2019年03月09日

ジョン・フェイヒィ レジェンド・オブ・ブラインド・ジョー・デス

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John Fahey/The Legend of Blind Joe Death
(Takoma)


え〜、アコースティック・ギター1本で歌ナシの曲を演奏する「ギターインストゥルメンタル」なるジャンルがありまして、2000年頃から一定の根強い人気を誇っております。

「へぇ〜ギター1本で?どんなことすんのかねぇ」

ぐらいの気持ちで聴いてみたら、単にコードをジャカジャカやったり、メロディをテロテロ弾くんじゃなくて、リズムもメロディも、果てはネックやボディを叩いたりするパーカッシブな小技も同時にやったりと、そのテクニカルな技術にド肝を抜かれるような凄いプレイヤーがこのジャンルにはいっぱいいて、しかも最近はYoutubeとかで見ても、アマチュアギタリストでギターインストやってる人達ってのは凄いですよね。

ほいでもって、やっている曲がまた、ロックでもカントリーでもジャズでもない、でもその全部の要素がひとつの楽曲の中に整然と入っているような、本当に独特の曲が多いです。


今日ご紹介するのは、アタシが思う「元祖ギター・インストゥルメンタル」ジョン・フェイヒイでございます。

まずですね、知らない人はこの人の名前、ぜひとも覚えて欲しいです。

もうね、この人は本当に凄いです。

アメリカにある色んなルーツ音楽、たとえばブルースとかカントリーとかフォークとかそういうもののギター演奏の最高のテクニックを、たった1本のアコースティック・ギターで、しかも歌ナシで完璧に弾きこなしてます。

とはいえそのプレイはあくまで穏やかで「どうだ凄いだろう」というような押しつけがましさは一切なく、それゆえにド派手な弾き倒しみたいな事はしない。そこに鳴っているのはギターの音だけなのに、まるでアコースティック・ギターの軽やかな伴奏に乗って見事に歌が歌われているような・・・、聴く人を優しく世界に引きずりこんで、そんな不思議な感覚に包み込んでしまう、ギタリストとかミュージシャンとかを越えた魔法使いのような人なのであります。


1930年代に生まれ、ワシントンD.C.という都会が故郷でありますが、カントリーやブルーグラスに夢中になって、やがて戦前のブルースにのめり込み、古いSP盤を探して曲を覚え、それらを完璧にマスターしてライヴで演奏し、1950年代から60年代にかけての”フォーク・ブルース・リヴァイバル”のきっかけも作りました。

元々メジャーになる気はなく、最初から自分のレーベルを作ってそこで淡々とレコーディングを行っては作品をリリースしているような人でありましたが、ルーツ・ミュージックを愛好するファンからの支持やミュージシャン達からのリスペクトは熱狂的なものがあり、アンダーグラウンドのカリスマとして、その素顔を滅多に表に出さない謎めいた存在感、ブルースやカントリーを軸としながらも、インド音楽などの即興演奏的要素も大胆に(しかし聴いてる分にはほとんど違和感なく)取り込んだミステリアスな音世界ともども、異彩を放ち続けます。

残念ながらフェイヒィ自身は2001年に亡くなりましたが、その時彼のギター・プレイを熱心に聴いて評価していたのは、音響系と呼ばれるエレクトロニカなロックの人達。

完全にアコースティックなフェイヒィのプレイに何故?と思いましたが、彼の特に即興演奏に興じている時の音色には、エレクトリックな機材を使っても敵わないナチュラルな物凄いトリップ感があると何かで読んで、確かに!と激しく共感したことを覚えております。



Complete Blind Joe Death


【収録曲】
1.On Doing An Evil Deed Blues
2.St. Louis Blues
3.Poor Boy, Long Ways from Home
4.Uncloudy Day
5.John Henry
6.In Christ There Is No East or West
7.Desperate Man Blues
8.Sun Gonna Shine in My Back Door Someday Blues
9.Sligo River Blues
10.On Doing An Evil Deed Blues
11.St. Louis Blues
12.Poor Boy, Long Ways from Home
13.Uncloudy Day
14.John Henry
15.In Christ There Is No East or West
16.Desperate Man Blues
17.Sun Gonna Shine in My Back Door Someday Blues
18 Sligo River Blues
19.I'm Gonna Do All I Can for My Lord
20.The Transcendental Waterfall
21.West Coast Blues


ご紹介するアルバムは、フェイヒィ初期の自家レーベル盤でございます。

ブルースを聴き始めた頃に彼はブラインド・ウィリー・ジョンソンブラインド・ウィリー・マクテルブラインド・レモン・ジェファソンといった戦前の伝説の盲目ブルースマン達の音楽とそのミステリアスな存在感に強く衝撃を受け、自らも”ブラインド・ジョー・デス”と名乗り「謎の盲目ギタリスト」として作品を世に出しておりましたが、これはその時期の音源をまとめたもの。


楽曲は古いブルースや、ブルース/カントリー以前のトラディショナル・ナンバーが多いです。親指でボンパンボンパンと的確なベースラインを刻みながら、人差し指で同時にメロディーを弾いてゆくスタイルは、目を閉じてじっくり聴かなくても、まるで1920年代30年代のSPレコードのノイズを除去したもののように聞こえます。少なくとも「これ、20代の若い白人ギタリストが弾いてるんだよ」と言われても、すんなり納得できる人はいないのではないでしょうか。

この人の演奏は、確かにフィンガーピキングからスライドまで、どんな奏法もスイスイこなせる完璧なギターテクニックの凄味が淡々と溢れてるんですが、それよりも何よりも、まるでそこで時間が止まったまま別次元に移行した音楽が延々と鳴り響いているような、そんな独特の「この世のものではない感じ」がありまして、それが恐ろしく中毒性高いんですよ。






『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2019年03月02日

ザ・サイケデリック・サウンズ・オブ・13th・フロア・エレベーターズ

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The Psychedelic Sounds of the 13th Floor Elevators


お店に立ってた2000年代の前半に、トランス・ミュージックが流行った事がありました。

その頃の10代とか20代前半の人達は、メロコアやスカコアなどのパンク系やヒップホップを入り口に、自分が「お、これいいな」と思った音楽は、ジャンルとかとりあえず関係なく聴いてみるという、実に良い感性を持ってて、で、不思議とロック系ラップ系どちらも共通の「いいよな」ってのがボアダムスだったり、そんでもってボアダムスからトランスに行った若い人達が自分でスピーカーとかミキサーとかを屋外に持ち込んでイベントしたり、あれ今思うとレイヴってヤツですね、とにかくアクティヴに色々と面白い事をやってて楽しかったですね。

で、そんな時東京から帰ってきたばかりだったアタシは思った訳です。

「トランスってことはサイケだから、このいい機会にこの島で本格的にサイケデリックロックとかフリージャズとかを布教しよう」

と。


目論見はそこそこ成功して、その辺のトランス聴いてる若い人達は、レッド・クレイオラとかサン・ラーとかMC5とか、後期コルトレーンとかも熱心に聴いてくれるようになって、はい、アタシは凄く嬉しかったし今も嬉しいです。

そういう音楽がそこそこ受け入れられるようになってくると「ところでお兄さん”サイケ”って何すか?」という質問もよく受けるようになりまして、うぅ〜ん、そうねぇ、サイケデリックってのは60年代からアメリカで出回るようになったLSDっていう幻覚剤があってだね、その幻覚作用を感じさせるよーな音楽を、ガレージロックっつう・・・まぁこれはパンクみたいなもんだと思ってもらっていいんだけど、そういう激しい音楽やってる連中が始めたのが最初なんだよ。

ほれ、エフェクターとか使って音をギョーンとかびろーんとかホワンホワンホワンってやったりするのって、今はロックでも何でも簡単に出来るし効果音として当たり前になってるでしょ?でもその頃は少ない機材とかで色々と無理やってそういう音を出してたんだ。で、薬物やってるヤツがそれ聴くと「うはぁ!オレが飛んでる時そういえば音楽がこんな風に聞こえるよー!!」って、ますます飛ぶんだね。

「ほぉ〜ん、そうやって出来たのがサイケってんですね。わかりました。でも、そういうのって最初にやったバンドってあるんすか?」

と、言う鋭い質問が来る時のために、コーナーには常に13thフロア・エレベーターズを置いていたりもしました。

はい、13thフロア・エレベーターズは『元祖サイケ』と呼ばれる伝説のバンド。

ガレージロックがローカルなティーンエイジャー達に人気で、アメリカでもビートルズやストーンズっぽいのとか、もうちょっとブルースや50年代型のロックンロールのテイストが入ったのとか、割とポップなやつとか色々なバンドが出て一瞬の煌めきを放っていた1960年代半ばに、大大的にドラッグからの影響というものを前面に打ち出して「壊れたロック」をやって世界に衝撃を与えたのが13thフロアー・エレベーターズであります。

大体バンド名からして不吉な数字として忌み嫌われていた「13」が入ってるし、ファースト・アルバムはよくフリーメーソンの陰謀とか何とかで取り上げられる「ピラミッドの目」だったりするし、とにかく音楽性云々以前に、純粋なリスナーには「うへぇ、何だコイツらヤバそう」と思わせるに十分なインパクトを持っておりました。

サウンドの方も名前に全然負けておらず、一言で言っちゃえばヴォーカルのロッキー・エリソンの”奇行”がそのまんまマイク持って歌ってるかのような、通常のちょいヘナい声からいきなり感極まったようなハイトーンで絶叫するスタイルとか、ギタリストのステイシー・サザーランドによる、汚く歪んだファズトーンに、常識では考えられなかった大胆なエコー使い。

そして、究極に”おかしい”のが、何とこのバンドには”ジャグ”という工業用の瓶、つまりコレは戦前のブルースの形態でジャグバンドってのがあって、詳しくは下のリンク読んでくださいなんですが





この、手作り楽器バンドがベースの代わりに吹いてボンボン言ってた楽器を、エレキギターガンガンのロックで使って、で、呼び方は「エレクトリック・ジャグ」なんだと。演奏の中でもこれがずっと不自然にポコポコ言ってて、もしかしたらドラッグ云々よりコイツらの一番ヤバいところはここなんじゃないかと思うぐらいにインパクト強烈なんです。


この13thフロアー・エレベーターズ、1966年に音楽に関しては「行き過ぎ、やり過ぎ、イカレ過ぎ」な連中が定期的に輩出されるテキサスで結成され、この地を中心に活動をしておりました。

地元が同じテキサスのジャニス・ジョプリンやZZトップのビリー・ギボンズらは彼らのファンで、その音楽的な影響力がアンダーグラウンドからメジャーなロックにまで幅広く及んでいる事もあり、ロック史全体で重要なバンドとも言われておりますが、人気絶頂の1968年に解散の憂き目を見ました。

その理由が、よくある音楽性の違いとか金銭トラブルとかじゃなくて「薬物の使用に関する法律問題」で解散に追い込まれたという話ですから、まぁ本当に”よほど酷かった”んでしょう。

実際にヴォーカルのロッキー・エリクソンはかなりの情緒不安定で、ステージの下でも度重なる奇行を繰り返し、ギターのステイシーも薬物中毒により入院、78年に夫婦喧嘩がエスカレートして奥さんに射殺され死亡。”エレクトリック・ジャグ”のトミー・ホールも深刻な薬物中毒患者となり、その後新興宗教にハマっております。




PSYCHEDELIC SOUNDS OF(DEL


【収録曲】
1.You're Gonna Miss Me
2.Roller Coaster
3.Splash 1
4.Reverberation
5.Don't Fall Down
6.Fire Engine
7.Thru the Rhythm
8.You Don't Know (How Young You Are)
9.Kingdom of Heaven
10.Monkey Island
11.Tried to Hide
12.Everybody Needs Somebody to Love (Live)
13.You Really Got Me (Live)
14.Gloria (Live)
15.You're Gonna Miss Me (Live)


結局薬物に関するゴタゴタと、元々ベースとドラムが何度も入れ替わる不安定な編成によって解散した13thフロアー・エレベーターズ。

後に地道な治療によって精神の病が少しづつ回復してきたロッキー・エリクソンは、90年代以降13thフロアー・エレベーターズとしての活動をぼちぼち再開しますが、オリジナル・メンバー(つまりギターのステイシー・サザーランドとエレクトリック・ジャグのトミー・ホールが揃った編成)でリリースしたスタジオ・アルバムはたったの3枚。

その3枚はどれも「ガレージからサイケ」橋渡し期の起爆剤と呼ばれるにふさわしい、アシッドでエキセントリックな名盤であります。

で、その中でもやっぱりロックバンドとしてのテンションと「コイツらは一体何をやらかしてくれるんだろう」という不穏なスリルと衝動に満ち溢れた作品といえば、やはりファーストでしょう。

「テキサスから出て来た凶悪なサイケモンスター」の異名とは裏腹に、楽曲は意外にも高いポップ・センスを感じさせる、例えばビートルズのファーストとか、日本のGSにも通じる、60年代ならではのレトロでキャッチーな雰囲気。

ただ・・・、そう”ただ”なんです。

楽曲は非常にポップで、むしろ聴きやすいぐらいなんですが、ザラザラした異様な輪郭のギターのトーンと、泥酔しているかのようなヨレヨレの声が突如「アイィィィーーーー!アイィィィーーーー!」と何かが乗り移ったかのようなシャウト・ヴォーカル、そして、一番怪しいのが、曲調に関係なく「ポコポコポコポコポコポコ」と終始鳴っているエレクトリック・ジャグ。

普通”ジャグ”つったら、曲のリズムに合わせて「ボフッ、ボフッ」とベースラインを刻むはずなのですが、13thのジャグはそういう吹き方なんかしておらず、高い音を、多分声を使ってぷくぷく言ってるだけ。更にその音に微妙なエフェクターをかけてるのか、何だか楽器の音っていうより、レコードの中に住んでるちっちゃいゴリラがウホウホ言ってるような、せっかく他のメンバーが真面目にイカレた音を出しているのに何だお前は、全部ブチ壊しおってからに!と、ツッコミを入れたくなるんですが、いやでも13thの何だか得体の知れない破れて壊れた感じは、このエレクトリック・ジャグがいないと成り立たないよなぁと、いつの間にか、そう、いつの間にか聴く側に思わせてしまう、本当にエグい中毒性が高い、実に厄介かつ体に悪い音なんです。


「サイケデリック」なる概念を最初に音にしたのが13thフロアー・エレベーターズかどうかは、本当のところよく分かりません。行き過ぎ、やり過ぎで常識をぶっこわそうとしていたバンドは、この時代それこそ多くおりましたから。


しかし、それでもなおこの時代のイカレたロックンロールとしても13thの個性と狂気は突き抜けたレベルですし、何よりサウンド全体の「あちこち破れてちょうどいい感じ」や、エリクソンのヴォーカルの虚飾のない不安定ぶりや、何度聴いても何の脈絡もないエレクトリック・ジャグの異様な存在感ゆえに、単なるヴィンテージロックではない生々しさを、このアルバムからは今も感じてならんのです。






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2019年02月02日

フレッド・ニール セッションズ

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フレッド・ニール/セッションズ
(Capitokl/Water)


戦後60年代に流行したフォーク・ミュージックというのは、そもそもがニューヨークやサンフランシスコなどの都会に住む白人青少年達による、ある種のルーツ回帰の運動から始まった音楽のムーヴメントでした。

最初の頃は古いブルースやカントリーソングなどのアーティストのレコードを聴いたり、その人達のコンサートを開催したりという動きでしたが、当然の成り行きとして若者達の中からも自ら古いトラッドソングをカヴァーしたり、またはオリジナル曲を作詞作曲したりして自分で歌って演奏するという人が出てきます。

また、ジャック・ケルアックなどのビートニクと呼ばれる文学からの影響や、公民権運動や反戦思想といった社会的背景も後押し、そんな独特の空気の象徴としてボブ・ディランという一人の天才シンガーソングライターが現れ、彼の影響によってまたフォークは盛り上がり、ひとつの文化として定着するのでありました。


そんなフォークソングのひとつの流れとして、アシッド・フォークなるものがございます。

アシッドというのは直接な意味として”酸っぱい”とか或いは”酸”そのものの意味を持つ言葉ですが、音楽の世界では薬物ですね。特に幻覚作用を引き起こす薬物として流行したLSD、これの正式名称がリゼルギン酸ジエチルアミドと言いまして、そいつを指す時の隠語としての”アシッド(酸)”が呼び名として定着、サイケデリックなど、音楽的に明らかなLSDを始めとするドラッグの影響を感じられるもの全般が、やがて”アシッド・ミュージック”と呼ばれるようになりました。

つまりアシッドフォークというのは、ポジティブな人間愛を歌ったものとか、或いは真面目に社会問題を取り扱った、そういういわば”表”のフォークに対しての、薬物の香りのする、アッパーだったりダウナーだったり、とにかくラリッている感じの、反社会的な・・・という”裏”の部分で発展していったフォーク・ミュージックの総称のようなもんだと思ってもらえれば結構です、はい。

元々フォークとか戦前のブルースとかカントリーとか、アメリカのアコースティックな音楽大好きだったアタシは、大人になりたての頃必然的にアシッドフォークなる音楽に惹かれるようになりました。

とはいえ、アシッドフォークは何聴けばいいか分からない、とりあえずティム・バックリィは最初から一発目でその声に撃ち抜かれて大好きにはなりましたが、はて、次は誰を聴けばいいのやらと悩んでおった時に先輩から

「アシッドフォーク聴くんならフレッド・ニールのこのアルバムは聴いといた方がいいぞ」

と教えてもらったのが『セッションズ』であります。

ギターとウッドベースが、たっぷりの隙間に重く静かに残響を響かせる中を、ダウナーに響くフレッド・ニールの枯れた低い声。

楽曲もタイトル通りのジャム・セッションの色合いがとても濃くて、いわゆるポップな感じとは全く無縁、前半はとことんダウナーに、後半はワン・コードを繰り返し掻き鳴らす呪術的な沈んだ色彩の即興の要素をふんだんに織り込んだ演奏で、これが正にまだアシッドフォークとかよくわかんなかった頃のアタシが、理想形として頭の中に描いていた”アシッドフォークのサウンド”だったんです。

解説を読むと、実際このアルバムはスタジオ・ジャムセッションで、全ての曲がリハーサルなしの一発録りだとあり、だからこそ音にも声にも楽曲にも一切の虚飾はなく、剥き出しの生々しい感情とか、”うた”というものの根源的な姿が漆黒の闇の中からありありと浮かび上がってくるようであります。


音楽というのは「それらしい雰囲気を出すために何かを付け足すこと」が割と多いのですが、ここではこのダウナーでローファイな鎮静と陶酔のムードを出すために無駄なものをとことん省いて、内面から滲み出ているもののみを音楽として、歌として鳴らしている。そんなリアリティのストイックな追究が感じられます。




Sessions


【収録曲】
1.Felicity
2.Send Me Somebody To Love
3.Merry Go Round
4.Love Over Yonder
5.Fools Are A Long Time Coming
6.Looks Like Rain
7.Roll On Rosie


ところでフレッド・ニールといえば、長年このアルバムの超絶にディープなイメージでもって、ずっと「アンダーグラウンドフォークのアシッドヒーロー」みたいに思っておりましたが、実際は1950年代から”ちゃんとしたソングライター”として活動していた人で、有名どころではハリー・ニルソンが最初にヒットさせ、その後もスティーヴィー・ワンダー、クロスビー・スティルス&ナッシュ、ベンチャーズからイギー・ポップまでがカヴァーした超有名ポップ曲を筆頭に、カントリーポップスやフォークロックの盛り上がりの初期を支えた、オーヴァーグラウンドな立役者であり、自身もドラッグでヘロヘロだったとか、そういう”アシッドな”エピソードとは実はあまり縁がなかったりします。

早くからフォークブーム発祥の地と呼ばれるニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジではカリスマ的な立場にあり、まだその付近をウロウロしていた若き日のボブ・ディランに「お、君のハーモニカいいなぁ、ちょっと俺のバックで吹いてくれよ」とデビューのきっかけを与えたり、彼の効果的なドローン(一定の音程の低音弦をコード進行に関係なく鳴らし続ける)を多用した12弦ギターの奏法などからジョニ・ミッチェルやティム・バックリィやジェファソン・エアプレインといった、後のサイケ/アシッドフォークの立役者になるような人達が大いにヒントを得たり、様々な音楽的または彼に影響を受けたミュージシャン達との関わりを見るに、とてもしっかりとしたまなざしで音楽を見据えていた賢人というイメージであります。


その初期の頃の傑作は、エレクトラからリリースされたデビュー・アルバムのコチラ↓



楽曲はとてもキャッチーだし、アレンジも活きのいいフォークロックなんですが、やっぱり独特の低い低い声に含まれたダークな成分に、アシッドフォークの原型のようなものを感じずにはおれません。


おっと、この『セッションズ』は1968年にリリースされた3枚目のフル・アルバムです。この頃にはもうシーンはウッドストック目前で、音楽もルーツを深く追究するよりも、もっと新しい過激なものへと世間の関心がシフトして行きますし、2020年目前の今現代は、フォークやロックという言葉も、60年代当時から見たら信じられないぐらい多様化してきておりますが、ひとたびこのアルバムをセットしてその音を空間に放てば、そんな時代の変化も全く関係ない異次元に、永遠にとぐろを巻く循環の音楽が辺りを不穏に染め上げます。

いつまでも変わらない良さを持つものをよくエヴァーグリーンとか言いますが、このアルバムにはエヴァーグリーンの奥底にあるエヴァーダークネスな孤高が、彼のかすれたニヒルなヴォイスと共に刻まれておるのであります。






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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2019年01月30日

ティム・バックリィ グッバイ・アンド・ハロー

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ティム・バックリィ グッバイ・アンド・ハロー
(ワーナー・ミュージック)


私事で恐縮ですが、大分声フェチでございます。

で、どちらかといえば単純に綺麗な声というよりも、透明度も濁りも、高さも低さも、安定してそこにあるのではなく、いずれかの方向に特化した声や、或いは逆に声域の広さが表現の幅に直結して、澄み切っていると思ったら急に荒ぶって制御不能な感じになってしまう狂気の声も好きです。

声というものは、人間が使える唯一の打楽器以外の楽器だと思っています。

しかもそれは感情と引き剥がせないほど密着して結合していて、ある意味で歌い手のどうしようもない部分もさらけ出してしまう。

そこで聴く人は思う訳です

「この声をもっと聴きたい」

と。


特に最近は「歌」といえば「上手い/上手くない」ということばかりが話題になりますが、「上手い」と言われている無難で前向きで当たり障りのない表現を耳にすることもよくあります。

本来の人の声の持つ凄味からどんどん離れて行っている無難で当たり障りのない形容になってきているような気がしますが、それに文句を言ってもまぁ仕方のない事でありますので、せっせと古今東西関係なく、アタシは”声が凄い人”の歌が聴きたいなぁと思いながら音源を探しまくったり、ストックのCDやLPを聴き込もうと思います。

さて「声の凄さ」に惹かれてしまった場合、アタシは大体その歌手さんの中毒者になるんですが、今まで声だけで中毒にさせてくれた人といえばジャニス・ジョプリン、ブラインド・ウィリー・マクテル、ビリー・ホリデイ、遊佐未森、テキサス・アレクサンダー、カート・コバーン、アマリア・ロドリゲス、ジョニー・キャッシュ兄貴、フレッド・ニール、友川かずき、ニール・ヤング、浅川マキ、ロバート・ジョンソン、スキップ・ジェイムス、ハウリン・ウルフ、エディ・ヴェーダー、サム・クック、エタ・ジェイムス・・・ダメだ、やっぱり数えきれないのでこの話題避けて本題へ移ります(><)



はい、ティム・バックリィですねぇ。。。


この人はもう”声”の人です。

孤独の縁を漂うような低域、突如憑かれたように荒れ狂う高域、ハッキリ言って情緒のあらうい”ゆらぎ”そのものが人間の姿をして発しているような、どうしようもなさの化身のような声。

でも、その声には一種独特の儚い幽玄の美が宿り、ヒリヒリさせながらも聴く人の心を底なしの怖いぐらいの優しさで包み込んでしまう。


1960年代半ば、仲間達とフォーク・バンドを結成してプロデビューを目指しましたが、余にも彼の歌だけが際立っていたのでバンドではなくソロ・ミュージシャンとしてデビュー。

幻想的な歌声と呼応するような12弦ギターの繊細な響きは当時流行のフォーク・ミュージックの中でも個性を際立たせ、セールス的にも成功を収めましたが、彼はそもそもフォークの限られた表現に満足せず、サイケデリックやフリージャズ、ファンクなど徐々に様々な音楽的実験の深みにはまり、その革新的な成果とは裏腹にセールス的にはどんどん厳しくなり、デビューから9年後の1975年に薬物とアルコールの過剰摂取で29歳という若さで死去。

その後彼はアシッドフォークのヒーローとして、一部のファンから熱狂的に支持されておりましたが、80年代以降には彼の楽曲をカヴァーするロックバンドが出て来たり、90年代に息子のジェフ・バックリィが同じように歌手としてブレイクして、同じように若くして非業の死を遂げたこともあり、話題になりました。

それよりも何よりも、リアルタイムでは実験的過ぎてついていけないとか、難解だとか言われた彼の詩や音楽が、プログレッシブを通過して様々なジャンルの音楽の要素を取り入れたロックが当たり前になってきた90年代以降の時代に、ようやくありのまま「良いもの」として聴かれるようになってきたから、ちょいと昔の音楽も聴く若い洋楽好きにも「これはいいね」と聴かれるようになったんだと思います。

はい、その90年代に”若者”で、ティム・バックリィの音楽をフツーに「いいね!」と聴くようになったのはアタシだったりするんですが、最初に聴いた2枚のアルバムが、ひとつは初期のまだ純粋なフォークロックの感じが残ってるアルバムで、もうひとつは「狂気の名盤」と呼ばれた後期のフリージャズ/アヴァンギャルドな作風のアルバムでした。

正直な感想として「音楽的には随分違うことをやってるような気はするけど、それより何より歌がカッコよくて声に鷲掴みにされたからそんなの関係ない。つうかこの人の声ほんとやべぇ、入手できるもの全部集めたい!」と、そのまんま翌日には最寄りのレコード屋さんに走らせてしまうぐらいの強烈な説得力と、何か人を動かしてしまう力のようなものを感じて、はい、アタシはまんまとそれに憑かれてしまったんですね。ティム・バックリィのオリジナル・アルバムはその後数年のうちにほとんど入手してしまいました。





グッバイ・アンド・ハロー


【収録曲】
1.ノー・マン・キャン・ファインド・ザ・ウォー
2.カーニヴァル・ソング
3.プレザント・ストリート
4.幻覚
5.アイ・ネヴァー・アスクト・トゥ・ビー・ユア・マウンテン
6.ワンス・アイ・ワズ
7.ニ人の幻影
8.騎士
9.グッバイ・アンド・ハロー
10.モーニング・グローリー




その、最初に聴いたアルバムのうちの1枚が、本日紹介する『グッバイ・アンド・ハロー』です。


1967年リリースの、ティムのセカンド・アルバムで、編成は彼の声と12弦ギター、それにピアノ、ベース、ドラムスなどを中心にしたシンプルなアコースティック編成のフォークロックアルバム。


声の魅力は勿論圧倒的です。

そして本作でもうひとつ特筆すべきは、彼の作る楽曲にもあります。

この時代のフォークといえば、白人ヒルビリー(フォーク以前のバラッドと呼ばれる、ブルースとも楽曲を多く共有する音楽)の影響が濃厚な、乾いた土の香りがするものが多く、それが60年代のルーツ・ミュージックを愛好する若者に大いに受けていたのですが、彼の場合はそんなルーツ回帰とはまた別の、もっともっと深い、魂の根源のようなものを感じさせる、ヨーロッパの古い民謡のような趣のある楽曲が想像を刺激します。

『幻覚』『ワンス・アイ・ワズ』『モーニング・グローリー』など、後にライヴでも定番になる、優しさと幽玄が入り混じった、悲しく錯綜した世界観を持つ曲のヒリヒリした感触はやはり素晴らしい以上の言葉が出て来ません。












”ティム・バックリィ”関連記事





『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2019年01月15日

ジョニー・キャッシュ アット・サン・クエンティン

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ジョニー・キャッシュ/アット・サン・クエンティン
(Columbia/ソニー・ミュージック)


1月13日は、われらがジョニー・キャッシュ兄貴がフォルサム刑務所で記念すべきライヴを収録した日でありました。


と、言われても「何だそれは、誰だそのジョニー・キャッシュってのは?」とお思いの方もきっと多くいらっしゃると思いますのでザックリと説明します。

アメリカ南部の失業者救済農場で家族と共に5歳の頃から働き、世界恐慌による貧困や水害での被災を経験するという過酷な幼少期を生きたジョニー・キャッシュ。彼の人生は最初から苦難の連続でしたが、追い打ちをかけるように、最愛の兄を12歳の頃に労働事故(農作業用機械に一緒に巻き込まれての事故死)によって失います。

この事故は、兄とジョニーが一緒に巻き込まれ、結果として兄だけが亡くなってしまうという不幸な出来事で、この事は彼の生涯に深く影響を与え、また、この事をきっかけに彼を音楽の道へと誘うこととなります。

ジョニーはカントリー・シンガーで、後にフォークやロカビリーのシンガー・ソングライターとして活躍しますが、最初に熱心に聴き込んだのは、救済をテーマとしたゴスペル・ソングでありました。

そう、彼は自身の過酷な体験と、ゴスペルや古いカントリーソングで歌われる、貧しい人々の悲哀を自分の事として敏感に感じ、早くからその不条理から何とか人々を救済しようと、音楽を始めた当初から考えておりました。

レジェンドとしてフォークやカントリーだけでなく、パンクの連中などからも兄貴と尊敬されるジョニー・キャッシュは、アウトローエピソードや破天荒エピソードもいっぱいあって面白い人ではあるんですが、それもこれも、人間としての繊細さと、強い正義感からくる世の中への義憤によって起こされていたものなんです。

差別や貧困を憎み、そんな気持ちから湧き起こる激しい感情を、見事な悲哀のストーリーを持つ歌に昇華させること、それが彼が生涯貫き通した「たった一人での戦い」でありました。

デビュー当時から、粋なリーゼントをカチッと決めて、黒い衣装を纏い不敵な笑みを浮かべながら社会を痛烈に皮肉った歌や、貧しさや、それによって引き起こされる不運にあえぐ人々の気持ちを時に切々と、時にユーモラスに歌うジョニーは、同じ時代に同じレコード会社(サン・レコーズ)からデビューしたエルヴィス・プレスリーとは盟友でありライバルの関係でありましたが、当時の若者のカッコ良さを有り余るカリスマ性とエネルギッシュなパフォーマンスで具現化したようなヒーローであったエルヴィスとは違う、もっともっと人々の心の奥底のヘヴィな部分にも声を届けるシンガーとして独自の人気を集めておりました。

また、本人は死ぬほど苦しんで悩まされておりました重度の薬物中毒も、刺激を求める若者からはアウトロー的なカッコ良さとして映ったようで、キャッシュのファン層は意図した所と意図せぬ所の二重のベクトルが作用して「社会の底辺で運命を不運に操られいるかのような人々」の心を強烈に掴んで離さなかったのであります。

ジョニー・キャッシュのデビューは1955年でしたが、デビューしてすぐに彼の元には多くのファンレターが届くようになりました。

人気シンガーのファンレターとくれば、大体は若い異性からのものと相場が決まっておりましたが、程なく彼へ来るファンレターに、ちょっと意外な所から来る同性からの手紙が混ざるようになってきました。

差出人は男性、そして彼らの住所は全国の刑務所。

そう、刑務所に服役中の囚人達が、彼の歌を聴いて共感し、熱心なファンとなっていたのです。

手紙にはキャッシュの歌への賞賛と共に「ぜひ貴方のコンサートを見たい、だが残念ながら私は償いの身の上です」というような文面も多くあり、キャッシュの心は激しく動きました。

「オレの歌を心待ちにしている人達がいる。そして彼らが罪を犯して刑務所で償いの日々を送っている囚人達だっていうのなら、それこそオレが言って歌うべきなんじゃないか」

と。

いくつかの要請があった刑務所と交渉した結果、カリフォルニア州で特に凶悪犯が多く収監されているサン・クエンティン刑務所で初めての慰問コンサートを開催することを決定しました。

この第1回目のコンサートが1958年のこと。

この後も刑務所への慰問は続き、遂にデビューから14年目の1968年に、記念すべき刑務所ライヴレコーディングを、初期のヒット曲のタイトルともなったフォルサム・プリズンで行い、これがレコードでも大ヒット。ポップチャートでは100週以上もランクインするという異例のロング瀬ラーとなりました。




【収録曲】
1.ビッグ・リヴァー
2.アイ・スティル・ミス・サムワン
3.97年型の大破
4.アイ・ウォーク・ザ・ライン
5.ダーリン・コンパニオン
6.どこに流れて行くかわからない
7.スタークヴィル市監獄
8.サン・クエンティン
9.サン・クエンティン
10.おたずね者
11.スーという名の少年
12.谷間の平和
13.フォルサム・プリズン・ブルース
14.リング・オブ・ファイアー
15.彼は水をワインに変えた
16.ダディ・サング・ベース
17.オールド・アカウント
18.クロージング・メドレー:フォルサム・プリズン・ブルース/アイ・ウォーク・ザ・ライン



その勢いに乗って、翌年の1969年、今度は彼が刑務所への慰問コンサートを始めるきっかけとなった宿縁の地、サン・クエンティンに機材を持ち込んでレコーディングしたライヴ・アルバムがコチラ『ライヴ・アット・サン。クエンティン』であります。

会場は囚人達の熱気に溢れ、オープニングから万雷の拍手が響き渡ります。

軽快なシャッフルビートに乗って歌われるブルース『ビッグ・リヴァー』からもう野郎どもの茶色い歓声が凄い凄い。ジョニー自身もハイテンションで間奏では思わず「イエェェ!」と野太い雄叫びを挙げるほど。

例えば日本の刑務所では、受刑者が衝動に駆られないように、犯罪を連想させる曲などは厳しく制限させられていると思うんですが、アメリカはどうなんでしょうと思うぐらいに、ジョニーは前作に続いて”これでもか!”というぐらい刑務所や犯罪をテーマにした曲をブチ込んできます。

タイトルもまんまの『フォルサム・プリズン・ブルース』は、銃で人を殺してフォルサム刑務所にブチ込まれる歌だし、『サン・クエンティン』も監獄の分厚い壁を呪うような主題が重々しい刑務所モノ。更に『スタークヴィル市監獄』に至っては無断で私有地に立ち入って逮捕された自身の経験が下敷きになっている歌であります。


ただ、彼のいわゆる刑務所モノの歌は、歌詞をよく読めば分かりますが、いたずらに犯罪を美化したり正当化するようなものではなく、どの曲も間違いを犯す過程と犯した結果に苦悩する人物の悲痛な心の叫びとしてストーリーが描かれており、ノリノリであったり不穏であったりするその曲調に響く彼の低く深い声が、恐らくは聴いている囚人、いや、囚人に限らず聴いている人々へ根源的な問いを突き付けるようなものであると思います。

会場の異常なテンションの高さも、制限の多い刑務所という環境というだけでなく、生身の”演奏する側”と”受ける側”との大きな共感がそこで炸裂して・・・。そんな瞬間の連続という感じがします。実際に最初は「刑務所ライヴか、凄いな・・・」と、その状況の特殊性に気持ちが行くのですが、途中から「最高のライヴだ!これは最高だ!」と、心の中でサン・クエンティン刑務所の分厚い壁がぶっ飛んでしまって夢中になれるんです。

最後にジョニー・キャッシュは確かにジャンルで括ればカントリーシンガーということになるんでしょうが、そのダークなバリトンヴォイスゆえに、どうしても他のカラッとしたカントリー歌手とは一線を画すたまんない魅力があります。特に90年代のオルタナティヴ・ロックのヴォーカル(ベックとかサウンドガーデンのクリス・コーネルとか)と共通する何かダークな磁場があって、実際に90年代以降はむしろ古くからのカントリーやフォークのファンよりも、”ロウファイなロック”を愛する若者からの人気を獲得しました。

音楽性と生きざまが凝縮されたその声の深みと内側のトンガッた力強さ、確かに他の何者にも代え難いものであります。









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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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posted by サウンズパル at 22:29| Comment(0) | ロック/ポップス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする