2020年05月07日

アリス・イン・チェインズ フェイスリフト

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アリス・イン・チェインズ/フェイスリフト
(Sony)

1990年代に、洋楽ロックの勢力図を一気に塗り替えたオルタナティヴ/グランジ・ムーヴメントは、実際には1992年ぐらいから95年ぐらいまでの、ほんの2,3年程度の短いムーヴメントだったと思います。

それにしても当時10代のキッズだったアタシのような者にとっては、その音楽的なインパクトそのものよりも、全く個性も音楽性も異なる様々なバンドが「グランジ」というカテゴリから次々に出てくるので「次はどんなバンドのどんな作品が出てくるんだろう」と、夢中になって新譜をチェックしてましたし、同時に彼らが影響を受けた70年代とか60年代のロックなど、とにかくこのムーヴメントによってアタシはそれまで知らなかったたくさんの素晴らしい音楽を知る事が出来た。それが凄く有難かったなと思っております。

そう、一言で『グランジ』とは言っても、それはたまたまアメリカの西海岸のシアトルやその近辺で活動していた、インディーズのバンド達の個性豊かな音楽を商業ベースに乗せるために作られた言葉であり、実際その中でカテゴライズされていたバンドやミュージシャン達ってのは、パンクやガレージロックに強く影響を受けてたり、ハードコアがポップになったようなものであったり、ヘヴィメタルはハードロックを指向いていたりと、そのサウンドカラーは本当に様々でした。

で、アリス・イン・チェインズです。

ここまでアタシは散々「グランジ」についての講釈を垂れてきてこう言うのも何ですが、アタシの中でこのアリス・イン・チェインズというバンドほど、ムーヴメントであったグランジロックとすんなり結び付くバンドはおりません。

もちろんそれは彼らの音楽が、当初からハードロック/ヘヴィメタル系のヘヴィでソリッドなギターリフを主軸としたものであり、アタシが最初に知ったのも、彼らのセカンド・アルバム『Dirt』が、当時読んでいたBURRNだったかヤングギターだったかで結構良い感じにレビュー書かれていて、メタリカのジェイムス・ヘッドフィールドが彼らを称賛するコメントを、これまた何かの雑誌でやっているのを見たからでもあります。

つうか『Dirt』がリリースされたのは1992年で、その頃都会ではどうだったか分かりませんが、田舎の奄美では、まだまだグランジという言葉はおろか、オルタナティヴロックなどというワードも、ほとんどの人にとっては未聴のものであり、ロックといえばメタルかパンクかビートルズとかストーンズとかジミヘンとかジャニスとか、そういったものという感覚しかありませんでした。

92年ぐらいにニルヴァーナが大流行りして、その時「あ、これはメタルじゃないやつなんだな」と初めて意識する訳ですが、同じジャンルであるはずのアリス・イン・チェインズは、完全にメタルの流れのバンドとして、アタシは認識しておりましたし、その後グランジブームになった頃も、何となくブームに乗っかりたくない(と、言いつつちゃっかりCD買って集めてた)という生来の天邪鬼根性が発動して「アリス・イン・チェインズはメタルだもん!!」と、頑なに主張してた、なんてことも今思い出しております。

本当はアリス・イン・チェインズはグランジだろうがメタルだろうが、そんな事はどうでもよくて、あのとにかくヘヴィにうねるサウンドと、どこにも救いがなく容赦ないダークネスで意識を沼底へ引きずり込むレイン・ステイリーのヴォーカルの声にひたすらのめり込むように聴いてズドーンとした気持ちになれればそれで良い。とは思っておりましたが、何せリアルタイムで聴いていたのは10代の頃だったので、そういう事を言語化する脳味噌がなかった事が悔やまれます。




Facelift

【収録曲】
1.We Die Young
2.Man in the Box
3.Sea of Sorrow
4.Bleed the Freak
5.I Can't Remember
6.Love, Hate, Love
7.It Ain't Like That
8.Sunshine
9.Put You Down
10.Confusion
11.I Know Somethin (Bout You)
12.Real Thing


はい、そんな訳で少年時代のアタシを泥沼に引きずり込んで放さなかったのは、実は3枚目のアルバム『アリス・イン・チェインズ』だったんですが、アリス・イン・チェインズは最初からカッコイイということで、このブログでは順を追って紹介していこうと思います。

ギターのジェリー・カントレルとヴォーカルのレイン・ステイリーが中心となってアリス・イン・チェインズが結成されたのは1987年。デビュー前の初期の頃は、意外にもカラッしたLAメタルみたいなポップなハードロックを指向していたといいますが、重さを追求するうちに独特の翳りを持つレインの歌声が映える、ダークなサウンドになって行きました。

華やかさとは裏腹な新しい感覚を持つサウンドは、徐々に注目され、1990年にはメジャーデビュー。とはいえ、まだまだ「たくさんデビューしたうちの1組」に過ぎなかったアリス・イン・チェインズのアルバムは、最初はそんなに注目されていなかったようですが、メタリカやメガデス、スレイヤー、アンスラックスといった、大人気のスラッシュメタルバンドの重鎮達から、その媚びない音楽性を称賛され、91年にメガデス、スレイヤー、アンスラックスらによるツアー『CLASH OF THE TITANS』に抜擢され、続いてどういう訳かヴァン・ヘイレン(!)のツアーのオープニング・アクトに起用されて、その名はたちまち世界中のメタル好きに知れ渡ります。

そのメジャー・デビュー・アルバムが本日ご紹介する『フェイスリフト』であります。

アリス・イン・チェインズはデビュー後その音楽からどんどん贅肉がそぎ落とされたような、ハードなものになっていくんですが、このアルバムは激しくうねるグルーヴと呪術のようなヴォーカルの凄味が、ほんのりとキャッチーさが残る楽曲と共に、ガツンガツンと鳴っていて、彼らのアルバムの中では聴き易さと程よい中毒性が混沌の中で調和した作品となっております。

しかしまぁ1曲目『We Die Young』から、ズンズンとかっこいいギターリフがたまんないんですよねぇ。ロックバンドのデビュー作は大体良い意味で粗削りで試行錯誤のエネルギーが激しくスパークしているんですが、楽曲のクオリティは総じて高く、シンプルにヘヴィで思わせぶりで余計な演出がない。大体イントロなしかあっても短めで、展開をこねくり回さない骨組みだけのアレンジの中、声とギターとベースとドラムがうねうねしているうちにスパッと終わって次の曲へ行く、というこの硬派なカッコ良さ。やっぱりメタルとかグランジとかそういうんじゃなく、これは骨太なロックとして実にカッコ良いと改めて思います。














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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2020年02月08日

スーサイド SUICIDE

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Suicide/Suicide
(BMG)

「知ってるつもりでよく知らなかったこと」というのはよくあります。

それでもって「知ってるつもりでよく知らなかったことを知る経験」ってのは、人生において物凄く大切なことだったりします。

アタシにとってそれはパンクロック、もとい”パンク”という音楽でした。

ここでは何度も書いておりますが、小学校6年生の時にブルーハーツを知って、中学の時に「パンク」という言葉を知りました。

そこから音楽雑誌や深夜のテレビやラジオの音楽番組で一生懸命情報を収集し、アタシが感動した「パンクロック」なる音楽に対する知識をむさぼるようにかき集めて行くようになるのです。

ザ・クラッシュ、セックス・ピストルズ、ザ・ダムド、ストラングラーズ、ラモーンズから始まって、シャム69とかジャムとかバズコックスとかデッド・ケネディーズとかG.B.Hとか、スターリンとかスタークラブとかアナーキーとかラフィンノーズとか・・・。

とにかくテレビラジオ雑誌情報から物凄い勢いで「これはパンクだ!」と言われているものを聴き、集め、そのライナノーツからの情報もプラスして聴きまくっておりました。

そんなこんなで「俺は音楽詳しいんだぞ!」と思っていたんですが、20代なってすぐぐらいの時に東京のレコード屋で音楽商売に足を付けた頃というのが、毎日が

「えぇ!?これなんですか?カッコイイ!」

「えぇ!?お前こんなことも知らなかったの?」

の連続でした。

そんな毎日の中で最高に音楽に詳しい先輩達やお客さん達に教えてもらったことが

「お前、パンク好きとか言っときながら、パンクロック前のパンク全然知らないな」

ということだったんです。

えっと?先輩すいません、パンクロック前のパンクって何ですか?と訊きましたならば、つまりは70年代のイギリスのパンクロックというのは、ああいう8ビートでドンダンドダダンで反社会的な歌を歌ってるバンドと、そのバンド達のファッションをプロデュースして服とか売りたい連中が仕掛けた一種の流行でもあった訳なんだけど、実はそういう音楽というのはある日突然出てきた訳じゃなくて、それ以前のアメリカではものすごくアンダーグラウンドなシーンから割とメジャーな所でも既に生まれていたんだと。

「例えばこんなだよ」

と聴かせてもらったイギー&ザ・ストゥージーズにMC5、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、ニューヨーク・ドールズ(と、ジョニー・サンダース)、ブルーチアー、リンク・レイなどなど・・・。

これらの音楽は、それまで何となく名前だけは知っていて(リンク・レイだけ知らなかった)「へー、昔のロックなんだろうなぁ」と思ってたのですが、まーそのサウンドの何とぶっ飛んで破壊的で「あ、時代がちょい前なだけでこれもうパンクですね」と一瞬で思えました。

それから先輩が

「でも一番ヤバいのはコレだから」

と聴かせてくれたのがスーサイドでした。



Suicide

【収録曲】
1.Ghost Rider
2.Rocket USA
3.Cheree
4.Jhonny
5.Girl
6.Frankie Teardrop
7.Che


これはもうジャケットからしてパンクです。きっとディストーションギターがバリバリの、ヴォーカル大絶叫の・・・ん?ん?あれあれあれ・・・!?

破れた音のすっごいチープな打ち込みのリズムに、不気味にリフを刻むシンセサイザーの電子音。そしてヴォーカルは、夢遊病者のうわごとのように囁いたかと思ったら急に痙攣したような「ウウゥッ!」「ヒャアッ!」というシャウトを一瞬放った後、何事もなかったようにまた病的に繰り返される電子ビートに囚われたかのようにうわごとを繰り返す。

大体パターンは同じで、でもその「同じ事の繰り返し」がじわじわと脳裏にこびりついて、この凝縮された狂気というか、とにかく派手に暴れてブチ切れてブチ壊しているパンクロックのそれとはまた違った、スピード感のあるダウナーさみたいのが聴いているコチラの感覚にどんどん浸食してくる、あぁこりゃもう本当に「ヤバい音楽を聴いた」と思っていたら、最後から2番目のナンバー『Frankie Teardro』で、ヴォーカルの狂気は頂点に達します。

息切れしてるような焦燥感で単語を放ち、急に、本当に急に絶望の塊のような絶叫です。「ギャー!」どころじゃなくて「ア”ア”ア”ア”ァァーーーー!!!!ギャアァァーーーーーー!!!!」の、モロに断末魔のそれ。しかもその声には割れたエコーがかかりまくっているから、緊迫感と殺気は人工的に増幅されまくっててヤバいです。ホントにヤバい。

スーサイドはヴォーカルのアラン・ヴェガとシンセサイザー&リズムボックスのマーチン・レヴの2人組であります。

1971年にニューヨークでイギー&ザ・ストゥージーズを見て「これだ!」と思ってバンドを結成、当初から既存のスタイルに囚われることなく、まだ誰もやってない手法で表現しようという意欲に燃えていたそうです。

で、まだ発売されたばかりの電子楽器機材を駆使しながらも、人間の奥底の狂気を感じさせる彼らの過激なパフォーマンスはアンダーグラウンドで熱烈な支持を集め、世間がようやくパンクというものに気付いた1977年にこのファースト・アルバムをリリースしたと。

それはそうと、スーサイドの音楽を聴いて痺れていると、つくづく「誰かの物真似じゃなく、やりたいことを誰もやったことのない表現でするのがパンク」というパンクの真髄に身も心も痺れさせられているような気持ちになって、これはアレです、限りなくヤバい方の心地良さであります。






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2020年01月14日

エリカ・ポメランス ユー・ユースド・トゥー・シンク

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エリカ・ポメランス/ユー・ユースド・トゥー・シンク

(ESP/スペーシャワー・ミュージック)


アタシは元々「ぶっ飛んだ音楽」が好きでした。

パンクやメタルが好きだったというのも、その形式ではなくて「聴いている時にどんだけ気分が高揚するか、どんだけ刺激的で予測不可能で滅茶苦茶な音が自分を撃ち抜いてくれるか」ということに主眼を置いていたのかも知れません。また、そういう音楽を自分の中で「パンクだ」と形容して、好んで聴いておりました。

だからハタチを過ぎてフリージャズを好きになれた事も、そういう高揚して刺激を得てぶっ飛べる音楽をひたすら求めた結果にあった必然だと思っております。

フリー・ジャズ。後期コルトレーンの演奏を聴いて、もう人生ひっくり返ってしまうぐらいの激しい衝撃を受けたアタシは、このあらゆるお約束事を美しくぶっ壊し、何故かヒリヒリとした切ない感傷を覚えさせてくれる”パンクな”音楽が大好きになり、とことんはまり込んでしまいました。

そんな時フリー・ジャズハマりはじめの頃に出会ったのが、アルバート・アイラーの『スピリチュアル・ユニティ』というアルバムです。




このテナー・サックス、ベース、ドラムスというシンプルなトリオ編成から奇妙に歪みながら放たれる音そのもののカッコ良さにシビれ、同時にESPという1960年代のメインストリームでは絶対に受け入れられないアンダーグラウンドな表現者達の巣窟であったというレーベルの存在を知るようになります。

アメリカはニューヨークにあったレーベル「ESP」は、ニューヨークの下町ブルックリンで、1964年に弁護士であるバーナード・ストルツマンによって設立されました。

フリー・ジャズで有名ですが、特にジャンルには拘らずに、ニューヨークにたむろする前衛ミュージシャンやアート、詩、パフォーマンスなどなど、表現がぶっ飛び過ぎていてメジャーなどの会社からも敬遠されていたような人達に好んで声をかけ、レコーディングを行ったようなんですが、これが結果として、前述のアルバート・アイラーの『スピリチュアル・ユニティ』のような希代の名作を生み、サイケデリックやまだまだ一般的どころかそういう概念すらなかったノイズ・ミュージックの先駆けとなる素晴らしい”パンクな音楽”を、パンク・ロックが生まれる10年以上も前に世に送り出していたのです。

ESPから出ていたそういう元祖フリークアウト・ロックやアシッドフォークなどはどれも想像の斜め上から脳に直撃を喰らわせて、その上で脳内に浸透してトロットロに溶かしてくれるようなものが多くて、こりゃもう本当に最高♪とルンルンしつつ集めたもんです。

そんなESPの「ジャズ以外」のもので特に衝撃を受けたものとして、エリカ・ポメランスのアルバム『ユースド・トゥ・シンク』がありました。





ユー・ユースド・トゥ・スィンク(紙ジャケット仕様)


【収録曲】
1.You Used To Think
2.The Slippery Morning
3.We Came Via
4.The French Revolution
5.Julius
6.Burn Baby Burn
7.Koanisphere
8.Anything Goes
9.To Leonard From The Hospital



確か何かの雑誌でゆらゆら帝国の坂本慎太郎がオススメとして紹介していたのを見たんですよ。それで「へー、女の人でアシッドフォーク、しかもESPかー、これは知らんかったな、絶対いいだろうから聴いてみようか」と。

聴いてみたらコレがもう何というか、いわゆる想像してたゆるゆるふわふわなトリップ系じゃなくて

「気合い入れて脳味噌のネジ緩めろよお前ら!」

とでも言われてるような、エリカ嬢のハスキーでパンチの効いた声、ジャカジャカと鋭く刻まれるアコギのカッティング、かなりロックな感じでビートを叩くドラムと、全体的にフォークってよりはアコースティックなロックです。マジで言いますがこの声とギターの鋭さは、あいみょん好きとかの心に刺さると思います。だってアタシ最初にあいみょん聴いた時「あ、これはエリカ・ポメランスに影響受けてるかもな、違うかもだけど」と思いましたもん。違うかもだけど。

それはさておきとして、このエリカさんの音楽、ただのぶっ飛びミュージックじゃなくて、全体にしっかりとした美学みたいなもんが貫かれております。

その美学ってのはきっと「ためらわない」って事だと思うんです。

歌う事をためらわない、ビートに乗ることをためらわない、自分自身であることをためらわない、女であることをためらわない、フリークアウトすることもためらわない、演奏が即興演奏の泥沼に入り込むこともためらわない、美しくあるために醜くなることもためらわない・・・。

もちろんコレが気合いの入ったアコースティックなロックの範疇にはとても収まり切れない”アシッド”の部分も、たとえば1曲目がいきなりヴォーカル多重録音で、妖精と亡霊がかけあわさったような高音域で歌うパートが、主旋律のメロディとズレまくっていたり、中盤からフルートとかパーカッションとかシタールとか入ってきて、かなりフリージャズみたいな掛け合いに、熱にうかされたようなヴォーカルがのめり込んでいったりと、そりゃもう価値観や固定概念がとろけるほどに”毒”としてまぶされているんですけど、聴いた後の不思議な爽快感は何といえばいいのか、未だに言葉にならないものをこのアルバムは残してくれます。

実はエリカさん、ミュージシャンじゃなくて映像作家で詩人だったという事を随分と後になって知り「だからか〜!」と妙に納得した覚えがあります。そうなんです、音や声の細部に至るまで、最高に”芸術”なんですよ。










『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2019年12月11日

トム・ウェイツ レイン・ドッグ

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トム・ウェイツ/レイン・ドッグ
(Island/ユニバーサル)

ロック・ミュージシャンで、その名を聞くと胸がジワ〜っとアツくなってくる人というのが2人います。

1人はニール・ヤング、そしてもう1人がトム・ウェイツです。

これはどういう事かというと、この人達の音楽を聴くとですね「凄い!」とか「カッコイイ!」とかもちろん思うんですが、それ以前に心の内側から郷愁とも切なさとも寂寥感とも言える、言葉にならないヒリヒリジワジワとした感情がジワ〜っと溢れてくるんですね。

声も演奏する楽器の音も、2人はまるで正反対と言えるようなキャラクターではあるんですが、共通してそういう遠い目で荒涼とした風景を音楽で果てしなく追っているような、そんな映像を持っている。

はい、今日ご紹介するのはトム・ウェイツです。

きっかけとなった最初は、多分テレビ番組のBGMで流れていた、そのガラガラの哀愁溢れる歌声でした。

その頃アタシは高校生で、歌声はどっちかというと高く伸びるハイトーン・ヴォイスが好きで、ガラガラのおっさんみたいな声は敬遠していたはずだったのですが、何だか妙に心に響く声だったなぁと思い、親父に

「あの〜、ガラガラの声で何か渋いブルースみたいな・・・」

と訊いただけで

「おぅ、それは多分トム・ウェイツだ」

と、どういう訳かズバリ当てて、そこから割と長時間

「トム・ウェイツはロックの人ではあるんだが、オレはブルースだと思う」

「いわゆる黒人ブルースのブルースではないんだけれども、つまりフィーリングよ。この人の声と曲とピアノにはブルース・フィーリングがあるのよ」

とかいう話を聞かされた、というよりこっちも質問攻めして親父から聞き出したと思います。

なるほどそうか、トム・ウェイツという人がいて「酔いどれ詩人」と呼ばれていて、凄くカッコイイんだ。

という事を覚えました。高校1年か2年の時です。


当然「この人のCDを買おう!」と思ってオススメを訊いて、そりゃお前このベスト・アルバムか、そこにある『土曜日の夜』か・・・と親父が説明してくれていたんですが、どうにも気になるアルバムがあって、ソイツをシャッと選んで買いました。


レイン・ドッグ(紙ジャケット仕様)
【収録曲】
1.シンガポール
2.クラップ・ハンズ
3.セメタリー・ポルカ
4.ジョッキー・フル・オブ・バーボン
5.タンゴ
6.ビッグ・ブラック・マリア
7.ダイヤモンズ&ゴールド
8.ハング・ダウン・ユア・ヘッド
9.タイム
10.レイン・ドッグ
11.ミッドタウン
12.ナインス&ヘネピン
13.ガン・ストリート・ガール
14.ユニオン・スクウェアー
15.ブラインド・ラヴ
16.ウォーキング・スパニッシュ
17.ダウンタウン・トレイン
18.ブライド・オブ・レイン・ドッグ
19.レイ・マイ・ヘッド


いわゆる「ジャケ買い」です。理由は「何かパンクっぽかったから」です。


さあ、渋いピアノを弾きながら、ガラガラ声で人生の悲哀を濃厚に歌い上げる酔いどれ詩人の音楽・・・。

え?あれ?

出てきた音は、何というか想像とも想定外とも全く違う音でした。

ピアノはもちろん曲によっては弾いてるのですが、それよりも印象的なのがアコーディオンで、もっと印象的なのが、泥酔しているように音を外したり、歌のメロディと全然関係ないようなフレーズを唐突に弾き始めてしまうようなギター、そしてアイリッシュだったりラテンだったり中近東だったりと、世界の民族音楽”っぽい”アレンジが、あくまで薄く、この歪んだ夢のような演奏の中で現れては消え、現れては消えている、本当に「これはジャンルでいえばこれ!」とどこまでもハッキリと言い切れない、不思議な不思議な音世界。

で、トム・ウェイツの声はもちろんあの個性的なガラガラではあるのですが、最初に聴いた時のような、強く主張する感じのそれではなく、ガラつきながらもどこかその視線は遠くて、物語を説いて聞かせるような、ある種紙芝居屋さんとか、見世物小屋の狂言回しのような、ふんだんに怪しくいかがわしい、背筋の裏側がザラザラしたもので撫でられるような感覚を、聴いてて覚えました。

あの、アレです。思ってた「ブルースうぅう!!」ではないけれど、この不思議でアングラで、キレてはないんだけど限りなくヤバめな世界、中学の頃から大好きだったレピッシュの、上田現が作る曲の(これがレピッシュのアルバムの中で一番好きだったんだ)あの不思議な幻想世界と似ております。

だからだったのかも知れません、最初に買ったこのアルバムのお陰で、アタシにとってトム・ウェイツは「結構なお気に入り」になり、他の「酔いどれ詩人」な素晴らしくブルージーなアルバムを聴いても、近年のグッと色んなサウンドを詰め込んだような作品を聴いても「ロックとかブルースとかそういうジャンル名じゃなくて、ひとつの”音楽”として独立しているトム・ウェイツというミュージシャンの音世界」そのものがブレずにカッコイイという気持ちでずっと聴いております。

やっぱり声や歌詞に独特の切なさがあるんですよね。崩れゆく世界を眺めながら、その独白を代読しているような、そんな感慨が彼の声には込められていて、そこに心象の色んなものが重なっては消えてゆく、その儚さが今度は自分の胸の内側で拡散して、そりゃあもう儚くて儚くて、切なくて切ない。


あ、このアルバムで泥酔しているように音を外したり、歌のメロディと全然関係ないようなフレーズを唐突に弾き始めてしまうようなギターを弾いているのは、ギター史上最高の奇才とアタシが思っているし、多分そう思ってる人は多いであろうマーク・リボーです。

マーク・リボーに関しては大人になってからフリージャズ好きになってまた唐突に思い出して聴くようになったんですが、もうね、この人のギターは正に自由自在です。よくよく聴くとただ調子外れをやって聴く人を煙に巻いてるんではなくて「こう外したらカッコイイ」というのを完璧に心得てやっております。実はキース・リチャーズもこのアルバムに参加して渋いギターを弾いてるんですが、マーク・リボーという人の魅力をこそここでは聴くべきで、聴いてしまった人は大いに感嘆と驚嘆のため息を漏らすべきでありましょう。











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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2019年11月02日

モーターヘッド No Sleep 'til Hammersmith

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Motörhead/No Sleep 'til Hammersmith
(Sanctuary)

『モーターヘッド、ロック殿堂入り』という嬉しいニュースがつい最近飛び込んで来ましたが、考えてみればモーターヘッドの”顔”であり「ワイルドはちゃめちゃ破天荒なロックスター」のアイコンそのものであったフロントマンのレミー・キルミスターが亡くなって、もう4年も経つんだなぁ。。。と思うと何だか複雑に淋しい気分になってしまいます。

モーターヘッドはイギリスで1975年に結成され、1979年にメジャーデビュー。いわゆる「元祖ハードロック」と呼ばれるバンドの中でも最も重要なバンドのひとつでありますが、同時期のどのバンドよりもラウドで荒々しいサウンド、酒で潰したようなレミーの野太いヴォーカル、そして革ジャンやジーンズでワイルドにキメたバイカー・ファッションでもってサウンドとビジュアルの両方のインパクトは、誰もが想像する「ロック」そのもので、1980年代においてワイルドでラウドなバンドをやりやいキッズ達のお手本として、その憧れを一身に集めておったスーパーバンドなんです。

実際にアタシも、洋楽に目覚めた1980年代後半から90年代の頭の時期に、ガンズやメタリカ、パンテラにスキッド・ロウといった、リアルタイムで夢中になって聴いていたバンドのメンバー達が口を揃えて「モーターヘッドはクールだぜ」というインタビュー記事を読み、それをまんま受け入れてモーターヘッド聴いたクチであります。





そんでもってワクワクでサウンズパルに行き、親父に名盤『エース・オブ・スペーズ』を勧めてもらい、ソイツを爆音でやべーやべー言いながら聴いてました。

そのサウンドは正に「ゴリゴリ」という言葉ばハマりすぎるぐらいにぴったりハマるバコンと強いハードロック・サウンド。90年代以降、特にパンテラ以降のハイとローをめちゃくちゃに上げた音圧と鋭さの強い、いわゆる”ドンシャリ”のサウンドを聴き狂っていたアタシは、最初

「まー、言うても80年代のハードロックだから、今のに比べたら音は悪いんだろうなー」

と、正直ナメておりましたが、ドンシャリとは真逆の、音圧が真ん中にギュッと集まって、ソイツがスピーカーから出る時にやかましく拡散されて「ドカッ!!」と全身に正面からぶつかってくる迫力。いやもうこれは機材どうのとかテクニックどうのとかじゃねーわ、この人達に気合いだわ。ほんとやべーほんとやべーわと、激しくボコボコにされて以来、それ以後どんな音楽にハマッている時でも何かムシャクシャした時や、特別に気合いが必要な時は、モーターヘッドのラウドな破れハードロック・サウンドを浴びるように聴いております。




No Sleep 'til Hammersmith

【収録曲】
1.Ace of Spades
2.Stay Clean
3.Metropolis
4.The Hammer
5.Iron Horse
6.No Class
7.Overkill
8.(We Are) the Road Crew
9.Capricorn
10.Bomber
11.Mot Rhead
12.Over the Top
13.Capricorn (Alternate Version)
14.Train Kept-A-Rollin


モーターヘッドというバンドは、レミー以外のメンバーというのが結構入れ替わっております。

で、時期によってサウンドも微妙に変わってたりしておりまして、それぞれの時期にそれぞれの良さがありますが(何つっても基本ポリシーである「3ピースのシンプルにラウドな音」というのは一切変わりませんから)、全盛期というか「この時期の荒々しさが最高!」という時期というのがありまして、それが『エイス・オブ・スペーズ』を生んだ1980年代前半、メンバーが

レミー・キルミスター(vo,b)
”ファスト”エディ・クラーク(g)
フィルシー”アニマル”テイラー(ds)

だった時期であります。


結成後、メンバーがなかなか安定しなかったモーターヘッドでありますが、この2人が加入してからサウンドのベクトルが一気に定まって、「攻撃的なリフ、煽りまくるヘヴィなリズム、鋭角なスピード感」という3拍子が揃い、モーターヘッドは強固なオリジナリティを得るに至りました。

実際レミー自身も回想で「エディとフィルが加わってからだな、アイツらが入ってくれたお蔭でモーターヘッドは特別なバンドになったんだ」と語っております。

フィルの天性の”煽り”の才能が爆発した、ガンガン前に出て攻めまくる、ほいでもそのリズムは常にバンド・サウンドの中心にあって強烈なグルーヴを維持している、ロック・ドラムの理想形のようなドラミングについては言わずもがな。アタシも最初にモーターヘッド聴いた時は、それまでドラムなんて全然意識したことなかったのに、何よりも強烈に惹き付けられ、生まれて初めて「ドラムって凄いんだ」と思わされたぐらいの凄まじさであります。

エディ・クラークは、その通り名の”ファスト”が示すように、速弾きのギタリスト。といっても世間一般で言うギターソロを物凄い高速で弾きまくる速弾きではなくて、ロックンロールの要であるギターリフをハードロックの高速仕様に耐え得るスピードに魔改造した偉大な功労者。ほれ、たとえばアタシみたいなクソガキがエレキギター買ってすぐの時、色んなバンドのリフを「これ弾きたい!」と思って、まだロクにコードも覚えてないくせに、それだけ一生懸命覚えて弾くでしょ?そしたら友達に「お前すげーなー」と言われてエヘヘとなるでしょ、そういうリフの大本を作った人なんですよ。凄いんです。


まぁそんな凄い人材を「あらよっと」で従えて自分もガンガン飛ばせるレミーがやっぱり一番凄い訳なんですけれども、今日のオススメはその”エディとフィルがいた頃のモータヘッドのヤバさ”が、これまで書いたアタシの能書き全部吹っ飛ばして体現できる素晴らしいライヴ・アルバム『No Sleep 'til Hammersmith』です。その昔国内盤のタイトルで『極悪ライヴ』っつう最高に頭の悪い邦題が付いてた、ほんとそのまんまのアルバムです。


ハッキリ言ってモーターヘッドそんなに興味ない人は、コレだけ聴いてりゃいいぐらいのアルバムだと思います(分かりますか?アタシは今かなーり優しい口調で語っております)。

のっけから音圧ぶっちぎりそうなギターがゴワーンと炸裂してドラムがバシャバシャドスドス畳み掛けて、ベースがゴリゴリ鳴り響いて、レミーの声が喉も潰れろとばかりに絶叫する。や、最初はそうなんだろうけど中盤とかダレるんじゃないの?後半にバラードとか入って聴かせる展開もあるんでしょ?とか思ってたら、最後まで一気に同じテンション。どころか一番ダレそうな中盤に、一番極悪な、フィルのドラムがそれこそいきなり2バスで暴れまくるという驚異のハイテンション曲『オーヴァーキル』が入ってて、聴いてるこっちの血圧が治まる暇がありません。

で、やっぱり1981年録音のライヴ盤だから、音は微妙にゴモゴモしてて粗いです。でも、その”ゴモゴモ”から突き抜けてくる演奏の、何と堅実でしっかりしていることか。モーターヘッドの魅力は何と言ってもラフで粗削りなその演奏スタイルにあるんですが、こういう演奏こそしっかりとしたテクニックとバンド全体のグルーヴのしっかりとしたまとまりがないと絶対に出来ません。

若い頃はただひたすら「すげーやべー」と聴いてましたが、大人になって改めて聴くと、モーターヘッドというバンドが如何にラウドで粗削りでも、演奏の根底にあるテクニックというのがズバ抜けていたんだと、別の意味での脅威をひしひしと感じます。











『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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