ディープなコラム こちらにも書いてます♪

2017年09月15日

ザ・ベスト・オブ・バディ・ホリー

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ザ・ベスト・オブ・バディ・ホリー
(ユニバーサル)

さて、イカしたロックンロール、その素となったロッキンなブルースをここんとこ紹介しています。

アタシは個人的に戦前から1950年代のアメリカの音楽、とっても好きなんですが、特に50年代の、いわゆるオールディーズと呼ばれている音楽に関しては、何がロックで何がロールかも全然分かってなかった(今でもそんなに分かっとらんです)中学時代に、周囲の先輩達が夢中になってるのを、それこそ見よう見まねで

「こういうのを聴いとけばカッコイイんだ」

と、ミーハー丸出しで聴きながらハマッたふりをしてました。

そのおかげで古いブルースとかボブ・ディランからフォーク、カントリーとかを抵抗なく聴けるようになったようなものなんで、思い入れは深いし、今この辺の時代の音楽聴いても、何かこう懐かしくて甘酸っぱいような、特別な感情がわらわらと湧いてきます。

中学の頃なんて、ない小遣いでCDなんか1枚買えればいい方でしたし、洋楽なんて何を聴けばいいのか当然分かりません。

で、サウンズパルに行って親父に相談するんですけど、これはまぁ無難に「ベスト・オブ・オールディーズ」みたいなもんを買えという訳です。

なるほどそうかと値段を見たら、当時の2枚組(平成の始め頃ですわ)だからとてもじゃないけど小遣いで買えた額じゃあない。

「親父ィ〜・・・」と思いましたが、アタシは強がって「いや、もっとこう通っぽいヤツ」と言って、映画『スタンド・バイ・ミー』のサウンドトラックを買ったんです。

音楽はよくわからんが、この映画はビデオを借りて友達の家でダベりながら観て大好きだったんで、これならまぁ分かるだろうと思って聴いたんですが、コレが素晴らしかったですね。ロカビリーもR&Bもドゥー・ワップも、ジャンル関係なく”オールディーズ”と呼ばれている音楽が詰め込まれていて、しかもキャッチ―で”歌える”曲が多くて、もちろん当時はこれがロカビリーでこれがドゥー・ワップとか、そんなことは全然分からなかったんですが、初めて”今の時代以外の音楽”の、扉を開いた、ちょいとばかりアタマの悪い中学生には、最高の入り口になったんです。

このサントラの1曲目に入っていたのが、バディ・ホリーの「エブリディ」。

映画の主題歌で、ベン・E・キングがパワフルに歌う「スタンド・バイ・ミー」とは真逆のテイストを持つ、ポップなメロディ、やけに耳に付いて離れない、少年のような甘い声がとにかく不思議で「この人は一体どんな人なんだろう・・・」と思いながら聴いたのが、アタシとバディ・ホリーとの出会いでした。

50年代を代表する、偉大なロックンロールの生みの親の一人、ギター、ベース、ドラムスという、ロックバンドの基本編成を最初に定着させた人、今やエレキギターの代名詞のひとつともいえる、フェンダーのストラトキャスターで最初にロックした人、ロックの世界で「メガネ」を最初にファッション・アイテムとして認知させた人・・・。

まぁとにかくこの人のことは知れば知るほど、上に挙げた以外にも次々と革新的な”初めての”がいっぱい出てきます。

特にアタシは、ワイルドな大人の不良をみんなが目指していた時代、ティーン・エイジャーとしてティーン・エイジャーのための音楽を、最初に作った人はバディ・ホリーなんじゃないかと思います。

もちろんそのちょっと前にチャック・ベリーが、歌詞の中に学校や休日のドライブなど「郊外のティーンエイジャーの日常」を織り込むという革命を起こしてはおりますが、バディはそのスタイルを更に突き詰めて、軽快なビートとシンプルな3コード、そして少年のような声とルックスでもって、音楽の中に

「唄ってバンドするティーン」

という姿を、世界で初めて具体的に作り上げた。その功績は計り知れないほどバカでかいし、彼のスタイルをそのまんま受け継いだのがビーチ・ボーイズであり、ビートルズでありストーンズであり、ラモーンズでありバズコックスであるといった具合に、後のロックからパンクロックの時代まで、自らが作り上げた音楽が、大幅な改造を加えられずにそのまんま後の時代まで生き続けている。そんな稀有な存在だと思うのです。

バディ・ホリーの音楽はとってもポップで、この時代の多くの白人ロックンローラー達がそうしたように、黒人のR&Bやゴスペルのエッセンスを大々的に取り入れてはおりますが、あまりにもサラッと洗練されていて、後味に苦味やアクを残さないそのスタイルは、てっきりニューヨークとかの大都会で培われた感性がそうさせたんだろうと思っておりましたが、出身地はテキサスというコテコテの南部。

音楽好きの両親の影響で、早いうちから楽器を持って歌うことを覚え、少年時代はカントリーのバンドで演奏し、コンテストで賞金を取って注目を集める存在だったといいます。

彼が親しんだカントリーがどんなものだったかは詳しい資料が今手元にありませんが、ヨーデル唱法の名人、ジミー・ロジャースや、ブルーグラスの生みの親、ビル・モンローなどの、軽妙で美しい高音のヴォーカルを中心に添えたスタイルのものだったんだろうということは、想像に難しくありません。

彼が19歳の時、ひとつ年上のエルヴィス・プレスリーとの出会いがありました。

既に南部が誇る大スターだったプレスリーは、カントリーだけでなく、ブルースやゴスペルなどの黒人音楽からの影響を強く押し出した音楽をやっていて、それに強烈な憧れを覚えたバディは、自分もエレキギターを持ったロックンロールをやろうと決意。

親友のジェリー・アリソンのドラム、ジョー・B・モウルディンのベース、ニッキー・サリヴァンのサイドギターという4人編成のバンド「ザ・クリケッツ」を結成します。

当時、バンドといえばギター、ベース、ドラムに、ピアノやホーンも加えた大々的なものをすることが、売れているバンドの絶対条件でしたが、当初「カネがないから」という理由でこの編成でずっとツアーをしてて(更にカネがなくてバディの歌とギター、ジェリーのドラムスだけでライヴするということもあった。ロックンロール!)、最初の方のレコーディングもこの編成で行っております。

結果としてコレが、ポップソングやカントリーとは違う、エレキギターを中心にした新しいサウンドとして、特に刺激を求めている若者に大いに支持されました。

たった1年ほどの活動で大人気になったバディはニューヨークに移り住み、活動もソロ・シンガーとしてのものが多くなって行きましたが、それでもバンド・サウンド、特にギター、ベース、ドラムスを中心としたアレンジを中心に持ってくることは忘れず、また、コーラス・パートには自分の声を重ね録りするなど、今のロックバンドに直接繋がる技法を次々と生み出していきます。

とにかくこの人は、そのメロウでソフトなサウンドとキャラクターからは想像も出来ないほど芯のあるオリジナリティの塊で、同時代のどのロックンローラーとも似ても似つかぬ孤高の道を行っておりました。繰り返しますが、楽曲は誰よりも親しみやすく、ポップなものであった”のに”です。




1.ザットル・ビー・ザ・デイ
2.オー・ボーイ!
3.ノット・フェイド・アウェイ
4.テル・ミー・ハウ
5.メイビー・ベイビー
6.エヴリデイ
7.ロック・アラウンド・ウィズ・オリー・ヴィー
8.イッツ・ソー・イージー
9.アイム・ルッキン・フォー・サムワン・トゥ・ラヴ
10.ペギー・スー
11.アイム・ゴナ・ラヴ・ユー・トゥー
12.ワーズ・オブ・ラヴ
13.レイヴ・オン
14.ウェル…オール・ライト
15.リッスン・トゥ・ミー
16.シンク・イット・オーヴァー
17.ハートビート
18.リミニシング
19.イット・ダズント・マター・エニモア
20.トゥルー・ラヴ・ウェイズ


この人ほど”その後”の活躍が気になる人はおりませんが、強烈な個性でもって時代を切り開いた人ほど、早くに天国に召されてしまうものであるようです。

1959年2月3日、ツアーのために移動中だったバディ・ホリーとリッチー・ヴァレンス、J.B.”ザ・ビッグポッパー・リチャードソンという3名のロックンロール・スターを乗せた小型飛行機がアイオワ州の農場に墜落、全員が死亡という痛ましい事故で、バディは22歳の短い人生を、そして僅か2年という一瞬のロックンローラー人生を儚く終えてしまいました。

この年、エルヴィス・プレスリーは兵役へ行き、チャック・ベリーは逮捕され、ロックンロールを世間に広めた最大の功績者だったラジオDJのアラン・フリードがペイオラ(ラジオで曲をかけてもらう見返りに貰う報酬)への関与で失脚。

そんな出来事が立て続けに重なって、ロックンロール人気はあっという間に失速して行きます。特にバディの死んだ日は、その前後の、ロックンロールにとって不幸な出来事と関連して「ロックンロールが死んだ日」と呼ばれております。

しかし、バディの残したものは、現在進行形で色んな所に生きておるんですね。

とにかく2年という活動期間の中で物凄い量のレコーディングを残し、存命中に出した3枚のオリジナル・アルバムもありますが、その量を遥かにしのぐレコーディングを行って、それがまとめられないまま彼は亡くなってしまったので(当時の若者向けのレコードはほとんどがシングル盤)、代表曲を手堅く抑えたベスト・アルバムから聴いてみるのが一番いいです。

このベスト・アルバムは、昔から「バディ・ホリーといえばコレ」と定番だったもので、デビュー直後のクリケッツとの音源からアレンジも幾分凝った曲まで、最適なボリュームと選曲で飽きることなく楽しめます。オールディーズ感満載のジャケットも良いです♪





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2017年09月06日

ブギー・ウィズ・キャンド・ヒート

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キャンド・ヒート/ブギー・ウィズ・キャンド・ヒート
(ユニバーサル)

前回に引き続き、アメリカが生んだゴキゲンなブルース・ロックの元祖、キャンド・ヒートをご紹介します。

えっと、ファースト・アルバムをやりましたんで、今日はアタシにしては珍しく(?)順序よく、セカンド・アルバムをご紹介しましょうね。

時は1967年、アメリカでは西海岸発のヒッピー文化の盛り上がりと呼吸を合わせるように、カジュアルでやかましくてフリーダムな若者の、若者による若者のための音楽、そう”ロック”が一大ムーブメントを巻き起こしておりました。

よく「ロックンロールとロックの違いって何なの?」という、実に良い質問を頂くことがありますが、細かく言えばいくらでも細かく答えられるこの究極の問いに

「うん、ロックンロールって50年代にカッコ良くスーツやジャケットを着こなしてやるバンド音楽で、ロックってのはTシャツにジーンズ着てやってもいいんだぜ!ってのを世界で初めて言ってみせたカジュアルなバンド音楽だったんだ」

と、割とサックリ答えるようにしてます。

そうなんです、Tシャツとジーンズってのは、言ってみれば肌着と作業着で、50年代までは「そんなもんで人前に出るんじゃない!」と言われた服装なんですよ。

でもロックは

「そういう常識を打ち破ろう!」

というところから出てきてるんですね。

で、最初はそういう反抗から来ている若者ファッションは”サイケデリック”というキーワードでもって、段々カラフルでオシャレなファッションになり、ここで”カジュアル”というオシャレの定義が完成してゆく訳です。

考えてみれば英国ではビートルズを筆頭に、軍服をモチーフにした衣装なんかでみんなビシッとキメているバンドが多かったのですが、アメリカの若者意識の中には「アレと正反対のことをやって、オレ達のオリジナルなカルチャーを作るぞー!」という考えもあったのかも知れません。

ロックのその初期のサウンドやスタイルを見聞きしていると

「イギリス→オシャレでまとまっている」

「アメリカ→ワイルドでやさぐれとる」

という図式があてはまるのも、こういった若者意識の違いなんですね、えぇ多分。

で、キャンド・ヒートは、そんな”Tシャツにジーンズ”の西海岸ヒッピー連中のカリスマでありました。

ライヴでは彼らのタフで荒削りなサウンドでハイになることを求めてやってくる、ヒゲぼーぼーなヤツ、頭から靴まで奇抜ファッションに身を固めたヤツとか、とにかく男女問わずぶっ飛んだヤツらがそのサウンドに敬意を表し

”キング・オブ・ブギー”

と、いつしか彼らのことを呼ぶようになりました。

大体ヒッピーになるような人達は、ええとこの坊ちゃんとかお嬢ちゃんが多くて、ブルースなんて聴いたことなかったんですね。そんなところにキャンドヒートの強烈に泥臭いブルースのカバーなんかにガツーンとヤラレた日にゃあでしょう。

西海岸近辺で人気者になったキャンド・ヒートは、そのままの勢いで、ウッドストックとモンタレー・ポップ・フェスティバルという2大フェスに出演し、そこでもワイルドなパフォーマンスで聴衆を圧倒。

どっちかというとこの2大フェスに出たことが、彼らの人気を決定的なものにして

「キャンドヒートって知ってる?」

「おぉ、アイツらやべぇ!オレこの前のモンタレー行ったんだよ!アイツらのやってる音楽、ブルースなんだってな」

「マジか?ブルースって黒人が昔やってた音楽じゃなかったのか?」

「そうなんだけど違うんだ。いや、オレらが知らなかっただけで、ブルースってヤバかったらしいぜ」

「どうヤバいんだよ」

「え?どうって、とにかくブギーだよ!バカになってノリまくって踊りまくる音楽だって話だ」

と、ブルースやブギーに対する正しい認識も、アメリカの”それまで健全だった若者”に広めてゆくことになります。



【収録曲】
1.イーヴル・ウーマン
2.マイ・クライム
3.オン・ザ・ロード・アゲイン
4.ワールド・イン・ザ・ジャグ
5.ターペンタイン・モーン
6.ウィスキー・ヘデッド・ウーマンNo.2
7.アンフェタミン・アニー
8.アン・アウル・ソング
9.マリー・レヴォー
10.フライド・ホッケー・ブギー


キャンドヒート人気がそんな感じで盛り上がっている頃に、ドカンとリリースされたのが、このセカンド・アルバムであります。

前作は愛とやさぐれが目一杯籠ったブルースのカヴァ―でありましたが、今回は渾身のエグ味溢れるオリジナル曲を書き上げております。

そしてファーストをリリース直後に早速メンバー・チェンジがあって、アドルフォ・デ・ラ・バラという実力派と呼ばれたドラマーが参加してるんですが、まぁこの人のドラムが実に安定感があって、粘り気のあるビートを繰り出してくるドラムで、単純に演奏の上手さで言えば、全く見違えるようにバンド・サウンドにまとまりが出ております。

しかし、中心メンバーであるフロントのボブ・ハイトのクセの強いヴォーカルとブルースハープ、そしてアル・ウィルソンのクセになるスライドギターの魅力は、例えバンドの音がキッチリとまとまったグルーヴを出すようになってもちっとも大人しくなりません。どころか安心して好きにできるリズムを得て、それぞれの持つ勢いとテクニックを存分に発揮しておりますね。

アルバムそのものは、ロック・テイストが強くなりつつ、楽曲自体は彼らのトレードマークである”ブギー”が主体です。つまりミディアムからちょい速いテンポに乗って、シンプルなリフでガツガツとノレるブルースロックです。

ドロドロとした呪文のようなヴォーカルと鋭いギターソロ、ねっとりとしたハープが絡む@から、マディ・ウォーターズ「フーチ・クーチ・マン」スタイルの楽曲として、アレンジもスライドギターのソロもかなりキてるA、アル・ウィルソンのほよほよ脱力したヴォーカルが泥臭いバックと不思議な溶け合いで中毒性の高いBから、フリー・セッションなラフさでグイグイのせてくるEIなどなど、パンチの効いたブルースとサイケデリックなロック・サウンドとのごく自然な(でも十分イカレた)融合な味わいがたまんなくイイです。

にしても相変わらず「綺麗にまとめてやろう」なんて気持ちが微塵もないところに、総じてアタマの悪い感じのタフでラフでワイルドな、アメリカンロックの真骨頂を見ますね〜。

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2017年09月04日

キャンド・ヒート(Canned Heat)

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キャンド・ヒート(Canned Heat)
(ユニバーサル)

60年代にイギリスの若者達が、アメリカのちょい昔のブルースやR&Bを「カッコイイ刺激的な音楽」として聴き狂い、バンドやってる連中はそれらのブラック・ミュージックのサウンドを競って自分達の演奏スタイルの中に取り込んで行きました。

こうやって誕生したのがブルースロックです。

ジョンメイオール&ザ・ブルース・ブレイカーズを皮切りに、ヤードバーズ、そしてローリング・ストーンズといったイギリスのバンド達が、本国アメリカではとっくに昔の音楽となっていたブルースを、最先端の”ロック”として生まれ変わらせたんです。

一方ブルースを生んだ国、アメリカの若者達の中でも、ブルースは流行の音楽でこそなかったものの、南部のローカルバンド達にとっては重要なレパートリーであり、そして都市部の熱心なファンの間では、古いブルースのレコードは、熱心にコレクションしてじっくりと聴き込むための大切なツールでありました。

やがてイギリスでブレイクしたブルースロックが逆輸入される形でアメリカに上陸、ここで多くのミュージシャン志望の連中に刺激と衝撃を与え、アメリカでも「ブルースをロックでやるとカッコイイ」という価値観がジワジワと浸透してゆくのです。

元より、両国の白人青少年の間では、ブルースに対する認識には若干の違いがありました。

イギリスでは”オシャレでワルでクレイジーな音楽”という認識、アメリカではそれプラス”自分達のルーツのひとつとして見直されるべき音楽”という認識があったんですね。

ブルースを、特に戦前の古いブルースを熱心に愛好する都市部の若者達はそういった思いに突き動かされて、戦前に録音を残したブルースマン達を南部へ探しに行って”再発見”し、彼らをステージへと上げるように尽力しました。

そうやって”フォーク・ブルース・リヴァイバル”という空前のブームが起こり、一方でアメリカはアメリカの、フィーリングとスピリッツに溢れたブルースロックがそのまま”ロック”へと進化して・・・という、現在へと脈々と受け継がれる流れを生むのですが、本日はそんなアメリカのブルースロックの立役者、いやもうこの人達を抜きにしてはブルースロックもアメリカンロックも語れんでしょうというキャンド・ヒートというバンドをご紹介致します。

キャンド・ヒートは実は日本ではあんまり有名じゃありません。

ロックという意味ではジミヘンやジャニス・ジョプリン、ドアーズなど、強烈なカリスマと独自の音楽性を持った人達に存在として圧倒され、ブルースロックという意味では王道のシカゴ・ブルース・スタイルで多くのファン心を掴んだポール・バターフィールドに、それぞれ知名度は劣ります。

しかし、キャンド・ヒートの初期のアルバムには、このバンドならではの古いブルースへの深過ぎる愛と、洗練なんぞクソくらえなローファイ&やぶれかぶれなオリジナリティに満ち溢れた、たまらん味わいがあります。

喩えれば90年代以降にアタシ達にブルースのカッコ良さを、ロック・サイドから教えてくれたローファイでダーティなジョン・スペンサーやベック、G・ラヴ&ザ・スペシャルソースなんかの音楽性の元をたどって生けば、絶対にこの人達にブチ当たるんじゃないかと。そんぐらいやさぐれとりますし、何というか非常に好感の持てる、独特の”オタク臭”がするんですよ。




【収録曲】
1.ローリン・アンド・タンブリン
2.ブルフロッグ・ブルース
3.素敵な悪魔
4.ゴーイン・ダウン・スロー
5.ナマズのブルース
6.ダスト・マイ・ブルーム
7.ヘルプ・ミー
8.ビッグ・ロード・ブルース
9.ザ・ストーリー・オブ・マイ・ライフ
10.ザ・ロード・ソング
11.リッチ・ウーマン
12.オン・ザ・ロード・アゲイン (オルタネイト・テイク) (ボーナス・トラック)
13.ナイン・ビロウ・ゼロ (ボーナス・トラック)
14.TVママ (ボーナス・トラック)


1960年代中頃に、アメリカは西海岸の大都市ロサンゼルスで、熱心なブルース・レコードのコレクターであったボブ・ハイト(ヴォーカルとブルースハープ)とアル・ウィルソン(ヴォーカルとギター)が

「なぁ、ブルースやりたくね?」

「やりてぇ」

という気持ちだけで結成し、バンドの名前を戦前の”元祖クロスロード伝説”を持つブルースマン、トミー・ジョンソンの代表曲から取ったのがキャンド・ヒートです。

何が偉いってアナタ、この時代バンドやってる連中のブルースといえばやっぱりシカゴ・ブルースで、マディ、ウルフ、ボ・ディドリーにチャック・ベリー、はたまたB.B.キングだった時代に

「戦前のミシシッピ・デルタのブルースがよぉ」

と、(主に)アコースティック弾き語りのブルースマン達の音源を幅広く聴き込み、しかも単なるリスニングオタクにとどまらず、そのディープなフィーリングと演奏法を自然と出来るようになるまで楽器で覚え込み、更に単なるコピーじゃなくて、それをバンド・サウンドでやってみせたってのが、コノ人達の素晴らしいところなんですよ。

「ローリン・アンド・タンブリン」「ナマズのブルース(キャットフィッシュ・ブルース)」「ビッグ・ロード・ブルース」などなど、戦前から歌われている生粋のディープ・サウス・ブルースの名曲達が、野太いヴォーカルとハープ、絶妙な”間”とシンコペーションでギャインギャイン暴力的に鳴り響くスライド・ギター、まとめる気なんて何もないヤケクソな弾きっぷり/叩きっぷりなんだけど、実は粗削りでワイルドなウルーヴをしっかり生み出しているベースとドラムでリアルに蘇っている様を体験してください。

この後、どんどんオリジナル曲もやるようになって、演奏のクオリティもグッと上がるキャンド・ヒートでありますが、やっぱりローファイ&やさぐれた雰囲気上等のこのファーストは味わいの塊であります。スタイリッシュなブリティッシュ・ブルースロックとは真逆のアホッぽさ最高です。

ブルースが好きで、好き過ぎてついバンドまで組んでしまったこの愛すべきバカヤロウ達の魂を聴いてください。



”キャンド・ヒート”関連記事


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2017年08月22日

ブラックフラッグ Damaged

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Black Flag/Damaged
(SST)


「気合いの入ったロックを教えてください」

お店に立ってた頃、若いお客さんからよくこういう問い合わせを受けておりました。

時は1990年代後半。

うん、アタシも若かったですが、お客さんはもっと若かった。

大体そういう問い合わせをしてくる人達は、当時空前のブームだったメロコアから洋楽に入って、もうちょっと激しいやつを聴いてみたいと思って、ハードコアとかモダンヘヴィネスとか、その辺を聴き漁りたいという素晴らしい意欲を持っている人達です。

「気合いの入ったロックを・・・」

の問いにアタシは大体即答はせず、とりあえず「そうねぇ、メロコアに飽きたら次はやっぱりハードコアっしょー」とか、言って反応を伺ってましたが、この”ハードコア”というワードに、まぁみんな反応すること反応すること。「うぉぉ、ハードコア!」「聞いたことあるっす、ヤバイっすよね!」と、その時点でお客さん達もアタシも理屈を脱ぎ捨てて本能のみで、内側からこみあげてくるアツい感情をストレートな単語や擬音にして、まずは盛り上がります。

今にして思えば、CDが売れるとかオススメを気に入ってもらえるとか、そんなことよりも、こうやってうわぁっ!って盛り上がる瞬間が一番楽しかったですね。

それで”で、ハードコアといえばこの人ですよ”と、色々と古今東西のパンク系の人達のライヴやクリップを録画したビデオに入ってる、ヘンリー・ロリンズのライヴ・パフォーマンスを観てもらう訳です。

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ガッツリ鍛え上げられた上半身をむき出しに、常にファイティング・ポーズのような、足を踏ん張った姿勢でビシッとまっすぐ前を向いてそして叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ!しかも激しく動いて激しく叫んでいるのに、体鍛えまくっているから姿勢が崩れたりよろめいたりしない。

「ほら、これがハードコア。これを気合いが入ったロックと言わずして何を気合いの入ったロックと言うの。フフフ」

という言葉がつい興奮して出そうになりますが、あえてそこは無言でニコニコと反応を伺います。

反応は伺うまでもなく「すげぇ・・・」「やべぇ・・・」の声が彼らの口からため息と共に漏れているのを、アタシはひたすらニヤニヤしながら聞いてました。もちろん、モニターの画面にくぎ付けになっている目が真ん丸になっているのも含めて。

曲が終わって「これ・・・何て人ですか」という言葉を聞いてようやく、アタシは説明に入ります。

この人はヘンリー・ロリンズといって、アメリカのハードコアの初期の頃に出てきた第一人者みたいな人で、デビューした頃からもうこんな感じで気合いの塊みたいな人なんだ。でもね、どっからどう見てもパンクな人なのに、実はめちゃくちゃ規則正しい生活をしていて、筋トレもしてるし、政治とか哲学とかの本も読みまくってるインテリ。俳優もやってて映画にも出てるんだけど、ほとんど名前のないちょい役とか、でも色んなのに出てるから「あ、またあの人出てる」って、映画ファンには根強い人気があったりする。

で「うぉぉ、何か知らんけどすげぇ、カッコイイ!」と、ロリンズ・バンドのCDを手にする人、結構いました。

で、更に「この人のこともっと知りたい!」という人には、アタシはロリンズが最初に在籍していた、ブラックフラッグのことをオススメしていました。






【収録曲】
1.Rise Above
2Spray Paint
3.Six Pack
4.What I See
5.TV Party
6.Thirsty and Miserable
7.Police Story
8.Gimmie Gimmie Gimmie
9.Depression
10.Room 13
11.Damaged II
12.No More
13.Padded Cell
14.Life of Pain
15.Damaged I


やっぱりパンクといえば、ハードコアといえば、このバンド抜きに語ることは出来ないんですね。

1976年、イギリスでピストルズやクラッシュなどのオリジナル・パンクがセンセーションを巻き起こしていた頃に結成されて、アメリカならではの、もっと泥臭く、もっと暴力的なサウンドを追い求め、更に商業的な成功に重きを置かない気骨のバンドを世に出すために、元祖インディーズ・レーベルの”SST”を設立して、その後のパンク/ハードコア、そして世界のロック・シーンに与えた影響はとてつもなくデカい。

そんなことより何よりまず、ヘンリー・ロリンズがヴォーカリストとして在籍していた時の、無軌道で荒削りなサウンドの、理屈も理性も見事にぶっ飛ばすその破壊力は、どんなに音楽が進化しても、機械的に激しく荒々しい音が出せるようになった現在でも、十分に刺激的な音として通用するんです。通用するどころか未だに”気合い”という一点で、ロリンズ先生の居た頃のブラックフラッグのサウンドを突破できるバンドっているのか?いやいない。とアタシ思います、はい。

さて、そんなブラックフラッグの、まずはオススメのアルバムが、実質的なファースト・アルバムであります「ダメージド」。

実はブラックフラッグは、結成してからメンバーの流動が激しく、1枚目のアルバムを出すまでに3人のヴォーカリストが入れ替わっておりますが、1981年にワシントンのハードコアバンド”ステイト・オブ・アラート”に居たヘンリー・ロリンズが加入してからバンドはパワーと安定感を増し、西海岸のマイナーバンドだったブラックフラッグはアメリカのアンダーグラウンド界隈で一気に中心的な存在となってゆくのです。

で「ダメージド」。サウンドの要であるリーダーのグレッグ・ギンが叩き付ける”割れたきったない音”のギターと、パンチの効きまくった、いや、もう拳しかないぐらいのロリンズ先生のストレート、ど根性、気合い大炸裂なヴォーカルとが、ひたすら暴力的に疾走します。

優れたロックバンドのファーストは、大体荒削りで初期衝動に溢れた名盤が多いというジンクスがありますが、その見本のような、どこから聴いてもどんな風に聴いても初期衝動しかない、そんなアルバムです。

ブラックフラッグはこの後86年の一旦解散まで、ヘヴィメタルからの影響も取り込みつつ、どんどん音をへヴィな方向に深化させていきます。

ハッキリ言ってブラック・フラッグやその後のロリンズ・バンドには駄作というものがありませんが、やっぱり無駄の一切ない、というより荒々しさしかないこのファーストは「気合いの入ったロック」をお求めならばまずは聴くべきでありましょう。







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2017年07月12日

エルヴィス・プレスリー登場

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エルヴィス・プレスリー登場

(RCA)

エルヴィス・プレスリーといえば、言わずと知れた白人ロックンローラーの最初で、それまでポピュラーかカントリー歌手しかいなかったシーンにブルースやR&Bからの大きな影響を流し込み、つまりはこの人がいなければロックは生まれても若者達の間で今も聴き続けられるような音楽にはなっていなかっただろうと。

つまり凄い人です。

アタシもパンクロックから始まって、ブルース、ジャズ、その他もろもろのブラック・ミュージックと色々聴いてふとエルヴィスの巨大な功績を思い知ることがよくあります。


しかし!

しかしですよ皆さん。

エルヴィス・プレスリーって、今最も

「有名だけどちゃんと聴かれていないミュージシャン」

の筆頭だとアタシ思うんですね。

エルヴィス・プレスリーといえば、例のキラキラフリフリの衣装とモミアゲという70年代以降のスタイルが、色んなところでおもしろおかしくネタにされてきたというのと、スターになってからのムード歌謡的な歌と何だか石原裕次郎みたいな大御所芸能人みたいなイメージがどうも強くて、一番刺激的で一番カッコ良かった初期のロックンロール時代にはあんまりちゃんとスポットが当たっていない。

だから今日はちゃんと”ロックンロールのエルヴィス”にスポットを当てて、広く世間の人にそのカッコ良さを知ってもらいましょう。

といってもこんな辺境ブログを読んで「お、エルヴィス聴いてみようか」と思ってくれる人が何人いるかは甚だ不安ではありますが・・・。





【収録曲】
1.ブルー・スエード・シューズ
2.当てにしてるぜ
3.アイ・ガット・ア・ウーマン
4.ワン・サイデッド・ラヴ・アフェア
5.アイ・ラヴ・ユー・ビコーズ
6.ジャスト・ビコーズ
7.トゥッティ・フルッティ
8.トライング・トゥ・ゲット・トゥ・ユー
9.座って泣きたい
10.あなたを離さない
11.ブルー・ムーン*
12.マネー・ハニー*
13.ハートブレイク・ホテル*
14.アイ・ワズ・ザ・ワン*
15.ローディ・ミス・クローディ*
16.シェイク・ラトル・アンド・ロール*
17.マイ・ベイビー・レフト・ミー*
18.アイ・ウォント・ユー、アイ・ニード・ユー、アイ・ラヴ・ユー*


はい、1956年リリースのエルヴィス・プレスリー正真正銘のデビュー・アルバム「エルヴィス・プレスリー登場」であります。

これはですのぅ、もう本っ当のホンモノのロックンロール・アルバムですよ。最初に聴いた時にアタシはその余りにも挑発的かつワイルドでセクシーなサウンドに

「えぇ!?これマジでエルヴィス・プレスリー!?何てこった、こんなにカッコイイんならもうちょっと早く聴いとけば良かった」

と、感動と後悔がいきなりMAXになった一枚です。

エルヴィスの声の圧倒的な存在感はもちろんですが、派手に飾らないけれどもズガンと迫ってくるギターやベース(もちろんウッドベースだぜぃ)や、軽快にシャッフル・ビートを刻むドラム、グルーヴィーなブギウギを叩き出すピアノなど、何といいますかカントリー、ロックンロール、ロカビリー、R&B、ゴスペルなど、50年代のイカシた音楽の要素全てが、限りなくありのままの姿でここに凝縮されているような感じがするんですよね。

それはチャック・ベリーのファーストを聴いた時も思ったことなんですが、古典として偉い所に祭り上げられる類のそれではなくて、ボリューム上げればいつでもゴキゲンな、いつまでも若者のためにある音楽って感じが、音の生々しさと共に強烈にあるんです。

貧しい家庭に育ち、黒人居住区の教会に勝手にゴスペルを聴きに行ったり、ジューク・ジョイントを外から覗いて生のメンフィス・ブルースを吸収したり、彼の音楽の中心にはいつもブルースやゴスペルなどのブラック・ミュージックがあります。

とにかく「ロックンロール」という言葉に少しでもピンとくるものがあれば、エルヴィスのこのアルバムと、メジャー・デビュー前のサン・レコードでのセッションを集めたアルバムは聴いて損はありません。

「白人は白人らしく品行方正に歌え」

という世間に対して、どんな批判を受けてもあくまで敬愛する黒人シンガー達のような歌い方やパフォーマンス(その中にはあの”腰をくねらせて歌う”というのがありました)をすることを止めなかった、理由は「カッコイイから」。そんなエルヴィスの反骨のスピリッツをぜひとも聴いてください。



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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
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posted by サウンズパル at 19:15| Comment(0) | TrackBack(0) | ロック/ポップス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする