ディープなコラム こちらにも書いてます♪

2016年11月08日

AC/DC 悪魔の招待状

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AC/DC 悪魔の招待状
(ワーナー・ミュージック)

いや〜、AC/DCですよ。

いやいやいや、AC/DCですよ。

その〜、明日から奄美地方、天気が崩れるとか言って、そういえばここんとこ急に気温下がったのに何かムシ暑いような気もするね。と思ったら、良い感じにあったかいままで天気はピーカンの秋晴れ。

いや〜、こんな日はAC/DCですよ。

誰が何と言ってもAC/DCなのですよ。

基本「AC/DCはどれもおんなじ!どれもカッコイイ!どれもゴキゲン!ひゃっほぅ!!」

と思っている人間でして、それこそ夢中で集めていた時なんかは「またコレか〜、あっはっは、最高だぜコイツラ!」と、大笑いしながら頭フリフリで聴いていたのですが、その気持ちはオッサンになった今でも変わりません。や、アタシがピュアな感性を持ってるとかじゃあ全然なくて、一重にどんな作品でも最高にロックンロールしているAC/DCが最高なんです。

大体AC/DCを聴く時は「気分」でどのアルバムを聴こうか選ぶのですが、例えば車の中とかで「よぉ〜っし、今日はAC/DC聴きながら田舎道走っちゃうよ〜」って時は、メリハリの効いた超名盤、例えば「バック・イン・ブラック」とか「レイザーズ・エッジ」とか「ロック魂」とかじゃなくて、全編ルーズに、でもやかましくロックしているアルバムがいいですね。

例えば「悪魔の招待状」



【収録曲】
1.悪魔の招待状
2.フィンガー・オン・ユー
3.ゲット・イット・アップ
4.悪魔の一滴
5.スノウボール
6.エヴィル・ウォークス
7.C.o.d.
8.無法地帯
9.長いナイフの夜
10.殺しの呪文


このアルバムはですのぅ、1981年にリリースされた「バック・イン・ブラック」の次の作品で、よくレビューなんかを読んでると「バック・イン・ブラックの影に隠れたアルバムだけど、実は名作」とか、よぉ言われてますな。でも、そんなことはどーでもよろしい、だってAC/DCだもん、どのアルバムも最高じゃい!と思っている全国の健全なロックキッズ達にとっては、評判とか評価とか、それこそ度外視で、全編ズクズクザクザクと、ミディアム・テンポでジワジワ盛り上がって、いつの間にか演奏のテンションも聴く側の興奮値もMAXになっているという状態を楽しみましょう。

言うまでもなくアンガス・ヤングのリード・ギターは、曲の最初と最後にすこぶるカッコイイリフを”ガシッ!”とキメることにおいては天才的なキレを見せてくれますし、そのキレを支えるマルコム・ヤングのバッキングも、リズム隊と一丸になって極上のズ太くタフなグルーヴでブイブイ盛り上がっておりますし、終始金切り声を張り上げてるブライアン・ジョンソン(このアルバムが参加してから2枚目になります)のヴォーカルも、すっかり”AC/DCサウンド”に溶け込んでおります。

ジャケの大砲もいいですよね〜、AC/DCのライヴでは、毎回ハイライトで派手にぶっ放たれる大砲なんですが、すっかりこの「ライヴの大砲」でおなじみのナンバーになった1曲目「悪魔の招待状」でもちゃんと「ズドン!ズドン!」とぶっ放たれる音も収録されてます。いずれにせよ全編ゴキゲンです♪



(2015年のライヴでも盛大に撃ちまくってます♪)




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2016年11月06日

グレイトフル・デッド ライヴ・デッド

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グレイトフル・デッド/ライヴ・デッド
(ワーナー・ブラザーズ)

穏やかな秋晴れの日曜日。えぇ、やること(=やらねばならないこと)はいっぱいあります。

でも、こんな日は頑張りたくない。

アタシは怠け者なので”頑張れ”とか”気合いだ”とか、そういう言葉、嫌いなんです。出来ることなら一生頑張らないで、かつ誰にも迷惑かけることなく、ダラダラ過ごしていたい。

そんな訳でグレイトフル・デッドです。

グレイトフル・デッドといえば、全ロック史上最も理想的な形で「ヤル気のなさ」を体現したバンドであり、ユルくて好き放題であるがゆえ、1960年代末〜70年代のヒッピームーヴメント花盛りのアメリカで時代の象徴として人気を集め、今もなお”デッドヘッズ”と呼ばれる熱狂的なファンによってカリスマ・・・というよりもうひとつの国家ばりの存在になっておるバンドです。

結成は1965年。元々はジャグ・バンドで、古いブルースやフォーク、カントリーなんかをぶんちゃかやるバンドだったようですが、当時拠点にしていたカリフォルニア州ベイエリアでは、ビートニク思想の影響を強く受けた若者達が、思い思いの衣装を身に着けてドラッグやりながら遁世的な生活を営むライフスタイルが流行。

で、元々そういうのが好きだった中心メンバーのジェリー・ガルシアらが「そうだ、俺達もエレキギター持って構成とか決めねー自由な曲やってみようぜ。これから時代はコレだぜぇ?」と、始めたのがグレイトフル・デッドの成り立ちで、こういった即興性の強いロックのことは後に”サイケデリック”と呼ばれるようになりました。そして全米から世界中に”サイケ”は流行るんですね。

時代の波に上手く乗ったグレイトフル・デッドは、地元のヒッピー達にまず絶大な人気を誇ります。

とにかくライヴを精力的に行っていた彼らの演奏は、今で言うジャムバンドの走りであり、自由に始まって自由に終わるそのスタイルは、自由を求める若者達にとっては音楽でそれを体現しているバンドであるとすぐに認識されたのでしょう。彼らのライヴは、会を重ねる毎に異様な風体の若者達で会場の外まで埋め尽くされることになります。

ここで、グレイトフル・デッドが最初の”ヤル気”を出して行ったのが、何と「ファンの秩序化」。グレイトフル・デッドのライヴを観にやってくる若者達は、自由を求め、時としてそれが乱痴気騒ぎになったり、近隣住民や警察に迷惑をかけることもあったため「お前ら一旦落ち着いてルールを守って自由に楽しもうぜ」ということで、メンバー達が自ら率先して、ファン同士の友情を大切にとか、暴力はいけないということを説いたり、ファンのためにご飯を作ったり、健康診断を受けさせたりして、ファン達と家族のような共同体を作ることに一生懸命になりました。

でも、ステージでは自由きままにセッションのような演奏で何時間もぼよよんやっておったんですね。ヤル気出すのはそこじゃないと、冷たいツッコミを入れられそうなのですが、デッドですからそれでいいんです。

やがてグレイトフル・デッドが初期の頃から”手塩にかけて育てたファン達”は、1000人規模のコミューンを組織して、彼らの全米から世界中のツアーに同行するようになります。

長髪ジーンズ髭ぼうぼうの異様な集団が、ド派手なツアー車両を先頭に1000人規模で大移動に興じるその様子は、さながら「民族大移動のようであった」と、記述には残されております。

熱狂的なファン達が、しかもロックバンドのファン達が集団になると、何やら不穏ヤバい空気とか、暴徒化して他の集団や警官隊などと衝突、とか、そういう展開にもなりそうなものなのですが、デッドのファン達は移動した先々で実に秩序立った行動を取り、ローカルのファンに優しく、チケットが取れなかったら取れなかったで近隣で野宿をしながら会場から漏れてくる音をのんびり楽しんだりして過ごしたそうで、近隣や警察とトラブルになるようなことはあまりなかったと言います。

このファン達が「デッドヘッズ」と呼ばれ、追っかけだけじゃなく、バンドの公演に関するあらゆる情報交換や、彼らの音楽やグッズ、独自の平和思想を熱心に追究する世界的なネットワークとなって今に至ります。そうそう、グレイトフル・デッドの魅力はとことん自由でヤル気が感じられない(というよりもヤル気の押し付けを一切しない)おおらかな音楽性だけじゃなく、今や雑貨やTシャツでも欠かせない独自のキャラクターグッズなど、結構ファンシーな部分に力を入れているところだったりします。

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(こういうのとか)

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(こういうの結構あちこちで見るでしょう)

グレイトフル・デッド自体は、ジェリー・ガルシアが亡くなった1995年に一旦解散して、その後散発的に再結成したり、関連バンドがわらわら結成されたりして、今も何かしらの活動をやっております。無論デッドヘッズ達は張り切ってライヴやフェスに出かけるのです。そこでのんびりデッドの音楽を楽しみながら、知らないデッドヘッズ達と出会って「いよう兄弟」「よろしくね」と、新たな友情を育んでいるとのこと。

で、実際にデッドヘッズ達と絡んだ事のある人から訊いた話では、彼らはいわゆる閉鎖的で排他的な”おっかけ心理”でガチガチになった人達ではなく、純粋にグレイトフル・デッドの音楽とその思想が好きでファンになったことを誇りに思いこそすれ、それを鼻にかけたり他の音楽をバカにしたり、自分達の思想を押し付けてきたり、そんなことはしない人達だったと。

また、若い世代の音楽好きの人達は、ライヴで出会ったそんなデッドヘッズ達の人柄に惚れてデッドヘッズになる人達も多いと聞きます。何かいいですよね、そういうの♪



【収録曲】
1.ダーク・スター
2.セント・ステファン
3.イレヴン
4.ターン・オン・ユア・ラヴ・ライト
5.デス・ドント・ハヴ・ノー・マーシー
6.フィードバック
7.グッドナイト
8.ダーク・スター (シングル・ヴァージョン) (ボーナス・トラック)
9.ライヴ/デッド コマーシャル (ボーナス・トラック)

で、ファンというよりも”仲間”を大事にして、楽しくユルくライヴをこなすこと以外はほとんど頑張らないデッドの良さは、やっぱりライヴ盤にあります。

や、スタジオ盤でも基本”ユルい、まったり、頑張らない”を貫いてる人達だし、唐突にほんわかカントリーやってるアルバムとかで結構良いブツがあったりするんで、そもそもこの人達のアルバムを、どれが名盤とかどれがそうでないかとか、そういう細かいことを言うこと自体が何か違うような気がします。そもそもこの人達の音楽は「よっしゃ、今日は気合い入れて聴くぞ!」ってなもんでもないし・・・。

このアルバム「ライヴ・デッド」は1969年、初期デッドの人気ライヴ・アルバムです。

演奏はほとんど即興演奏が主体で、エレキギター、キーボード、ベース、ドラムスが、思いつくまま自由にカントリーにブルース、ジャズやカリプソなどの要素をごちゃまぜにしたリフを奏でながら、楽器同士がそれぞれの音と穏やかに絡んで全体の空気を緩やかに膨らませていきます。

”即興”とは言っても、ここで演奏されているのは決して難しい印象を与えるものでもないし、長時間演奏が聴き手に忍耐を与えるものでもありません。「好きに聴いて飽きたら聴くのやめらばいいんだよ♪」そう、優しく言っているような、来るものを徹底して拒まないし去るものも徹底して追わない、心地良い風通しと結構オシャレな浮遊感に溢れた懐の広い音楽。

楽器やバンドをやってる人間から言わせてもらえば、こんだけ自由度の高い演奏で、しかもリズムとか結構ガンガン入れ替わったりしてるのに、一見それぞれ好き勝手やってるような音が決まる時にはガッツリ一丸となって物凄く気持ちいい決まり方するのに、そういうキメの部分をわざとらしく強調したりしないのって凄いなぁとか色々感心したり、改めて衝撃を受けることの多いアルバムなんですが、まぁそれより何より彼ら独特の開放感と浮遊感の気持ち良いサウンドにてろ〜んと酔いましょう。





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2016年10月29日

キャロル・キング つづれおり

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キャロル・キング/つづれおり
(ソニー・ミュージック)

ここ数日ジョニ・ミッチェルを聴きまくっておりましたら、ついつい70年代のアメリカ、女性シンガーソングライターものに手が伸びてしまい、色々と聴いておりました。

いや、それもあるんですけどね。ちょっとアタシはスマホなるものを買って、アレは凄いですね。パソコン画面とほとんど変わらん表示が出来て、カテゴリ別にページをぬゎ〜んと眺めることが出来る(ドヤッ!)。

そしたらですよ皆さん、あの〜、サウンズパルの「ロック/ポップス」のカテゴリがありますでしょ?そこを見てみたらまぁ何ですか、いくら何でもアナタ、ずらーっと並んでいるのがパンクだのラウドだのメタルだの、そういう殺伐とした男臭いものばかり。えぇ、アタシゃもちろん大好きですよ、男らしくやかましいロック。というよりむしろ、小学生の頃からそういうのを栄養にして今のおっさんになるまでスクスク育ってきたと言っていい。

しかしですよ皆さん、このブログは、まぁアタシ一人の狭い狭い見識で言うのもちょいとアレなんですが

「音楽の素晴らしさ、特に時代を経ても色褪せないエヴァーグリーンなものを一生懸命紹介しよう!」

というブログです。

なので「ロック/ポップス」の「ポップス」の部分ももうちょっと頑張らないとなー、と、殊勝にも思った次第です。えぇ。

そういう訳で「ポップスとは何ぞや?」と、結構真剣に考えました。

そこで出たひとつの答えが「それはキャロル・キングを先駆けとするスンガー・ソングライターものなのではないか?」ということです。

ここで「キャロル・キングを最初に聴いたのは・・・」という話にはなりません。

何故なら、アタシが物心付いた時からキャロル・キングの曲は、それこそ色んな人にカヴァーされる大スタンダードとして、既にポップスにはなくてはならないものでした(その”カヴァーされ度”は、カーペンターズをも恐らく凌いでいると思います。)。

なので、18の時に学校の授業で「今のポップスの歴史を作ったアルバム」と教わって「んなことあるかぁ」と聴いてみた時は、「あ、この曲知ってる!」「あれ?これもキャロル・キングだったの?嘘だろ・・・」と、ことごとく驚いたものです。

ちょいと有名or多分このブログを見てる人達に分かり易いカヴァーの動画を貼っときましょうか。










はい、ザッと。本当にザッと挙げただけでもこんだけあります。

マルティカの「I Feel The Earth Move」は、確かアタシが中学の頃だったかな?車のコマーシャルでもう毎日のように流れてたかもです。マイコーと元ちとせのは、こらもう説明のしようがありませんわな。「ナチュラル・ウーマン」が何故メアリー・J・ブライジなのかといえば、これは最初にヒットしたアレサ・フランクリンのヴァージョン(作曲キャロル・キングで後にセルフカヴァー)に対する最高のリスペクトを感じたからです。

他にもCMやテレビのBGMとか、それこそ色んなところで耳にする曲の耳にするヴァージョンあるんですが、とりあえずこれはさわりです。後は皆さん「つづれおり」買って聴いて「えぇぇぇえ!?あの曲のオリジナル・ヴァージョンって嘘でしょ凄い!!」と、かつてのアタシのように驚愕してください。





【収録曲】
1.アイ・フィール・ジ・アース・ムーヴ
2.ソー・ファー・アウェイ
3.イッツ・トゥー・レイト
4.ホーム・アゲイン
5.ビューティフル
6.ウェイ・オーヴァー・ヨンダー
7.君の友だち
8.地の果てまでも
9.ウィル・ユー・ラヴ・ミー・トゥモロー
10.スマックウォーター・ジャック
11.つづれおり
12.ナチュラル・ウーマン
13.アウト・イン・ザ・コールド (未発表曲)
14.スマックウォーター・ジャック (Live)


今でこそユーミンとか椎名林檎とか、女性シンガーはほとんど作詞作曲もするシンガーソングライターですが、実は70年代までは「歌手」というのは作詞家と作曲家が作った歌を唄う、或いはスタンダード曲を唄う存在で「歌手が自分で曲を作って唄う」なんてのはありえないどころか、レコード会社に持ってっても「ハッ、作詞作曲のシロウトが何血迷ってんだ!」と、相手にされないような事でした。

そういった考え方が打破されるのは1960年代のロック・ムーヴメントと、多くの才能ある(そして自ら楽器も弾く)女性シンガー達が大勢出てきたフォーク・リヴァイバルの成功からでした。

キャロル・キング自身は1958年にデビューして、主に当時の夫であるジェリー・ゴフィンとコンビを組んで作詞作曲家として地道に活動してましたが、60年代には遂に「自分で作詞作曲して唄う珍しいシンガー」としてデビュー。順調にヒットを飛ばしますが、その活躍もビートルズの社会現象的な大ブレイクの影に隠れ、68年に”ザ・シティ”というバンドをわざわざ組んで、シンガーとしての再デビューを果たします。

で、本日ご紹介した「つづれおり」は、ザ・シティから再度独立した、シンガーソングライターとしてのキャロル・キングの評価を決定付けることになった作品であり、同時に後続のポップス界、ソウル界、ジャズ界の歌手や作曲家にまで幅広く決定的な影響を与え、音楽シーンの潮流を見事に変えた一枚でもあるのです。

とはいえ、彼女の作る楽曲、そして優しく包み込むような声で唄われるその歌は、実に清楚でキッチリした聴き易さと、それまでカントリー調の曲が多数を占めていたポップスの世界にジャズやR&Bの要素を、ちゃんとポップスとして聴けるような分かり易い形にして取り入れ、その「分かり易く、でも飽きない形のポップス」という、いつの時代にも通用するしっかりした骨組みのゆるぎないものを作り上げた。という意味で、これは本当に衝撃的な作品だと思います。

もちろんキャロル・キングは「つづれおり」のみにあらず!他のアルバムも全く変わらないクオリティの、心から”上質”といえるものばかりですが「つづれおり」だけはそれこそ一家に一枚でもいいぐらいのエヴァーグリーン中のエヴァーグリーンなんじゃないかと思います。



『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2016年10月28日

ジョニ・ミッチェル ミンガス

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ジョニ・ミッチェル/ミンガス
(ワーナー・ミュージック)

チャールス・ミンガスをご紹介しましたので「ミンガス」といえばコチラの名盤を紹介しない訳にはいかんでしょう。ジョニ・ミッチェルが1979年にリリースした、憧れのジャズとチャールス・ミンガスへの目一杯のオマージュを幻想的なサウンドに込めた、ポップスとジャズの間を美しく浮遊するそのタイトルも「ミンガス」でございます。

ジョニ・ミッチェルという人は、1960年代にデビューした女性シンガー・ソングライターです。

透き通るハイトーンのヴォーカル、非常に高い文学性を持った歌詞にピッタリの知的でかつ自由闊達な雰囲気の楽曲と、独自のチューニングを施したギターを自在に操るスタイルで、当時のフォーク・シーンに革命をもたらした凄い人なんですけど、その音楽性は70年代半ば以降、アコースティックなアレンジやフォーク調の曲に捉われない、より自由なものへと進化させてゆくんですね。

シンガーとして、作曲家として、ギターの名手として、詩人として、そして画家として・・・彼女の個性の塊のような声にうっとりして、その才能の底のなさを思うといつもドキドキしてしまいます。68年のデビュー作「ジョニ・ミッチェル」から近年の作品に至るまで、どの作品も自由で心地良い風が吹いているのを感じると共に、創造に対する彼女の徹底してストイックな姿勢が感じられて心地良く身が引き締められる気持ちに、アタシはいつもなるのです。

さて、そんなストイックなアーティスト、ジョニ・ミッチェルにとって、自身をインスパイアさせてくれる素晴らしい音楽は、どれも傾倒に値する神聖なものでした。

彼女はデビュー当初、優れたフォーク系ポップスの歌い手でしたが、既にその頃には世界中のあらゆる音楽を聴いて感動し、特にジャズやブルースなどのブラック・ルーツ・ミュージックには、一言では言い表せないほどの大きな感銘を受けていたそうです。

そんなジョニが、ジャズ界における天才的なアーティストであり、コチラも作品というものに対しては恐ろしくストイックな身上を持っていたチャールス・ミンガスと出会ったのは、ミンガス自らが執筆した自伝「敗け犬の下で」がきっかけでした。



この本は、若き日のミンガスとチャーリー・パーカーやセロニアス・モンクといったモダン・ジャズ・レジェンド達とのリアルな回想を交えた黎明期のモダン・ジャズ・シーンの様子が生々しく描写されていて、ミンガスがというよりは、同じ時代のジャズマン達が何と戦い、葛藤していたかが実に迫ってくる良書ですので、ジャズにちょっとでも興味がある人は読んでいただきたいのですが、ひとまずジョニの話に戻ります。

ジョニがミンガスの本やレコードに、決定的な衝撃を受けて「ぜひ共演したい!!」と申し出た・・・と思われがちなんですが、1970年代半ばからジャズに傾倒して、ジャコ・パストリアスやパット・メセニーらとの共演作を既にリリースしていたジョニのアルバム(恐らくは「逃避行」「ドンファンのじゃじゃ馬娘」辺りか)を聴いたミンガスの方から感心して「このコはいいね、機会があれば是非ともこのコのために曲を書きたい。いや、書かせろ!」と、申し出た。というエピソードがあります。

実はミンガスは1970年代後半には持病が悪化して演奏活動が出来なくなっていたんですね。だから自宅で療養しながら曲を書くことをその時のライフワークにしていたのです。

で、ジョニがミンガスの所に通うような形で打ち合わせを重ね、ミンガスの新曲や、代表曲の「グッド・バイ・ポークパイ・ハット」などをジョニが歌うということで、話はトントンで進み、更に演奏するミュージシャン達は、ジャコ・パストリアス、ハービー・ハンコック、ウェイン・ショーター、ピーター・アースキンら、ジョニのお気に入りで、ミンガスも認めるジャズ/フュージョン系の実力派達で行こうという風になりました。

レコーディングは順調で、ジョニもミンガスも納得の作品が出来上がろうかというその時、ミンガスが病のため、1979年1月に死去しましたので、このアルバムは図らずもミンガスの追悼盤になってしまいました。






【収録曲】
1.ハッピー・バースデイ 1975
2.ゴッド・マスト・ビー・ア・ブーギ・マン
3.葬儀
4.ア・チェアー・イン・ザ・スカイ
5.ザ・ウルフ・ザット・リヴズ・イン・リンジー
6.アイズ・ア・マギン
7.スウィート・サッカー・ダンス
8.コイン・イン・ザ・ポケット
9.デ・モインのおしゃれ賭博師
10.ラッキー
11. グッドバイ・ポーク・パイ・ハット

アルバムは、ミンガスと奥さんのスー・ミンガスが、誕生パーティーで無邪気に掛け合う会話から始まります。その後の展開がどのようになるのか、このオープニングからは全く想像すら出来ませんが、これは見事なジャズ・アルバムです。

といっても、単純に「ポップスの人がジャズ唄ってる」とかそんな生ぬるいものじゃなくて、ジャズのエッセンスと、素晴らしいジャズ・ミュージシャン達の本気の演奏力を借りながら(特にジャコのベースが凄いんですよ、彼の参加してる作品の中ではこのアルバムは屈指の出来です)、彼女が持つ淡く幻想的な世界観が全くオリジナルな雰囲気と、どこまでも深く静かに拡がってゆくみずみずしさをたたえながら、儚く美しく展開していきます。

裏ジャケに描かれたジョニ作の絵「車椅子のミンガス」が、すごくいいんですよね。これを眺めながらぼうっと切ない気持ちに優しく包まれつつ、CDを聴くのがたまりません。



(ジャコのなめらかに唄うベースと、ジョニの叩き付けるギターの絡みに鳥肌。美しい・・・)


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2016年10月25日

レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン イーヴィル・エンパイア

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レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン/イーヴィル・エンパイア
(ソニー・ミュージック)

ロックの様々なスタイルが一気に芽吹き、その中で個性的なバンドが次々と出てきた90年代。

今にして思うとレッチリとガンズの大ブレイク、メタリカの「ブラック・アルバム」の衝撃から目が覚めやらぬうちにパンテラという究極にヘヴィなバンドが出てきて、かと思えば全く違う方向からニルヴァーナ。そこからの怒涛のオルタナティヴ・ロックの快進撃、パンクロック・リヴァイバル・・・。

リアルタイムで「今度はどのバンドがどんな新譜出すんだろう・・・」と、すごくワクワクしてた時代です。

特にヘヴィロックやミクスチャーの分野では、やっぱりパンテラやレッチリ、そしてビースティー・ボーイズという凄いバンドが既にシーンを完全な影響下に治めていたので

「もうこのジャンルではこれ以上のバンドは出てこないだろうな・・・」

と、何となく思っていた時に出てきたのがレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンです。

92年にリリースされたファーストは、それこそ衝撃でした。

ビースティ・ボーイズ・スタイルのミクスチャー・ロックのサウンドに、パンテラ系のヘヴィネス・サウンドが、これは奇跡的に融合した一枚だと、正直思いました。

しかし、この時点で「ヘヴィロックの新しい突破口を切り開いたデビュー作」は、まだまだ序の口でした。

94年にファーストを聴いて「カッコイイな〜」となっていたアタシが本当の意味でレイジにぶっ飛んだのはその二年後、96年にこの曲を聴いた時です。



単純に「カッコイイ」を突き抜けたテンションと緊張感、そして隅々まで綿密な構成によって作り込まれたサウンド(特にギター)、ノリはひたすらにムダがなくシンプルなのに、そのシンプルなサウンドの中に、全てをブチ込んだ感がある。うわ、何だこれ・・・!ヤバイ!!

その頃は丁度戦前ブルースばかり聴いていた時期だったんですけど、レイジの突き抜けた反骨のスピリッツは、戦前ブルースが根源的に持っているそれと全く同じベクトルと感じて、一人で興奮しきってました。




【収録曲】
1.ピープル・オブ・ザ・サン
2.ブルズ・オン・パレード
3.ベトナウ
4.リボルバー
5.スネイクチャーマー
6.タイヤー・ミー
7.ダウン・ロデオ
8.ウィズアウト・ア・フェイス
9.ウインド・ビロウ
10.ロール・ライト
11.イヤー・オブ・ザ・ブーメラン

とにかくサウンドはヤバいです。今聴いてもそれ以上の的確な言葉が見付からないほどにヤバいです。

歌詞も社会の矛盾に溢れた”システム”に対して徹底的に容赦のないものであることはファーストから全く変わらないし、音の幅がガッと拡がったものの、ラウドで攻撃的、ザックのヴォーカルも含めた全サウンドが真ん中に集まって一気に炸裂するようなストレートな曲の構成も全然変わってないです。よくロックバンドは「ファーストの勢いが最高で、セカンド以降はより音楽的に完成されたものになってゆく」といわれますが、確かにそうなんだけど、そんな理屈でしたり顔をするのは、何かどうも違うような気がするんです。つまりファーストの勢いに、更なる勢いを被せてきたとか、もともとヤバいものがちょっとした調味料を加えることで劇的にヤバくなったとか・・・。

あぁ、20年の付き合い(その途中買い直すこと2回)のアルバムなんですが、今も聴いた瞬間に全生理が沸騰して冷静でいられなくなります。



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