2017年09月19日

リー・コニッツ ディープ・リー

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リー・コニッツ&トリオ・ミンサラー/ディープ・リー
(ENJA/SOLID)

夏の間は大コルトレーン祭をやっておりましたので、もうそれこそ耳に入れるサックスの音といったら、煮えたぎるような情熱で出来た硬質な音。

「お前、何で夏のクソ暑い時にそんなコルトレーンみたいな爽やか要素がひとつもないもんばっか聴いてるんだ」

と、心ある方々から結構マジなツッコミを頂くこともありますが、や、これはウチの宗派(大コルトレーン教)の教義でありまして・・・、と笑いながら返すと向こうも「そうか、それならしょうがないな」と笑って答えるのであります。

こういうのが平和って言うんですよね。えぇ、平和です。平和がいちばんよろしい。

そうやって、夏の間に目一杯カッカさせたりクラクラさせたりしておりますので、秋になると今度はクールな音楽で、良い感じに心身共に冷却です。

という訳で、アタシはコルトレーンの季節の後に、必ずリー・コニッツを集中して聴くようにしております。

この人が吹くアルト・サックスの音やフレーズ、ややふやけた脳みそをキリッと引き締めてくれる効果もあるし、同時にこわばった気持ちの部分を程よく溶かしてくれる、優しい効果も持っております。えぇ、独特といえば独特、ジャズの世界にこの人と似たような個性を持った人はいない、本当に不思議なカッコ良さを持っている人なんです。

リー・コニッツという人は、1940年代の末にデビューして、恐るべきことに89歳になった今も現役で活動しておりますが、彼の凄いのは「デビュー当時沸きに沸いていたビ・バップと、唯一そのクオリティと革新性で対抗出来ていたクール・ジャズ(詳しくはレニー・トリスターノの頁参照)、その中でアルト・サックス奏者として、当時のチャーリー・パーカーとライバル関係にあった」ということや、まだぺーぺーだった頃のマイルス・デイヴィスが彼のアドリブに惹かれ「どうやってんだ、教えてくれよ」と言ってきて、彼が教えたことのほとんどが、初期マイルスのあのクールで都会的なムードを生み出すのに役に立ったとか、その初期の活躍もなんですが、長い現役生活を続けるうちに、スタイルをどんどん進化させ、21世紀の今も

「あ、このサックスはとても新しい響きがある」

と、聴く人に思わせるところにあると思います。

もっといえば

「流行には一切迎合せず、ただ淡々と己の内側に進化を求めた結果、キャリアの中で一瞬も時代遅れになる音楽をすることがなかった」

ということになるでしょうか。

どんなに優れたミュージシャンでも時代の流れには勝てず、往年の輝きを失って失速したり、或いはロックやファンクなどの最新のサウンドを取り入れて、ある意味で華麗な転身を遂げて成功したり、そうやって「時代」というものに翻弄されて苦悩するものでありますが、コニッツはどの時代の演奏を聴いていても、そういった苦悩や変節とは全く無縁に思えます。

もちろん最初期の、トリスターノの愛弟子だった頃の、カミソリのような鋭いアルト・サックスの音色は、50年代半ばから徐々に丸みを帯びたウォームなものになっていきますし、60年代以降は作品によってフリージャズみたいなこともやったし、ちょいと座興で電気サックス(サックスにピックアップ付けてアンプに繋げたもの)を手にしたこともあるし軽めのボサ・ノヴァを吹いてるアルバムだってあります。

でも、そういうあれやこれやをやってみても、軸足はしっかりとアコースティックなジャズに置いてぶれないし、演奏スタイルも「即興」というものにストイックなまでの強い想いと「感情の高ぶりに流されない知性」というものを、一瞬たりともコニッツは失っておりません。

だからアタシはコニッツさんのアルバム、それこそ色んな年代のものを無節操に集めて聴いていますが、どのアルバムからも無駄のない芯の強さに彩られた美と、思考をジワジワと刺激し、別世界へと自然と誘ってくれる引力を感じます。




【パーソネル】
リー・コニッツ(as)
フローリアン・ウェーバー(p)
ジェフ・デンソン(b)
ジヴ・ラヴィッツ(ds)


【収録曲】
1.スリー・パート・スィート~インヴェンション
2.スリー・パート・スィート~コーラル
3.スリー・パート・スィート~カノン
4.ディープ・リー
5.星影のステラ
6.カクタス
7.アズ・ザ・スモーク・クリアーズ
8.W86th
9.シー・ザ・ワールド・フォー・ザ・ファースト・タイム
10.カラー
11.スパイダース


で、アタシはここ数日引き込まれるままに聴いているのが、2007年に録音されたこのアルバム。

「リー・コニッツと、ドイツの若手ピアノ・トリオが共演する」

という、発売前の宣伝文を見て何故か

「これは絶対に買わなきゃいけないやつだ」

と思いました。

1927年生まれのコニッツは、この時80歳。一方のミンサラーの3人は1976年と77年の生まれだから、この時30歳と31歳。

普通に考えて「大ベテランと彼をリスペクトする若手との、和やかなくつろぎに満ちた作品」に仕上がりそうなもんですが、こういうシチュエーションで絶対に、絶対にそんなぬるいことをやってくれないのがコニッツです。

果たしてその予感は当たり以上の大当たりでした。

コニッツの、厳しさを内に秘めた優しさとしなやかさ、そしてそれらに美しくまぶされた憂いの成分が薫り漂う、美しい音色のアルト。そこに恐らくはクラシックの基礎と、それに収まらない狂おしい衝動を持ったトリオ・ミンサラーの、完全に対等な、持てる全ての実力とリリシズムを遠慮なくぶつけてくる演奏。

どの曲も「コニッツのアルトとサポートするピアノトリオの好演」どころではありません。

コニッツが徹底して無駄を省いて厳しく再構築したアドリブの、幽玄の闇を漂うメロディーに、時に絡みつき、時にリードを丁寧に奪い、えも言えぬ静謐なハーモニーを、同じ歩調で生み出してゆくフローリアン・ウェーバーのピアノと、的確なリズムを付けていくだけじゃなくて、アルトとピアノの見事な即興同士の真剣勝負に自然と入り込み、どんどん”うた”を拡散させてゆくベースとドラム。

演奏はどの曲も切ない余韻をきらめかせながら、内へ内へと沈み込んでゆくような”クール”でありますが、だからこそやっぱり、コニッツを聴いた時にかならず胸に迫ってくる引き込みのヤバさが渦巻いております。これ、本当に素晴らしいです。






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2017年08月29日

ジョー・ヘンダーソン イン・ン・アウト

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ジョー・ヘンダーソン/イン・ン・アウト
(Bluenote)

ジャズの歴史には、1960年代のコルトレーンブレイク後に出てきた、いわゆる”ポスト・コルトレーン”という若手サックス奏者達がおりました。

まずはコルトレーンが所属していたImpulse!レコードで活躍していた、アーチー・シェップ、ファラオ・サンダースといった人達で、彼らはコルトレーンの演奏スタイルというよりは、その演奏から感じられる神秘的な部分や、60年代の”時代の闘士”のように言われていたカリスマ性などにシンパシーを覚え、自己の存在やパフォーマンスを磨いていった人達であります。

一方で、ジャズのメインストリームに位置し、モダン・ジャズの数々の名盤を作り上げてきたBLUENOTE、ここで気鋭の活躍をしていた”ポスト・コルトレーン”の人達もおりました。

代表的なのが、ウェイン・ショーターとジョー・ヘンダーソンであります。

この人達は、コルトレーンの神秘的なムードや、その昔盛んに言われていた”精神性”みたいなものはとりあえず置いといて、その”テナー・サックスなのにズ太く泥臭い方向へ行かない、シャープでソリッドな質感の演奏”をひたすら自己のスタイルに取り込んで、そこからオリジナルな個性を築いていった人です。

特にこの2人に関しては、50年代末にマイルス・デイヴィスが大成させた”モード”の使い手でありました。

モードってのは一体どんなものなのか?それを説明するとややこしい音楽理論の話になってしまいますので今回もザックリ行きますと「要はスケール(音階)を自由に使え。ただし演奏が壊れない範囲でセンスよく」という考え方でありまして、マイルスは自由なメロディ展開を促すために、曲からコードそのものを大幅に削減してしまった。で、そんなマイルスのバンドで一緒にモードの開発にいそしんでいたコルトレーンは、逆にコード・チェンジを細かく激しくした上で、更に速く激しい自分のソロを限界まで敷き詰めちゃった。

で、大事なのは、彼らがそんな新しい理論を発明しちゃったよ。ということではなくて

「ほうほう。で、そのモードってやつをすることによって演奏はどうなっちゃうの?」

という方ですよね。

一言で言うと

「マイルス達の演奏には、クールで都会的な独特の浮遊感が出てきて、何だかそれまでのジャズと違って知的な質感になった」

「コルトレーンの演奏は、アドリブの体感速度が急上昇して、更にどこへ飛んでいくか分からないスりルが加味された」

ということになるんです。

それまでの、たとえばビ・バップやハード・バップ等のモダン・ジャズだと、テーマ→アドリブ→盛り上がり→テーマみたいに、曲の起承転結がハッキリしておりました。

コードに合ったスケールを使って演奏すれば、それはおのずからそうなるんですが、モードなら”和音にちょっとでも関係ある音なら何でもOK、着地しなくてもセンス良くキメたらOK”ですから、縦にピシャッとハマるはずの音がすら〜っと横へ伸びてったりする。それがとてもクールで新しい”感じ”に聞こえる。

まぁ多分この抽象的でヘタクソな説明で「おぅ、わかるぜぇ」となる人はあんまいないと思いますんで、もっと簡単にいえば

「今っぽくて頭のよさそうな音楽に聞こえる種類のジャズは、モード奏法使ってるかもだぜ♪」

と、言ってシメます。はい、何事も理屈よりフィーリングが大事です(苦)

で、今日皆さんにご紹介するのは、そんな”コルトレーンのフォロワーにして、モードの使い手”ジョー・ヘンダーソンですね。

この人は、一言でいうと「とっても面白い人」です。

ゆらゆらフラフラして、終始どこへ行くか分からないフレーズが、いきなり”キメ”のところで最高にキャッチ―なフレーズに化けたり、音に情念をほとんど込めずに淡々と弱い音で吹いてるなーと思ったら、聴いたあと何か不思議な感触を耳に残してくれる。でもそれが具体的になんなのかは結局分からない。

うん、とにかくクセはあるしアクもあるんだけど、まるでイカのようにその音色やフレーズが掴めない。でもその”掴めなさ”こそが個性で、故にとっても面白いと、聴く人に思わせてくれる、そんな稀有な個性を持っておる人であります。

そのフレーズ展開からは、コルトレーンから強い影響を受けているのは分かるのですが、よくよく聴くと「あらゆる点でコルトレーンとは逆のことをやってる人」とも言えます。

例えば音色。

マウスピースを深くガッと加えて、サックスから出てくる音にどれだけの感情をぶっ込めるかで勝負しているような、とにかく熱い、暑い、厚い音を出すのがコルトレーンだとしたら、ヘンダーソンのトーンは「あれ?」っていうほど軽やかなんです。

どんなに感情が高ぶっても、盛り上がる展開でも、音量は一定でフレーズが感情に乗っからない。

えぇ?じゃあ機械的でつまんないじゃん?

という人もいるかも知れませんが、それがその逆で、常に一定の音量、あえて抑揚を抑えたフレーズは、楽曲の核を見事に引き立たせて、アドリブは掴みどころがないのに、素材本来の味で唸らせるオーガニック料理職人みたいな、不思議なナチュラル感をこの人出すんですよ。



(↑ホレス・シルヴァーの「ソング・フォー・マイ・ファーザー」という有名な曲がありますが、コレのソロを聴いてください。凄くかっこいいです)



【パーソネル】
ジョー・ヘンダーソン(ts)
ケニー・ドーハム(tp)
マッコイ・タイナー(p)
リチャード・デイヴィス(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)

【収録曲】
1.イン・ン・アウト
2.パンジャブ
3.セレニティ
4.ショート・ストーリー
5.ブラウンズ・タウン


アルバムとしてまず面白いのは、マッコイ・タイナーとエルヴィン・ジョーンズという、憧れのコルトレーンのバックをメンバーに迎えて、1964年にレコーディングした「イン・ン・アウト」。

64年といえば、マッコイとエルヴィンが、コルトレーンのバックでバリバリに活躍してた頃。

「オレらの大将と似たよーなプレイするっていうジョー・ヘンダーソンってヤツなんだけど、一緒に演奏してみたらドカンとまっすぐな大将と真逆のウネウネクネクネしたテナー吹いて、アレ面白いなー」

と、二人は思ったはずです。

両名ともユニークな構造を持つ変化球尽くしのヘンダーソンのオリジナル曲、良心的なハードップでファンキーなケニー・ドーハムの曲で、いつもの”コルトレーン風味”全開でガンガンやってますが、”ふにくね”なヘンダーソン、堅実なドーハムのデコボココンビのボケと柔らかい突っ込みみたいなアドリブの応報に楽しく乗ってるような感じがしますし、コルトレーンのバックでやってることとほぼ同じことやっていながらも
コチラは妙にスタイリッシュでおしゃれーな感じがするんですよね。

最初から最後まで、とにかくポップな”掴み”には溢れてるんですが、結局何がどうカッコイイのか、ギリギリの所で言葉にさせないヘンダーソンの、優しい呪いがかかったような、そんな世界は何故だかやみつきになってしまいます。


ところで「サックスでずっと一定の音量をブレずに出す」って、実は一番難しいことなんですよ。それをしれっとやってのけている、更に音量ほぼ一定でありながら演奏が全然無機質にならないって、アンタ実は相当凄いんじゃないか・・・。と、最近アタシは畏敬の念でジョー・ヘンダーソン聴いてます。

コルトレーンの単なるエピゴーネン、ではないよなぁ・・・。

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2017年08月14日

アーチー・シェップ フォア・フォー・トレーン

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アーチー・シェップ/フォア・フォー・トレーン
(Impulse!/ユニバーサル)

只今ブログで「大コルトレーン祭」と題しまして、ジョン・コルトレーンの特集をやっております。

もちろんこの特集は「ジャズの巨人にして音楽の偉人、ジョン・コルトレーンを多くの方に知ってもらい、聴いてもらおう!」という気持ちでやっておりますが、コルトレーンという、とりあえずジャズの中でも超有名の部類に入るコルトレーンを知って、共演者とか関係するミュージシャンのプレイを聴いて

「お、これは知らんかったなぁ、この人の演奏をもっと聴いてみたいぞ」

と、どんどんジャズの脇道に逸れていっても全然OK、むしろ音楽の聴き方としては、どんどん脇道に逸れながら知らない音楽を知っていくってのが本当に楽しいし、実りのある聴き方だと思いますんで、このブログをお読みのピースな音楽好きの皆さん、もしブログ中で知らないアーティストとかのことが書いてあったら(ジャズに限らず)、試聴でも何でもいいんで、ぜひとも聴いてみてくださいね。

というわけで本日は「コルトレーンの関係者」として、バンドメンバーでこそなかったけれども、とても重要な人として、アーチ−・シェップ兄さんでございます。

コルトレーンが活躍した1960年代は、彼を中心にした”新しいジャズの人脈”がシーンに大きく形成された時代でもありました。

特にコルトレーンは、セシル・テイラー、オーネット・コールマンらと共に、それまでの「心地良く聴くジャズ」の概念からちょいと逸脱した、いわゆる”ニュー・ジャズ”(後にフリージャズと呼ばれるよ)の有力な親分として、若いモンにも慕われてましたし、また、彼の所属するレーベル”Impulse!”も、ニューシングを合言葉に、コルトレーンの周囲に集まる個性的で前衛的な音楽性を持っておる若いのを常に探しておりましたので、彼らはコルトレーンの知己を得て、Inpulse!からレコード・デビューというのが、ジャズの世界のひとつの流れとして形成されておりました。

そうやって梁山泊のようなImpulse!に集まってきた若手フリージャズ・ミュージシャンといえば、アルバート・アイラー、ファラオ・サンダース、マリオン・ブラウン、そしてアーチー・シェップであります。

で、アタシはこのアーチー・シェップという人、個人的に”シェップ兄さん”とつい呼んでしまうぐらい好きです。

何でかっつうと、コノ人は非常に人間臭い。

や、アイラーもファラオもマリオンも、とても魂のたぎったヒューマンな音楽をやっていて、人間臭いという意味では他のジャズマンよりも頭3つ分ぐらい飛び抜けた人達ではあるんですが、コノ人達はミュージシャンというよりは修行僧とかそんな感じの人達です。

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(左からアルバート・アイラー、ファラオ・サンダース、マリオン・ブラウン)

何というか、彼らは非常にピュアで素朴な人達で、演奏を聴いてもキャリアを見ても、もう生粋の、根っからの音楽バカというか、音楽や表現の事に対して、余計なことは一切考えずにまっしぐらに突き進むタイプなんですね。個性は違えど、コルトレーンとは”同種”でありましょう。


で、そんな中一人異彩を放つシェップ兄さんはどうか

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うん、写真で見ても、ミュージシャン、運動家、活動家、頭の切れるヤクザの若頭、不動産屋、カネ持ってる寺の住職の普段着・・・。見ようによっては何にでも見えてしまう、でもキャラだけは強烈に濃い。そんな風情がありますねぇ。

実際にシェップ兄さんは、音楽的にも時代時代で様々な変換を経ております。

ザックリと

・(60年代)フリージャズの闘士としてバリバリに激烈な演奏をしてた。アフリカ音楽の要素もちゃっかり取り入れてた

・(70年代)”ブラック”をキーワードに、ソウルやファンク寄りの演奏を繰り広げる。アフリカ音楽に接近した演奏もちゃっかりやってる

・(80年代〜今)フリーやブラックな感じを上手に残しつつ、スタンダードやバラードを、オーソドックスなスタイルで吹いている

な感じで、割とその時代その時代の”注目されるもの””受け入れられそうな感じ”に敏感な嗅覚を活かしてスタイルを変えて対応していった感がしないでもないです。


そして、デビューからコルトレーンが亡くなる前後、兄さんは影響力のあったコルトレーンに必死で近付いて、そのネームバリューを自分のためにガンガン活用していったフシもあるんですよ。

節目節目で「○○フォー・トレーン」というアルバムを出しているし、コルトレーンの『アセンション』『至上の愛』ではスタジオに入ってるし(呼び集められた『アセンション』はともかく『至上の愛』はカルテットの録音なのに何故?という気がします)、多分何かコルトレーンの動向を掴んで「やぁやぁ、遊びに来ましたよ」といった具合に押しかけていったんでしょうな。

悪くいえばあざとい、抜け目ない。思いっきり計算に基づいた俗っぽい感覚で、ピュアでまっすぐな人の多いコルトレーン一家の中で”ワシがワシが”のズカズカ丸出しでその地位とスタイルを確立したシェップ兄さん。

こう書くとディスってるとか思われそうですが、アタシはそんな俗っぽいところこそがコノ人の魅力であり、シェップ兄さんの抜け目のなさが、ともすれば閉鎖的なものになりがちな前衛ジャズのシーンの実際に起爆剤になり、色んな層の人達に、そういう音楽も聴くきっかけを与えたと信じております。

それに、無節操にやるのも、コルトレーンみたいな音楽に対してストイックな人に、自分をズカズカで売り込んでその成果をモノにするのも、長いキャリアを音楽家として生きていくのも、並外れた実力がないと出来んことだと思うのですよ。

何よりシェップ兄さんは時代毎にスタイルは変えましたが、プレイそのもの、特にテナーの音色自体は一貫して火傷しそうなぐらいアツくて八方破れでずーーっと一貫してます。そしてどんなスタイルの音楽をやろうが、根っこのところに濃厚な”ブルース”を感じさせてくれます。だから皆さん、シェップ兄さんを聴きましょう♪






【パーソネル】
アーチー・シェップ(ts)
アラン・ショーター(flh)
ラズウェル・ラッド(tb)
ジョン・チカイ(as)
レジー・ワークマン(b)
チャールズ・モフェット(ds)

【収録曲】
1.シーダズ・ソング・フルート
2.ミスター・シムズ
3.カズン・メアリー
4.ナイーマ
5.ルーファス


さて「コルトレーンとの重要な関係」という意味で本日皆さんにご紹介するのは、兄さんがコルトレーンの推薦でImpulse!とめでたく契約を交わしてリリースした最初のアルバム「フォア・フォー・トレーン」であります。

「オレはコルトレーンとこんなに親しいんだぜ!」と言わんばかりのタイトルにジャケットで、あぁ最高とウットリしますね。で、中身もオリジナル曲の「ルーファス」を除いて全部コルトレーン・ナンバーで固めた、戦略仕様で、「で、どうなんだ?」と思うんですが、これが実にオリジナルな、シェップ兄さんの個性/俺節が炸裂しておるんです。

この人の個性は一言で言うと

「トラディショナルなアレンジに破天荒なアドリブ」

です。

テナー、アルト・サックス、フリューゲル・ホルン、トロンボーンの4管をフロントに配した重厚なアレンジで、リズムや展開そのものは、モダン・ジャズ以前のスウィングっぽいというか、実に地に足の付いた安定感があります。

で、しっかりしたリズム、しっかりしたホーン・アンサンブルをバックにシェップのソロがアドリブでブルージーな「ゴリゴリギャリギャリ〜!」という金属音をけたたましく響かせながら徐々に、そして瞬間的にぶっ壊れてゆく、その壊れ方が快感のツボにビシバシはまってくるんですね。

しかも、それぞれの曲をオリジナルのコルトレーンの演奏で聴くと、とってもシャープで都会的な感じがしますが、それらをまるで昔からジャズのスタンダードとして当たり前にある曲であるかのように、土着のブルース・フィーリングをドロドロに絡めて「さぁ喰らえ!」とガンガン叩き付けてくるからもうたまらんのです。

アーチー・シェップという人は「コルトレーンに影響を受けて自分もそうなろうと思った人」ではなくて、コルトレーンという色んな意味で大きな影響力を持っていた人に、野心ギラギラで自分自身の個性を遠慮なくぶつけていきながら、ミュージシャンとして成長を重ねた人なんだろうなぁと思います。やっぱりとても人間臭いですね。



”アーチー・シェップ”関連記事




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BASEショップもありますよ(ここでしか買えない商品アリ)http://soundspal.thebase.in/
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2017年08月09日

マリオン・ブラウン ラ・プラシータ 〜ライヴ・イン・ヴィリサウ

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マリオン・ブラウン・カルテット/ラ・プラシータ 〜ライヴ・イン・ヴィリサウ
(Timeless/Solid)

1960年代に”フリー・ジャズの闘士”としてデビューし、世に紹介されながら、その実全然闘士じゃない。

たとえばコルトレーン史上最大の過激な問題作とされる『アセンション』に名を連ねる11人衆の一人として参加しながらも、激烈だったり先鋭的だったり猛烈だったりする他のホーン奏者達の中で、一人「ぱら〜ひゃら〜」と、何ともいえないユルさを醸すアルト・サックスを吹いていたのがマリオン・ブラウン。

アタシは『アセンション』や、アーチー・シェップの『ファイヤー・ミュージック』という、これまたImpulse!レーベルに録音された60年代の過激派ジャズの名盤と言われるアルバムなんかでこの人を知って、そのアブストラクトな音楽解釈と、別の次元のユルさやのどかさを感じさせるちょっと変わった音楽性と、繊細で澄み切ったアルトの音に惚れて、大好きになったアーティストです。

1930年代にアメリカ南部のジョージアで生まれ、ミュージシャンを目指してニューヨークへ出てくるも、どうやら仕事がなかったようで、古本屋の店員として働いてたら、その古本屋に常連として来ていたのがコルトレーンやアーチー・シェップ、ファラオ・サンダースとかいう人達で、文学や哲学、絵画や演劇など、彼らが欲する芸術関連の事柄に博識な店員さんのマリオンと親しく話すうちに、彼が実はミュージシャン志望で、アルト・サックスを吹くという事が判明し、コルトレーンが

「マリオン、君アルト吹くんだって?」

「うん、ちょっとね。一応学校で音楽理論とかの勉強もしたよ」

「そっかぁ、君は芸術全般に深い知識を持っているから、きっと個性的な演奏も出来るんだろう」

「いやぁ、勉強して理論は得意なんだけど、下手くそだからそっちの仕事にはなかなかありつけないんだ」

「(聞いてない)俺ね、今度新しい感性持った連中と一緒にアルバム作ろうかと思ってるんだ(メンバーにはまだ言ってないけど)。よかったら君参加してくれよ」

「え?いやいや、ボクは本当に下手だよ。君と一緒になんてそんな・・・」

「大丈夫、ホーン奏者は俺も入れて全部でえーっと・・・結構な人数いるから、好きに吹いてくれればいいから」

「え?いや・・・あの・・・その・・・」

といった具合に、半ば強制的に誘われて参加した『アセンション』のセッションが、マリオンのレコードデビューだったんですね。

で、マリオンはやっぱり演奏は下手です。

や、こんなこと言うと語弊があるかも知れませんが、この時期はみんなが基本として習得していたビ・バップの複雑で速いスケール展開を、もしかしたらちゃんと習得してなかったんじゃなかろうかと思えるフシがあります。

ただ、音色はそんじょのサックス吹きに負けないぐらい透明で美しく、何より「ぷわー」と吹くフレーズそのもので情景を描くセンスみたいなのは、ちょっと他の誰とも似ていないぐらい個性的で、磨かれたセンスがあるのです。

マリオンは、そういう意味で単なるアルト・サックスの演奏家というよりは、トータルな音世界を描く芸術家と言った方が良いでしょう。

『アセンション』の後はESPレーベルから実験的なソロ・アルバムを出し、そこで形式的には”フリー・ジャズ”とカテゴライズされてもいいような自由な即興演奏を聴かせてくれますが、やっぱりどんなに力んで過激なフレーズを吹こうとしても、どんなにアブストラクトにメロディーを解体しようとしても、この人の演奏からは、どこかのどかで大らかで、そしてすごくすごく繊細な、絵画のような心象風景が淡く浮かびあがってくる。

これに感動したアタシは、いつしかマリオン・ブラウンを”癒し系フリー・ジャズ”と呼ぶことになりました。

アメリカ南部のジョージアで生まれ育ったマリオンは、小さい頃から教会の土着的なゴスペルや、街にやってくるブルースマンやストリング・バンド、或いはまだ南部では消えていなかったメディスン・ショウやボードヴィル・ショウ(行商隊が大道で客寄せのために行う音楽とか演劇とかそういうやつ)なんかもちっちゃい頃に見ておったでしょう。

そういうアメリカ南部という土地で吸収したものを、持ち前の知識と感性で、幻想的に吐き出すことを、彼は最初から”ジャズ”というジャンルを通り越して表現したかったのかも知れません。

70年代になると

「よし、俺はこれでいいんだ」

という清々しい開き直りが出てきて、トータル・コンセプトに優れた、まるで映画のサウンドトラックのような、ジャズありポエトリー・リーディングあり、アフリカンテイストあり、クロスオーバーありの、美しい美しいアルバム達を、世に送り出すようになるんです。

そして70年代後半、自分が作曲した過去の曲やジャズのスタンダード・ナンバーを、今度は自分のアルト・サックスを中心に、シンプルなバンド編成で演奏することに目覚めて、ライヴやレコーディングに精を出すんですが、今日ご紹介するのはその中でも「あれはいいよね〜♪」と、何となく聴く人みんなを幸せな気分にさせてくれる素敵なライヴ・アルバム。





【パーソネル】
マリオン・ブラウン(as)
ブランドン・ロス(g)
ジャック・グレッグ(b)
スティーヴ・マクラヴァン(ds)

【収録曲】
1.ラ・プラシータ
2.フォーチュナート
3.ソニームーン・フォー・トゥー
4.ポスコ
5.アイム・ソーリー
6.ソフト・ウインズ

1977年に、スイスのヴィリサウというところで行われたライヴを収録したアルバムですね。

77年といえば、モダン・ジャズのブームはとっくに過ぎて、マリオンらが盛り上げていた前衛ジャズも昔の話。

世の中は空前のディスコ・ブームで、ジャズの人達も、若手の連中はマイルスやハービー・ハンコックに続けとばかりに電気化したポップな音楽をこぞってやっていた頃でありました。

が、マイペースなマリオンは

「それならそれで別にいい」

とばかりにアコースティックな編成(ギターはアンプ通してますが)で、別にロックやファンク要素を強調もしないバンドを引き連れて、世界中の小さなライヴハウスやコンサート会場をドサ回りしたマリオンは、気骨の人といえば気骨の人なんですが、60年代の後半からずっとフランスに住んでマイペースな活動をしていたので、特に世の中の動きとか流行とか、あんま関係ないし別にどうでもいいという気持ちの方が強かったんだと思います。根っからのアーティストであります。

実際の演奏も、そんなマリオンのスタンスがサウンドにもいい感じに表れている、実に自然で肩の凝らないものです。

元々ニューヨークのアンダーグラウンド界隈の住民であった頃も、レコードには「あれ?今のよく聴くとすごくポップじゃない?」という瞬間がちらほらあったどころか、アドリブこそフリーク・アウトするけれども、曲自体はまったり系のカリプソとかだったり、バラードも得意(といってもジャズの人達の”むせび泣く哀愁の”とかそんな感じじゃない、どちらかというと自然界の精霊と交信しているような感じのやつ)だったから、このライヴで再演しているオリジナル曲のカドが取れて、たとえば「ラ・プラシータ」とか、まんま爽やかなトロピカル・チューンになってるの全然違和感ないし、スタンダードのヨレた感じのソウル・ジャズ風味(B)も「いいね、ゴキゲンだね」と自然に聴けます。

で、バックを固めるメンバーの演奏がまた素晴らしいですね、特にギターのブランドン・ロス。

この人は後に80年代のロフト・ジャズ・シーン(というフリー系の流れを組む硬派なジャズですぜ)の中心人物の一人となって、シーンを牽引し、後にプロデューサー/シンガーソングライターとしても才能を発揮する、今の時代のジャズの超大物なんですが、この頃はバークリー音楽院を中退してブラブラしているうちにアーチー・シェップに誘われてプロデビューしたばかりで、そのギター・プレイも若さと、狭い意味での”ジャズ”にも、狭い意味での”前衛”にも囚われない、明るい自由さを感じさせるプレイであります。

特に音色がトロンとしたトロピカルな雰囲気を醸しておりまして、この音色と、ソロフレーズもバッキング・フレーズも常にゆるやかにアウトしているんで、その辺の間隔も演奏中の呼吸もマリオンとはぴったりなんです。

ベースのジャック・グレッグも、ドラムのスティーヴ・マクラヴァンのプレイも、リーダーのマリオンのコンセプト、というかそのユルい性格を熟知しているかのように変幻自在で、ビートの定型はきっちりしっかり守っていながらも、いわゆる紋切型の4ビートは一切やりません。

だからアルバム全体通して聴いても、全く個人的な感想ながら、どこかアフリカとかハイチとかドミニカとか、そういうところの現地バンドの人達が、ジャズをベースにした自分達のオリジナルな音楽を楽しみながら演奏しているようで窮屈さはゼロ。

ものっすごく気合いの入った名盤!という訳でもないし、息を呑むような超絶ウルトラプレイが聴けるアルバムはないです。

でも、聴いている人の気持ちを何となく「いいなぁこれ」と幸せにしてくれるアルバムであることは確かです。

あ、そんなこと言ったらマリオンのアルバムって全部そんな感じなんですよ。そこがいいんだよなぁ・・・♪



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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2017年07月15日

超やさしい!初心者のためのジャズ 入門ベスト10

みなさんおはようございます。

土日からの「海の日」で、3連休の方も多くいらっしゃるのではないでしょうかね?えぇ、生きるためにしょうがないんですが、この世で最も人間に不必要なもの、それは仕事と思っているアタシは連休ではございません(><;

水木しげる先生がおっしゃるように、それこそ夢中になってやらざるを得ないようなことを夢中でやっておれば、食うために困らない程度のお金が畳の下とかにいつのまにか置かれているとか、そういう風になればいいですがね、まぁアタシが生きてるうちはそういうことにはならんでしょう。真面目に働きます。

で、話はガラッと変わりますが、サウンズパルは地下CD屋です。

お店もやっておったんですが、今はアタシは正業をしながら個人でお客さんからの注文をお受けしております。

このブログは、そんなしがない田舎の離島の地下CDのブログなんでございますけれどもね、ありがたいことに全国にちょいとした数の、結構熱心に読んでおられる方々がいらっしゃる。

音楽が好きな方の優しさは嬉しいですね、えぇ、ありがたいものです。

で、読んでいらっしゃる方々の中には

「音楽をいろいろ聴いてみたいけど、超初心者で何から聴けばいいのかわからない」

という方がかなりいらっしゃるようなんです。

特に

「初心者向けのやつを教えて!」

というリクエストが来るのはジャズなんですね。

おし、わかりました!今日は「時間がないよ」という皆さんのために手短に

【超やさしい!初心者のためのジャズ 入門ベスト10】

をご紹介しましょう。紹介するアルバムの詳細については、それぞれのリンク先の文章を読んでくださいね。

ではいきますよー


【@クールな大人のジャズ】


ジャズといえば「夜のバー」というイメージをお持ちの方も多くて、そういうちょっと大人な雰囲気を味わいたいというご要望にお応えできるものといえばやっぱり初期のマイルス・デイヴィス!マイルスのミュートをかぶせたトランペットがふわぁ〜んと鳴ると、空間の雰囲気が一気に”夜”になります。


【Aやるせないピアノ】


「ピアノでいいのない?」というお問合せはお店に立っていた頃も一番多かったです。「どういうピアノが聴きたいですか?」という問いに「綺麗で切なくてうっとりできそうなやつ」と答える方にはビル・エヴァンスの切なさの極みのバラードなんかどうでしょう。

【Bノリノリのピアノ】


とくれば10本の指をフルに使って、どんな速い曲でもバラードでも最高にスイングさせてくれるオスカー・ピーターソンですよ♪この人は物凄いテクニック持ってますが、ただテクニックが凄いだけじゃなくて、ノリノリにさせながらもしっかりとメロディを聴かせる人です。

【C男は黙ってテナー・サックス】



「テナーサックスの渋い低音がたまんないわ」というのは意外と女性の方に多いですね。そして「渋い低音のテナー」といえば、そのスタイルを作り上げたコールマン・ホーキンスでしょう。戦前から活躍してる人ですが、50年代60年代のちょっとモダンなバックを付けた作品が素晴らしいです。コチラはミルト・ジャクソンの落ち着いたヴィブラフォンと伊達男ケニー・バレルのギターも全部渋い♪


【D民族系、クラブ系入ったフリーダムなやつ】


「クラブ系」というキーワードも、ジャズを聴く上で欠かせないものになってきましたね。あと「スピリチュアル」という言葉にピンときてジャズを聴く、そんな方にやっぱり聴いて欲しいのがファラオ・サンダース。この人の音楽はクラブのフロアーからアフリカが見えます。


【Eしっとりとジャズ・ヴォーカル】


部屋で聴いていて、その声を流していると空間全体に哀愁が沁みてくるのがこの人、ジミー・スコット。ホルモンの障害で女性のような少年のような不思議な声です。でもこの声だからこその感動があります。やっぱり”声”って尊い。


【Fビッグ・バンドでスウィング!スウィング!スウィング!】


ビッグ・バンドを聴く醍醐味は、何といってもやっぱり「楽しい!」ということに尽きます。ビッグ・バンドといえばのデューク・エリントンはやっぱり最高に偉大で、演奏もキッチリして言うことありませんが、戦前の「楽しいビッグバンド」を、もっとカジュアルに楽しみたい人は、歌あり笑いありのキャブ・キャロウェイが最高ですよ♪


【G朝に聴きたい爽やかなジャズ】


アルト・サックスの詩人でしょうね。アート・ペッパーの演奏はオシャレで軽やかで音色も綺麗です。そして聴きやすい。でもそれだけじゃないたっぷりの余韻が哀愁となって心にいつまでも残ります。つまり飽きないんです。

【Hオーイェー!ファンキーにいこうぜ♪】


「難しいことはわからん!ソウルフルで真っ黒で、とにかくオルガンが派手に鳴ってくれりゃゴキゲン。ジャズはブラック・ミュージックだぜぇ?」なものを求める方(はぁい、アタシです♪)もうコレですよコレ。ノーベル賞に”ノーベルゴキゲン賞”というのがあれば間違いなく受賞クラスのジャズファンク名盤、しかもライヴ。アツイんだぜぇ♪


【Iお前ら生ぬるい、ジャズに必要なものはスリルだろ】




はい、明後日から始まる「大コルトレーン祭」の告知も兼ねてコルトレーンです。「コルトレーン?有名人じゃないの?」と思った方もそうでない方も、強烈にヤバくてぶっ飛んだ最晩年のフリージャズなコルトレーンは一度聴いてほしいなぁ。はい、これは願望です(^^;











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2017年07月03日

レニー・トリスターノ ニュー・トリスターノ

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レニー・トリスターノ/ニュー・トリスターノ

「毒を食らわば皿まで」

という言葉が好きなので、今日もしつこくレニー・トリスターノをご紹介致します。

トリスターノという人は、その音楽同様にとてもストイックな人で、自分にも他人にも妥協をいうものを一切許さない性格でした。

そんな人ですので、多くの弟子を育てつつも、音楽以外のことでツルんだりフザケたことをやったりする、いわゆる”お友達”のクルーは持ちません。

むしろ高潔な人ですから、酒や麻薬やギャンブルに溺れるミュージシャン達の集団には「お前たちは何故音楽に集中しないのか」と、イライラしながら見ていたんだろうと思います。

トリスターノはだからレコード会社との関係性も、より高潔なものを求めました

一人の芸術家として扱うこと、レコードの中身に関しては完全なる主導権を自分に取らせること。

メジャーレーベルのアトランティックと契約する時も、トリスターノの契約条件はレコード会社にかなり厳しめの注文が並んでいたといいます。

ところが言うまでもなくレコード会社というのは「売れるもんを作ってなんぼ」であります。

売れることなど一切考慮に入れず、ただひたすらに厳しく己の世界を追究するトリスターノに

「いや、先生。もっとこういう風にした方がリスナーも喜ぶかと・・・」

と、ちょくちょく言ってくるレコード会社に

「いや、私はもっとこう表現の高みを感じられるものを作りたい」

と譲らないトリスターノ。

更にトリスターノが

「レコーディングしたい」

と言っても

「いやぁ、あまり売れないからなんとかかんとか」

と、何かと理由を付けてそれを先延ばしにするレコード会社。

結局メジャー契約をしてもなかなか売り出すチャンスを掴めないアトランティック側の苛立ちと、満足行くリリースをさせてもらえないトリスターノの不信感は募るばかりで、遂にはトリスターノの方が

「お前らなんぞもう知らんわい!」

と、1960年代以降は自主レーベルを作ってそこから作品を出すことを決めて、以後彼は亡くなるまで特定の商業レーベルからのリリースはほとんど行いませんでした。


で、今日なんですが、ご紹介するのはそんなトリスターノ先生が、大手アトランティックから出した貴重な二枚のアルバムのうち、昨日ご紹介した「鬼才トリスターノ」とは対になって語られる「ニュー・トリスターノ
」であります。






【パーソネル】
レニー・トリスターノ(p)

【収録曲】
1.ビカミング
2.C マイナー・コンプレックス
3.ユー・ドント・ノウ・ホワット・ラヴ・イズ
4.デリバレイション
5.シーン・アンド・ヴァリエイションズ
6.ラヴ・ラインズ
7.G マイナー・コンプレックス


1962年、トリスターノがレーベルに「怒りの起き土産」として最後に残した作品は、あの鋭い切れ味と容赦ないほど硬質で透明で重厚な美学の結晶といえる「鬼才トリスターノ」よりも更に容赦ないトリスターノの完全ソロ・ピアノ作であります(!)

先に結論から言っておきますと、ジャズという音楽に・・・・、いや、音楽に打ちのめされたい!

と、思う方はもう有無を言わさずお聴きなさい。

冷徹にすら思える崩れないリズム、鍵盤に打ち下ろされる凍ったハンマーのような打撃力の強い音塊、バッハ、シェーンベルクからと思われるクラシカルな(雰囲気で酔える”柔らかクラシック”ではないっす)ハーモニーなのに、ズンズンと直角な渦を描きながらいつのまにか奇妙に歪んで横に横に伸びてゆくメロディーとリズム。

ここにはトリスターノの全てが詰まってます。

一言でいえば「空前絶後」いや、相当に古い音源なんですが、古さは一切なくて、かといって派手な新しさもなくて、ただもう音楽の核。それも太陽から遠く離れた冷たい惑星の限りなく絶対零度に近い氷の核、そのカッコ良さと圧倒的な質量だけがここにあります。

たとえば左手が4分音符で綺麗なベースラインを弾く上に、わざと強引に8分とか16とかの拍の違う右手を重ねて、それが寸分の狂いもなく流れていく。そこから生まれるグルーヴは、前にも言いましたが決して「ノレる、踊れる」グルーヴではないのですが、大きく空間を歪めて揺さぶって、聴く人の神経に直接作用する危険極まりないものなんです。

で、右手のフレーズも、通常だったらメジャーかマイナーの音階で、どこかで「パタン」とオチを付けて途切れるところを、オチを持って来ずに敢えて繋がりをうにょうにょと融解させて、息継ぎナシで延々と繋げてゆく。この”ブレスなし”のどこへ連れていかれるか分かんないフレーズが生む、これまた特異なグルーウも大変にヤバイんです。

このヤバさを体験しないでここまで読んでしまった人は、もう半分ぐらい中毒なんで、トリスターノを何でもいいから今聴いておくべきです。











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2017年06月29日

レニー・トリスターノ 鬼才トリスターノ

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レニー・トリスターノ/鬼才トリスターノ
(Atlantic/ワーナー・ミュージック)

さて、ここんとこずっとアート・ペッパーにハマッておりまして、いわゆる1950年代のクール・ジャズというものについて考えを巡らせておりますが、実はこの”クール・ジャズ”には、西海岸のオシャレで軽妙な(でもその奥底にはどうしようもなくやるせない詩情が渦巻いている)ものとは別に、東海岸はニューヨークで発生してその後のジャズ演奏に計り知れない影響を与えたクール・ジャズが存在するというお話を致しましょう。

今日ご紹介するのはピアニストで作曲家のレニー・トリスターノです。



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カッコイイですよね〜。アタシは「ジャズ界の成田三樹夫」と呼んでおりますが、どの写真を見ても何というか、ジャユミュージシャンというよりは孤高の哲学者みたいなオーラを放っていて実に知的でカッコイイ。

えぇ、いつ紹介しよう、いつ紹介しようと思いつつも、今まで好き過ぎてなかなかレビューが書けなかった。そんぐらいの心の師匠(マスター)なんですね。その後のジャズ、いや、音楽全般に与えた影響は計り知れないけれども、その前にアタシに与えた影響が計り知れない。と、朝から訳の分からんことを言っておりましてごめんなさい、ここんとこは皆さんがサラッと流してくださると信じまして、話を続けます。

レニー・トリスターノは1919年にシカゴでイタリア移民の家に生まれまして、小さい頃に視力を失ってしまいますが、その頃から音楽に関する並ならぬ関心を持ち、クラシックのピアノ教室に通いながらピアノの演奏と音楽理論を習います。

彼が住んでいた頃のシカゴというのは、ニューオーリンズから北上してきた第一世代のジャズ・ミュージシャン達がニューヨークよりも大勢おりまして、まぁ移住者の黒人と移民のイタリア系は居住区もそれぞれ近いところにいたんですね。それでジャズをやる黒人やクレオールの連中が、何やら表で賑やかにやっておるけれどもあの音楽は何だろうな、ピアノで弾けないかしら、やってみようか。

とかレニー少年は思っているうちにジャズの魅力にドップリとハマったんでしょう。24歳の時にシカゴの音楽院を卒業してしばらく経ってから「今ジャズはニューヨークのが最先端だぜ」という話を聞いたのか、ニューヨークに進出して音楽活動を始めます。

大体のミュージシャンは、一攫千金を夢見て楽器片手にナイトクラブの世界へ飛び込むというのが常でありましたが、トリスターノの場合はちょっと変わっていて、自宅アパートに当時最先端の録音機材を揃えて音楽教室をやりながら黙々と理論と作曲の研究に没頭して、今で言う宅録というものを繰り返してたんです。

で、驚くべきことに、既に1940年代という時代に”無調”の音楽を演奏しております。

いわゆるメロディやコード、そしてリズムの「お約束」を取っ払ったスタイル、後の”フリー・ジャズ”と呼ばれる演奏を、セシル・テイラーやオーネット・コールマンが1950年代の後半です。トリスターノの場合は特にジャズのスタイルとしてではなく、彼自身造詣が深かった現代音楽のやり方を実験的にジャズと融合させて個人的に録音を試みていただけとはいえ、これは実に革新的なことであります。

更に彼は自宅にて、当時開発されたばかりのテープでもって多重録音もやっております。

えぇと、ポピュラー音楽で最初に多重録音を使用してヒットとなったのがパティ・ペイジの「テネシーワルツ」。これが1950年のことでありますから、もう凄いとしか言いようがありません。

もっとも、彼の場合は何か目新しいことをやって世間を沸かせようとしていたんじゃなくて、ただひたすらに自己の音楽を理想に近い形で創り上げるための手段としてのテクノロジーだったようです。だとしたらますます凄いですよね。


そんなトリスターノのアパートには、すぐに”新しい音楽”を生み出そうという意欲に溢れた若者達が出入りするようになりました。

リー・コニッツやビリー・バウアー、ロニー・ボール、ジェフ・モートンといった、後の彼の弟子達はもちろんでありましたが、中でも頻繁に訪れて音楽談義に花を咲かせていたのが、当時チャーリー・パーカーの相方トランペッターだったマイルス・デイヴィスと、アレンジャー志望だった若きギル・エヴァンスの2人です。

この時の会話の様子は残念ながら文献で詳しくまとめられてはおりませんが、コニッツやマイルス、ギルらが音楽理論的な質問を次々して、それにトリスターノがピアノによる実演を交えながらひとつひとつ的確に答えて行く類のものだったようです。

マイルスの証言としては、以下のようなものがありました。

『トリスターノのギグが終わった後な、何度かトリスターノに、彼がやっていたハーモニーについて質問したことがある。どれも独創的で、オレには彼が白いセロニアス・モンクに思えたよ』

トリスターノのひたすら知的で抑制の効いた奏法の中に無限の可能性を見たマイルスは、丁度ビ・バップの「とにかく速いソロ吹いて客を沸かせようぜ」という刹那的なノリに飽き飽きして、もっと鑑賞に向いたクールな音楽をやりたいと思っていたその矢先、自分がバンドを組んだらビ・バップから一歩も二歩も進んだ、クールで芸術性の高い音楽をやろうと決意したといいます。

マイルスやギル・エヴァンスがトリスターノから受けた影響の大きさや深さは、その後の彼らの作品、例えば「カインド・オブ・ブルー」や「スケッチ・オブ・スペイン」などを聴けば一目瞭然ですね。ちなみに「カインド・オブ・ブルー」に参加して印象的なサウンドの誕生に大きく貢献したビル・エヴァンスもトリスターノからは決定的ともいえるぐらいの影響を受けておりますし、マイルスが生み出したモード・ジャズと、その門下生であるウェイン・ショーターやハービー・ハンコックらが発展させた”新主流派”といわれる60年代の極めて知的でスタイリッシュなジャズにも、その横へ横へと独特の浮遊感を漂わせながら流れてゆくメロディや高度に計算されたアレンジには、どうしてもトリスターノの影を見てしまいます。






【パーソネル】
レニー・トリスターノ(p)
リー・コニッツ(as,D〜H)
ピーター・インド(d,@)
ジーン・ラミー(b,D〜H)
ジェフ・モートン(ds,@B)
アート・テイラー(ds,D〜H)

【収録曲】
1.ライン・アップ
2.レクイエム
3.ターキッシュ・マンボ
4.東32丁目
5.ジーズ・フーリッシュ・シングス
6.ユー・ゴー・トゥ・マイ・ヘッド
7.君がいたなら
8.ゴースト・オブ・ア・チャンス
9.君はわがすべて


とにかくもう後年のマイルス・デイヴィスから派生した様々なスタイルのジャズを聴いていると、それに関連してトリスターノのことをガンガン語りたくなるのですが、そこらへんの検証や「お、こういうところがトリスターノの影響だな!」という発見の楽しみは、半分皆さんに委ねようと思います。

もっと語れば高柳昌行とかエイフェックス・ツインとかエマーソン・レイク&パーマーとかクラフトワークとかジョー・サトリアーニとか本当に色々と出て来るんですが、そこまで語れば本当に収集が付かなくなります。

とにかくレニー・トリスターノがいなかったら、ジャズ、フュージョン、プログレ、テクノ、この4つの音楽はなかったか、あっても全然別物のようになっていただろうということは断言できます。厳しい姿勢でジャズからポップな要素をどんどん削ぎ落とした演奏を繰り広げていた人なのでリアルタイムでバカ売れはしませんでしたが、これだけ売れないで凄まじい影響を与えた音楽家というのはアタシは他に知りません。しつこいようですが皆さんには「それぐらい凄い人だったんだ」と思っていただけると本当に幸いです。

で、アルバム「鬼才トリスターノ」は、1955年に満を持してリリースされた、トリスターノの公式なデビュー作にして、彼の孤高の極みともいえる芸術表現がピアノを前面に押し出したスタジオ録音と、コニッツのサックス入りのライヴ録音の両方でじっくりと味わうことが出来る、まずは究極の一枚です。

というよりは、一切妥協をしなかった厳しい人だったためにレコード会社にも完璧を求めて喧嘩しちゃったんですね。だからメジャーレーベルから出されたちゃんとしたアルバムはコレと2作目だけのたった2枚なんですね。

前半、まるでリズムマシーンのように正確で鋭く4ビートを刻むドラムとベースに乗って、まるで”ジャズ化したバッハ”の如く鋭利な音階をヘヴィなトーンで鍵盤に叩き付けるピアノ。え?ジャズっていえばズラしたり伸ばしたりしてイェ〜イな感じを出す音楽だよね?何このピッチリとスキのないグルーヴは。え?何これ凄い、こんだけ無駄のない遊びのないノリなのに、何だか奥底からジワジワと揺さぶるものがある!ありえない!凄い!!

と、最初聴いた時思いました。

後で知ったんですが、このレコーディングではトリスターノがピアノを弾いて、その上にリズムを被せるオーバーダビングや、テープの回転数をいじってピシャッとならした、今でいうリミックスみたいなことをしておるんです。いや、言われなきゃ気付かない。それぐらい演奏が凄いんです演奏が。

キッチリ正しい演奏なのに、そこに乗っけられた情念の質量がハンパない。あの〜、正しく狂ってるって正にこんなののことを言うんだなと思います。

で、後半の演奏はホーン入り&お客さん入りのライヴといこともあって、よく知られたスタンダードを中心に、幾分柔らかで気品豊かに聴かせる演奏です。

前半の壮絶を先に浴びてますから、最初は「ん?意外と普通に綺麗なジャズだ」と思いましたが、軽やかな演奏のバッキングでかなりぶっ飛んだ和音を「ガコォ!」と食らわせたり、ソロ取ってるコニッツのフレーズに不思議な絡み方をしたり、で、その軽やかに吹いているはずのコニッツのアルトも、よく聴くと美しい展開のそこかしこに不穏な「間」や「横への逸脱」があったりして、後から後からジワジワくるんです。

聴いていて決して楽しい音楽ではありませんが、確実に人間の奥底に作用して不思議な中毒性を持つ、レニー・トリスターノのクール・ジャズは、聴けば聴くほどアタシ達を無限の可能性が広がる闇に連れてってくれます。ホントにねぇ、凄いんですよ。



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2017年06月28日

アート・ペッパー・ミーツ・ザ・リズムセクション

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アート・ペッパー・ミーツ・ザ・リズムセクション
(Contemporary/ユニバーサル)


「毒を食らわば皿まで」

という言葉が好きなので、今日もひつこくアート・ペッパーをご紹介したいと思います。

えぇ、これはもうね、しょうがないんですよ。ペッパーという人の甘美でいてどこか危うい演奏とアルト・サックスのえもいえぬ音色には、何というか「あぁかっこいいなぁ、もう一回聴いてみよう」と思ううちに何回もズルズルと聴く人を引き込んでしまう。もう何度も言いますが、正に”甘い毒”そのものだから、えぇ、これはもうね、しょうがないんです。ペッパーをよく知らないという人もですね、これはもうそういうもんだー、しょうがないんだーと思いながらここからの記事を読んでくださいね。

今日は人気の高いアート・ペッパーのアルバムの中でも「モダン・アート」と並んで特に代表的な名盤と言われている「ミーツ・ザ・リズムセクション」であります。

これはですのぅ、当時の西海岸白人ジャズ、いわゆる”クールなウエスト・コースト・ジャズ”を代表する人気者のアート・ペッパーと、東海岸ニューヨークの粋でイナセなモダン・ジャズ、いわゆる”ハードバップ”を代表する大物のマイルス・デイヴィスのバンドのピアノとベースとドラムのリズムセクションの3人が競演した、今で言うところの「夢のコラボ企画」の走りみたいなアルバムなんですね。

当時はアメリカもニューヨークを中心とした東海岸と、カリフォルニアを中心とした西海岸では、そのスタイルが大きく異なっておりました。

そんなスタイルの違う人気者同士を共演させたら、きっと目新しいカッコイイものが出来るに違いない!ジャズ好きならばそう思うのが自然でありますね。そうでなくてもジャズが好きな人というのはジャズのどこが好きかというと

『個性的なプレイヤー同士が、その個性を思う存分ぶつけ合うことで生まれるマジック』

というのが好きなんです。

んで、ペッパーと”リズムセクション”という一言だけでもうあぁコイツらだとジャズ好きにはピンと来るぐらいに有名だったマイルス・デイヴィスのリズムセクション、すなわちピアノのレッド・ガーランドとベースのポール・チェンバースとドラムのフィリー・ジョー・ジョーンズの3人による演奏は、果たしてどんな具合に仕上がったのでしょう?

はい、これが言うまでもなく「大成功」だったんです。

元より当時のマイルス・デイヴィスのバンドは、ハードドライヴィングなリズムを繰り出した派手な演奏、ホットな演奏をすることも出来ましたが、マイルスが目指すところは「勢いだけに頼らない都会的な洗練を生み出すサウンド」であり、選ばれたメンバー達もそれぞれそのコンセプトに適う実力とセンスを持った人達でした。

彼らのリラックスしてて都会的な”小粋”をふんだんに振りまくグルーヴ(特にレッド・ガーランドの優雅で気品に満ちたピアノはカッコイイですね)を得たペッパーが、持ち前のメロディアスな感性を全開にして吹かない訳がありません。

一説によるとこの日のレコーディングに臨んだペッパーは

「うえぇ、あのマイルス・デイヴィスのリズム・セクションと一緒にやるのかぁ。怖いなぁ・・・そうだ、クスリをキメたら少し大丈夫になるだろう」

と、自宅でラリラリになっていて、演奏どころか歩くのもヘロヘロな状態で、それでもビビリながらスタジオに入ったとか言われておりますが、本人の回想によると

『ん〜、マイルスのバンドとか言われても実際よくわかんなかったんだよね。ニューヨークで人気なんだって?ソイツらが西海岸にツアーに来て、レコード会社はわざわざ一緒にレコーディングさせるって言う。正直あんま乗り気じゃなかったのよ。オレはあん時体調悪かったし、何しろスタジオには1日しか入れない。で、一緒に演るのは知らんヤツらだし曲もマトモに準備してない。ビビッてなんかないよ、ただ困るよね。だから何とかバックれてやろうと思ったの。遅刻してきたのと体調悪かったのはそもそもクスリが原因だったってのは正直すまんかった』

ということだそうで、とにかく「知らない人と一緒に演奏するの悩んじゃうよね」というぐらいペッパーが物凄く繊細だったというのと、東海岸流儀の”出たとこ勝負のセッションをそのまんま一発録りしよう”というような感覚が、恐らくこの頃の”しっかりと譜面を用意してリハーサルもたっぷりやってからレコーディングする”というのが当たり前の西海岸のミュージシャン感覚にはちょっと理解できないことがあったんではないかと思われます。





【パーソネル】
アート・ペッパー(as)
レッド・ガーランド(p)
ポール・チェンバース(b)
フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)

【収録曲】
1.ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ
2.レッド・ペッパー・ブルース
3.イマジネーション
4.ワルツ・ミー・ブルース
5.ストレート・ライフ
6.ジャズ・ミー・ブルース
7.ティン・ティン・デオ
8.スター・アイズ
9.バークス・ワークス
10.ザ・マン・アイ・ラヴ (ボーナス・トラック)


ところが、そんな繊細さとか感覚の違いとかを、当日ややラリラリになりながらも演奏では見事克服したペッパーも偉いんですけど、ペッパーの緊張を解いてベスト・プレイを導き出したガーランドとチェンバースとフィリー・ジョーの3人が偉いと思いますわ。

こっからは想像の会話です。

ペッパー「・・・あ、どうもお疲れ様です。ご一統様お揃いで・・・」

ガーランド「おうおう、西海岸のスター様のご到着だ。いやぁはじめまして、噂はかねがね聞いてるよ。すっげぇクールなプレイするんだってな。ウチのリーダーも褒めてたよ(嘘、マイルスが注目してたのはチェット・ベイカーの方)」

ペッパー「いやそんな、嬉しいな。今日はひとつお手柔らかによろしく・・・。ん?君随分若いがいくつ?」

チェンバース「ポールだよ。歳はう〜んと、22です」

ペッパー「(ええぇ、こんな少年みたいなベーシストがそんな凄いのか・・・)よ、よろしくポール」

フィリー・ジョー「あー、えーっと、お兄さん大分ヘロヘロじゃねぇか。キメてきたんだろ?後でオレにもちょっと(以下不適切につき割愛)」

ペッパーとフィリー・ジョー(ニコニコ・・・)←会話の結果一番意気投合している。

エンジニア「よーし、じゃあはじめるか!時間ないぞー、一発でバシッとな」

ペッパー「え?ちょっと待って、まだ準備が。それに何やればいいのか・・」

ガーランド「オーケー、アート。まぁブルースやろうか」

ペッパー「(ブルースなら・・・)あ、わかった」

という訳で初顔合わせではお約束のブルース(ここではACEがそれです)を演奏して、お互いの実力の高さ、特にペッパーから見て、この3人の「ツーといえばカー」の見事な即応能力は相当にヤル気を出させて余りあるものだったと思います。

「オレ、こんなフレーズ思いついたんだー」

とガーランドが弾くピアノに合わせてバックの2人が完璧なリズムを提供、それに触発されてアドリブを繰り出すペッパーのプレイを気に入って「よし、じゃあこの曲はオレらの名前を取って”レッド・ペッパー・ブルースでどうだ?」と、笑いも混ぜながら和気藹々の中進むブルース・セッション。

やがて機嫌がよくなった4人で

「スタンダードならどの曲がいい?」

「オレ、あの曲好きなんだー」

「マジか?それニューヨークでもウケてるぜ」

「じゃあやろう」

と、スタンダードのセッションが始まって、生まれた名演が冒頭の『ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ』最初の3音が朗々と伸びてゆく大変にふくよかなこの曲は、ヴォーカルものではヘレン・メリルがクリフォード・ブラウンと一緒にやったもの、インストものならコレといわれるぐらいに素晴らしく完成度の高い”歌”が聴けて、文句ナシの一曲目ですね。

あと、ノリにノッて急速調のリズムの上でペッパーが珍しくアツく吹きまくる『ストレート・ライフ』、フィリー・ジョーが得意のラテン・リズムを転がしながら、ペッパーのアドリブから艶やかな色気を最大に引き出しております。

とにかくブルースもスタンダードも、ペッパーと”リズム・セクション”それぞれのリラックスした中にアツく燃える瞬間がいくつもある、見事にガチンコなやりとりの中で最高に活きておりますね。

最初は

「おうおう、西の代表ペッパーの軽快によく歌うサックスと、東のナンバーワン・リズムセクションのハードに粘るグルーヴの掛け合わせが最高だわい」

とか思ってて、実際にそういう味わいの違うもの同士の融合の奇跡な部分はあるんですが、聴く毎にペッパーの持つ狂おしいメロディ感覚と、リズム・セクションの小粋な深みのある演奏が、本当に自然に溶け合ってるなぁと思って感動し、その自然な心地良さに酔えるアルバムだと思うに至ります。

本当にたった1日の初顔合わせセッションなのに演奏のクオリティは高く、捨て曲もなく、この4人ずっと一緒に演奏してきた人達なんじゃないか?とすら思うほどです。





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2017年06月27日

アート・ペッパー モダン・アート

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アート・ペッパー/モダン・アート
(Intro/ユニバーサル)


「サーフ・ライド」で若さ炸裂の爽快なペッパーのアルト・サックスを聴いていたら、ついあれも聴きたいこれも聴きたいと、この3日ぐらいすっかりアート・ペッパー祭状態でした。

サックスといえば突き抜けた過激なスタイルも大好物なんですが、そういう激しいヤツをガーッと聴いた後に、メロウなトーンで優しく切なく吹いているサックスを聴くと「おぉ、かっこいい・・・」と、クラッとなってしまいます。

でも、そこはジャズですがら、単純に”綺麗”とか”上手い”とかいうのではダメで、一見端正で破綻のない演奏の内側に、どこかやりきれない哀しさとか、もっといえば背後にうっすら感じる破滅の気配みたいなものがないと満足できません。

いかにも真夜中のバーなんかが似合う、ニューヨークの黒人ジャズに比べ、軽妙でオシャレ、カラッとした昼間の空気が似合って健康的だね、なんて言われる1950年代のウエスト・コーストの白人ジャズではありますが、実はアタシは、この一見健康的で何の屈託もなさそうな明るいジャズの中にこそ、そういった”どうしようもなさ”の類の気配をとても感じて、胸がギューッとなってしまうのです。

で、アート・ペッパーです。

50年代にジャズという枠組みを超えて、ハリウッド俳優並の人気を誇ったジャズ界の二大色男といえばチェット・ベイカーとこのペッパーですが、彼らの演奏は、正に切なさと狂おしさと、マイルドな表現の奥底に秘められた破滅の匂いそのものでした。

デビューしたその頃から、いわゆる重度の麻薬中毒患者だったんですね。

ペッパーの方は懸命な断薬治療をして中毒を克服しており、ベイカーの方は晩年までヘロインにドップリで、最後はホテルの部屋から落下するという、事故なのか自殺なのか他殺なのかよく分からない不幸な最期を迎えております。

最期に関してはともかく、50年代から60年代に活躍したジャズマンのほとんどは、麻薬や酒、ギャンブルに溺れ、異性関係でのトラブルをいくつも抱えるなんてことは珍しくないことでありました。物理的には黒人であれ白人であれ、来るか来ないか分からない仕事で一攫千金を狙い、レコード会社からは印税を搾取され、マフィアが経営するクラブで日銭を稼ぎ、少しカネが入ったら彼らの”ビジネス”の顧客にされて、色んなところから骨の髄まで搾り取られる生活の中におり、一方で華やかなステージで脚光を浴びてモテまくる。

こんな中にいたら、マトモな感覚なんか来るってしまいます。繊細で感性が敏感な人ほど、何が信じられることで何が信じられないことかの判断が崩壊し、唯一信じられるもの=「確実に現実から逃避させてくれるもの」としての麻薬に手を出すことに、さほど抵抗はなかったのかも知れません。

悲しいかなこれが当時のミュージシャンを取り巻く環境でありました。

才能に溢れながらも表現のことや生活のことで多くの苦悩を抱えていた若き日のペッパーも、苦悩の果てにやぶれかぶれになってヘロインに手を出したであろうことは想像に難しくありません。

デビュー作「サーフ・ライド」のセッションをすべてレコーディングした後に彼は麻薬の不法所持で最初の逮捕。最初は微罪だったので、療養施設でリハビリをして社会復帰した後に西海岸で最も売り出し中のジャズ・レーベル”コンテンポラリー”と契約を交わすのですが、実はこの間に小遣い稼ぎ(実際は麻薬を買うカネ欲しさ)にイントロという小さなレーベルでの仕事を一個だけ引き受けます。

スタジオに集められたのは”サーフ・ライド”でも素晴らしいコンビネーションをキメた、この時期の西海岸サウンドにはなくてはならないピアニストのラス・フリーマンに、ベースのベン・タッカーにドラムのチャック・フローレスという一流どころの面々でありましたが、ペッパーにとってはそんなことよりも日銭が欲しい、早くしようぜ、何やるの?うぅ〜ん、まず適当にブルースやって、後はスタンダードでもやるか。はい、じゃあはじめよう、ワン、ツー・・・。





【パーソネル】
アート・ペッパー(as)
ラス・フリーマン(p)
ベン・タッカー(b)
チャック・フローレス(ds)

【収録曲】
1.ブルース・イン
2.魅せられて
3.君微笑めば
4.クール・バニー
5.ダイアンのジレンマ
6.サヴォイでストンプ
7.恋とは何でしょう
8.ブルース・アウト


ぐらいの感じだったと云います。

実はこのペッパー、最初の逮捕と治療もどこ吹く風で、シャバに出たらもうとっととヘロインを仕入れて打ってたんですね。

初期ペッパーの名盤といえばもうひとつ「ミーツ・ザ・リズム・セクション」というアルバムがありますが、コレもレコーディングのときはもうクスリでヘロヘロになって、スタジオに遅刻してきて、吹いてる時も意識朦朧で大変だったそうなんですが、この時期のペッパーのコレが”平常運転”なのです。

でも、そんなヘロッヘロでまるでダメな状態のペッパー

「本当はチャーリー・パーカーみたいにエキサイティングなトーンでバリバリに速い曲を吹きまくりたいんだー!」

という思いとは裏腹に、麻薬の悪影響で思うように気合いが入りません。

でもね皆さん、ここからがあり得ない話なんですが、そんな”気合いが入ってないはずのペッパーの音”が、レコーディングされた演奏からは何とも甘く艶やかなトーンで、独特の憂いを帯びた美しい旋律を奏でているんです。

麻薬中毒のことを知らなければ、全く破綻のない「こういうスウィートな演奏をする人なんだ」で当たり前に通用する音です。

(恐らくは)ペッパーの演奏前の状態を見て「あぁ、コレはオレらが必死で盛り上げないとダメだぞ」と思ったであろうメンバー達の、すこぶる爽快な”カチッ”とした綺麗にスウィングするビートは全編に渡って見事で、特にバンドの中心となっているラス・フリーマンの決して主役を押しのけない、でもソロの中では全力で歌世界を築き上げる知性と品性に満ちたピアノは素晴らしいのですが、冒頭の「ブルース・イン」エンディングの「ブルース・アウト」で、ペッパーとピッタリ呼吸の合ったベースを聴かせるベン・タッカー、もう最高です。

そんなバックのキッチリしたグルーヴに、ペッパーの情緒てんめりで妖しく美しく鳴り響くアルト・サックスの音、えぇいもう麻薬中毒とかそういう色眼鏡ナシで聴きましょうや。

・・・でも、やっぱりどこか危険な香りがするよぉ!

この独特な危険なカッコ良さは、マイナー・レーベルでのちょっとしたレコーディングのつもりだった、ヘタをすれば録音したペッパー本人の記憶にもあんまり残ってないぐらいのレコードを、奇跡の大名盤に育て上げます。

くれぐれもペッパーは本調子ではないのです。で、どんなに素晴らしい才能を持っていても、麻薬がそれを終わらせることはあるけれど、開花させることは絶対にないのです。でも、このアルバム全編を覆いながらペッパーのプレイのあちこちから胸の内を破って出てくるかのような切ない切ないエモーションは、ちょっと何事でしょうという感じであります。やっぱりどうしようもなくジャズなアルバムなんです。

この音と出会ってしまったばかりにアタシの人生どこか変わってしまったかもなぁ・・・。

でも、まぁいいか。







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2017年06月26日

アート・ペッパー サーフ・ライド

4.jpg
アート・ペッパー/サーフ・ライド
(Savoy/日本コロムビア)

笑顔でサーフィンに興じる派手なビキニ姿の女性のイラスト。

いくら目を引くとはいえアナタ、これが1950年代に出されたジャズのアルバムのジャケットだと信じられますか?

そうなんです、ジャケットだけを見る限りではまーったくそんな雰囲気は致しません。

でもこれ、正真正銘の立派な50年代ジャズなんです。

中で演奏している方はもちろんビキニ姿の女性ではなくてこの人

5.jpg

はい、アート・ペッパーです。

1950年代にはチェット・ベイカーと並んで「ジャズ界を代表するイイ男」として抜群な人気があった人で、でも顔だけじゃなくてその軽やかさと芯の強さを併せ持つアルト・サックスのプレイにおいても、間違いなく時代を代表する実力者の一人でありましょう。

この時代のジャズ・シーンは、主にニューヨークのナイトクラブでの興行を中心とした東海岸ジャズと、ハリウッド等の映画産業と密接な関わりを持つ西海岸ジャズとに大きく分かれておりました。

ニューヨークでは40年代の後半にチャーリー・パーカーらによって、非常にスピーディーで迫力に満ちたジャズ、つまりビ・バップが生み出され、とにかく現場でのアドリブ合戦に強いプレイヤーが次々とそれまでの常識を覆すような演奏でシーンを沸かせておりました。

それに対する西海岸のジャズは、夜はクラブで演奏するミュージシャン達も、ちょくちょいく映画や舞台の音楽の仕事に呼ばれ、スタジオでしっかりと譜面を見ながら、アンサンブルを重視した知的かつ軽妙な演奏を得意としておりました。

とはいえ、東と西、それぞれの地域のジャズマン達が、互いのことなど全く眼中になく、それぞれのスタイルの範疇でジャズをやっていたのかといえばそうではなく、西海岸のミュージシャン達はビ・バップのスピーディーでエキサイティングな演奏をセッションではこぞってやっておりましたし、東海岸のミュージシャンの中でも、マイルス・デイヴィスのような、若く探究心に溢れたミュージシャン達は西海岸のバンドのアレンジを熱心に研究し、またツアーで互いに行き来をしながら親しくセッションをしたりレコーディングの話なんかも持ち掛け合ったりしながら、1950年代は東と西で競合しながら互いの良いところを取り込んで、両方の個性がグングン確立されていった時代、と言えましょう。

さて、本日の主役のアート・ペッパーですが、この人は西海岸にこのバンドありと言われたスタン・ケントンのビッグバンドに若き白人アルト奏者として籍を置くことでミュージシャンとしてのキャリアをスタートさせました。

ケントンのオーケストラは、クラシックの技法なども積極的に取り入れ「ホールでダンスするためだけのジャズではなくて、コンサートでキチンとした鑑賞に耐えうるジャズを作ろうよ」と、緻密でドラマチックなスコアを練り上げて楽曲を完成させ、また「コイツはできる」と思ったメンバーには、そのアレンジの中で出来るだけ本人の感性に任せたソロを取らせる人でもありました。

ペッパーはそんなケントンのバンドで、才能をグングン発揮して1952年、27歳の時に満を持してソロ・デビューのレコーディングを行います。

その後彼はソロ・アーティストとして知らない人はいないぐらいの存在になり、その端正なルックスに劣らない詩的な叙情に溢れたサックス・プレイで多くの人の心を捉え、また、麻薬中毒による長い社会不在と奇跡の復活を繰り返した正にジャズマンを地で行くような劇的な人生などなど、まぁとにかく話題には事欠きませんが、本日はペッパーの記念すべき1952年の初リーダーセッションと翌年翌々年のセッションを集めたデビュー・アルバム、冒頭でジャケットのお話をした「サーフ・ライド」をご紹介いたしましょう。




【パーソネル】
アート・ペッパー(as)

(@〜B)
ラス・フリーマン(p)
ボブ・ウィトロック(b)
ボビー・ホワイト(ds)

(C〜E)
ハンプトン・ホーズ(p)
ジョー・モンドラゴン(b)
ラリー・バンカー(ds)

(F〜K)
ジャック・モンテローズ
クロード・ウィリアムソン
モンティ・バドウィック
ラリー・バンカー

【収録曲】
1.ティックル・トゥ
2.チリ・ペッパー
3.スージー・ザ・プードル
4.ブラウン・ゴールド
5.ホリデイ・フライト
6.サーフ・ライド
7.ストレート・ライフ
8.ザ・ウェイ・ユー・ルック・トゥナイト
9.シナモン
10.ナツメグ
11.タイム・タイム
12.アーツ・オレガーノ



さてさてアタクシ、冒頭で「このサーフィンのジャケットがジャズのアルバムなんて信じられないわ」と申し上げまして、読者の皆さんもにわかにそのようにお思いになっておるとは思いますが、実は1950年代はまだロックやポップスもない時代、ブルースからロックンロールが生まれチャートではR&Bが破竹の快進撃を続けていたことは確かに事実ではありますが、この時代ポピュラー音楽といえばやっぱりジャズだったんです。

で、最新のトレンドだった西海岸のクールなジャズを売り出すために、ジャケットに持ってきたレジャー界の最新トレンドがサーフィン。

元々はハワイやポリネシアの極めて民族的な意味合いが強かったこの海での遊びがアメリカに渡ったのは、1900年のアメリカによるハワイ併合がきっかけであります。ハワイに入植した若い軍人達が兵役を終えてこの遊びを本国に持って帰ったのですが、アメリカで温暖かつサーフィンが出来る広い海岸があるという条件を満たしていたのが西海岸のカリフォルニア。

で、第二次世界大戦も終わってアメリカが豊かになり、レジャーとかリゾートとかいう考えがぼちぼち定着し始めた1950年代初頭、アメリカの西海岸に住む、裕福な白人の若者達の間で「サーフィンっていうクールな遊びがあるんだぜ」と流行りました。日本で言うところの太陽族みたいなもんですな。

つまりこの、オシャレ最先端のジャケットの中に入っているのは、サーフィンのメッカ西海岸の最高にカッコイイ音楽なんだぜ。ということを、実に当時の若者に分かりやすく説明しているのでありますよ。

ビーチボーイズの「サーフィンUSA」が世界中でヒットしてブームが巻き起こる10年以上前に、こんなところで音楽とサーフィンのコラボは既に始まってたんですなぁ。

SP用に録音していた音源がLPになって、ジャケはその時に作られたとはいえ、これは物凄く歴史的なことかも知れません。

おっと、ジャケットの"サーフィン"の話はこれに終わりません。実は内容とも密接にリンクしておりまして、それまでの西海岸ジャズといえば、先に申し上げたように、綿密なアンサンブルが生み出す心地よいグルーヴにノレるものと相場が決まっていたのですが、ここでペッパーは、東海岸のホットでスピーディーなビ・バップのやり方を大胆に取り入れたスリリンなプレイを繰り広げて、新しい西海岸ジャズの「速いけどクールなスタイル」を確立しております。

初期のペッパーといえば、繊細で軽やかなフレージング。そいつにたっぷりの情緒や哀感を乗っけて吹く50年代後半のスタイルがすぐに思い浮かびますが、もっと初期のコチラでは、意外やスパッと芯の強い音で勢いに任せてひたすら吹きまくる、若さと勢いのあるスタイルです。

ハンプトン・ホーズやラス・フリーマンなど、西海岸一流のバックによるスマートな伴奏を得てかっ飛ばすワン・ホーンの前半に、ジャック・モントローズのテナーとハイテクなやり取りを聴かせつつ、ソロになるとやっぱりたまらなくなって疾走するかのような後半、どちらもかなりパワフルで勢いありすぎてもう笑いしか出ないぐらいの快演で、このスリル、疾走感はたとえるならばやはり波乗りでしょう。









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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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