を空けると音が割れる

というとんでもねぇ事を発見し(ちなみに同時代のブルースマン達は更に先を行ってて、電圧を勝手にいじくって上げるというロクでもねぇ事を発見していた模様)、これによって得られた「ごわんごわんした音 」※まだ歪み系エフェクターはおろか、アンプのゲインすらなかった時代の人達の正直な感想※でもって、6本の弦を全部鳴らすというコードも簡略化して「上の低い音の弦だけを握るように押さえて鳴らす」という、今でこそロックの奏法では当たり前になったパワーコードというものを発明し、それをあえて「じゃーん」と雑にストロークする事によって、ルーズで不良な響きをエレキギターで出す事に、これまた史上初めて成功した訳です。

この「じゃーん」こそが言うまでもなく、ロックのシンボルであるあのオープニングやエンディングの「ジャーン!」であります。ザ・フーのピート・タウンゼントが長い腕をぐるんと振り下ろしてやるアレ、ミッシェルガン・エレファントのアベフトシがやるアレ、ギターウルフのセイジがやるアレ。エレキを持てば誰もがやる、必ずやることの基本中の基本のほとんどを、1950年代既にリンク・レイ一人が生み出したんです。

そしてエルヴィスのブレイクによって、白人の若者達は、それまで公言出来なかったブルースやR&Bへの憧れを隠すことなく音楽表現で出すようになりました。レイは元々テレビ番組の専属バックバンドとしてファッツ・ドミノなどのR&Bのスターやドゥー・ワップ・グループのバックなども務めておりましたから「ほれみろ、オレがやってたこたぁ正しかったんじゃねぇか」と思ってもおったでしょう。

という訳で「オレはロックンロールだ、ブルースだろうがカントリーだろうがカンケーねぇ。おゥ、クレイジーな音楽やるんだぜぇ」とばかりに、ブラック・ミュージックへの傾倒を更に強めて行きます。

ある日、人気のドゥー・ワップ・グループ”ザ・ダイアモンズ”のバックを務めたレイは、彼らのヒット曲『ザ・ストロール』をギターのインスト・ヴァージョンにアレンジして弾いていたところ、ケイデンスというレコード・レーベルをやっていたアーチー・ブライヤーという人の耳に留まり


「いいじゃないか!何というかチンピラの喧嘩(ランブル)みたいだねぇ。そうだ!この曲をランブルってタイトルで売り出そうじゃないか」

という展開となって、1958年、後に代表曲である『ランブル』がリリースされました。

この曲は、インストにも関わらず若者にバカウケ!当時アメリカで最もアツいチャートとされたR&Rチャートを爆心。しかも「タイトルと曲調が反社会的であり若者に悪い影響を与える」として放送禁止となったにも関わらず、その事がかえって話題を呼び、その人気は遠く海を越えたイギリスにも飛び火しました。



The Rumbling Guitar Sound Of Link Whay [Import]
【収録曲】
(Disc-1)
1.Rumble
2.Raw - Hide
3.Comanche
4.Slinky
5.Right Turn
6.Hand Clapper
7.Pancho Villa
8.El Toro
9.Dance Contest
10.Radar
11.Run Chicken Run
12.Alone
13.Rendezvous
14.Lillian
15.Golden Strings
16.Poppin' Popeye
17.Big City Stomp
18.Ramble
19.Studio Blues
20.Black Widow

(Disc-2)
1.Jack The Ripper
2.Ace Of Spades
3.The Swag
4.The Outlaw
5.The Stranger
6.Tijuana
7.Caroline
8.Dixie - Doodle
9.Teenage Cutie
10.Trail Of The Lonesome Pine
11.Mary Ann
12.Ain't That Lovin' YouBaby
13.I Sez Baby
14.Got Another Baby
15.Hold It Link Wray
16.Big City After Dark
17.Vendetta
18.Roughshod


『ランブル』のヒット後も、レイはひたすら硬派にギター・インストの道を突き進みました。同年代のライバル的存在であったエルヴィスや他のロカビリーシンガー達がスター的存在になってポップで洗練された曲を書こうが、世の流行が移り変わろうがオレはカンケーねぇとばかりに、革ジャンにリーゼントのスタイルでひたすらトンガッたフレーズをガリガリやる。世間にはひと昔前のロカビリーの人と思われ、徐々にレコードのヒットから遠ざかってもほんなもんカンケーねぇとばかりに積極的に、ほとんどドサ回りに近いツアーを重ね、多分満足に食えない時期もあったでしょうが、その都度彼からの影響を口にするロック界の超大物ギタリスト達によって絶賛と共に紹介され、90年代には奇才映画監督クエンティン・タランティーノによって彼の楽曲が映画のあちこちに使われ、ガレージやモッズに憧れる若いファンも多く獲得しました。

それでも彼は「おぉそうか」とクールな反応で、相変わらず革ジャンにリーゼントのスタイルでひたすらギターをガリガリ弾き倒すスタイルとドサ回りのツアー生活をブレることなく続け、2005年に滞在先のデンマークにおいて76歳で亡くなりました。

その音楽と生き様は、一言『ロックンロール』であります。という訳でアルバムを聴きましょう。

色々と素晴らしいアルバムは出ているのですが、やはり初期の音源からピックアップされたこの2枚組ベストは外せません。ザラついた鋭いサウンドと、ギラギラに乾いてテカッたフレーズには、先鋭的なロックの原型であることはもちろんですが、やはり濃いネイティヴの血がそうさせたかのような「アメリカ音楽」の原点すら感じさせます。とりあえずどういう聴き方をしても生々しいカッコ良さに溢れた音楽であることに変わりはありません。














『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 22:12| Comment(0) | ロック/ポップス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月12日

アリス・イン・チェインズ Alice In Chains

51SFgNVViFL._AC_.jpg
アリス・イン・チェインズ/Alice In Chains
(Sony)

さて、連日のアリス・イン・チェインズのレビューもいよいよ佳境に入ってきました。

まずは個人的なことをお話しするのを許して頂けますれば、アタシにとってアリス・イン・チェインズというバンドは「グランジかって言われたら微妙だけどカッコいいヘヴィバンド」。

そう、グランジでもなければヘヴィメタルとも微妙に違った、もっとダークでドロドロしたラインにあるアリス・イン・チェインズのサウンドというのは、自分でヘヴィバンドとかいう新しい言葉を作って、そこで大切に聴くという感じでした。

でも、グランジというひとつの流行の枠で語られながらも、その音楽はそんな流行なんぞ知らん。ミーハーは勝手にやってろな、パンクな姿勢を感じさせるものであり、正直なところアタシはもしかしたらそのダークでヘヴィでうねりまくるサウンドよりも、その孤高の姿勢とか存在感とか、そういったものに最初惹かれたのかも知れません。

そんなこんな言ってるうちに流行はグランジからあっという間にメロコアなる、何だかよくわかんない明るく健康的な臭いのするパンクロックに変わりつつあった1996年、衝撃的なアルバムを彼らはリリースしました。

アリス・イン・チェインズの、オリジナル・メンバーでの事実上のラスト・アルバムである『アリス・イン・チェインズ』は、1995年に世界同時リリースだったのですが、3本足の奇形の犬や、俗に言うフリークスと呼ばれる人達の写真をあしらったジャケットや裏ジャケットのデザインが日本側の規定に引っ掛かり、1年後に「全て真っ白のジャケットにしてリリースする」というバンド側が妥協した形でのリリースが決まりました。

それがために国内でのリリースは1年遅れの1996年、世間ではもうグランジのムーヴメントは過ぎ去っておりましたが、それだけにあの名盤『ダート』よりも更に深淵の極みへ沈み込んだようなサウンドと、暗闇の中で何か救いのようなものを求めているかのようにギリギリのテンションで歌うレイン・ステイリーの声の純粋な美しさが、同じ時代の他のどの「ロック」とも違う、もう完全にオリジナルな何かとしてとぐろを巻いておりました。

当時の彼らといえば、アルバム『ダート』が大売れして、そのアルバムツアーでそれこそ世界中を回り、更なる人気と喝采を獲得した直後でした。アルバムは売れてツアーは大成功だったのですが、このツアーは元々繊細なレインの心身をかなり消耗させ、元々の悪癖であった麻薬に、更にのめり込ませる引き金となってしまいます。

レインの不調により、アリス・イン・チェインズは長いツアーが出来なくなってしまい、巷では解散説までささやかれました。

実際バンドはかなり危機的な状態だったと思います。そんな過酷な状況の中でレコーディングされたのが本作『アリス・イン・チェインズ』であります。




ALICE IN CHAINS

【収録曲】
1.Grind
2.Brush Away
3.Sludge Factory
4.Heaven Beside You
5.Head Creeps
6.Again
7.Shame In You
8.God Am
9.So Close
10.Nothin' Song
11.Frogs
12.Over Now


実際ツアー生活(と、多分レインを中心としたバンド内のギクシャクした雰囲気)に音を上げたベースのマイク・スターが脱退。新メンバーとしてオジー・オズボーン・バンドにいたマイク・アイネズが加入し、レコーディングは恐らく異様な緊張感が漂う中行われたことと思います。

楽曲はジャム・セッション風の「繰り返し繰り返しのリフとうわごとのようなヴォーカル」という、初期から見られた路線から更に徹底してキャッチーな要素や演奏の中でのアクセントとなる展開が削られ、即興性の強いものになっております。

実際楽曲も長く、全体を通して聴く側にも独特のヘヴィなプレッシャーを与える作りになっており、このプレッシャーこそが彼らのサウンドのコアな部分だったのだと、聴いているうちにジワジワと染みてくる、そんな”ならでは”の中毒性がこのアルバムにはあります。

もうひとつサウンド面で変化したのが、恐らくスタジオにこもって徹底的に自己の音作りに没頭したであろうジェリー・カントレルのギターであります。

この時期のメタリカやパンテラにも迫る、オクターバーやコンプレッサーを効果的に使用した、粒の揃ったディストーション・サウンドでザクザク刻まれるリフと、ワウやフランジャーで奇妙に輪郭がひしゃげた生き物のようなソロやオクターブ、はたまた重く透明なクリーン・トーンなど「エフェクトをかましたエレキギターサウンド」の理想的なサウンドが、アルバム全体で隙間なく鳴らされていて「やべ、このギターの音はメタリカ超えてる!」とか、勝手にわいわい盛り上がっていたものです。


そして、より陰惨で沈鬱な歌詞をうわごとのように、或いは呪詛のように吐き出すレインのヴォーカルも、地声とエフェクト音とをまるで幽霊のように浮遊したり這いずったりしながら行き来していて、コチラはジェリーのギターの力強いバケモノぶりとは真逆の、得体の知れない恐ろしさすら感じさせます。


どの曲も良い意味で聴く人を甘やかさない、尖った緊迫感とドロドロな感触しかない非常に厳しい音ですので、最後まで一気に聴くとドッと消耗する、本当の意味でヘヴィなアルバムです。

しかし、この妥協のないサウンド、救いも何もない荒涼とした壮大な心象が広がるアルバムは、アリス・イン・チェインズという他のどのバンドとも似ていないし、どんなジャンルにもその存在が綺麗に収まらない孤高のバンドの、孤高である所以が間違いなく刻まれた。ロックの核がこれ以上なく美しく刻まれた作品だと思うのです。


残念ながらアリス・イン・チェインズは、オリジナルのメンバーでのオリジナル作品をこの後リリースすることはなく、2002年にレインがドラッグのオーバードーズで、2011年には旧メンバーのマイク・スターが恐らくドラッグ絡みの事故でそれぞれ亡くなっておりますが、レイン・ステイリー在籍時の3枚のアルバムはどれも重く激しく、そして美しいです。






”アリス・イン・チェインズ”関連記事



『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 23:38| Comment(0) | ロック/ポップス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月09日

アリス・イン・チェインズ ダート

R-2055654-1396723735-4118.jpeg.jpg

アリス・イン・チェインズ/ダート
(Sony)


今日もアリス・イン・チェインズを紹介する訳なんですが、それが何故かというとこのバンドが持つ独特の中毒性というのは凄いものでして、自宅の掃除をしながら「アリス・イン・チェインズ懐かしい、久々に聴いてみようか♪」ぐらいの軽い気持ちで聴いてみたら、もうその懐かしいとかそういうつまらん感情がですね、そのグツグツたぎりながら沈んでいる怨念みたいな声とサウンドとリズムに完全に間接を決められてしまいまして、えぇ、すっかり何度目かのアリス・イン・チェインズ・ブームが絶賛襲撃中なんですね。


音楽というのは本質的に”体験”であります。で、アタシの中にはかれこれもう四半世紀ぐらいの昔に、このバンドにドップリとハマりまくった体験があります。

恥ずかしながらアタシはその”体験”を、ここ数年忘れていた。それぐらいアリス・イン・チェインズを最近聴いてなかったんです。

そしたらどうなったかというと、アリス・イン・チェインズの重くうねるサウンドが、まるで新しい体験のように激しく心に突き刺さって全身をゆさぶった。不思議な事に懐かしさは全然湧いてこなくて、その代わり18の頃に最初に聴いた時と限りなく近いんだけど、真新しい衝撃がどんどん湧いてきて、しばらく「わー!わー!」以外の心の声が出なくなり、困るぐらいでした。

こういう事ってほとんどないから、これはどういう事だろうと考えてみたら

「アリス・イン・チェインズの音って、今からもう25年以上昔の音なのに全然古くなってないね。刺激、強いね」

という事になりますか。や、これは好きとかそういうの以上に、もっと何かこう客観的でリアルな直観のようなものだと信じています。うん、あんまりこういう感覚的な話をすると戻ってこれなくなりそうなので、本日のアルバム紹介しましょう。

今日ご紹介するのは、アリス・イン・チェインズのメジャー・セカンド・アルバムの「ダート」です。

はい、このアルバムはもう言わずと知れた彼らの代表作で、多くのファンが最高傑作に挙げるし、実際このアルバムを聴いてアリス・イン・チェインズを知った、好きになった、という人も多いんではないかと思います。

前作「フェイスリフト」では、ベースとなるハードロック/ヘヴィメタルのヘヴィネスと、若いロックバンドならではのキャッチーな味わいがダークなサウンドの中でも活きていて、ある意味非常にバランスの良いアルバムだったのですが、極論を申しますとこのバンドの真の魅力というのは、そのバランスがぶっ壊れて極端な方向に偏った時にこそ発揮されるものであり、そういう意味ではより無駄を省き、サウンドを当時のロックの感覚でいえば「え?もっとリスナーを意識した方がいいよ」と言われてしまうぐらいに研ぎ澄まされたダークな、例えるならば曲間のMCしない、演奏終わった後もニコリともしないぐらいに冷徹な演奏が良いのです。たまらなくグッとくるのです。




Dirt

【収録曲】
1.ゼム・ボーンズ
2.ダム・ザット・リヴァー
3.レイン・ホエン・アイ・ダイ
4.シックマン
5.ルースター
6.ジァンクヘッド
7.ダート
8.ゴッド・スマック
9.ヘイト・トゥ・フィール
10.アングリー・チェアー
11.ダウン・イン・ア・ホール
12.ウド?


オープニングからほぼ楽曲はミディアム・テンポで統一され、ギター、ベース、ドラムの音はより硬質でシビアなものとなり、ヴォーカルは更に感情の抑制をヒリヒリ効かせた呪文のようになってゆく。

それでいてアリス・イン・チェインズの楽曲は、一本筋の通った美しさが貫かれたメロディの魅力というものがあります。

『レイン・ホエン・アイ・ダイ』の1音下げチューニングのヘヴィなベースのイントロがずっと尾を引く展開や、3拍子をズクズクザクザクと容赦なくたたみかける『シックマン』独自の狂おしい、押し殺された衝動が行き場なくさまよう『ダウン・イン・ア・ホール』など、ぐるぐるととぐろを巻きながらもどこかに”泣き”があるんです。

それは、衝動を炸裂させたり声やギターで泣き叫んでいるような表現よりも更に深刻で切実で、その深刻と切実に、聴いているコチラの気持ちまでも削られて行くような快感があります。

セカンドになって音楽性が完全に確立されたアリス・イン・チェインズですが、次の3作目でその「切実の美学」は更に研ぎ澄まされたものとなって行きます。














”アリス・イン・チェインズ”関連記事



『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 15:42| Comment(0) | ロック/ポップス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月07日

アリス・イン・チェインズ フェイスリフト

51SFgNVViFL._AC_.jpg
アリス・イン・チェインズ/フェイスリフト
(Sony)

1990年代に、洋楽ロックの勢力図を一気に塗り替えたオルタナティヴ/グランジ・ムーヴメントは、実際には1992年ぐらいから95年ぐらいまでの、ほんの2,3年程度の短いムーヴメントだったと思います。

それにしても当時10代のキッズだったアタシのような者にとっては、その音楽的なインパクトそのものよりも、全く個性も音楽性も異なる様々なバンドが「グランジ」というカテゴリから次々に出てくるので「次はどんなバンドのどんな作品が出てくるんだろう」と、夢中になって新譜をチェックしてましたし、同時に彼らが影響を受けた70年代とか60年代のロックなど、とにかくこのムーヴメントによってアタシはそれまで知らなかったたくさんの素晴らしい音楽を知る事が出来た。それが凄く有難かったなと思っております。

そう、一言で『グランジ』とは言っても、それはたまたまアメリカの西海岸のシアトルやその近辺で活動していた、インディーズのバンド達の個性豊かな音楽を商業ベースに乗せるために作られた言葉であり、実際その中でカテゴライズされていたバンドやミュージシャン達ってのは、パンクやガレージロックに強く影響を受けてたり、ハードコアがポップになったようなものであったり、ヘヴィメタルはハードロックを指向いていたりと、そのサウンドカラーは本当に様々でした。

で、アリス・イン・チェインズです。

ここまでアタシは散々「グランジ」についての講釈を垂れてきてこう言うのも何ですが、アタシの中でこのアリス・イン・チェインズというバンドほど、ムーヴメントであったグランジロックとすんなり結び付くバンドはおりません。

もちろんそれは彼らの音楽が、当初からハードロック/ヘヴィメタル系のヘヴィでソリッドなギターリフを主軸としたものであり、アタシが最初に知ったのも、彼らのセカンド・アルバム『Dirt』が、当時読んでいたBURRNだったかヤングギターだったかで結構良い感じにレビュー書かれていて、メタリカのジェイムス・ヘッドフィールドが彼らを称賛するコメントを、これまた何かの雑誌でやっているのを見たからでもあります。

つうか『Dirt』がリリースされたのは1992年で、その頃都会ではどうだったか分かりませんが、田舎の奄美では、まだまだグランジという言葉はおろか、オルタナティヴロックなどというワードも、ほとんどの人にとっては未聴のものであり、ロックといえばメタルかパンクかビートルズとかストーンズとかジミヘンとかジャニスとか、そういったものという感覚しかありませんでした。

92年ぐらいにニルヴァーナが大流行りして、その時「あ、これはメタルじゃないやつなんだな」と初めて意識する訳ですが、同じジャンルであるはずのアリス・イン・チェインズは、完全にメタルの流れのバンドとして、アタシは認識しておりましたし、その後グランジブームになった頃も、何となくブームに乗っかりたくない(と、言いつつちゃっかりCD買って集めてた)という生来の天邪鬼根性が発動して「アリス・イン・チェインズはメタルだもん!!」と、頑なに主張してた、なんてことも今思い出しております。

本当はアリス・イン・チェインズはグランジだろうがメタルだろうが、そんな事はどうでもよくて、あのとにかくヘヴィにうねるサウンドと、どこにも救いがなく容赦ないダークネスで意識を沼底へ引きずり込むレイン・ステイリーのヴォーカルの声にひたすらのめり込むように聴いてズドーンとした気持ちになれればそれで良い。とは思っておりましたが、何せリアルタイムで聴いていたのは10代の頃だったので、そういう事を言語化する脳味噌がなかった事が悔やまれます。




Facelift

【収録曲】
1.We Die Young
2.Man in the Box
3.Sea of Sorrow
4.Bleed the Freak
5.I Can't Remember
6.Love, Hate, Love
7.It Ain't Like That
8.Sunshine
9.Put You Down
10.Confusion
11.I Know Somethin (Bout You)
12.Real Thing


はい、そんな訳で少年時代のアタシを泥沼に引きずり込んで放さなかったのは、実は3枚目のアルバム『アリス・イン・チェインズ』だったんですが、アリス・イン・チェインズは最初からカッコイイということで、このブログでは順を追って紹介していこうと思います。

ギターのジェリー・カントレルとヴォーカルのレイン・ステイリーが中心となってアリス・イン・チェインズが結成されたのは1987年。デビュー前の初期の頃は、意外にもカラッしたLAメタルみたいなポップなハードロックを指向していたといいますが、重さを追求するうちに独特の翳りを持つレインの歌声が映える、ダークなサウンドになって行きました。

華やかさとは裏腹な新しい感覚を持つサウンドは、徐々に注目され、1990年にはメジャーデビュー。とはいえ、まだまだ「たくさんデビューしたうちの1組」に過ぎなかったアリス・イン・チェインズのアルバムは、最初はそんなに注目されていなかったようですが、メタリカやメガデス、スレイヤー、アンスラックスといった、大人気のスラッシュメタルバンドの重鎮達から、その媚びない音楽性を称賛され、91年にメガデス、スレイヤー、アンスラックスらによるツアー『CLASH OF THE TITANS』に抜擢され、続いてどういう訳かヴァン・ヘイレン(!)のツアーのオープニング・アクトに起用されて、その名はたちまち世界中のメタル好きに知れ渡ります。

そのメジャー・デビュー・アルバムが本日ご紹介する『フェイスリフト』であります。

アリス・イン・チェインズはデビュー後その音楽からどんどん贅肉がそぎ落とされたような、ハードなものになっていくんですが、このアルバムは激しくうねるグルーヴと呪術のようなヴォーカルの凄味が、ほんのりとキャッチーさが残る楽曲と共に、ガツンガツンと鳴っていて、彼らのアルバムの中では聴き易さと程よい中毒性が混沌の中で調和した作品となっております。

しかしまぁ1曲目『We Die Young』から、ズンズンとかっこいいギターリフがたまんないんですよねぇ。ロックバンドのデビュー作は大体良い意味で粗削りで試行錯誤のエネルギーが激しくスパークしているんですが、楽曲のクオリティは総じて高く、シンプルにヘヴィで思わせぶりで余計な演出がない。大体イントロなしかあっても短めで、展開をこねくり回さない骨組みだけのアレンジの中、声とギターとベースとドラムがうねうねしているうちにスパッと終わって次の曲へ行く、というこの硬派なカッコ良さ。やっぱりメタルとかグランジとかそういうんじゃなく、これは骨太なロックとして実にカッコ良いと改めて思います。














”アリス・イン・チェインズ”関連記事



『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 14:13| Comment(0) | ロック/ポップス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月08日

スーサイド SUICIDE

51SFgNVViFL._A.jpg
Suicide/Suicide
(BMG)

「知ってるつもりでよく知らなかったこと」というのはよくあります。

それでもって「知ってるつもりでよく知らなかったことを知る経験」ってのは、人生において物凄く大切なことだったりします。

アタシにとってそれはパンクロック、もとい”パンク”という音楽でした。

ここでは何度も書いておりますが、小学校6年生の時にブルーハーツを知って、中学の時に「パンク」という言葉を知りました。

そこから音楽雑誌や深夜のテレビやラジオの音楽番組で一生懸命情報を収集し、アタシが感動した「パンクロック」なる音楽に対する知識をむさぼるようにかき集めて行くようになるのです。

ザ・クラッシュ、セックス・ピストルズ、ザ・ダムド、ストラングラーズ、ラモーンズから始まって、シャム69とかジャムとかバズコックスとかデッド・ケネディーズとかG.B.Hとか、スターリンとかスタークラブとかアナーキーとかラフィンノーズとか・・・。

とにかくテレビラジオ雑誌情報から物凄い勢いで「これはパンクだ!」と言われているものを聴き、集め、そのライナノーツからの情報もプラスして聴きまくっておりました。

そんなこんなで「俺は音楽詳しいんだぞ!」と思っていたんですが、20代なってすぐぐらいの時に東京のレコード屋で音楽商売に足を付けた頃というのが、毎日が

「えぇ!?これなんですか?カッコイイ!」

「えぇ!?お前こんなことも知らなかったの?」

の連続でした。

そんな毎日の中で最高に音楽に詳しい先輩達やお客さん達に教えてもらったことが

「お前、パンク好きとか言っときながら、パンクロック前のパンク全然知らないな」

ということだったんです。

えっと?先輩すいません、パンクロック前のパンクって何ですか?と訊きましたならば、つまりは70年代のイギリスのパンクロックというのは、ああいう8ビートでドンダンドダダンで反社会的な歌を歌ってるバンドと、そのバンド達のファッションをプロデュースして服とか売りたい連中が仕掛けた一種の流行でもあった訳なんだけど、実はそういう音楽というのはある日突然出てきた訳じゃなくて、それ以前のアメリカではものすごくアンダーグラウンドなシーンから割とメジャーな所でも既に生まれていたんだと。

「例えばこんなだよ」

と聴かせてもらったイギー&ザ・ストゥージーズにMC5、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、ニューヨーク・ドールズ(と、ジョニー・サンダース)、ブルーチアー、リンク・レイなどなど・・・。

これらの音楽は、それまで何となく名前だけは知っていて(リンク・レイだけ知らなかった)「へー、昔のロックなんだろうなぁ」と思ってたのですが、まーそのサウンドの何とぶっ飛んで破壊的で「あ、時代がちょい前なだけでこれもうパンクですね」と一瞬で思えました。

それから先輩が

「でも一番ヤバいのはコレだから」

と聴かせてくれたのがスーサイドでした。



Suicide

【収録曲】
1.Ghost Rider
2.Rocket USA
3.Cheree
4.Jhonny
5.Girl
6.Frankie Teardrop
7.Che


これはもうジャケットからしてパンクです。きっとディストーションギターがバリバリの、ヴォーカル大絶叫の・・・ん?ん?あれあれあれ・・・!?

破れた音のすっごいチープな打ち込みのリズムに、不気味にリフを刻むシンセサイザーの電子音。そしてヴォーカルは、夢遊病者のうわごとのように囁いたかと思ったら急に痙攣したような「ウウゥッ!」「ヒャアッ!」というシャウトを一瞬放った後、何事もなかったようにまた病的に繰り返される電子ビートに囚われたかのようにうわごとを繰り返す。

大体パターンは同じで、でもその「同じ事の繰り返し」がじわじわと脳裏にこびりついて、この凝縮された狂気というか、とにかく派手に暴れてブチ切れてブチ壊しているパンクロックのそれとはまた違った、スピード感のあるダウナーさみたいのが聴いているコチラの感覚にどんどん浸食してくる、あぁこりゃもう本当に「ヤバい音楽を聴いた」と思っていたら、最後から2番目のナンバー『Frankie Teardro』で、ヴォーカルの狂気は頂点に達します。

息切れしてるような焦燥感で単語を放ち、急に、本当に急に絶望の塊のような絶叫です。「ギャー!」どころじゃなくて「ア”ア”ア”ア”ァァーーーー!!!!ギャアァァーーーーーー!!!!」の、モロに断末魔のそれ。しかもその声には割れたエコーがかかりまくっているから、緊迫感と殺気は人工的に増幅されまくっててヤバいです。ホントにヤバい。

スーサイドはヴォーカルのアラン・ヴェガとシンセサイザー&リズムボックスのマーチン・レヴの2人組であります。

1971年にニューヨークでイギー&ザ・ストゥージーズを見て「これだ!」と思ってバンドを結成、当初から既存のスタイルに囚われることなく、まだ誰もやってない手法で表現しようという意欲に燃えていたそうです。

で、まだ発売されたばかりの電子楽器機材を駆使しながらも、人間の奥底の狂気を感じさせる彼らの過激なパフォーマンスはアンダーグラウンドで熱烈な支持を集め、世間がようやくパンクというものに気付いた1977年にこのファースト・アルバムをリリースしたと。

それはそうと、スーサイドの音楽を聴いて痺れていると、つくづく「誰かの物真似じゃなく、やりたいことを誰もやったことのない表現でするのがパンク」というパンクの真髄に身も心も痺れさせられているような気持ちになって、これはアレです、限りなくヤバい方の心地良さであります。






posted by サウンズパル at 00:42| Comment(0) | ロック/ポップス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする