2019年08月29日

オペレーション・アイヴィー

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OPERATION IVY/OPERATION IVY
(EPITAPH)

90年代、ちょっとしたパンク・リバイヴァルのようなムーヴメントが巻き起こりました。

はい、メロコアとかスカコアとか、すっげぇ流行りましたよね?アレですよ。

そのちょっと前にニルヴァーナのブレイクからグランジというノイジーなロックが流行しましたが、アレはガレージパンクっぽいのからメタルの影響が強いもの、そしてもっと内省的で実験的なものまで多様性に富んでいて、一言で定義しづらいものではありました。

とにかく90年代半ばぐらいまでのロックの、凄く混沌としていて「次どんなのが出て来るんだろう」とドキドキワクワクするような感じの中
から、いきなりポップでスコーンと明快なパンクロック・サウンドを響かせながら登場したグリーン・デイのブレイクから、メロディックなパンクロック・バンドがいつしか「メロコア」と呼ばれるようになり、日本でもハイ・スタンダードを中心に、一気にシーンが出来上がりました。

その頃ってのは、とにかくバンドやってて、インディーズ・レーベルからメロディックでキャッチーなCDを出せば売れる。みたいのがあって、そりゃもう凄い勢いで「パンク」とか「コア」っていう、アタシがアタマの悪い学生の時分には、アタシも含めほんの少数の同じようにアタマのアレな子しか使わなかった言葉があっという間に市民権を得たような感じで、嬉しいよりも大きな戸惑いを覚えたことも記憶にハッキリと残っております。

「なーんかさー、メロコアもいいんだけどさー、パンクって思想&暴力じゃん?ガツンと激しくて骨のあるヤツ聴きてーよなー」

とか、何だかわかったよーなわからんよーな事を想ってた時に出会ったのがランシドでありました。





モヒカンに革ジャンにゴリゴリな歌詞とサウンドで、そりゃもうアタシはすっかり虜になりまして、18の頃に出会ってハタチ過ぎても「ランシドいいね♪」とずっと言ってたぐらいです。

そんな時先輩が

「ランシド好きならオペレーションアイヴィー聴いてみなよ、いいぜ」

と言ってくれて

「どれっすか?」


と訊いたら

「これよ」

と、ジャケットを見せてくれました。

ふ〜む、何かアタシが思ってるパンクっぽい感じではない・・・。

と、最初敬遠してたんですが、ある日思い出して職場にあったレコードを流してみたら、コレがランシドよりも若干ポップなサウンドではあるものの、直球の硬派なパンクロックで、しかもちょいちょい挟んでくるスカのリズムの曲がまた凄くいいなという事を、先輩に素直に伝えましたら



「ふふふ・・・」


「え?何すか」

「知らなかった?」

「何がすか?」

「いや、だってあんだけランシド好きだって言うから知ってるものだとすっかり思ってたんだけど」

「????」

「このバンドさぁ、ランシドのティムとマットがランシドの前にやってたバンドなんだよ」


「・・・!!!!!」




Operation Ivy

【収録曲】
1.Knowledge (Explicit)
2.Sound System (Explicit)
3.Jaded
4.Take Warning (Explicit)
5.The Crowd
6.Bombshell
7.Unity (Explicit)
8.Vulnerability
9.Bankshot
10.One of These Days
11.Gonna Find You
12.Bad Town
13.Smiling
14.Caution
15.Freeze Up
16.Artificial Life (Explicit)
17.Room Without a Window
18.Big City (Explicit)
19.Missionary
20.Junkie's Runnin' Dry
21.Here We Go Again
22.Hoboken
23.Yellin' In My Ear (Explicit)
24.Sleep Long
25.Healthy Body
26.Officer (Explicit)
27.I Got No



そうだったんです、オペレーション・アイヴィーは、1987年に後にランシドを結成することになるティム・アームストロング(ギター)とマット・フリーマン(ベース)が中心となって、アメリカ西海岸で結成されたバンドであります。

そうそう、ティムはランシドではメイン・ヴォーカルとギターなんですが、このバンドではちょこっとコーラスしたりするものの、メインのヴォーカルはジェシー・マイケルズという人で、これがまたカッコイイ声なんですよ。

オペレーション・アイヴィーの魅力は、何と言ってもその粗削りな疾走感にあります。

ランシドってバンドはやっぱり安定感があって、そのサウンドは「粗い」ってよりズッシリと「荒い」んですよ。全てのサウンドがガッチリとひとつになって迫ってくる感じ。そこへくるとオペテーション・アイヴィーの演奏は、もちろん上手いんですけど、ザラッと突き刺すようなサウンドの粗く削れた部分、特にハイスピードでずちゃずちゃ走るスカ・ナンバーには聴く人を否応なく巻き込んでノせる独特のやぶれかぶれな勢いがあるんです。あと、アメリカ西海岸ロック特有のカラッとしたテイストもやっぱりあって「ランシドより聴きやすく、かつタフで粗削り」という、ポップさと攻撃力の両方高いサウンドがものすごーくズバズバきます。

1987年に彼らは地元のカリフォルニア州バークレーでバンドを結成。カリフォルニアには当時ギルマン・ストリートというパンクスやロック・キッズが集まる場所があり、そこで最も人気のバンドとして、シーンの中心にいたんです。

けれども活動が順調そのものだった1989年に、バンドは突如「世間の注目を集め過ぎたから」という理由で解散。

たった1枚のアルバムとシングルだけを残してメンバーはバラバラに。その後アル中となって支援施設にまで入るほどにヘロヘロになっていたティムを見かねたマットが声をかけてランシド結成となったのは有名な話。

えぇと、アルバム「オペレーション・アイヴィー」は、彼らが現役時代にルックアウトというレーベルからリリースされたアルバムに、未収録曲をプラスして、エピタフ・レコードが再発したものです。

粗くとんがったサウンドのライヴ感、これは本当に凄いです。






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2019年08月24日

ヴェルヴェット・アンダーグラウンド ホワイト・ライト/ホワイト・ヒート

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ヴェルヴェット・アンダーグラウンド/ホワイト・ライト/ホワイト・ヒート
(Polydor/ユニバーサル)


「10日もブログさぼってどこほっつき歩いてたんだ」

と、お怒りの方もいらっしゃるでしょう(ほんとかよ)ごめんなさいごめんなさい。

はい、8月中盤は怒涛のお盆から怒涛の出張でヒーヒー言っておりました(暑かったですもんねー)。


出張はですね、鹿児島に行ってたんですよ。しかも大都会鹿児島市に(!!)。

やっぱり大都会にはパフェが食べられる喫茶店があると思って、その辺のパフェを全て制覇しようと思ったんですが、まぁ出張です。あんまりパフェれませんでしたので、お仕事で行った会の後の打ち上げ的な場に出て来たバイキング形式の食事のデザートのケーキを5つ残しての大皿一皿と、翌日のお仕事が終わった後のギリギリの時間で立ち寄った天文館の「マノン」という喫茶店(とても良いお店)の白玉抹茶ぜんざいパフェのみです、スイーツは。


嘘、ごめんなさい。実はデパ地下で買ったチョコレートケーキとプリンをこっそり持って帰って、ホテルを後にする1時間前に朝食として食べました。

や、これはですね、ちゃんとした理由があるんですよ。あの〜、最近はビジネスホテルも凄くちゃんとした朝食が出るじゃないですか。ロビーのところで朝からご飯やらおかずやらサラダやら味噌汁やらカレー(!)やら、セルフサービスで好きなだけ食べていいよ〜って。

朝いちばんから多くの宿泊の人がトレー持って並んで、ロビー中にごはんやらおかずらやの香りがたちこめる、朝。

・・・実はアタシ、コレがダメなんですよ。

大体アタシ、朝は吐き気してますんで、食べ物の匂いを嗅ぐだけで「をぇっ」てなります。食べ物に人が並ぶのも嫌です、餌与えられてる家畜みたいな気分いなるから。だからごめんなさいして、部屋に戻って食べました。ケーキとプリン。

え?ケーキとプリンは食べ物じゃないの?ですって?何を言いますか、ケーキとプリンは飲み物です。


さて、前フリが長かったのですが、今回のテーマは「朝ごはん食べない人達」です。

音楽の世界というのは、不健康な人や不摂生な人の巣窟なんですが、いかにも朝ご飯食べないよって人はロックの世界に多そうですね。

そんな「朝ご飯食べないロッカーの代表格」といえば、何と言ってもヴェルヴェット・アンダーグラウンドでしょう。

その屈折と犯罪の香りと退廃極まりない歌詞世界と音楽性というのは、あぁこれはもう確実に朝ご飯食べないし、起きてすらいないだろうと思わせるに十分な不健康&不健全ぶりであります。

事実ヴェルヴェット・アンダーグラウンドは、朝飯云々は抜きにしましても、ロックに「退廃」というものを持ち込んだ、偉大なバンドであります。

1964年に、職業作曲家であり、詩を志す文学青年であったルー・リードと、イギリスから現代音楽を学ぶためにアメリカに来ていたジョン・ケイルを中心に結成されたこのバンドは、ストレートよりもややポップな楽曲に、性的倒錯すらも美しい比喩的表現に昇華させた高度な歌詞の世界、実験精神の炸裂した破壊的サウンドという、それまでになかった知性と暗黒を同時に持つものでありました。

ニューヨークのクラブで、そんな彼らのパフォーマンスを観て感激したのが、現代アートのカリスマとして人気絶頂だったアンディ・ウォーホルです。

ウォーホルは、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドを、音楽と文芸とアートと映画とファッションを融合させた一大プロジェクトのアイコンような存在として世に売り出そうとあれこれ考えて、自分がプロデュースしたアルバムを、ドイツ生まれの人気モデル、ニコのゲスト参加という派手なオマケまで付けてデビュー作としてリリースさせました。

これが有名なバナナのジャケットの『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ』です。内容はもちろん素晴らしいのですが、余りにも先を行き過ぎていたのか、それともまだまだ世の中の求めていたロックというものが、ひたすら熱狂できるポジティヴなパワーを放つものだったのか、それはわかりませんがこのデビュー作の売り上げは散々なものとなって、世間からの評価もよろしくなく、ウォーホルは落胆。そして、元々「あんま人にごちゃごちゃ言われるの、好きじゃない」という傾向の強かったルー・リードとジョン・ケイルはウォーホルと決別。

今やアンダーグラウンド・ロックの元祖とまで評価されているヴェルヴェット・アンダーグラウンドのスタートは、栄光と挫折が混然となった、非常に険しいものでありました。




ホワイト・ライト/ホワイト・ヒート

【収録曲】
1.ホワイト・ライト/ホワイト・ヒート
2.ザ・ギフト
3.ディ・ゴダイヴァズ・オペレイション
4.ヒア・シー・カムズ・ナウ
5.アイ・ハード・ハー・コール・マイ・ネーム
6.シスター・レイ


で、今日ご紹介する『ホワイト・ライト/ホワイト・ヒート』は、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのセカンド・アルバムなんですが、ウォーホルから卒業し、初めてバンドとしてのやりたい放題をやったアルバムであり、また、発売が遅れたファーストのリリースから間髪を入れずにリリースされたということから、根強いファンからは「これこそ彼らの最高傑作であり、真のファースト・アルバムだ!」という声が挙がるほど。

や、確かにアタシもヴェルヴェット・アンダーグラウンドのアルバムでは、このアルバムが最も攻撃性と中毒性が高い、ロックバンドとしては最高の”ぶっこわれぶり”が発揮されたアルバムとして、長年特別に愛聴しております。

聴きどころはやっぱり何と言っても即興演奏を大胆にぶっこみながら、言葉すらも徹底的に解体して、聴く人の意識をどんどん泥沼の陶酔に引きずり込んでゆく圧倒的に危険なサウンドです。ファーストではヴァイオリンならぬヴィオラを弾いていたジョン・ケイルはここでベースに専念(このベースラインも当たり前の4つ刻みじゃなくて実に不気味なのです)、フロントはルー・リードとスターリング・モリソンのギターが激しく絡み合いながら火花を散らすのですが、このスターリング・モリソンのフィードバックやハウリング音まで無遠慮に響かせながらぶっ壊れるファズギターがもう狂気です。

そして、この人も「当たり前のビートを叩かない」人とアタシは認識しておりますドラムのモーリン・タッカー。彼女のドラミングは、曲を盛り上げるとか、土台になるとかそういうのではなく、重々しく粘るスネアの一撃を、執拗な「等間隔がちょいとズレた」ミニマルなリズムで淡々と繰り出していて、これもまた狂気であります。


そう、このアルバムは、ルー・リードとジョン・ケイルと、スターリング・モリソンとモーリン・タッカーという、バンドで音を出してる全ての人間の、それぞれ性質の違う狂気がバランスなんざ関係ねぇとばかりに全力でぶつかり合って削れ合う、衝動という衝動が、とにかく異様な形で炸裂している、そんなアルバムです。

結局このアルバムでの自我と自我の凄まじいぶつかり合いが音楽以外の事にまで波及したのか、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのバンドサウンドのコアであったジョン・ケイルはルー・リードと対立して脱退。これ以降ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのサウンドは、独特の屈折はそのままに、よりポップ色を強めて行きます。うん、そりゃそうじゃろう、あらゆるものを消耗してしまわないとこれほどまでに禍々しい衝動と退廃に満ちたサウンドは作れませんて。


















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2019年06月23日

ジェスロ・タル 日曜日の印象

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ジェスロ・タル/日曜日の印象
(ワーナー)

引き続きジェスロ・タルを聴いてるんですが、いやぁ〜いいですよ、ジェスロ・タルかっこいいですよ。

ビートルズやストーンズやツェッペリンのようなモンスターバンドではないのですが、同じ時代のどのバンドとも違うサウンドで、群を抜いて独創的であるにも関わらず、結局この人達からモロに影響を受けてサウンドやスタイルを似せたバンドがその後現れなかったって凄くないですか?

そりゃ確かにロックサウンドにフルート入れたら、どんなバンドでもジェスロ・タルになっちゃうかも知れない。でも、単純に「ロックバンドなのにフルートがいる!しかも、そいつ、フロント!うひゃ!!」っていうのだけじゃないんですよね。ジャズやブルースやトラッドフォークをドカッと全部ブチ込みつつも、それらがちょいとこの世とは違う世界の中で溶け合って響き合っているこの絶妙さ。これですね。この「俺達フツーにやってるだけだよ、やりたいことをね」とサラッと言いそうなこの感じ、これが「ジェスロ・タルってクセになる」ということなのかも知れません。


まーとにかく、ジェスロ・タルを聴いてると、ロックという音楽が生まれたてのまだよくわからない音楽だった時代に「これもロックか?よしオッケー、じゃあコレは?オッケー何でも来い」と、色んな音楽を取り入れながらというよりも、いろんな「良いもの」を手作りでこね回しながら独自の「良いもの」を新しく生み出していったその空気を、音を聴きながら目一杯吸い込んでる気持ちになれるんですよね。あぁほんと素晴らしい。

という訳で、先日彼らの音楽的な完成度が最高に完成された形で作品になった5枚目のアルバム『ジェラルドの汚れなき世界』をご紹介しました。ほんで、久々に「あ〜、ファーストもいいよな〜、聴いてみよう♪」と思ってファーストアルバム『日曜日の印象』を聴いてたんですが、いやもう良い!これは『ジェラルドの汚れない世界』と全然違って良い!でも、しっかりと何か見えない大切な部分でしっかりと繋がっていて良い!

さて、ジェスト・タルの音楽は美しい混沌でありますが、バンドそのもののデビューはリアルな混沌からスタートしておりました。

中心人物のイアン・アンダーソン(ヴォーカル&フルート)と、ベースのグレン・コーニックは、元々ジョン・エヴァン・バンドというブルースロックのバンドを組んでいたのですが、このバンドはメンバーが安定せず、誰か加入したと思ったらすぐ抜けて、常に空中分解中という酷い状態であったそうです。

そんなだったから”ジョン・エヴァン・バンド”でライヴハウスに出演しても、大体1回だけの仕事しかもらえずに後が続かない。だから「どうせ1回で断られるしメンバーも入れ替わってんだからテキトーな名前付けてオファーされに行こうよ」と、たまたま知った18世紀の植物学者”ジェスロ・タル”という名前を付けてライヴやったら、これが次にオファーももらえたからということで、たまたまテキトーに付けたバンド名が、音楽史に残る偉大なバンド名になってしまったという訳なんです。

という説もありますが、実際はマクレガーズ・エンジンという、これまたブルースロックのバンドから、実力派のギタリスト、ミック・エイブラムスと、ドラムのクライヴ・バンカーが、ジョン・エヴァン・バンドに合流する形で参加し、演奏が安定し、バンド名も変更。

このメンバーで出演した『ナショナル・ブルース・アンド・ジャズ・フェスティバル』というイギリス最大規模のジャズとブルースのフェスで他の出演者が霞むぐらいの素晴らしい演奏をした事で評判となって、メジャー・デビューがあっという間に決まったそうであります。




日曜日の印象

【収録曲】
1.日曜日の印象
2.いつか太陽は沈む
3.ベガーズ・ファーム
4.ムーヴ・オン・アローン
5.カッコー・セレナーデ
6.ダーマ・フォー・ワン
7.イッツ・ブレイキング・ミー・アップ
8.キャッツ・スクワレル
9.ジェフリーへ捧げし歌
10.ラウンド


さて、アルバムを聴いていると、冒頭から泥臭いカッティングのギターが炸裂する、実にヘヴィなロックでございます。

そして2曲目、3曲目はブルースロックというよりはド直球のブルースで、イアンの味わい最高なブルースハープと、短いながらフィーリングに溢れたミックのソロが実に素晴らしい。

ミック・エイブラムスという人は、単なるブルースファンという程度ではなく「ブルースじゃない音楽なんて全部クソ!」と言い切ってしまうぐらいの強烈なブルース・フリークで、まぁそれがジャズもトラッドも何でも取り入れてロックすりゃいいじゃないかというイアン・アンダーソンとは合わず、このアルバムリリース後にすぐ脱退してしまうんですが(だからデビュー直後の『ロックンロール・サーカス』では、代役として急遽トニー・アイオミがギターを弾いていた)、いや、この時代に、しかもイギリス人とは思えないぐらいにブルースが骨の髄まで染み込んだギターを弾けてしまうというのは、もう気持ちからそれぐらいにならないとダメだったんだろうなと思ってしまいます。

中盤以降はみんなが大好きイアン・アンダーソンのフルートが大々的にフィーチャーされております。


最高なのが5曲目の『カッコー・セレナーデ』。あのですね、イアン・アンダーソンはジャズマンのローランド・カークという人の大ファンで、この人は3本サックスくわえて同時に吹くとかいう凄い奏法が話題になる人なんですが、実はフルートも「ぶふっ、ブふっ」とか「ぶぎゃらぎゃらぎゃっひゃっひゃ!」という、呼吸音なのかそれとも歌ってるのかよく分からん声を混ぜながら、カッコ良くブルースにまみれたフレーズを吹きまくる人なんですが、ここでのイアンのプレイはまんまカークです。

そのフルート聴いてるだけでこっちも「あひゃひゃ!」となってしまうぐらい気持ちいいんですが、バックでオシャレなジャズ・コードをサラッと弾けてしまうミックと、静かに煽る見事なジャズビート叩けてしまうクライヴ・バンカー、やっぱりただの偏屈なブルース狂なだけじゃなく、確かな実力派だと思い知らされます。


「ファースト・アルバムには粗削りなカッコ良さがある」というグレイトなロックバンドの定説に漏れず、ジェスロ・タルのこのファーストも、グレイトなロックバンドならではの粗い魅力があります。

流石に後の英国トラッドフォークな幻想的な美しさはまだないのですが、それでもデビュー作でロックにブルースにジャズにと、ギリギリのクロスオーバーな要素を、トータルな枠組みの中で洗練された完成度でもって、しっかりと聴かせる仕上げを、何とファースト・アルバムでちゃんとこなしてるんですよ。ファンは歓喜し、ミュージシャンや音楽関係者は「末恐ろしい・・・」と戦慄を覚えた事でありましょうね。





”ジェスロ・タル”関連記事



『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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ジェスロ・タル ジェラルドの汚れなき世界

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ジェスロ・タル/ジェラルドの汚れなき世界
(ワーナー)


アタシがローリング・ストーンズという真にグレイトなロックバンドのカッコ良さに目覚めたアルバムが、1969年に製作され、1996年突如として世に出た『ロックンロール・サーカス』でありましたが、実は後になって、このアルバムで「コイツらヤベぇな!」と興奮したバンドがありました。






それが、コンサートのオープニングを飾ったジェスロ・タルでありました。

あのですね、ロックバンドのくせにフルートですよ、フルート吹いてる奴がメインなんです。

で、最初「ジャズかな〜?」と思わせて、曲が展開する毎にそこにブルースや骨太なロックのノリもガツガツ入ってきて、一言で言えば「色々入り過ぎて何ていうジャンルかよくわからない混沌とした感じの音楽」を、物凄い勢いで展開するんですよ。

アタシの世代だったら、激しいロックにファンクとかヒップホップを足したよーな音楽をミクスチャーって言ってて、直感で思ったのは「あ、これはミクスチャーの元祖みたいなもんだね、えらく自由でカッコイイぜ!」というような事でした。

「これはジャンルで言えばどんな感じになるんですかね」

と、先輩に訊いたら

「おぅ、コイツぁプログレだな」

と言うので、なるほどこういうのがプログレかーと思って、キング・クリムゾンとかピンク・フロイドとか、マグマとか、いわゆる”プログレ”の大物なるバンドを聴いてジェスロ・タルと比べたりしてみましたが、それらとはちょいとまた毛色の違う、ハードで知的な演奏ながら、どこかとっつきやすいポップな感じと、ジャンルごちゃまぜ以前に、どこかこう英国のトラッドとか、伝承とかそういう部分と深くコミットしているような、ヨーロッパの土着性みたいのを強く感じて、これを一言で何何だっていうのは、やっぱりちょっと違うなと、今でもずっと思っております。

で、ロックンロール・サーカスってのは、実はCDの方がサントラで、本編はビデオの方なんですね。

リリースしてほどなくしてから、見せてもらう機会があって、それのジェスロ・タルを観たのですが。。。

か・・・カッコイイ!!


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フロンロマンでフルート&ヴォーカルのやつ(イアン・アンダーソン)が、長髪のヒゲ面で、しかも19世紀の辻芸人みたいな恰好で、フラミンゴみたいに片足上げてフルート吹いている。その姿と楽曲の雰囲気とが、サーカスのテント小屋っていう異空間の演出に本当に、ある意味他のどの出演者よりもピッタリ合っててですね「もうコレ!絶対コレ!!」と、何がコレなのだか、何が絶対なのだかわからんのですが、とにかく興奮して狂喜乱舞致しました。

単純な「ジャンルの融合」というのよりも、もっと何か深い部分で共鳴する音楽の集合体のような、そういう本質的なヤバさみたいなものを感じたんですね。

色々と興味持って調べてみたら、デビュー前から音楽と演劇やパントマイムなどを融合させた、独特なステージをやっていたり、フルート&ヴォーカルのイアン・アンダーソンは、元々ギターを弾いてたんだけど、他の連中がみんな自分より上手いから、これは何か別の楽器をやらねばと思って楽器店に行った時、ヴァイオリンとフルートで迷って「どの楽器が簡単かな?」と店員に訊いたら「フルートの方が簡単だよ」と言われて「じゃあフルートで」と決めたとか、もう何かそういう所からして面白いんです。

で、その雑多な音楽性も、大道芸人のような独特のパフォーマンスも「道化になってやろう」という本気の覚悟でもって生み出されたものと聞いて、アタシはますます好きになりました。



ジェラルドの汚れなき世界

【収録曲】
1. ジェラルドの汚れなき世界 (パートI)
2. ジェラルドの汚れなき世界 (パートII)
3. ジェラルドの汚れなき世界 (1978年マディソン・スクエア・ガーデンのライヴ)*
4. インタヴュー:ジェスロ・タルのイアン・アンダーソン、マーティン・バレ、ジェフリー・ハモンド=ハモンド*

*ボーナストラック



で、恐らくは「道化」に徹した事が功を奏したか、60年代後半からロックシーンの中で常に何かがはみ出る程の異彩を放ち、70年代になるとあっという間に世界でも人気のバンドになったジェスト・タル。

「成功の秘訣は?」と本人達に訊いたら

「秘訣?う〜ん何だろ?好きな事を好きにやったからなんじゃないのぉ〜?」

とでも答えそうなぐらい、その雑多な音楽性と、ルーツへの深い探究は、キャリアのどの時期でも徹底しております。


初期のジャズとブルースとロックが混沌として入り混じったアルバムもすごく好きですが、アタシ個人的には完成度の高さに衝撃を受けたのが5枚のアルバム『ジェラルドの汚れなき世界』であります。

「8歳の天才詩人、ジェラルド・ボックスが、詩のコンテストで受賞した長編詩に、ジェスロ・タルが楽曲を付けた衝撃の問題作!」

という触れ込みで、しかもオリジナルのレコード盤は、あたかも新聞記事であるようなデザインでありますよ。

もちろん「8歳の天才詩人、ジェラルド・ボックス」は架空の人物で、作詞/作曲のクレジットには、しっかりとイアン・アンダーソンの名前が記されております。何でこんな事をしたのかというと、この前にリリースされたアルバムが、評論家から「何かコンセプト・アルバムみたいだね」と、皮肉交じりに言われた事に腹を立てて「じゃったらホンモノのコンセプト・アルバム作っちゃるけぇ耳かっぽじいてよく聴きないや!」と、本気で作ったコンセプト・アルバムになったんだとか。

で、中身の方も「コンセプトぶり」徹底しております。

何つっても収録されている曲は「A面B面で1曲」になるような、恐ろしく長い組曲です。

加えて「ジェラルド・ボックスの詩(設定)」というのが、まーこれはいかにも18世紀とか19世紀の詩人が書きそうな、非常に高度なレトリックを駆使した、皮肉と嘲笑とスマートなユーモアに溢れたもの。

えぇ、長いので詩は省略しますが、これをですね、あたかも英国伝統の吟遊詩人が残した音楽であるかのように、ヨーロッパの土着性たっぷりのトラッド・フォークのアレンジを基調に、妖しくも美しいフルートや、情感豊かでかつ異次元のグルーヴ感に溢れた、展開しまくりなリズムとで、スケールの大きな組曲に仕上げ一気に聴かせてくれるのです。


英国ロックといえば、レッド・ツェッペリンの名曲で『天国の階段』という曲があり、アレも組曲風の壮大なアレンジとめくるめく展開で聴かせる名曲ですが、このアルバムは、丸々1枚それに近い空気です。ただ、英国トラッドフォークとハードロックの純粋なクロスオーバーっぽいツェッペリンよりも幾分ひねくれた構造と、更に劇薬っぽくまぶされたロックの毒が効きまくってて、実にシビレる、ジワジワ感動しながら興奮してしまう、不思議な不思議な中毒性があって、やっぱり一概にロックとかプログレとか、そういう風には括れない奥深さがあります。

今でもジェスロ・タルってアレですよね、ジャンルや時代の云々じゃなくて、音楽で異世界を見たい人のために、その深淵な間口を開けて獲物を待ち構えているようなバンドに思えますね。

















『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2019年06月22日

ロックンロール・サーカス

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ザ・ローリング・ストーンズ/ロックンロール・サーカス
(ユニバーサル)


ロックという言葉について色々考える事が多いです。

それこそ誕生から半世紀以上、ロックというのは様々な音楽を呑み込み、また、時代に合わせて物凄い速さで進化しております。

アタシがロックというものを最初に意識したのは1980年代の後半でしたが、その頃ですら既にロックを一言で「ロック」と呼べないぐらい、巷には様々な「ロック」が溢れておりました。

パンクもあればメタルもある、ヴィジュアル系もおればミクスチャーもあり、とまぁそういうカオスこそがロックといえばロックなのではありますが、アタシは頭が悪いので、考えるのが大好きっ子なんです。今日も無駄に「ロックって何だろう」と考えておりました。

ほんで、頭悪いなりに考えて出た「ロックの定義」ってのがありまして、つまりは

・不健全で

・いかがわしくて

・反社会的で

・意味もなくワクワクする

というものであります。


つまりは「世の中をクソつまらんものにしているよーな連中が嫌がるような素敵なこと」がロックでいいと思います。

ワクワクドキドキするようないかがわしさといえば、やっぱり際立ってロックだなぁとアタシが思うのがローリング・ストーンズ。

そりゃあロックというものがまだちゃんと形になっていない1960年代半ばから、ブルースやR&Bのレコードを聴きまくって、試行錯誤してその中から「いかがわしいエッセンス」を抽出しつつ自分達のオリジナルな表現としてそれを昇華させていった立役者だけあります。

とは言いつつもアタシは10代の頃は、激しい音楽と、とことんなルーツ探究のために古いブルースばかりを聴いていて、その中間にあった一番大事な60年代、特にブリティッシュロックは聴いてなかったんです。

特にストーンズとビートルズに関しては「まぁそのうち聴くだろう」と思いつつ、友達からアルバム借りたり、好きなバンドがカヴァーしているストーンズの曲を「カッコイイなー」と聴いてたぐらいでありました。

そんなアタシがストーンズ本気で「やっばい!カッコイイ!」と思ったアルバムというのがありまして、それが本日ご紹介する『ロックンロール・サーカス』であります。

時は1996年、アタシが東京のレコード屋さんで丁稚をしていたら、先輩達が荷物の入った箱の周りに集い「おぉ、これか・・・」「来たね」とざわついておりました。

「ストーンズ?新作ですかい?」

と訊くと。

「馬鹿野郎、お前は何にも分かっていない。コイツは1969年にストーンズが企画したライヴ番組で、今までずっとお蔵入りになってた凄いやつなんだ」

「ストーンズだけじゃねぇんだぞ、ビートルズ辞める直前のジョン・レノンとクラプトンが共演してたり、フーも入ってたり、とにかくすげーメンツが集まった。ある意味ウッドストックとタメ張るぐらいのブツだコレ」

と、一通り罵倒混じりの説明を受けて、ぼーぜんとするアタシをよそに先輩達は

「ジェスロ・タルも入ってんだ!」

「マリアンヌ・フェイスフルもいる、やべー」

と、キャッキャはしゃいでおりました。

そう『ロックンロール・サーカス』とは、1969年にローリング・ストーンズが企画した、長時間ミュージック・プロモーション・ビデオの事で、サーカスをイメージしたコンサートを行って、その様子を撮影した作品として世に出そうと企画した画期的な試みの事であります。

しかも、それは単なるライヴ映像ではなく、テント小屋の中に客を集めて(客も同じデザインのカラフルな帽子とポンチョのような上着を着ている)、ロックの演奏の合間に実際のサーカスの出し物をしたり、出演者もサーカス団員やピエロのような仮装をしているという徹底ぶり。

今でこそミュージック・ビデオや音楽のライヴドキュメントとかは普通になりましたが『ロックンロール・サーカス』は、正にその先駆けですね。

それはさておきで、早速見本盤CDの封を開けて店内で流してみたら、ガツンと耳に入って来た曲があり、それが『悪魔を憐れむ歌』でした。




ザ・ローリング・ストーンズ ロックン・ロール・サーカス

(Disc-1)
1.ロックン・ロール・サーカスの紹介
2.グラディエイターの入場
3.ジェスロ・タルの紹介
4.ソング・フォー・ジェフリー
5.ザ・フーの紹介
6.クイック・ワン
7.観客のウェイヴ
8.エイント・ザット・ア・ロット・オブ・ラヴ
9.マリアンヌ・フェイスフルの紹介
10.サムシング・ベター
11.ザ・ダーティ・マックの紹介
12.ヤー・ブルース
13.ホール・ロッタ・ヨーコ
14.ザ・ローリング・ストーンズの紹介+ジャンピン・ジャック・フラッシュ
15. パラシュート・ウーマン
16.ノー・エクスペクテーションズ
17.無情の世界
18.悪魔を憐れむ歌
19.地の塩

(Disc-2)
1.チェッキン・アップ・オン・マイ・ベイビー
2.リーヴィン・トランク
3.コリーナ
4.レヴォリューション (リハーサル)
5.ウォームアップ・ジャム
6.ヤー・ブルース (テイク2)
7.ジュリアス・カッチェンの紹介
8.火祭りの踊り
9.ピアノ・ソナタ ハ長調 K.545 第一楽章



この曲は言うまでもなくストーンズ60年代を代表する1曲で、収録されているアルバム『ベガーズ・バンケット』ももちろん代表作と呼ばれるアルバムです。

で、アタシは映画『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイヤ』の主題歌としてガンズ・アンド・ローゼスがカヴァーしているヴァージョン聴いて、ベガーズ・バンケットも友達に聴かせてもらい、その印象もなかなかに良いものでした。

しかし、この『ロックンロール・サーカス』に収録されているライヴヴァージョンは、何と言ったらいいんでしょう。この曲が持つドロドロした感じ、卑猥でいかがわしいフィーリングのようなものが、スタジオ・ヴァージョン以上に際立っていて、これはもう歌がどうとかギターのフレーズがどうかとか、そういうものじゃなくて、もっとこう本質的な禍々しさのようなものがスピーカーから迫ってきて、もうその濃厚な空気のヤバさというのは、触れてしまって思わず絶句する。そういった類のものでありました。

一説によるとこの音源、とても素晴らしい内容にも関わらず、30年近くもお蔵入りしていたのは、ミック・ジャガーがこの時の演奏に満足してなかったとかいう説もあるらしいですが、いやいやいや、ラフでドロついて野性の危なさ満載のこのストーンズの演奏、全然カッコイイですぜ。

実際、多くの出演者がいて、その間の出し物をいっぱいあったこの日の収録は、昼過ぎにスタートしてストーンズの演奏が始まったのは翌日の明け方近くだったという事で、ストーンズのメンバーの披露は頂点に達していたという事を後にアタシも知るんですが、披露が頂点に達した異様なテンションですね、これは。

ストーンズ以外にも、レッド・ツェッペリンの代役として急遽出演が決まったジェスト・タルのジャズとファンクとロックが妖しく交錯するパフォーマンスや、生粋のライヴバンドとしてキレッキレのテンションで凄まじいステージングを繰り広げるザ・フー(これもこの人達のライヴでは屈指の素晴らしさ)、ジョン・レノンにキース・リチャーズ、クラプトン、そしてジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスのドラマー、ミッチ・ミッチェルによる即席バンド『ザ・ダーティ・マック』の素晴らしいブルース。そこにオノ・ヨーコが加わって周囲を唖然とさせたという絶叫パフォーマンス。ソロ・アルバムではのどかなアコースティック・ブルースを歌う人ですが、コチラではバンドをバックにギンギンのシャウトを聴かせるタジ・マハールなどなど、聴きどころは本当にたくさん。


最後はクラシックのピアニスト、ジュリアス・カッツェンのピアノソナタでエンディングなんですが、最初から最後までこのコンサートに漂っているのは、ロックがロックであるゆえんであるところのヤバさと混沌といかがわしさです。








コチラはブルーレイ↓





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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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posted by サウンズパル at 23:50| Comment(0) | ロック/ポップス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする