2017年05月31日

ルー・ドナルドソン ヒア・ティス

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Lou Donaldson/Here `Tis
(Bluenote)


「いやいやそうじゃなくて、オレはいつでも安心して聴ける、でもいつ聴いてもこうグッとくるようなジャズが聴きたいんだ」

と、ざっくり言うとこんな要望を受けることがあります。

つまり音楽好きなら誰だってジャズを楽しみたいという純粋な欲求がある、でも、いざ聴こうとすれば、神だの帝王だの天才だの、やたら”凄い人なんだぞ、聴け!”というような、どうもこう門外漢にはキツい圧力みたいのがある。いやいや、そうじゃないんだ、オレらは単純に、ロックやブルースとか聴くような感覚で、ジャズだってシンプルに「あぁカッコイイね〜」「コレはイカすね〜」と楽しみたいんだ。

という話です。

どうもジャズという音楽には「ツウにならないとダメ」みたいな空気があって・・・という方、はい、これはどうしてもいらっしゃいます。

アタシなんかは「いやいやそんなことないっすよ、だってアタシなんかもジャズは相当好きなんですがね、元々がタダのパンクとかブルース好きで・・・、えぇ、そりゃもうチンケな野郎でして・・・」と言い続けて20年強なんですが、アタシがこう言うのには、そらぁある程度のちゃんとした理由があるんです。

や、ホントですよ。大体ジャズなんてもんは、王侯貴族の宮殿で生まれた音楽でもないし、上流階級のエレガントなご趣味の音楽でもない。どっちかってぇとその逆で、元々はやっすい酒場で多少ガラの悪いにーちゃんやねーちゃん達を喜ばせるための音楽だったんです。誰が何を勘違いしちゃったのか、金持ちがジャズ聴いて、あぁそれは結構なご趣味でざますね、ところでこのワインはどこそこの何年もので・・・なんて一部で言われてますけどね、んなこたぁしゃらくさいってもんなんです。

ジャズなんてお前家でビールかっくらって、から揚げに喰らい付きながら聴いてごらんなさいと。

えぇ、そうでございますねぇ。丁度今時分は奄美も東京もすっかりムシ暑い真夏日が続いてるようなんで、今日はひとつ、”ビールとから揚げが美味いジャズ”でもご紹介しましょうかねぇってんでルー・ドナルドソンです。”ルー・ドナルドソン”なんてフルネームで呼んじゃったら、また何か堅くなっちゃいそうでいけませんので、記事の中では親しみを込めて”ルーさん”と呼ばせていただきます。

ルーさんはサックス吹きです。

若い頃は「チャーリー・パーカー(っていうバリバリに吹きまくってた凄い人)スタイルの実力派」なんて呼ばれて、ビ・バップとかいう、何か速くてカッコイイ正統派なジャズの人だったんですが、60年代ぐらいになってから

「いや、オレ実は単純にゴキゲンなブルースを吹きたいだけなんだよネ♪」

と、スタイルをユルく一転、ギターにオルガンなんか入れて、力まないファンキーなスタイルでプリプリとしたゴキゲンなアルト・サックスを聴かせる人になりました。

んで、若い頃のジョージ・ベンソン(という70年代〜80年代に凄く人気者になったフュージョンギターと歌がめちゃくちゃ上手い人)なんかをバックに入れちゃって、当時のソウルとか好きな若者向けに、ユルめのファンクっぽい曲をやった「アリゲーター・ブーガルー」とかいうオシャレ〜なジャケットのアルバムが売れて、それが90年代になってDJとかやったり、クラブに遊びに行くような若い人達にも

「かっこいー、超かっこいいー!」

とウケにウケて、今やソウル・ジャズとかクラブ・ジャズの巨人とか言われておるんです。

あ、ルーさん、そうですよね?

「オレ?あぁ、そうだけどみんなが踊ってくれたら何でもいいヨ♪」


というルーさんは、何と90才で2017年の現在も存命。2014年は御歳88で来日して”世界一ファンキーな80代ぶり”を見せつけてくれました。

イイネ!最高だぜぃ♪




【パーソネル】
ルー・ドナルドソン(as)
グラント・グリーン(g)
ベイビーフェイス・ウィレット(org)
デイヴ・ベイリー(ds)

【収録曲】
1.A Foggy Day
2.Here 'Tis
3.Cool Blues
4.Watusi Jump
5.Walk Wid Me

ほいでもって本日のオススメ盤は、そんな”ビールとから揚げジャズ”のゴキゲンなアルバムをいっぱい出しているルーさんが、レコーディングで初めてビールとから揚げ、違った、オルガンを入れて「オレは肩肘張らずにいきたいんだよネ」宣言をした「ヒア・ティス」。

ミディアム・テンポの4ビートのジャズ・ナンバーとブルースが、ほぼ交互に入った、これはとってもとってもオーイェーな、聴きやすくて味わいがぷぉんと濃いアルバムなんですが、最高なのはその楽器編成です。

もちっとした粘り気のあるルーさんのアルト・サックスに、”ジャズ界きってのブルース弾き兄貴”のグラント・グリーン、このアルバムがミュージシャン・デビューになった、若手のオルガン弾き、ベイビーフェイス・ウィレットに、ルーズなノリもビシッと決める職人ドラマー、デイヴ・ベイリー。

たったの4人で音もいい感じにスカスカ、その隙間にほどよく後を引くグルーヴが漂って、あぁこりゃあゴキゲンに違いない、なノリですねぇ。

注目したいのが、ベイビーフェイス・ウィレットですよ旦那。ジャズでオルガンといえば、まずジミー・スミスが大将ですが、ユルいノリからファンキーなノリ、そしてスイッチ入れたらハードな展開でも全然いけるジミー・スミスは、アタシも大好きで、ホントにすげぇなと思います。

で、そんなジミー・スミスの影響を受けたベイビーフェイス・ウィレットなんですが、コノ人は良い意味でジミー・スミスをもっと不器用にして、ブルースに特化したようなタイプで、このアルバムでもテクニカルなことはほとんどしないんです。で、これが最高なんです。オーイェーです、もう音を聴いただけで真夜中のクラブにいるような気分にさせてくれる、イナセなオルガン野郎、それがベイビーフェイス・ウィレットです。

今日はあんまり細かい解説はしませんでしたが、こういうアルバムはもう聴いて酒飲んで楽しめば、それで極楽なんで、あんまりとクドクドと野暮なこたぁ申しません。いいですか皆さん、これ、ビールとから揚げですよ、ぜひ試してみてくださいな、ビールとから揚げ。




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2017年05月24日

ザ・フューチャリスティック・サウンド・オブ・サン・ラー

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ザ・フューチャリスティック・サウンド・オブ・サン・ラ
(Savoy/LONEHILLJAZZ)

サン・ラーが地球に降り立って103年、地球を離れてからやがて四半世紀が過ぎようとしておりますが、彼の人気は従来のジャズファンのみに留まらず、サイケなロックやプログレ、音響系が好きな人達、ヒップホップやハウス/テクノなど、クラブユースな音楽が好みの方々にも「カッコイイ」と広く受け容れられておるのです。

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サン・ラーの音楽を、彼のことを何も知らないリスナーに聴かせてみると、例えばロック好きなら「クレイジー!」ということになり、電子音好きには「ディープ」との反応が返ってきて、ジャズに興味のある人には「ぶっ飛んでる!」ソウルやファンクが好き人には「渋い!」と、それぞれ目論んだ通りの反応が返ってきてニンマリしたこともありました。

何故、サン・ラーがそんな風に若い人達にウケるのかといえば、一言でいえば彼が元々”ジャズ”というひとつのジャンル内で収まるような表現に拘らず「これはいい」と思ったサウンドはどんどん取り入れて極めていたからでありましょう。それでいて表現の根本にある”ジャズ”の手を抜くことは決してなかった。

カラフルに、変幻自在に立ち回る、一流の実力者揃いのビッグバンドを駆使しての、自由で解放の喜びに満ちたサウンドや、キラキラした派手な衣装、ヴォーカルナンバーやダンサーも入れた”見て、聴いて、体感して楽しめるステージ”が、そのまま普遍的なものであり、彼が活動を始めた1950年代の初頭から現在の三代目サン・ラー・アーケストラ(リーダーは長年サックス奏者を務めてきたマーシャル・アレン)にまで、変わらず受け継がれてきた「純粋に楽しくカッコイイもの」が、流行やテクノロジーの変化に呑まれたり流されたりすることなく変わらぬ魅力を放っているからだと思います。


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5月22日は、サン・ラーの誕生日、や、土星から来た古代エジプト人の末裔であるところの彼流に言えば”地球に降り立った日」でありました。

そこでサン・ラーの音楽と深い見識と体験から練られた彼の宇宙哲学を愛するアタシとしては、コレはサン・ラーを聴かねばならぬぞと初期の頃から最近までのアルバムを色々と物色して自宅や車で流しておりました。


第二次世界大戦が終わった翌年の1946年、地球での生まれ故郷アラバマ州バーミンガムで、大学の音楽教員養成コースの学生として過ごしていたサン・ラーは

「世界が大混乱に陥り、望みを失ったとき、君の話に世界が耳を傾けるだろう」

という宇宙からの啓示を受け「よし、では俺は本格的にプロの音楽家になるぞ」と、南部から黒人がまず行く街として賑わっていたシカゴへ移住します。

シカゴといえばブルースやR&Bがあちこちで流れていたブラック・ミュージックの都ですが、もちろんこの地ならではのジャズも盛んでした(元々戦前にニューオーリンズから移住してきたジャズマン達が根強い影響を残していたのがシカゴでもあるんですが、その話はまたいつか・・・)。

サン・ラーはここで自らのオーケストラを組むべくメンバーを集め、自身の目的(地球人を音楽の力によって正しく導くこと)を理解する演奏家達とビッグバンド形式の”サン・ラー・アーケストラ”(箱舟の”アーク”とオーケストラを掛け合わせたオリジナルの言葉)を結成。

その頃の音楽は、フレッチャー・ヘンダーソンやデューク・エリントンの影響を受けた正統なスウィング・ジャズに、当時人気だったR&B風の楽曲も絡めたものでありましたが、当初からステージで自身の深遠な宇宙哲学を語るサン・ラーは”キワモノ”と思われてました。

しかし「いや、彼は宇宙がどうとか言ってるけど、音楽はホンモノだぞ。クオリティ、ハンパなく高いぞ」と理解して支持するほんの少数のファンや演奏家仲間、音楽やクラブ業界関係者らの支えを受けて、シカゴではそこそこ順調に活動しておりましたが、シカゴ在住14年目の1961年、たまたまツアーで出かけたカナダのモントリオールで、何故か現地の学生達の間で大人気を博してしまい、そのままシカゴには帰らず、ニューヨークに拠点を移しました。

サン・ラーの突然の”引越し”に驚き困惑したメンバーの中にはシカゴに帰った人もおりましたが、信じて付いてきたメンバーと、ニューヨークでサン・ラーとアーケストラの演奏に惚れ込んだ”凄腕のサックス奏者”であるパット・パトリックが加入して、アーケストラの団結はますます強くなるのです。

そいでもって本日皆さんに、おぉ、これはぜひ紹介したいなぁと思ったのが、そんなニューヨーク移住第一弾に当たる記念すべきアルバム「フューチャリスティック・サウンド・オブ・サン・ラー」(1961年録音)です。50年以上前の音楽ですが、これは永遠に未来志向の音楽と言えるでしょう。



【パーソネル】
サン・ラー(p)
バーナード・マッキンニー(epn,tb,bells)
マーシャル・アレン(as,fl,bells)
ジョン・ギルモア(ts,b-cl,bells)
パット・パトリック(bs,bells)
ロニー・ボイキンス(b)
ウィリー・ジョーンズ(ds,perc)
リア・アナンダ(conga)
リッキー・マーフィー(Vo,E)

【収録曲】
1.Bassism
2.Of Sounds and Something Else
3.What's That?
4.Where is Tomorrow?
5.The Beginning
6.China Gates
7.New Day
8.Tapestry From An Asteroid
9.Jet Flight
10.Looking Outward
11.Space Jazz Reverie

前にもちょこっと書きましたが、キャリアが長い上に、ライヴ盤、タイトル違い、ジャケ違いなども含めてべらぼうに数のあるサン・ラーのアルバム、本腰を入れて聴くとなると、それなりの覚悟が必要ですが、大まかなサウンドの特徴として

1.初期(50年代〜60年代頭頃)

スウィングを根っ子に持ったストレート・アヘッドなジャズ・サウンドの中に光るユニークさ

2.フリー期(60年代〜70年代はじめ)

通常の4ビートの枠を超えて歌モノ増える。フリーキーな実験的色合いも濃くなってきている

3.フリー〜ファンキー期(70年代〜80年代)

ムーグシンセが大活躍、フリーキーでカオティックな中にどこかポップな味わいもあったりする

4.大団円期(80年代後半〜90年代)

時にフリークアウトした演奏も炸裂させながら、楽曲はジャズ・スタンダードのカヴァーなど徐々に聴き易くもなる。


な感じになりますが(あくまでザックリな分類です)、このアルバムは1の初期サウンド。

初期のサン・ラーって、実は真っ当過ぎるぐらい真っ当にスイングしてて、時代はビ・バップとかハードバップで、みんなオレがオレがでソロを競ってたのですが、サン・ラーの場合はどちらかというと、まずはバンド・サウンドをキッチリ作り上げてから、その上でメンバーの個性を自由に発揮させるという、実に理知的な演奏を聴かせてくれます。

で、そのバンド・サウンドってとっても楽しいんです。

キッチリとスウィングはしてるけど、そこに民族音楽的な"はずし"や"崩し"が独特の浮遊感を産み出していて、この時点でもう「他のどのバンドにもないポップさと未来感と奇妙な懐かしさ」がもわもわと湯気を立てています。鈴やパーカッションが終始シャカポコ鳴ってるのも雰囲気十分です。

このテの無国籍っぷりの代表曲といえばヴォーカル入りの「チャイナ・ゲート」で、サン・ラーは冷やかしじゃなく相当真面目に世界中の民族音楽を研究していて、実際この曲もちゃんとした中華チューンなんですが、間延びしたヴォーカルの効果もあってどこかユーモラスなんです。

で、各人のソロも光ります。

見事なのはジョン・ギルモア、マーシャル・アレン、パット・パトリックのサックス隊ですね。

特にAHJで聴けるジョン・ギルモアのテナー・サックスのソロ。

ギルモアはコルトレーンに影響を与えた程の超凄腕かつ感覚も非凡な新しさを持ったテナー吹きでありましたが、このアルバムでは無国籍スウィングをバックにしながら、コルトレーンとウェイン・ショーターを混ぜてそれらをかなり骨太に仕上げたような見事な"ぶっ飛び一歩手前"のソロ、これはぜひ聴いてください。

一見スイング・ジャズのスタイルを知的に再現してるように見えて、アレンジもソロも実はかなり斬新で鮮烈なアルバムです。







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2017年05月22日

ジミー・スコット ドリーム

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ジミー・スコット/ドリーム
(Sire/ワーナー・ミュージック)


突然ではありますが皆さん、歌ってのは結構なもんでございます。

はい、アタシにはちょっと特別な感情が湧いてくることがあって、それはいい歌を聴いたときに

「あぁ〜、これはいい歌だね」

と、しみじみ感動した時の、心の内側に浮いてくる、何だか悲しいような切ないような不思議な感情です。

特に悲しい歌、暗い歌を聴いている訳でもないのに、切々と心を打つ歌唱・・・。

こういった歌を聴くと、もうジャンルとかスタイルとか年代とかどうでもよくなってくるというのが正直なところ。

で、最近アタシの内側に、そういった”切々”を感じさせて止まない素晴らしい歌手が、ジミー・スコット。

90年代に「奇跡の声」と呼ばれ、テレビで話題になって、知っている人も多いと思います。

そう、男性に生まれながら、生まれつきのホルモンの病気が原因で変声期を迎えることが出来ず、そのまま女性のような声でずっと歌手活動をしてきた人。その優しく美しい歌声が、彼自身の苦労と偏見に苦しめられた人生の重みとシンクロして、聴く人に特別な感動をもたらし続けていた人であります。

ジミー・スコットは1925年に生まれてすぐに母親を亡くし、十人いた兄弟らと共に施設で育ちました。

ホルモンの病気による障害は少年時代からあちこちに出ていて、普通なら成長期を迎えて身長が伸びたり体力もそれなりに付くところを、彼の体力は十分に育まれず、慎重も150cmあるかないかでありました。

しかし、幼少の頃から音楽が、特に歌うことが大好きだったジミー少年は、早くから生きる道を音楽に見出し、音楽の世界へ飛び込んだのです。

最初は「世にも珍しい女性の声を持つ小さな男性シンガー」として、ある種見世物のような扱いでステージに上げられていたジミーでした。しかし、ニューヨークのクラブで唄っていたら、表で客引きをしていた売春婦達が、その愛らしくもどこか哀しい歌声に惹かれ、商売そっちのけでクラブに入ってジミーの唄を聴きにくるほどで、困った売春婦達のオーナーが、ジミーに請求書をよこしたという逸話も残っております。

で、ミュージシャンの中で、ジミーの特異な歌声の中にある非凡な才能に目を付けたのが、当時人気のバンドリーダーだったライオネル・ハンプトンです。

彼のバンドのヴォーカリストとして1948年に本格的なキャリアをスタートさせ、その風貌と少年(少女)のような声から”リトル・ジミー・スコット”というニックネームでステージに立つや人気者となった彼は、50年代にソロデビューのレコード契約をSavoyレーベルと交わします。

しかし、これがジミーにとっては不幸の始まりでした。

ジミーはバラードが好きで、自分のことを”ジャズ・バラード・シンガー”として知られて欲しいと願って活動しておりました。

ところがSavoyは彼のことを(当時シングル盤でヒットを出せば大当たりになる)R&Bのシンガーに仕立てようと画策。ステージでもそういった芸風で行くようにと命じます。

60年代にはレイ・チャールズが彼の声をとても気に入って、こっそりレコーディングをしてそれをラジオで紹介。一躍全米に彼の名前は知れ渡って二人の間で「じゃあジミー、君が望むようなジャズ・バラードのレコードを出そう」という話はほぼ決まりますが、ここでSavoyが「一生専属の歌手でいること」という契約を縦に発売を妨害。

つまり彼は、純粋に「素晴らしい歌を唄う歌手」として世に認められかけていたのに、やはりレコード会社やクラブを運営するいわゆる音楽業界の側は、彼を「カネの稼げる見世物」ぐらいにしか見ていませんでした。

ジミーは恐らくボロボロに傷付いたことでしょう。失意のまま音楽の世界を去り、中年を過ぎて音楽とは全く関係のない仕事を転々としていたといいます。

再び彼の運命が変わったのは、80年代以降、既に初老に差し掛かっていた頃に、ソングライターのドク・ポーマスや、R&Bの人気女性シンガー、ルース・ブラウンといった人達でした。

特にドクの方は「ジミー・スコットのレコードを出すのは音楽業界の使命だ!」と、公私に渡って支援をしながら、何とか彼のレコーディングが出来ないかと、あちこちのレコード会社に掛け合っておりました(サヴォイとの契約は、前オーナーが死去した時点で無効になっておりました)が、ドク・ポーマスは1991年にガンで死去。

悲しみに打ちひしがれたジミーではありましたが、自分の唄声を愛してくれたこの同い年のかけがえのない友は「オレの葬式で君は唄ってくれ」という遺言を残しており、彼は感謝と悲しみの全てを渾身のジャズ・スタンダード「Someone To Watch Over Me」を唄います。

これが参列者達に感動を与え、ジミーに再び世間が注目することになるのです。

ジミーのアルバムをリリースすることを真剣に考えていただけではなく、本気で長期契約によってしっかり売り出して行こうと考えていたサイモア・ステインというレーベルオーナーが、経営するサイ・レコードにジミーを招聘。










【パーソネル】
ジミー・スコット(vo)
ミルト・ジャクソン(vib)
レッド・ホロウェイ(ts,F)
ペイシャンス・ヒギンズ(ts,A)
ミッチェル・フルーム(org,D)
ジュニア・マンス(p)
リック・ザニガー(g,DF)
ロン・カーター(b)
ペイトン・クロスリー(ds)

【収録曲】
1.ドント・テイク・ユア・ラヴ・フロム・ミー
2.イット・シュドゥント・ハプン・トゥ・ア・ドリーム
3.アイ・クライド・フォー・ユー
4.ソー・ロング
5.ユー・ネヴァー・ミス・ザ・ウォーター
6.イッツ・ザ・トーク・オブ・ザ・タウン
7.アイム・スルー・ウィズ・ラヴ
8.ラーフィング・オン・ジ・アウトサイド
9.ドリーム

64歳になっていたジミーは、長い苦難の人生でようやく安住できる居場所と巡り合います。

サイ・レコードは彼の「ジャズ・バラードを唄いたいんだ」という願いを最高のレコーディング環境と、可能な限り一流のジャズ・ミュージシャン達をバックに集めて叶えます。

サイ・レコードからの2作目「ドリーム」は、ミルト・ジャクソン、ジュニア・マンス、ロン・カーターという大物達がジミーの繊細なヴォーカルを的確にサポート。

深みのあるヴェルヴェットな演奏の上に、更に静かにひしひしと染み渡るジミーの声、若い頃は少年と少女とが混在する、目一杯の悲しみを内に秘めて優しさで織り上げる、この声に何度アタシは天国を感じたことでしょう。どうしようもなく塞いだ気持ちが何度癒されたことでしょう。

ロック畑で有名なプロデューサーのマイケル・フルームと、ミックスを担当したチャド・ブレイクのコンビが作り出す、幻想的な音世界(独特の淡いエコーに、モノラルだけどヴォーカル真ん中、バックは楽器毎に左右からゆらっと響く配置)も、ジミーの声や情感の美しさを素晴らしく引き出していて、このアルバムはある種の中毒性すら帯びているんです。

ビリー・ホリデイやチェット・ベイカーの晩年の声に、抗し難い魅力を感じてしまうように、アタシはジミー・スコットの声にもまた、理屈や知識では割りきれないものを感じてしまいます。



"歌"って、本当にいいもんです。



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2017年05月18日

ブルースが濃い!ブッカー・アーヴィン1


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ツイッターを眺めていたら、音楽好きのフォロワーさんの「これいいんだよね♪」が、アタシにとっては「コレを聴きなさい」という神の啓示に等しく響く時というのがあります。

それは昨日のこと。

あるフォロワーさんがブッカー・アーヴィンの「ザ・ソング・ブック」のことをつぶやいているのを見た時に

「おぉ!コレは聴かねば!」

と電流が走りまして、その夜家で「ひとりアーヴィン祭」をしとったとです。

何でブッカー・アーヴィンがそんなに特別なのかというと、それは元々ブルースが好きなアタシにとって、ブッカー・アーヴィンというテナー吹きが

「ブルース好きな人が聴けてたのしめるジャズ」

の条件にドンピシャだったからに他ありません。

アメリカ南部テキサス出身のアーヴィンは、ニューヨークに出てチャールス・ミンガスのバンドで本格的なジャズマンとしてのキャリアをスタートさせた訳なのですが、その根っこにズ太くある南部直送のブルース魂が煮えたぎる感じと、フリージャズの3歩ぐらい手前なフレーズの斬新さがごちゃまぜになったような独特の味わいがたまんないんです。

詳しくはおいおい書いていきましょう。

昨日は朝から2枚目の写真の「ラメント・フォー・ブッカー」を聴いてました。

これがライヴ盤なんですが、のっけから27分超えの大ブルース・ブローイング大会で鼻血モノなんですよ♪





(↓リンク先の商品はレコード盤です)
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2017年05月08日

チャーリー・クリスチャン オリジナル・ギター・ヒーロー

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チャーリー・クリスチャン/オリジナル・ギター・ヒーロー
(ソニー・ミュージック)

突然ですが皆さん、ジャズのギターって凄く難しいんですよ。

いや、そんなことはお前に言われなくてもわかっとる、ジャズに限らずギターは難しいんじゃい、ナメんなニワカが。という意見は重々承知しておりますが、例えばアタシのようにロックやブルースでギターに親しんだ人間にとっては、独特のコードやら、タダでさえ面倒臭い(失礼)ギター・ソロを、アドリブでしかもテクニナルに弾かなきゃならないジャズギターは、もう何度チャレンジしても「うむむ、よくわからんぞ」というものでありました。

ジャズの歴史を紐解くと、ジャズのギターが難しいのはそりゃそうで、例えばその初期の頃にソロ楽器だったトランペットやサックス、クラリネット等の楽器がスイスイと奏でるフレーズを、ギターの指板でもって再現するというのがそもそもの始まりだったようで、そのテクニック的にはもの凄い高度な熟練が必要な管楽器のソロ・フレーズを、ひたすら右手のピッキングと左手のフィンガリングでフォローしようというのは、コレ最初から難易度がものすごく高いんですね。

大体管楽器というのは単音に特化しておりますから、和音が吹けない代わりに、指運なんかはちょいと集中的にスケール練習をすれば、初歩的な早吹きは出来てしまいます。

それに比べてギターは元々が和音楽器、つまり左手は決まった形を抑えて右手はジャカジャカやればそれで一応の伴奏が出来る訳ですから、最初はそんな頑張ってソロを弾く必要はなかったんです。

それに、ジャズの世界でギターがソロ楽器としてスタートしなかった決定的な理由がもうひとつ、それは音量の問題です。

戦前のアメリカのジャズはビッグバンドが主流。しかも、ギターアンプが現場に出てきたのが1930年代も後半になってようやくですので、それまでは本格的なビッグバンドに在籍しているギタリスト達は、生音でひたすらちゃっちゃかちゃっちゃかとリズムを刻んでいるだけの存在であったんです。

で、1930年代後半に「エレキギター」という革命的な、ギタリストにとっは新型兵器とでも言っていい道具が登場します。

アンプにコードを差し込んで、ボリュームを上げればそれだけで管楽器に負けないぐらいのデカい音が出せるという訳ですから、これはもう世のギタリスト達にとっては魔法の道具でした。

そんなエレキギターを使いこなし、ジャズ・ギターの世界にて本格的な「ソロ楽器」としての演奏法を生み出し、今に至るまでのジャズ・ギターの歴史の根幹を築いたのが、本日ご紹介するチャーリー・クリスチャンでございます。

1916年生まれのチャーリー・クリスチャン、ジャズの世界でエレクトリック・ギターを最初に極めたレジェンドでありますが、ほぼ同じ年代で、1911年生まれのT・ボーン・ウォーカー(ブルース)、レス・ポール(カントリー)という、それぞれのジャンルでのエレキギターのパイオニアがおるということは、頭の片隅に入れといてもらいやしょう。この二人は実際に非常に重要な絡みがありますので。。。

で、クリスチャンはアメリカ南部のテキサスで生まれ、盲目のブルースマンだった父親の影響で、兄弟達と共に楽器を始めた彼は、まずトランペットを極め、そして十代の頃にギター、ピアノ、ベース、ヴォーカル、更には何とタップダンスや野球に至るまで、その非凡な才能を発揮しまくって、生活していたオクラホマ近辺だけでなく、南部一帯に「凄いギターを弾く小僧がいる」と噂になり、共演したテディ・ウィルソンやメリー・ルー・ウィリアムスといった先輩格のミュージシャン達も「彼のギターは本当に素晴らしい」と、口にするようになりました(2人共30年代を代表する凄腕のピアニストです)。

この頃のクリスチャンは、恐らく17とか19とか、そんな年齢だったでしょうが、単なるコード弾きだけでそんなに人を感動させるということはありえないことなので、少人数のセッションの時は「オレにもソロ弾かせてくれよ」と申し出て、当時絶大な人気のあったロニー・ジョンソンのスタイルで、華麗なアコースティック単音ソロを弾いていたのだと思われます。

で、この頃に同じステージでタップダンスのコンビを組んでいたのが、後に「モダン・ブルース・ギターの父」と呼ばれるT・ボーン・ウォーカー。

本業がギタリスト、しかも後にそれぞれのジャンルでエレキギターの草分けとなる者同士の2人が、副業のタップダンスで同じステージに立つなんて、何だか面白い話ですが、実際にあった話なんだそうです。

この時楽屋で2人はギターについて語ったかも知れません。もしかしたら楽屋にあったギターを弾き合って互いのプレイを讃えあったのかも知れません。もしくは共通のヒーローだったブラインド・レモン・ジェファソンの話にも花を咲かせたのかも知れませんね。

おっと、話が脇道に逸れました。

ギターで評判になり、”仕事”としてはマルチにどんな楽器でもこなせたクリスチャンに、決定的な転機が訪れたのは1939年、彼が23歳の時です。

相変わらずオクラホマを拠点に、ローカルバンドで活動していたクリスチャンの評判を聞いて、敏腕音楽プロデューサーのジョン・ハモンドという人が、彼をある目的でスカウトしようとやってきました。

この人はビリー・ホリディ、ロバート・ジョンソンを見出し・・・と言っても凄さはあんま伝わらんと思いますが、後にアレサ・フランクリン、ボブ・ディラン、ブルース・スプリングスティーンを世に送り出したといえば、少しは凄い人だと思ってもらえるでしょうか、とにかくその凄いスカウトマンが”ハタチそこらの凄いギタリスト”として評判だったチャーリー・クリスチャンの演奏をはるばるオクラホマまで聴きに来て、彼が当時まだ珍しかったエレキギターを使って繰り出す斬新で刺激的なギター・フレーズに一発で衝撃を受け「はい、OK」と、演奏が終わったチャーリーに

「君、今からロサンゼルスに行ってこの男のオーディションを受けなさい」

と、メモを渡しました。

そこには何と、当時”キング・オブ・スウィング”と言われて人気絶頂だったクラリネット奏者でバンドリーダー、ベニー・グッドマンの名前と会場の場所が書かれておりました。

実はジョン・ハモンドは、ベニー・グッドマンのアドバイザーでもあった訳です。

クリスチャンはロスに飛ぶ訳ですが、実はベニー・グッドマンは、その前にハモンドが連れてきたギタリストの採用に全く乗らず、あっさり蹴っております。クリスチャンなんか当時都会では全く無名のタダの黒人の若者に過ぎない訳ですから、当然大スターのベニー・グッドマンは興味なんか持ちません。

そのままクリスチャンだけを行かせても

「僕、オーディション受けに来たんです!」

「あ、そ。出口はあっちだ」

となるのは目に見えていたので、ハモンドはあれやこれや工作して、何とコンサートの真っ最中に台所から飛び入りするようにクリスチャンに指示を出します。

いきなりそんなことを言われて「え、でも楽器ないし・・・」と焦るクリスチャンに協力して

「面白そうな話じゃねぇか、なんならオレのギター貸すぜぇ。あ、コイツエレキギターってんだ、弾き方分かるかい?」

と、助け舟を出したのが、当時カントリーの世界で初めてエレキギターでブイブイのソロを弾いていたレス・ポールだったと云われています。

そんなこんなでベニー・グッドマンのステージに潜入したクリスチャン、食事に行っていた大スターが戻って来ましたら、何だか知らないヤツがステージの上でギターを持っている。何だ、年端も行かないガキじゃないか、どうせ目立ちたがりの田舎者だろうて、ひとつソロでも無茶ぶりして恥をかかして追い出してやれ、と、いきなり十八番の「ローズ・ルーム」をおっぱじめます。

関係者がヒヤヒヤと見守り、聴衆は優雅に食事を楽しみながら、恥知らずな若者がステージで失態を演じるのを期待しながら冷ややかな目で観ておりました。

やがて「ローズ・ルーム」、グッドマンのいかにも洗練を極めた優雅なソロが、微かな余韻を芳香と残して終わり、クリスチャンのギター・ソロへと順番が回って来ます。

それを受けたクリスチャンは、何ということか御大の吹くクラリネットと比べても全く遜色のない、美しく気品と機知に溢れた見事なソロを、それまでほとんどの人が聴いたことのないエレキギターという新しい楽器の新鮮な音色で、予定の枠を超えてとめどなく弾き続けている。

聴衆は食事の手を休めてその音に聴き入り、惜しみない拍手喝采を送ります。

本気になったグッドマンは、クリスチャンのソロの合間にまた見事なクラリネットで応報、更に自分のソロの後半になると、クリスチャンに「おい、続けろ」と目で合図を送るのです。

かくして3分の予定が何と45分になった「ローズ・ルーム」は伝説の名演と呼ばれ、クリスチャンの名もアメリカ全土に知れ渡り、当然この23歳の若きギタリストは、たった一度のプレイでベニー・グッドマンの心を射止め、晴れてバンドのレギュラー・メンバーの座を獲得するのでありました。

その一ヵ月後にはグッドマン・セクステットの一員として憧れの大都会、ニューヨークの住人となったクリスチャンは、一流の証、カーネギー・ホールのステージでも演奏し、更にミントンズ・ハウスでもって同年代のディジー・ガレスピー、セロニアス・モンクらと共に夜な夜なセッションを繰り広げ、後にビ・バップと呼ばれるモダン・ジャズの誕生にも関わることになりますが、1942年、25歳の春の日に肺結核によってあっけなくその生涯を終えております。


(ギター・レジェンド・シリーズ)

【パーソネル】
ベニー・グッドマン(cl)
フレッチャー・ヘンダーソン(p)
ライオネル・ハンプトン(vib)
チャーリー・クリスチャン(g)
アーティ・バーンスタイン (b)
ニック・ファトゥール(ds)

【収録曲】
1.セヴン・カム・イレヴン
2.ホーリー・キャッツ
3.グッド・イナフ・トゥ・キープ
4.フライング・ホーム
5.ボーイ・ミーツ・ゴーイ(グランド・スラム)
6.ベニーズ・ビューグル
7.ゴーン・ウィズ・ホワット・ウィンド
8.ブレックファースト・フュード
9.アズ・ロング・アズ・アイ・リヴ
10.ロイヤル・ガーデン・ブルース
11.ローズ・ルーム
12.シックス・アピール(マイ・ダディ・ロックス・ミー)
13.ティル・トム・スペシャル
14.アイ・ファウンド・ア・ニュー・ベイビー
15.ウェイティン・フォー・ベニー(ア・スムース・ワン)
16.ブルース・イン・B
17.ソロ・フライト


「もしも長生きしていたら」

ということが、天才らしく盛んに言われる人ではありますが、その演奏において彼は「ジャズ・ギターで出来るカッコイイことの基本」は、恐らく全てやり尽くしてしまったと言えます。

現にケニー・バレル、タル・ファーロウ、グラント・グリーン、ジョー・パス、ウェス・モンゴメリーからジョージ・ベンソン、ジョン・スコフィールド、パット・メセニー、アラン・ホールズワースに至るまで、およそ「ジャズ・ギタリスト」と名乗る全ての人の演奏には、クリスチャンからの絶対的な影響が、その話し言葉に近いフィーリング豊かなピッキング/フィンガリングから流れてくるのです。

で、若くして亡くなったチャーリー・クリスチャンには「ソロ・アルバム」というのがありません。

ええぇ!?何で?今クリスチャンのアルバムを紹介しておいてそれ!?

と、お思いの方、多いと思います。

はい、実はこのアルバム「オリジナル・ギター・ヒーロー」も含め、彼が生前に残したアルバムは全て(ミントンハウスのチャーリー・クリスチャンは、公式なレコーディングでもないし特定のリーダーを置かないセッション・アルバムでございますから・・・)ベニー・グッドマン・セクステットにおけるサイドマンとしての参加作なのです。

1938年から亡くなる前年の1941年まで、このバンドでクリスチャンが残した楽曲は全部で98テイク。これを多いと見るか少ないと見るかは置いといて、とにかくコレが”ジャズ・ギターのパイオニア””エレキギターの革新者”チャーリー・クリスチャンの全てなんです。

メンバーを見てください。ベニー・グッドマンにライオネル・ハンプトン、フレッチャー・ヘンダーソンと、それぞれがビッグバンドを率いて、しかも絶大な人気を誇った大物中の大物がフロントに顔を揃えている中で、20代半ばの若きギタリストの音の何と力強く、気品と貫禄に溢れていることか。

ぶっちゃけ「どうせサイドマンなんだろ」と、最初はアタシも思っておりましたが何が何が、小編成ながらその一音一音に、30年代スウィング・ジャズの”粋”の全てを凝縮したようなバンド・サウンドの中で、やっぱりソロになると空気が一気に輝きだすそのメロディアスなギターの神髄を、未聴の人はぜひ聴いてちょうだいなと。

「天才」「革命家」と、アタシゃ散々言ってきましたが、実はクリスチャンのプレイはノリや勢いや大胆さだけで衝撃を与えるものじゃあない。むしろそういう「消費される刺激」の地平からは一番遠いところにある、いつまでも上質な光沢が色あせないものなんだなぁと、今丁度「ローズ・ルーム」を聴きながらほんわり考えています。





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2017年03月20日

キース・ジャレット 生と死の幻想

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「綺麗」と「美しい」の違いとは何か?

尋ねられるとつぶさには答えられないので、じっくりと考えてみました。

すると思うに「綺麗」というのは、主に視覚や聴覚に鮮やかに飛び込んでくる、その瞬間的な何かのことで「美しい」というのは、視覚や聴覚にありのまま飛び込んできた情報に止まらず、それによって何かしらの想像の力が働く、端的に言えばそこからストーリーが導き出されるものの事全般を指すのではないかと思います。

いやもっとシンプルに「美しい」というものは「綺麗では収まらない恍惚や陶酔を孕んだもの」ではないでしょうか。

例えばキース・ジャレット。

この人のピアノは「綺麗」の最たるものです。

ピンと背筋が伸びるような、濁りのないタッチ、繰り出すフレーズの端正さと透明度は、これがジャズであることを忘れさせてしまう、つまり恍惚と陶酔でもって「これは何」という根幹の部分にある心の壁を溶かしてしまうぐらいのものを持っている。

でも、ここまでなら単なる「綺麗」です。

キース・ジャレットの音楽は、そこから更に聴く人の心の深淵に、スッと入ってきて、色々と狂おしく掻き乱します。つまり美しい。

矛盾するかも知れませんが、何故彼の表現が美しいのか?それは「完璧じゃないから」だと思うんです。

綺麗なメロディーを弾いてるけれど、ギリギリのところで甘美に流れる事を断固拒否してるかのような、厳しい音の選び方や、演奏中の「イー、イー」という妙な唸り声。

正直これがなければキースは完璧。

と、思う要素は結構あるんですが、それらがなかったらキース・ジャレットというピアニスト、恐らく記憶にすら残らない存在で終わったことでしょう。

キースの言葉です。

私達はもっと花のように努めるべきである。
彼らにとっては毎日が生の体験であり、死の体験でもあるから。

−キース・ジャレット.



どうでしょう?花について語るとき、ほとんどの人はその美しさ、眩しいほどの生命の咲き誇る様を無条件で讃えがちですが、彼は慎重に言葉を選びながら

「花というのは生でもあるが死でもあるよ」

と言ってます。





【パーソネル】
キース・ジャレット(p,ss,fl,perc)
デューイ・レッドマン(ts,perc,@B)
チャーリー・ヘイデン(b)
ポール・モチアン(ds,@B)
ギレルミ・フランコ(perc,@B)

【収録曲】
1.生と死の幻想
2.祈り
3.グレイト・バード


この言葉が記されたライナノーツが入っているのは、アルバム「生と死の幻想」。

最初に知った時は、何だか70年代のハードロックのアルバムジャケットにしか見えず、もっと具体的には

「どこのシン・リジィだよ」

としか思えず、中身がまるで想像できなかったので、気にはなるけど(大好きなlmpulse!レーベルのだし)、聴くのは大分遅くなってしまっていたアルバムです。

キースといえば、今も籍を置いているドイツのECMレーベルでの、とにかく美しいピアノ・トリオやソロ・ピアノ、それかヨーロッパのミュージシャン達と、洗練と透明を極めた"ヨーロピアン・カルテット"だよな〜と思っていた所に、インパルスという、キースのイメージとはちょっと合わない、フリージャズやカルトでモンドなポップスに寄った個性派や、或いは30年代40年代に活躍したスウィング・ジャズの往年の名手達による渋くて硬派なイメージのレーベルから出された、しかもクレジットを見ると、ビル・エヴァンスと組んでいたポール・モチアンは分かるけど、デューイ・レッドマンやチャーリー・ヘイデンという、フリーの親玉オーネット・コールマン系のコワモテな方々。

うん、どんな音かますます想像できません。

購入までどれくらいかかったか、とにかく長い時間かかりましたが、ようやく聴いた時は、トリオやソロ・ピアノやヨーロピアン・カルテットとはまるで違うサウンドながら

「あ、美しい・・・」

と、絶句しました。

フルート(キースが吹いてる)とパーカッションが、どこか奥アジア辺りの民族音楽を思わせつつ、やはり端正さと切なく儚い美旋律を炸裂させるピアノが出て来てから、聴く人をためらいなく恍惚と陶酔の世界へ誘うタイトル曲「生と死の幻想」から、チャーリー・ヘイデンの生き物のように艶かしいベースとピアノの深い対話の「祈り」再び民族音楽調のパーカッションとサックスが炸裂する中、その土臭さに激しく対抗するかのようなメロディアスなピアノでぶつかってゆく「グレイト・バード」まで、音楽を聴きつつも、古代遺跡に刻まれた一大叙情詩の世界を浴びているような特別な感覚・・・。

これを「美しい」と言わずして何と言いましょう。

ライナーによると、この時期のキースは思うところあって、ジャズの表現からはどんどん逸脱して行きたかったんだとあります。その逸脱を音にしたものがこのインパルスの、アメリカン・カルテットの演奏であるよと。

確かに「ジャズ」を逸脱して、何というか上の次元の美しさをモノにしたような音楽であります。この底無しの幻想美にいつまでも酔いましょう。



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2017年02月14日

阿部薫・吉沢元治 北(NORD)

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阿部薫・吉沢元治/北(NORD)
(コジマ録音/ALMレコード)

阿部薫を聴いていると、その研ぎ澄まされた「そのものな音」の衝撃と音色の美しさに、もう完全に憑り付かれたような状態になってしまいます。

最初に惹かれたのは「日本のフリージャズ演奏家」という紹介を目にしたから、だったとは思いますが、それから20年以上経ってもまだ「阿部薫を聴く」という行為には、アタシにとっては何かこう究極に特別の”何か”と激しく向き合う行為。

耳にしてメロディを覚え「あぁなるほどね」と納得して腑に落ちる音楽も多い中、阿部薫の音楽は、その「あぁなるほどね」の一切をコチラに与えてくれません。

元よりフリージャズは、コードやスケールから逸脱した、いわば「腑に落ちることを拒絶する音楽」じゃないかとお思いの方も多くいらっしゃると思いますし、事実半分ぐらいその通りだったりするんですが、アタシは阿部薫を聴いてきて、それまで後期コルトレーン、アルバート・アイラー、アーチー・シェップと海外のフリージャズ系アーティストの音源をむさぼるように聴いてきた意味のようなものがピタッとピントが合うように理解したんです。

それはつまり

「フリーな表現って、もしかしてコードやスケール、つまり音楽的な調制の中から美旋律を引き出すためにあるんじゃあないか」

と。

「むちゃくちゃにやる」「ぶっこわす」だけがフリーじゃない。むしろ壊した”後”が問題なのだと。アタシの愛する真性の即興演奏家達は、歌詞より語るそのサウンドで、ことごとく語りかけてきます。

阿部薫を聴きましょう。



【パーソネル】
阿部薫(as)
吉沢元治(b,cello)

【収録曲】
1.DUO IMPROVISATION NO.1 (ALTO SAX, BASS)
2.DUO IMPROVISATION NO.2 (ALTO SAX, CELLO)
3.DUO IMPROVISATION NO.3 (ALTO SAX, BASS)

この「北(NORD)」は、先日ご紹介した「なしくずしの死」の続編ともいえるもので、音源は入間市民会館(@A)と、青山タワーホールコンサート「なしくずしの死」(B)と同じものを使っておりますが、どの曲も吉沢元治のベース・チェロが演奏に参加したデュオの演奏であります。

吉沢元治という人は、戦後日本のジャズの第一世代の大ベテランで、スウィングからモダンの、いわばジャズの”正統”の分野からキャリアをスタートさせ、表現の更なる深みを探究するためにフリー・ジャズやソロ・ベースによる即興演奏へと表現を大きくシフトさせた人です。

阿部薫の演奏というのは「1年365日演奏を続けるべきだ」という彼の言葉にもあるように、常に限界を目指し、それを打破すべく、マウスピースに渾身の息を吐くような壮絶なものでした。

その姿勢は「演奏」というより「闘争」と言ってもいいものでしょう。

故に共演者に対しても大体容赦なく捨て身で挑発し、ぶつかり合い、どちらが先にくたばるか、ぐらいの”戦闘”に引きずり込むようなものでしたし、実際この姿勢あればこその阿部薫の音楽だとアタシは思います。

ところがここで聴かれる吉沢元治との演奏は、互いに絶頂に近い緊張感を保ちつつ、音楽的には非常にあやういバランスで寄り添っている、美しい美しいデュオローグです。

もちろん即興演奏に本気で全てを懸けている2人の演奏には一切妥協はありません。

阿部の鋭利な刃物のようなアルトが、フレーズを鋭く尖らせながら空間に放たれると、吉沢のベースが、指弾きも弓弾きも駆使して、その音が最も効果的にライヴ会場に響くようなフレーズをサッと弾き、ピタッと音を止めて余韻を引き伸ばす。それに対して阿部が更に断片的だけれどもメロディアスなフレーズで斬り込めば、ベースは今度はそれに呼応するかのように新しいメロディを紡いでゆく。

吉沢の確かな技量と”勘”そして何より即興演奏だからこそ、ひとつひとつの音を丁寧に紡いでいる深い優しさに、阿部のサックスも自然と”引き”を覚えてメロディと余韻の両方を響かせ、聴かす。そんな演奏が終始このアルバムから流れてきます。

言っときますが阿部のサックスも吉沢のベースとチェロも、いわゆる「音楽理論的なお約束」からは大きく逸脱した表現です。でも、その二人の綿密な対話からは、ポップなものとはまるで別の意味合いを持つ”うた”が、やっぱり生まれているように思えます。

阿部薫の作品はどれも「単なるイカレ野郎のムチャクチャ」ではなくて、刺激的な”キレキレ”を常に上回る”美”の部分に裏付けられた狂おしさがありますが、特にこの吉沢元治とのデュオローグには、言葉や旋律にならない音を拾い集めて鳴り響かせたかのような美しさを感じます。






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2017年02月10日

阿部薫 なしくずしの死

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阿部薫/なしくずしの死
(コジマ録音/ALM Record)

昨日今日と、ちょいと低血圧で頭がフラフラして体調がよろしくありません。

こんな時に聴く音楽は、あー、何かこうまったりしてて、じっくり聴くとかいうよりは、余り考えないで聴けるBGM的なやつがいいかもなぁ・・・などと頭は考えておったのですが、ボーッとする頭でフラフラと選んでいたのは、そういった「耳に心地良いだけの音楽」とは間逆の阿部薫。

そう、阿部薫。

知らない人は全然知らない、けど、彼の「壮絶な美」としか言いようのない演奏を一度聴いた人はきっと忘れることはできない”特別中の特別”を持つ表現者です。

阿部薫は”一応”ジャズの文脈で語られる人です。

確かに彼が生前に暴れまわった場所は主にジャズ喫茶のステージで、ビリー・ホリディ、エリック・ドルフィーに決定的な衝撃を受け、アルト・サックスを手にしております。

しかし、彼が楽器を通して内なるギリギリの世界から放つ音は、いわゆるカギカッコ付きの「ジャズ」というものを突き破って聴く人の心に直接突き刺さります。

でもって”一応”サックス奏者と言われております。

先も言ったように、阿部薫はアルト・サックスを武器に、ジャズの世界に単身斬り込みをかけましたが「闘争に手段は選ばない」とばかりに、アルト・サックス、バス・クラリネット、ソプラノ・サックス、ソプラニーノ・サックス、ハーモニカ、ピアノ、ギター、尺八など、様々な楽器を扱うマルチ・プレイヤーなのですが、彼の出す音は「色んな楽器を器用に使ってカラフルな音を時代に出す」とかいうのとは間逆で、様々な楽器を使っても、することはただひとつ「命を懸けてソイツから最も美しい音を出すこと」でありました。


阿部薫の演奏は、完全即興のものがほとんどで、いわゆる"フリージャズ"として語られることが多いです。

しかも、彼は「無伴奏ソロ」つまり他の楽器をバックに付けず、扱う楽器ひとつだけを手に、完全即興に挑むことがライヴやレコーディングでは多かった人でした。

故に阿部薫の演奏は、音が炸裂し、鳴り響いている時と、完全に無音になる時の、異常な緊迫感に満ち溢れています。

苦しいといえば大変に苦しい、そして聴き手にも、一切の妥協や甘えを許さない、非常に厳しい音楽だと言えるかも知れません。




【パーソネル】
阿部薫(as,ss)

(Disc-1)
1.Alto Improvisation No.1
2.Alto Improvisation No.2

(Disc-2)
1.Soprano Improvisation No.1
2.Alto Improvisation No.4 part 1
3.Alto Improvisation No.4 part 2
4.Soprano Improvisation No.2


アルバムを聴いてみましょう。

若くして亡くなったこともあり、生前に発売されたアルバムはとにかく少ない阿部薫ですが、その中でも特に壮絶なソロ・パフォーマンスを収めたライヴとして有名な「なしくずしの死」という作品があります。

このアルバムは1975年、「なしくずしの死コンサート」として、青山タワーホールで行われた演奏(2曲)と、入間市民会館で収録された音源(4曲)が2枚のCDにまとめられております。

「なしくずしの死」とは、阿部薫(そしてコンサート・プロデューサーの)が愛読していたルイ・フェルディナン・セリーヌの小説のタイトルです。

セリーヌもまた、人間の本質を鋭くえぐった稀代の作家ですが、これについて書き出すと止まらなくなりますのでここでは割愛。

演奏は、そのセリーヌの「なしくずしの死」の朗読(フランス語)のアナウンスから始まります。

朗読の声が激しくなってフェイドアウトする、その後に生じる一瞬の静寂を切り裂くアルトの咆哮。

高く細く、鋭い音が、キリキリと空間を軋ませながら、場の空気をあっという間に塗り替えます。

1曲目はそれから20分以上、アルト・サックスが絶妙と嗚咽を激しく繰り返します。

や、阿部薫はどの曲もどの演奏も、大体このパターンなのですが、そうとは分かっていても、どの曲どの演奏の、どの瞬間も聴き逃すまいと、必然的に没入してしまいます。

いや、阿部薫の演奏というのは、知らず知らず聴き手をそのような心境にさせてしまう。それだけ強い磁場を持つ演奏なのです。

いきなり喉元にギラギラした刃を突き立てられているかのような、それは厳しい表現行為です。しかしその刃の透き通る妖しい美しさを、脳裏に同時に刻み付ける。

そう、阿部薫の即興演奏は、フリーキーでアナーキーで、場合によってはジャズという音楽にも背を向けているようにも思えます。フリージャズでそこまで思わせてくれる人って、実はあんまりいません。

でも、じゃあ音楽としてはどうか?と問えば、阿部薫が、グチャグチャに破壊して、氷の瓦礫を山と築くこの音楽は、純粋に美しい。

何というか、ジャズというひとつのジャンルには背を向けているかも知れないけれど、その裁断されたメロディの中には、あらゆる「うた」が生きております。

ジャズ、シャンソン、そしてよく言われる歌謡曲やジンタ、童謡などの、日本人の心の奥底に刻まれている、哀しく懐かしい「うた」の感触が、彼のフリーフォームなはずの演奏からは、ヘタなポップスなんかより全然リアルに感じます。

そこは彼がソプラノで吹いているDisc-2の1曲目を聴いてみてください。

これ、聴いてる人の内側の原風景を、外側から切り込み入れて映し出す大変ヤバイ曲(演奏)です。

今日は一日中阿部薫を聴いていましたが(実はメインで聴いていたのはこのアルバムではなかったのですが、そんなことはこの際関係ない)、ええ、阿部薫、常にギリギリのところで身を削ってギリギリの音を出していた人です。

彼の音楽は、そんな「ギリギリ」だから切実に心に響くし、フリーフォームだから余計に、定型化されている音楽より、そのコアにある「うた」の部分が美しく輝いているのです。


とか何とか言っても、世の中には「阿部薫?なにそれ」な人の方がほとんどだと思います。

願わくば一人でも多くの人が、この残酷なまでの「うた」の美しさに満ち溢れた表現に出会い、そして撃ち抜かれますように。



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2017年02月07日

ライオネル・ハンプトン スターダスト

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ライオネル・ハンプトン/スターダスト
(Decca/ユニバーサル)


ジャズが好きです。

何でジャズがこんなに好きになったのか、それは色々あり過ぎて一言では説明できないのですが、とにかく好きです。

まぁちょっとお聞きくださいな。

音楽っていうのは不思議なもんです。

「こういう気持ちになりたい!」

と思いながら聴く時はもちろん多いのですが、じっくり聴く音楽となると、それとはちょっと違って

「自分の中のこんな感情」

というやつを引き出してくれるものであったりします。

ちょいと大袈裟な言い方かも知れませんが、人生って感情の積み重ねなんですね。

嬉しいこと楽しいこと、辛いこと悲しいこと・・・。

そういうのが生きてると必ず付いて回るんですけど、多くは日常を生きているうちにだんだん薄まっていったり、別の感情に取って変わったりする。

特に悲しかったり、切なかったりする感情は心の引き出しが、表に出ないように、しっかりと鍵をかけて保管してくれますね。

えぇと、何の話だったか。そうジャズ。

「あぁ、ジャズって本当にいいな・・・」

と思ったことのひとつに、そういった心の引き出しにしまってた感情を、心の奥底からスーッと引っ張り出してくれるというところがあります。

切なかったり苦しかったり、自分にとってはどちらかというとネガティヴな感情のはずなのに、耳から心にジャズが入って引き出すそれは、ヒリヒリじんわりと、痛みを伴いながらも心地良いもんなんです。

ジャズが好きです。

特にオールド・ジャズ、アーリー・ジャズと呼ばれる古い時代のジャズには、その作用が高い割合で含まれているようで、その何ともまろやかな音色と、ノスタルジックな音質に心を漂白させながら、よく物思いにふける時があります。





【パーソネル】
ライオネル・ハンプトン(vib)
チャーリー・シェイヴァース(tp)
ウィリー・スミス(as)
コーキー・コーコラン(ts)
トミー・トッド(p)
バーニー・ケッセル(g)
スラム・スチュワート(b)
リー・ヤング(ds)
ジャッキー・ミルズ(ds)

【収録曲】
1.スターダスト
2.ワン・オ・クロック・ジャンプ
3.ザ・マン・アイ・ラヴ
4.オー、レディ・ビー・グッド



その代表的な1枚と言ってもいいのが、ジャズ・ヴィブラフォンの名手、ライオネル・ハンプトンの「スターダスト」


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1947年にレコーディングされたライヴ・アルバムで、あらゆる意味での「ジャズってこうなんだよ、くーっ!」というものが目一杯詰まった名盤として、多くのジャズ好きの心のふるさととして今なお聴かれ続けております。

まずは何も言わずに、タイトル曲の「スターダスト」を聴いてみてください。

出だしからまろやかでまろやかで、伸びのあるメロディアスなアルト・サックス、くすんだ音色で溜息のようなトランペット、フレーズから蒸気と共にやるせない煙草の煙が立っていそうな、ウォームなテナー・サックス。

それらがソロを取っている間、星屑のように、或いは儚いシャボンのように、キラキラと輝きながら余韻を残して消えてゆくヴィブラフォン。ハミングと共に奏でられる、切ない切ないベースソロ。それに続くピアノだってベースだって、雑味のない音色でキュンキュンくるよ〜。

で、満を持して「カツン!」と強めのアタックから入ってくるライオネル・ハンプトンのヴィブラフォンのソロがまたたまんない。徐々にテンポを上げながら「イェ〜」「アァ〜♪」と本人の声も入ってるんですが、これが最高に音楽。

そしてゆったりした時間の中で、それぞれの楽器がソロの最高の盛り上がりの時に、自然と客席から起こる歓声と拍手。

あぁ、いいなぁ、これを聴いている間は、最高の音楽と心の内から剥がれて落ちる、哀愁とか郷愁とか、そういうのでクシャクシャになった心のカケラが浄化されてゆく感覚にずっと浸っていられる・・・。


2曲目以降も極上のスウィング・ジャズで、ライオネル・ハンプトンについても、このアルバムに参加している名手中の名手といわれるメンバー達についても、もっといっぱい語りたいことはありますが、とりあえずそういうお勉強的なことは後でいいから、皆さんは「スターダスト」を聴いて、それぞれの心の内にあるヒリヒリしたものを、この最高の音楽にそっと浸してみてください。

ジャズが好きです。

うん、それ以上に音楽って特別なものなんです。すごくすごく特別で、いいものなんです。



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2017年01月29日

ホレス・シルヴァー ソング・フォー・マイ・ファーザー

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ホレス・シルヴァー/ソング・フォー・マイ・ファーザー
(Bluenote/EMIミュージック)

「ミルト・ジャクソン・クァルテット」を聴いていましたら、ホレス・シルヴァーを聴きたくなってきました。

ホレス・シルヴァーといえば、多分ジャズを好きになった人、でもって最初に何を聴くべきか迷って、名門BLUENOTEレーベルのアルバムに手を出した人にとっては、恐らく最初に「おっ」と気を引くアーティストだと思います。

そうでなくても

「オシャレでファンキーなジャズ」

を、追い求めている人は、大体最初付近に出会って、そのカッコ良さにヤラレる人であると思います。

かく言うアタシもそうでした。

フリー・ジャズからモダン・ジャズへと、ジャズの好みの幅が段々と拡がってきた最初の頃に出会ったのが、ホレス・シルヴァーのファンキーな名曲「ソング・フォー・マイ・ファーザー」(確かクラブジャズ系のオムニバスに入ってた)を聴いて

「うぉお!何このオシャレでカッコイイ曲は!?これもジャズか、これもジャズでええのんか!?」

と、びっくらこいたものです。



【パーソネル】
ホレス・シルヴァー(p)
カーメル・ジョーンズ(tp,@ACD)
ブルー・ミッチェル(tp,B)
ジョー・ヘンダーソン(ts,@ACD)
ジュニア・クック(ts,B)
テディ・スミス(b,@ACD)
ジーン・テイラー(b,BE)
ロジャー・ハンフリーズ(ds,@ACD)
ロイ・ブルックス(ds,BE)

【収録曲】
1.ソング・フォー・マイ・ファーザー
2.ザ・ネイティヴス・アー・レストレス・トゥナイト
3.カルカッタ・キューティ
4.ケ・パサ
5.ザ・キッカー
6.ロンリー・ウーマン

ジャズの世界で「ファンキー」といえば、元々はいわゆるファンクやソウル系のあの感じではなく("ファンキー"という言葉がちらほら聞けるようになった50年代半ばはソウルもファンクもまだ生まれてなかったから当然といえば当然ですが)、ゴスペル音楽から導入したコール&レスポンスの繰り返しで沸き上がる、いわゆる"黒っぽさ"のことをそう言っておりました。

その"ファンキー"のジャズにおける元祖は、アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ。

色々あって途中仲違いしてしまいましたが、シルヴァーはそのオリジナル・メンバーで、初期のジャズ・メッセンジャーズではブレイキーのドラムにピッタリと息を合わせたグルーヴィーなピアノで"ファンキー"を次々生み出しておりました。

袂を分かつた後、ブレイキーはよりゴスペルに根ざした"ジャズのファンキー"を追究し、シルヴァーは60年代に入ると自らのバンドを率いて、ゴスペルやR&Bの感覚にラテンなどのエッセンスも積極的に演奏に取り入れ、独自の"ファンキー"を極めておりました。

このアルバムは1964年、絶好調のシルヴァーが、自分自身の「ファンキージャズ」を高らかに宣言しただけでなく、この時代のブルーノートというレーベルのカラーを決定付けた、素晴らしいインパクトと存在感に満ちたアルバムです。

まず、シルヴァーは、ピアニストとしてはもちろん凄腕ですが、そのテクニックを演奏面で弾きまくって炸裂させるタイプではなく、練り込まれたバンド・サウンドの中で、曲やアレンジのカッコ良さを引き立てる、センスの良いプレイをすることに専念しているような、非常に効果的で"ツカミ"に溢れた演奏を聴かせます。

特にこのアルバムでは、ジャケットに写っているホレスのおとーちゃんに捧げたアルバムで、ポルトガル系の血を引くおとーちゃんを意識して、ラテン風味のアレンジが、洗練されたモダン・ジャズ・サウンドと自然に融合して、それがそれまでのストレートなハード・バップにはないオシャレ感の肝になってるんですね。

「ジャジーな曲にラテンを絡める」という手法は、90年代以降のクラブジャズやハウスのミックスものなんかではもう当たり前だったりしますが、このアルバムとチック・コリアの「リターン・トゥ・フォーエヴァー」がなかったら、果たしてその手法はすんなり成り立っていたかなと思います。

バンド・サウンドも実に引き締まってて無駄がなくカッコいいですね。個人的にこのアルバムはジョー・ヘンダーソンの、ファンキーだけれどもどこかナイーブで掴み所のない"やや変"なテナーを楽しみつつ、シルヴァーのセンスの良さにグッとくるアルバムだとも思います。

1964年といえば、あのビートルズがデビューした年でもありますね。同じ年にロックとジャズ、それぞれのフィールドから究極にポップでセンスと洗練の塊のようなバンドと作品がリリースされたことに、何か時代の大きなうねりも感じますね。




(定番のFUNKYチューンです。元祖レアグルーヴ名曲♪)

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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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