ディープなコラム こちらにも書いてます♪

2017年09月19日

リー・コニッツ ディープ・リー

1.jpg
リー・コニッツ&トリオ・ミンサラー/ディープ・リー
(ENJA/SOLID)

夏の間は大コルトレーン祭をやっておりましたので、もうそれこそ耳に入れるサックスの音といったら、煮えたぎるような情熱で出来た硬質な音。

「お前、何で夏のクソ暑い時にそんなコルトレーンみたいな爽やか要素がひとつもないもんばっか聴いてるんだ」

と、心ある方々から結構マジなツッコミを頂くこともありますが、や、これはウチの宗派(大コルトレーン教)の教義でありまして・・・、と笑いながら返すと向こうも「そうか、それならしょうがないな」と笑って答えるのであります。

こういうのが平和って言うんですよね。えぇ、平和です。平和がいちばんよろしい。

そうやって、夏の間に目一杯カッカさせたりクラクラさせたりしておりますので、秋になると今度はクールな音楽で、良い感じに心身共に冷却です。

という訳で、アタシはコルトレーンの季節の後に、必ずリー・コニッツを集中して聴くようにしております。

この人が吹くアルト・サックスの音やフレーズ、ややふやけた脳みそをキリッと引き締めてくれる効果もあるし、同時にこわばった気持ちの部分を程よく溶かしてくれる、優しい効果も持っております。えぇ、独特といえば独特、ジャズの世界にこの人と似たような個性を持った人はいない、本当に不思議なカッコ良さを持っている人なんです。

リー・コニッツという人は、1940年代の末にデビューして、恐るべきことに89歳になった今も現役で活動しておりますが、彼の凄いのは「デビュー当時沸きに沸いていたビ・バップと、唯一そのクオリティと革新性で対抗出来ていたクール・ジャズ(詳しくはレニー・トリスターノの頁参照)、その中でアルト・サックス奏者として、当時のチャーリー・パーカーとライバル関係にあった」ということや、まだぺーぺーだった頃のマイルス・デイヴィスが彼のアドリブに惹かれ「どうやってんだ、教えてくれよ」と言ってきて、彼が教えたことのほとんどが、初期マイルスのあのクールで都会的なムードを生み出すのに役に立ったとか、その初期の活躍もなんですが、長い現役生活を続けるうちに、スタイルをどんどん進化させ、21世紀の今も

「あ、このサックスはとても新しい響きがある」

と、聴く人に思わせるところにあると思います。

もっといえば

「流行には一切迎合せず、ただ淡々と己の内側に進化を求めた結果、キャリアの中で一瞬も時代遅れになる音楽をすることがなかった」

ということになるでしょうか。

どんなに優れたミュージシャンでも時代の流れには勝てず、往年の輝きを失って失速したり、或いはロックやファンクなどの最新のサウンドを取り入れて、ある意味で華麗な転身を遂げて成功したり、そうやって「時代」というものに翻弄されて苦悩するものでありますが、コニッツはどの時代の演奏を聴いていても、そういった苦悩や変節とは全く無縁に思えます。

もちろん最初期の、トリスターノの愛弟子だった頃の、カミソリのような鋭いアルト・サックスの音色は、50年代半ばから徐々に丸みを帯びたウォームなものになっていきますし、60年代以降は作品によってフリージャズみたいなこともやったし、ちょいと座興で電気サックス(サックスにピックアップ付けてアンプに繋げたもの)を手にしたこともあるし軽めのボサ・ノヴァを吹いてるアルバムだってあります。

でも、そういうあれやこれやをやってみても、軸足はしっかりとアコースティックなジャズに置いてぶれないし、演奏スタイルも「即興」というものにストイックなまでの強い想いと「感情の高ぶりに流されない知性」というものを、一瞬たりともコニッツは失っておりません。

だからアタシはコニッツさんのアルバム、それこそ色んな年代のものを無節操に集めて聴いていますが、どのアルバムからも無駄のない芯の強さに彩られた美と、思考をジワジワと刺激し、別世界へと自然と誘ってくれる引力を感じます。




【パーソネル】
リー・コニッツ(as)
フローリアン・ウェーバー(p)
ジェフ・デンソン(b)
ジヴ・ラヴィッツ(ds)


【収録曲】
1.スリー・パート・スィート~インヴェンション
2.スリー・パート・スィート~コーラル
3.スリー・パート・スィート~カノン
4.ディープ・リー
5.星影のステラ
6.カクタス
7.アズ・ザ・スモーク・クリアーズ
8.W86th
9.シー・ザ・ワールド・フォー・ザ・ファースト・タイム
10.カラー
11.スパイダース


で、アタシはここ数日引き込まれるままに聴いているのが、2007年に録音されたこのアルバム。

「リー・コニッツと、ドイツの若手ピアノ・トリオが共演する」

という、発売前の宣伝文を見て何故か

「これは絶対に買わなきゃいけないやつだ」

と思いました。

1927年生まれのコニッツは、この時80歳。一方のミンサラーの3人は1976年と77年の生まれだから、この時30歳と31歳。

普通に考えて「大ベテランと彼をリスペクトする若手との、和やかなくつろぎに満ちた作品」に仕上がりそうなもんですが、こういうシチュエーションで絶対に、絶対にそんなぬるいことをやってくれないのがコニッツです。

果たしてその予感は当たり以上の大当たりでした。

コニッツの、厳しさを内に秘めた優しさとしなやかさ、そしてそれらに美しくまぶされた憂いの成分が薫り漂う、美しい音色のアルト。そこに恐らくはクラシックの基礎と、それに収まらない狂おしい衝動を持ったトリオ・ミンサラーの、完全に対等な、持てる全ての実力とリリシズムを遠慮なくぶつけてくる演奏。

どの曲も「コニッツのアルトとサポートするピアノトリオの好演」どころではありません。

コニッツが徹底して無駄を省いて厳しく再構築したアドリブの、幽玄の闇を漂うメロディーに、時に絡みつき、時にリードを丁寧に奪い、えも言えぬ静謐なハーモニーを、同じ歩調で生み出してゆくフローリアン・ウェーバーのピアノと、的確なリズムを付けていくだけじゃなくて、アルトとピアノの見事な即興同士の真剣勝負に自然と入り込み、どんどん”うた”を拡散させてゆくベースとドラム。

演奏はどの曲も切ない余韻をきらめかせながら、内へ内へと沈み込んでゆくような”クール”でありますが、だからこそやっぱり、コニッツを聴いた時にかならず胸に迫ってくる引き込みのヤバさが渦巻いております。これ、本当に素晴らしいです。






”リー・コニッツ”関連記事







『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 19:22| Comment(0) | ジャズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月29日

ジョー・ヘンダーソン イン・ン・アウト

1.jpg
ジョー・ヘンダーソン/イン・ン・アウト
(Bluenote)

ジャズの歴史には、1960年代のコルトレーンブレイク後に出てきた、いわゆる”ポスト・コルトレーン”という若手サックス奏者達がおりました。

まずはコルトレーンが所属していたImpulse!レコードで活躍していた、アーチー・シェップ、ファラオ・サンダースといった人達で、彼らはコルトレーンの演奏スタイルというよりは、その演奏から感じられる神秘的な部分や、60年代の”時代の闘士”のように言われていたカリスマ性などにシンパシーを覚え、自己の存在やパフォーマンスを磨いていった人達であります。

一方で、ジャズのメインストリームに位置し、モダン・ジャズの数々の名盤を作り上げてきたBLUENOTE、ここで気鋭の活躍をしていた”ポスト・コルトレーン”の人達もおりました。

代表的なのが、ウェイン・ショーターとジョー・ヘンダーソンであります。

この人達は、コルトレーンの神秘的なムードや、その昔盛んに言われていた”精神性”みたいなものはとりあえず置いといて、その”テナー・サックスなのにズ太く泥臭い方向へ行かない、シャープでソリッドな質感の演奏”をひたすら自己のスタイルに取り込んで、そこからオリジナルな個性を築いていった人です。

特にこの2人に関しては、50年代末にマイルス・デイヴィスが大成させた”モード”の使い手でありました。

モードってのは一体どんなものなのか?それを説明するとややこしい音楽理論の話になってしまいますので今回もザックリ行きますと「要はスケール(音階)を自由に使え。ただし演奏が壊れない範囲でセンスよく」という考え方でありまして、マイルスは自由なメロディ展開を促すために、曲からコードそのものを大幅に削減してしまった。で、そんなマイルスのバンドで一緒にモードの開発にいそしんでいたコルトレーンは、逆にコード・チェンジを細かく激しくした上で、更に速く激しい自分のソロを限界まで敷き詰めちゃった。

で、大事なのは、彼らがそんな新しい理論を発明しちゃったよ。ということではなくて

「ほうほう。で、そのモードってやつをすることによって演奏はどうなっちゃうの?」

という方ですよね。

一言で言うと

「マイルス達の演奏には、クールで都会的な独特の浮遊感が出てきて、何だかそれまでのジャズと違って知的な質感になった」

「コルトレーンの演奏は、アドリブの体感速度が急上昇して、更にどこへ飛んでいくか分からないスりルが加味された」

ということになるんです。

それまでの、たとえばビ・バップやハード・バップ等のモダン・ジャズだと、テーマ→アドリブ→盛り上がり→テーマみたいに、曲の起承転結がハッキリしておりました。

コードに合ったスケールを使って演奏すれば、それはおのずからそうなるんですが、モードなら”和音にちょっとでも関係ある音なら何でもOK、着地しなくてもセンス良くキメたらOK”ですから、縦にピシャッとハマるはずの音がすら〜っと横へ伸びてったりする。それがとてもクールで新しい”感じ”に聞こえる。

まぁ多分この抽象的でヘタクソな説明で「おぅ、わかるぜぇ」となる人はあんまいないと思いますんで、もっと簡単にいえば

「今っぽくて頭のよさそうな音楽に聞こえる種類のジャズは、モード奏法使ってるかもだぜ♪」

と、言ってシメます。はい、何事も理屈よりフィーリングが大事です(苦)

で、今日皆さんにご紹介するのは、そんな”コルトレーンのフォロワーにして、モードの使い手”ジョー・ヘンダーソンですね。

この人は、一言でいうと「とっても面白い人」です。

ゆらゆらフラフラして、終始どこへ行くか分からないフレーズが、いきなり”キメ”のところで最高にキャッチ―なフレーズに化けたり、音に情念をほとんど込めずに淡々と弱い音で吹いてるなーと思ったら、聴いたあと何か不思議な感触を耳に残してくれる。でもそれが具体的になんなのかは結局分からない。

うん、とにかくクセはあるしアクもあるんだけど、まるでイカのようにその音色やフレーズが掴めない。でもその”掴めなさ”こそが個性で、故にとっても面白いと、聴く人に思わせてくれる、そんな稀有な個性を持っておる人であります。

そのフレーズ展開からは、コルトレーンから強い影響を受けているのは分かるのですが、よくよく聴くと「あらゆる点でコルトレーンとは逆のことをやってる人」とも言えます。

例えば音色。

マウスピースを深くガッと加えて、サックスから出てくる音にどれだけの感情をぶっ込めるかで勝負しているような、とにかく熱い、暑い、厚い音を出すのがコルトレーンだとしたら、ヘンダーソンのトーンは「あれ?」っていうほど軽やかなんです。

どんなに感情が高ぶっても、盛り上がる展開でも、音量は一定でフレーズが感情に乗っからない。

えぇ?じゃあ機械的でつまんないじゃん?

という人もいるかも知れませんが、それがその逆で、常に一定の音量、あえて抑揚を抑えたフレーズは、楽曲の核を見事に引き立たせて、アドリブは掴みどころがないのに、素材本来の味で唸らせるオーガニック料理職人みたいな、不思議なナチュラル感をこの人出すんですよ。



(↑ホレス・シルヴァーの「ソング・フォー・マイ・ファーザー」という有名な曲がありますが、コレのソロを聴いてください。凄くかっこいいです)



【パーソネル】
ジョー・ヘンダーソン(ts)
ケニー・ドーハム(tp)
マッコイ・タイナー(p)
リチャード・デイヴィス(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)

【収録曲】
1.イン・ン・アウト
2.パンジャブ
3.セレニティ
4.ショート・ストーリー
5.ブラウンズ・タウン


アルバムとしてまず面白いのは、マッコイ・タイナーとエルヴィン・ジョーンズという、憧れのコルトレーンのバックをメンバーに迎えて、1964年にレコーディングした「イン・ン・アウト」。

64年といえば、マッコイとエルヴィンが、コルトレーンのバックでバリバリに活躍してた頃。

「オレらの大将と似たよーなプレイするっていうジョー・ヘンダーソンってヤツなんだけど、一緒に演奏してみたらドカンとまっすぐな大将と真逆のウネウネクネクネしたテナー吹いて、アレ面白いなー」

と、二人は思ったはずです。

両名ともユニークな構造を持つ変化球尽くしのヘンダーソンのオリジナル曲、良心的なハードップでファンキーなケニー・ドーハムの曲で、いつもの”コルトレーン風味”全開でガンガンやってますが、”ふにくね”なヘンダーソン、堅実なドーハムのデコボココンビのボケと柔らかい突っ込みみたいなアドリブの応報に楽しく乗ってるような感じがしますし、コルトレーンのバックでやってることとほぼ同じことやっていながらも
コチラは妙にスタイリッシュでおしゃれーな感じがするんですよね。

最初から最後まで、とにかくポップな”掴み”には溢れてるんですが、結局何がどうカッコイイのか、ギリギリの所で言葉にさせないヘンダーソンの、優しい呪いがかかったような、そんな世界は何故だかやみつきになってしまいます。


ところで「サックスでずっと一定の音量をブレずに出す」って、実は一番難しいことなんですよ。それをしれっとやってのけている、更に音量ほぼ一定でありながら演奏が全然無機質にならないって、アンタ実は相当凄いんじゃないか・・・。と、最近アタシは畏敬の念でジョー・ヘンダーソン聴いてます。

コルトレーンの単なるエピゴーネン、ではないよなぁ・・・。

”ジョー・ヘンダーソン”関連記事


『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 19:12| Comment(0) | ジャズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月14日

アーチー・シェップ フォア・フォー・トレーン

1.jpg
アーチー・シェップ/フォア・フォー・トレーン
(Impulse!/ユニバーサル)

只今ブログで「大コルトレーン祭」と題しまして、ジョン・コルトレーンの特集をやっております。

もちろんこの特集は「ジャズの巨人にして音楽の偉人、ジョン・コルトレーンを多くの方に知ってもらい、聴いてもらおう!」という気持ちでやっておりますが、コルトレーンという、とりあえずジャズの中でも超有名の部類に入るコルトレーンを知って、共演者とか関係するミュージシャンのプレイを聴いて

「お、これは知らんかったなぁ、この人の演奏をもっと聴いてみたいぞ」

と、どんどんジャズの脇道に逸れていっても全然OK、むしろ音楽の聴き方としては、どんどん脇道に逸れながら知らない音楽を知っていくってのが本当に楽しいし、実りのある聴き方だと思いますんで、このブログをお読みのピースな音楽好きの皆さん、もしブログ中で知らないアーティストとかのことが書いてあったら(ジャズに限らず)、試聴でも何でもいいんで、ぜひとも聴いてみてくださいね。

というわけで本日は「コルトレーンの関係者」として、バンドメンバーでこそなかったけれども、とても重要な人として、アーチ−・シェップ兄さんでございます。

コルトレーンが活躍した1960年代は、彼を中心にした”新しいジャズの人脈”がシーンに大きく形成された時代でもありました。

特にコルトレーンは、セシル・テイラー、オーネット・コールマンらと共に、それまでの「心地良く聴くジャズ」の概念からちょいと逸脱した、いわゆる”ニュー・ジャズ”(後にフリージャズと呼ばれるよ)の有力な親分として、若いモンにも慕われてましたし、また、彼の所属するレーベル”Impulse!”も、ニューシングを合言葉に、コルトレーンの周囲に集まる個性的で前衛的な音楽性を持っておる若いのを常に探しておりましたので、彼らはコルトレーンの知己を得て、Inpulse!からレコード・デビューというのが、ジャズの世界のひとつの流れとして形成されておりました。

そうやって梁山泊のようなImpulse!に集まってきた若手フリージャズ・ミュージシャンといえば、アルバート・アイラー、ファラオ・サンダース、マリオン・ブラウン、そしてアーチー・シェップであります。

で、アタシはこのアーチー・シェップという人、個人的に”シェップ兄さん”とつい呼んでしまうぐらい好きです。

何でかっつうと、コノ人は非常に人間臭い。

や、アイラーもファラオもマリオンも、とても魂のたぎったヒューマンな音楽をやっていて、人間臭いという意味では他のジャズマンよりも頭3つ分ぐらい飛び抜けた人達ではあるんですが、コノ人達はミュージシャンというよりは修行僧とかそんな感じの人達です。

5.jpg614+32CXcRL__CR0,0,500,500_UX128.jpg887.jpg
(左からアルバート・アイラー、ファラオ・サンダース、マリオン・ブラウン)

何というか、彼らは非常にピュアで素朴な人達で、演奏を聴いてもキャリアを見ても、もう生粋の、根っからの音楽バカというか、音楽や表現の事に対して、余計なことは一切考えずにまっしぐらに突き進むタイプなんですね。個性は違えど、コルトレーンとは”同種”でありましょう。


で、そんな中一人異彩を放つシェップ兄さんはどうか

無題.png5.jpg614+32CXcRL__CR0,0,500,500_UX128.jpg


うん、写真で見ても、ミュージシャン、運動家、活動家、頭の切れるヤクザの若頭、不動産屋、カネ持ってる寺の住職の普段着・・・。見ようによっては何にでも見えてしまう、でもキャラだけは強烈に濃い。そんな風情がありますねぇ。

実際にシェップ兄さんは、音楽的にも時代時代で様々な変換を経ております。

ザックリと

・(60年代)フリージャズの闘士としてバリバリに激烈な演奏をしてた。アフリカ音楽の要素もちゃっかり取り入れてた

・(70年代)”ブラック”をキーワードに、ソウルやファンク寄りの演奏を繰り広げる。アフリカ音楽に接近した演奏もちゃっかりやってる

・(80年代〜今)フリーやブラックな感じを上手に残しつつ、スタンダードやバラードを、オーソドックスなスタイルで吹いている

な感じで、割とその時代その時代の”注目されるもの””受け入れられそうな感じ”に敏感な嗅覚を活かしてスタイルを変えて対応していった感がしないでもないです。


そして、デビューからコルトレーンが亡くなる前後、兄さんは影響力のあったコルトレーンに必死で近付いて、そのネームバリューを自分のためにガンガン活用していったフシもあるんですよ。

節目節目で「○○フォー・トレーン」というアルバムを出しているし、コルトレーンの『アセンション』『至上の愛』ではスタジオに入ってるし(呼び集められた『アセンション』はともかく『至上の愛』はカルテットの録音なのに何故?という気がします)、多分何かコルトレーンの動向を掴んで「やぁやぁ、遊びに来ましたよ」といった具合に押しかけていったんでしょうな。

悪くいえばあざとい、抜け目ない。思いっきり計算に基づいた俗っぽい感覚で、ピュアでまっすぐな人の多いコルトレーン一家の中で”ワシがワシが”のズカズカ丸出しでその地位とスタイルを確立したシェップ兄さん。

こう書くとディスってるとか思われそうですが、アタシはそんな俗っぽいところこそがコノ人の魅力であり、シェップ兄さんの抜け目のなさが、ともすれば閉鎖的なものになりがちな前衛ジャズのシーンの実際に起爆剤になり、色んな層の人達に、そういう音楽も聴くきっかけを与えたと信じております。

それに、無節操にやるのも、コルトレーンみたいな音楽に対してストイックな人に、自分をズカズカで売り込んでその成果をモノにするのも、長いキャリアを音楽家として生きていくのも、並外れた実力がないと出来んことだと思うのですよ。

何よりシェップ兄さんは時代毎にスタイルは変えましたが、プレイそのもの、特にテナーの音色自体は一貫して火傷しそうなぐらいアツくて八方破れでずーーっと一貫してます。そしてどんなスタイルの音楽をやろうが、根っこのところに濃厚な”ブルース”を感じさせてくれます。だから皆さん、シェップ兄さんを聴きましょう♪






【パーソネル】
アーチー・シェップ(ts)
アラン・ショーター(flh)
ラズウェル・ラッド(tb)
ジョン・チカイ(as)
レジー・ワークマン(b)
チャールズ・モフェット(ds)

【収録曲】
1.シーダズ・ソング・フルート
2.ミスター・シムズ
3.カズン・メアリー
4.ナイーマ
5.ルーファス


さて「コルトレーンとの重要な関係」という意味で本日皆さんにご紹介するのは、兄さんがコルトレーンの推薦でImpulse!とめでたく契約を交わしてリリースした最初のアルバム「フォア・フォー・トレーン」であります。

「オレはコルトレーンとこんなに親しいんだぜ!」と言わんばかりのタイトルにジャケットで、あぁ最高とウットリしますね。で、中身もオリジナル曲の「ルーファス」を除いて全部コルトレーン・ナンバーで固めた、戦略仕様で、「で、どうなんだ?」と思うんですが、これが実にオリジナルな、シェップ兄さんの個性/俺節が炸裂しておるんです。

この人の個性は一言で言うと

「トラディショナルなアレンジに破天荒なアドリブ」

です。

テナー、アルト・サックス、フリューゲル・ホルン、トロンボーンの4管をフロントに配した重厚なアレンジで、リズムや展開そのものは、モダン・ジャズ以前のスウィングっぽいというか、実に地に足の付いた安定感があります。

で、しっかりしたリズム、しっかりしたホーン・アンサンブルをバックにシェップのソロがアドリブでブルージーな「ゴリゴリギャリギャリ〜!」という金属音をけたたましく響かせながら徐々に、そして瞬間的にぶっ壊れてゆく、その壊れ方が快感のツボにビシバシはまってくるんですね。

しかも、それぞれの曲をオリジナルのコルトレーンの演奏で聴くと、とってもシャープで都会的な感じがしますが、それらをまるで昔からジャズのスタンダードとして当たり前にある曲であるかのように、土着のブルース・フィーリングをドロドロに絡めて「さぁ喰らえ!」とガンガン叩き付けてくるからもうたまらんのです。

アーチー・シェップという人は「コルトレーンに影響を受けて自分もそうなろうと思った人」ではなくて、コルトレーンという色んな意味で大きな影響力を持っていた人に、野心ギラギラで自分自身の個性を遠慮なくぶつけていきながら、ミュージシャンとして成長を重ねた人なんだろうなぁと思います。やっぱりとても人間臭いですね。



”アーチー・シェップ”関連記事




『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/

BASEショップもありますよ(ここでしか買えない商品アリ)http://soundspal.thebase.in/
posted by サウンズパル at 18:56| Comment(0) | ジャズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月09日

マリオン・ブラウン ラ・プラシータ 〜ライヴ・イン・ヴィリサウ

1.jpg
マリオン・ブラウン・カルテット/ラ・プラシータ 〜ライヴ・イン・ヴィリサウ
(Timeless/Solid)

1960年代に”フリー・ジャズの闘士”としてデビューし、世に紹介されながら、その実全然闘士じゃない。

たとえばコルトレーン史上最大の過激な問題作とされる『アセンション』に名を連ねる11人衆の一人として参加しながらも、激烈だったり先鋭的だったり猛烈だったりする他のホーン奏者達の中で、一人「ぱら〜ひゃら〜」と、何ともいえないユルさを醸すアルト・サックスを吹いていたのがマリオン・ブラウン。

アタシは『アセンション』や、アーチー・シェップの『ファイヤー・ミュージック』という、これまたImpulse!レーベルに録音された60年代の過激派ジャズの名盤と言われるアルバムなんかでこの人を知って、そのアブストラクトな音楽解釈と、別の次元のユルさやのどかさを感じさせるちょっと変わった音楽性と、繊細で澄み切ったアルトの音に惚れて、大好きになったアーティストです。

1930年代にアメリカ南部のジョージアで生まれ、ミュージシャンを目指してニューヨークへ出てくるも、どうやら仕事がなかったようで、古本屋の店員として働いてたら、その古本屋に常連として来ていたのがコルトレーンやアーチー・シェップ、ファラオ・サンダースとかいう人達で、文学や哲学、絵画や演劇など、彼らが欲する芸術関連の事柄に博識な店員さんのマリオンと親しく話すうちに、彼が実はミュージシャン志望で、アルト・サックスを吹くという事が判明し、コルトレーンが

「マリオン、君アルト吹くんだって?」

「うん、ちょっとね。一応学校で音楽理論とかの勉強もしたよ」

「そっかぁ、君は芸術全般に深い知識を持っているから、きっと個性的な演奏も出来るんだろう」

「いやぁ、勉強して理論は得意なんだけど、下手くそだからそっちの仕事にはなかなかありつけないんだ」

「(聞いてない)俺ね、今度新しい感性持った連中と一緒にアルバム作ろうかと思ってるんだ(メンバーにはまだ言ってないけど)。よかったら君参加してくれよ」

「え?いやいや、ボクは本当に下手だよ。君と一緒になんてそんな・・・」

「大丈夫、ホーン奏者は俺も入れて全部でえーっと・・・結構な人数いるから、好きに吹いてくれればいいから」

「え?いや・・・あの・・・その・・・」

といった具合に、半ば強制的に誘われて参加した『アセンション』のセッションが、マリオンのレコードデビューだったんですね。

で、マリオンはやっぱり演奏は下手です。

や、こんなこと言うと語弊があるかも知れませんが、この時期はみんなが基本として習得していたビ・バップの複雑で速いスケール展開を、もしかしたらちゃんと習得してなかったんじゃなかろうかと思えるフシがあります。

ただ、音色はそんじょのサックス吹きに負けないぐらい透明で美しく、何より「ぷわー」と吹くフレーズそのもので情景を描くセンスみたいなのは、ちょっと他の誰とも似ていないぐらい個性的で、磨かれたセンスがあるのです。

マリオンは、そういう意味で単なるアルト・サックスの演奏家というよりは、トータルな音世界を描く芸術家と言った方が良いでしょう。

『アセンション』の後はESPレーベルから実験的なソロ・アルバムを出し、そこで形式的には”フリー・ジャズ”とカテゴライズされてもいいような自由な即興演奏を聴かせてくれますが、やっぱりどんなに力んで過激なフレーズを吹こうとしても、どんなにアブストラクトにメロディーを解体しようとしても、この人の演奏からは、どこかのどかで大らかで、そしてすごくすごく繊細な、絵画のような心象風景が淡く浮かびあがってくる。

これに感動したアタシは、いつしかマリオン・ブラウンを”癒し系フリー・ジャズ”と呼ぶことになりました。

アメリカ南部のジョージアで生まれ育ったマリオンは、小さい頃から教会の土着的なゴスペルや、街にやってくるブルースマンやストリング・バンド、或いはまだ南部では消えていなかったメディスン・ショウやボードヴィル・ショウ(行商隊が大道で客寄せのために行う音楽とか演劇とかそういうやつ)なんかもちっちゃい頃に見ておったでしょう。

そういうアメリカ南部という土地で吸収したものを、持ち前の知識と感性で、幻想的に吐き出すことを、彼は最初から”ジャズ”というジャンルを通り越して表現したかったのかも知れません。

70年代になると

「よし、俺はこれでいいんだ」

という清々しい開き直りが出てきて、トータル・コンセプトに優れた、まるで映画のサウンドトラックのような、ジャズありポエトリー・リーディングあり、アフリカンテイストあり、クロスオーバーありの、美しい美しいアルバム達を、世に送り出すようになるんです。

そして70年代後半、自分が作曲した過去の曲やジャズのスタンダード・ナンバーを、今度は自分のアルト・サックスを中心に、シンプルなバンド編成で演奏することに目覚めて、ライヴやレコーディングに精を出すんですが、今日ご紹介するのはその中でも「あれはいいよね〜♪」と、何となく聴く人みんなを幸せな気分にさせてくれる素敵なライヴ・アルバム。





【パーソネル】
マリオン・ブラウン(as)
ブランドン・ロス(g)
ジャック・グレッグ(b)
スティーヴ・マクラヴァン(ds)

【収録曲】
1.ラ・プラシータ
2.フォーチュナート
3.ソニームーン・フォー・トゥー
4.ポスコ
5.アイム・ソーリー
6.ソフト・ウインズ

1977年に、スイスのヴィリサウというところで行われたライヴを収録したアルバムですね。

77年といえば、モダン・ジャズのブームはとっくに過ぎて、マリオンらが盛り上げていた前衛ジャズも昔の話。

世の中は空前のディスコ・ブームで、ジャズの人達も、若手の連中はマイルスやハービー・ハンコックに続けとばかりに電気化したポップな音楽をこぞってやっていた頃でありました。

が、マイペースなマリオンは

「それならそれで別にいい」

とばかりにアコースティックな編成(ギターはアンプ通してますが)で、別にロックやファンク要素を強調もしないバンドを引き連れて、世界中の小さなライヴハウスやコンサート会場をドサ回りしたマリオンは、気骨の人といえば気骨の人なんですが、60年代の後半からずっとフランスに住んでマイペースな活動をしていたので、特に世の中の動きとか流行とか、あんま関係ないし別にどうでもいいという気持ちの方が強かったんだと思います。根っからのアーティストであります。

実際の演奏も、そんなマリオンのスタンスがサウンドにもいい感じに表れている、実に自然で肩の凝らないものです。

元々ニューヨークのアンダーグラウンド界隈の住民であった頃も、レコードには「あれ?今のよく聴くとすごくポップじゃない?」という瞬間がちらほらあったどころか、アドリブこそフリーク・アウトするけれども、曲自体はまったり系のカリプソとかだったり、バラードも得意(といってもジャズの人達の”むせび泣く哀愁の”とかそんな感じじゃない、どちらかというと自然界の精霊と交信しているような感じのやつ)だったから、このライヴで再演しているオリジナル曲のカドが取れて、たとえば「ラ・プラシータ」とか、まんま爽やかなトロピカル・チューンになってるの全然違和感ないし、スタンダードのヨレた感じのソウル・ジャズ風味(B)も「いいね、ゴキゲンだね」と自然に聴けます。

で、バックを固めるメンバーの演奏がまた素晴らしいですね、特にギターのブランドン・ロス。

この人は後に80年代のロフト・ジャズ・シーン(というフリー系の流れを組む硬派なジャズですぜ)の中心人物の一人となって、シーンを牽引し、後にプロデューサー/シンガーソングライターとしても才能を発揮する、今の時代のジャズの超大物なんですが、この頃はバークリー音楽院を中退してブラブラしているうちにアーチー・シェップに誘われてプロデビューしたばかりで、そのギター・プレイも若さと、狭い意味での”ジャズ”にも、狭い意味での”前衛”にも囚われない、明るい自由さを感じさせるプレイであります。

特に音色がトロンとしたトロピカルな雰囲気を醸しておりまして、この音色と、ソロフレーズもバッキング・フレーズも常にゆるやかにアウトしているんで、その辺の間隔も演奏中の呼吸もマリオンとはぴったりなんです。

ベースのジャック・グレッグも、ドラムのスティーヴ・マクラヴァンのプレイも、リーダーのマリオンのコンセプト、というかそのユルい性格を熟知しているかのように変幻自在で、ビートの定型はきっちりしっかり守っていながらも、いわゆる紋切型の4ビートは一切やりません。

だからアルバム全体通して聴いても、全く個人的な感想ながら、どこかアフリカとかハイチとかドミニカとか、そういうところの現地バンドの人達が、ジャズをベースにした自分達のオリジナルな音楽を楽しみながら演奏しているようで窮屈さはゼロ。

ものっすごく気合いの入った名盤!という訳でもないし、息を呑むような超絶ウルトラプレイが聴けるアルバムはないです。

でも、聴いている人の気持ちを何となく「いいなぁこれ」と幸せにしてくれるアルバムであることは確かです。

あ、そんなこと言ったらマリオンのアルバムって全部そんな感じなんですよ。そこがいいんだよなぁ・・・♪



”マリオン・ブラウン”関連記事






『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 19:15| Comment(0) | ジャズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月15日

超やさしい!初心者のためのジャズ 入門ベスト10

みなさんおはようございます。

土日からの「海の日」で、3連休の方も多くいらっしゃるのではないでしょうかね?えぇ、生きるためにしょうがないんですが、この世で最も人間に不必要なもの、それは仕事と思っているアタシは連休ではございません(><;

水木しげる先生がおっしゃるように、それこそ夢中になってやらざるを得ないようなことを夢中でやっておれば、食うために困らない程度のお金が畳の下とかにいつのまにか置かれているとか、そういう風になればいいですがね、まぁアタシが生きてるうちはそういうことにはならんでしょう。真面目に働きます。

で、話はガラッと変わりますが、サウンズパルは地下CD屋です。

お店もやっておったんですが、今はアタシは正業をしながら個人でお客さんからの注文をお受けしております。

このブログは、そんなしがない田舎の離島の地下CDのブログなんでございますけれどもね、ありがたいことに全国にちょいとした数の、結構熱心に読んでおられる方々がいらっしゃる。

音楽が好きな方の優しさは嬉しいですね、えぇ、ありがたいものです。

で、読んでいらっしゃる方々の中には

「音楽をいろいろ聴いてみたいけど、超初心者で何から聴けばいいのかわからない」

という方がかなりいらっしゃるようなんです。

特に

「初心者向けのやつを教えて!」

というリクエストが来るのはジャズなんですね。

おし、わかりました!今日は「時間がないよ」という皆さんのために手短に

【超やさしい!初心者のためのジャズ 入門ベスト10】

をご紹介しましょう。紹介するアルバムの詳細については、それぞれのリンク先の文章を読んでくださいね。

ではいきますよー


【@クールな大人のジャズ】


ジャズといえば「夜のバー」というイメージをお持ちの方も多くて、そういうちょっと大人な雰囲気を味わいたいというご要望にお応えできるものといえばやっぱり初期のマイルス・デイヴィス!マイルスのミュートをかぶせたトランペットがふわぁ〜んと鳴ると、空間の雰囲気が一気に”夜”になります。


【Aやるせないピアノ】


「ピアノでいいのない?」というお問合せはお店に立っていた頃も一番多かったです。「どういうピアノが聴きたいですか?」という問いに「綺麗で切なくてうっとりできそうなやつ」と答える方にはビル・エヴァンスの切なさの極みのバラードなんかどうでしょう。

【Bノリノリのピアノ】


とくれば10本の指をフルに使って、どんな速い曲でもバラードでも最高にスイングさせてくれるオスカー・ピーターソンですよ♪この人は物凄いテクニック持ってますが、ただテクニックが凄いだけじゃなくて、ノリノリにさせながらもしっかりとメロディを聴かせる人です。

【C男は黙ってテナー・サックス】



「テナーサックスの渋い低音がたまんないわ」というのは意外と女性の方に多いですね。そして「渋い低音のテナー」といえば、そのスタイルを作り上げたコールマン・ホーキンスでしょう。戦前から活躍してる人ですが、50年代60年代のちょっとモダンなバックを付けた作品が素晴らしいです。コチラはミルト・ジャクソンの落ち着いたヴィブラフォンと伊達男ケニー・バレルのギターも全部渋い♪


【D民族系、クラブ系入ったフリーダムなやつ】


「クラブ系」というキーワードも、ジャズを聴く上で欠かせないものになってきましたね。あと「スピリチュアル」という言葉にピンときてジャズを聴く、そんな方にやっぱり聴いて欲しいのがファラオ・サンダース。この人の音楽はクラブのフロアーからアフリカが見えます。


【Eしっとりとジャズ・ヴォーカル】


部屋で聴いていて、その声を流していると空間全体に哀愁が沁みてくるのがこの人、ジミー・スコット。ホルモンの障害で女性のような少年のような不思議な声です。でもこの声だからこその感動があります。やっぱり”声”って尊い。


【Fビッグ・バンドでスウィング!スウィング!スウィング!】


ビッグ・バンドを聴く醍醐味は、何といってもやっぱり「楽しい!」ということに尽きます。ビッグ・バンドといえばのデューク・エリントンはやっぱり最高に偉大で、演奏もキッチリして言うことありませんが、戦前の「楽しいビッグバンド」を、もっとカジュアルに楽しみたい人は、歌あり笑いありのキャブ・キャロウェイが最高ですよ♪


【G朝に聴きたい爽やかなジャズ】


アルト・サックスの詩人でしょうね。アート・ペッパーの演奏はオシャレで軽やかで音色も綺麗です。そして聴きやすい。でもそれだけじゃないたっぷりの余韻が哀愁となって心にいつまでも残ります。つまり飽きないんです。

【Hオーイェー!ファンキーにいこうぜ♪】


「難しいことはわからん!ソウルフルで真っ黒で、とにかくオルガンが派手に鳴ってくれりゃゴキゲン。ジャズはブラック・ミュージックだぜぇ?」なものを求める方(はぁい、アタシです♪)もうコレですよコレ。ノーベル賞に”ノーベルゴキゲン賞”というのがあれば間違いなく受賞クラスのジャズファンク名盤、しかもライヴ。アツイんだぜぇ♪


【Iお前ら生ぬるい、ジャズに必要なものはスリルだろ】




はい、明後日から始まる「大コルトレーン祭」の告知も兼ねてコルトレーンです。「コルトレーン?有名人じゃないの?」と思った方もそうでない方も、強烈にヤバくてぶっ飛んだ最晩年のフリージャズなコルトレーンは一度聴いてほしいなぁ。はい、これは願望です(^^;











『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 12:01| Comment(0) | TrackBack(0) | ジャズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする