2019年08月11日

マッコイ・タイナー インセプション

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マッコイ・タイナー/インセプション
(Impulse!/ユニバーサル)


私はマッコイ・タイナーというピアニストが大好きです。

コルトレーンのバックでは、ひたすら力強く情念を噴き出すようなプレイに没頭するピアノ、コルトレーンのバック以外では、情念を吐きつつも、どこかクールな知性を感じさせるピアノ。そしてどちらにも共通するのが、この人のピアノ・スタイルは、とにかく「硬派で耽美」ということ。

本当に大好きなんですが、やっちまいました。

何と、このブログでまだマッコイの単独アルバムを1枚も取り上げてないんですよ〜!(泣)

「ほらお前のそういうところよ!」

はいィ...アタシのこういうところです。

という訳で、本日からしばらく「マッコイ強化月間」として、マッコイ・タイナーのソロ・アルバムの紹介をいたします。いや、ごめんなさい、させてください。

マッコイ・タイナーといえば、このブログをご覧の皆様にとっては、コルトレーンのレビューですっかりおなじみの、コルトレーン長年の相棒とも呼べる、彼のバンドのメロディとリズムの両方を支える、いなくてはならないピアニストでありました。

残念ながら晩年のコルトレーンの目指す音楽性と彼の音楽性とが接点を見出すことなくエルヴィン・ジョーンズと共に脱退してしまいましたが、彼もエルヴィンも、コルトレーンの事はずっと尊敬し、その音楽的な影響を元に、それからの表現に活かしていた人達でありました。

特にマッコイに関しては、彼の後任でコルトレーン・バンドに加入したアリス・コルトレーンは、ラシッド・アリがエルヴィンとは全然違うアプローチでリズムの根幹をガラリと変えてしまったのに対し、マッコイのプレイ・スタイルを受け継ぐような感じでコルトレーンのフリー・フォームなサウンドに重く寄り添っており、もしかしたらアリスに対してコルトレーンから「マッコイみたいに弾いてくれないか」という指示があったのかも知れません。


さて、マッコイ・タイナーは1938年生まれでモダン・ジャズ世代のジャズマンとしてはかなり若い世代となります(年齢でいえばコルトレーンよりも12歳年下です)。

地元フィラデルフィアで10代の頃からバンド活動をしており、その後ニューヨークへと拠点を移し、1959年にはベニー・ゴルソンのジャズテットのメンバーに抜擢、それから1年後にはコルトレーンの新バンドのメンバーとして加入。この時何と22歳ということでしたから、早い時期から才能があったというより、しっかりとした世界観を内側に持っていた人だったんだなという事が伺い知られます。


その才能というか世界観が、プロデビューしていきなりのコルトレーン・カルテットで磨きに磨かれて花開いたのがマッコイ。つくづくスタイルも経歴も、特異中の特異であると言えるでしょう。

マッコイとエルヴィンは、コルトレーン・カルテットの中にあって、そのサウンドカラーを決めた強烈な個性的スタイルの持ち主であります。

ところがですね、この2人、コルトレーン・カルテットに居た時期とか、加入前とかの、コルトレーン以外での音源を聴いてみると「全くの別人」ばりにクールでスマートなプレイを楽しませてくれるんです。







インセプション

【パーソネル】
マッコイ・タイナー(p)
アート・デイヴィス(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)

【収録曲】
1.インセプション
2.ゼア・イズ・ノー・グレイター・ラヴ
3.ブルース・フォー・グウェン
4.サンセット
5.エフェンディ
6.スピーク・ロウ

(録音:1962年1月10日,11日)


今日はマッコイ・タイナーのソロ・デビュー作『インセプション』をご紹介します。

このアルバムは1962年、マッコイがコルトレーン・カルテットのメンバーとして在籍して、毎晩のようにバリバリの情念が沸きまくって吹きこぼれていた丁度その頃にレコーディングされたアルバムです。

ここではコルトレーン・カルテットの同僚であるエルヴィン・ジョーンズ、コルトレーンとは仲良しで、色んなセッションにもちょくちょく呼ばれて参加しているアート・デイヴィスを従えてのトリオ演奏で、これはもうメンツからして「コルトレーン抜きのコルトレーン・バンド」な感じ、のそれはそれはヘヴィで熱い演奏が聴けるのかと、緊張気味に身構えておりましたが、聴いてみたらコレがびっくりするぐらいクールでオシャレですらある、いわゆるモード・ジャズ・ピアノのスタイリッシュな空気に満ちた作品でした。

ここで演奏されているのは、いわゆるスタンダード曲ですね。マッコイのピアノは、極力粘らない、跳ねない、でもグルーヴィーに細かい音符をアドリブで重ねる毎に、ゆわっとした独自のグルーヴを出してて、その知的で端正なグルーヴ感は、同じ時代のピアニストで言うならばビル・エヴァンスに近い。

もっとも、エヴァンスはグルーヴィーに流れる局面でも、てんめりと盛られた”情”の部分の内側に沈み込んで行くような儚さとあやうさがありますが、マッコイのピアノは情感にゆらぐことなく、あくまでキリッとフレーズをちりばめて行きます。先ほど「知的で端正」と書きましたが、その音の立ち方や無駄のないフレーズ展開はやはり「硬派」と呼ぶに相応しいものだと思います。

そしてエルヴィン。コルトレーンのバックではブ厚く重いリズムの塊を豪快に連発する、文字通り重厚でパワフルなドラマーという印象の強いエルヴィンが、マッコイのピアノをブラッシュワークでの繊細なサポートに徹していて、これもまた「えぇ!?あのエルヴィン・ジョーンズなの!!??」と、最初びっくりしましたが、タタン!タタン!としなやかに力強くリズムが折り重なってゆく独特の畳み掛け方は、この人ならではのもの。繊細さの奥底にしっかりと持つ硬派な気迫が、マッコイ同様好印象です。

とにかくこのアルバムでは、気品あるバラードはもちろんですが、収録されているアップテンポの曲のスピード感が非常に斬新で「モードジャズって何?」と聴かれて理論的な説明を省いて簡潔に言うなら「このスピード感!」と言いたいぐらいです。3曲目の『ブルース・フォー・グウェン』とか、ブルースと言いながらほとんど全く粘らない、高速でシャキシャキ流れてゆくこのフレーズ。今の時代はこういったスタイルは主流になっておりますが、この時代のリスナーにとっては、とても衝撃的なものだったに違いありません。

最初は「何かフツー」と思ってたマッコイの初期アルバムですが、これは聴き込む毎にとてつもなく斬新で、爽やかにアウトしてゆく知性が凝縮された素晴らしい作品だなぁとしみじみ思って、もうかれこれ20年聴いてます。が、いやはや全く飽きるどころかますますクセになります。












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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2019年06月21日

エロール・ガーナー ミスティ

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エロール・ガーナー/ミスティ
(Mercurry/ユニバーサル)

ここんとこ突っ走り気味でしたので、今日はジャズの美しいピアノ曲でも紹介して落ち着きたいと思います。

ジャズのスタンダード曲で『ミスティ』という美しい曲がありまして、サラ・ヴォーンという凄いヴォーカリストがいるのですが、この人の歌うヴァージョンが大ヒットした事で、色んな人が歌ったといういわくのある曲なんですね。

ミスティってのはつまり霧の事なんですけどね

『私はアナタにこんなにも夢中で、こんなにもこんなにもときめいているのに、アナタは私の気持ちに全然気付いていない。私はこんな霧のような想いの中できっと迷子になってしまうんだわ』

という歌詞だったと思います。

前半は恋にときめく気持ちをウキウキで描写してるのに、後半はそれが片想いであるという切なさが、切々と歌われる。それも絹のような儚い浮遊感の溢れるメロディーで。という、えぇ、とても美しい曲なんです。


この曲の作曲者が、ピアニストのエロール・ガーナーであります。

1921年生まれで、1940年代から活躍。つまりジャズという音楽のスタイルが、戦前のスウィングからいわゆるモダン・ジャズと呼ばれるビ・バップへと変わる丁度その直前ぐらいにデビューして、モダン・ジャズの全盛期に戦前の陽気でハッピーなスタイルで演奏しておった人であり、後のピアニスト達に与えた影響もかなり大きい。

バラードでは、その粒立ちの整った美しい音色で、淀みなく出て来るメロディアスなアドリブでどこまでも上品に音を紡ぎ、アップテンポの曲では、両手をダイナミックに躍動させて、リズムとメロディを惜しみなく繰り出す!はい、間違いなく実力者です。一流のピアニストであります。

エロール・ガーナーはお父さんと兄弟が全員ピアニストという家に生まれ、何と3歳からピアノを弾いていたそうです。

これはもうよっぽどのキチンとした英才教育を受けた人だと思いきや、親がどんなに基礎や譜面からピアノを弾かせようとしても一切従わず、独学でポンポン弾いてるうちに、何と譜面が生涯読めないまま、驚異的なテクニックを身に付けた。

というのも、この人はものすごく耳が良かった。エロールが若かった頃のピアニストの仕事といえば、酒場とかラウンジとか、そういう人の集まる所でお客さんの「あれ弾いてくれ」ってリクエストに応えて弾く事が多かったんです。

だからリクエストされたら、ジャズでもブルースでもポップスでも何でも弾けなきゃいけない。でも弾ける弾けない以前に言われた曲を知ってて覚えてなきゃいけないという問題がここで生じるんですが、エロールは天性の耳の良さと、同じぐらい驚異的な記憶力で、どんな曲でもほとんどスラスラ弾けたという話もありますね。




ミスティ

【パーソネル】
エロール・ガーナー(p)
ワイアット・ルーサー(b)
ユージン”ファッツ”ハート(ds)

【収録曲】
1.ミスティ
2.イグザクトリー・ライク・ユー
3.ユー・アー・マイ・サンシャイン
4.恋とは何でしょう
5.フラントナリティ
6.アゲイン
7.いつかどこかで
8.ラヴ・イン・ブルーム
9.スルー・ア・ロング・アンド・スリープレス・ナイト
10.ザット・オールド・フィーリング

(録音:1954年7月24日)



ほんで、話は『ミスティ』に戻るんですが、エロールはこの曲のメロディを飛行機の中で移動中に思い付いた。ところがエロール、譜面に落とせないので、記録が出来ない。もちろん彼の時代にはボイスレコーダーとかそんなものはありません。

そんな状況でエロールどうしたのか?移動中の何時間もの間、そのメロディをずーーーーーーーっと口ずさんで覚えていたらしいです。

で、家に帰って「あぁぁピアノピアノ!」と、大慌てでピアノに向かって演奏し、オープンリールテープにそれを録音したところ、何とも幻想的な美しい曲に仕上がった。

で、友達にそれを聞かせたら「何だか霧の中にいるようなぼんやりした曲だねぇ」と言われ、それでもってタイトルを「ミスティ(霧)」にしようと思ったところでこの名曲が完全に生まれたんだと。

はい、アタシはずっと『ミスティ』の話してて、この曲の話だけで今回はレビューを終わろうと思います。

このアルバムはその『ミスティ』のオリジナル・ヴァージョンが収録された記念すべき作品ですので、ジャズ好きピアノ好き、そして音楽好きの皆さんは、ぜひこの美しい曲を一度彼のピアノトリオで演奏されたヴァージョンのカッコ良さに撃たれてください。



あのですね、実はエロールには、バラードだけじゃない「ノリノリの曲の凄さ」もあって、アメリカとかではそっちの評価が凄く高いんですが、それはこのアルバム中盤からの凄まじくグルーヴィーな展開があって、そっちで体験できます。「ノリノリなエロール・ガーナーの凄さ」は、何かアタシがごちゃごちゃ言うより、体験してもらった方が良いような気がします。バラードとノリノリの両方で撃たれてください。
















『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2019年06月13日

ロン・カーター オール・ブルース

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ロン・カーター/オール・ブルース
(CTI/キングレコード)


今の時代「音楽を聴く」っていう行為そのものが、向き合う事より自分とちょいと離れた所に流してそれを眺めるといった感じに近いものになっているような気がします。

えぇ、いきなり何を言ってるのかよくわかんない感じですいません。


アタシの場合は、音楽とはなるべく正面からガップリ四つに向かい立って、その衝撃も何もかも、正面から受け止めたい派です。あんまり「流して聴く」って事はしないかも知れない。

もちろんこれは、人それぞれです。どっちが正しいとか偉いとか、そういう問題じゃあないのは当たり前です。

暑い夏に暑苦しいブルースとかロックとかジャズとか聴いて

「ぬほぉぉ!うぐぅっ!!」

とか言ってるのは、そりゃ楽しいんですが、まぁそうですねぇ、たまに疲れてきてしまいますね(汗)


そういう時に、重宝しているのが、ある年代のジャズであります。

「ある年代」ってのは、1970年代ですね。

この時期にジャズという音楽は、それまでのガッチリした4ビートのチーチキなモダン・ジャズがあんまり受けなくなってきて、試行錯誤して色んなスタイルが生まれたのですよ。

その中で一番受けたスタイルが「ちょっと軽めのサウンドで、真面目に聴いてもいいし、もうちょっと肩の力を抜いて聴いてもいいような感じのジャズ」というやつです。

後にノリやすいビートやサウンドの軽さと、フレーズの洗練というのがひとつの型として出来上がったものが「フュージョン」と呼ばれるようになるのですが、まだこの時代はそこまで行かない。

ビートとかは確かに新しいし、アレンジにも電気ピアノやイージー・リスニング調のストリングスとかを加えちゃったりして、随分とポップな感じがあったりするけど、それを演奏しているのが、50年代とか60年代にバリバリの4ビートなモダン・ジャズをやってた人達だったりする。そいでもって演奏の骨組み自体はしっかりとジャズの硬派な部分を残しているという。

そんな”不思議な中間”を専門にやるレーベルとして、CTIというレーベルがありまして、今日皆さんにご紹介するのは、その中の一枚。ロン・カーターの『オール・ブルース』というアルバムです。

ロン・カーターといえば、今やジャズを代表する”ミスター・ベースマン”でありますね。

あのマイルス・デイヴィスのバンドで、ウェイン・ショーターやハービー・ハンコック、トニー・ウィリアムスら、同年代の才能溢れる凄腕のメンバーの一角として、いわゆるアコースティック・マイルスの時代の最後の黄金期を飾ったという事もありますが、その長身でいかにもジャズマン!っていう風貌と、細身の体にピタッと合った洒落たスーツ姿の、まぁ一言でいえば「オシャレ」なカッコ良さで、あれは確か80年代のバブルの頃だったと思うんですけど、ウイスキーのCMに出て、それが”ジャズの人ロン・カーター”の知名度を、お茶の間レベルにまでグッと高めたんだと思います。


今も割とお茶の間レベルで人気者のロン・カーターなんですが、本人のベース・プレイそのものは、割とお茶の間の人達がイメージするような「正統派モダン・ジャズ」のそれじゃなくて、実は結構際どい。

よく言われるのが「サウンドが不安定」ということで、ハッキリと言ってしまえばチューニングがズレてるのか、フレットを押さえる左指の押さえ方が独特なのか、よくわかりませんしご指摘も別に要りませんが、パッと聴いた感じでもそれとわかる独特の”ズレ”が音程にあるんですね。


で、初期のロン・カーターって人は、その”ズレ”から来る特有の不穏でダークなフレーズがうねうねぐにゅぐにゅしているプレイでもって、割とジャズの主流から外れたアンダーグラウンドな風を持つ人達と一緒にプレイしていた。

ミンガスのバックで、フリーフォームから戦前風のブギウギピアノっぽいことまで派手に弾き散らかしていた、ピアノの怪人ジャッキー・バイアードとか、後はアタシの大好きなエリック・ドルフィーのバックとか、とりわけアタシは最初に聴いたエリック・ドルフィーのアルバム『アウト・ゼア』が、ロン・カーター初体験の盤で、このアルバムでの空間捻じ曲げ系のチェロには「うひゃー、何じゃこりゃ!」と、かなり衝撃を受けて、何度も何度もアホみたいに聴いたものです。





そう、アタシの中ではロン・カーターという人は、初めて聴いた時からずっと『ジャズベースのダークヒーロー』であり、どの音源で弾いている時も(自分のリーダー作ですら!)、心地良い異物としてのカッコ良さを教えてくれる人でありました。

大好きな”正統派”のジャズ・ベーシストといえば、やっぱりチャック・イスラエルだし、オスカー・ペティフォードとかポール・チェンバースとか、レイ・ブラウンとか、ベースだけ聴けば十分に王道なチャールス・ミンガスも実にいい。それとリロイ・ヴィネガーにレジー・ワークマン、あぁキリがありませんが、これらアタシの好きなベーシスト達と、色んな意味で「何だか違う」「どうも浮く」ロン・カーター、それゆえにアタシは”特別”を感じます。



オール・ブルース


【パーソネル】
ロン・カーター(b,piccolo-b)
ジョー・ヘンダーソン(ts,@B〜D)
ローランド・ハナ(p,@ACD)
リチャード・ティー(el-p,B)
ビリー・コブハム(ds,@〜D)


【収録曲】
1.フィーリング
2.ライト・ブルー
3.117スペシャル
4.ルーファス
5.オール・ブルース
6.ウィル・ユー・スティル・ビー・マイン


(録音:1974年10月24日)


昨日からですね、実はこのアルバムをボケーっと聴いておりました。

これはですのぅ、ロン・カーターが色んな濃い連中とやって、マイルスのバンドもやり終えて、ようやくソロとしての活動を本腰入れて始めるようになった、1970年代半ばの頃のアルバムですね。

ちょいと過激なのもオーソドックスなのも一通り経験してきた彼が、CTIというちょいとライトな聴きやすさが売りのレーベルでリリースした、オーソドックスなモダン・ジャズ・アルバム。

テナー・サックスに、60年代”モード・ジャズ”っていう、一言で言えばキメと不確かの間をほよほよした、非常に未来的なスタイリッシュさ(で、いいんだべか)を持ったスタイルの同志であるジョー・ヘンダーソン。ピアノは端正でカチッとした、かつ華やかさのあるプレイにかけては抜群のローランド・ハナ。ドラムスは基本的に4ビートなんだけど、ファンクやフュージョンなどの新世代感覚も持つ若手のビリー・コブハム。それと1曲だけエレキピアノ(フェンダーローズ)のリチャード・ティーが参加しております。

つってもよくわからん人には「何だそれ?」だと思いますが、この人選はですね、割と伝統派なピアノと、ちょいと前の世代の最先端と、これからの時代のスタイルを持った人達という、意見バラバラなスタイルを持つ人達がロン・カーターのベースの元に集まったという、おいおいどうすんだこれ、まとまるもんもまとまらんだろーと思わせる、はい、あくまで「思わせる」メンバー構成なんですね。

世代もスタイルも、サウンドのクセも全くバラバラのメンバーが、ロン・カーターのベースを中心に、びっくりするぐらいしっかりと個性を発揮しながらまとまってるんです。

まぁそのー、「誰とやっても俺節」なジョー・ヘンダーソンはともなく、誰の音とも喧嘩しないジェントルマン中のジェントルマン、ローランド・ハナだし、ビリー・コブハムがどこか新しい4ビート(3曲目だけしっかりファンクビート)で先輩達に必死に呼びかけてるのが分かるぐらい頑張ってるし、このアルバムはみんなが素晴らしいってのは判るんです。

で、ロン・カーターのベースは、キッチリと「カッコイイ異物」をやっておりまして、まるでプラモデル作った時の接着剤の如く、うっすらとどの展開でも気持ち良くはみ出してるんですね。

ところがそこらへんは、流石に場数を踏んできたセンスでありまして、カッコイイんですよ。独自開発の、ベースよりちょい高い音が出るピッコロベース(この発想自体がもうはみ出すこと前提でイカすんですよー)をベンベン弾きながら、メンバー達のスタイル的な距離感にジワジワとロンのプレイが染み渡って、結果その距離をしっかりと溶かして埋めている。

全員が一丸となってゆらぎながらキメてゆく1曲目の『フィーリング』、リチャード・ティーのエレキ・ピアノとベースも溶け合って響き合うゆんわかファンクの『117スペシャル』なんかも実にオシャレだと思います。

そして、個人的に最高なのが、やっぱりローランド・ハナのシャキッと美しい音色と弾力のあるベースが不思議と寄り添う『ライト・ブルー』『ウィル・ユー・スティル・ビー・マイン』の心地良さが絶品です。

アルバム全体として、とても良い塩梅で「ふつうなものとそうでないもの」が豊かに響き合う空気感は、やっぱりロン・カーターのベースでしか味わえないオツなもんだと思いますし、それなりにクセのあるものを上手に聴きやすいものにしてしまう、CTIというレーベルのセンスの良さも光っております。







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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2019年05月21日

ケニー・バレル ブルージン・アラウンド

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ケニー・バレル/ブルージン・アラウンド


何日か前の事ですが、とても悲しくショックなニュースを目にしました。

「ケニー・バレルが、経済的に非常に苦しい状態にあるから助けてほしい」

という、ケニー・バレル夫人の書き込みが、ツイッターに流れてたんです。

「えぇ!?」

と思いました。

だって、ケニー・バレルといえば50年代から常に第一線で活躍する、その頃からジャズを代表する素晴らしいギタリストで、大きなコンサートからライヴハウスまで、出演依頼が絶えた事なんか恐らくなくて、その功績によって音楽学校の教授としても安定した活動を続けてきた。

で、ジャズマンっていえばとかく酒飲みで女にだらしなくて、喧嘩とかギャンブルとか、そういう社会人としてはアレなエピソードに事欠かなかったりするんですが、ケニー・バレルという人は非常に常識人で真面目な人だったから、多くの仲間が若いうちから破滅して亡くなって行くのにしっかりと節制を守り、だから80代になっても元気に演奏することが出来て、周囲からの信頼も厚いという話も聞いておりました。


バレルは2019年現在87歳なんですが、実は数年前に事故に遭って、現在はその後遺症と懸命に戦っているそうです。

これによって演奏活動もままならない。そんな時詐欺に遭い、巨額の負債を抱えてしまっての、奥様の必死のSOSだったんですね。

幸いにして寄付は目標金額を達成し、とりあえずは夫婦が当面生活するだけのお金と治療のための資金の心配はなくなったということなんですが・・・。

いや、ここまで書いて何とも悲しくてやるせない。

ジャズという音楽に多大な功績を残した偉大なギタリストが、いや、そんなことよりも、アタシだって彼のギター・プレイにはたくさん癒されたし、興奮させられたし、何よりも彼のプレイは「カッコイイ男ってのはこうなんだ」っていう粋をたくさん教えてくれました。世間の多くの人にそんぐらいの大きな感動を与えるために、自らを常に律して、ステージでは特上のサービス精神を忘れず、真摯に生きてきた一人のミュージシャンが、何でこんな、仕打ちにも似た境遇に置かれなきゃならんのか。

とまぁアタシは色々考えたのですが、アタシには出来る事しかできません。そんなアタシに出来る事といえば、ケニー・バレルという本当にカッコいいジャズ・ギタリストの良さを語って、一人でも多くの人にこの人の音楽を聴いてもらうこと。たとえばCDが1枚売れて、どれぐらいのお金が彼の元へ行くのかは分かりませんが、誇り高い演奏家です。演奏活動が出来ない今、一番の支援(精神的な意味も含め)は、音源が売れる事だと思いますので、今日はケニー・バレルという人の音楽と作品を紹介します。


ケニー・バレルは1931年にミシガン州デトロイトで生まれました。

デトロイトという街は、アメリカの自動車都市と呼ばれる工業の街で、戦前から自動車工場の職を求めて多くの黒人労働者が全国、特にアメリカ南部から集まった場所であります。

後にモータウンというソウルの巨大レーベルが生まれ、華やかな時代を作る前から、デトロイトはブルースやR&B、そしてジャズといった黒人大衆音楽の独自の文化が花開き盛り上がっていた街。そんな街で生まれ育ったバレルは、若い頃から体にブルースを染み込ませ、かつそれをジャズとして非常に洗練されたスタイルで弾くことが出来、若干25歳でニューヨークに進出。そのままブルーノート・レコードで初リーダー作をレコーディングし、瞬く間にシーンのトップへと上り詰めます。

実際に50年代にレコーディングされたバレルのアルバムを聴くと、その当時形成された基本的なスタイルの「ジャズ」つまりはモダン・ジャズ/ハード・バップという、アタシ達が「ジャズ」と聞いて「あぁ、こんな感じ」とすぐに思い浮かべるあのサウンドにピッタリと寄り添っている、とても堅実で、決して派手に弾き倒して他の楽器の邪魔をしないプレイなんです。

こう書くとケニー・バレルは控え目で、いわゆる”薄い”ギタリストなのかなと思われそうですがさにあらず。どんなに洗練されたサウンドの中で弾こうが、共演者の演奏が派手目な感じだろうが、この人のギターから出て来る音はその穏やかな一音にすら力強い存在感が、ブルースの深いコクと共にみなぎって、全てを包み込む包容力でダンディかつセクシーな音を響かせます。

そうなんです、アタシも下手くそながらギター弾きのはしくれとして、気になるギターの演奏というのは、やっぱり弾き方とかインパクトとかそっちが先立って耳をすましてしまいがちなんですが、バレルのギターに関してはもうただこの人の音がトロンと鳴るだけで心が持って行かれてしまって、その卓越した”聴かせる技術”の細かい所は未だに僅かでも盗む事は出来ずに今に至ります。

実際にお店に立っていて、ジャズを聴く色んなお客さんと話をしていた時も「ケニー・バレルかっこいいよね!」と興奮気味に語る方は、実は圧倒的にギターを全く弾かない人が多かったんです。

これは本当に凄い事ですよね。







ブルージン・アラウンド

【パーソネル】
ケニー・バレル(g)
エディー・バート(tb,C)
レオ・ライト(as,E〜G)
イリノイ・ジャケー(ts,@〜BDH)
ジャック・マクダフ(org,E〜G)
ハンク・ジョーンズ(p,@〜BDH)
ジョージ・デュヴィヴィエ(b,C)
メイジャー・ホリー(b,@〜BDH)
オシー・ジョンソン(ds,@A)
ルイ・ヘイズ(ds,C)
ジミー・クロフォード(ds,BDH)
ジョー・デュークス(ds,E〜G)

【収録曲】
1.マンボ・ツイスト
2.ザ・スイッチ
3.ザ・スクイーズ
4.ブルージン・アラウンド
5.バイ・アンド・バイ
6.モーテン・スウィング
7.ピープル・ウィル・セイ・ウィア・イン・ラヴ
8.ワン・ミント・ジュレップ
9.ムード・インディゴ

(録音:1961年11月21日,29日、1962年3月6日、1962年4月30日)


リーダー作もサイドマンとして参加しているアルバムもとても多く、また、どのアルバムも乱暴にジャズの正道を踏み外すことなく常に高いクオリティで聴かせるバレル。

有名なアルバムといえばやはり50年代のブルーノートでの傑作の数々や、ジョン・コルトレーンとの共演盤、或いはVerveやPrestigeといった有名ジャズ・レーベルでの諸作品になると思いますが、1960年代のColumbia音源を集めてからリリースされたアルバム『ブルージン・アラウンド』を今日はオススメとして紹介します。

このアルバムはレビューで派手に取り上げられるような事はあんまりないけど、昔からバレルの隠れ名盤としてファンからの評価が非常に高いアルバムなんですよ。

まずはメンバーが、超一流の実力派揃い。誰もが知る超有名プレイヤーで固めるんじゃなくて、イリノイ・ジャケーにジャック・マクダフといった”コテコテ”のブルース職人達と、ハンク・ジョーンズ、レオ・ライト、ジョージ・デュヴィヴィエ、メイジャー・ホリー、オシー・ジョンソン、ルイ・ヘイズといった、主役を引き立てながら演奏に品格とコクをもたらすことにかけてはもう何をか言わんやの名バイプレイヤー達がガッチリと固めた布陣は、野球で言えば山本浩二に衣笠が打ち、大下が走り、池谷が投げていた頃の赤ヘル軍団、広島東洋カープの如き燻し銀の味わいと(さっき広島ファンに訊いたから間違いない)、古武士集団のような風格と”仕事”の確実さを持った鉄壁のそれなのであります。

そしてバレルお得意のブルースをテーマにした楽曲の数々。全体的な雰囲気はバレルらしくダンディでとことん夜が香る実にムーディーな仕上がりなんですが、落ち着いた曲だけでなく、速いテンポの曲がところどころ良い感じに織り交ぜられているところにも、飽きさせず聴ける工夫が凝らせてあるのを感じます。

1曲目はラテン風味で、これがノリノリのナンバー。バレルのソロもジャケーの叔父貴のソロ共に弾きっぷり&吹きっぷりが、短いながらも爽快です。

以降、ミディアムでグイグイのせて、スローブルースやバラードで聴かせる実に気持ちいい展開が最後まで続きます。バレルが書き下ろしたオリジナルはどれも「ブルースわかっとる奴が作るジャズ」で、特に必殺のスローブルース『ザ・スクィーズ』なんかもう酒が弾むこと間違いない(さっき酒好きの奴に訊いたから間違いない)のですが、カヴァー曲も酒が弾みます。

デューク・エリントンの超有名スタンダード「ムード・インディゴ」では、バレルのしっとり軽やかに、撫でるように奏でられるコード・ストロークにとろけるソロ、イリノイ・ジャケーの叔父貴によるズ太い音で丁寧に吹かれるソロはもちろん「ズン」とひとつひとつの音を噛み締めるように弾くメイジャー・ホリーのベースがこれまた響く。

ベニー・モーテンの曲、というよりその跡を継いだカウント・ベイシーの演奏で有名になった『モーテン・スウィング』は、ミディアム・テンポの小気味良いリズムに、コードを「びゃーん!」とぶっこむジャック・マクダフのオルガンと、もっちりした音で吹きまくるレオ・ライトのアルト・サックスが実にワルくてカッコ良くて、その後に満を持して出て来るバレルのソロもまたオシャレな不良。

レイ・チャールズがクインシー・ジョーンズ楽団をバックにしてヒットさせた『ワン・ミント・ジュレップ』の、いい感じにバーボンが香るカバーも音数少なめでギターがよく歌っております(タイトルの語源は南部生まれのバーボン・ベースのカクテルから)ね~♪

腕利きを集めての豪華セッションならではのくつろいだ感じと程良い緊張感があるこのアルバム、いやほんとバレルのプレイには、楽しく聴かせるその音の隅々にまで美学が行き届いていて、音楽としての究極の男前を感じます。




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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2019年05月15日

クリフォード・ブラウン ザ・ビギニング・アンド・ザ・エンド

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クリフォード・ブラウン/ザ・ビギニング・アンド・ザ・エンド
(Columbia/ソニー)

「ジャズ」と聞いて真っ先に頭の中に浮かぶ音といえば、やっぱり1950年代のモダン・ジャズ。

そのモダン・ジャズのトランペットのスタイルを確立した人といえば、マイルス・デイヴィスとクリフォード・ブラウンが双璧だと思います。

23歳で「さあこれから!」という時に不幸にも交通事故で亡くなったブラウンに比べ、長いキャリアを生き抜き、その間革命的とも言えるスタイルの変換を何度も行ってきたマイルスの方が、ジャズファン以外にも有名ではありますが、それまでの高速で直線的なノリのビ・バップに見切りを付けて、クールで小粋なスタイルを確立させたのがマイルスなら、ビ・バップのスピリッツをそのまま受け継ぎつつ、新しい時代のグルーヴにそのホットな情熱を掛け合わせる事に成功した、言わば王道を突き進んだのがブラウンと言えるでしょう。


つまり、同じ50年代の始まりの時期に同じ楽器のパイオニアとして注目を集めた2人のスタイルが全く正反対なんです。

で、マイルスはそのワン・アンド・オンリーで追従者さえ寄せ付けない程のカリスマであったのに対し、ブラウンの方は死後にその後に続くあらゆるトランぺッター達に影響を与えております。

リー・モーガン、フレディ・ハバード、ドナルド・バードといった人達は、マイルス、ブラウンらのちょい後に出て来た人気プレイヤーで、彼らもまたモダン・ジャズ(ハード・バップ)を代表する名手と言われておりますが、そのプレイ・スタイルからは、マイルスよりもクリフォード・ブラウンの粋と熱情が入り混じった表現の継承を強く感じます。

ジャズ・トランペットの魅力といえば、金管らしい強力なヒットと音そのものの熱い質感。

いや、アタシは元々それが苦手でした。苦手でしたがブラウンのその誠実さ溢れる熱意が込められたひと吹きに、やっぱりヤラレてしまい、更にアドリブの、熱を感じさせながらも繊細に美しくフレーズを紡いでゆくそのセンスに夢中になり、更にそれだけに止まらない、聴けば聴く程ジワジワと味わいを感じさせてくれるブラウンの音楽は、今ではもう生活に欠かせないようなものになっております。

前回はブラウンの、端正な部分の魅力が楽しめる、西海岸アレンジの『ジャズ・イモータル』をご紹介しましたが






今日はブラウンの、より剥き出しの素顔をかいま見ることの出来る素晴らしいアルバムをご紹介しましょう。



ザ・ビギニング・アンド・ジ・エンド(期間生産限定盤)


【パーソネル】
(@A1952年3月21日)
クリス・パウエル(vo,perc)
クリフォード・ブラウン(tp)
ヴァンス・ウィルソン(as)
エディ・ランバート(g)
デューク・ウェルズ(p)
ジェイムス・ジョンソン(b)
オシー・ジョンソン(ds)

(BCD1955年5月31日)
クリフォード・ブラウン(tp)
ジギー・ヴィンス(tsB)
ビリー・ルート(ts,CD)
サム・ドッケリー(p)
エイス・ティンソン(b)
エリス・トリン(ds)

【収録曲】
1.アイ・カム・フロム・ジャマイカ
2.アイダ・レッド
3.ウォーキン
4.チュニジアの夜
5.ドナ・リー


『ザ・ビギニング・アンド・ザ・エンド』は、1952年のまだソロ・デビューする前のブラウンが参加していたクリス・パウエルのバンドにいた頃の演奏2曲と、1956年、つまり彼が亡くなる直前のラスト・ライヴの演奏と言われていた4曲のカップリングであります。

まず驚くのが『ビギニング』の2曲。

これ、聴く前は書籍とかで「R&Bバンドにいた頃の」と紹介されてたんですが、やっている音楽はびっくりのラテンであります(!)

パーカッションを叩きながら陽気に歌うクリス・パウエルを中心に、アフロ・キューバンなチャカポコのグルーヴが大変気持ち良い。

ジャケットからして渋くてハードボイルドなジャズを期待していたアタシにとっては、これは嬉しい誤算で、ついうっかりクリフォード・ブラウンが参加してることなんか忘れて一緒に踊ってしまったのですが(や、忘れてもいいぐらいにゴキゲンなラテン・ミュージックなんですよコレほんと)、更に嬉しい誤算だったのが、カッコ良く登場してアツく吹きまくるブラウンのトランペット。

これもう「キタキタキターーー!!!!」ってなります。クリフォード・ブラウンもしこのまんまこのバンドにいても「凄いトランぺッター」として確実に名を残したでしょう。周りで鳴っているリズムを全部巻き込んでの熱風の竜巻のような演奏、これだけでもう大満足。

と、思ったらそっからの『ジ・エンド』の4曲が、更に衝撃の王道ジャズ、熱気溢れる最高のハード・バップ・ライヴでこりゃまいったねとなる。

実は、この演奏、後の調査で正しくは1955年の演奏と判明し、クリフォード・ブラウンの生涯最後の演奏ではないんですが、あえていいましょう。








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そんぐらい内容が悶絶級なんで、純粋に「クリフォード・ブラウン最高のライヴ」として聴いてくださいな、いや、聴けますわ。

収録されたのは、フィラデルフィアにある小さなクラブハウスらしいです。

会場のワイワイガヤガヤアットホームな雰囲気といい、ほぼ無名の(サム・ドッケリーだけはアート・ブレイキーのアルバムとかで参加してるので知っておりました)参加メンバーといい、恐らくはツアー中に行われた現地ジャム・セッション系の音源でしょうが、ともかく臨場感溢れる一発録りの粗い質感も、無名とは言いつつもこのメンバーのプレイが良いんですよ。

曲はおなじみのスタンダードで、ライヴだけあって、それぞれのアドリブもたっぷり楽しめる贅沢仕様。で、実力者が揃ったしっかりしたバックに支えられてのブラウンのトランペット、これがどこまでもバランスよく突き抜けてて、その天才ぶりが分かりますね。

ミディアム・テンポの『ウォーキン』から、ソロはもう全開です。それが『チュニジアの夜』で更に盛り上がり、ラストの『ドナ・リー』で更にスピードアップしての大盛り上がりで更に手数を増やして「これでもか!」とたたみかけるように吹きまくります。

ところがどんなに速いフレーズを吹いても、音が潰れたり弱く鳴ったりしないんですよ。

トランペットって音程のコントロールが凄い難しい楽器で、速く吹くとひとつひとつの音がフラフラになりがちな上に、音がべちゃっと潰れてしまうことが、この時代はプロの演奏でもあったりするんですが、ブラウンの音は最初から最後までヨレないパリッとした芯の強さで駆け抜けます。


前半の古い録音と、中盤からのライヴは、全体的な録音の質感もバランスが取れていて、ひとつの作品としてのまとまりも意外とあります。何よりこのアルバム全体から溢れるライヴ感、これがたまらんです。








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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
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posted by サウンズパル at 23:59| Comment(0) | ジャズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする