ディープなコラム こちらにも書いてます♪

2017年05月18日

ブルースが濃い!ブッカー・アーヴィン1


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ツイッターを眺めていたら、音楽好きのフォロワーさんの「これいいんだよね♪」が、アタシにとっては「コレを聴きなさい」という神の啓示に等しく響く時というのがあります。

それは昨日のこと。

あるフォロワーさんがブッカー・アーヴィンの「ザ・ソング・ブック」のことをつぶやいているのを見た時に

「おぉ!コレは聴かねば!」

と電流が走りまして、その夜家で「ひとりアーヴィン祭」をしとったとです。

何でブッカー・アーヴィンがそんなに特別なのかというと、それは元々ブルースが好きなアタシにとって、ブッカー・アーヴィンというテナー吹きが

「ブルース好きな人が聴けてたのしめるジャズ」

の条件にドンピシャだったからに他ありません。

アメリカ南部テキサス出身のアーヴィンは、ニューヨークに出てチャールス・ミンガスのバンドで本格的なジャズマンとしてのキャリアをスタートさせた訳なのですが、その根っこにズ太くある南部直送のブルース魂が煮えたぎる感じと、フリージャズの3歩ぐらい手前なフレーズの斬新さがごちゃまぜになったような独特の味わいがたまんないんです。

詳しくはおいおい書いていきましょう。

昨日は朝から2枚目の写真の「ラメント・フォー・ブッカー」を聴いてました。

これがライヴ盤なんですが、のっけから27分超えの大ブルース・ブローイング大会で鼻血モノなんですよ♪





(↓リンク先の商品はレコード盤です)
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2017年05月08日

チャーリー・クリスチャン オリジナル・ギター・ヒーロー

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チャーリー・クリスチャン/オリジナル・ギター・ヒーロー
(ソニー・ミュージック)

突然ですが皆さん、ジャズのギターって凄く難しいんですよ。

いや、そんなことはお前に言われなくてもわかっとる、ジャズに限らずギターは難しいんじゃい、ナメんなニワカが。という意見は重々承知しておりますが、例えばアタシのようにロックやブルースでギターに親しんだ人間にとっては、独特のコードやら、タダでさえ面倒臭い(失礼)ギター・ソロを、アドリブでしかもテクニナルに弾かなきゃならないジャズギターは、もう何度チャレンジしても「うむむ、よくわからんぞ」というものでありました。

ジャズの歴史を紐解くと、ジャズのギターが難しいのはそりゃそうで、例えばその初期の頃にソロ楽器だったトランペットやサックス、クラリネット等の楽器がスイスイと奏でるフレーズを、ギターの指板でもって再現するというのがそもそもの始まりだったようで、そのテクニック的にはもの凄い高度な熟練が必要な管楽器のソロ・フレーズを、ひたすら右手のピッキングと左手のフィンガリングでフォローしようというのは、コレ最初から難易度がものすごく高いんですね。

大体管楽器というのは単音に特化しておりますから、和音が吹けない代わりに、指運なんかはちょいと集中的にスケール練習をすれば、初歩的な早吹きは出来てしまいます。

それに比べてギターは元々が和音楽器、つまり左手は決まった形を抑えて右手はジャカジャカやればそれで一応の伴奏が出来る訳ですから、最初はそんな頑張ってソロを弾く必要はなかったんです。

それに、ジャズの世界でギターがソロ楽器としてスタートしなかった決定的な理由がもうひとつ、それは音量の問題です。

戦前のアメリカのジャズはビッグバンドが主流。しかも、ギターアンプが現場に出てきたのが1930年代も後半になってようやくですので、それまでは本格的なビッグバンドに在籍しているギタリスト達は、生音でひたすらちゃっちゃかちゃっちゃかとリズムを刻んでいるだけの存在であったんです。

で、1930年代後半に「エレキギター」という革命的な、ギタリストにとっは新型兵器とでも言っていい道具が登場します。

アンプにコードを差し込んで、ボリュームを上げればそれだけで管楽器に負けないぐらいのデカい音が出せるという訳ですから、これはもう世のギタリスト達にとっては魔法の道具でした。

そんなエレキギターを使いこなし、ジャズ・ギターの世界にて本格的な「ソロ楽器」としての演奏法を生み出し、今に至るまでのジャズ・ギターの歴史の根幹を築いたのが、本日ご紹介するチャーリー・クリスチャンでございます。

1916年生まれのチャーリー・クリスチャン、ジャズの世界でエレクトリック・ギターを最初に極めたレジェンドでありますが、ほぼ同じ年代で、1911年生まれのT・ボーン・ウォーカー(ブルース)、レス・ポール(カントリー)という、それぞれのジャンルでのエレキギターのパイオニアがおるということは、頭の片隅に入れといてもらいやしょう。この二人は実際に非常に重要な絡みがありますので。。。

で、クリスチャンはアメリカ南部のテキサスで生まれ、盲目のブルースマンだった父親の影響で、兄弟達と共に楽器を始めた彼は、まずトランペットを極め、そして十代の頃にギター、ピアノ、ベース、ヴォーカル、更には何とタップダンスや野球に至るまで、その非凡な才能を発揮しまくって、生活していたオクラホマ近辺だけでなく、南部一帯に「凄いギターを弾く小僧がいる」と噂になり、共演したテディ・ウィルソンやメリー・ルー・ウィリアムスといった先輩格のミュージシャン達も「彼のギターは本当に素晴らしい」と、口にするようになりました(2人共30年代を代表する凄腕のピアニストです)。

この頃のクリスチャンは、恐らく17とか19とか、そんな年齢だったでしょうが、単なるコード弾きだけでそんなに人を感動させるということはありえないことなので、少人数のセッションの時は「オレにもソロ弾かせてくれよ」と申し出て、当時絶大な人気のあったロニー・ジョンソンのスタイルで、華麗なアコースティック単音ソロを弾いていたのだと思われます。

で、この頃に同じステージでタップダンスのコンビを組んでいたのが、後に「モダン・ブルース・ギターの父」と呼ばれるT・ボーン・ウォーカー。

本業がギタリスト、しかも後にそれぞれのジャンルでエレキギターの草分けとなる者同士の2人が、副業のタップダンスで同じステージに立つなんて、何だか面白い話ですが、実際にあった話なんだそうです。

この時楽屋で2人はギターについて語ったかも知れません。もしかしたら楽屋にあったギターを弾き合って互いのプレイを讃えあったのかも知れません。もしくは共通のヒーローだったブラインド・レモン・ジェファソンの話にも花を咲かせたのかも知れませんね。

おっと、話が脇道に逸れました。

ギターで評判になり、”仕事”としてはマルチにどんな楽器でもこなせたクリスチャンに、決定的な転機が訪れたのは1939年、彼が23歳の時です。

相変わらずオクラホマを拠点に、ローカルバンドで活動していたクリスチャンの評判を聞いて、敏腕音楽プロデューサーのジョン・ハモンドという人が、彼をある目的でスカウトしようとやってきました。

この人はビリー・ホリディ、ロバート・ジョンソンを見出し・・・と言っても凄さはあんま伝わらんと思いますが、後にアレサ・フランクリン、ボブ・ディラン、ブルース・スプリングスティーンを世に送り出したといえば、少しは凄い人だと思ってもらえるでしょうか、とにかくその凄いスカウトマンが”ハタチそこらの凄いギタリスト”として評判だったチャーリー・クリスチャンの演奏をはるばるオクラホマまで聴きに来て、彼が当時まだ珍しかったエレキギターを使って繰り出す斬新で刺激的なギター・フレーズに一発で衝撃を受け「はい、OK」と、演奏が終わったチャーリーに

「君、今からロサンゼルスに行ってこの男のオーディションを受けなさい」

と、メモを渡しました。

そこには何と、当時”キング・オブ・スウィング”と言われて人気絶頂だったクラリネット奏者でバンドリーダー、ベニー・グッドマンの名前と会場の場所が書かれておりました。

実はジョン・ハモンドは、ベニー・グッドマンのアドバイザーでもあった訳です。

クリスチャンはロスに飛ぶ訳ですが、実はベニー・グッドマンは、その前にハモンドが連れてきたギタリストの採用に全く乗らず、あっさり蹴っております。クリスチャンなんか当時都会では全く無名のタダの黒人の若者に過ぎない訳ですから、当然大スターのベニー・グッドマンは興味なんか持ちません。

そのままクリスチャンだけを行かせても

「僕、オーディション受けに来たんです!」

「あ、そ。出口はあっちだ」

となるのは目に見えていたので、ハモンドはあれやこれや工作して、何とコンサートの真っ最中に台所から飛び入りするようにクリスチャンに指示を出します。

いきなりそんなことを言われて「え、でも楽器ないし・・・」と焦るクリスチャンに協力して

「面白そうな話じゃねぇか、なんならオレのギター貸すぜぇ。あ、コイツエレキギターってんだ、弾き方分かるかい?」

と、助け舟を出したのが、当時カントリーの世界で初めてエレキギターでブイブイのソロを弾いていたレス・ポールだったと云われています。

そんなこんなでベニー・グッドマンのステージに潜入したクリスチャン、食事に行っていた大スターが戻って来ましたら、何だか知らないヤツがステージの上でギターを持っている。何だ、年端も行かないガキじゃないか、どうせ目立ちたがりの田舎者だろうて、ひとつソロでも無茶ぶりして恥をかかして追い出してやれ、と、いきなり十八番の「ローズ・ルーム」をおっぱじめます。

関係者がヒヤヒヤと見守り、聴衆は優雅に食事を楽しみながら、恥知らずな若者がステージで失態を演じるのを期待しながら冷ややかな目で観ておりました。

やがて「ローズ・ルーム」、グッドマンのいかにも洗練を極めた優雅なソロが、微かな余韻を芳香と残して終わり、クリスチャンのギター・ソロへと順番が回って来ます。

それを受けたクリスチャンは、何ということか御大の吹くクラリネットと比べても全く遜色のない、美しく気品と機知に溢れた見事なソロを、それまでほとんどの人が聴いたことのないエレキギターという新しい楽器の新鮮な音色で、予定の枠を超えてとめどなく弾き続けている。

聴衆は食事の手を休めてその音に聴き入り、惜しみない拍手喝采を送ります。

本気になったグッドマンは、クリスチャンのソロの合間にまた見事なクラリネットで応報、更に自分のソロの後半になると、クリスチャンに「おい、続けろ」と目で合図を送るのです。

かくして3分の予定が何と45分になった「ローズ・ルーム」は伝説の名演と呼ばれ、クリスチャンの名もアメリカ全土に知れ渡り、当然この23歳の若きギタリストは、たった一度のプレイでベニー・グッドマンの心を射止め、晴れてバンドのレギュラー・メンバーの座を獲得するのでありました。

その一ヵ月後にはグッドマン・セクステットの一員として憧れの大都会、ニューヨークの住人となったクリスチャンは、一流の証、カーネギー・ホールのステージでも演奏し、更にミントンズ・ハウスでもって同年代のディジー・ガレスピー、セロニアス・モンクらと共に夜な夜なセッションを繰り広げ、後にビ・バップと呼ばれるモダン・ジャズの誕生にも関わることになりますが、1942年、25歳の春の日に肺結核によってあっけなくその生涯を終えております。


(ギター・レジェンド・シリーズ)

【パーソネル】
ベニー・グッドマン(cl)
フレッチャー・ヘンダーソン(p)
ライオネル・ハンプトン(vib)
チャーリー・クリスチャン(g)
アーティ・バーンスタイン (b)
ニック・ファトゥール(ds)

【収録曲】
1.セヴン・カム・イレヴン
2.ホーリー・キャッツ
3.グッド・イナフ・トゥ・キープ
4.フライング・ホーム
5.ボーイ・ミーツ・ゴーイ(グランド・スラム)
6.ベニーズ・ビューグル
7.ゴーン・ウィズ・ホワット・ウィンド
8.ブレックファースト・フュード
9.アズ・ロング・アズ・アイ・リヴ
10.ロイヤル・ガーデン・ブルース
11.ローズ・ルーム
12.シックス・アピール(マイ・ダディ・ロックス・ミー)
13.ティル・トム・スペシャル
14.アイ・ファウンド・ア・ニュー・ベイビー
15.ウェイティン・フォー・ベニー(ア・スムース・ワン)
16.ブルース・イン・B
17.ソロ・フライト


「もしも長生きしていたら」

ということが、天才らしく盛んに言われる人ではありますが、その演奏において彼は「ジャズ・ギターで出来るカッコイイことの基本」は、恐らく全てやり尽くしてしまったと言えます。

現にケニー・バレル、タル・ファーロウ、グラント・グリーン、ジョー・パス、ウェス・モンゴメリーからジョージ・ベンソン、ジョン・スコフィールド、パット・メセニー、アラン・ホールズワースに至るまで、およそ「ジャズ・ギタリスト」と名乗る全ての人の演奏には、クリスチャンからの絶対的な影響が、その話し言葉に近いフィーリング豊かなピッキング/フィンガリングから流れてくるのです。

で、若くして亡くなったチャーリー・クリスチャンには「ソロ・アルバム」というのがありません。

ええぇ!?何で?今クリスチャンのアルバムを紹介しておいてそれ!?

と、お思いの方、多いと思います。

はい、実はこのアルバム「オリジナル・ギター・ヒーロー」も含め、彼が生前に残したアルバムは全て(ミントンハウスのチャーリー・クリスチャンは、公式なレコーディングでもないし特定のリーダーを置かないセッション・アルバムでございますから・・・)ベニー・グッドマン・セクステットにおけるサイドマンとしての参加作なのです。

1938年から亡くなる前年の1941年まで、このバンドでクリスチャンが残した楽曲は全部で98テイク。これを多いと見るか少ないと見るかは置いといて、とにかくコレが”ジャズ・ギターのパイオニア””エレキギターの革新者”チャーリー・クリスチャンの全てなんです。

メンバーを見てください。ベニー・グッドマンにライオネル・ハンプトン、フレッチャー・ヘンダーソンと、それぞれがビッグバンドを率いて、しかも絶大な人気を誇った大物中の大物がフロントに顔を揃えている中で、20代半ばの若きギタリストの音の何と力強く、気品と貫禄に溢れていることか。

ぶっちゃけ「どうせサイドマンなんだろ」と、最初はアタシも思っておりましたが何が何が、小編成ながらその一音一音に、30年代スウィング・ジャズの”粋”の全てを凝縮したようなバンド・サウンドの中で、やっぱりソロになると空気が一気に輝きだすそのメロディアスなギターの神髄を、未聴の人はぜひ聴いてちょうだいなと。

「天才」「革命家」と、アタシゃ散々言ってきましたが、実はクリスチャンのプレイはノリや勢いや大胆さだけで衝撃を与えるものじゃあない。むしろそういう「消費される刺激」の地平からは一番遠いところにある、いつまでも上質な光沢が色あせないものなんだなぁと、今丁度「ローズ・ルーム」を聴きながらほんわり考えています。





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2017年03月20日

キース・ジャレット 生と死の幻想

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「綺麗」と「美しい」の違いとは何か?

尋ねられるとつぶさには答えられないので、じっくりと考えてみました。

すると思うに「綺麗」というのは、主に視覚や聴覚に鮮やかに飛び込んでくる、その瞬間的な何かのことで「美しい」というのは、視覚や聴覚にありのまま飛び込んできた情報に止まらず、それによって何かしらの想像の力が働く、端的に言えばそこからストーリーが導き出されるものの事全般を指すのではないかと思います。

いやもっとシンプルに「美しい」というものは「綺麗では収まらない恍惚や陶酔を孕んだもの」ではないでしょうか。

例えばキース・ジャレット。

この人のピアノは「綺麗」の最たるものです。

ピンと背筋が伸びるような、濁りのないタッチ、繰り出すフレーズの端正さと透明度は、これがジャズであることを忘れさせてしまう、つまり恍惚と陶酔でもって「これは何」という根幹の部分にある心の壁を溶かしてしまうぐらいのものを持っている。

でも、ここまでなら単なる「綺麗」です。

キース・ジャレットの音楽は、そこから更に聴く人の心の深淵に、スッと入ってきて、色々と狂おしく掻き乱します。つまり美しい。

矛盾するかも知れませんが、何故彼の表現が美しいのか?それは「完璧じゃないから」だと思うんです。

綺麗なメロディーを弾いてるけれど、ギリギリのところで甘美に流れる事を断固拒否してるかのような、厳しい音の選び方や、演奏中の「イー、イー」という妙な唸り声。

正直これがなければキースは完璧。

と、思う要素は結構あるんですが、それらがなかったらキース・ジャレットというピアニスト、恐らく記憶にすら残らない存在で終わったことでしょう。

キースの言葉です。

私達はもっと花のように努めるべきである。
彼らにとっては毎日が生の体験であり、死の体験でもあるから。

−キース・ジャレット.



どうでしょう?花について語るとき、ほとんどの人はその美しさ、眩しいほどの生命の咲き誇る様を無条件で讃えがちですが、彼は慎重に言葉を選びながら

「花というのは生でもあるが死でもあるよ」

と言ってます。





【パーソネル】
キース・ジャレット(p,ss,fl,perc)
デューイ・レッドマン(ts,perc,@B)
チャーリー・ヘイデン(b)
ポール・モチアン(ds,@B)
ギレルミ・フランコ(perc,@B)

【収録曲】
1.生と死の幻想
2.祈り
3.グレイト・バード


この言葉が記されたライナノーツが入っているのは、アルバム「生と死の幻想」。

最初に知った時は、何だか70年代のハードロックのアルバムジャケットにしか見えず、もっと具体的には

「どこのシン・リジィだよ」

としか思えず、中身がまるで想像できなかったので、気にはなるけど(大好きなlmpulse!レーベルのだし)、聴くのは大分遅くなってしまっていたアルバムです。

キースといえば、今も籍を置いているドイツのECMレーベルでの、とにかく美しいピアノ・トリオやソロ・ピアノ、それかヨーロッパのミュージシャン達と、洗練と透明を極めた"ヨーロピアン・カルテット"だよな〜と思っていた所に、インパルスという、キースのイメージとはちょっと合わない、フリージャズやカルトでモンドなポップスに寄った個性派や、或いは30年代40年代に活躍したスウィング・ジャズの往年の名手達による渋くて硬派なイメージのレーベルから出された、しかもクレジットを見ると、ビル・エヴァンスと組んでいたポール・モチアンは分かるけど、デューイ・レッドマンやチャーリー・ヘイデンという、フリーの親玉オーネット・コールマン系のコワモテな方々。

うん、どんな音かますます想像できません。

購入までどれくらいかかったか、とにかく長い時間かかりましたが、ようやく聴いた時は、トリオやソロ・ピアノやヨーロピアン・カルテットとはまるで違うサウンドながら

「あ、美しい・・・」

と、絶句しました。

フルート(キースが吹いてる)とパーカッションが、どこか奥アジア辺りの民族音楽を思わせつつ、やはり端正さと切なく儚い美旋律を炸裂させるピアノが出て来てから、聴く人をためらいなく恍惚と陶酔の世界へ誘うタイトル曲「生と死の幻想」から、チャーリー・ヘイデンの生き物のように艶かしいベースとピアノの深い対話の「祈り」再び民族音楽調のパーカッションとサックスが炸裂する中、その土臭さに激しく対抗するかのようなメロディアスなピアノでぶつかってゆく「グレイト・バード」まで、音楽を聴きつつも、古代遺跡に刻まれた一大叙情詩の世界を浴びているような特別な感覚・・・。

これを「美しい」と言わずして何と言いましょう。

ライナーによると、この時期のキースは思うところあって、ジャズの表現からはどんどん逸脱して行きたかったんだとあります。その逸脱を音にしたものがこのインパルスの、アメリカン・カルテットの演奏であるよと。

確かに「ジャズ」を逸脱して、何というか上の次元の美しさをモノにしたような音楽であります。この底無しの幻想美にいつまでも酔いましょう。



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2017年02月14日

阿部薫・吉沢元治 北(NORD)

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阿部薫・吉沢元治/北(NORD)
(コジマ録音/ALMレコード)

阿部薫を聴いていると、その研ぎ澄まされた「そのものな音」の衝撃と音色の美しさに、もう完全に憑り付かれたような状態になってしまいます。

最初に惹かれたのは「日本のフリージャズ演奏家」という紹介を目にしたから、だったとは思いますが、それから20年以上経ってもまだ「阿部薫を聴く」という行為には、アタシにとっては何かこう究極に特別の”何か”と激しく向き合う行為。

耳にしてメロディを覚え「あぁなるほどね」と納得して腑に落ちる音楽も多い中、阿部薫の音楽は、その「あぁなるほどね」の一切をコチラに与えてくれません。

元よりフリージャズは、コードやスケールから逸脱した、いわば「腑に落ちることを拒絶する音楽」じゃないかとお思いの方も多くいらっしゃると思いますし、事実半分ぐらいその通りだったりするんですが、アタシは阿部薫を聴いてきて、それまで後期コルトレーン、アルバート・アイラー、アーチー・シェップと海外のフリージャズ系アーティストの音源をむさぼるように聴いてきた意味のようなものがピタッとピントが合うように理解したんです。

それはつまり

「フリーな表現って、もしかしてコードやスケール、つまり音楽的な調制の中から美旋律を引き出すためにあるんじゃあないか」

と。

「むちゃくちゃにやる」「ぶっこわす」だけがフリーじゃない。むしろ壊した”後”が問題なのだと。アタシの愛する真性の即興演奏家達は、歌詞より語るそのサウンドで、ことごとく語りかけてきます。

阿部薫を聴きましょう。



【パーソネル】
阿部薫(as)
吉沢元治(b,cello)

【収録曲】
1.DUO IMPROVISATION NO.1 (ALTO SAX, BASS)
2.DUO IMPROVISATION NO.2 (ALTO SAX, CELLO)
3.DUO IMPROVISATION NO.3 (ALTO SAX, BASS)

この「北(NORD)」は、先日ご紹介した「なしくずしの死」の続編ともいえるもので、音源は入間市民会館(@A)と、青山タワーホールコンサート「なしくずしの死」(B)と同じものを使っておりますが、どの曲も吉沢元治のベース・チェロが演奏に参加したデュオの演奏であります。

吉沢元治という人は、戦後日本のジャズの第一世代の大ベテランで、スウィングからモダンの、いわばジャズの”正統”の分野からキャリアをスタートさせ、表現の更なる深みを探究するためにフリー・ジャズやソロ・ベースによる即興演奏へと表現を大きくシフトさせた人です。

阿部薫の演奏というのは「1年365日演奏を続けるべきだ」という彼の言葉にもあるように、常に限界を目指し、それを打破すべく、マウスピースに渾身の息を吐くような壮絶なものでした。

その姿勢は「演奏」というより「闘争」と言ってもいいものでしょう。

故に共演者に対しても大体容赦なく捨て身で挑発し、ぶつかり合い、どちらが先にくたばるか、ぐらいの”戦闘”に引きずり込むようなものでしたし、実際この姿勢あればこその阿部薫の音楽だとアタシは思います。

ところがここで聴かれる吉沢元治との演奏は、互いに絶頂に近い緊張感を保ちつつ、音楽的には非常にあやういバランスで寄り添っている、美しい美しいデュオローグです。

もちろん即興演奏に本気で全てを懸けている2人の演奏には一切妥協はありません。

阿部の鋭利な刃物のようなアルトが、フレーズを鋭く尖らせながら空間に放たれると、吉沢のベースが、指弾きも弓弾きも駆使して、その音が最も効果的にライヴ会場に響くようなフレーズをサッと弾き、ピタッと音を止めて余韻を引き伸ばす。それに対して阿部が更に断片的だけれどもメロディアスなフレーズで斬り込めば、ベースは今度はそれに呼応するかのように新しいメロディを紡いでゆく。

吉沢の確かな技量と”勘”そして何より即興演奏だからこそ、ひとつひとつの音を丁寧に紡いでいる深い優しさに、阿部のサックスも自然と”引き”を覚えてメロディと余韻の両方を響かせ、聴かす。そんな演奏が終始このアルバムから流れてきます。

言っときますが阿部のサックスも吉沢のベースとチェロも、いわゆる「音楽理論的なお約束」からは大きく逸脱した表現です。でも、その二人の綿密な対話からは、ポップなものとはまるで別の意味合いを持つ”うた”が、やっぱり生まれているように思えます。

阿部薫の作品はどれも「単なるイカレ野郎のムチャクチャ」ではなくて、刺激的な”キレキレ”を常に上回る”美”の部分に裏付けられた狂おしさがありますが、特にこの吉沢元治とのデュオローグには、言葉や旋律にならない音を拾い集めて鳴り響かせたかのような美しさを感じます。






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2017年02月10日

阿部薫 なしくずしの死

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阿部薫/なしくずしの死
(コジマ録音/ALM Record)

昨日今日と、ちょいと低血圧で頭がフラフラして体調がよろしくありません。

こんな時に聴く音楽は、あー、何かこうまったりしてて、じっくり聴くとかいうよりは、余り考えないで聴けるBGM的なやつがいいかもなぁ・・・などと頭は考えておったのですが、ボーッとする頭でフラフラと選んでいたのは、そういった「耳に心地良いだけの音楽」とは間逆の阿部薫。

そう、阿部薫。

知らない人は全然知らない、けど、彼の「壮絶な美」としか言いようのない演奏を一度聴いた人はきっと忘れることはできない”特別中の特別”を持つ表現者です。

阿部薫は”一応”ジャズの文脈で語られる人です。

確かに彼が生前に暴れまわった場所は主にジャズ喫茶のステージで、ビリー・ホリディ、エリック・ドルフィーに決定的な衝撃を受け、アルト・サックスを手にしております。

しかし、彼が楽器を通して内なるギリギリの世界から放つ音は、いわゆるカギカッコ付きの「ジャズ」というものを突き破って聴く人の心に直接突き刺さります。

でもって”一応”サックス奏者と言われております。

先も言ったように、阿部薫はアルト・サックスを武器に、ジャズの世界に単身斬り込みをかけましたが「闘争に手段は選ばない」とばかりに、アルト・サックス、バス・クラリネット、ソプラノ・サックス、ソプラニーノ・サックス、ハーモニカ、ピアノ、ギター、尺八など、様々な楽器を扱うマルチ・プレイヤーなのですが、彼の出す音は「色んな楽器を器用に使ってカラフルな音を時代に出す」とかいうのとは間逆で、様々な楽器を使っても、することはただひとつ「命を懸けてソイツから最も美しい音を出すこと」でありました。


阿部薫の演奏は、完全即興のものがほとんどで、いわゆる"フリージャズ"として語られることが多いです。

しかも、彼は「無伴奏ソロ」つまり他の楽器をバックに付けず、扱う楽器ひとつだけを手に、完全即興に挑むことがライヴやレコーディングでは多かった人でした。

故に阿部薫の演奏は、音が炸裂し、鳴り響いている時と、完全に無音になる時の、異常な緊迫感に満ち溢れています。

苦しいといえば大変に苦しい、そして聴き手にも、一切の妥協や甘えを許さない、非常に厳しい音楽だと言えるかも知れません。




【パーソネル】
阿部薫(as,ss)

(Disc-1)
1.Alto Improvisation No.1
2.Alto Improvisation No.2

(Disc-2)
1.Soprano Improvisation No.1
2.Alto Improvisation No.4 part 1
3.Alto Improvisation No.4 part 2
4.Soprano Improvisation No.2


アルバムを聴いてみましょう。

若くして亡くなったこともあり、生前に発売されたアルバムはとにかく少ない阿部薫ですが、その中でも特に壮絶なソロ・パフォーマンスを収めたライヴとして有名な「なしくずしの死」という作品があります。

このアルバムは1975年、「なしくずしの死コンサート」として、青山タワーホールで行われた演奏(2曲)と、入間市民会館で収録された音源(4曲)が2枚のCDにまとめられております。

「なしくずしの死」とは、阿部薫(そしてコンサート・プロデューサーの)が愛読していたルイ・フェルディナン・セリーヌの小説のタイトルです。

セリーヌもまた、人間の本質を鋭くえぐった稀代の作家ですが、これについて書き出すと止まらなくなりますのでここでは割愛。

演奏は、そのセリーヌの「なしくずしの死」の朗読(フランス語)のアナウンスから始まります。

朗読の声が激しくなってフェイドアウトする、その後に生じる一瞬の静寂を切り裂くアルトの咆哮。

高く細く、鋭い音が、キリキリと空間を軋ませながら、場の空気をあっという間に塗り替えます。

1曲目はそれから20分以上、アルト・サックスが絶妙と嗚咽を激しく繰り返します。

や、阿部薫はどの曲もどの演奏も、大体このパターンなのですが、そうとは分かっていても、どの曲どの演奏の、どの瞬間も聴き逃すまいと、必然的に没入してしまいます。

いや、阿部薫の演奏というのは、知らず知らず聴き手をそのような心境にさせてしまう。それだけ強い磁場を持つ演奏なのです。

いきなり喉元にギラギラした刃を突き立てられているかのような、それは厳しい表現行為です。しかしその刃の透き通る妖しい美しさを、脳裏に同時に刻み付ける。

そう、阿部薫の即興演奏は、フリーキーでアナーキーで、場合によってはジャズという音楽にも背を向けているようにも思えます。フリージャズでそこまで思わせてくれる人って、実はあんまりいません。

でも、じゃあ音楽としてはどうか?と問えば、阿部薫が、グチャグチャに破壊して、氷の瓦礫を山と築くこの音楽は、純粋に美しい。

何というか、ジャズというひとつのジャンルには背を向けているかも知れないけれど、その裁断されたメロディの中には、あらゆる「うた」が生きております。

ジャズ、シャンソン、そしてよく言われる歌謡曲やジンタ、童謡などの、日本人の心の奥底に刻まれている、哀しく懐かしい「うた」の感触が、彼のフリーフォームなはずの演奏からは、ヘタなポップスなんかより全然リアルに感じます。

そこは彼がソプラノで吹いているDisc-2の1曲目を聴いてみてください。

これ、聴いてる人の内側の原風景を、外側から切り込み入れて映し出す大変ヤバイ曲(演奏)です。

今日は一日中阿部薫を聴いていましたが(実はメインで聴いていたのはこのアルバムではなかったのですが、そんなことはこの際関係ない)、ええ、阿部薫、常にギリギリのところで身を削ってギリギリの音を出していた人です。

彼の音楽は、そんな「ギリギリ」だから切実に心に響くし、フリーフォームだから余計に、定型化されている音楽より、そのコアにある「うた」の部分が美しく輝いているのです。


とか何とか言っても、世の中には「阿部薫?なにそれ」な人の方がほとんどだと思います。

願わくば一人でも多くの人が、この残酷なまでの「うた」の美しさに満ち溢れた表現に出会い、そして撃ち抜かれますように。



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