2020年10月25日

スティーリー・ダン キャント・バイ・ア・スリル

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スティーリー・ダン/キャント・バイ・ア・スリル
(ユニバーサル)


若い頃、アタシはおからとかもずくとか納豆とか、そういったものが苦手で、おかずの中にでも入っていようものなら「こんなもん食えるかー!!」と思って残しておりました。

えぇ、いわゆる食わず嫌いってやつですね。これはいけません。

ところが30を過ぎた頃、急にですよ、えぇ、急にそれまで大好きだった牛肉が食べられなくなり、同時にふとした事でたまたま食べた納豆を「うは!これ凄く美味しい!!」と思うようになって、それから納豆、もずく、おから、山芋、オクラなど、体に良い(と思う)素朴な食材が大好きになりました。

人間の好みなんてのはいい加減なもので、ちょいと歳を取ればふとしたきっかけでコロッと変わるもんでございますねぇ。。。

何を言いたいのかと言うと、スティーリー・ダンの話をしたいんですよ。

主に白人シンガーが、ソウルやR&Bに影響を受け、バックも爽やかで何だかかよく分らんけど都会的というか、海辺のリゾート地というか、そういう雰囲気を醸すポップスの事をAOR(アダルト・オリエンタル・ロック)と言うのですが(細かく言えばもっと細かいのですが、ここでは分かりやすくザックリ表現しとります)、アタシが若者だった1990年代から2000年代初め頃ってのは、感覚でいえばこのテの音楽ってのは、ひと世代上の人達が愛好するものであり、もうとっくに過ぎ去った1980年代の「良かった時代」のぬるい音楽だと、ロクに聴きもしないうちから勝手に思い込んでいて、どうも「聴こう!」って気にはなれなかった。

で、ちょとっと聴いてみると、やっぱり爽やかで洗練されていて「うわぁ、やっぱりどーも俺は苦手だっ!」と、足早に退散しておりました。

まぁ若かったんです。とにかく刺激が欲しくて、ガリガリゴリゴリしたものばかりを求めていた10代後半とかハタチそこらのチンピラなアタシにとっては、AORはおろか、マーヴィン・ゲイやカーティス・メイフィールドですら、何となくぬるい音楽に感じ、その後彼らの歌詞を読んで「すいませんでしたー!!!」となった訳ですから。

スティーリー・ダンという名前は、アタシにとっては何だか苦手なAORを代表する”人”の名前で、「どんな音楽でも聴くよ♪」なんて訳知り顔でのたまっていたアタシにとってはなるべくなら触れることなく避けて通りたい、そんな鬼門のような存在だったのです。


ところがやはり人間の価値観とか感覚とか好みなんてものは実にいい加減なもので、それから数年でアタシはスティーリー・ダン、コロッと「あれ、いいぞ?」と思うようになりました。

はい、たまたま聴いたデビュー・アルバム『キャント・バイ・ア・スリル』の1曲目『ドゥ・イット・アゲイン』ですね。この曲が当時好きになったスティーヴィー・ワンダーの『インナーヴィジョンズ』アレに雰囲気が似てた。曲とかヴォーカルは70年代ソウルっぽくて、リズムがクールなラテン、そして途中で入るギターソロが実にロック!

うわぁこれはカッコイイ、っていうか体が自然と横に揺れるよなぁ。誰だこれ、えぇ!?スティーリー・ダン!?いつのアルバム?えぇぇ!?1972年!?つうかスティーリー・ダンって人の名前じゃなくてアーティスト名!?

とか、カッコイイついでに色々と混乱してしまいまして、そのまま「スティーリー・ダンはかっこいい」という風になってしまいました。

いやはや、後年のアルバムの爽やかなフュージョンテイストの、本当に”何となく”のイメージがあったもんで、この人達はてっきり80年代になってから世に出て来たバンド(というか当時はソロ・シンガーと思ってました)だと思っておりましたが、ロックやいわゆるニュー・ソウルが人気を博す丁度その時期に、色んな音楽の要素が無理なく無駄なく重なり合った、全く独自のオリジナルな音楽を作っておった訳なんですね。

スティーリー・ダンは、ニューヨークの学校で知り合ったドナルド・フェイゲン(キーボード、ヴォーカル)と、ウォルター・ベッカー(ベース)が、ポップスの作曲家を目指し、そして西海岸のロサンゼルスでメンバーを集めたり呼び寄せたりして、1970年代の初めに結成されたバンド。

そもそもフェイゲンとベッカーは、作曲家指向であり、バンドも当時の流行だったワイルドなロック・サウンドを指向するようなものではなかったため、結成初期からメンバーとはあんまり上手く行かなかったようで、70年代半ば以降はライヴ活動を止めてスタジオでの創作に専念するようになり、そのスタジオには主にクロスオーバー・ジャズ、ソウルやR&Bのミュージシャン達をゲストに呼んでバンドというよりはほとんどフェイゲンとベッカーのスタジオ・プロジェクトのような形態を取り、80年代にはそんな2人の間に起きたトラブルのため、一時的に活動休止となっていましたが、90年代に再び2人での活動を再開。

この時からスティーリー・ダンとして精力的にライヴツアーなども行うようになり、往年のファンや活動休止中にドナルド・フェイゲンのソロ活動以来のファン、そして新しいファンも獲得し、音楽的にも再び高い評価を獲得するようになり、2000年には1977年に発表したアルバム『彩(Aja)』がグラミー賞を受賞するなど、その動向もまた注目されておりました。

2017年にウォルター・ベッカーが亡くなってからも、ドナルド・フェイゲンは単独でスティーリー・ダンを率いて精力的にツアーを回り、もしかして現役中最も活発なのではないかと思うぐらいに活動しております。




キャント・バイ・ア・スリル


【収録曲】
1.ドゥ・イット・アゲイン
2.ダーティ・ワーク
3.キングス
4.ミッドナイト・クルーザー
5.オンリー・ア・フール
6.リーリング・イン・ジ・イヤーズ
7.ファイアー・イン・ザ・ホール
8.ブルックリン
9.チェンジ・オブ・ザ・ガード
10.ハートビート・オーヴァー・アゲイン


はい、ザッと経歴を紹介したところで、アタシが最初に「うぉぉ良い!」と思った1972年リリースのデビューアルバム『キャント・バイ・ア・スリル』であります。

先ほども申し上げたように、アタシはとにかく冒頭の『ドゥ・イット・アゲイン』の、そのニューソウルに心地良くラテンのビートとロックのフィーリングを持つギターが、何の不自然さも感じさせずに混ざり合ったサウンドにグッと惹かれたのですが、元々彼らは50年代60年代のジャズ、リズム・アンド・ブルース、そしてカントリーといったルーツ音楽の質感というものを非常に大事にしており、2曲目『ダーティ・ワーク』での郷愁を誘うイントロのオルガンとホーンの優しい響きや、グルーヴィーな曲調に、どこかひんやりした哀愁が付きまとう『ミッドナイト・クルーズ』(この曲も微妙に歪んだ簡潔なギターソロが良いです)、ちょっぷり不良っぽい歌い方とこちらもラテン風のリズムが心地良い『オンリー・ア・フール』、カントリー・ロック・テイストの『リーリング・イン・ジ・イヤーズ』、などなど、とにかく1曲1曲に詰め込まれた色んなジャンルの音楽のエッセンスが、ひとつひとつじっくり練り込まれた展開とアレンジでもって、全く別物のポップスになって輝いておりますね。

このアルバムをじっくり聴いて、他のスティーリー・ダンのアルバムを聴いたら、なるほど基本的にはこのファーストで築かれた「色んな要素埋め込み、でも曲はあくまで自然に」という音楽的な骨組みは全然変わっておりません。むしろこれ以降、余分な泥臭さをどんどん濾過していって、洗練を研ぎ澄ませ、今も洗練を止めていない感じがとてもしますが、まーとにかく曲がいい声がいいアレンジがいいという事が集中的に耳から入ってきます。難しい事を聴く人にはあまり感じさせず「あれ、いいわ♪」とさり気なく思わせてくれる音楽、良いですよね。










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2020年10月01日

サマンサ・フィッシュ ランナウェイ

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サマンサ・フィッシュ/ランナウェイ

(BSMFレコード)


「世の中便利になったなぁ」と感じる事は最近多々ありますが、アタシの場合は生活に直接役に立つ事よりも、例えばYoutubeなんかで知らないカッコイイ音楽を偶然見つけた時とかなんですね。

で、サマンサ・フィッシュです。

この人は2010年代にデビューした、ブルース系ヴォーカル/ギタリストの若手として幅広い活躍をしている人なんですけれども、アタシはほんの5年ぐらい前まで全然知らなくて、たまたまブラック・サバスの『War Pigs』という曲名でYoutubeを検索して泳いでおりましたら、たまたまこの人がギター、ベース、ドラムスの3ピースで演奏しているこの曲のカヴァーのライヴ映像が出てきて、これがもう何か凄かったんですね。

ハムバッカーを2発付けたカスタムのテレキャスで、正にトニー・アイオミばりのぶっとい音をぎゅいんぎゅいん言わせて、でも激しいディストーションはかけてなくて、何というか”地の音”が凄く強い。そしてギター・ソロも70年代のロックギターというよりも、もっとアメリカンなやさぐれを感じさせる気風のいいブルージーなフレーズの連発。

とにかくもう赤いワンピース着て出すサウンドが「ガツン!」「ゴリッ!」っていう感じの骨太なんですよ。

で、チョーキングがまたキュイ〜ンじゃなくて「ギュイィィィン!!」って感じの、パッと聴きスティーヴィー・レイ・ヴォーンとかザック・ワイルドとか、あの辺に通じるものを感じましたね。えぇ、とにかくもうひとつひとつの音やらフレーズがその辺の野郎が弾くそれよりも全然力強くてアツい芯がある、そんな感じでした。

で、ギター同様にパンチの効いたハスキーでパワフルな歌もまたいい。とにかくギターといい歌といい、この人の全てに、ちょっとした一瞬にもヤワなところというものが全くない。

「すげーなこのお姉ちゃん、サマンサ・フィッシュっていうのか。他にライヴないかなぁ・・・」

と、探してみたら、何とかぁハウリン・ウルフの『Killing Floor』とか、スクリーミン・ジェイ・ホーキンスの『I Put A Spell On You』とか、ブルースの有名な曲を、原曲の泥臭さをバリバリ引きずるようなアレンジでやっている。そして極め付けは何と、ミシシッピ・ヒル・カントリー・ブルースの大ボス、R.L.バーンサイドの『Poor Black Mattle』を、オイル缶ボディのギターでもってえげつないスライドでぎゃいんぎゃいん言わせてカヴァーしてたんです。

いや、ハウリン・ウルフとか『I Put A Spell On You』とかだったら分かるんです。何が分かるかって、その辺の古くからロックの人達にリスペクトされている大物ブルースマンとかスタンダードナンバーとかなら、若いロック系の人達もカヴァーしていておかしくない。特にブルースに強い思い入れがなくても。

が、R.L.バーンサイドのしかも最も土着なアフタービートの中毒性が高い曲である『Poor Bleck Mattle』を、若い女の子がカヴァーしてるのなんて、ちょっと想像も出来なかったし、そのカヴァーの演奏がまた全っ然毒抜きしてないストレートにえげつない感じだったから、それでアタシは二重にも三重にも激しい衝撃を受けたんですね。

そしてやっと気付いたんです。

「あ、このコはガチのブルースの人だわ」

と。


すっかりアタシは虜になって、この人の事を色々と調べたんですが、ミズーリ州カンサス・シティに1989年生まれ、小さい頃からシェリル・クロウやキース・アーバン、スティーヴィー・レイ・ヴォーンなどが大好きで、15歳になる頃には地元にある”ナックルヘッズ・サルーン”という音楽ホール(いくつかの屋内&野外のステージがひとつの施設の中にある巨大ライヴ会場)にやって来るブルース・アーティスト達のライヴに足しげく通っているうちに、自分もそこでギターを持って歌うようになり、自主制作のライヴアルバムがレコード会社の目に留まってデビューすることになったと。





ランナウェイ

【収録曲】
1.Down In The Swamp
2.Runaway
3.Today's My Day
4.Money To Burn
5.Leavin' Kind
6.Otherside Of The Bottle
7.Soft And Slow
8.Push Comes To Shove
9.Louisiana Rain
10.Feelin' Alright

はい、そんなサマンサ・フィッシュのデビュー・アルバムがコチラ『ランナウェイ』であります。

リリースは2011年、ライナノーツを見ると若干21歳とあります。大体若いミュージシャンのデビュー・アルバムといったら勢いがガーッと凄くて燃える、みたいなのが多いのですが、このアルバムは「ほんとに21歳!?」と思わず聴き返してしまいそうな、確かな実力に裏付けられた落ち着いたクオリティと、歌、ギター共にベテラン・アーティストのような貫禄に溢れております。

まずは1曲目の『Down In The Swamp』スローテンポの粘り気のあるサザンロック・テイストのナンバー。じりじりとしたリフと単音チョーキングの応報から始まって、ギター同様粘り気の濃いヴォーカルがたまりません。

アルバムの雰囲気は、大体全編通してこの1曲目で示した「深く、濃く、粘る雰囲気」が心地良く流れ、1曲1曲というよりも、アルバムそのものを流しながら楽しめる感じに仕上がっておりますね。そして2曲目はブギーで跳ねまくる『Runaway』、そこからまた落ち着いたミドルテンポやスローテンポのブルースロック、『Louisiana Rain』のようなカントリー・バラード、そしてラストは同じバラードでもコチラはグッとジャジーでアンニュイな『Feelin Alright』でアルバムはじんわりとした余韻を残して終わります。

このアルバムでは有名なブルースのカヴァーとかはないのですが、それでもブルース好き、ブルースロック好きは彼女のギタープレイの、ソロにもバッキングでも存分に行き渡っている付け焼刃ではないブルース・フィーリング、そしてギターを歌わせる絶妙なニュアンスに「おぉっ!」となるのではないでしょうか。









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2020年05月18日

リンク・レイ The Rumbling Guitar Sound Of LINK WRAY

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The Rumbling Guitar Sound Of LINK WRAY
(Not Now Music)

ロックンロールの元祖と呼ばれる大物でありながら、どんなにベテランになっても一切丸くならないその姿勢から「永遠の不良少年」と呼ばれ、その鋭利でワイルドなギター・プレイから「切り裂きジャック」と恐れられたリンク・レイ。いやぁカッコイイ、ロックンロールからロック、ガレージ、パンク、メタル等、ロックミュージックは電気化のテクノロジーの物凄い速度での発達と共に、そのサウンドも表現手法も、どんどんラウドで激しいものになって行ったんですが、そんな新しめのロックをどれだけ聴いても、ふとこの人のギタープレイを聴くと「うわぁやっべぇ音・・・」と驚愕してしまいます。

実際、この人は1950年代にようやく普及し始めたエレキギターを、単なる「音量の増幅器」としてではなく、よりワイルドに歪んだ音をジャカジャカ鳴らして空気を震わせるという、それまでのギター(アコースティックやフルアコ)とは全く別の楽器としての演奏法を生み出したイノベイターであり、今じゃ誰もが知っている、ロックギターの「ジャーン!」というコードカッティングを作った人でもあります。

なので、後のパンクやガレージ、ハードロックやヘヴィメタルまで、彼の熱狂的な信奉者としてリスペクトを口にするギタリストは、今でも世界中に数限りなく存在するんですね。

1929年にアメリカ南部にほど近いノースカロライナ州で白人の父親とチェロキーの血を引く母親との間に生まれます。小さい頃に旅芸人一座に居た黒人からスライドギターを聴かせてもらった事が、彼のギター体験の原点でした。

しかし、戦前から戦後に至るまでのアメリカには、まだまだ厳しい人種差別がハッキリと存在し、音楽にも「ブルースは黒人の音楽、白人がやるなんてとんでもない」という偏見に基づいた不文律がありました。なのでレイも活動の最初の頃は、地元のカントリーバンドで演奏しておりましたが、ブルースへの憧れは捨て難く、カントリーの曲もR&B風にアレンジして演奏したりしておったようです(といってもカントリーも元々はブルースから強い影響を受けているので、本当は近い音楽なんです)。

レイに転機が訪れたのは、1950年。朝鮮戦争が勃発した事によって徴兵され、戦地へ行ったのですが、ここで結核を患ってしまって除隊。

その結核は片肺切除という深刻なダメージをレイの体に残しました。これにより失意のうちにヴォーカルを諦めてギターに専念することになり、友人らとインストゥルメンタルのカントリー・グループを結成します。

このバンドがウエスタン・スウィングからR&Bまで何でも出来ると評判になり、テレビ番組のレギュラーバンドとして、ゲスト出演する大物達のバックを務めるというなかなかにラッキーな仕事を得る事になるのですが、当然レイはそれだけでは満足しません。

ある日聴いたエルヴィス・プレスリーの躍動的なノリのロカビリーに衝撃を受け

「何てこった!オレが本当にやりたいのはこういうやつだ。でもオレならもっとこのノリに合ったクレイジーなギターが弾ける!」

と、新しい時代の音楽”ロッカビリー”に合うギターのサウンドや弾き方を探求した結果

アンプのスピーカーに付いているコーンに鉛筆で穴を空けると音が割れる

というとんでもねぇ事を発見し(ちなみに同時代のブルースマン達は更に先を行ってて、電圧を勝手にいじくって上げるというロクでもねぇ事を発見していた模様)、これによって得られた「ごわんごわんした音 」※まだ歪み系エフェクターはおろか、アンプのゲインすらなかった時代の人達の正直な感想※でもって、6本の弦を全部鳴らすというコードも簡略化して「上の低い音の弦だけを握るように押さえて鳴らす」という、今でこそロックの奏法では当たり前になったパワーコードというものを発明し、それをあえて「じゃーん」と雑にストロークする事によって、ルーズで不良な響きをエレキギターで出す事に、これまた史上初めて成功した訳です。

この「じゃーん」こそが言うまでもなく、ロックのシンボルであるあのオープニングやエンディングの「ジャーン!」であります。ザ・フーのピート・タウンゼントが長い腕をぐるんと振り下ろしてやるアレ、ミッシェルガン・エレファントのアベフトシがやるアレ、ギターウルフのセイジがやるアレ。エレキを持てば誰もがやる、必ずやることの基本中の基本のほとんどを、1950年代既にリンク・レイ一人が生み出したんです。

そしてエルヴィスのブレイクによって、白人の若者達は、それまで公言出来なかったブルースやR&Bへの憧れを隠すことなく音楽表現で出すようになりました。レイは元々テレビ番組の専属バックバンドとしてファッツ・ドミノなどのR&Bのスターやドゥー・ワップ・グループのバックなども務めておりましたから「ほれみろ、オレがやってたこたぁ正しかったんじゃねぇか」と思ってもおったでしょう。

という訳で「オレはロックンロールだ、ブルースだろうがカントリーだろうがカンケーねぇ。おゥ、クレイジーな音楽やるんだぜぇ」とばかりに、ブラック・ミュージックへの傾倒を更に強めて行きます。

ある日、人気のドゥー・ワップ・グループ”ザ・ダイアモンズ”のバックを務めたレイは、彼らのヒット曲『ザ・ストロール』をギターのインスト・ヴァージョンにアレンジして弾いていたところ、ケイデンスというレコード・レーベルをやっていたアーチー・ブライヤーという人の耳に留まり


「いいじゃないか!何というかチンピラの喧嘩(ランブル)みたいだねぇ。そうだ!この曲をランブルってタイトルで売り出そうじゃないか」

という展開となって、1958年、後に代表曲である『ランブル』がリリースされました。

この曲は、インストにも関わらず若者にバカウケ!当時アメリカで最もアツいチャートとされたR&Rチャートを爆心。しかも「タイトルと曲調が反社会的であり若者に悪い影響を与える」として放送禁止となったにも関わらず、その事がかえって話題を呼び、その人気は遠く海を越えたイギリスにも飛び火しました。



The Rumbling Guitar Sound Of Link Whay [Import]
【収録曲】
(Disc-1)
1.Rumble
2.Raw - Hide
3.Comanche
4.Slinky
5.Right Turn
6.Hand Clapper
7.Pancho Villa
8.El Toro
9.Dance Contest
10.Radar
11.Run Chicken Run
12.Alone
13.Rendezvous
14.Lillian
15.Golden Strings
16.Poppin' Popeye
17.Big City Stomp
18.Ramble
19.Studio Blues
20.Black Widow

(Disc-2)
1.Jack The Ripper
2.Ace Of Spades
3.The Swag
4.The Outlaw
5.The Stranger
6.Tijuana
7.Caroline
8.Dixie - Doodle
9.Teenage Cutie
10.Trail Of The Lonesome Pine
11.Mary Ann
12.Ain't That Lovin' YouBaby
13.I Sez Baby
14.Got Another Baby
15.Hold It Link Wray
16.Big City After Dark
17.Vendetta
18.Roughshod


『ランブル』のヒット後も、レイはひたすら硬派にギター・インストの道を突き進みました。同年代のライバル的存在であったエルヴィスや他のロカビリーシンガー達がスター的存在になってポップで洗練された曲を書こうが、世の流行が移り変わろうがオレはカンケーねぇとばかりに、革ジャンにリーゼントのスタイルでひたすらトンガッたフレーズをガリガリやる。世間にはひと昔前のロカビリーの人と思われ、徐々にレコードのヒットから遠ざかってもほんなもんカンケーねぇとばかりに積極的に、ほとんどドサ回りに近いツアーを重ね、多分満足に食えない時期もあったでしょうが、その都度彼からの影響を口にするロック界の超大物ギタリスト達によって絶賛と共に紹介され、90年代には奇才映画監督クエンティン・タランティーノによって彼の楽曲が映画のあちこちに使われ、ガレージやモッズに憧れる若いファンも多く獲得しました。

それでも彼は「おぉそうか」とクールな反応で、相変わらず革ジャンにリーゼントのスタイルでひたすらギターをガリガリ弾き倒すスタイルとドサ回りのツアー生活をブレることなく続け、2005年に滞在先のデンマークにおいて76歳で亡くなりました。

その音楽と生き様は、一言『ロックンロール』であります。という訳でアルバムを聴きましょう。

色々と素晴らしいアルバムは出ているのですが、やはり初期の音源からピックアップされたこの2枚組ベストは外せません。ザラついた鋭いサウンドと、ギラギラに乾いてテカッたフレーズには、先鋭的なロックの原型であることはもちろんですが、やはり濃いネイティヴの血がそうさせたかのような「アメリカ音楽」の原点すら感じさせます。とりあえずどういう聴き方をしても生々しいカッコ良さに溢れた音楽であることに変わりはありません。














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2020年05月12日

アリス・イン・チェインズ Alice In Chains

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アリス・イン・チェインズ/Alice In Chains
(Sony)

さて、連日のアリス・イン・チェインズのレビューもいよいよ佳境に入ってきました。

まずは個人的なことをお話しするのを許して頂けますれば、アタシにとってアリス・イン・チェインズというバンドは「グランジかって言われたら微妙だけどカッコいいヘヴィバンド」。

そう、グランジでもなければヘヴィメタルとも微妙に違った、もっとダークでドロドロしたラインにあるアリス・イン・チェインズのサウンドというのは、自分でヘヴィバンドとかいう新しい言葉を作って、そこで大切に聴くという感じでした。

でも、グランジというひとつの流行の枠で語られながらも、その音楽はそんな流行なんぞ知らん。ミーハーは勝手にやってろな、パンクな姿勢を感じさせるものであり、正直なところアタシはもしかしたらそのダークでヘヴィでうねりまくるサウンドよりも、その孤高の姿勢とか存在感とか、そういったものに最初惹かれたのかも知れません。

そんなこんな言ってるうちに流行はグランジからあっという間にメロコアなる、何だかよくわかんない明るく健康的な臭いのするパンクロックに変わりつつあった1996年、衝撃的なアルバムを彼らはリリースしました。

アリス・イン・チェインズの、オリジナル・メンバーでの事実上のラスト・アルバムである『アリス・イン・チェインズ』は、1995年に世界同時リリースだったのですが、3本足の奇形の犬や、俗に言うフリークスと呼ばれる人達の写真をあしらったジャケットや裏ジャケットのデザインが日本側の規定に引っ掛かり、1年後に「全て真っ白のジャケットにしてリリースする」というバンド側が妥協した形でのリリースが決まりました。

それがために国内でのリリースは1年遅れの1996年、世間ではもうグランジのムーヴメントは過ぎ去っておりましたが、それだけにあの名盤『ダート』よりも更に深淵の極みへ沈み込んだようなサウンドと、暗闇の中で何か救いのようなものを求めているかのようにギリギリのテンションで歌うレイン・ステイリーの声の純粋な美しさが、同じ時代の他のどの「ロック」とも違う、もう完全にオリジナルな何かとしてとぐろを巻いておりました。

当時の彼らといえば、アルバム『ダート』が大売れして、そのアルバムツアーでそれこそ世界中を回り、更なる人気と喝采を獲得した直後でした。アルバムは売れてツアーは大成功だったのですが、このツアーは元々繊細なレインの心身をかなり消耗させ、元々の悪癖であった麻薬に、更にのめり込ませる引き金となってしまいます。

レインの不調により、アリス・イン・チェインズは長いツアーが出来なくなってしまい、巷では解散説までささやかれました。

実際バンドはかなり危機的な状態だったと思います。そんな過酷な状況の中でレコーディングされたのが本作『アリス・イン・チェインズ』であります。




ALICE IN CHAINS

【収録曲】
1.Grind
2.Brush Away
3.Sludge Factory
4.Heaven Beside You
5.Head Creeps
6.Again
7.Shame In You
8.God Am
9.So Close
10.Nothin' Song
11.Frogs
12.Over Now


実際ツアー生活(と、多分レインを中心としたバンド内のギクシャクした雰囲気)に音を上げたベースのマイク・スターが脱退。新メンバーとしてオジー・オズボーン・バンドにいたマイク・アイネズが加入し、レコーディングは恐らく異様な緊張感が漂う中行われたことと思います。

楽曲はジャム・セッション風の「繰り返し繰り返しのリフとうわごとのようなヴォーカル」という、初期から見られた路線から更に徹底してキャッチーな要素や演奏の中でのアクセントとなる展開が削られ、即興性の強いものになっております。

実際楽曲も長く、全体を通して聴く側にも独特のヘヴィなプレッシャーを与える作りになっており、このプレッシャーこそが彼らのサウンドのコアな部分だったのだと、聴いているうちにジワジワと染みてくる、そんな”ならでは”の中毒性がこのアルバムにはあります。

もうひとつサウンド面で変化したのが、恐らくスタジオにこもって徹底的に自己の音作りに没頭したであろうジェリー・カントレルのギターであります。

この時期のメタリカやパンテラにも迫る、オクターバーやコンプレッサーを効果的に使用した、粒の揃ったディストーション・サウンドでザクザク刻まれるリフと、ワウやフランジャーで奇妙に輪郭がひしゃげた生き物のようなソロやオクターブ、はたまた重く透明なクリーン・トーンなど「エフェクトをかましたエレキギターサウンド」の理想的なサウンドが、アルバム全体で隙間なく鳴らされていて「やべ、このギターの音はメタリカ超えてる!」とか、勝手にわいわい盛り上がっていたものです。


そして、より陰惨で沈鬱な歌詞をうわごとのように、或いは呪詛のように吐き出すレインのヴォーカルも、地声とエフェクト音とをまるで幽霊のように浮遊したり這いずったりしながら行き来していて、コチラはジェリーのギターの力強いバケモノぶりとは真逆の、得体の知れない恐ろしさすら感じさせます。


どの曲も良い意味で聴く人を甘やかさない、尖った緊迫感とドロドロな感触しかない非常に厳しい音ですので、最後まで一気に聴くとドッと消耗する、本当の意味でヘヴィなアルバムです。

しかし、この妥協のないサウンド、救いも何もない荒涼とした壮大な心象が広がるアルバムは、アリス・イン・チェインズという他のどのバンドとも似ていないし、どんなジャンルにもその存在が綺麗に収まらない孤高のバンドの、孤高である所以が間違いなく刻まれた。ロックの核がこれ以上なく美しく刻まれた作品だと思うのです。


残念ながらアリス・イン・チェインズは、オリジナルのメンバーでのオリジナル作品をこの後リリースすることはなく、2002年にレインがドラッグのオーバードーズで、2011年には旧メンバーのマイク・スターが恐らくドラッグ絡みの事故でそれぞれ亡くなっておりますが、レイン・ステイリー在籍時の3枚のアルバムはどれも重く激しく、そして美しいです。






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2020年05月09日

アリス・イン・チェインズ ダート

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アリス・イン・チェインズ/ダート
(Sony)


今日もアリス・イン・チェインズを紹介する訳なんですが、それが何故かというとこのバンドが持つ独特の中毒性というのは凄いものでして、自宅の掃除をしながら「アリス・イン・チェインズ懐かしい、久々に聴いてみようか♪」ぐらいの軽い気持ちで聴いてみたら、もうその懐かしいとかそういうつまらん感情がですね、そのグツグツたぎりながら沈んでいる怨念みたいな声とサウンドとリズムに完全に間接を決められてしまいまして、えぇ、すっかり何度目かのアリス・イン・チェインズ・ブームが絶賛襲撃中なんですね。


音楽というのは本質的に”体験”であります。で、アタシの中にはかれこれもう四半世紀ぐらいの昔に、このバンドにドップリとハマりまくった体験があります。

恥ずかしながらアタシはその”体験”を、ここ数年忘れていた。それぐらいアリス・イン・チェインズを最近聴いてなかったんです。

そしたらどうなったかというと、アリス・イン・チェインズの重くうねるサウンドが、まるで新しい体験のように激しく心に突き刺さって全身をゆさぶった。不思議な事に懐かしさは全然湧いてこなくて、その代わり18の頃に最初に聴いた時と限りなく近いんだけど、真新しい衝撃がどんどん湧いてきて、しばらく「わー!わー!」以外の心の声が出なくなり、困るぐらいでした。

こういう事ってほとんどないから、これはどういう事だろうと考えてみたら

「アリス・イン・チェインズの音って、今からもう25年以上昔の音なのに全然古くなってないね。刺激、強いね」

という事になりますか。や、これは好きとかそういうの以上に、もっと何かこう客観的でリアルな直観のようなものだと信じています。うん、あんまりこういう感覚的な話をすると戻ってこれなくなりそうなので、本日のアルバム紹介しましょう。

今日ご紹介するのは、アリス・イン・チェインズのメジャー・セカンド・アルバムの「ダート」です。

はい、このアルバムはもう言わずと知れた彼らの代表作で、多くのファンが最高傑作に挙げるし、実際このアルバムを聴いてアリス・イン・チェインズを知った、好きになった、という人も多いんではないかと思います。

前作「フェイスリフト」では、ベースとなるハードロック/ヘヴィメタルのヘヴィネスと、若いロックバンドならではのキャッチーな味わいがダークなサウンドの中でも活きていて、ある意味非常にバランスの良いアルバムだったのですが、極論を申しますとこのバンドの真の魅力というのは、そのバランスがぶっ壊れて極端な方向に偏った時にこそ発揮されるものであり、そういう意味ではより無駄を省き、サウンドを当時のロックの感覚でいえば「え?もっとリスナーを意識した方がいいよ」と言われてしまうぐらいに研ぎ澄まされたダークな、例えるならば曲間のMCしない、演奏終わった後もニコリともしないぐらいに冷徹な演奏が良いのです。たまらなくグッとくるのです。




Dirt

【収録曲】
1.ゼム・ボーンズ
2.ダム・ザット・リヴァー
3.レイン・ホエン・アイ・ダイ
4.シックマン
5.ルースター
6.ジァンクヘッド
7.ダート
8.ゴッド・スマック
9.ヘイト・トゥ・フィール
10.アングリー・チェアー
11.ダウン・イン・ア・ホール
12.ウド?


オープニングからほぼ楽曲はミディアム・テンポで統一され、ギター、ベース、ドラムの音はより硬質でシビアなものとなり、ヴォーカルは更に感情の抑制をヒリヒリ効かせた呪文のようになってゆく。

それでいてアリス・イン・チェインズの楽曲は、一本筋の通った美しさが貫かれたメロディの魅力というものがあります。

『レイン・ホエン・アイ・ダイ』の1音下げチューニングのヘヴィなベースのイントロがずっと尾を引く展開や、3拍子をズクズクザクザクと容赦なくたたみかける『シックマン』独自の狂おしい、押し殺された衝動が行き場なくさまよう『ダウン・イン・ア・ホール』など、ぐるぐるととぐろを巻きながらもどこかに”泣き”があるんです。

それは、衝動を炸裂させたり声やギターで泣き叫んでいるような表現よりも更に深刻で切実で、その深刻と切実に、聴いているコチラの気持ちまでも削られて行くような快感があります。

セカンドになって音楽性が完全に確立されたアリス・イン・チェインズですが、次の3作目でその「切実の美学」は更に研ぎ澄まされたものとなって行きます。














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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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posted by サウンズパル at 15:42| Comment(0) | ロック/ポップス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする